それは突然のゆきの思いつきだった。まあ、いつものことではあるのだが、まさか学校で肝試しをやろうなんて言い出すとは思ってもみなかった。
その日、和良は空を眺めていた。生憎の雨模様。しかもここ数日続いている。六郎によると、太陽光発電が出来ないため、そろそろ電源が使えなくなるらしい。
考えても無駄と思い、机に向かう。勉強? するわけない。工作ならばやる。薬品を混ぜて爆薬を作ろうかと思ったが、下手するとただでは済まないことになるので、爆竹と粘土で爆弾を作ることにした。あとは小型ガスボンベがあれば完璧である。
なぜ肝試しと爆弾が関係あるか? お化けとは奴らのことだからだ。また取り囲まれたら誤爆覚悟で爆破しなければならない。
ふと隣を見ると、ゆきが目を輝かせながら見ていた。
「どうしたよ?」
「何作ってるの〜?」
「爆弾。」
「爆弾!? お巡りさんに捕まるよ! ねえ、めぐねえ?」
ゆきは隣の空間に話しかける。和良はそれにうまく合わせることにした。
「お願い! 黙ってて! ごみ捨て場のカラスよけに使うだけ!」
「もー……めぐねえが良いって言ってるけど……」
いいのかよと和良はツッコミたくなった。だが、めぐねえの許可があるならいいやと割り切り、作業を再開した。
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パシュ、パシュ、スカン、そんな音が廊下に響く。といっても、音は小さいから奴らに聞かれる危険は低い。
悠人と孝弘、通称、南北コンビは廊下の"掃除"をしていた。ゴミはもちろん奴ら。肝試し前にルートを綺麗にしておく必要があった。本当にお化けが出たらそれこそシャレにならないのだ。
ネイルガンから放たれた釘が次々奴らの頭を強襲する。灰色のデジタル迷彩は学校の廊下に溶け込むにはもってこいだった。多少、奴らに発見されるのが遅い気がする。
その戦闘服の下には孝弘が加工したアルミ板が装甲代わりに入っている。そして、頭にはフルフェイスヘルメットという完全防備だ。一回噛まれても肌を食いちぎられることはなさそうだ。但し、重くて機動性は落ちるし、疲れる。
「こっちクリア。」
悠人はあたりにネイルガンを向け、警戒しながら呟く。
「こっちもだ。購買までのルートを確保。」
孝弘もそういうと、警戒を解いた。昇降口のバリケードも確認したが、特に異常はない。それなのに校内にちょくちょく奴らが侵入する。校外遠征班結成以来、校内で何度も掃討作戦を決行したのに現れるのだ。抜け道でもあるのか捜索しているが、見つからない。
窓が割れている。奴らは段差を登るのが苦手だが、かろうじて登れた奴がいるのだろうか。悠人はそう結論に達していた。
「戻ろう。ルートC。」
「了解。」
始末した死体を窓から投げ捨て、ゆきの目につかないようにしておく。これも大事なことなのだ。
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工具箱を抱えた六郎が屋上から降りてきた。それに出くわした美紀は六郎に声をかける。
「調子はどう?」
「んあ? ソーラーパネルは元気だが、日光がないから発電できない。明日晴れなきゃ日中停電は続くぞ。おかげで、菜園の野菜は元気いっぱいだけどな。」
六郎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。対応策は検討しているが、節電以外の策が見つからないのが現状である。電池と懐中電灯は幾つか仕入れてあるが、どれだけ持つかは不明である。孝弘の工作機械は既に使用を自粛し、節電に努めているが長持ちはしそうにない。
「そう……シャワーは使えるかな……」
「ダメかもな。お湯沸かして、タオルを濡らしてそれで体拭いとけ。何もないよりはマシだろ?」
「まあね……」
「んじゃ、俺は行く。肝試しに備えて武器を整えにゃならん。そろそろ南北コンビが戻ってくるから、補給物資揃えとかないとな。」
そう言って荷物置き場に使っている教室へ向かおうとした六郎の腕を美紀が掴んで引き止めた。
「いつまで続けるつもり? こんな危険なこと……」
「俺たちが全滅するまで。」
六郎はダルそうな表情を浮かべたまま即答した。その答えに美紀は呆気にとられ、言葉を続けることができない。
「俺たちは死に向かい合って生きてると実感してる。それに、これでしか存在価値を確立出来ないからな。戦えない俺たちなんて用無しの穀潰しだ。だから戦うし、できる仕事はなんでもやる。」
六郎はそう言うと美紀の手を振りほどいて行ってしまった。
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そして夜。生徒会室改め部室前に学園生活部の面々は集合していた。もちろん、校外遠征班は最低限の武装をしている。
ゆきは学園生活部の面々との肝試しにワクワクしているようだが、校外遠征班はピリピリした空気が漂っており、悠里、くるみ、美紀は気圧されていた。
「各員装備のチェック。」
悠人の合図で各々が持っている武器を確認する。異常がないと判断すると、悠人に合図を出す。
「よし。東西コンビは前衛。南北コンビで後ろを守る。頼むぞ、カズ、ロク。」
「任せな。」
和良は意気揚々と前に出る。和良と六郎はラグビー部にいたため、野球部の悠人と孝弘より体格が良く、体力も上回る。その為、服のあちこちにアルミ板を貼り付けて防御を強化し、前衛を任されることが多い。
「ゆき、準備いいぞ。」
悠人は態勢が整うとゆきに言った。
「それじゃあしゅっぱーつ!」
ゆきの出発の合図と共に、一同はバリケードまで向かう。バリケードはまだめぐねえが生きていて、校外遠征班4人と美紀がいない頃に作ったものを、後に悠人が改良したものだ。横向きに置いた机の列を前列とし、その後ろには縦向きに置いた机の列を前列の半分の高さまで組み上げ、鉄条網で固定してある。わざわざ2列にしたのは、机の脚の隙間から侵入されるのを防ぐためと、押された時にバリケードが倒れるのを防ぐ支えのためだ。
まずは和良がバリケードの上によじ登り、そこでネイルガンを構え、六郎がバリケードを越えるのを援護する。幸い、奴らの姿はなく六郎は難なくバリケードを越えた。それを確認した和良も飛び降り、六郎と共にバリケードの外の警戒に当たる。
その次に女子がバリケードを越えていき、最後に孝弘と悠人がバリケードを越える。ちなみに、学園生活部で飼っている犬の太郎丸はなんとか机の脚の隙間を抜けたようだ。
「よし……ゆき隊長、我々の目的地はどこでしょうか?」
和良がふざけてゆきを隊長と呼ぶと、ゆきは目をキラキラ輝かせた。
「隊長……かっこいい! ね、太郎丸、めぐねえ♪」
太郎丸もワン、と吠える。同意しているのだろうか。まあ、機嫌良くなったならいいや。和良はそう思った。
「総員! 目標購買部! 前へ進めっ!」
「ほれロク助。ゆき隊長のご命令だ。行くぞ。」
「あーいよっ! 名誉のために!」
2人は駆け足で先行し、安全を確認する。2人とも似たような体格に服装ではあるが、六郎は首から右肩にグレーのスカーフを着けているので、それで見分けが着く。
ゆきは歩きながら即興で歌を作って歌っている。そのリズムに合わせて太郎丸が吠えるものだから、校外遠征班4人はおもわず笑いそうになる。そして、その歌の中で肝試し参加メンバーの名前を呼び出した。
「ユートくん♪」
「ヘイ!」
「ターカ♪」
「イェイ!」
「カーズくん♪」
「ウラッ!」
3人は自分の名前を呼ばれると合いの手を入れる。そして最後が……
「ローク♪」
「オォォォォ!」
六郎はネイルガンを高く掲げると大股を開いて雄叫びを上げた。それに対し、和良は開いた脚の間を蹴り上げて黙らせた。もちろん、六郎はその場に倒れて復活に時間を要した。
「お前さ〜もう少し緊張感持てよ……」
歌っているゆきに対し、くるみが言う。
「もしかしてくるみちゃんお化け苦手? プププ〜」
ゆきはそう言い返した。それも顔芸付きで。怒るくるみの後ろで、顔芸を直視してしまった悠人と孝弘は吹き出してしまう。これは不意打ちだった。
「面白い?」
ふと、悠里が悠人に声をかける。悠人は一瞬キョトンとしたが、すぐにニッと笑って答える。
「もち。愉快な奴が多くていいな。」
何度も危地を乗り越えてきた悠人はこの状況でも気楽に振舞っている。みんな楽しそうにしているのだ。変な雰囲気出してぶち壊す訳にもいかない。
とはいえ油断している訳ではない。前方の2人は笑いながらもネイルガンを下ろさない。後ろの2人は辺りをチラチラ見て奇襲に備えている。
結局、事前の掃討作戦のお陰か、奴らに遭遇することなく購買部に到着した。六郎が肘でスイッチを押し、電気をつける。その時、校外遠征班4人は片目をつぶっていた。暗闇でもすぐ見えるようにするため、片目は暗闇に慣らせておくのだ。
悠人と孝弘が購買部入り口で奴らに備え、その他のメンバーが物資の回収にかかる。和良と六郎はバックパックへ手当たり次第に食料を詰め、悠里は日用品、くるみは高枝切り鋏など、武器になりそうなものを漁る。
「あーっ!」
そんな悠人と孝弘の耳に、ゆきの叫び声が届く。即座にネイルガンを構えてゆきの元へ向かう。もちろん、和良と六郎もゆきの元へ急行している。
「どうした!?」
1番にゆきの所へ辿り着いた和良がネイルガンを構えながら声を荒げる。が、目の前にいたのは商品棚に向かって目を輝かせるゆきであった。少し遅れてやってきた3人と、悠里、美紀、くるみも茫然としている。
「見てこれ! 20倍に膨らむんだって!」
一同はズッコケた。ゆきが手に取ったのは風船だったからだ。てっきり撃ち漏らした奴らが出たのかと思って臨戦態勢だった校外遠征班は酷い脱力感に襲われていた。
「全くよ……」
和良は飽きれながら棚のうんまい棒を引っ掴んで齧る。お気に入りのお好み焼き味だから、自然と表情もほころぶ。
「あ! うんまい棒のお好み焼き味だ! ちょうだい!」
「俺から取れるかな〜?」
和良はうんまい棒を摘むと、それを高く掲げる。ラグビー部にいた和良は長身かつ体格もガッシリしている。ゆきが背伸びしても届かないだろう。
「カズくんの意地悪ー!」
「へへーん。肝試しで驚かした罰だと思え♪」
すると、美紀が後ろから和良に膝カックンを仕掛ける。見事に膝カックンが決まり、和良は膝を床に着いた。その隙を見てゆきがうんまい棒を引ったくり、かじり始めた。
「プロテクターしてなかったら怪我してたぞ!」
「知りませんよそんなこと。」
美紀は冷たくあしらうと、うんまい棒コンソメスープ味をかじり出す。それに釣られたかくるみ、悠里もうんまい棒をかじり始めた。ちなみに、両手を使える状態にしなければならない校外遠征班は代わりにガムを噛み始めた。
ーーーーー
図書室ではゆきと悠里が組になって参考書を探している。孝弘と六郎は機械や電気関連の本を探しており、その他の面々は入り口を警備している。
「おいロク助、機械関連の本あったか? こっち電気工学のあるぞ。」
「ありゃ、じゃあ俺のところと交代でな。」
「おう。」
2人は場所を入れ替えて物色を続ける。学園生活および校外遠征で使えそうなものを作り、生活や戦闘に役立てたい。あらゆる手段で知識を吸収するのは大切なことだ。
そこへ、悠里が真っ青な顔をしてやってきた。それを見た瞬間2人は異常を察知し、戦闘態勢をとる。
「ゆきちゃんが1人でどこかに……そしてあそこに……」
「わかった。タカ、ユートたちに伝えろ。俺がゆきを探す。」
「任せる。りーさん、ついて来な。」
孝弘に比べ、追加装甲で防御力を高めている六郎が付近の捜索を始める。ネイルガンの側面に無理やり取り付けたフラッシュライトを点灯し、ゆきと敵を探す。
孝弘は無事に入口まで悠里を誘導することに成功した。事情を聞いた悠人は和良を捜索に差し向ける。本棚だらけの図書室は側面から奇襲を受ける危険がある。そのため、追加装甲を施してある和良と六郎以外には危険過ぎるのだ。
和良は被っているフルフェイスヘルメットのバイザーを下ろすと、ネイルガンを構えてゆきを探しに行く。
そして、和良はすぐに本棚の間でしゃがみ、うずくまっているゆきを発見した。何かにしがみつくような体勢を取っているところから、めぐねえにしがみついていると予想できた。
「ゆき、俺だ。大丈夫か?」
ゆきは涙目になりながらも和良を見る。それと同時に、入口から金属を叩く音や太郎丸の吠える声が聞こえてくる。奴をおびき寄せるためにやっているのだろう。
「カズくん……お化けが……」
「任せろ。知り合いの神主から調伏のやり方を習ったことがあるんだ。お化けなんて俺が倒してくるから、ここでじっと、声を出さずにいるんだぞ? めぐねえとなら大丈夫だろ?」
「うん……」
和良は隣の列に移動する。すると、振り向きざまに奴が大口を開けて和良に飛びかかった。和良は咄嗟に二の腕でそれを防ぐ。噛みつかれた所からはガツ、という鈍い金属音がした。袖の下に縫い付けていたアルミ板が歯を防いだのだ。
「どっせい!」
空いている方の手で奴の胸ぐらをつかむと、背負い投げの要領で投げ飛ばし、床に叩きつける。そして、孝弘お手製の鋼板ナイフを取り出し、思い切り眉間に突き刺した。死後かなり経っている死体は脆く、あっさり刃が刺さった。
「タンゴダウン!」
和良は大声を張り上げて奴を倒したことを知らせる。その頃には六郎が残りの通路の安全も確認し終えていた。
和良はすぐにゆきの元へ戻ると、ヘルメットとグローブを外し、ゆきの頭を撫でた。
「奴は追い払った。戻るぞ。」
すると、ゆきは無言のまま和良の胸にしがみついた。そのまま離れそうになかったので、和良はゆきを抱き上げ、入口へと向かう。装備にゆきの重みで足が悲鳴を上げるが、なんとか堪えて歩き続けた。ボディアーマーにゆきの涙がシミを作る。和良はどうすればいいかわからず、ただ抱きかかえている事しかできずにいた。
ーーーーー
「そういや、あんなこともあったのう……」
悠人は長机に突っ伏したまましみじみと言う。まだ学園生活部に対して警戒心を多少残していた頃の思い出を振り返りながら、卒業アルバムの編集作業をしている。
「そうね……完全に打ち解けたのはあれのおかげかしら……」
「そうそう。遠征班のメンバー、本当に勇敢だもんな……よく躊躇せずに撃てるもんだ……」
悠里とくるみはゆきがいないのをいいことに本音を言う。ふと、くるみは思いついたことを悠人たちに聞いてみることにした。
「なあ、ここに来る前はどんな感じだったんだ?」
「あ? あの日のことか? まあ、少し長くはなるが話すぞ。聞きたければな。」
「それなら飲み物持って来ます。」
美紀が段ボールからジュースを数本取り出して机に置く。校外遠征班4人はそれで口を潤わせると、あの日のことを回想し始めた。