「え、嫌だよ。じゃあ私、バイトあるから」
振られて始まる恋模様。
追いかけて、コーヒーを飲んで、雨に降られる。
そんな恋愛物語。
※続きません
「ココア、好きだ。付き合って欲しい!」
「え、嫌だよ。じゃあ私、バイトあるから」
バイバイ、といって手を振ってココアは去っていった。空を見上げる。澄み渡るような青空。雲一つ無い晴天。太陽が目を笑ってきて、少しだけ涙が出た。
それじゃあね。といってココアと一緒に千夜も帰っていった。この二人は親友らしく、よく一緒にいる。千夜の家は和菓子屋を営んでいて、コーヒーハウスで下宿しているココアとは話が合うらしい。和菓子とコーヒーは悪くない取り合わせではないか、と思うのは自分だけだろうか。
・ × ・
ここは木組みの家と石畳の町。ヨーロッパの中世のような雰囲気だが、あちらは家も石造りだから違うんじゃないかなと認識を改める。木組みの家は日本に代表されるものである。法隆寺とか。あれは組み直されてるんだったか。しかし、所謂木造建築と木組みは違うものであり、最たるものは……
少し熱くなってしまった。説明したかったのは、この町がいかに素晴らしい町であるのか、ということだ。そうそう、この町を語るためには避けては通れないものがある。
兎だ。
この町には兎がいる。至るところにいる。そこにもいる。火の中、水の中、草の中、森の中、土の中、雲の中、あの子のスカートの中にもいる。ではココアのスカートの中にもいるのか!?さて、冗談はここまでにすると、この町のコンセプトの一つなのだ。放し飼いにしている。車の交通量の多くないこの町ならではの試みであり、フンなどの始末をするバイトすら存在する。
そんな町の高校。普通の共学の高校。
そこに入学した。暫くは目に張り付いたような日常が過ぎていった。仲良しグループが出来て、その中で笑いあって、何か食べに行ったり、勉強をしたり、怒ったり、デュエルしたり、河川敷で殴りあって友情を確かめたり、無言の腹パンをしたり、そんな日々が過ぎて。今は夏だ。いや、初夏。日本列島を横断するかのように半円と三角が延び、雨が続いていた。
彼女達が話していた。映画に行こうと。
『兎になったバリスタ』だろう。面白い小説だった。映画化もしたらしい。あの出来なら納得だ。
今朝は晴れていた。予報では何と言っていたかな。覚えていない。傘を持ってきてはいないから、晴れだと思うけれど。
思うだけだった。雨が降っていた。困った。帰れない。窓際の席だったので、外を見る。一人走っていた。傘もささずに走っていた。
転んだ。
ビチャ、っていった。間違いない。可哀想に。
そのあとから折り畳み傘をさした子が駆けつけていった。
多分、偶然だ。
転んだ子が起き上がって、その顔が見えた。
心臓が跳ねた。
笑っていた。折り畳み傘持ってるんなら先に言ってよ、とでも言っているのだろうその顔に、見惚れた。
保登だった。
保登心愛。
クラスメートだった。
次の日に、保登を呼び出した。
話がある、と。
放課後になって、屋上に来て貰った保登に告白した。
「お前のことが好きだったんだよ(迫真)」
今日はアイスティーしか持ってきていなかった。
「えぇ!?(困惑)」
「えっと、ごめんね。今私、ラビットハウスの事とか、チノちゃんの事とか、ティッピーの事とかで手一杯だから」
「恋愛まで、手が回って無いの」
「だから、ごめんね」
それは想定内だ。
「じゃあ、連絡先を教えて欲しい。諦められないんだ」
その後、何とか言いくるめて連絡先をゲットした。
× π ×
「いらっしゃいませ!」
声が出迎えた。凛とした声だ。
遠月のお嬢様とかにいそうな声だった。コーヒーを飲むと、「ダメね。抽出時間がデタラメ。もっと正確に、秒数単位で計りなさい。これは12秒も早い。随分とせっかちさんね。」「例えるなら、そう。雰囲気の良い町で歩いていたら、不良の野良兎に襲われている後輩を助けた、みたいな味ね。もっと精進しなさい」とか言われそうな声だ。
「何にしますか」
と聞かれたので、正直に答える。
「『ココアがいれた』コーヒーを下さい。何でも良いです」
あの告白の後、保登のことを下の名前で呼ぶことにした。
「家ではそんなサービスはしていません」
アンゴラ兎を頭に乗せた少女が言った。
「何回言ったら分かるんですか」
といって、目の前にコーヒーを置く。
入店した辺りからコーヒーを入れているのは分かっていた。
いつも同じものしか頼まないから、準備していたのだろう。
そう。あれから少し時間がたっている。
ココアと一緒に働くことを夢見たので、ラビットハウスのアルバイトに応募した。いや、応募したかった。出来なかったのだ。簡単なことだ、求人がなかった。
今でも十分に店は回転していた。それはそうだろう。あまり客も、ごほんっ、まあ、三人もいるのだから。飽和して当然だった。
とはいえ、履歴書をもって途方にくれた人を救ってくれた女神がいたのだ。
コーヒーを飲む。甘い。そう、甘い。何故だ。
カウンターでココアが笑っていた。
これはココアの味だ。ココアナッツの味だ。
あいつ、コーヒーに、ココアを……
目の前が暗くなった。
これからバイトなのに。
¶ ¶
・ ∇ ・ <ウサーギ
甘兎庵。
それがバイトの場所だ。女神は千夜だったのだ。
ラビットハウスから追い出されて、公園で兎を見ながらブランコに乗っていた。リスがトラに出会ったようだった。
そこに和服が現れた。目に良い緑だった。試作品の羊羮を兎に食べさせて、太らせるつもりのようだった。面白い試みだったので、協力して兎に羊羮をかじらせた。
バイトの面接どころか、応募すら出来なくて弱っていたのか、同級生の千夜に聞いてもらっていた。恋愛相談までした気がする。手持ちの羊羮が兎の栄養に変わっていく頃に、千夜は言った。私の所で働かないか、と。願ってもない提案だった。千夜とココアは親友だ。高校ではいつも一緒にいるといっても良いほどだ。千夜の協力があれば百人力だった。ボディビルダーのようにムキムキで心強い錯覚を覚えた。疲れているのだろうか。
甘い臭いがして、緑がちょこちょこと動いている。
私が王だ。オール・ハイル・アマーウサー! と言いたそうな(偏見)兎が中央に鎮座している。
すみません! 注文良いですか。と聞こえて、はい。今伺います! と返す。闇夜の中に光る兎の目を下さい、と聞いて、白玉善財にチェックを入れる。兎の目は赤いような、とそんな気がしたがどうでも良いことだった。
メニューを覚えることに苦労をする。喫茶店など飲食店で働く場合良くあることだ。しかしメニュー意味を理解することに苦労する、というのは聞いたことがない。とはいえ、それが第一関門。着物の着方は教えてもらえたので問題はなかった。和菓子の足は早い。すごく早い。その管理のしかたを習うので第二関門。その他にも色々あったが、充実したバイトだと思う。楽しく仕事が出来ている。千夜には感謝をするべきだ。ココアのことだけではなく、その他についても。
たまに金髪に会う。お嬢様である。ウェーブがかった短めの髪をなびかせて、甘兎庵の近くを良く通る。この辺りに住んでいるのだろうか。千夜と会話している姿を良く見るので、千夜に会いに来ているのかも知れない。
その子からはハーブの臭いがした。香水と言うよりは、おそらく葉の方だろう。何種類ものハーブの臭いが混じっていたので、ハーブティーの専門店でバイトしているのかもしれない。
たまにバイトが終わる頃に、和菓子を食べる。千夜の新作カンペだ。色々な相談に乗って貰っていることもあって、快く受けている。甘いものは好きなのだ。コーヒーに入ったココア以外は。ここをこうすればもっと良くなるんじゃないか、とかじゃあここに小豆を入れるのではなくココアを入れよう、などと冗談を言って、時が流れる。
さて、これが日常で。このまま過ぎていくのだと思っていた。
ココアを振り向かせるためにラビットハウスに行く。コーヒーを飲む。お金が掛かる。だからバイトする。甘兎庵に行って、楽しく汗を流して、帰る。そんな生活。
日常。
に、痴情。冗談である。
・ _ ・
呼び出された。
差出人は書いていない。昼休みに屋上に来て欲しいと書かれていた。
昨日は雨が降っていた。だから、屋上は濡れている。当然、昼食を屋上で食べようなどという思考回路は働かない。そんなマゾマゾしいことは誰もしない。濡れると力が出ないからね。仕方ないね。
加えて、今日は曇りだ。晴れるどころか今にも雨が降りそうだった。しまったな。傘を忘れてしまった。今朝は降っていなかったから。持ってこようとは思っていたのだけれども。
今日は数学の小テストだ。前から告知されていて、勉強しておけよと言われていた。それが、昼休みの次の授業。
もきゅもきゅと購買で買ったパンを食べて、屋上に向かう。あの手紙の要件は何だろうか。ココアを掛けた果たし状だろうか。良いだろう。例えデュエルでも負けはしない。ココアを譲りはしない。
扉を開けて、見渡す。誰も居なかった。
誰もいないじゃないか。やっぱり唯のイタズラだったのだろうか。
その時。
後ろから手が延びてきて、目を覆った。
「だーれだっ」
誰だろうか。ココアかな。ココアだろう。間違いない。
「ココア、か?」
「…………」
沈黙が、聞こえた。
「違うよ」
はっきりと、聞こえる。
「好き。貴方のことが」
声が震えていた。
「ねえ、ココアは、貴方のことを友達としか思っていないわ」
泣きそうだと、分かる。
「私は、違う。貴方だけを見てる」
早口になった。
「始めは、協力しようって、思ってたの」
だんだん小さくなる。
「ただの友達だった」
ほとんど聞こえなかった。
「ただの友達のはずだった」
それでも、聞こえた。
「なのにっ! 私はっ!」
叫び声が、
「難しい顔でメニューを見つめて、真剣な顔で新作の和菓子を食べてくれて、」
掠れて、
「好きなの。お願い、お願いだから……」
その続きは、どんな言葉だったのかな。
「ごめんね」
理由は言わなかった。
ピシャッ、と濡れている床に何かが落ちた。
それは拾えない。
拾うと、嘘になるから。
最悪のタイミングで、音が聞こえる。
雨が降っていた。
・ ・ ・ ・ ・
数学の授業。小テスト。
教室に、空きがあった。
一人だけ、受けなかった人がいたのだ。
ココアは休み時間になると出ていった。探すのだろう。空いた場所を埋めるために。
雨が降っていた。止みそうもなかった。
今日のバイト、どうしよう。
昇降口、そして出口だ。
まだ雨は降っていた。困ったな。傘を持っていない。
はあ、とため息が漏れる。傘がない。濡れる。バイトには行きずらい。どうしたものかな、考えていると。
視線が塞がった。
目の前に折り畳み傘があった。
声が聞こえた。
「私、折り畳み傘持ってるの」
いつも通りの声で、
「ねえ、入っていかない?」
千夜が言った。
雨模様、空模様。
雨が降っても、また晴れるの。
貴方だって大降りの中で歩いているじゃない。
私も同じ。
いつか、晴れるって、信じてる。
普通の文体で小説が書きたかった。後悔していない。
休日に何をやっているんだ私は。やっぱり後悔していた。
ということで恋愛のお話! どうだったでしょうか。
失恋の話を始めて書いたので勝手がわからぬ。
まあこれ失恋じゃないかもしれないけど。