翌日、悠人以外の校外遠征班は昇降口付近の定礎箱の破壊にかかっていた。あたりに有刺鉄線を設置して奴らの侵入を阻害しつつ、工事現場から取ってきたスレッジハンマーを和良が振り回し、定礎箱の蓋を殴りまくる。石材でできていた定礎箱はあっさり壊れ、孝弘が中身を適当に回収した。
それを職員室で広げ、悠人が確認する。そして、ある箇所に目が付いた。あるはずのない物があったのだ。
「……なありーさん、この学校って地下があるのか?」
「え……? そんなのないはずよ……?」
悠人は設計図に丸をつける。それは、地下一階の見取り図だった。巨大な冷蔵室、広めのフロアその他諸々……まるで、何日でも籠城できるように作られているようにも思える。
「これ、このことを予期して作られてたのか……?」
悠人が唸り始める。偶然にしては出来すぎていた。こうなると、他に資料があるのではないかと思えて来るくらいだ。そして、8人で職員室中の捜索をすることになった。何か使える資料がないか、本の隙間まで念入りに調べることにしたのだ。
結果、緊急時のマニュアルなるものが発見された。誰かの血痕が付いている。血痕は既に乾いていて、誰の物かなんて分かりそうにない。
「……見るか?」
六郎が誰にとも言わずに問いかける。中身が気になるという思いと、見たくないという気持ちが入り混じっていたが、結局は見ることにした。
中身にあったのは、ランダルコーポレーションが開発したという生物兵器とその効果、そして、地下が避難所であるという事。万一の時は生徒を切り捨ててでも職員を避難させるためにあったようだ。血痕は慈の物と推測された。悠里が何か隠しているという事に薄々感づいていたからだ。
「なんなんだよこれ……?」
くるみがわずかによろけた。ショックだったのだろう。慈はこれを見ていて、隠していたのだ。信じたくないのだろう。断定は出来ないから他の人間である可能性もあるが、慈である可能性もある。
「とりあえず、地下に使えるものがあるかもしれない。けどリスクが大きいってか……」
孝弘が呟く。やる事なす事が多すぎる。そして、危険性も高い。戦闘要員が1人脱落している状態であり、戦力が心許ない。
「めぐねえは、地下に行ったんでしょうか?」
「……可能性はあるな。あのドサクサなら……」
美紀の問いかけに悠人は答える。それと同時に、嫌な過去も思い出し始めていた。
「めぐねえに何があったんですか?」
悠人は周りのみんなと目を合わせる。そして、話す事にした。あの雨の日に何があったのかを。
ーーーーー
ある日、悠人と六郎は部室でプラモデルにデカールを貼っていた。悠里、くるみ、ゆきと慈が近くにいる。その他の2人は下に飲み物を取りに行っている。
男女間の会話が全くない。まだお互いに信用しきれていない部分があるのだ。ヤンキーの多い高校から来た校外遠征班の4人は仕方ないとそれを受け止めているが、納得しきれていない部分もあった。
そんな時にいつもクッションとなってくれるのが慈だった。今日も慈から話を切り出す。
「何を作っているの?」
「俺は零戦のプラモ。ロク助はFw190っていうドイツの戦闘機。作って楽しいし、完成したのを見てニヤニヤするのもまた一つ。」
そう言いながら悠人はニヤニヤとプラモデルを見つめる。汚し塗装を施し、あたかも戦場帰りのように見せるのが腕の見せ所だ。
外は雨が降っている。出かけられない日にこうして室内で何か出来るように準備しておくのは大切なことなのだ。
バタバタと廊下から足音が聞こえてくる。和良と孝弘が戻ってきたのだろうか。六郎と悠人はプラモデルから扉の方に視線を移動させる。そして、すぐに足元のネイルガンに手を伸ばした。曇りガラスに映った人間はどう見ても2人ではない。
ドアが開く。同時に悠人と六郎は女子の前に盾になるように立っていた。そこにいたのは、巡ヶ丘東工業高校の学ランを着た3人。手には金属バットを持っている。
「……よう、うちの学年のヤンキー御一行様が何の用だ?」
悠人が低い声で言う。六郎が後ろをちらりと見ると、既にくるみがシャベルを構え、その後ろに悠里と慈、ゆきが隠れていた。
「へっ、お前らいいご身分だな……ゾンビだらけの中女侍らせていい思いしてんのか? ええ?」
悠人は"つい"手が滑って引き金を引いてしまった。スカッという音を立てて釘が飛び、一番前のヤンキーの金髪を掠めて後ろの壁に突き刺さった。
「失せな。ぶち殺すぞ? またロク助に電流流されるか?」
かつて、別高校のヤンキーが殴り込みに来た際、六郎と悠人で電気トラップ付きのバリケードを設営し、別高校のヤンキー共々電気責めにした事がある。どうも、目の前の3人はまだそのことを根に持っているようである。
「あの時の礼、今返させてもらうぞテメェ……」
奥に影が見える。まだお仲間がいるらしい。こんな時に限って孝弘と和良はいない。装備もネイルガンだけ。後ろに奴らを通すわけにはいかない。それに逃げ場もない。どうすればいい? 悠人の思考回路はどうあがいても絶望としか答えを出せずにいた。
目があちこちに向く。僅かにでも生還の可能性を探していた。こういう時に厄介なのは奴らより人間だ、悠人は改めて実感していた。
そんな時、廊下から悲鳴が聞こえ、廊下にたむろしていた不良たちに動揺が走っていた。悲鳴に混じって唸り声が聞こえてくる。奴らだ。
「お前ら、防火扉開けっ放しにしたな!?」
六郎が悟った。バリケードを構築しようにも机には限りがあるし、出入りもするため、階段はバリケードを張らず、防火扉で奴らを防いでいたのだ。それを開けて不良たちは入って来たのだろう。そして、閉めなかったが故に雨宿りをしようと校内に入ってきた奴らが来てしまったのだ。
ピンチとチャンスが同時に到来した。悠人は先頭にいた奴へ蹴りを入れて押し返すと、なんとか通れそうな隙間が出来た。逃げられる。
「行け!」
悠人が叫ぶと、悠里たちは一瞬反応が遅れたが意味を悟り、悠人が作った隙間へと走り出す。そこからが悠人、六郎の正念場だ。隙間を通る時、悠里たちと不良たちの距離が近くなる。それを押さえこめるか、悠人と六郎にわずかに緊張が走る。
悠里たちが走り出す。悠人と六郎はネイルガンの側面を不良たちに突き出すようにして防ぐ。相手は人数で上回るが、後ろの方は前が何をやっているのかわかっていない様子だし、奴らも後方から来ているため、上手く連携出来ていない。勝てると思った。
だが、その淡い期待も外れた。後ろから奴らが来た事で、後続が前へ逃げようとしたのだ。悠人と六郎にかかる圧力が増す。床と接している靴底がジリジリと押し下げられるのを感じた。悠里たちはもう安全な距離を取れただろうか。
悠人は横を見て六郎と顔をあわせる。そこから3カウントして、ほぼ同時にバックステップで後退した。支えをなくした集団は前へと倒れ、身動きが取れなくなったところを後ろから奴らが襲う。チャンスだ。悠人と六郎は後退する。
どうも不良たちはあちこちの防火扉を開け放ったようだ。進行方向にも奴らが彷徨いている。雨の日は奴らが雨宿りしようと建物の中に入って来るみたいだ。これ以上侵入させない為にも防火扉を閉めなければならない。
どこからか銃声が聞こえる。孝弘と和良も生きているようだ。上へ上がってくる。
「タカ坊! カズ! いるのか!?」
「ユート! 下にいるぞ!」
悠人が思い切り声を出すと、和良から返事があった。階段の下にいるのだろう。ならば話は早い。2人に下の扉を閉めてもらおう。
「防火扉を閉めろ! 東高のヤンキーどもがあちこち開けやがった!」
「知ってる!」
ギギギ、と防火扉が閉まる音が聞こえる。他のところも閉めて殲滅するのが悠人のプランだ。それまで悠里たちがどこかに隠れていてくれればいいのだが……
しかし、それするも難しかった。残存する奴らが多すぎる。移動すらもままならないのだ。4人は階段の踊り場で合流したが、上から降りてくる奴らに足止めをされてしまった。
ネイルガンを撃ち、抵抗を続けるが釘がどんどん無くなっていく。突然の事だったので、いつもより携行している釘が少ないのだ。ガスまで無くなってきた。
そんな時、スピーカーから音楽が鳴り始めた。よく下校時刻とかに流れる音楽だ。そして、ゆきの声が聞こえてきた。
『下校時刻になりました。速やかに下校しましょう』
すると、奴らがわらわらと戻っていく。悠人たちに興味をなくしたかのように、どこかへと歩いていく。家に帰る気なのだろうか? そんな事はどうでもいい。助かったのだから。
「助かった……?」
孝弘がその場にへたり込む。張り詰めた緊張の糸がぷっつりと切れてしまったようだ。悠人はその間に考えていた。ゆきの声が放送で聞こえたという事は、みんなと一緒に放送室に逃げ込んだのだろうと。合流が先決だ。
へたり込んだ孝弘を和良が支え、悠人と六郎が先に歩く。しばらく進むと、目の前からふらふらと誰かが歩いてきた。奴らかと思い、ネイルガンを構えるがすぐに慈だと気付き、2人はネイルガンを下ろした。
「めぐさん! 無事!?」
六郎が駆け寄るが、慈は六郎を横に突き飛ばし、そのままふらふらと歩いていく。悠人も声をかけるが、返答はない。
悠人と六郎は床を見て驚愕した。リノリウムの床に垂れる血痕は、放送室の方から慈へと一直線に繋がっていた。つまり、負傷したのだ。
トドメを刺さなければ。そんな思いが浮かぶ。だが、悠人も六郎も既に釘もガスもなくなり、撃てない。銃も残弾がない。ナイフで慈を殺す自信もない。孝弘と和良は釘とガスは残っているが撃つのを躊躇っているようだ。
なぜ自分たちを襲わないのか、それはすぐに感づいた。まだ生きていて、理性をギリギリで保っているのだ。ゆきたちにこの姿を見られないように、そして、襲ってしまわないように。
「腹減ってるなら、俺を食えばいいじゃんか……バカかよ……」
六郎は涙をこらえながら呟く。そんなことを言っても、そんなことをしてもなんの意味もないと知りながら。
校外遠征班の4人は放送室前に到着した。床には血痕がいくつも残っており、生々しさが嘔吐感を催させる。幸いなのか、胃袋は空っぽで吐き出すものはないから、無様な姿を晒さずに済みそうだ。
悠人がそっと放送室の扉をノックする。中から少し悲鳴が聞こえた。やっぱりここにいるのだ。
「……俺だ。廊下は片付いた。」
扉がゆっくり開く。悠里は何かに怯えるような表情をしていた。こんな状況なら仕方はないだろう。
「……しばらくここにいろ。片付けしておくから。」
悠里はこくりと頷くと扉を再び閉じた。悠人は3人に合図すると、廊下の掃除に取り掛かった。廊下に残っているものを綺麗に片付けなければ悠里たちが出て来ることができない。
4人は釘とガス、銃弾を補充し、廊下を練り歩く。不良たちの死体はその辺を彷徨いている。ここの学生ではないから、下校の放送に反応しなかったのだろう。
「お前らのせいで……」
六郎はなんのためらいもなく釘を放ち、一体一体始末していく。牙を剥き出しにしているのは怒りからか悔しさからか、悠人には分からなかった。
暫く進むと、壁に寄りかかっている人影が見えた。金髪だ。あのリーダー格の奴だろう。まだ生きているが、あちこち噛まれた傷がある。もうそんなに長くは持たないだろう。
「クソが……まだ死なねえ……死なねえぞ……」
「いや、お前はもう死ぬ。失血死なんて待たなくても俺が殺してやる。」
六郎は足掻くそいつに無慈悲に言い放つと、ネイルガンを突きつけた。こいつらが侵入して、防火扉を開けっ放しにしたりしなければ慈はあんな事にならずに済んだのに、そんな思いが込められているようにも思えた。
「ふざけるな……死にたくねえんだよ……!」
「それはめぐさんだって同じはずだクソが!」
釘が放たれる。ガスで釘が打ち出される音に少し遅れて、グシャリという音が聞こえた。これで、この死体はこのまま死体でいてくれるだろう。
「……何も、出来なかったな。」
六郎はその場に膝を折って呟く。その声はただ空しく、廊下に響いていた。