ある日の放課後の話だ。兵藤とアーシアはこんなことをグレモリーに頼み込んでいた。
「朱乃たちの仕事を見学?」
「はい。俺もアーシアも、ちゃんと悪魔として仕事出来てるか気になって・・・」
企業で言えば、仕事の研修というヤツである。
私と兵藤も、アーシアと彼女の悪魔家業に付き添っているリリーも最近の悪魔家業について疑問に思っているのだ。
悪魔の契約といえば悪魔を呼び出した者の願いを叶え、また呼び出したいと思わせた上で契約を結ぶというもの。時にはその人の命を貰うといった契約もあるという。
文献からしてみれば、粗悪なイメージが付き纏うかもしれないが、悪魔らしいことをしているわけではないし、ましてや魔術や呪術を使っているわけではない。
この前なんか小猫にコスプレをさせたいと言っていた人もいるし、対戦ゲームの遊び相手に付き合って欲しいと言った人もいた。リリーに聞けば、探し物を探すのに手伝ってほしい人もいたらしい。どうでもいいが、悪魔を軽く見られているのがどうも否めない。
そこで2人は、グレモリーら先輩にあたる悪魔たちに本当に自分の稼業が適切なものであるかどうかを確かめるために直談判しに行ったのだ。それが現在の状況というわけ。
眼鏡を掛けて何かの資料を見ていたグレモリーは2人の相談に答える。
「そうね・・・悪魔になって日の浅い2人には良い勉強になるかもしれないわ」
それを聞いた2人はあからさまに明るい表情になった。たかがグレモリーの上から目線な言葉に変えるまでもないだろうに・・・。
「じゃ、じゃあ、いいんですか!?」
「ただし、仕事を邪魔してはダメよ。先方にも迷惑を掛けないこと、いいわね?」
「「はい!」」
元気よく返事をする2人。よくもそんなに騒げるもんだな。機関でもあまり見ない。
そうだな。仕事を妨害しては研修にはならないからな。まあ、私は参考程度で研修するわけではないけど。
「サクラとリリーも、よかったら見学していきなさい」
・・・アンタに言われなくてもそのつもりだ。胸に比例して、無駄に態度もでかい牛乳女が。
「・・・フン」
私は渋顔でそっぽを向きながら鼻を鳴らす。命令されるのは癪に障るが、コイツらのこともあるから迂闊なことはできないな。
「まあ、仕事には興味ないけど、アーシアが行くって言うなら・・・」
リリーも渋々と言ったような感じでそう答えた。
「ラウラも一緒に行きたいですぅ」
「アンタはここで待ってなさい」
メイド姿のラウラが手を挙げて見学を希望するも、あっさりとリリーの冷たい声に一蹴される。
「な、なんでですぅ!? ラウラも気になるですぅ!!」
「うっさいわね! アタシの横に並ぼうなんて100万年早いってのよ!!」
ラウラは反論するとリリーが激昂する。ラウラは渋面のまま引き下がった。
「リリーさん・・・そんなに冷たくなさらなくても・・・」
「アーシアには関係ないからいいの」
アーシアの言葉に、冷たく返すリリー。まあ、部下に優しくする必要はないしな。
部屋の隅でいじけているラウラはともかく、興味が無いというわけでもないし、他の3人がどんなことをしてるのか見物だな。
こうして、2人の研修が始まるのであった。
アタシたちの最初の研修は、塔城小猫ちゃん。可愛いマスコットキャラとして男の契約者との間では有名で、よく呼び出されることがあるらしいわね。
きっと、小猫ちゃんはそんな男たちにあんなことやこんなことをされちゃってるんだわ・・・ああ、アタシの小猫ちゃんに・・・。
まあ、それは置いておいて、闇の回廊で入ってきた場所はいかにも貧相な眼鏡の男の部屋だった。
「おや、兵藤氏とサクラさんじゃないか」
「どうも森沢さん。ご無沙汰してます」
「・・・ああ」
エロ猿は頭に手を当てながら言い、サクラは無表情で一言発しただけ。サクラってこの人と知り合いだったんだ。アーシアは特に呼ばれないから分からなかったわ。
「何故キミたちまで?」
「すいません、今日は見学で」
「見学?」
「部屋の隅にいるだけで、邪魔はしないから安心しろ。オレも邪魔されるのは嫌だしな」
「それは構わないけど・・・そちらの2人は?」
アタシとアーシアに視線を向ける男―――森沢。何やら嫌らしい視線を感じるんだけど・・・。
「追加特典のシスターコスプレっ子とお嬢様とか?」
アタシはその言葉に不快感を覚えた。
何よ追加特典って? アタシらがまるでお菓子のおまけみたいじゃない。
「い、いえ! 私も見学希望で・・・」
「アタシも見学よ」
アーシアが頬を赤くしてドギマギした様子で答える。アタシもぶっきらぼうにそう答えた。
「へぇー、新人さんたちなんだ。よろしくね」
森沢が眼鏡をキラリと光らせながら言う。その視線に卑しいものを感じた。
可愛い子がいるとすぐに鼻を伸ばして、これだから男は・・・。
「ア、アーシア・アルジェントです!」
「・・・どうも、リリアンヌ・ダルクよ」
アタシも不快感を隠そうともせず、森沢に渋々自己紹介をする。
『ちゃんと挨拶はするのね。感心したわ』
サファイア、うっさい。アーシアの前じゃなかったらこんなことしないっての。
するとサクラがアタシの隣に来て耳打ちした。
『こいつ貧乳好きなんだよ』
それを聞いてアタシは顔を顰める。
貧乳好き・・・? 胸のでかいアタシには眼中がないってか!? 胸の小さい女に対する嫌味なんじゃないの!?
アタシはますます男が嫌いになりそうな気がしてきた。まあ、今でも近寄られるとゴキブリのように扱うほど大嫌いだけど・・・。
「・・・今日のご依頼は」
エロ猿とアーシアが苦笑する中、小猫ちゃんが話を進める。
この2人よりいかにも仕事に慣れているって感じね。さすが、小猫ちゃん。話に乗らないところも可愛い♪
「そうそう。これだ!」
そう叫んで森沢が取り出したのはゲームのパッケージだ。ゲームは財閥がアタシにくれて、よくお姉様たちとプレイしたこともあったけど、こんなのは見たことが無かった。
何か肌を露出させている女が多いような気がするんだけど・・・?
「ああ! 超路上格闘家4!」
どうやらエロ猿はこのゲームのことを知っているみたい。これが今どきの日本のソフトなの?
「おっ、知ってるかい?」
「一見さんお断りの操作高難度な激ムズ格闘モノで、その筋の人にとっては大会が開かれるほどの名ソフトじゃないっすか!!」
エロ猿が熱く説明する。そこまで知ってるのも、何か引くわ・・・。オタクって言うんだっけ?
エロ猿の説明に笑みを浮かべながら、森沢が続ける。
「ふむ、さすがは兵藤氏。実は俺はアーケード版をやり込んでいてね。ホームのゲーセンじゃ『ダイアグラム崩しのモリー』で通ってるくらいさ!」
何それ。そんな名前で通ってるのは自分が異常者だって思われてるからじゃないの?
アタシはこの男に密かな憐れみを感じた。正直、ゲーセンに通い詰めなきゃいけないほどに友達がいないのね・・・男って悲しいわ。
まあ、アタシも仲が良い友達なんてほとんどいないけど・・・。
「さあ、勝負だよ小猫ちゃん!!」
友達の少なそうな無駄にゲームをやり込んでいる森沢と案外ゲームをやり込んでいると聞いている小猫ちゃんがゲーム対決。それが願いの内容なのね。
でも、そんな異常な通り名を持っている森沢に対して大丈夫なのかな・・・?
そう思っていたけど、心配は無用だったようだ。もうすでに10回戦になっているけど、小猫ちゃんはほとんどダメージを受けずに森沢のキャラクターを倒しまくっていた。
小猫ちゃんの使用しているカンフー姿の少女が、奥義って言うの? それを出すと森沢の使用キャラは一瞬で撃破され、画面に『KO』の文字が表示された。
「そんな馬鹿な!? 僕の持ちキャラが全て完封されるなんて!!」
森沢が頭を抱えながら叫ぶ。フフフ・・・男の悲惨な姿は心地良いわ。
この男は確かにやり込んでいる男だった。しかし、小猫ちゃんのほうが余程に技術が高かったわけだ。
っていうか、森沢弱すぎ。 小猫ちゃんもどんだけ強いのよ!? 森沢の全てのキャラを瞬殺してるなんて!
「・・・思考と反射の融合が足りないです」
頭を抱えて唸っている森沢を尻目に小猫ちゃんがそう呟く。小猫ちゃんってたまに饒舌になることがあるけど、本当はどっちがホンモノなのかしらね?
「小猫ちゃんって、こんなにゲームが得意だったんだなんて・・・」
「・・・ゲームは一日一時間」
「・・・古いな」
サクラが欠伸をしながらポツリと呟いた言葉に、小猫ちゃんがサクラの方を振り向く。
「・・・では、次はサクラ先輩がやってみてください」
「・・・はぁ?」
サクラは訳が分からないといったような感じで言う。そもそも、サクラはゲーム得意だったっけ?
「おお! サクラさん! 僕の仇を取ってくれッ!!」
「サクラさん、がんばってください!!」
森沢とアーシアにも後押しされて、無表情だったサクラが溜息を吐いた。
「・・・分かったよ。ゲーセンのゾンビゲームとどっちが楽しいのか見物だな」
サクラは森沢からコントローラを奪い取るとゲームをプレイし始めた。ゲーセンという言葉がアタシの中に引っ掛かるけど・・・。
サクラは一気に間合いを詰めて攻撃を繰り出し、小猫ちゃんはガードに徹する。隙を見せたところを小猫ちゃんが技を繰り出し、サクラはそれを受け、避けては攻撃を繰り出していく。
2人とも凄い集中力ね・・・勝負もどっち勝つのか分からない展開が多かったし。
「ふーん、面白いじゃないか」
サクラも手加減することなく向かっていき、もちろん小猫ちゃんも手加減はしない。
そして、今10回戦目。残り体力が少なくなっていたサクラが奥義を繰り出し、小猫ちゃんのキャラを逆転し倒した。
「・・・いい勝負でした、サクラ先輩」
「5対5なんだけどな。まあ、勝負はお預けってことで」
小猫ちゃんはどうやらサクラとゲームをプレイして満足したらしい。よかったわね、小猫ちゃん。
「なあ、サクラ・・・お前ってこのゲームやったことあるのか?」
エロ猿がサクラに疑問を投げかける。そういえば、サクラもこのゲームを見るのは初めてだと思うんだけど。
そう言うとサクラはエロ猿のほうを向いて、首を振った。
「いや、初めてだけど。それが何?」
サクラは当然のように答える。そういえば、サクラは昔から何でもできちゃう子だったわね・・・。ポテンシャルが高いって言うの?
だから学園でもあんなに学生からチヤホヤされるのね。カリスマ性高すぎでしょ。
「す、凄いです・・・」
「何ていうか、僕もその能力が羨ましくなるね・・・」
その言葉に誰もが驚いていたのは、言うまでもないわね・・・。
続いてのは研修は、木場祐斗だ。爽やかなイケメンスマイルで主に女性の契約者に人気を博しているとか。
まあ、後はどうでもいいけど。
私たちが闇の回廊でやってきた場所は、しっかりと掃除されている綺麗なマンションのリビングだった。
赤い明かりに照らされる薄暗いリビングで、そのソファにはビジネススーツ姿の女性が座っていた。この人が祐斗のお得意様というヤツか。
足なんか組んで色っぽくしやがって。まるで男でも誘っているような格好だな。
「来てくれたんだ、木場君。嬉しいわ」
「お久しぶりです、美加さん」
美加というのは、この女性の名前だ。
「お仕事は順調ですか?」
「ええ。おかげさまで」
お得意様なら彼女のプライベートの一つや二つは把握していて当然のことだと思うので、私は敢えてツッコまないことにする。っていうか、面倒臭いし。
「今回、新人の4人が見学に来ているのですが、ご一緒させていただいても?」
「いいわよ。どうぞ、ごゆっくり」
あっさりとOKを出してくれた美加。女性は細かいところが気になるから、嫌がると思うんだけどな。まあ、あの優しい笑顔ならそんなことはないと思ってたけど。
美加は足を組み替える。そして、立ち上がるとスーツの上着を脱ぎ始める。
そのときにチラリと兵藤のほうに邪念のようなものを感じたが、まあお客様の前だから目潰しをしたいという気持ちは抑えよう。
「ねえ、木場君。悪いんだけど、いつものお願いできるかしら?」
「い、いつもの!?」
いつものの中身が気になるが、それよりも頬を嫌らしそうに染めてそう叫ぶ兵藤のほうが気になった。
変態な想像をしているのは火を見るよりも明らかだが、とりあえず無視を決め込むことにした。本当にどうでもいいことだからな。
「はい。材料は?」
「ざ、材料!?」
・・・ああ、そういうこと。材料ね。いつものってあれのことか。
それと兵藤、うるさい。
「あ・そ・こ」
美加が指を差した先にあったのは、スーパーで買ったと見えるネギやワサビ、卵などの食材。
それを見てポカンとする兵藤とアーシア。
「じゃあ、少し仮眠するから。あとはよろしくね」
「お任せください」
「「ええ!?」」
そう言って美加はソファで横になると眠りについた。木場はその間に台所に行って調理に取りかかる。
2人とも何を驚いているんだ。ただの『夜食を作ってほしい』という願い如きに。意味分かんない。
木場が調理をしている間、アーシアは眠っている美加に毛布を上から掛けてあげる。ここがアーシアの良いところでもあり、甘いところでもあるんだろうな。
スヤスヤと寝息を立てて眠っている美加。可愛いというか、女としてだらしないというか。
「かなりお疲れのようですね」
「そうだな。顔からして疲労が感じられる」
「アタシはここまで仕事は滅多にやらないわよ。だってお肌がカサカサになっちゃうもの」
リリーが当然のことのように言うが、任務サボリの常習犯の肌のことなんか聞いてない。場が場なだけに不謹慎だからやめろ。
「美加さん、仕事が忙しい時はいつもこんな感じでね。だから、こうして僕が夜食を作るんだ。よし、できた!」
木場が運んできたのはざるうどんと小さな親子丼だ。麺汁と付け合せのネギもしっかりと付いている。剣技もできて料理も作れるとは、さすがイケメン。伊達ではないな。
「美加さん。美加さん、起きてください。うどんができましたよ」
木場は美加の側にしゃがみ込んで優しく声を掛ける。揺さぶって乱暴に起こさないところを見ると本当に契約者に対して親切だと思えるな。
「意外だな。よく美女に呼ばれるって聞いてたから、勝手にムカついてたんだよな、エロい意味で」
「はぁ・・・」
「エロい意味ってどういう意味・・・?」
アーシアはポカンとしていたが、リリーはジト目で睨みながら兵藤に詰め寄る。私もいつの間にかジト目で睨んでいたな。
年頃の男が大人の女性なんかにエロを強要するとでも思うな。
「いや! 真面目な木場らしい依頼だなと思って!」
言い訳がましいのが気になるが、まあいい。問題は起こしたくないからな。
こんなどうでもいいやり取りを余所に、起き上がった美加はうどんを啜る。
「うん、美味しい。いつもありがとう、木場君」
「いえ」
私は2人の姿を見て溜息を吐く。いや、別に疲れたという意味の溜息ではないぞ。
「もったいないな。そんな腕前があるんだったら、この前の料理対決でも実況なんかしてないで、調理に参加すればよかったのに」
「そうよ。少なくとも二人には勝てたんじゃない?」
「サクラさんほどじゃないよ。修行意外に熱中できることがこれしかなかっただけさ」
私とリリーが評価しても、随分と謙遜するんだな。これが上品な好青年のあり方ってヤツか。
「へぇ。そこの着物姿の新人さんも料理ができるの?」
食べ進めつつ、美加が私に興味を示したようだ。別に私だって木場と同じなんだけどな。他に打ち込めるものといえばテーブルゲームぐらいだけど。
小猫みたいに手を出すなんてことはないと思っていたが、木場の次の一言によってその望みは打ち砕かれることになった。
「ええ。僕よりも美味しいですよ」
「本当? 今日は朝から何も食べてなくて、いつもより多く食べたかったの。よかったらお願いできるかしら?」
ちっとも否定しない木場に私は何とも言えない感情に駆られる。
・・・本当にそれでいいのか先輩悪魔。確か兵藤とアーシアの研修だったはずだよな?
まあ、でも・・・。
「・・・いいよ。オレも料理は嫌いじゃないし」
私は少し考えてから引き受けることにした。むしろ数少ない趣味でやってるから自信はある。
私は懐からエプロンと三角巾を取り出すと着用し、台所へと向かう。
「アタシも料理ぐらいできるんだから!」
リリーもどうやら参戦するらしい。ツインテールをポニーテールに結び直して、円を描くように髪の上でグルグルと回すと解けないようにヘアピンで固定し、三角巾を着けている。
私の調理を邪魔されても困るので、こう告げた。
「じゃあ、お前はデザートを作れ。オレは料理を作るから」
残っている食材は、ネギ、卵、ハム、じゃがいも、にんじん、干ししいたけ、鳥肉、チンするご飯、そして台所に備蓄されている調味料が数点。
まあ、二品は作れるかな。作れるものも限られているしな。
「アタシちょっとスーパーで買い出し行ってくるわね」
そう言ってリリーは闇の回廊を通って消えていった。
まあ、いいだろう。デザートなんか後でも作れるし、どうせ後で食べるんだから遅くなっても問題ない。
こんなことがあって数分後、私は美加のテーブルの前にできあがったスパニッシュオムレツと小さめのちらし寿司を前に出した。それを一口食べると美加は目を見開いた。
「美味しい! スパニッシュオムレツなのにふわふわしてて、中の具材もしっかりしているわ!」
「こっちのちらし寿司も食べてみな。酢がしつこくないから、箸が進むと思うぜ」
まあ、ちらし寿司は妹が好きだったし、実家に帰ったらよく作ってあげてたな。
「こっちも出来たわよ」
そう言ってリリーが運んできたのは、苺のタルトだった。リリーは洋食やデザートだったら作れるんだけどな。
結果的に、ちらし寿司も苺タルトもご満悦頂いたようで、また味わいたいという声を彼女の口から聞いた。
私は――――。
「兵藤を呼び出してくれたらいつでも作ってあげるぜ」
と言っておいた。兵藤も大変だな。本当にこんな女の相手を務めることになったかと思ったら。変人なだけ運がいいんじゃないかと思ってしまう。
そんな中でも、木場は美加が笑顔なのを見て終始自分も笑顔だった。
最後の研修は朱乃先輩よ。まあ、噂的には他の2人に比べて目立ったようなことはないけれど。
爆乳という胸がでかいところがあるから、エッチが好きな男の人にでも呼ばれてるんじゃないの? アタシはそう思う。
闇の回廊でやってきたのは、夜景を見下ろす格好となっているガラス張りの窓。そこに綺麗な夜景が目移りしている。要するに高層ビルのとある一室だった。
その夜景を眺めているいかにもたくましそうな男が背を向けたまま、口を開いた。
・・・まあ、男なのは容易に想像できたけど。
「朱乃君、いつもすまないね」
「あらあら、社長。今日はどういったご用件でしょうか?」
「今回もまた、キミの世話にならねばならんようだ」
世話? 世話って何よ? まさか、ホントに嫌らしいことをしているとか・・・?
「うふふ、いつものですわね。御安いものですわ」
朱乃先輩が舌なめずりしながら不敵な笑みを浮かべる。
いつものって何? 朱乃先輩がこの男にとんでもない何かやらされるの・・・?
「大会社の社長さんのお世話って・・・何でしょう?」
アーシアは気になって仕方がないといった顔をしている。
「も、もしかして、ライバル企業の重役を、暗殺して来いとか・・・?」
「ええ!?」
「これぞ、まさに悪魔のお仕事!」
ないない、そりゃないでしょ・・・。アタシの兄貴の会社を見に行ったことはあるけど、そんな流血沙汰になるような依頼はしていたことないし・・・。
「こ、怖いですけど、ぜひとも参考にしたいです・・・」
「おいおい」
「非戦闘員のアンタじゃ無理よ・・・」
「う・・・」
ましてや人を傷つけることを好まないアタシの親友にできるはずもないわね・・・。悪魔だけど。
こんなやり取りを余所に、社長のほうでは・・・。
「おおおおお!」
男の汚らしい絶叫が響いている。聞くに堪えない獣のような声だ。
何で顔を恍惚とさせてんのよ!? とツッコミたくはなったが、朱乃先輩がこの男にやっていることを見て、その言葉を飲み込むことができた。
「いい! いいよぉ! そこそこぉぉ! そこいいぃぃ!!」
「あらあら、随分とお疲れの様子ですわね、社長さん。うふふ、今夜は存分に可愛がってあげますわ」
野太い声なのに甲高い物が混ざっているような声が響く。相当気持ちいいのね、主に足が。
目の前で繰り広げられている地獄絵図・・・ではなく、足ツボマッサージ。社長は気持ちよさそうに呻き、朱乃先輩は何故かボンテージ姿で楽しそうに足ツボを刺激していた。
「うおぉぁぁぁぁ! なんて絶妙な指使いなんだ・・・これだよ、これ! こういうのがいいんだよマッサージは! 痛い! でも気持ちいい! けど痛い!」
一見してみれば普通のマッサージをしているようにも見えるけど、何よこの光景。まるでSМプレイしてるみたいじゃない。
「うふふ。この社長さんは仕事でストレスが溜まると、私に足ツボマッサージを依頼して発散されるのですわ」
足ツボマッサージが好きだなんていう人がいるのね。アタシはあんなの受けたら痛みでどうにかなっちゃいそうよ。
まあ、年寄りの発想なら分からなくもないけどね。何で老人は痛みを感じないのかしら?
エロ猿とアーシアの2人はその光景に見とれていたけど、一つ気になることがあった。
「でも、何でそんな格好で?」
朱乃先輩が依頼と同時に並行して、ソフトなSМを楽しみたいからじゃない? 自分の欲望も範疇に入れるなんて、さすがはドS先輩。
「うふふ、いくらでも押してあげますわ。このダメ社長、社員がこんな姿を見たらどう思うのかしらぁ?」
胸をぷるんぷるんと揺らしながら、口では社長を嬲りながら足ツボマッサージをする。もうSМプレイにしか見えないわね。見るに絶えない・・・。
「お、お二人とも楽しそうですね・・・」
「・・・ドSの本領が曝け出ているな」
アーシアとサクラがそう呟く。痛がるのを喜ぶ変態だったらアタシたちの仲間にいるけどね。同時に言葉で嬲るのが得意だけど。
ふとサクラがこんなことを漏らした。
「そういえば、アーシア。お前、この前リリーに足ツボマッサージをやってもらってたよな?」
「あっ、はい・・・。あのときは依頼者さんに扱き使われて、足がガクガクと痛んで・・・」
そんなこともあったわね。珍しくアタシが付き添いを拒否した依頼者の家。
それはアタシも知っていたし、会いたくもなかったヤツだ。まあ、会ったら会ったで面倒なことになりそうだったし。でも依頼者を待たせるのも、ビジネスに支障が出ると思ったのでアーシア一人で行かせたのよ。
そして対価をもらい、フラフラになって帰ってきたアーシアがすぐさまソファに横になって一言。
『痛っ! うぅぅ・・・足がジンジンしますぅぅ・・・』
『ちょっ、どうしたのその足!?』
涙目で足を抑えながら唸っていたアーシア。相当扱き使われて帰ってきたのか、膝周辺には痣が出来ていて、なおかつ手や足の指などにかなりの肉刺ができていたのだ。
まあ、どうせ男女に容赦のないアイツのことだから、自分の正体がバレないようにしたんだろうと思うが、これはいくらなんでもやり過ぎなんじゃないかと思ったわ。
そんな彼女を哀れに思ったアタシはアーシアの足の怪我の治療をした後、殺人印のマッサージを敢行。そのときの反応がこちら。
『い、痛いっ! あうぅぅ、痛い! リリーさん、やめてくださいぃ! あうぅぅ・・・』
『ごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ、このダメ悪魔!!』
最初にマッサージをして泣き叫んでいたときの反応。このときはゴキゴキと骨が折れてるんじゃないのかと思うくらいの音が鳴っていたのは覚えているわ。
まあ、アタシも興奮してたから止まらなかったんだけどね。
『ああああ・・・くあぁぁぁ・・・いたい、いたいぃぃぃ・・・』
『ねえねえ、今どんな気持ちぃ? 苦しい? 辛いぃ? もっとやってあげるわねぇ♪』
そのまま続けていると大人しくなり、目から若干光が無くなって、苦痛を訴えるだけの反応。口をパクパクとさせている。
よく思い出してみると恥ずかしいことを言ってたわね、アタシ・・・。
『ああぁ、きもち、痛、きもちよくなって、いたい・・・ああ! きもち、いい・・・い、たい・・・ぁぁ・・・』
『アハハハ! 段々と力がなくなってきたわねぇ? もっとやったら逝っちゃう? 逝っちゃうぅぅ?』
目から瞳孔が消えているんじゃないかと思うくらいの恍惚な反応。
といったように、最初は筋肉痛のせいか痛がっていたアーシアも段々と慣れてきて、気持ちよさそうな反応になっていったのだ。
「あのときは痛すぎて頭が真っ白になりましたけど、終わった後はスッキリしましたよ」
死にそうな顔をしてた子の言う台詞じゃないわ。
「あらあら、リリーちゃんも結構なものでしたのね。私も味わってみたいですわ」
「いやいや、そんな凄い物じゃないですよ。下手したら精神が崩壊しかねませんって!」
そのぐらいの凄いマッサージをやっていたのよ、アタシは! 途中で発狂して頭が壊れて、しばらくは廃人と化した人もいるんだからぁ! あの後のアーシアも、しばらく虚ろな表情で笑ってたし!
謙遜したように言うが、そんな言葉で周囲は留まらなかった。
「ほほほぉう! そんなに凄い物ならぁぁ! ぜひ味わってみたいものだなぁぁ!」
はぁ・・・また、このパターン? いい加減にしてよ。これじゃあ研修じゃなくて、体験コーナーやセールスマンみたいじゃない!
ああ・・・魔王様よ。そんなにアタシたちを働かせたいワケ?
「死ぬほど痛いわよ? 精神が壊れるほど痛いわよ? いいの?」
「望むところだぁぁぁ!!」
「・・・はぁ」
このまま動かないんじゃ仕方ない。本当は男なんか触りたくもないけど、アタシもたまにはやってあげるか。
アタシはドレスの両腕の袖を腕まくりすると肩に手を置いて、殺人式のマッサージを開始する。
まずは、一揉み・・・。
「ぬぐわぁぁぁぁぁぁ!!」
うるさい男の悲鳴ね・・・声帯を傷つけたくなるわ。
アタシは構わず肩を揉んでやる。
二揉み、三揉み、四揉み・・・・・・。
あっ、これ結構癖になってきた。アーシアを苛めてたときの感覚と同じだわ。
「うおぉぉぉぉ!! ぐおぉぉぉぉぉぉ!! うおぉぉぉぉぉぉ!!」
「この豚が!! アタシの魔の手によって、その痛さと快感に寄り知れろッ!! オラッ! オラァッ!!」
五揉み、六揉み、七揉み・・・・・・。
「アハハハハ! アッハハハハハ!! もう終わりなのか、つまらない男だね! もっともっとアタシを楽しませろよ!! この家畜がッ! このぉッ!!」
「ぬがぁぁぁぁぁ!! うおぉぉぉぉぉ!! ああぁぁぁぁぁ!!」
アタシはそのうちに楽しくなって、うっかり罵りの言葉を叫んでいた。アタシも姉貴によってストレスが溜まったときに、よく兄貴をマッサージして発散してたわね。
姉貴とは、姉貴とは・・・ああぁぁ、思い出したくないッ!! ああ、イライラする・・・! 思い出したら、ムカムカしてきた・・・!!
「この汚物よりも汚らしい豚が!! もっともっとアタシの力に酔いしれるがいいわ! このォ! このォ!!」
怒りを込めながら力任せに揉みしだくアタシ。社長は気持ちよさそうに「利くぅ~!」なんて叫び声を上げながら快感を覚えている。
はぁ・・・これだから男は・・・。
『アンタ、ホントはこっち系なんじゃないの?』
そんなんじゃないっての、サファイア!! アタシは心の清いプリティ悪魔っ娘なんだから!!
『自覚が無いって恐ろしいわね』
何か言ったぁ・・・?
『別に・・・』
サファイアの言葉にはホントに腹が立つ。気晴らしにこのダメ社長を本気で痛めつけたやろうかしらね。
「あらあら、リリーちゃんってば楽しそうですわね」
「その顔が清々しく見えるのは気のせいだろうか・・・」
「リリーさん、また口調が・・・」
「・・・面倒臭い」
アンタらの評価なんか聞いてないわよ!! 勝手なことを言うなぁ!!
朱乃先輩、エロ猿、アーシア、サクラの四者四様の言葉がある中、社長は気絶と覚醒を繰り返しながら、気持ちよさそうだった。
もう二度とやらないわよ・・・こんなアホなマッサージ。兄貴にはやるけどね。
翌日の放課後、三人の研修を終えた四人はこれまでの内容を振り返ってみる。
「ゲームの相手に夜食作り、でマッサージか・・・」
「私もトランプで遊んでほしいみたいな依頼が多いですし・・・」
イッセーとアーシアも自分の依頼を振り返ってみるが、悪魔らしさの欠片など一つもない。むしろ友達の家に遊びに行くような感覚の依頼が多い気がするのだ。
「むぅ・・・ラウラも行きたかったのに・・・」
「メイドがごちゃごちゃ言ってんじゃないわよ」
不貞腐れるラウラに、タルトを食しているリリーが制する。
「それだけ今の悪魔の生活、仕事が平和ってことよ」
リアスがそう言う。確かにこれまでの依頼は平和そのものかもしれない。
「つまんないな。もっと面白味のあることだと思ってたのに」
「まあ、いいんじゃない? アタシたちの仕事よりはマシでしょ」
ソファに寄りかかってチェスをやりながら言うサクラに、一緒にやっているリリーがそう返す。自分たちの仕事はそんな平和とでも言えるようなものではないからだ。
「あらあら。どんな仕事なのか、ぜひ聞いてみたいものですわ」
朱乃が四人にお茶を出しながら言うと、リアスもそれに賛同した。
「そうね。いい機会だし、組織の仕事がどういうものなのか、ぜひ聞いてみたいわね」
「サクラさんとリリーさんはどういう仕事をしているのですか?」
「・・・聞いたって不愉快になるだけだぞ」
サクラがそう諭す。自分たちの仕事なんか聞くだけ損するだけだ。気持ちが沈むだけ。
「僕も、聞きたいな」
「・・・私も」
野球盤で遊んでいた祐斗と小猫も加わってくる。
そんなに組織の汚れ仕事が聞きたいなんてどうかしてると思うサクラだが、こいつらは知らない。聞かせておいた方が、話もしてこなくなるだろう。そう思い、話すことにした。
「・・・そんなに知りたきゃ教えてやるよ」
サクラはルークの駒をキングの駒の側に置いてチェックメイトをすると同時に、説明を始めた。
「基本的な仕事は妖魔の討伐とアイテムの回収・破壊だな。これらは上から命を受けたら、その場に派遣しなくてはならないという命がある。妖魔は極めて危険なのですぐさま殺す必要があるし、アイテムは悪用されないようにしっかりと回収するか、破壊する必要がある」
ここまで説明したところで、アーシアが質問を投げかける。
「あの・・・アイテムって何ですか?」
「アイテムというのは、大いなる力を持った秘宝のことだ。それらの多くは魔術や呪術などでこの世界に大きな影響を及ぼすかもしれない。敵組織などに悪用されないように奪取するか、破壊するのさ」
「アタシたちも派遣されることがあるんだけどね。一度捜索をすると二週間もかかっちゃう厄介なもんだから、基本的には上が行くことが多いのよ。一人で行かせようとするなんて、何を考えているのやら・・・」
「お前は1人で行ったことがないだろうが。途中で投げ出して帰ってきたくせに」
サクラに指摘されて「うっ」という声を漏らすリリー。リリーは怠け癖があるので、組織のブラックリストに殿堂入りを果たしているのだ。要するに問題児であるということだ。
「それとたまに行かされる仕事は・・・・・・拷問、死刑執行人、暗殺の依頼だ」
サクラは言うかどうか迷ったような感じで言うと、部室が静まり返った。
「ご、拷問!?」
「死刑執行人・・・?」
「そうだ。悪人を捕らえた後に、拷問を行って組織の情報を吐かせる。オレたちの所属する機関は稀にそれを依頼されることもある。そして、その組織を討伐部隊を派遣して一網打尽にする。そういうものだ」
「それとたまにエデンは公開処刑を行うことがあるの。敵組織のための見せしめと構成員の士気を高めるためと称してね。その執行人に機関も依頼されることがあるのよ。アタシもやりたくはないんだけどね」
そう言うリリーの手は少し震えている。やりたくもないことをやらされて、頭がどうにかなってしまいそうなこともあった。他の何人かは喜んで引き受けたような気がする・・・。
それを聞いている皆はただただ絶句していた。
「・・・それとエデンは暗殺を依頼されることがある。それを引き受けるのも機関の役目だ。まあ、汚れ仕事が多いのさ。オレたちは」
「・・・随分と凄い仕事をするのね、サクラたちの組織は・・・」
リアスが若干震えているような声で答える。それを聞いたサクラは口を開く。
「だから言っただろ。不愉快になるだけだって。それを無視して聞いたのはアンタらだ」
「でも、拷問なんて人のやる仕事じゃないだろ!?」
「文句があるなら上に言え。これはオレたちの方針じゃない。まあ、口出ししたら抹消されるのがオチだけどな」
サクラはビショップの駒でキングの駒をコツンと倒しながら言った。
「・・・一度、サクラさんの組織の構成員にも会ってみたいものだね」
「機会があったら直談判してやるよ。まあ、オレたちエデンの仕事はそんなところだ」
「・・・ま、まあ、それはいいわ。サクラたちの仕事が凄いってことも分かったし」
サクラとリリーは我ながら、ここまで人間らしい人格を保てたんだと自分たちでも思う。まあ、数多くの修羅場を潜っていった結果、大切なものを失ってきたわけだが。
リアスはみんなの士気を上げようと手をパンパンと叩く。
「さあ、気を取り直して。あなたたちは運がいいわ。ちょうど今夜、私宛に大きな仕事が届いているの。それを横で見学なさい」
「!! 部長さんのお仕事?」
「わざわざ部長に依頼するくらいだから本格的だな!」
『王』であるリアスが直々に動くような仕事があるとは余程の大変な仕事なのだろう。イッセーとアーシアは興味津々でたまらない。
一方、サクラは今までのからしてどうせ碌な仕事でもないんだろうと反応を示さず、つまらなそうにチェスを動かしている。リリーは彼女に付き合っているだけ。
「で、でも、いいんですか?」
「ええ。ついてらっしゃい。サクラとリリー、そしてラウラも」
「ほ、本当ですぅ!? 今度は置いてかれないで済むですぅ!?」
「もちろんよ」
「やったー!!」
「ちょっと先輩!! 勝手なこと言わないでよ!!」
リアスにそう言われたサクラだったが、フンと鼻を鳴らして首を逸らしつつも、体は立ち上がった。リリーもサクラに釣られて渋々着いてくるといった様子だ。
一方、ラウラは子供のように喜んでいた。この前、いじけていたのが嘘のよう。
(まあ、このままチェスをやりっ放しでも飽きるだけだしな・・・)
(癪に触るわね、このクソ部長は・・・! でも、アーシアが心配だもの。あくまでも心配なだけなんだからね!)
2人は心の中で言った言葉を口実にリアスの仕事についていくことにしたようだ。顔は無表情、渋面で全く笑っていないわけだが・・・。
そんな2人の姿を見て、リアスは余裕のある笑みを浮かべた。