極悪な奴ら/THE EVIL HERO   作:早乙女

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第20話「嵐の前の静けさ」

 

その日の夜、私は珍しく屋根の上の夜空を見上げていた。

 

今宵は満月。吸血鬼や狼男、血に飢えたケダモノが莫迦みたいに大喜びをする空だ。

 

エレンたち3人は仕事現場に赴いていていない。妖魔討伐の依頼もないが、私は逆にないのが欲求不満だ。

 

そんなときは静かな場所で眠れることと、こうやって満月の夜空を見るのに限る。イライラしたことも忘れられる。

 

・・・綺麗だ。夜空を見上げているといつも一緒にいたアイツとこの空を見たことを思い出す。

 

ソイツは麗人だったが、気が強くて私のことを『シキ殿』と呼ぶ格好のいい女性だった。槍や双剣を器用に扱い、私と共に妖魔とも戦った。

 

そんなアイツは・・・もう、私の側にはいない。何故なら死んだからだ。それ以外の何と答える必要がある?

 

・・・・・・・・・。

 

・・・・・・・・・。

 

「鐘の音が・・・告げた終わり・・・」

 

思わず口ずさむ歌。私の中の何かが溢れてくる。これは一体、何なんだ?

 

私の頭の中にアイツとの思い出が甦る。一緒に特訓をしたこと。宴会で一緒に酒を交わしたこと。相談に乗ってくれたこと・・・。

 

「儚げに・・・乱れ咲く・・・一輪の花を・・・」

 

たまに喧嘩をしたこと。でも、すぐに仲直りしたこと。ロシアやギリシャを一緒に旅したこと・・・。

 

・・・他にもあるけど、いろんなことが頭に浮かんだ。

 

でも、思い返したから何だと言うんだ? もう私のところにアイツが帰ってくることはないんだから。

 

「莫迦・・・」

 

莫迦莫迦しいことをしている自分にそう言い聞かせる。何をやっているんだ、私は・・・。

 

そうだ。こんなことをするのは無駄なことだ。こんなことするなんて、私らしくもない。

 

思い出なんか意味がない。くだらない。もう今は何の意味もないのだから・・・。

 

思い出を否定するかのように目を瞑る。思い出を残そうなんて気弱な人間のやることだ。

 

そのまま眠りにつこうとするが、この町にそぐわない気が複数感じられた。

 

悪魔ではない。だったら妖魔の気配か。この辺りだな。場所は・・・まあ、行けば分かるだろ。

 

私は思わず含み笑いをした。最近、討伐の任務がこなくて鬱憤が溜まっていたところだ。ちょうどいい。

 

本当に久しぶりだ。ここ最近、学校に行くなどという面倒なことばかりで退屈をしていたところだ。

 

辛気臭いことをした憂さ晴らしをしよう。アイツらで暇つぶしをさせてもらおうか。

 

血は何でも教えてくれる。自分の躍動感が血から伝わってくる。私の何かが喜んでいる。

 

本音で言えば、部活の変態代表に八つ当たりをしたいところなんだけどな。

 

私は屋根の上から庭へと飛び降りる。そして私の使い魔の名前を呼び寄せる。

 

「モココ!」

 

「は~い!」

 

どこからともなく白い珍獣が現れて、私の肩に降りてくる。相変わらず憂いヤツだ。

 

「・・・仕事だ」

 

「えっ、なになに~? あの妖魔騒動以来の妖魔退治なワケ~?」

 

「・・・まあ、そうだな」

 

たまにはモココも一緒に連れて行ってやる。特に理由はない。この白い珍獣はいろいろと役に立つから、私もよく多用している使い魔の一体だ。

 

額の丸い宝石が特徴で、大福のようなふっくらとした姿がチャームポイント。コイツの可愛さだけは認めてやっている。

 

「わーい、散歩~散歩~。夜~の散歩~」

 

いつも楽しそうでうるさいのがたまにキズだが・・・。こういう性格だからイエヤスと仲が悪いんだと思う。

 

ちなみにイエヤスというのは家の犬のことである。昔、姉さんが徳川家康のように天下を統一できるような犬になるように付けたのが由来らしい。

 

・・・もはや意味が分からない。姉さんはネーミングセンスがおかしかったことはよく知っている。

 

天下統一って、ドッグコンテストに出場させて賞を総なめにしろということなのか?

 

・・・まあ、どうでもいいか。

 

私は家の門を閉めて、怪しげな気を辿っていく。

 

歩いていくと多くの住宅街、公園、繁華街、そして街路樹のベンチを通りかかった。どうやら妖魔の気配はこの周辺から来ているようだ。

 

「モココ、どこかに引っ込んでろ」

 

「何か出るの~?」

 

「怪我をしたくないんだったら、どこかに引っ込んでろ」

 

「あいよ~」

 

肩の上に乗っていたモココが私から離れて、どこかへと飛んでいく。飛んだほうが楽だなんて思わない。よって羨ましいとも思わない。

 

私は腰の短剣を引き抜いて構える。もう妖魔の気配はしている。

 

目だけを左右に動かして妖魔を探す。時には横歩きをしながら、視点を変えて茶色の化け物を探す。

 

ところがどこを見渡しても妖魔の姿が見当たらない。でも、妖魔の気配はしている。

 

・・・どういうことだ?

 

私がそう思っていると、左上の頭上から殺気を感じたので飛び退く。すると地面の岩が小さく抉れた。

 

更に背後と左上に殺気を感じてその場でジャンプし、更に前に転がるように避ける。今度は地面の岩が小さく二か所砕けていた。

 

・・・どこからか攻撃されている。でも姿は見えない。

 

なるほど、そういうことか。私の思考が正しければ、そんな下劣な手を使う妖魔がいるとはな。

 

だが、そんなものは私には通用しない。

 

私は襲い来る何かを駆けながら交わし、『真実の魔眼(トゥルース・シーイング)』を発動。自分の瞳を黒から青色に染める。

 

もう一度周囲を見渡す。これで暗闇でも敵の姿を察知できる。

 

・・・さあ、どこにいる・・・?

 

左の街路樹、右の街路樹、大きな円の池の近くまで駆けて、上を見渡し、場所を変えては、見渡す。

 

・・・・・・いた!!

 

私は金属の柱の一部の側面に目掛けて短剣を投げる。短剣はカツンと音を立てて落ちたが、目線にはぬるぬると動く何かが映っていた。

 

「逃がすか!!」

 

私は右手の人差し指を向けると、赤いオーラを先端に集めて何かに目掛けて構える。

 

「『閃光(ライオ)』」

 

言葉と共に赤いレーザー状にして放射する。何かはその度に何かは交わすも、5発目には当たり、その姿が露わになった。

 

巨体だが、カメレオンのような出っ張った背中と気持ちの悪い顔をしており、更に背中からはコウモリのような羽が生えた妖魔だった。

 

私は妖魔が落ちたのを確認すると、すぐに駆け出し右手を右にかざす。そこに魔剣リベリオンが戦闘機のように現れ、私はそれを手に取ると一気に妖魔に詰め寄る。

 

そして妖魔に魔剣を上から振り下ろした。

 

ブシャアァァァァァ

 

体を両断された妖魔は切断された部分から血を吹き、4本の足から崩れ落ちた。

 

そこに何かが迫るも私は反射的にそれを捕まえる。どうやら妖魔の水色の長い舌のようだ。これを使って私を貫こうとしていたのか。

 

私は妖魔の舌を引っ張って引き寄せると、右手に炎を纏わせて振り上げる。すると何か手応えがあるのを感じた。上を見上げると妖魔の姿が露わになると、同時に上に吹き飛ぶのを視認した。

 

その直後に左腕と右腕を舌で捕まれて上に引っ張られた。・・・拘束のつもりか。

 

そこに先程、吹き飛ばされた妖魔が飛びながら私のほうに向かってくる。私の姿を捉えると体へと目掛けて舌を伸ばしてきた。

 

こんなので私を捉えたつもりなんだな、この化け物共は。ケーキよりも甘すぎるぜ。

 

私は右手の魔剣から手を離すと、人差し指を動かす。落下していた魔剣が生きているかのように動き、私に突き刺さろうとしていた舌が魔剣によって防がれる。火花を散らした後、妖魔の舌は削れて血が吹き出し始めた

 

そして痛みで奇声を上げている妖魔にそのまま高速で直進し突き刺さる。妖魔は金属の柱に叩きつけられたかと思うと、背後を大量の血で噴き出させ、断末魔の呻きを上げて動かなくなった。

 

また一体倒したが、そろそろ腕を離して欲しいな・・・。

 

私は空っぽの両手で妖魔の舌を掴むと炎を放出させ、舌を引き千切る。その直後に妖魔の耳障りな奇声が放たれる。

 

背後を見上げるとそこに黒い何か――――妖魔が2体、目に映っていた。

 

・・・そこにいたのか。金属の柱の上に。

 

私は右手を引くように動かすと死体に刺さっていた魔剣が私の右手へと飛び込んでくる。瞬間移動をして、2体のうちの1体の妖魔の眼前へと移動するとそのまま炎を纏った右手を振り上げる。

 

そして吹き飛ぶ妖魔へと瞬間移動をし、右左と魔剣を振るう。

 

キィヤアァァァァァァァァァァ!!

 

妖魔は奇声を上げると、そのまま十字に切り裂いた体から亀裂が入り、血を大量に噴き出しながらバラバラになった。

 

そこに先程、呻いていたもう1体の妖魔が羽をはばたかせてこちらに向かってきた。

 

カンッ キンッ カンッ

 

私は魔剣で爪攻撃をいなしながら、背後に下がっているともう1体の妖魔が現れた。

 

・・・まだ、いたのか。面白い。

 

背後にいた妖魔はそのまま舌を伸ばしてきたが、私はそのままその場でジャンプして回避。なお、舌は私の前にいた妖魔の体に突き刺さった。

 

奇声を上げながら体を振る妖魔。・・・莫迦な連中だ。自分で自分の仲間を刺すとはな。

 

私は空中で舌を伸ばしてきた妖魔の背後に瞬間移動すると魔剣を振るい、両羽と尻尾を切断した。血を噴きながら地面に落ちていく妖魔。そのまま舌を突き刺された妖魔も釣られて地面へと落下していく。

 

共倒れというのはこういうことを言うのだろうか。まあ、どうでもいいけど。

 

私は金属の柱から降りると体から赤いオーラを纏わせ、それを両手で手にしている魔剣へと纏わせる。すると魔剣がカタカタと音を立てながら振動し、魔剣のオーラと融合して力が集まってくる。

 

・・・リベリオンが喜んでいるな。所有者の私に分かるのだから、そうなのだろう。

 

私はその魔剣をそのまま、舌が取れないままモタモタしている2体の妖魔の前に打ち下ろす。

 

ドゴォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!

 

荒々しく赤いオーラが地面を伝って2体の妖魔に直撃、飲み込んで跡形も無く消し去った。

 

私はオーラが消えたことを確認すると、口元に笑みを浮かべた。

 

「ククク・・・アッハッハッハッハッハ!!」

 

夜空を見上げながら、楽しそうに大笑いした。そう・・・本当に楽しかったのだ。久しぶりの討伐で。

 

こんなに清々しかったのは久しぶりだ!! しかも狩り応えのある妖魔だった!! いい気分転換になったぜ。

 

妖魔が消えたことを確認すると私は魔剣の血を掃って背中へと仕舞う。

 

・・・おっと、そういえばもう一本の剣のほうも忘れないようにしないとな。

 

落ちていた短剣に歩み寄り、拾うとそのまま街路樹のほうに目掛けて投げた。

 

ドスッ キィィィィィィィ・・・・・・。

 

肉に突き刺さったような鈍い音が聞こえたかと思うと蝉のような奇声を上がり、何かがドサリと地面に落ちた。

 

確かめてみるとそれは先程の妖魔の子供のようだ。あの妖魔はこんな子供のためにエサを集めようとしていたわけか。

 

まあ、どうでもいいけど。子供がこうやって死んだのはエサを捕れなかった、守れなかった大人が悪い。

 

私は死体から短剣を抜くと腰の鞘へとしまう。そのまま立ち去ろうとしたが、一度後ろを振り返った。

 

・・・我ながら酷い有様だ。金属の柱は魔剣を突き刺したせいで亀裂が入っているし、風圧で生えていた草は散っているし木は折れているわ、妖魔の残っている肉塊で邪魔、血で汚れているし、地面だって抉れているしな。

 

この魔剣リベリオンを使うとどうしても惨状になってしまう。何せ危険極まりない魔剣だから振るうたびに、あちらこちらを壊してしまうのだ。

 

このままでは次の日に面倒なことになりかねないので、私の役に立つかどうか分からない使い魔に隠蔽してもらうことにする。

 

「モココ、チャイ」

 

「はーい!」

 

「ピィ、ピィ」

 

名前を呼ぶと白い大福のような珍獣と燃えるような体を持つ赤い小さな鳥が飛んできた。1羽1玉とも、私の肩の上に止まった。

 

「・・・残骸と跡を始末しろ」

 

「りょーか~い!」

 

「ピィ!!」

 

1羽1玉は返事をするとすぐに私の肩から離れ、モココは死体や血を掃除機のように吸い尽くし、チャイは亀裂のある金属の柱や自然の植物に火を放って何事も無かったかのように元通りにし始めた。

 

チャイは私が最初から持っている使い魔の1羽。今回は戦闘で壊れてしまった公共物や壁を元通りにするために役立ってもらっているのだ。この鳥の放つ炎には物体を何事も無く直してしまうという力を持っているようだ。

 

もちろん植物も燃えて灰になることは無く、本人の意思によってすべて元通りになるのだ。私の操る炎とは比較にも値しないほどにな。

 

2匹が仕事をしている間に自分の体を見てみると、振袖には血がかなり付着している。金属の柱の立つ中央にある池を見てみると顔の右半分が血で濡れていた。

 

右手にも血が付着していて、私はそれを舌で舐めとった。・・・・・・不味い。

 

妖魔の血は不味い。まるで腐ったゴミのように食うに堪えない味だ。やっぱり、人間の血のほうがいい。

 

今宵は満月。私は、血を見ると興奮してしまう。そう考えるとこの戦いだけでは物足りないと感じてしまう。

 

いや実際、物足りなかったのだ。こんなにもあっさりと終わってしまうとは。

 

私は魔剣リベリオンを手にすると近くにあった小さな木に向かって振り払った。

 

「ククク・・・」

 

もっと、殺したい・・・・・・。この興奮が冷め止まぬ限りは。

 

「あー! サクラ、何、木を切り倒してるの~! せっかく片付けたのにぃ~!」

 

・・・モコナに怒られてしまった。たまにはまともなことを言うな、この大福は。

 

「ふん」

 

でも、私はそれに鼻を鳴らしただけで相手にしない。どうせチャイが直してくれるだろうし、問題ない。

 

魔剣を背中に収めると近くのベンチに寝転がった。家に戻るのも面倒だし、ここで一眠りしようかな。

 

「サクラー! 終わったよ~!」

 

「ピィ! ピィ!」

 

・・・ちっ。もう、終わったのか。せっかく眠ろうと思ったのに。

 

まあいい、家に帰ればいくらでも寝れる。

 

「ん。帰るぞ」

 

「おーけー!」

 

「ピィ!!」

 

モココは私の肩に止まっていたけど、チャイはそのまま灰となって姿を消した。

 

・・・モココも姿を消せればいいのに。何で今まで邪魔だと思わなかったのが不思議だな。

 

私は面倒だけど、家へと帰ることにした。まあ、固い所で寝るのはゴメンだしな。

 

「サクラ~、何か血臭いよ~」

 

「・・・妖魔を討伐してたら付くのは当然だろ」

 

「ねぇ~、拭かないの~?」

 

「嫌ならオレから離れて、飛んでればいいだろう」

 

ちなみに顔の血は一切、拭き取っていない。だって面倒臭いし。

 

「それにしても、綺麗な満月だよね~」

 

「・・・ああ」

 

モココに言われて空を見上げると綺麗な満月が浮かんでいるのが見えた。

 

確かに綺麗だな。綺麗で・・・憎らしくて・・・。

 

そんなことを思っているとそこに自転車が前を走ってくるのが気になった。そこに乗っていたのは私の見知った2人だった。

 

「あれ? サクラか?」

 

「サクラさん?」

 

「・・・ん?」

 

「あー、アーシアだ!」

 

自転車が私の横で止まり、兵藤とアーシアが私に話しかけてきた。

 

「アーシアー! スリスリ・・・」

 

「モココさん・・・くすぐったいですよ。うふふ」

 

モココは後部座席のアーシアを見るなり、すぐさま飛びついて彼女に抱き着いた。

 

「お前こんなところで何し――って、お前血だらけじゃねえか!? 何で顔と振袖に血が付いているんだ!?」

 

兵藤が途中から私の姿を見て、信じられないといったような顔をしていた。

 

ああ、拭かなかったのが、面倒な反応をしているのか。

 

すると兵藤がハッと声を上げた。

 

「ま、まさか、暴漢に刺されたとか・・・?」

 

「どこか怪我をしたのですか!? 今すぐ治療を――」

 

「違う。これはオレの血じゃなくて、妖魔の血だ。ただの返り血」

 

「そうだよ~。サクラはさっきね。妖魔をギッタンバッタンと倒したんだよ~!」

 

私がアーシアの声を遮りながら答えると、兵藤とアーシアは安堵したような表情を浮かべた。

 

「な、なんだ・・・いつものお勤めか・・・」

 

「び、びっくりしましたぁ。よかったですぅ・・・サクラさんが怪我してなくて・・・でも、本当に大丈夫なのですか?」

 

「莫迦。オレが雑魚に負けるとでも思うか?」

 

・・・むしろ兵藤を心配したほうが、まだ意味はあると思うぞ。

 

「サクラに心配なんか無用だよね~ってイタタタタタタァッ!!」

 

何か妙に大福がムカついたので、頬を掴んで引っ張り上げる。

 

そのまま餅みたいに伸ばしてやろうかと思ったが、ここで兵藤が口を開く。

 

「っていうかさ・・・」

 

「・・・何?」

 

「この夜でその姿は不気味だから、何とかしたほうがいいと思うぞ」

 

ドゴッ!!

 

「アガァッ!?」

 

兵藤の失礼極まりない発言に、思わず膝蹴りが出てしまった。

 

「オレの振袖姿のどこが不気味だと・・・?」

 

「ち、違う!! 振袖じゃなくて血を拭けってことだよ!!」

 

「だったらそう言え、莫迦」

 

「ほら、ハンカチ貸してやるからさ」

 

「ふんっ」

 

私は素気なくしつつも、兵藤からハンカチを受け取って顔を拭いた。振袖はさすがに拭けないからそのままだが。

 

たまにこうやって優しいところもある。私は、コイツのそういうところがイライラする。

 

「ほら、だから拭いたほうがいいって言ったのに~」

 

「うるさい、ウサギ大福」

 

「ウサギじゃないもん」

 

モココに悪態をつく私。コイツも余計なお世話だ。

 

血を拭いながら、私は逆に2人に問いかける。

 

「ところでお前らは何をしている?」

 

「ああ、アーシアのチラシ配りを手伝ってたんだよ。ついでにこの町のことも教えてる」

 

「イッセーさん、本当によろしいんですか? 本来なら私がやるべきことなのに・・・」

 

「問題ないって言ったろ? アーシアに無理なんかさせられないさ」

 

「ふーん」

 

要はお人好しの兵藤がアーシアの手伝いをしているということか。私が兵藤の手伝いをしていたのと同じように。

 

「イッセーって優しいんだね~。変態だけが取り柄かと思ったよ~」

 

「失礼だな、おい!! お、俺だって紳士らしいところを見せることもあるっての!!」

 

・・・いい気なもんだな。交通違反をしながらも、仲良く2人で過ごそうとするなんて。

 

そこまでして彼女を守りたいのか。莫迦莫迦しい。

 

「・・・帰る。今宵は満月だからな」

 

「えっ・・・?」

 

「?・・・どういう意味だよ?」

 

・・・いちいち説明するのなんか面倒なんだよ。私は疲れているんだ。

 

「・・・アンタらの足りない頭で考えてみれば?」

 

「あっ、待ってよサクラー! じゃあね、二人とも!」

 

「あ、ああ・・・」

 

・・・いずれ分かることだ。私と関わろうものならな。

 

何度も言ったと思うが、今宵は満月だ。よくわからないと思うが、とにかくそうなのだ。

 

2人と別れて帰路につく私とモココ。

 

・・・・・・・・・。

 

「ねぇ、サクラ」

 

「・・・・・・」

 

「まだ興奮してるの?」

 

「・・・・・・」

 

「ねぇ、サクラってば!」

 

「黙れ。どっかに消えろ。今はお前と話したくない」

 

口を酸っぱくして言っているが、今日は満月なのだ。それ以外に理由はない。

 

こういう日には無性に体が疼くんだよ。

 

「どうして・・・?」

 

「消えろと言っている。お前も言っただろうが、今夜は満月だって」

 

「で・・でも~・・・」

 

「・・・目障りだ」

 

今日の私は酷いことを言っている。そんなのは自分でも分かっているんだ。

 

自分の家に着いたときも、私はモコナと目を合わすことはなかった。

 

「サクラ・・・」

 

モココが悲しそうに私を見ているが、そんなの知ったことか。ウザい視線が邪魔。

 

私はモココを突き放して、家の中へと入った。

 

「お帰りなさいませ。お嬢様」

 

家の中に入ると秋山が私を出迎えてくれた。いつものように丁寧な言葉遣いだ。

 

「・・・・・・・・・」

 

私はしばらく秋山を見つめた後、血の付いた振袖をその場で脱いで秋山へと放った。

 

「・・・今夜はもう、オレの部屋に近づくな」

 

「・・・かしこまりました」

 

私のことを察しているのかどうか分からないが、秋山は敬礼して私の前から姿を消した。

 

さらしとパンツ姿のまま、私は自室へと戻り、クローゼットから白色の着物を取り出して羽織った。

 

あっ、シャワー浴びてないな・・・。妖魔の血の臭いが残っている。

 

でもまあ、いいか。面倒だし。明日の朝に浴びればいい。

 

それにしても・・・・・・。

 

―――満月の日は、最高だ。

 

私はそう考えながら、ベッドに体を委ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

次の日の朝、私はいつものように静かな場所を求めて学校へと赴く。

 

家にいると秋山がうるさい。だから、登校するのだ。

 

途中で兵藤とアーシアにも会ったので、一緒に登校する。

 

しかし、兵藤の顔がどこかと優れない様子だった。・・・夜更かしして寝不足か?

 

「だいじょうぶですか?」

 

アーシアも兵藤のことを心配して声を掛けている。心配する必要などないと思うぞ、この莫迦には。

 

どうせ変態なゲームを夜遅くまでやってたってところだろう。同情の余地はない。

 

「早朝のトレーニングをしなかったので、お体を壊したのかなって心配しているんですよ」

 

・・・ん? トレーニングをしなかった? どういうことだ・・・?

 

そういえば、今朝方に兵藤とリアスが走っているところを見ていなかったな。てっきりランニングのルートを変えたのかと思っていたのだが。

 

あのリアスが兵藤のトレーニングを蔑ろにするなんて、やっぱりなんか怪しいな。

 

でも、こんな元気のないヤツとトレーニングをしようだなんて、するほうが迷惑に等しいかもな。足元もフラフラしててだらしないし。

 

私たちは学校へと着き、教室へと向かおうとするとその途中で・・・。

 

「イッセェェェェェェェェ!!!」

 

丸坊主の男――松田が遥か廊下の先から、何やら憤怒の形相でこちらに向かって走ってきた。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

背後からは眼鏡の男――元浜が走ってくる。確か、廊下は走ってはいけないという校則があったような。

 

莫迦2人が同時に右手を伸ばした体勢になる。それを察知した私は冷静にアーシアの肩を掴む。

 

「えっ、サクラさんいきなり何を?」

 

私はアーシアを兵藤から引き離して避難する。

 

ドゴッ!!

 

「うがっ!」

 

その直後に兵藤の首元に2人のラリアットが炸裂した。

 

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「イッセー、貴様って奴はぁぁ!!」

 

松田が怒りの叫びを上げ、元浜が兵藤の襟元を掴んで激しく睨みつける。

 

何やら阿修羅のごとく怒っているようだが、私は知らない。兵藤が何かやらかしたのだろう。

 

「なんだよ、いったい」

 

兵藤がわざとらしく惚けるが、それは2人の怒りの炎に油を注ぐ行為だった。

 

「ふざけんな! ふざけんなよ!! なんだよ、あれ!? どうみても格闘漫画の強敵みたいな漢じゃねえか!! しかもなんでゴスロリ着て、ネコミミ付けてんだよ!! 最終兵器か!?」

 

松田が泣き怒りながら、兵藤に抗議の叫びを上げる。うるさいな。泣くか怒るかどっちかにしろよ。

 

それにしても、兵藤にそんな女の友人がいたっけな? 私の知り合いにゴスロリは着ているけどネコミミを付けている『美少女』はいるが。

 

「しかも、お前! 友達とか言ってよ!! なんの集会か分からないけどさ! 『ミルたん』と同じようなのが複数集まってきたんだぞ!! 怖いよ! マジで死ぬかと思ったぞ!!」

 

・・・ミルたん。ああ、なるほどな。

 

要するに兵藤はミルたんを紹介して、それでこのような結果となっているということか。

 

ミルたんは女なのに、何でこの三バカは分からないんだろうな。私には莫迦の考えていることは容易に分かるが、理解はできない。

 

そういえば、あの集会は面白かったな。バイト仲間と一緒に行ったときに、ミルたんがいっぱい並んでいてもう可笑しかった。

 

「アーシア、行くぞ」

 

「で、でも、いいんでしょうか・・・」

 

「兵藤は2人と仲良く戯れているんだ。邪魔しちゃ悪いだろ」

 

いい加減、この莫迦の莫迦試合を眺めているのにも飽きたので、私はアーシアと一緒に先に教室に入ることにした。

 

「魔法世界について延々と語られたんだぞ!! なんだよ『魔法世界セラビーニョ』ってよぉぉぉぉ!! 俺はそんなの知らねぇぇぇぇよぉぉぉぉ!!」

 

兵藤の体を激しく揺さぶりながら、抗議の叫びを上げる松田。

 

そんな聞くに堪えない叫びを背後で聞きながら、私はアーシアと一緒に教室へと向かっていく。

 

兵藤のうるさい悲鳴が聞こえたのは、その1分後だった。

 

そしていつものようにハルカを振り切って、授業を受けなかったのも1分後だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駒王学園の屋上で、1人の少女――サクラが眠っていた。

 

彼女はいつものように授業はくだらないと放置して、屋上へと眠りこけているのだ。

 

そもそもサクラは幼いころから英才教育を受けているので、大抵の内容は知り得ている。その内容は英語、数学、国語、社会等、数知れずに叩き込まれている。

 

勉強なんかつまらない。そもそも、人間の考える授業なんか烏合の衆が集まったただの戯れでしかない。だから必要ないとも考えている。

 

「・・・ん」

 

サクラが目を覚ます。別に日光に当たったわけでなく、悪夢にうなされたわけではなく、普通に起きただけだ。

 

「・・・寝過ぎたか?」

 

今、何時かはここにいても分からないが、外が騒がしく聞こえていることから、もう放課後なのだろう。

 

(そういえば最近、部活行ってないな・・・)

 

たまには行ってやるかと思うサクラだが、それよりも気になることがあった。

 

リアス・グレモリーのことだ。ここ最近、何かを考えているようでどこかおかしい。

 

この前もトレーニングの休憩中に呆けていたし、部活で話しかけたときも何か考え事をしていて自分の声に反応すらよこさなかったのだ。

 

今日だってイッセーの日課である早朝のトレーニングもしていない。となるとこれは本格的におかしいとしかいいようがない。

 

・・・何か隠しているのか。あの女は。

 

まあ、そんなことは自分にとってはどうでもいい。リアスがどうなろうと私には知ったことではないのだ。

 

「チャイ」

 

名前を呼ぶと赤い魔法陣の中から現れたのは、燃えるような小さな赤い鳥。サクラの使い魔だ。

 

「ピィ、ピィ」

 

「・・・フッ」

 

サクラは体を横向きに倒しながら、こちらに駆け寄ってくるチャイに懐から袋に包んでいたパンを出し、細かく千切って手渡しで与える。

 

パンをついばんでいるチャイの頭をサクラは穏やかな笑みを浮かべながら優しく撫でた。

 

チャイはサクラが幼いころから一緒にいる使い魔の1匹。雛鳥の姿で自身の憧れの姉が授けてくれたものだ。

 

でも、いまだに雛鳥である理由が分からない。もう、使い魔になってから何年も経っているというのに。親鳥になっていてもおかしくないほどだ。

 

それでもチャイはサクラの戦いやサポートをしてくれる大切な存在なのだ。

 

「・・・なあ、チャイ」

 

「ピィ?」

 

「オレは一体、何がしたいんだろうな・・・」

 

独り言を吐露するかのように、チャイに問いかける。こんな退屈な学園、すぐにでも出ていけるのに出ていこうとしない自分がいる。

 

何かに執着しているのか。こんな場所で自分は一体、何がしたいのだろうか。

 

理解しているかどうかも分からない雛鳥に、そんなことを言っても答えが返ってくるわけがない。式は考えるのを止めた。

 

「・・・フフフ」

 

サクラの手のひらに乗って燃えるような羽毛の体を摺り寄せてくるチャイに、彼女は優しく薄い笑みを見せた。

 

「・・・・・・!!」

 

しかし、サクラは何か大きな魔力の気配を感じ取った。

 

「チャイ、戻ってろ」

 

「ピィ!」

 

笑みから無表情に戻ったサクラがそう言うとチャイは鳴き声と共に姿を消した。

 

飛び上がるように起き、屋上の柵の上に飛び乗って周りを見渡してみる。

 

反応があったのは、オカルト研究部の部活動でもある、旧校舎だ。自身が面白いからという理由で所属している部活だ。

 

(・・・・・・あそこか。全くこの辺も不思議なことが起こるよな)

 

サクラは皮肉に思いながらも、その場から旧校舎の前へ瞬間移動した。

 

中へと入り、いつもの部活の場所へと階段を上がる。中まで一気に瞬間移動しないのは悟られないようにするためだ。

 

そしてオカルト研究部と書かれている部屋の扉を躊躇なく開け放った。

 

中にはソファに座るリアス・グレモリーとその眷属たち。

 

そして対面して座っているのは、ホストのような格好をした金髪の男だった・・・。

 

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