校外遠征班は昇降口で工具の最終チェックを進めていた。ガス、釘の残量を確認し、ナイフの固定は十分かを確認する。今日も事前の準備がしっかりしていたおかげで、何ともなさそうだ。
「よし、行こう。抜かるなよ。」
悠人はいつも通りにネイルガンを構えて昇降口に張ってある有刺鉄線を外す。これの方が出入りしやすいので、机を使ったバリケードから有刺鉄線に変えたのだ。
後に六郎、孝弘、和良の順で続く。いつも通りの校外遠征の風景だ。ここまでは何も変わらない。普段であれば異常とも言える日常だが、この状況下ではこれが正常なのだ。
校庭にたむろする奴らが振り向き、悠人たちにノロノロと迫り来る。ここを通り超えるには奴らを倒して道を作ればいい。4人はいつも通りに射撃姿勢をとり、撃ち始めた。いつもと違う点と言えば、悠人の射撃の命中率が悪いということだ。
その異変にまず隣で撃っていた孝弘が気付く。悠人は顔面蒼白で、息が荒い。それに、ネイルガンが上下左右に揺れている。手が震えているのだ。
「おい、ユート……」
悠人の目がおかしい、目を見開いているのだ。この時、残りの2人も異常に気がついた。だが、もう遅かった。悠人は悲鳴を上げながら近寄ってきた奴をネイルガンに固定したナイフで刺突し、その勢いで押し倒しては悲鳴を上げ、恐慌状態になりながら何度も刺突していた。
「おい、落ち着け!」
孝弘が呼びかけても悠人の耳には届かない。その悲鳴はどんどん奴らをおびき寄せてしまっている。これでは校外遠征どころではない。
「仕方ねえ! 俺がユートを引っ張るからロク助とカズは援護してくれ!」
「わかった! 頼むぞ!」
和良はそう返事すると、その場にしゃがんで散弾銃を構えた。こうなればなりふり構って居られない。六郎も孝弘から散弾銃を受け取り、射撃を始めた。その間に孝弘は悠人の顎に拳を入れて失神させると、襟を掴んで引きずり、何とか校舎まで撤収することに成功した。
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部室には重苦しい雰囲気が漂っていた。とりあえず悠人は別室で寝かせてあり、ゆきが看病に付いている。そのため、残りのメンバーで話し合いをしているのだ。
「で、ユートは一体どうしたんだ? らしくないな……」
くるみは机に突っ伏しながら言う。
「恐らく、この間奴らに食われかけたのが原因かもな。トラウマにでもなっちまったかもよ?」
孝弘はお手製のナイフを掌の上でクルクルと回しながら答える。死に直面するという事は、怖くないと思っていたとしても本能が恐怖を呼びかける。生物に備わる生存本能だろう。悠人はその恐怖に駆られて殺られる前に殺るという選択をしたのだ。
もう悠人は校外遠征に参加する事は出来ないだろう。あんな状態で連れて行くのは危険でしかない。
美紀は少しだけ肩を落としていた。自分を助けようとしてこうなってしまったのだと思っているのだろう。それを感じ取った六郎がポンと肩を叩く。
「お前は悪くない。ただ、俺たちが必死に忘れていたことをユートは思い出しちまったんだ。死の恐怖をな。」
悠里とくるみ、美紀は不思議そうな目で校外遠征班の3人を見た。どうしてそんなに落ち着き払っていられるのかと。
結論から言えば、最初から分かっていたのだ。長続きはしないと。いつかはこうなると。その事実から目を背けて振舞っていただけなのだ。いつかミスをして襲われて、そこで死ぬか悠人のようになってしまうか……その時が来てしまっただけだと、諦めに近い感情があったのだ。
悠里は黙ってその場を立ち去る。悠人の看病にでも行くのだろうか。それを誰も止める事はなかった。
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まだ頭がぼんやりと霞かかっている。視界もはっきりしない。手は動く。足も、体も動く。だけど、激しく怠くて動く気になれない。
そうだ、奴を前に恐怖を覚え、暴れまわったのだ。自分でも分かった。前のあのことがトラウマになってしまっていると。情けない、そうとしか思えない。戦えなければ意味がないのに……
そうしてうなだれていると、部屋のドアが開いた。悠里だ。合わせる顔がなくて、悠人はそのまま俯いていた。孝弘が置いていった水もチョコバーも手づかずのまま残っている。悠里はそれを見てため息を一つ吐いた。
無力感に苛まれ、内へ内へと意識の向かっていた悠人の背中に、柔らかい感触と重みが加わった。首を少し横へ向けてみれば、そこに悠里の顔があった。悠里が悠人に後ろから抱きついているのだ。
「りーさん……?」
「いいのよ、もう休んで……ユートくんは十分戦ったわ。今度は、私がしっかりするから……安心して。」
2人の頬が重なる。悠里の吐息と肌の暖かみを間近に感じた悠人はどう対応すべきか戸惑いつつ、されるがままになっている。
「でも、俺は戦って荷物を取ってくるしか能がない。ただの穀潰しに成り下がるのはごめんだぞ……」
「あら、いつから戦うだけになったのかしら? ユートくんは建物の修理とか出来るじゃない。出来ることは沢山あるわよ。」
悠里の指が悠人の髪を梳く。切る暇がなくて少し伸びてしまった髪はザラリとした感触がする。
悠人は少しずつ落ち着きを取り戻していた。突き放されなかったことが1番大きかったようだ。根本的な解決にはなっていないが、当面の間後方支援として活動出来るだろう。
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あれから暫くして、悠人は校外遠征に参加せず、建物やバリケードの補修などの作業に当たっていた。隣には大抵悠里がいる。悠里は特に何をするわけでもないが、悠人にとってはいてくれた方が落ち着くのだ。
流石に電気関連はいじれないので、外観の補修や割れた窓の修繕など、女子には出来なさそうな仕事を悠人が全て請け負った。建築科の本領発揮である。
「おいユート! 頼まれてた塗料持ってきたぞ! んで、また彼女に見られながら作業してるのか?」
「彼女じゃねえよアホ!」
孝弘が呆れ顔をしながら塗料の缶を持ってくる。悠人はそんな孝弘のからかいに対してローキックで返した。塗料を持っていたせいでまともに回避行動を取れなかった孝弘は見事に脛に1発もらって倒れてしまった。塗料缶はしっかり蓋がしてあったので溢れることはない。
悠里はクスクスと笑いながらその様子を見る。ゆき、くるみ、美紀はそれをドアの隙間から顔を出してみていた。
「ユートくんとりーさん、青春してるねー!」
「おいゆき、そんな簡単に言うか……?」
「先輩には無縁の話でしょうね。」
美紀の一言にゆきは大ダメージを受けたようだ。そんな事を気にしていない太郎丸はゆきの周りをくるくる回る。だが、すぐにゆきの下から離れて和良の食べていたカルパスへと猛突進していった。和良と太郎丸がカルパスを巡って乱闘になったのは言わずもがな。
その日の夜、悠人は職員室の棚を漁っていた。どこかに学校の案内図か設計図がないか探しているのだ。
「何してるんです?」
寝そびれたらしい美紀がやって来た。悠人は作業を続けながら答えた。
「設計図かなんかあるか探してる。修理箇所の当たりをつけるのに使えそうだし。」
そんな時、悠人は閃いた。大体の建物には定礎箱と言うものがある。建物の設計図や完成時の写真を入れたもので、取り壊しの時に取り出す建物のタイムカプセルのようなものだ。その中になら何かあるかもしれない。悠人はそう当たりをつけ、夜明け次第和良に爆破させて中を取り出すことにした。