これは、学園生活部校外遠征班が結成されるより前の、悠人たちの物語。
本日晴天。気温やや高し。雲のない青空が窓の外から見える。金属の擦れる音がけたたましく鳴り響く部屋で、建築科の南原悠人は額に安全メガネを引っ掛け、ネイルガンを机に置いて窓の外の空を見上げた。
巡ヶ丘北工業高校の実習室で、4人の少年があれこれ作業をしている。2ヶ月後の工業コンテストに出品する作品を作るため、それぞれ違う学科でありながら、仲のいい4人で分担して作業をしているのだ。
「おいタカ、そっち出来たか?」
悠人は金属用ベルトサンダーで鋼板を削っている少年、機械科の七北田孝弘に声をかけた。
「あとちょい……出来た!」
悠人は首を傾げた。頼んだパーツは確かロボットのアームだったはずだ。どうしたらナイフみたいな形になるのだろう。
「それは?」
「鋼板削って作った即席ナイフ!」
「ふざけんなアホ。銃刀法引っかかったらどーすんだよ?」
そんな時、2人に助けを求める声が聞こえた。
「おいユート、タカ! 助けてくれ! カズが暴走してる!」
「止めるなロク……こいつを混ぜれば……このニトロ基を……」
なにやら怪しい薬品を調合しようとしている化学工業科の東野和良を電気科の西岡六郎が必死に止めている。
「おいカズ! 変な薬品作るなよ! また停学になりたいのか?」
悠人は万一に備えてネイルガンを握るが、停学という言葉を聞いた和良は調合をやめた。以前、本当に爆発物を作り、実習室で爆発させてしまった。怪我人はなかったが、もちろん停学となった。そして、そこからついた彼のあだ名は『ケミカルボマー』である。
今日も何も変わらない1日だろう。4人はそう思いながらひたすらに作業を続けた。警報が鳴るまでは。
非常事態発生の放送が流れたが、4人はなんとも思わなかった。装置の誤作動なんてよくある話だったからだ。悠人が校庭を見るまでは。
「……なんじゃありゃ?」
「なんだなんだ? 超のつく美人な露出狂でも来たか?」
「お前な……エロ本の読みすぎじゃねえの? 見てみろよ。」
ニヤニヤしながら孝弘は窓の外を見て、凍りついた。何事かとやってきた和良と六郎も同様だった。
人が人を襲い、喰らっている。
生徒が悲鳴を上げ、暴漢は群れて生徒を抑え込む。そして飛び散る鮮血。映画の撮影? 違う。
「何なんだよあれ? 本気でマズイんじゃないのか?」
孝弘は落ち着いた声で言う。これが銃やナイフを持った暴漢だったら少しは焦っただろう。だが、目の前のことがあまりにも現実離れしている。超常現象としか思えない。だからこそ、事態が理解できず焦ることができないのだ。
「どうするよ? ってあれ、カズは?」
六郎は和良がいないのに気づき、辺りを見回す。すると、薬品を調合している和良がいた。
「おいカズ何してんだ!?」
「非常事態だし、備えあって憂いはない。テルミット作っておく。」
「だといいんだが……」
六郎は実習室入り口の窓から廊下を見て絶句した。校庭にいた化け物がすでに廊下にたむろしていたからだ。やはり生徒たちが襲われ、喰われ、奴らの仲間入りしていく。悲鳴がこだまし、唸り声が徐々に大きくなってくる。
「ヤバイ来た!」
やっと焦った六郎はドアを押さえる。奴らがドアを開けようと群がってきたのはその直後だった。
「ロク!」
悠人はネイルガンを握ると、その辺から木製の椅子を引っ掻き集め、ドアへ向かう。
「おいユート! 早くやってくれ! 持たない!」
「わーった! おいタカとカズも手伝え!」
悠人は椅子と椅子を釘で固定し、バリケードを構築していく。
悠人はかつて、学校に他校の不良が殴り込みに来た際、机や椅子でバリケードを作って侵入を阻止した実績があるのでバリケード作りはお手の物だ。そこからついたあだ名は『築城の神』。本人は何とも中二病染みたあだ名だとあきれていた。
「奴ら、電気ショック効くと思うか!?」
「知らねーよ! いいから押さえてろ! もうすぐバリ出来るから!」
六郎は悠人が作ったバリケードの椅子や机の金属部分に(死なない程度の)電気を流し、バリケードを取り払おうとしたヤンキーを失神させた事があり、『エレクトロニックショッカー』などというあだ名を付けられた。(和良には「ショ○カーでもデ○トロンでも好きな組織に改造されてこい」と言われた。)
「よし、いいぞ!」
悠人がバリケードを完成させたので、3人はドアを離す。悠人のバリケードは奴らの侵入を見事に阻んでいる。ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう。
「よーし。武器が要るな。」
孝弘は鋼板を金属用ベルトサンダーで削り始めた。工作機械さえあればなんでも改造してみせるところから『魔改造の貴公子』というあだ名を頂戴していたりする。(他にも「旋盤の魔術師」などあだ名が多い)
孝弘は次々と鋼板をある程度は切れるナイフへと変化させていく。こんな非常事態に銃刀法に構っている奴はいないだろう。いたら顔が見てみたい。
「よーし。早く作れよ。こんなとこにいても兵糧攻めであの世行きだ。さっさと脱出して食料と水を確保すんぞー。」
悠人はそう言うとネイルガンを持ち、ポケットや通学用のカバンに予備の釘とガスボンベを突っ込んだ。
幸いなことに、4人揃ってミリオタで、徒手格闘も多少はできる。体育の柔道だってヤンキー相手に勝っているのだ。うーあー言いながらふらつくだけの奴らに引けは取らないはずである。
「タカ! ケミカルボマーの出番だぜ! ハシゴで下に行くから、邪魔な奴ら吹っ飛ばしてくれ!」
「おうよ!」
悠人のその言葉に、和良は目を輝かせた。そして、薬品の瓶をベランダから下に投げる。すると、物凄い火を上げて奴らが燃え始めた。
「おいおい、何作ったんだ?」
「いやー、おいちゃん色々混ぜてテルミット作っちゃった♪ ご希望とあらばトリニトロトルエンも調合してみせるぞ?」
「馬鹿野郎! そんな危ない爆薬をここで作れてたまるか!」
六郎が和良を後ろから締め上げる。悠人と孝弘はそれにあきれつつも、梯子を用意した。ここから脱出して、どこか落ち着ける場所を探そう。でも、そんな場所あるのか。悠人は内心不安に思っていた。
その間に、他の3人もネイルガンや武器になりそうなものを片っ端から集めていた。
ーーーーー
数十分後。4人は通学用のママチャリで奴らのたむろする街中を突っ走っていた。こういう時どうするべきか。答えはひとつ。食料と水の確保だ。つまり、スーパーやデパートに行くのが吉である。
「おーいユート!
悠人の右後方を走っている孝弘は言う。
「いいぜー。カズ! ロク! 聞こえたか!?」
「おうよ!」
「聞こえた!」
4人は進路を変更し、コンビニの駐車場に適当に自転車を停めた。店内にはやはりうーあー五月蝿い危ない奴らがいる。だが、たいした数ではない。
「東西コンビ、入口守って。南北コンビで先に入る。」
悠人が言う。東西コンビ、南北コンビとは、4人の名字から1文字ずつ取って命名されている。この場合、東西コンビは"
「あいよ。」
「うぃーす。」
和良と六郎が返事をすると、悠人と孝弘が店内の"掃除"のために中へ入る。自動ドアのガラスは割れているが、センサーは2人の姿を認め、入店を知らせる曲を流した。すると、奴らは音に反応して入り口に迫ってきた。
「ヤバイ!」
悠人は咄嗟にネイルガンで一体の眉間に釘を打ち込む。人を殺すということに抵抗があると、殺るのをためらうだろう。だが、悠人たちには正直そんなことを考える余裕がなかった。追い詰められていたが故に、そんなことを考えずに打てたのだ。
「しゃーねー。ユート、奴ら始末して。その間に俺が缶詰回収する。その後交代でユートが水回収して。」
「おうよ!」
悠人はネイルガンから片刃のノコギリに持ち帰る。ネイルガンのマガジンがそろそろ怪しくなってきたからだ。やりあってる最中に弾切れなんて、ホラー映画でよくある死に方だ。それは避けたかった。
孝弘は悠人がノコギリ片手に奮闘している間、リュック型の通学用かばんに缶詰を詰め込んでいた。一つ一つ手に取るのではなく、棚の端っこに口を開けたカバンを置き、缶詰を払うようにしてカバンに入れていく。
その音に反応したのか、2体が孝弘のところに歩いてきた。即座に作業を中断してネイルガンで応戦し、安全を確保してから作業を再開する。せっかく回収してもやられてしまえば意味は無いのだ。
「ユート! 回収完了! 交代だ!」
「おう!」
悠人は最前列の奴を思い切り蹴飛ばす。押し返されたそいつは後続も巻き込んで転倒した。しばらく立ち上がることは出来ないだろう。
悠人はネイルガンのマガジンをチェックする。ちょうど、中の釘が無くなっていた。ガスボンベも交換したほうがいいだろう。
通学用カバンから釘とガスボンベを取り出し、補充する。武器を用意しておかねば、安心はできない。
まずは最優先で水を確保する。その次にスポーツドリンク、お茶だ。甘い飲み物はスルーする。甘いものは逆に喉が渇いてしまう。
500mlボトルを10本ほど押し込み、背負う。ずっしりと重みが足に伝わり、後ろに倒れそうになるが踏ん張って立ち上がる。
「確保!」
悠人はそう言うとネイルガンを構え、孝弘を援護する。
「カズ! ロク! 逃げるぞ! これ以上はマズイ気がする!」
「合点承知!」
「あー、こっちからも来てるからそれが賢明だな!」
孝弘の提案に和良と六郎も賛同。4人はすぐに自転車に飛び乗り、その場を離れていった
ーーーーー
4人はただひたすらに走り続けた。途中、ホームセンターで釘やガスボンベ、さらには4人で小遣いやバイト代を出し合って借りている倉庫に仕舞ってあったサバイバルゲーム用品の使えそうなものまで引っ張り出し、銃砲店で食料と水をチラつかせて銃を譲ってもらったりしながら休めそうな場所を探して街をさまよった。学校を脱出して3時間経過していた。日が傾きかけている。悠人がお気に入りのミリタリーウォッチを見ると、4時を回っていた。
学校のツナギは既に血だらけで、あちこち擦り切れている。肘や膝には気休め程度だがプロテクターを装備している。
「ん? あそこ、誰かいないか?」
六郎が指差す先にあったのは、巡ヶ丘学院高等学校。その屋上だ。3人はそこをじっくり見てみる。すると、窓から蛍光灯の光が見え、さらには人影も見えた。動きは人間らしい。
「ちょっと見に行ってみるか? あの高校、太陽光パネルとかあるはずだからもしかしたら休めるかもな。」
電気科の六郎が言うのなら、校内の電気が生きている可能性は高いとみていいだろう。奴らが来たとしても、築城の神がいる。
「ああ。奴らだらけだが、面白くなりそうだ。どうせならパーっとな!」
和良がなんだかテンションを上げている。カセットコンロ用の小型ガスボンベ2本と、起爆用のお手製爆薬を貼り付けた即席爆弾の性能試験がしたくてウズウズしているのだろう。
「よし。銃はできるだけ使うなよ。緊急時のみだ。基本、ネイルガンで。」
悠人はそう指示すると、ネイルガンのマガジンをチェックした。釘が十分に入っているのを確認すると、自転車を降りて戦闘態勢を取った。