慈がいなくなってからというものの、学園生活部と校外遠征班の間にはピリピリした空気が漂っていた。いつも緩衝材になっていた慈はもういない。直接意見が対立することも増えた。信用と信頼は別物である。同じチームである以上信用はするが、信頼はそう簡単に築けるものではないのだ。
そんな時だった。ゆきが遠足に行こうと目を輝かせながら言い出したのは。
「遠足? 正気かよ?」
和良は冗談だろうと苦笑いを浮かべながら言う。だが、発想豊かを通り越して破天荒の域に達しているゆきは本気で言っているようだ。
「めぐねえに車を借りれば何とかなるよ!」
「といっても、めぐさんの車って何人乗りだっけ……この鍵、クーペの物みたいだけど……」
ゆきは慈がいなくなったというのに、まだそこにいるかのように振舞っている。これに関しては珍しく悠里と悠人の意見が合い、ゆきに合わせるということになったのだ。
「ああ? めぐさんの車ってあの赤いクーペか? あれ5人乗りだぞ?」
外で狙撃銃を構えて外を監視していた六郎がスコープで駐車場に停めてあった慈の車を見つけ、報告する。すると、悠人が和良の肩に手を乗せた。
「カズ、随伴歩兵って知ってるか?」
「マジかよ……」
随伴歩兵とは、戦車などの車両に徒歩でついていく兵士のことである。近くや多数の目標には弱い戦車を援護するためにいるのだが……今回は車に徒歩でついて行くという無茶振りである。
「じゃあめぐねえに訊いてくる〜!」
ゆきは生徒会室改め、学園生活部部室を飛び出して行った。
「……どうするよりーさん。そっちが行くなら俺らもついて行くぞ。やられて帰ってこなかった、なんてなったら後味悪いからな。」
「ゆきちゃん次第、とでも言っておくわ。くるみもそれでいい?」
「ああ、それより男子4人は徒歩で大丈夫なのか……?」
悠人たち校外遠征班は顔を見合わせる。車に徒歩は確かに辛い。だが、秘密兵器を校門前に用意してあるのだ。
「ママチャリを校門前に放置してあるから何とかなる。」
「放置自転車の撤去がされてなければな。」
悠人の提案に和良が冗談を付け加える。出発は明日。そう決まり、学園生活部は装備の用意に追われた。尚、必要物資については校外遠征班監修のもとで用意した。
ーーーーー
教室で黒板を使って作戦会議を始めた。どこから出て車を確保するか、これが初めの難所だ。
「昇降口から出るのはどうかしら?」
悠里が黒板に絵を描いて説明する。昇降口から校外遠征班とくるみが出て、奴らを制圧、車へ向かうという作戦だ。これには悠人が異議を唱えた。
「ダメだ。さっき偵察したが、奴らがウヨウヨいる。俺たちがロープで降下して道を確保するのは?」
すると、今度はくるみが異議を唱えた。
「車確保しても、ロープじゃゆきが降りられないだろ……そうだ、避難はしごから降りられる! 駐車場から150mの全力疾走ならいけるぞ!」
悠人は悠里と顔を見合わせたのち、首肯した。
「じゃあ、出発時には校外遠征班2名がロープ降下、避難はしごで降りたくるみに随伴して車の確保を援護する。ロク助にはベランダから狙撃で援護と監視をさせるし、残り1人はりーさんとゆきが地上に辿り着けるように援護……これでいいか?」
それで作戦は決まった。校外遠征班は戦力を分散させるため、自身の生存を最優先するように伝えられた。
翌日、作戦開始時刻。ロープ降下に抜擢されたのは和良と孝弘だ。悠人は悠里とゆきに随伴することになった。
「ロープチェック! カラビナよし! ハーネスよし! 降下準備よし!」
万一のことがないように自分でチェックするだけでなく、六郎もロープをチェックする。問題がないことがわかると、作戦開始と悠里が宣言した。
和良と孝弘はロープを伝って階下へ降りていき、着地寸前で止まってくるみを待つ。くるみが着地したら作戦開始だ。
くるみとのアイコンタクトののち、3人は同時に着地。全力疾走で車を目指す。無用な戦闘はできる限り避け、スピード最優先で目標を確保するのだ。
和良は少し離れて防犯ブザーを取り出すと、適当なところへと投げた。ブザーの音は3人の足音をかき消し、奴らを引き寄せた。進路の敵は少なくなった。これならいけるだろう。
クーペの近くに2体、ブザーに釣られなかった奴がいた。だが、孝弘が素早く片方をネイルガンで仕留め、くるみもシャベルを振り回して残りを仕留めた。あとは車に乗り込み、残りのメンバーのお迎えに行くだけだ。
六郎と悠人はロープで降下してはしご付近の安全を確保、そこへゆっくりゆきと悠里が降りてくる手筈になっている。既に2人が付近の安全を確保し、ゆきと悠里が降りてくる途中だった。
「よう、避難梯子の使い心地はいかが?」
「最悪、と言っておくわ。上、見なかったわよね?」
「見てねーよ。」
この時、悠人は悠里に言われて初めて気づいた。上を向けば悠里のスカートの中身見えたな。惜しいことをした。そんなくだらない事を考えていた。
「そう……作戦は?」
悠里は悠人と六郎が上を向いていない事を確認したのち、六郎に作戦の進捗状況を訊いた。
「上々だな。さっきくるみがクーペに乗り込んでた。カズの見たて通りクーペの鍵だったよ。あの車好きには感謝だな。」
そこへ、クーペが猛スピードで走ってきて昇降口前で停車した。運転手は無免許のくるみ。後部座席からは和良と孝弘が降りてきた。
「乗りなお嬢さん方! ピカピカの鎧の騎士がエスコートいたしますよっ!」
和良はそんなジョークを言いながら飛び降り、車の進路にいる敵を狙い撃ちにしていく。
「あら、錆びた鎧の間違いじゃないかしら?」
「厳しい意見をどーも。」
女子が車に乗り込んだのを確認した校外遠征班は全力疾走で校門を目指す。くるみはその4人をはね飛ばさないようにスピードを調整しながら校門へ向かう。
「チャリあーった!」
孝弘がまず倒れていた自転車を起こし、後の3人もそれに続く。自転車にまたがってネイルガンをカゴに突っ込むと同時に、車が校門から飛び出してきた。あれについていくだけだ。
「心臓破れるほど漕ぎまくれ!」
悠人の合図で、車に自転車でついて行くというアホな男子どものチャレンジが始まった。
ーーーーー
案外、悠人たちが自転車で随伴するというのはいい案だったのかもしれない。小回りのきく自転車で先行し、事故車で行き止まりになっていたとしても車と違って簡単に引き返せるし、4人もいるから複数に道が分かれていても、すぐに偵察して戻ってこれるのだ。
「ダメだ、この右の道はトラックが塞いでる。」
悠人はナビゲーター役の悠里に道がふさがっている旨を伝えた。他のルートを見に行っていた3人も戻り、それぞれの情報から行くべきルートを探し出す。
「うおお……ユート……これ辛くなってきた……」
「黙れタカ。野球部の坂ダッシュよりはマシだろ?」
「あの心臓破りの坂と比べるなよ……」
男子は軽口を叩きながら役目をこなす。正直、軽口を叩いてないと辛くてやってられないのだ。じゃあなぜやると言った? 答えは簡単。やれると思ったからだ。
その日の夜、ジャンケンで勝った六郎は車のトランクで寝ることを許された。負けた悠人は外で寝袋、後の2人は見張りだ。交代時間まで起きていなければならない。
なかなか眠れない悠人は持ってきたスチールの缶の側面にナイフで穴を開け、中に固形燃料を入れて即席のコンロを作った。その上に金属製のカップを置いて湯を沸かし、インスタントコーヒーでも飲もうという魂胆だ。
コーヒーが旨そうな香りを立てると、悠里とくるみがそれにつられてやってきた。
「飲むか?」
「少し。」
「あたしも。」
悠人はカップのコーヒーを悠里とくるみのカップに注ぎ、自分の分を淹れ直した。2人のカップはプラスチックのため、コンロで直接熱することができないのだ。
「へえ、こんな空き缶でもコーヒー淹れられるんだな……」
くるみは即席のコンロを見つめて感心していた。
「俺の愛読書のコンバットバイブルにあった。缶詰の美味い食べ方ってな。」
悠人はコーヒーを啜るが、熱すぎたのかすぐに口を離して息を吹きかけている。
「よく知ってるわね……」
「あるものは何でも活用してこそのサバイバルだよ。小腹減ったな……」
悠人はバックパックから熊肉フレークの缶詰を取り出すと、十徳ナイフで缶の蓋を開け始めた。蓋をめくって把手代わりにすると、即席コンロに乗せて温め始めた。
「もしかしてって、思ったんだよな……」
「何が?」
悠人は熊肉フレークから目を離してくるみの方を向いた。
「やばいのは学校の中だけで、外じゃもう救助が始まってるんじゃないか、みたいな……」
「そうね……私もちょっと思ってた……」
悠人は適当に温まった熊肉フレークを火から下ろすと、静かに首肯した。
「まあ、多分首都圏から救助開始だろうな。政府がどれだけ早く自衛隊や警察の派遣を決断できるかにもよるし、発砲をしようとすれば騒ぐ連中もいる……それで、ズルズル救助が遅れるなんてよくあることさ。食うか?」
悠人は熊肉フレークに3本爪楊枝を突き刺し、2人に勧める。悠里とくるみはそれで熊肉フレークを食べ始めた。
「でもさ……時々ニュースでやってるみたいに、自衛隊とか? がヘリでばばばって飛んできてさ、大丈夫かー? よく頑張ったなー、みたいな?」
「そういうのいいわよね……映画みたい。」
「今頃、どっかに要塞作って救助班の編成にかかってたりしてな……在日米軍もそれに加わってさ……」
悠人は何となく星空を見て呟いた。
「あら、最初に来たヒーローは誰だったかしら?」
「そのヒーローへの報酬は、シャベル攻撃と監禁かい? 武器どころか身ぐるみ剥がされるとは予想外だったがな。」
悠人は苦笑いしながら言ってみた。実際、ブーツの中に隠していた十徳ナイフまで見つかるとは予想外だった。
「それは……ごめんなさい……」
「仕方ねーよ。俺だってりーさんの立場ならそうしてた。重武装のヤン校生が来たらそりゃ警戒するわさ……あー、早く本物のヒーローこないかね……」
「あっまーい!」
後ろからゆきの大声が聞こえ、3人は振り向いた。トランクで寝ていた六郎も飛び起きたらしく、ゴンという鈍い音とともに静かになった。どっかに頭をぶつけたのだろう。見張りをしていた2人も何事かと全力疾走で戻ってきた。
「ヒーローなんて待ってるもんじゃないよ! ヒーローはなるもんだ!」
車の上でクラーク博士のようなポーズをとるゆきを見て、見張りに行っていた2人は額に青筋を立てた。
「大声出すな! どっかの誰かさん叩き起こして苦情くるぞ!」
怒りながらゆきを車から引きずり下ろす和良を見ながら、おっかない苦情が来そうだ、そう苦笑いを浮かべた悠人は立ち上がって装備を確認した。忙しくなるかもしれない。そう覚悟してコンロの火を消した。
「ヒーローには、なるものか……」
星空を見て、そうポツリと呟いた。
ーーーーー
「目標を確認。500m先。脅威は排除済み。」
悠人は車と並走して運転中の悠里にそう告げた。目的地のショッピングモールには既に悠人以外の3人が先行しており、駐車場の安全を確保していた。
「分かったわ。案内お願いね。」
悠人は車の前を走って誘導する。この遠足で多少、信頼関係が出来始めたようだ。普段どれだけ危険なところへ校外遠征班が行っているのか知った事も大きいだろう。
駐車場に着くと、3人が待ち構えていた。辺りには倒された奴らが転がっていた。軽く見積もって30体はいるだろう。
車から降りた悠里たちを校外遠征班は取り囲む。ダイヤモンドフォーメーションと呼ばれる隊形で中央の女子を守る気なのだ。自分たちは生き残る自信があるが故にである。
モールの入り口のガラスは割れ、辺りに破片が散乱していた。そこに、何かのチラシが落ちているのを悠里が発見し、拾った。何かのイベントをやっていたようだ。
「リバーシティ・トロン館内案内……今日はイベントみたいね。」
「イベント? お祭りみたいなの?」
ゆきもそのチラシに目を通す。
「じゃ、静かにいこうぜ。映画なら邪魔しちゃ悪いだろ?」
和良がニッと笑いながら言う。
「じゃ、怪しまれないようにそーっとね。」
ゆきは和良と忍び足で歩いていく。遊んでいるようだ。
「ええ、そーっとそーっと……」
「行くぞ、りーさん。」
「きゃっ!?」
悠人が悠里の肩をポンと叩くと、悠里はビクッと震えた。奴らが来たとでも勘違いしたのだろうか? 悠人は人差し指を口の前に立てて静かにするように合図する。
「くるみ、俺とタカと一緒に下の食料漁りに行こう。カズ、マスクをくるみに貸してやってくれ。」
「ほらよ。」
和良はくるみにマスクを渡した。木材や金属を削るときに飛び散る粉塵を吸わないようにするための特殊なマスクだ。恐らく、中は生鮮食品が腐敗して恐ろしい臭いを発しているだろう。マスクがなければ地獄である。
「俺らはりーさんと上に行く。CDショップで合流だ。」
和良はそういうついでにゴーグルをくるみに渡す。悠人と孝弘はコスプレ用に買ったガスマスクを装着していた。自作のフィルターが入っている。
「よし。また後で。」
悠人はそういうと、先頭に立って食品売り場を目指した。