とある部屋の一室で少女―――リアス・グレモリーは複数のメイドたちによって白いドレスを着させられ、おめかしをされている。冥界で行われる婚約パーティーに参加するためだ。
しかしその顔に元気は無く、いつもの強気な彼女の顔ではなかった。心に何かを引きずっているような感じさえある。
メイドたちによるおめかしが終わり、自分の姿を鏡で見るリアス。先程まで疲れ切っていたような顔は化粧で隠されている。
「婚約パーティーなのにこれじゃあ、ウエディングドレスだわ」
暗い顔から自分のドレス姿を睨むように表情を変えるリアス。ただでさえあんな男との結婚なんか嫌なのに、まるで強制されているかのようだ。
「その通りさ」
リアスが突然聞こえた声に不快感を表しながら振り返ると、魔法陣から炎が巻き起こり赤いスーツ姿の男―――ライザー・フェニックスが現れる。
「いけません、ライザー様! ここは男子禁制です!」
「固いことを言うな。俺は今日の主役なんだぞ」
ライザーはメイドの1人に注意されても、全く悪びれもせずに部屋の中へと踏み入ってくる。
それどころかリアスに近づいてきて、ドレス姿を眺める。
「ああ、主役は花嫁だよなぁ。失敬、失敬」
「まだ花嫁になったわけじゃないわ。何なの、この衣装?」
リアスはライザーを睨みながら言う。
「それでいいんだよ。グレモリー家とフェニックス家が繋がるのを冥界中にアピールできるだろう?」
ライザーはリアスの背中に腕を回しながら答える。
「キミにそれを着てもらうことでより諦めがつく。だろ?」
もはやリアスの意思なんかどうでもいいというような感じでライザーが笑いながら言うとリアスから腕を離す。
「安心してくれ。本番はそれとは比較にならないほどのドレスを用意してやるからな。我がフェニックス家伝統の赤い羽をあしらった冥界一のドレスをな」
ライザーはそれだけ言い残すと魔法陣の炎の中へと消えていった。
「聞くからに悪趣味ね。さすがは成り上がりの一族だわ」
リアスはライザーの消えていった場所を睨みながら、そう吐き捨てた。冗談じゃないという感情とあの男の態度に対する嫌悪を込めながら。
もううんざりと言ったような溜息を吐くと、リアスは再び暗い顔になった。あのときの・・・レーティング・ゲームのときのイッセーのことだ。
自分のためにレーティング・ゲームで戦場を駆け回り、戦ってくれたイッセー。まだ魔力の使い方もろくに覚えていないというのに、実戦経験も皆無に等しいというのに・・・。
――――俺、負け・・・ませんから・・・。
そう言って気を失ったイッセー。自分が投了したというのに、それでもまだ戦う意思が残っていた。
――――俺、絶対。部長を勝たせて見せます!!
彼はバカだと思った。でも、何事にも全力で自分を思ってくれている。私の可愛い下僕。
いや、バカなのは自分だ。あのままライザーと戦っていたら、私はそんな彼を失っていたかもしれない。私の可愛い、大切な・・・。
「イッセー・・・」
――――お前がさっさと投了していたら、ソイツはそんなに傷つくこともなかったんだよ!!
「!! っ・・・・」
同時に後輩が言い放った言葉を思い出し、暗い顔を通り越して泣きそうになるリアス。無様な姿を見せたくないと涙を堪え、必死に体を震わせている。
あの子の言うとおりだ。私が早く投了していれば、イッセーは傷つくこともなかった。くだらないプライドを張って、彼を傷つけてしまった。
私はあの子の主人として、あの子の後輩として失格とすら思えてしまう。
――――お前に、グレモリーの名を語る資格は無い。
そう言い残して私の前から姿を消したサクラ。私に何かをするわけではなく、辛辣な言葉を吐いて去った手の掛かる後輩。
前々から可愛いと思っていて、私が困っていれば何かをしてくれると思っていた。だって彼女は何を考えているかは分からないけれど、何かを守りたいという意志というものは感じられたからだ。そういうのはイッセーと同じだ。
でも、明らかに違うのは他人の力を借りるんじゃなくてただ単にアドバイスのようなものをしただけ。マニュアルのように説明書だけを見て、後は自分の力でどうにかしろということだ。サクラはまさにそんな感じだった。
そんな彼女は私に対して怒った。普段、感情を示さないあの子のあんな状態を見るのは始めてだった。でも、きっとこれが最初で最後ね。
だってあれはもう絶交宣言みたいなものだろう。もう彼女は、私の前に姿を現してくれない。きっと、こんな先輩の顔なんか見たくないと思っている。そう思うとリアスは泣きたくなった。
「サクラ・・・・・・」
意味も無く名前を呟くリアス。いや、寂しさの兆しなのかもしれない。
――――悲しそうね。いっそのこと家族もパーティーも、みんな叩き潰してあげましょうか?
「!!?」
リアスは背筋にヒヤッとしたものを感じて目を見開く。テレパシーの如く、頭の中に声が聞こえてきたのだ。
「誰!?」
涙目になっていた顔を拭いながら、周囲を見渡し叫ぶリアス。しかし、どこにもその姿は無い。
自分の髪と同じ赤いカーテンを開いて窓の外を見るものの、やはりその姿を確認することができなかった。
「お嬢様、どうなされたのですか?」
メイドの1人が急に動きが活発になったリアスを心配して声を掛ける。
気のせいだったのかしら・・・。私の知り合いにテレパシーをしてくるような人はいなかったはずだし・・・。
「何でもないわ」
疲れているのね、私は。ここ最近、修行や契約のことで忙しかったから。
そもそもここは一階じゃないし、外から話しかけられる相手がいるわけないわ。
「お嬢様、そろそろ時間です」
メイドの1人に声を掛けられる。そろそろ会場へと赴く時間だ。
きっと先程の声は幻聴だったのだろう。そう思いつつもリアスはキリっとした顔になる。
花嫁の望まない、婚約パーティーが、始まる――――。
場所は冥界。ライザーの婚約パーティーの会場である豪邸の上空を、満月をバックにして飛ぶ二つの姿があった。
「ここがあの有名なフェニックス家の婚約パーティーの会場ですぅ? 随分とちっちゃいところですね」
明らかに大きな庭園があり、会場の建物を見ながら言うのは、獏のような耳を伸ばして地面に平行に飛んでいるメイド姿の少女。
「そうね。アタシの住んでる家よりも小さいんじゃないの? まあ、アタシの家は実家には負けるけど」
下に見ながら言うのは、その少女の上に乗っているエデンの任務から一足先に帰ってきたリリーだった。
「こんな大きな豪邸で婚約パーティーを行うなんてさすが貴族ですぅ」
「ふん。器の小さい貴族ほど、自分が偉いっていう尊大な態度を見せたくなるものよ」
「リリー様は違うですか?」
「あんな成り上がりの貴族共なんかと一緒にするなってのよ」
リリーは眉を顰めながら言う。アタシは別に見下してなんかいないし、やってたってからかい半分よ。
「ところでグレモリーさんとライザーさんが結婚するですよね、リリー様?」
「そうみたいね。あのリアスが結婚するみたい。それにしてもあのライザーって男、随分な女たらしらしいじゃない? 下僕もみんな女性で一番の側近?っていうんだっけ。ソイツにも色目使ったらしいわね。はあ、どっかのエロ猿を思い出してムカムカするんだけど」
リリーは腕を組みながら言い、途中で不快感を覚える。最後に「これだから男は嫌いなのよ」と吐き捨てる。
「あれ? グレモリーさんはリリー様の先輩ですよね。何で呼び捨てにしてるですぅ?」
「もう、あんなのは先輩としてお払い箱だからよ。っていうか、先輩って思いたくない。噂を聞けばサクラの期待を裏切ったらしいじゃない。それどころか仲間を傷つけたとか。そんなわがままなヤツ、いくら女性だとしても幻滅するってのよ。ノートに書いてやろうかと思ったわ」
リリーの持論にメイド少女は呆れたような顔をする。
「リリー様も大概、わがままですぅ。ラウラの貯金使ったり、嫌だって言うのに服を洗濯させたり、グハッ!?」
「過去のことでグダグダ言ってんじゃないっての!」
愚痴のようなメイド少女の言葉に、リリーは頭をド突きながら言う。
「ごめんなさいですぅ・・・でも、ラウラは今のリリー様の態度は良くないと思うですぅ」
「なんですって?」
「学校に入学している以上、先輩と後輩の上下関係は必要ですぅ。後輩は先輩を敬わなければいけないですぅ。ラウラはいっつも他のバイトをしているときには相手よりも下手になりながら頼み込んでいるですぅ。リリー様はそもそも上から物を語っているから上手くいかないことがあるですぅ」
メイド少女――ラウラがリリーに説教まがいの持論を聞かせる。それを聞いているうちにリリーの怒りが沸々と来ている。
それにも気づかずにラウラは話を続ける。
「下手に出たほうがいいことあるですぅ。ラウラが下手に出ているように、リリー様も先輩を敬えば―――」
バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ、バシッ!
「ごちゃごちゃうっさいッ!! 何、ラウラのくせに良い子ちゃんぶってんのよッ!?」
「痛い痛い痛い、痛いですぅ!」
ラウラの話を最後まで聞かずに、飛び上がる程の勢いで頭を殴りまくるリリー。説教をされる、理屈をこねられるとイライラするのは誰にだってあることだが、ラウラ如きに物を語られるのは負けた気がしてなんか嫌だった。
「アタシらは
「でも、会場に行っても入れないですぅ?」
リリーは動こうとしないラウラの頭をド突いた。
「いいから行くのよ!!」
「わ、分かったですぅ・・・」
頭にたんこぶを作りながら、ラウラはリリーを乗せたまま豪邸へと近づいた。
入り口の前には悪魔がいたために正面から入ることはできなさそうだ。気付かれないようにこっそりと低空飛行し、豪邸の横に近づいた後にリリーはラウラから降りて、2人で窓から中を覗いてみる。
普通の人間と変わらない悪魔たちやいかにもな容姿をした悪魔たちが大勢おり、燕尾服を着ている男性やドレスを着たりしている女性などがいる。恐らく上級悪魔や上流階級の貴族悪魔たちだろう。みんな談笑したりしている。
ラウラは会場の中を覗き、ハンカチを噛みしめながら黒いオーラを出していた。
「この中にはラウラが知らない勝ち組共がいっぱいいるですぅ・・・キィィィッ! ラウラもあの中に混ざってみたいですぅ!」
「落ち着きなさい、ラウラ。アンタの負け犬オーラがしんしんと伝わってきて、不愉快なのよ」
隣のラウラを宥めるように言うと再び2人で中を覗き見る。すると見知った人物が目に映った。
「!・・・いたいた、小猫ちゃんに朱乃さんに祐斗くん」
「パーティー会場に来てたですね」
「そりゃああのグレモリー眷属だからね。付き添いで来るのは当然なんじゃないの。あのグレモリーの眷属だから」
「何でグレモリーを強調したですぅ?」
リリーはラウラのツッコミを無視して屋敷の中を覗き見る。
「!?・・・あの子って、アタシにそっくりじゃない?」
「? どこにいるですぅ?」
「あそこだよあそこ。ピンク色の扇子を持ってて、紫色のドレスを着てる女よ」
リリーが指を差してラウラに示すと確かにいた。リリーにそっくりで金髪ツーサイドアップの髪型をしていて、途中が縦ロールになっている少女の姿が。
「本当ですぅ! リリー様そっくりですぅ! リリー様に似て美人だし、綺麗だし、可愛いし、まさにアタシの好みね」
「そうそう、そういうもんよ」
「リリー様とは大違いですぅ!」
「そうそうアタシとは大違い・・・ってゴラァッ!!」
「グフェッ!?」
せっかく美人を見つけていい気分だったのにラウラが余計なことを言ったため、リリーは怒ってラウラの顔面を蹴り飛ばし、近くの木へとぶつけた。
「お前は一言余計なのよ!! アタシが一番だろアタシが!!」
「そ、そうですぅ・・・リリー様が一番ですぅ・・・」
「ったく、子分で下メイドのくせに態度が悪いんだから」
リリーは腕を組みながら
「それよりもこれからどうするですぅ?」
「決まってんでしょ。この屋敷の中に潜入して、パーティーを滅茶苦茶にしてやんのよ。アタシを呼ばないパーティーなんて百万年早いっつーの」
「リリー様の態度も十分尊大ですぅ」
「うっさいわね。いいからお前も手伝うのよ」
リリーはドレスの中から一本の大きな鍵のようなものを取り出した。自分の普段持っている槍よりは小さいが、それでもそれなりに大きさはあるもので金色のメッキで出来ている他、菱形の形をした黒いダイヤが埋め込まれている。
「でもリリー様。エデンから頼まれた仕事をしなくていいですぅ?」
「いいのよ、別に一回ぐらい。機関は上層部の命令を無視してもいいっていう制約があるんだからね。そんなものがなかったらとっくにやってるわよ」
「そうですか・・・分かったですぅ! ラウラも手伝うですぅ!」
「その意気よ。じゃあ、入れる裏口を探すわよ」
「ですぅ」
リリーは鍵をしまうとラウラと一緒に他の入り口を探し始めた。正門からの扉が駄目なら裏からの入り口を見つけ出せばいい。バカでも分かる考え方である。
さっそく別の入り口を探そうとする2人だが、飛行するとそれこそバレる可能性があるため、リリーとラウラは見張りがいないかどうかを確認しつつ、壁を伝いながらこそこそと歩いていく。
とある屋敷の壁で見張りがいないかきょろきょろと見渡していると、パーティー会場の入り口で1人の悪魔が2人の警備員にドアを開けられて入っていくのを見た。
「!・・・あそこじゃないの。裏口」
「そうですね。でも、見張りがいるですぅ」
「たかが小さい会場で厳重な警備ね。ラウラ、あの悪魔を何とかするわよ」
リリーはラウラに耳打ちをすると、ラウラは嫌そうな顔をする。
「・・・また、私がやるですぅ?」
「何よ、その嫌そうな声は? アタシの考えた作戦に不服だっての?」
「い、いや、そんなこと無いですぅ」
ラウラは不服そうだったが、怒らせて殴られるのも嫌だったのでリリーの言葉には否定しておいた。
リリーとラウラは早速、作戦を実行した。まず、ラウラが警備員2人の前に立って声を掛ける。
「警備員さんたち」
「ん? 何だあなたは。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」
警備員の1人がラウラを見て険しい顔をする。
「えっと、それは・・・・・・それよりも、おふたりは退屈してないですぅ?」
「退屈だけど、仕事を全うにこなしておかないとフェニックス様に怒られてしまうよ」
「だったらラウラが面白いものを見せてあげるですぅ。ほい! ほい! ほい!っと」
ラウラはそういうとお手玉を取り出すと上に放り投げて、ジャグリングをし始めた。
警備員がラウラに意識を向けていると、背後から忍び寄る魔の手が。
『Freeze!』
「・・・ん?」
背後から電子音が響き、警備員の耳に通るも2人は気付く前に誰かの手が肩に置かれる。
ピキーンッ! ピキーンッ!
一瞬で警備員二人の体は氷漬けになってしまった。
2人を凍らせた張本人であるリリーは前にいるラウラの横に並ぶと警備員の氷像を眺める。
「よしと。はっ、この程度の罠に引っ掛かるなんて、随分と低能な警備員ね」
「リリー様、やったですぅ。これで中に入れるですぅ」
2人の警備員を行動不能にして扉の前に立っているのは蛻の空。これで誰にも見られずに入ることができる。
「さあ、リリー様。早く入るですぅ」
「言われなくても分かってるわよ」
リリーは氷漬けの警備員を2人を蹴り飛ばした後、扉に近づいて開けようとするが・・・。
ブォン・・・・・・
「!?」
リリーは何かの気配がしてドアノブを掴もうとしたところで手を止めた。
「リリー様? どうしたですぅ?」
怪訝そうな顔をしてラウラが訪ねるが、返答せずにリリーはゆっくりと首を横に向けて夜空を見上げた。
「・・・・・・禍々しい気配がするわ」
「禍々しい気配って?」
「お前、ファントムのくせに鈍感ね。臭いを嗅いでみればいいでしょ」
「ああ、そうだったですぅ。クンクンクン、クンクンクン・・・・・・・」
ラウラも最初はリリーの言っていることが分からなかったが、臭いを嗅いで見るとそれを察した。
「確かに、するですぅ・・・悪夢よりも恐ろしいものを・・・」
この気配は、どこかで感じたことがあるもの。アタシはこの気配を知ってる。これは多分、アイツの・・・!
でも・・・妖魔かもしれない・・・? いや、違う。妖魔よりも戦慄する存在・・・。
気配は二つある。黒い塊のような禍々しい大蛇のオーラが一つ、そしてもう一つは得体のしれない髑髏のような黒いオーラ・・・・・・。
リリーは今、パーティーをどうにかしている場合じゃないと思った。今まで気付かなかったけどもしアイツがここにいるのなら、ここ一帯が大変なことになる。
「ラウラ、パーティーを滅茶苦茶にするのは後回しよ」
「へっ? どうするですぅ?」
「この気配を追うのよ。そして正体を突き止める。いくよラウラ!」
「でも、この気配はリリー様にどうにかできるとは思えないですぅ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと行くんだよ!」
「・・・ですぅ!」
この場所はアタシが滅茶苦茶にするんだ。アイツらなんかに横取りされてたまるもんですかっての。
ラウラはリリーを背中に乗せて耳を羽ばたかせた。裏口の扉とは逆方向に飛んでいき、禍々しい気配を追っていく。
悪夢のカウントダウン、刻々と近づく―――――。
祐斗たち、グレモリー眷属はリアスの婚約パーティーの会場にいた。
今、この場にいるのはタキシード姿の祐斗、豪勢な和服姿の朱乃、そしてドレスを着た小猫の三人だけだ。イッセーは家で療養しているし、アーシアは彼に付き添ってあげている。
しかし、そこには自分たちに修行した付き合ってくれていたシキの姿は無い。
彼女はあの日を最後に、眷属の前から姿を消したのだ。彼らの誰にも告げることなく。
三人はあのレーティング・ゲームでリタイアした後、医務室のモニターからゲームの様子を見ていたのだ。
自分たちを倒したライザーの『女王』を追ったイッセーは決戦の頂上、つまりは新校舎の上へと着いたのだ。イッセーは体力の限界に達しているのにも関わらず、ライザーに立ち向かい、結局はボコボコにされた。イッセーが本気で殺されそうになったとき、リアスはライザーを抱き留めて阻止し『投了』を宣言したのだ。
そして、ゲーム終了後にその空間の中にサクラが闇の回廊を使って現れ、リアスに絶交宣言をした。弱っている相手を利用して脅すようにも見えたあんな負け方をされれば、誰だって納得がいかない。しかし、サクラが怒ったのは勝敗の結果に対してではなかった。
それはイッセーを危険に晒したことだ。自分たちも見ていたが、下手をすればイッセーは死ぬところだった。にも関わらず、リアスはあの場でイッセーがボロボロになるまで戦況を見ていて、ライザーを止めようともしなかった。
イッセーの異様な行動に動揺して動けなかったのかもしれないが、サクラのあの性格や口癖からしてそんなことはどうでもいいことだったのだろう。サクラはイッセーのことを友人だと言っていたし、仲間を傷つけられて怒る彼女の気持ちは自分たちでも分かる。
「・・・サクラ先輩、どこにいってしまったのでしょうか」
「家にも帰っていないようでしたわ。もしくは家に来たけど入れ違いになってしまったとか・・・」
小猫や朱乃もサクラの行方を心配していた。朱乃はリアスから家の場所は知っていたので行ってはみたが、執事とみられる男から彼女はいないと告げられて門前払いをされてしまったのである。来るまで待ってようとは考えたが、どうやら執事は自分の知り合いが来たら追い返せとサクラに言われていたようだった。
サクラは眷属ではないとはいえ、オカルト研究部の部員だ。自分たちにとっては仲間でもある。もちろん、今は任務でいないリリーのことだって・・・。
「もう・・・僕たちの前には姿を現さないつもりなのかも・・・」
サクラにおいてはそう思えてしまう。彼女自身、面倒事よりもきっと束縛されるのが嫌いなのだ。ライザーに喧嘩を売られたときも、部長の家の事情なんかに関わりたくないと明言していたし、部長の言うことを無視して自由気ままに動き回ってはいても、それなりのプライドというものがあるんだ。あんなゲームを見せられては、もう部室に来ることすら嫌に思っているかもしれない。
暗い顔をする三人だが、不意に朱乃が口を開いた。
「でも・・・それでも、きっと来てくれる・・・。私はそう思いたいですわ」
修行でもイッセーやアーシアの面倒を見ていたことは見ていたから知っている。本当は面倒見のある人物なんだと、そう思いたい。
「私も・・・先輩を信じます・・・」
小猫も驚いたような表情はしていたが、すぐに肯定して頷いた。ケーキはリリー先輩に貰っていたことはあるが、サクラ先輩も私にお菓子をくれたこともある。本当は優しい先輩なんだと信じたい。
「そうだね。一見何を考えているかは分からないけれど、本当は良い人なんだということは分かるよ」
祐斗も小猫と同じように頷いた。サクラも何だかんだでリアスのことは構っていたから、悪人ではないはず。たまに冷たいこともあるけど、あれは本心ではないと願いたい。
そんなことを三人は思っていたとき、不意に炎が巻き起こり白のタキシードを着たライザー・フェニックスが姿を現した。
「冥界に名立たる貴族の皆様! ご参集くださり、名門フェニックス家を代表して御礼を申し上げます」
ライザーが前振りの挨拶の口上を述べる。以前イッセーたちを見下したとは思えないほどの紳士的な態度である。
「本日、皆様にお出で願ったのはこの私、ライザー・フェニックスと名門グレモリー家の次期当主、リアス・グレモリーの婚約という歴史的な瞬間を共有して頂きたく願ったからであります」
説明をすると誰もいない場所を手で示す。
「それではご紹介致します。我が妃、リアス・グレモリー!」
ライザーが大きな声で叫ぶと魔法陣が現れ、中から純白のドレス姿のリアス・グレモリーが姿を現した。
ドォンッ!
それと同時に正面の巨大な扉が開け放たれる音が響き、リアスが目を見開いた。周囲に悪魔たちの視線も、祐斗たち三人の視線も音のしたほうに集まった。
「イッセー!」
リアスが思わず声を上げたのは、祐斗たちが待ち望んでいたもう1人の少年――イッセーがそこにいたからだ。
サクラからもらった魔法陣を使って会場へと転移し、この大広間へとやってきたのだ。
「部長ォォォォッ!!」
大声でリアスのことを呼ぶイッセー。彼の登場に会場中がざわめき始める。
「俺は駒王学園オカルト研究部の兵藤一誠! リアス・グレモリーの、部長の処女は俺のモンだ!!」
周囲から見れば堂々と恥ずかしいことを言ってのけるイッセー。その言葉にリアスは頬を赤く染め、ライザーは怒りを露わにしていた。
「なっ、貴様!! 取り押さえろ!!」
衛兵たちが現れてイッセーを取り囲むも、そこに祐斗と小猫が中に入ってきた。
「イッセー君、ここは僕らに任せて!」
「・・・遅いです」
祐斗は衛兵たちを凍らせていき、小猫は回し蹴りで衛兵たちを倒していく。
「木場、小猫ちゃん!」
バリバリバリ!!
電気の音が聞こえたかと思うと、イッセーの背後にいた複数の衛兵たちが倒れていた。
「あらあら、やっと来たんですね」
「皆・・・・・・」
しかしサクラの姿が無いことに気づき、表情が一瞬曇るも、すぐに元に戻した。
「ありがとう」
そしてリアスとライザーの元へと向かっていき、堂々と宣言した。
「部長を・・・リアス・グレモリー様を返してもらう!!」
ドゴオォォォォォォォォォンッ!!!!
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
その直後に上の方から破壊音が響き、悲鳴を上げながらイッセーの左と右に瓦礫と共に2つの人影が落ちてきた。それはフェニックス家に仕えている衛兵だった。
「なっ! どうなっている!?」
いきなり広間へと落ちてきた兵に驚きの声を上げるライザー。たしか、入り口の反対側に警備の衛兵が一杯いたはず・・・。
そんな疑問は会場に響いた声で消えることになる。
「おう。もう始まってるんだな」
突然上から聞こえた声にざわめきが大きくなり、会場の悪魔たちが周囲を探し始める。
「見ろ! あそこ!」
貴族悪魔の1人がリアスの背後の壁の上の破壊された部分を見つける。砂埃が晴れるとそこにいたのは着物姿をしている、祐斗たちが来ると信じていた部員の1人、サクラだった。
サクラは一瞬だけその場から姿を消すと、自分が落とした衛兵の側に現れ、兵を蹴り飛ばしてライザーの前に晒した。
「サクラ!」
サクラに駆け寄るイッセー。サクラは着物の埃を払うと凛とした態度でライザーのほうを向く。
「手荒な歓迎ありがとな。おかげでこっちもこの会場に来る前に楽しめたぜ」
不敵な笑みを浮かべるサクラに対して、ライザーは動揺と怒りで頭が一杯だった。
「貴様・・・!! どうして我がフェニックス家の兵士をたかが人間ごときに!?」
「ごちゃごちゃうるさいな。お前こそたかが雑兵20体ごときに、機関であるこのオレがやられると思ってるとか、莫迦にしてんのか?」
ライザーの詰問には答えないどころか一蹴するサクラ。そこにイッセーが声を掛ける。
「サクラ、やっぱり来てくれたんだな」
イッセーはここに来る間にも不安があったが、シキが来てくれて正直内心ホッとしている。
彼の言葉に続くように祐斗、小猫、朱乃の言葉が続く。
「サクラさん」
「・・・サクラ先輩」
「サクラさん、来てくれると信じていましたわ」
サクラは三人に視線を向けるが、その顔は無表情だった。
「サクラ・・・・・・」
涙を一筋流しながら言うリアスに対し、サクラは不機嫌そうな顔を更に不機嫌にし彼女を睨む。
しばらく見つめた後、「ふん」と鼻を鳴らしながらリアスから目を背けるサクラ。どうやらさっきのことをまだ怒っているようで、それを見たリアスは表情を曇らせた。
「・・・結婚するんだったら、勝手にすればいいだろ。何度も言ったと思うが、お前の家庭の事情にオレを巻き込むな」
「おい、何言って――――がぁっ!?」
「うるさい。今日は別件で来たんだよ」
イッセーがサクラに言うも、彼女は相手にせずに頭をド突いた後、ライザーの方を向く。花嫁なんかどうでもいい。私がここに来た理由はただ一つ。
「ライザー・フェニックス、オレと勝負しろ」
「何ッ!?」
「聞こえなかったのか? 戦えって言ったんだよ」
突然叩きつけられたサクラからの挑戦状。ライザーはこのことに動揺するも、すぐに侮蔑の声を上げる。
「ハッ、何故貴様なんかと? 一度は勝負から逃げた臆病者が―――」
「気が変わったんだよ。あのゲームを見て思った。グレモリーなんかを相手にするより、お前のようなフライドチキンと戦ったほうが楽しいってね」
「フ、フライドチキンだと・・・!?」
「ちょっと! 何なんですの!? お兄様に喧嘩を売るなんて!! しかも神聖なるフェニックスの名を穢すなんて!!」
突然後ろから叫ばれた声にサクラが振り向く。その少女はシキの主観から見れば、自分にまとわりついてくるあの幼馴染にそっくりだ。
「へぇー、アンタが焼き鳥の妹か?」
「や、焼き鳥・・・ひっ・・・?」
「確か、レイヴェルだったか? ふーん、アイツにそっくりだな」
焼き鳥呼ばわりされたことを憤る間もなくサクラがいつの間にか背後におり、レイヴェルに短剣を突き付けていた。
いつの間にか背後に・・・? しかも、私の名前を知っている・・・?
その行動に周囲が騒然とし、リアスもイッセーたちも驚きを露わにしていた。
「わ、私も不死なのですわよ・・・そんな剣で・・・」
「知ってる。でも、死ななくても痛覚はあるよなぁ? つまりはアンタをオレの欲求を満たす玩具にすることだってできるだろう?」
「ひっ・・・・・・」
明らかな強がりを見せているレイヴェルに、サクラは不敵な笑みを浮かべる。剣は腹の近くに向けられていて、今にもレイヴェルを刺してしまいそうな勢いだ。
レイヴェルはそんなサクラに恐怖を覚え、一筋の汗が流れる。体が小刻みに震える。
この女は・・・普通じゃない・・・。異常で・・・本気の目をしている・・・。
「おい貴様! レイヴェルに何をする気だ!?」
「お前が素直に要求を呑んでくれれば何もしないさ。いくら何でも妹の苦しむ姿なんか見たくないだろ?」
からかうような態度でレイヴェルの首を絞めるかのように左手を当てる。レイヴェルの震えが少し激しくなった気が、サクラの体から伝わってくる。
サクラはそんなレイヴェルの反応にも快感を示していた。モヤモヤした何かは少し消えた。でも、まだ足りない・・・。
「サクラ! お前何を!?」
「兵藤は黙ってろ・・・もう一度言う。オレと戦え。そしてオレの欲求を満たしてくれよ。まさかグレモリーに勝った天下のフェニックスが勝ち逃げなんていう戯言を言うつもりはないよなぁ?」
「貴様・・・! ふざけるのもいい加減にしろ!!」
イッセーの言葉を制して、ライザーに嬲るような口調でサクラが言い放つ。その態度にライザーが怒りを露わにする。
「ふざけてるのはお前の方だ。今のオレは機嫌が悪いんだよ。面倒なことを言われたらコイツを刺してしまうかもな。」
「あ・・・い、痛い・・・」
サクラが急にレイヴェルを背後から抱きしめるように強く絞め始め、レイヴェルが苦痛の声を漏らす。短剣は未だにレイヴェルに向けられたままだ。
その様子にライザーの怒りの炎が背後から燃え上がった。
「や、やめろッ!! もう許さんぞ・・・この場で消し炭にしてやるッ・・・!!」
激怒したライザーの姿に、サクラが笑みを浮かべる。
そうだ、もっと怒れ。もっともっと怒って、私への闘争心を沸き立たせてみろ。オレのこのモヤモヤしたものが無くなるまで。
「まあまあ、サクラくん。そんなに事を慌しくするものではないよ」
そのとき、一番奥にいた紅髪の男性がイッセーの近くに歩み寄ってくる。サクラはその男の姿に不快感を露わにする。
魔王サーゼクス・ルシファー、サクラに関わっていた人物の1人だ。
「彼女を離してあげなさい。妹に罪は無いからね」
サーゼクスにそう言われるとサクラは少し彼を見つめた後、舌打ちをしてレイヴェルから剣を離し、体を離す。そしてサーゼクスの近くに瞬間移動をする。
「お兄様」
リアスがサーゼクスのことをそう呼ぶ。サーゼクスはリアスの兄なのだ。ファミリーネームは違うが、正真正銘の兄だ。イッセーはその事実に驚いていた。
「サーゼクス様、これは一体?」
「私が用意した余興ですよ」
上級悪魔の貴族が問うとサーゼクスは当然のことのように言った。
「ドラゴンとエデンの幹部の力を見たくて、ついグレイフィアに頼んでしまいましてね」
「サ、サーゼクス様! そ、そのような勝手は―――」
ドガッ!!
中年の男性が慌てふためくと床が割れる音が響いた。サクラが右脚を叩きつけて床にヒビを入れたのだ。
「うるさいな。これはグレモリーとフェニックスの問題だろ。グレモリーの兄である魔王に口答えするってワケ?」
サクラは笑みを浮かべていたが、目は笑っていなかった。たかが上級悪魔のくせに、魔王の意向に逆らうってどういう神経だ?
「いいではないですか。この間のゲームは実に楽しかった。しかしながら、ゲーム経験もいない妹がフェニックス家の才児であるライザーくんと戦うのは分が悪かったかなと。それにこのように彼女もゲームの結果が納得いっておらずに、かなり気が立っているようですし」
ここでサクラがサーゼクスに真意を問う。
「何だ。やっぱりアンタも納得いってなかったのか」
「おいお前、魔王様に向かって―――」
シュッ! ドスッ!!
どこの誰かは分からないが、サクラの魔王への態度の抗議を口にした瞬間にナイフが横すれすれに飛んできた。サクラは近くにあったナイフを手に取り、的確に抗議を言った上級悪魔の後ろの壁に刺したのだ。
「黙れって言ってるんだよ。今は魔王様と話しているんだ。お前の意見なんか聞いていない。面倒臭いから外野は引っ込んでろ。それとも今ここで塵になるか?」
サクラの鋭い眼光にナイフを投げられた上級悪魔は口を塞いだ。
「今の彼女は怒らせないほうがいい。随分と攻撃的になっているようですから」
忠告をしておいた後、サクラのほうを向いて質問の問いに答えた。
「そのようなことはないよ。魔王の私があれこれ言ってしまったら、旧家の面目が立たないからね。上級悪魔同士の交流は必要なものだよ」
「・・・・・・」
サクラは腑に落ちないような様子だったが、考えるのが面倒なのでそういうことにしておいた。
「では、サーゼクス。お前はどうしたいのだ?」
紅髪の中年男性が声を掛ける。
「父上。私は妹の婚約パーティーを派手にやりたいと思っているのですよ。ドラゴン&異端者対フェニックス。最高の催しだとは思いませんか? 伝説のドラゴン、神殺し、フェニックス。これらに勝る演出などないでしょう」
サーゼクスの一言に周囲が黙り込む。これがいわゆるカリスマというものかとサクラは考えても見た。
サーゼクスがサクラとイッセーに視線を向ける。
「ドラゴン使いくん、サクラくん、戦いの許しは出たよ。ライザー、私とリアスの前でもう一度見せてくれないか?」
サーゼクスの願いを聞き、ライザーが不敵に笑った。
「いいでしょう。魔王様に頼まれたのなら致し方あるまい。それに私を侮辱したそこの女を後悔させてやるいい機会だ。このライザー、身を固める前に最後の炎をお見せしましょう」
ライザーはやる気満々のようだ。これで戦いの舞台も理由も整った。
「ドラゴン使いくん、サクラくん、勝った場合の代価は何がいい?」
「サーゼクス様!?」
「何ということを!?」
「おいおい、上級悪魔とあろう者が魔王様のやり方に口答えをするのか?」
サクラが嬲るような口調で返し、上級悪魔たちも黙り込んでしまう。
「何かをするからにはこちらも相応のものを払わなくてはいけないでしょう。まずはドラゴン使いくん。何でもあげるよ。爵位? 絶世の美女かな?」
サーゼクスは身内の言葉などを気にせずに、イッセーへと問いかける。これは絶好の機会だ。たった一言言えば、すぐに何でももらえる。
でも、今のイッセーの願いはただ一つだった。
「リアス・グレモリー様を返してください!」
迷いの無いイッセーの言葉にサーゼクスが満足そうな笑みを浮かべた。そして次にサクラのほうに視線を向ける。
「キミはどうかな? サクラくん」
「・・・・・・本当に何でも貰えるのか?」
「ああ、そうだよ。私は嘘をつかない」
サクラはそれを聞いてしばらくはサーゼクスのことを見つめていたが、目を瞑って何かを考え始めた。
欲しいものが考えつくと笑みを浮かべ、サーゼクスに向かってこう言い放った。
「じゃあ、オレは――――」
今後、オレが何をしようと魔王のアンタは一切、口出ししないというのはどうだ?
その願いが受理されたとき、命運を掛けた決闘が始まる――――。