極悪な奴ら/THE EVIL HERO   作:早乙女

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第7話「心優しき聖女」

「空港へ行ってほしいだと?」

 

私が今、対面しているのは元・修道女。彼女はピアノの椅子へと座り、私に背中を向けながら言っている。

 

この前の兵藤との悪魔家業の付き添いを終えた次の日、昼休み後とはいえ私は教会に連れ戻されている。

 

昼休みに寝る場所を探していると、コイツから電話があって呼び出しを受けた。

 

まだ授業はあるのだが、どうせくだらない話だし任務をしていたほうが退屈しないと思ったのだ。

 

そして戻ってきた私が訪ねたところ、発したのが「空港へ行ってください」、この一言だ。

 

いきなり空港に行けと言われても、私は何のことだかさっぱり分からない。

 

ちなみに教会にいるのは2人だけ。リリーは学校にいるし、ウィルはこの辺の山に妖魔退治へと向かったらしい。

 

「ええそうです。あなたにそこで迎えに行ってもらいたい人がいますので、ここまで連れてきてください」

 

エレンが微笑みながら私に言う。

 

・・・コイツ、人の反応を楽しみやがって。

 

最初にそれを言わない時点で誰かに似ていてムカつくヤツだ・・・。

 

「ちなみにこの子です。もうすでに連絡は取ってあるので」

 

と言ってエレンが私に一枚の写真を差し出してきた。あるならさっさと渡せっての。

 

私は頭を搔きながらそれを受け取る。その写真を見てみるとシスター服でヴェールを被っている金髪の少女が写っていた。

 

・・・顔立ちは悪くないな。どこかドン臭そうな感じはするけど・・・。

 

「・・・分かった」

 

私は写真を仕舞うとエレンに踵を返し、教会を出ていく。

 

待つのは面倒かもしれないが、つまらない授業を聞くよりはマシだろう。

 

ここで写真をどこに仕舞ったのか、と聞くヤツは・・・・・・殺す。

 

 

 

 

 

 

 

というわけで私は空港にいるのだが、金髪の子はまだ来ていない。

 

・・・眠い。昨日の兵藤に付き合ったせいで全く眠っていない私。

 

寝不足の原因の一つに兵藤もカテゴリーに含めるんじゃないか?

 

この空港は私が日本に帰ってくる際に通過した場所だ。堅物な同僚の押しつけがましい任務とはいえ、久しぶりに足を踏み入れた。

 

私はふと国外に行っていたときの出来事を思い出す。とはいっても、主にイギリスだが・・・。

 

教会にいたころは不自由なことは何もなかった。礼拝などは退屈だったが、魔獣を狩るときは楽しいと感じれた。

 

不謹慎な感情なのかもしれないが、何を隠す必要があるのか。私は嘘は嫌いだ。

 

そんな思いを胸に、同じく教会の聖者だったリリーと一緒に好き勝手いろいろとやらかした結果、エレンやもう1人の友人によく怒られてたっけな。

 

教会は今では嫌いだが、思い出は嫌いじゃない。今でも私の頭の中に残っている。

 

「はわう!」

 

ふと女の悲鳴が私の耳に届く。

 

「あうぅ、また転んでしまいました・・・」

 

声の発せられたほうへ視線を向けると転んでいる少女の姿が見えた。旅行で持っていくような、大きなスーツケースも持っている。

 

・・・あの女か? 何となくそれっぽい感じの気がするが・・・。

 

一応、確認してみるか。

 

私は写真を取り出す。写真とあの少女を照らし合わせてみる。

 

ヴェールは・・・被ってるな。シスター服は・・・着ているな。

 

顔をよく見てみると・・・金髪でどこかドン臭そうな感じの童顔。

 

・・・・・・ああ、彼女だ。彼女がこの写真の女ってわけだ。

 

この写真の女を連れていけばいいのか。・・・よし。

 

私は写真を仕舞って、転んでいる少女に歩み寄る。

 

「・・・大丈夫か?」

 

そして手を差し伸べる。

 

「は、はい。ありがとうございます」

 

少女は私の手を取ると立ち上がった。それと同時にヴェールがはだけて、顔があらわになった。

 

金髪の綺麗な顔立ちで、緑色の双眸をしている。

 

「・・・アンタがエレンの言ってた女か?」

 

「え? あっ、あなたがベリンダさんの言っていた人ですね?」

 

私が訪ねると少女はムカつくヤツの名前を出しながら返してくる。一瞬、顔を顰める私。

 

・・・アイツの差し金か。どいつもこいつも面倒なことを押しつけやがって。

 

「あの、どうかしたんですか? 私、何か変なこといいましたか?」

 

「・・・なんでもない」

 

若干少女が戸惑ったような顔をして言ってきたので、私は淡々と否定した。

 

「・・・お前の名前は?」

 

「ええと、アーシア・アルジェントといいます。アーシアと呼んでください」

 

アーシアというのか。女優でそんな名前の人がいたような気がするが、まあいいか。

 

「・・・風花、桜」

 

「風花桜さん、って言うんですね。よろしくお願いします、サクラさん!」

 

一応自分のフルネームも名乗っておいたが、この子、人のことを名前で呼ぶの早すぎ。

 

でもまあ、変な呼ばれ方をしなければいいか。

 

「・・・アーシア、付いて来い」

 

「あ、はい! はわう!」

 

私が指示をして歩き始めた直後、アーシアの小さな悲鳴が上がる。

 

後ろを振り向くと彼女はまた転んでいた。しかも今度はスーツケースの中身をぶちまけて。

 

替えのシスター服や聖書、それに聖水などが散乱した。ちなみに聖水のビンにはコルクの栓がしてあり、零れてはいない。

 

・・・何もないところで転んだなコイツ。しかも二度も。

 

「あうぅ・・・」

 

アーシアが涙目になりながらスーツケースの中身を拾い始める。私はその光景を見て頭を搔く。

 

・・・全く、面倒なことをしてくれるなよな。

 

そう思いながら私はアーシアの荷物を拾ってやる。グチャグチャになったシスター服も畳んで中に入れてやった。

 

秋山に家事を教わっていたのが役に立ったな。

 

そして数分後、ようやく荷物を全てスーツケースに入れた。

 

アーシアが軽く頭を下げてきた。その顔は申し訳なさそうな感じだった。

 

「・・・ううぅ、すみません」

 

「・・・分かったから、いくぞ」

 

ドン臭いのは顔だけじゃなかったな。動きも性格もどことなくドン臭いし、大丈夫か?

 

コイツ、いろいろと心配だな・・・これからのことが。

 

 

 

 

歩いて数時間後、私は見覚えのある通りでアーシアと歩いている。

 

「・・あのぅ」

 

「・・・ん?」

 

歩きながら不意にアーシアが私に話しかける。

 

まあここに来るまで大して話もしていないし、たまには乗ってやるか。

 

「サクラさんは、変わった服を着ているんですね。私の住んでいたところでは見たことがありません」

 

・・・着物のことを言っているのか。別に変わってはいないだろう。

 

薄桃色の振袖で何らかの装飾を施してある青い帯を後ろでリボン状にして結んである。有事がないときの私の普段着だ。

 

でもまあ、データによれば彼女は海外で暮らしていた元・シスター。日本のことは全く知らない。

 

当然、振袖も着物も見たことが無い。この言葉が出るのは頷ける。

 

「・・この国では普通だ。昔の女性はみんなこの服を着ていたんだ」

 

「へぇーそうなんですか。でも歩いていて思ったのですが、今はそのような人がいない気がしますけど・・」

 

「今は海外から洋服が輸入されて和服を着る人が少なくなったんだよ。・・オレは好きで着ているんだけどな」

 

「似合ってますよ」

 

「・・・・・・」

 

笑顔で言ってくるアーシアに私は沈黙しながら歩く。

 

・・・着物姿を褒められたのはリリー以来だ。

 

嫌じゃないけど、そんなに見られると恥ずかしいよ・・・。

 

「あ、あれ? 私、また何か変なことを言ってしまったんでしょうか?」

 

「・・・がとう」

 

「え?」

 

戸惑うアーシアに私は礼を言ったのだが、どうやらアーシアには伝わらなかったようだ。

 

「・・・なんでもない!」

 

「あ、ちょっと待ってくださいぃぃ」

 

こんな恥ずかしいこと何度も言ってられるか・・・!

 

私は顔を逸らしながらやや大きな声で言った後、ごまかすように足の速度を速めた。

 

ちなみに言うがアーシアは日本語をしゃべっておらず、全て英語だ。私はそれに英語で話しているので言葉が通じている。

 

外国暮らしが長かったからな。英語はもう完璧にしゃべれる。

 

日本語で話しているようにしか見えない? 気のせいだろ。

 

少し時間が経って歩く速度を元に戻した後、沈黙をしているとカメラを持った男がこちらに近づいてくる。

 

「ねえねえ、君たち可愛いね~。写真撮らせてよ!」

 

と言いながら私たちの同意も求めずに勝手にカメラを構える。

 

「!? な、何ですか――きゃっ!?」

 

パシャパシャとフラッシュを焚きながら撮影し、私もアーシアも光に思わず顔を顰める。アーシアに至っては戸惑いと小さな悲鳴を上げている。

 

カメラは目がチカチカするから嫌いだ。アーシアも男の言葉が分からず、困っているようだ。

 

・・・・・・ったく、仕方がないな。

 

私は腰にある短剣を握りながら、未だにカメラを構えている男の方へ前から歩み寄る。

 

「うん? どうしたんだい? 前に寄るなんて――」

 

男が言い終える前に私は短剣を横に振り被り、フラッシュの部分を叩き斬った。

 

更にカメラのレンズを短剣で突き刺し破壊する。

 

「ああぁぁぁぁ! 俺のカメラがあぁ!!」

 

男が絶叫を上げる。私はそんな男に短剣を突き出して、キリッと睨みつける。

 

「ひぃっ!?」

 

男は私の睨みか、もしくは短剣か、尻餅をついて体を震わせる。私は恐怖に引き攣った男の顔を見下ろす。

 

そして短剣を腰に収めた後、アーシアのほうへと向き直る。

 

「・・・行くぞ」

 

「は、はいぃ・・・」

 

・・・つまらん。こんなヤツに構っているほど私は暇では無い。

 

男への殺意を抑えながら、私は目的地へと歩む。アーシアは恐怖している男を気にかけつつも私の元へと駆け足で来る。

 

数分歩いていると今度はガタイの大きなスキンヘッドの男とヒョロヒョロとしたヤセ男が近寄ってきた。

 

「よう、お嬢さんたち! これから俺らと遊ぼうぜぇ!」

 

これはいわゆるナンパというものか? 不良共は暇人ばかりで呆れてくるな。

 

「うぅぅ、怖いですぅ・・・」

 

アーシアは私の後ろで怯えながら顔を覗かせている。

 

・・・ウザい。付き合ってられるか。

 

私たちは不良コンビを無視して歩き去ろうとするが、男たちは嫌らしい笑みを浮かべて勝手に着いてくる。

 

「なあなあ、オレ的にお前好みなんだよな。ベイビィ、ナンパ成功率100%のこの俺と一緒に遊ぼうぜぃ」

 

「・・・勝手に着いてこないでほしいんだけど。猿顔が隣歩かれるとマジウザい」

 

私は男の方を睨みながら言う。超が付くほどウザイなコイツら。

 

「おいおい、連れねえこと言うなってぎゃあぁぁー!?」

 

ヤセ男が懲りずに私の手を掴んできたので、その足を踏んづけてやった。

 

「グホッ!?」

 

足を踏まれた痛さにもう片方の足でピョンピョン跳ねている男を、更に頭を片手で鷲掴みにして地面に叩きつけた。

 

ヤセ男は地面に顔をめりませてピクピクと体を痙攣させるだけだった。

 

これでコイツの成功率が下がったな。つーか、超どうでもいい・・・。

 

「イヤァッ、やめてください!!」

 

「何言ってるかわかんねぇけど、いいじゃねぇか、連れねえこと言うなよぉ」

 

悲鳴の方向を見るとアーシアが坊主頭の男に背後から胸を触られている。

 

私は顔を顰めながら頭を搔き、その場から瞬間移動する。

 

「おい」

 

「あぁん? 何だグオッ!?」

 

私は男の顔に飛び込むように蹴りを食らわせる。男が顔を抑えながらよろけ、アーシアを手放す。

 

図体や背丈がデカい分、顔に攻撃が当てやすかったぜ。

 

「て、てめぇ!! この町内一クールと言われる俺の顔を!!」

 

男が激昂する。・・・町内一とか、そんなの知るか。

 

正直、不細工な顔でそんなことを言われても反応に困る。

 

「そんなゴリラみたいな顔がか? チャンチャラお笑い草だな」

 

「こ、この! 調子に乗ってんじゃねぇぞゴラ!!」

 

私の嘲笑に男は顔を真っ赤にしながら怒り、拳を突き出してくるも私はヒラリと交わして懐に入り込み、鳩尾に膝を撃ち込む。

 

「グフォッ!?」

 

男が息を詰まらせ、痛みに膝をつく。私は更に男の後頭部に上段の回し蹴りを食らわせる。

 

「ギャアァァ!?」

 

男は吹き飛んで壁にめり込んだ。とはいっても、頭が壁に埋まっているだけだが。

 

「・・・石頭が」

 

私はまくれ上がった着物の裾を直しながら、忌々しげにつぶやいた。

 

・・・本当にこの町は変態ばかりだな。いろいろと大丈夫なのだろうか?

 

「シキさん、大丈夫ですか?」

 

アーシアが私の元へと心配そうな顔で駆け寄ってくる。

 

「・・・大丈夫だ。走るぞ」

 

「え? って、きゃっ!?」

 

人が集まって来てややこしいことになってきたな。うるさいの嫌だし、ここを離れるか。

 

私はアーシアの手を取りながら、駆け足で惨劇の場を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

公園近くまで走ったところで、その近くのベンチに私たちは座る。アーシアは顔を伏せながらハアハアと息を切らせている。

 

体力の無いところを見れば戦闘経験の無いシスターと見える。まあ、どう見ても戦闘向きではないな。

 

しかし、この子何かを持っているな。何というか、淡くて、暖かい優しい感じだ。

 

姉さんと一緒に住んでいたときにもあったような感じ。これは、もしや・・・。

 

それはともかく、私は懐から水の入ったペットボトルを出すと中身を一口飲む。

 

そして息を切らせているアーシアにも無言でペットボトルを差し出す。

 

「ハァ、ハァ、あ、ハァ、ありがとう、ハァ、ございますぅ。」

 

アーシアは私からペットボトルを受け取ると水を飲んだ。

 

・・・可愛いかと聞かれれば可愛いが、やっぱどこか頼りなそうな顔だ。

 

ようやく落ち着いたところで私たちはまた歩き出す。

 

さっさと行かないとエレンが五月蠅そうだ。絶対ムクれるな、アイツ。

 

特に話は無いまま歩いている私たち。

 

ふとここでアーシアが私に口を開いた。

 

「あの、先ほどは助けてくださってありがとうございます。おまけに水までもらってしまって・・・」

 

「・・・別に。ああいうの見てるとイライラするだけだ」

 

「でも、サクラさんはお優しいんですね。ああ、主よ。心優しき彼女に祝福を」

 

私は素気なく返答すると、アーシアは手を組み合わせながらお祈りの言葉をつぶやいた。

 

・・・神に祈られても困るんだけど。主に私の自制心が。

 

「ひぃっ!? はわわわ・・・サクラさんから黒い何かを感じますぅぅぅ。ああ、主よ。どうか彼女から穢れを払ってくださいぃぃ」

 

何故かアーシアが私を見てビクついている。もしかして主という言葉に、黒いオーラを垂れ流してたか?

 

両目をギュッと瞑り、組み合わせた手をフルフルと震わせながらお祈りをする彼女。

 

主に祈っているのは私としては何か引っ掛かりを覚えるが、それにしても勘が鋭いなこの女。

 

私のオーラを素で感じるとは、ある意味侮れない。

 

とはいえ、これ以上オーラを垂れ流すと面倒なことになりそうなので私はオーラを抑えた。

 

「あ、黒い何かが消えましたぁ。よかったですぅ」

 

アーシアが額の汗を拭いながら、笑顔になる。

 

・・・やっぱり勘は鋭いな。

 

あまりにもおかしな彼女にほくそ笑みそうになったとき・・・。

 

『ソノ子ハ頂ク』

 

・・・!? 何だ・・・?

 

私の頭の中に悪意のある声が響いた。思わず私は背後を振り返り、その出所を探る。

 

「? どうしたんですか?」

 

首を傾げるアーシア。そのすぐ左の車道にトラックが走ってくるが、そのボディの右横に妖魔の姿があった。

 

ボディから上半身を出して左右に鎌のようなものを構えており、今から何かに斬りかかろうとしている様子だ。

 

・・・アイツ、もしや。アーシアを・・・。

 

「・・あ、あの――はむ」

 

私は左手でアーシアの顔に胸を押し付けるように抱き寄せると、右手から銃を出す。

 

そして妖魔に向けて狙いを定め、引き金を引く。

 

ダァンッ! ダァンッ! ダァンッ!

 

『キィヤアァァァァァァ!!』

 

妖魔は弾が命中する度に徐々に上半身が少しずつ現れていき、耳障りな奇声を上げる。

 

撃った弾は3発。顔と胸を無残に抉り、走るトラックから地面に落ちて霧散した。

 

私はコルセットに銃を収め、手を顎に当てて考える。

 

あの妖魔・・・アーシアのことを狙っていたな。・・・何故だ?

 

やはりこの子、何か持っているな・・・。特別な力を・・・。

 

「・・・んんっ、んむ。んんん~んむぅぅ~!」

 

アーシアが私の中で体をもぞもぞと動かし始めた。まるでもがいているかのよう。

 

おっと・・・そういえば顔を胸に押し付けたままだったな。

 

「ぷはあ! ハァ・・ハァ・・ハァ・・く、苦しかったですぅ・・」

 

私はアーシアを胸から解放してやる。金髪の少女は息を切らせている。

 

「もう、突然どうしたんですか? それに何か、凄い音が聞こえましたよ?」

 

・・・妖魔がいたなどとはとても言えん。銃をぶっ放したとも言えん。口が裂けても。

 

ましてや自分が狙われているだなんて言えるわけがない。ここはごまかすことにしよう。

 

「この辺はマナーを守らない人間がたくさんいるからな。オレがお仕置きをした」

 

・・・う~ん。さすがにこれは無理があるかな。私、まだ車運転できる年齢じゃないし・・・。

 

自分で言っといてそりゃねぇよ、と思ってしまう私。しかし・・・。

 

「そ、そうだったんですか?」

 

・・・おいおいおい。この子、信じちゃってるよ。

 

銃声まで聞こえているはずなのに、おかしいと思わないのか?

 

ああ、でも莫迦でよかったと思えるのはこの時かもしれない。よし、うまく繋げよう。

 

「そうだ。だからさっきのイカれたゴリラ顔といい、気を付けろよ」

 

「は、はい・・・」

 

「・・・行くぞ」

 

何とかごまかして、私とアーシアは再び歩き出す。

 

とりあえず妖魔のことは後にして、私たちは目的地に向かって歩かなきゃな。

 

いい加減、エレンも怒ってるよな・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はわう!」

 

学校近くの通りを通っていると、アーシアが何もないところでまた転んだ。

 

手を大きく広げて顔面から路面に突っ伏すという何とも間抜けなこけ方だ。

 

「・・・大丈夫か?」

 

「あうぅ。なんで転んでしまうんでしょうか・・・」

 

私が手を差し出すとアーシアも手を取って立ち上がる。

 

「お前がドン臭いからだろ。」

 

「ひ、酷いですぅ! 私は別にドン臭くなんか・・・」

 

「下り坂で荷物を転がしそうになったのは誰の手間だっけ?」

 

「うっ・・・」

 

「池の鯉を眺めてて落ちそうになったのをオレが助けたりしたっけな」

 

「はうっ・・・」

 

「ヴェールが風で余所の家に飛ばされて、飼い犬と取り合いになったりもしたよな」

 

「ううぅぅぅぅ・・・」

 

私の言葉の刃をグサグサと突き刺され、アーシアはよろよろとへたり込む。そして体育座りで顔を伏せてしまった。

 

「どうせ私は何をやってもうまくいかない子なんですぅ・・・進んでやろうとしたやる気さえも大抵は空回りして・・・」

 

あ~あ、落ち込んじゃったよ。昔のリリーみたいに。

 

別に些細なことだ。私は怒ってなんかいない。

 

そんな些細なことまで真に受けるなんて、この子、人が良すぎだろ・・・。

 

「こんなダメダメな私なんか――痛ッ」

 

全ての言葉をいい終える前に、私はアーシアの脳天にチョップを繰り出した。

 

私、こういうヤツを見ていると苛ついてくるんだよな。

 

「ううぅ・・・何するんですかぁ・・」

 

頭を抑えて涙目で抗議をしてくるアーシアに私は言葉を綴る。

 

「落ち込んでる暇があったら、前に進め。失敗を悔やんだってしょうがないだろ?」

 

「で、でも・・・」

 

「何でも真面目にやろうとするから、うまくいかないんだ。お前はお前のペースで落ち着いてやればいいんだぜ」

 

私の言葉を聞いたアーシアが、きょとんとした顔から笑顔になり立ち上がった。

 

「はい! がんばりますぅ!」

 

「さあ、行こうぜ」

 

「はい!」

 

私たちはまた再び歩き出そうとする。

 

「クソッ、木場の野郎ッ! 美人のお姉さんにばっかり呼ばれやがって! やっぱりイケメンなんか死んじまえぇぇぇッ!」

 

と、そこにこの時間帯には不相応な怒りの声が耳に入った。

 

この嫉妬溢れる声・・・もしかして兵藤か・・・?

 

「っ――あ」

 

とその時、風が吹いてアーシアのヴェールが飛ばされる。

 

ヴェールの中で束ねていた金色の長髪が零れて、露わになる。

 

「サクラ?」

 

アーシアの小さな声に友人がきょとんとした顔をしながら、こちらに視線を向ける。

 

私はその友人にコルセットの銃を一本抜いて・・・。

 

「ガアッ!?」

 

彼の顔面に投げつけた。

 

「グフォッ!!」

 

更にダッシュで飛び込んで、ボディに飛び蹴りを食らわせた。

 

この行動に特に深い意味は無い。単に嫌らしい視線を感じただけだ。

 

兵藤は後ろへと吹き飛んで、三度ぐらい地面に叩きつけられた後、木に激突した。

 

「はわわわ・・・。サ、サクラさん? な、何をしたんですか?」

 

「軽罪を犯した犯罪者のような目をしていたから成敗しただけだ」

 

私は投げた銃を拾いながら言う。

 

「で、でも、何もあそこまでしなくても・・・」

 

「大丈夫だ。アイツはゾウに踏まれても死なない男だからな。問題はない」

 

「そ、そうなんですか?」

 

アーシアが何故か顔色を悪くしていたが、具合でも悪いのだろうか。

 

「死ぬわァッ!!」

 

木の根元部分でうつぶせになっていた兵藤がこっちに顔を上げて、怒りの声で叫ぶ。

 

「おい、サクラ! お前、俺を殺す気か!!」

 

兵藤が痛さに体を抑えながら、怒りながらこっちに近寄ってくる。

 

・・・うん。毎度ながら威厳がないな。

 

「殺す気はないけど、殺すつもりでやった。問題は無い」

 

「問題大アリだろ!! 見てただけなのに銃を投げた上に蹴り飛ばすとか、鬼畜すぎんだろ!!」

 

「現に死んでないんだから別にいいだろう。そんなことはどうでもいい」

 

「酷でぇ!! 『そんなこと』とか『どうでもいい』という言葉で片付けられたぁぁ!!」

 

兵藤が両手で頭を抱えながら絶叫する。・・・うるさいな。

 

私はそんな兵藤に目も暮れずにアーシアの落ちたヴェールを拾い上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーと、キミは旅行でも来ているのかな?」

 

「いえ、違うんです。今日からサクラさんのところにお世話になることになりまして・・・。あなたもこの町の方なんですね」

 

兵藤がアーシアに質問をすると彼女は素直に答える。

 

「なあ、サクラ。お世話になるってどういうことだ?」

 

兵藤が耳打ちで私に話しかけてくる。

 

「上の奴らがオレらに押し付けたんだよ。コイツの子守りをしろ、ってな」

 

今現在、私はアーシアと兵藤の三人で歩いている。

 

何故にこの莫迦と一緒に歩いているのかというと、大した意味は無い。せっかくなので一緒に帰ろうというわけ。

 

ふと公園の前を横切ったころ。

 

「うわあぁぁぁぁん」

 

聞こえてきたのは子供の泣き声だ。

 

「だいじょうぶ、よしくん」

 

母親が着いているな。多分、大丈夫だと思う。

 

・・・母親か。昔をよく思い出す。

 

姉さんも私の母親みたいな存在で、私が泣いていたときも慰めてくれてたっけな。

 

「おいおい」

 

兵藤の少々呆れたような声が聞こえてくる。彼の視線の先を見るとアーシアが公園の中へと歩みを向けていた。

 

どうやら座り込んで泣いている子供へと近寄っている様子。

 

私と兵藤もアーシアの後を追いかける。

 

「大丈夫? 男の子ならこのぐらいのケガで泣いてはダメですよ」

 

アーシアが子供の頭を優しく撫でる。

 

多分言葉は通じていない。でも表情は優しさに包まれていた。

 

アーシアがおもむろに子供のケガを負った膝に手のひらをかざした。

 

次の瞬間アーシアの手から淡い緑色の光が発せられ、子供の膝を照らす。

 

そして子供の膝の傷が見る見るうちに治っていく。

 

なるほどな。あの淡くて暖かい感じは彼女の神器のことか。

 

子供のお母さんはきょとんとした顔をしている。信じられない現象が起こっている故に当然の反応だろう。

 

「はい、傷は治りましたよ」

 

アーシアは子供の頭を優しく撫でると私たちの方へ顔を向いて一言。

 

「すみません。つい」

 

舌を出して小さく笑う。私はただその様子を無表情に見ているだけ。

 

きょとんとしていたお母さんが頭を垂れると子供を連れてそそくさと去っていく。

 

「お姉ちゃん、ありがとう」

 

子供の声が聞こえる。彼女への感謝の言葉だ。

 

コイツもお人好しだな。どっかの莫迦にそっくりだ。

 

「ありがとう、だって」

 

兵藤が通訳すると彼女は嬉しそうに微笑んだ。

 

ちなみに兵藤の言葉はアーシアには通じている。悪魔は特典の一つとして、どう聞いても日本語にしか聞こえない言葉は全世界で通じるとか。

 

「その力。お前、神器持ちか?」

 

「はい。治癒の力なんです。神様から授かったものなんですよ」

 

そう語るアーシアの顔はどこか寂しげな感じだった。兵藤の顔もどこか複雑な顔をしていた。

 

兵藤も望んでこんな力を持ったわけではないのだろう。私だって同じだ。

 

それ以降は会話は一旦止まり、私たちは再び目的地に向けて歩き出した。

 

数分もすると分かれ道になり、私とアーシア、兵藤といった感じで別れることになった。

 

「じゃあ、オレたちはこっちだから。それとも兵藤、お前も来るか?」

 

「ああ、じゃあ――っ」

 

私の意見に兵藤が賛同しようとして言葉を止める。

 

その兵藤の顔は目は見開かれていて、頬に汗も伝っていた。見れば手と足も少し震えている。

 

何か危険なものを感じたのだろう。おそらく、本能というヤツ?

 

それもそうだ。私たちが向かうのは本拠地として使っている教会だ。悪魔のコイツには日は浅けれども、危険だということは分かるのだろう。

 

「そういや、俺用事思い出したから! また今度にするわ」

 

「待ってください!」

 

兵藤は自分が悪魔だと悟られないように、遠回しなごまかしをするが、それをシスターが呼び止める。

 

「あの、お名前だけでも・・・」

 

アーシアの言葉に兵藤が向き直り、口を開く。

 

「俺、兵藤一誠。みんなからはイッセーって呼ばれてるから、イッセーでいいよ。で、キミは?」

 

「私はアーシア・アルジェントといいます。アーシアと呼んでください」

 

兵藤とアーシアは元気に自己紹介。笑顔で向かい合うのも結構だが、いい加減マズイ。

 

「もう済んだか? アイツらを待たせてるし、さっさと行くぞ」

 

「あ、はい!」

 

「兵藤。オレも後でそっちに行くから」

 

「ああ、分かった。また後でな! そしてアーシア、また会えるといいね」

 

「はい! イッセーさん、またお会いしましょう!」

 

アーシアは兵藤にペコリと頭を下げ、私の後について来る。兵藤もそれに手を振って答えていた。

 

さあ、もうすぐ到着だ。私たちの本拠地に・・・。

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

「・・・遅いですね」

 

苛立ったような声でつぶやくのは、仕事を押し付けた少女・紫藤エレン。

 

先程から赤いカーペットの上を行ったり来たりしており、時には懐中時計を見ながら、床を足でトントンと叩いている。

 

リリアンヌとウィルの2人は、その落ち着かない様子のエレンのことを凝視している。

 

ガチャ

 

おもむろに教会の扉が開く。扉の音に気付いたエレンが扉のほうを見る。

 

入ってきたのは風花桜とアーシア・アルジェントだ。

 

何ともないところを見てエレンは安堵の表情をしていたが、コホンと咳払いをして真面目な顔になる。

 

「遅いですよ、桜。何時間待たせれば気が済むんですか?」

 

「・・・知るか」

 

「知るかって・・・あなたまた何かやらかしたのではないでしょうね?」

 

桜の素気ない言動に、エレンの顔が曇る。

 

「連れてこいとは言われたが、やらかすなとは一言も言われてない。そもそもお前は説明が不足してて、こっちがイライラするんだよ」

 

「っ――またあなたはそうやって――」

 

「やめろ」

 

相変わらずな桜の言葉にエレンが手を上げようとしたのをウィルとリリアンヌが制した。

 

「サクラが何ともないって言ってんだからいいだろうが。ここでそんなことを議論したところで時間の無駄だろ」

 

「それに今はそこの金髪ガールを歓迎すべきでしょ。そんなものは後回しにしなさいよ」

 

「っ」

 

エレンはどこか納得していないような顔だったが、上げていた手を下ろした。

 

そして後ろへと歩いて、またこちらを向く。これで三人が横一列に並んで立っているような状態になった。

 

すると桜の背後に隠れていたアーシアが、リリアンヌの顔を見て不思議そうな顔をした。

 

「あの・・・私たち、どこかでお会いしたことありませんか?」

 

「え、私? いや~無いと思う・・わよ・・・多分」

 

「そうですか・・・変なことを聞いてすみません」

 

「い、いや! いいのよ、別に!」

 

アーシアの質問にリリアンヌが若干、挙動不審な反応をしながらも否定した。

 

彼女が頭を下げて謝罪をしてきたので、リリアンヌも慌てたように言う。

 

ふと桜がアーシアの体をポンポンと叩く。どうやら自己紹介をしろという意志表示のようだ。

 

「あ、はい! 私、アーシア・アルジェントといいます。今日からこの教会でお世話になることになりました。よろしくお願いします!」

 

アーシアにも伝わったようで、笑顔で答える。前の二人も微笑んで返すが、リリアンヌだけは呆然としたように見ている。

 

「私は紫藤エレン。アーシアさん、私たちはあなたを歓迎します。ああ、あとエレンと呼んでください」

 

「俺はウィルヘルム・ロックハート。ウィルって呼んでいいよ。女の子は大歓迎だぜ。よろしくな!」

 

エレンとウィルがそれぞれ自己紹介をする。

 

「リリー?」

 

「え? あ、アタシはリリアンヌ・ダルク。よろしくね」

 

エレンは放心しているリリアンヌに声を掛けると、彼女は我に返って自己紹介を始めた。

 

三人の自己紹介が終わったところで、桜がアーシアの肩に両手をポンと置く。

 

「オレはもう自己紹介したから、いいよな?」

 

「はい、サクラさんですよね。これから、よろしくお願いします。」

 

後ろを向いたアーシアが桜に微笑みながら言った。

 

「アーシアは何か神器を持っているんですか? あなたから暖かいものを感じるのですが・・・」

 

エレンがアーシアに質問する。

 

「神器ですか? よく分かりませんけど、神様から授かった不思議な力を、私が持っているんですよ」

 

「・・・神様、ですか・・・」

 

エレンはそれを聞いて目を背け、悲しそうな複雑そうな顔をした。よく見れば下を俯いて、リリアンヌとウィルも笑っているような哀しんでいるような顔をしている。

 

「あ、あの、私、何か変なことを言ってしまいましたか? 勘に触ったのなら謝りますから、許してください」

 

三人の様子を見てオドオドとしているアーシア。三人はハッとした後、頭を下げる彼女を見て両手を振った。

 

「い、いえ、別にいいのですよ!」

 

「そ、そうだぜ! 俺たちは別に気にしてないからよ!」

 

「うん、うん!」

 

慌てたように言う三人を見て、桜は何の反応も見せずに教会の出口へと歩き出す。

 

「桜、どこにいくのですか?」

 

「・・・部活」

 

エレンの質問に桜はそれだけ告げると、扉を開けて教会を後にした。

 

「あ、先程の話をするのを忘れてましたね。でもまあ、いいでしょう」

 

エレンは無表情から笑みを浮かべて、アーシアの方へと向き直る。

 

そこには楽しそうに彼女と談笑をするリリアンヌとウィルの姿があった。

 

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