学園生活部 校外遠征班!   作:Allenfort

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第15話 地下へ

悠人と悠里が付き合いだし、学園生活部で散々に冷やかされてから数日経った。校外遠征班はいよいよ地下室へ進出すべく、進入ルートの模索及び安全確保を始めていた。

 

具体的には、戦闘要員の3人が奴らを片っ端から始末し、悠人が有刺鉄線やバリケードを作り、奴らの進入を阻むのだ。外部から奴らが侵入しなければいつかは殲滅できる。そうすれば安心して探索に移れるのだ。

 

「……頭では分かってるけどさ、戦闘要員から外されるのってなかなかにキツいものがあるな。」

 

悠人は作戦立案をしながらも呟く。それに対しては腕を組んだ孝弘が答えた。

 

「仕方ねえよ。それに、お前もかなり重要な役割だ。ちゃんとバリケード組んでもらわねえと俺たちが死ぬんだからな。」

 

「わかってる。お前らも準備は万全にしろよ。」

 

「後方支援の用意はしっかり出来てるわ。」

 

悠里が自信ありげに言う。つまり、美味い食事を用意してくれているのだ。美味い食事が待っているならやる気が増す。食べ盛りの野郎4人は既に胃袋を握られていたのだ。

 

「作戦開始は別時。孝弘が必要なものを揃え次第かな。」

 

悠人がそう告げると、資材の準備を担当する孝弘が申し訳なさそうに肩をすくめた。

 

「まだバリケードの材料が揃ってないんだ。有刺鉄線手作りって結構大変なんだぞ? 武器の整備もしなきゃならないし、マジで支援欲しいよ。」

 

「そう言っても、そっちは孝弘の専門分野だから俺たちわからないし……」

 

六郎が言う。こいつはこいつで対奴ら用にとテルミットを用意していて、万一の時にはまとめて燃やしてやる気でいるようだ。校舎も燃やしかねないからあくまでも最後の手段である。

 

辺りのホームセンターの在庫はまだなんとかなりそうではあるが、自分達以外に生存者がいて、ホームセンターの物を使っていたとしたら、リソースが足り無くなるのは目に見えている。今の所は自分たち以外はホームセンターを使っていないようだが、それがいつまで続くかもわからないのだ。

 

学園生活部の食料備蓄もかなり危ないラインに差し掛かっていた。スーパーの生鮮食品はとっくに腐敗していて、缶詰などの保存食ももう直ぐ枯渇してしまうだろう。

 

「うーん、どこか安全な農場ないかな……」

 

「おいロク助、今の農場は食品の安全は確保されても生産者の安全が確保されてねえのがトレンドじゃねえか?」

 

「それとも、奴らが新鮮な餌を用意して俺たちを美味しく肥え太らせようってか?」

 

「それは畜産じゃねえか。ずいぶん物騒な畜産だこと。」

 

六郎と和良のそんなブラックジョークには悠人が両肘を使って無言のツッコミを入れる。ゴンという鈍い音が部屋に響き、2人が倒れるのはもう見慣れた光景だ。今日もヘルメットをかぶっていなかったツケをこうして払う2人だった。

 

ーーーーー

 

悠人は1人、バリケードの前にいた。バリケード越しに奴らが2体、呻き声を上げてバリケードを越えようと手を伸ばして来ている。対する悠人の手には散弾銃が握られている。バリケード越しなら襲われる心配はない。一方的にやるだけだ。

 

散弾銃を構え、照準器越しに奴の頭を狙う。あとは簡単だ。指に力を入れるだけ。なのに、どうしてそんな簡単なことができないのだろうか。なぜ、指は震えているのか。なぜ、こんなに呼吸が荒いのか。

 

今日も撃てなかった。襲われたあの恐怖が戦うことを拒む。死ぬのが怖い。やはりそれは変わらないのだ。自分は戦士でも兵士でもない。ただの高校生なのだ。その場の勢いを借りて、戦って、英雄気取ってただけなのだろうか。

 

「なあめぐさん……俺、また繰り返しちまうかも。どうすりゃ良いんだろう?」

 

悠人は壁に背中を預けてしゃがみ込み、肩に散弾銃を立てかけた。安全装置を外して、引き金のバネを緩めても撃てない。その自分の弱さが、仲間を、悠里を殺してしまうんじゃないかと怖くて堪らなかった。

 

ナイフを握る手にももう力は残っていない。鞘から抜く事もなく、ナイフの柄を離して悠人は立ち上がると、もう一度散弾銃を構えた。

 

「難しく考えなきゃ良いだけだよな。」

 

照準器を合わせ、目を閉じる。フラッシュバックより早く引き金を引く指に力を込めた。肩に鈍い痛みが走り、耳からうるさい耳鳴りが離れない。撃てたのだ。これで俺も地下へついていけるだろうと、悠人は安堵しつつも、震えた膝を地面に預けていた。

 

「全く、またこんなことしてたの?」

 

悠人の後ろから悠里が声をかける。悠人は少し振り向いて安堵したような表情を浮かべると、しゃがんで目線を合わせて来た悠里の胸に身を預けた。たまにはこうして甘えたい気分だったのだ。

 

「また一つ、打ち勝てた。俺だってまだ戦えるんだ。やらなきゃならねえ……」

 

「……無理しちゃダメ。」

 

悠里のその案ずる言葉は悠人にしっかり届いたのかはわからない。ただ、地下への進出が進むにつれ、悠人は何かに引き寄せられるように戦闘要員への復帰を望んでいるのだった。

 

ーーーーー

 

それとほぼ時同じくして、くるみは逃げ出した太郎丸の行方を捜していた。寝ている時にコソコソと抜け出す太郎丸の姿を見たのだ。それを連れ戻そうとくるみは追いかける。シャベルがあるからバリケードを越えても大丈夫だと本人は見ていた。孝弘が切っ先鋭く研いでくれたのだから、奴らは問題なく仕留められる。

 

道中にいた奴らはそうやって仕留めたのだ。くるみは奴ら如きに足止めされるようなやわじゃない。学園生活部では誰もが知っている。だからと言って、単独で行かせるのを見逃すわけがなかった。孝弘がこっそり追いかけていたのだ。

 

とはいえ、孝弘は急いで出て来たからいつものような装甲は付けていない。持っているのもネイルガンだけだ。普段より慎重にならなくてはならない。

 

「くるみ! おい待てって!」

 

「タカか……太郎丸があっちに行っちまったんだ!」

 

「だからって今は……おい!」

 

どんどん先に進むくるみを孝弘は追いかける。いつの間にか2人は地下に迷い込んでしまっていた。シャッターがあるが、締まり切る前に机で支えられている。壁には暗証番号を入力するためだろうか、数字のボタンがある。つまり、誰かが閉まり切らないようにしたのだ。閉まったら入れないから。でも、誰を入れたかったのだろうか?

 

そんなことは今考える必要はないと孝弘は首を振る。そして、目の前で呆然と立ち尽くしているくるみの肩に手をかけた。

 

「くるみ! 戻るぞ……?」

 

肩越しにシャッターの下に立つ太郎丸を見た。こちらに牙を向いていて、背中から出血している。この事から予想できる事実は一つ。やられたのだ。

 

「っ……! 逃げろ!」

 

動けないくるみを後ろに引き、代わりに孝弘が前に躍り出てネイルガンを振る。飛びかかって来た太郎丸を吹き飛ばすには十分な衝撃だった。吹き飛ばされた太郎丸は引き下がり、威嚇を続ける。それよりマズイのは、シャッターから下半身が見えている誰かである。それはゆっくり身をかがめてシャッターを潜り抜けてくる。それは、絶対に見たくない顔だった。

 

「逃げろくるみ! 応援を呼べ!」

 

孝弘が問答無用でネイルガンのトリガーを引く。ガスの音と共に発射された釘が慈だった肉体の膝に突き刺さるが、止まることはなかった。近すぎて上手く狙いがつけられない。それに、太郎丸の飛びつきもある。下がろうにもくるみが動けずにいる。孝弘は壁になるしかなかった。無茶な状況を切り抜けなければならない。

 

太郎丸がまた飛びついてくる。それをブーツの底で受け止め、牙を突き立てた太郎丸ごと振り回して慈の横っ腹に叩きつける。非情になれる自分に多少の恐怖を覚えつつも、孝弘はくるみを守りたくて戦った。

 

「行けって!」

 

くるみが走り出す。振り向いたのは孝弘の人生最大のミスだった。振り上げられた慈の腕への反応が遅れてしまったのだ。

 

鋭い爪がコンバットシャツの頑丈な生地ごと肌を切り裂く。鈍い痛みと、なんとも言えぬ痛み、痺れ、倦怠感が同時に襲って来た。

 

「クソが!」

 

孝弘は片手でネイルガンを狙いをつけずに乱射し、退避する。そして、夢中で走った後で壁に背をつけてしゃがみ込んだ。熱っぽい。頭がぼんやりして傷口が痛む。嗚呼、みんなこんな風に奴らになって行ったのか。

 

惨めなものだ。左腕が動かない。ネイルガンもガス欠だ。残るは自決用に弾を1発入れた拳銃。警官から借りたものだ。

 

もし、バリケードの先でやられた時は生きてバリケードを越えてはならない。その取り決めに従う気でいた。頭を潰せば奴らにならずに済むだろう。心の中で仲間に詫びつつ、拳銃を手にするが、持ち上げる力も残されていなかった。

 

「自決すら……させてくれねえのかよ……」

 

孝弘は倒れ、意識を失った。視界が無くなる前に見えたのは、幾つものライトの光と、近寄る懐かしい顔の数々だった。

 

ーーーーー

 

孝弘はバリケード内で、別室に隔離された。以前、保健室から運んで来たベッドに寝かされ、手足を手錠で拘束してある。時折、殺してくれとうわごとのようにつぶやいている。

 

「何があった?」

 

完全装備の悠人が問いかける。くるみはそれに絞り出すように答えた。相当怖かったようだ。

 

「太郎丸がやられてた……そして……いたんだ……」

 

「いた? あのクソッタレヤンキーどもなら燃やしたはずだが?」

 

「違う……めぐねえだった……」

 

全員が黙ってしまった。まさかそんなところにいたとは思っていなかった。そして、残された戦闘要員の和良と六郎は自分に慈を倒せる自信がなく、押し黙ってしまった。

 

「問題は、孝弘だよな……」

 

悠人がため息まじりに言う。このまま放置すれば奴らの仲間入りするのは火を見るより明らかだった。

 

「どうするの?」

 

悠里が訊く。それに対して悠人はため息を一つついて答えた。

 

「俺たち校外遠征班の規定では、あいつを殺すしかない。治しようがなく、仲間を巻き込むくらいならそうしてくれって、最初に4人で決めたことだ。」

 

「でも……!」

 

悠里は言葉を続けることができなかった。他に手段を知らないのだ。それしかないのが現状だった。

 

「……それ以外に手段があれば、殺さずに済むんですね?」

 

美樹が言う。悠人、和良、六郎はそれに飛びつくように反応した。孝弘を殺したくないから、殺さずに済むかもしれない手段に飛びついたのだ。

 

「具体的には?」

 

「これを見てください。」

 

美樹が出したのは職員室で見つけた非常マニュアルで、ある文に蛍光ペンでマーカーが引いてあった。そこには、治療薬の存在が示唆されていたのだ。

 

「ワクチン……どこにある……まさか、地下室か?」

 

「そのようです。めぐねえもそれを取りに行って恐らく……」

 

校外遠征班3人は顔を見合わせる。行くしかなかった。準備は不足しているが、時間もない。そしてその資材を用意する人間が倒れた今、計画を実行に移すしかなかった。

 

「ユート、ここを守ってくれ。俺とロク助で行ってくる。」

 

和良が言う。目には一種の覚悟が見て取れ、全員が何もいえなかった。

 

「死ぬなよ。生きて戻ってこい。じゃなきゃみんなやられる。いいな?」

 

「おうよ。信じろ。」

 

2人は必要な荷物をすぐに整えると、その足で地下へと向かって行った。


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