あの遠足の後、校外遠征班4人は死んだように眠りこけていた。和良と六郎は寝床で寝ているのだが、悠人と孝弘は部室の床に倒れてそのまま眠っていたので、悠里とくるみとゆきは起こすべきかどうかかなり迷っていた。寝床へ行けば暖かい布団があるのに、この2人は硬くて冷たい床の方が好きなのだろうかと疑問が湧いていた。
「ほら起きろよ。風邪引くぞ?」
くるみがシャベルで孝弘のヘルメットをコツコツと叩く。孝弘は身じろぎすると、薄っすらと目を開けた。
「うが……起こさないでくれ、死ぬほど疲れてる……」
「なら布団で寝ろよ。寝違えるぞー?」
「それは困る……」
孝弘は体を起こしてヘルメットを外す。そして、ノロノロと寝床へ向かっていった。
「ほら、ユートくんも起きて……」
「んー、地雷原を歩かせるのは勘弁してくれ……」
「そんな事しないから寝床で寝て……」
悠里は悠人を揺すって起こそうとするが、悠人はかなり寝ぼけているようだ。すると、何かを閃いたくるみが悠人の耳元で一言囁いた。
「ここでアクセル全開!」
「インド人を右に!」
悠人はそう叫んで飛び起きた。とある雑誌の手書き原稿において、ハンドルを右にと書いたはずがどう間違ったのかインド人を右にという誤植がされたネタである。
「おう、おはよう。」
「ああ……って、どのくらい寝てた?」
「ざっと2時間程度だな。寝るなら寝床で寝てくれ。りーさんが困ってる。」
「いや、起きる……」
悠人はフラフラと立ち上がる。装備が重いのか、ベストもヘルメットも外してその辺に置き、机に突っ伏した。
「また寝るんじゃない……そんなに疲れたの?」
少しだけ悠人を尊敬し始めた悠里は悠人の後ろに回って弱めの力で肩を揉む。そのくすぐったさに悠人は身悶えして、今度こそ目が覚めた。
「りーさん、くすぐったいって……」
「あらあら、目が覚めるからちょうどいいんじゃない?」
「お前ら……イチャつくなら他所でやってくれよ……」
くるみは苦笑いを浮かべつつその様子を眺める。当の悠人は頬をムニムニと引っ張られながらも楽しそうにしている。
その頃、やっと起きた六郎は装備を整えて廊下をぶらついていた。米軍の最新装備(レプリカ)にバイザーのなくなって塗装も禿げたフルフェイスヘルメット、そして顔の左半分を覆う包帯と、不気味な格好だ。
ふと、ドアの空いていた教室へ視線が向く。そこへ、普段見ない人影があり、六郎は警戒を強めた。
「おい、そこで何やってやがる?」
ネイルガンを構え、そう言うと相手は両手を挙げた。よく見れば、あのデパートで救出した女子だった。
「なんだ……驚ろかしやがって……もう起きて大丈夫なのか?」
「ええ……あなたこそ、大丈夫なんですか?」
「まあな。奴らに噛まれたけど、アルミ板腕に巻いてたから怪我してないし。」
六郎は袖をまくって腕に巻かれたアルミ板を見せる。表面は傷だらけだが、その下へ奴らの歯を通したことはない。
「そうですか……」
「まあ、目が覚めたならりーさんたちに報告すっか……ついて来てくれ。」
六郎はその女子を連れて部室へと向かった。
ーーーーー
部室で救出した女子、直樹美紀と悠里、くるみ、悠人と六郎は話をしていた。男子はこの時初めて美紀の名前を知った。悠里たちは車の中で彼女の生徒手帳を見ていたため、名前を知っていたが、男子は必死に自転車を漕いでいたため、読んでいなかったのだ。(帰還後もすぐ寝てしまっていた)
「さっきは悪かったな、不審者かと思ってついつい身構えちまってさ……」
六郎は苦笑いを浮かべながら謝罪する。やっちまったと内心思っていた。
「別に気にしていません。当然の心配だと思います……ところで、あなたは軍人か何かですか?」
美紀は六郎と悠人のいでたちを見て訊く。確かに、六郎は最新の米陸軍の装備、悠人はイラク戦争の時の米陸軍装備に身を包んでいるため、軍人にも見えなくはない。(ちなみに孝弘は自衛隊、和良はロシア軍装備)
「残念だな、軍装趣味の元工業高校生だ。」
悠人は苦笑いを浮かべつつ言う。とはいえ、軍装とは基本的に機能性の高いため、使い勝手がいいのだ。さらには耐久性もいい。
「北高……ですか?」
「まーな。北高の中ではまともな部類だよ。ヤンキーどもから何度カツアゲされかけて、何度返り討ちにしたことやら……」
「まあ、何にせよ目が覚めてよかった。」
くるみがスタンドライトをつけると、美紀は悠人たちの軍装からライトに視線を移した。
「電気、来ているんですね……」
「屋上に太陽電池があるからな。そこの軍人もどきのロクが保守点検してるんだ。」
くるみの紹介を受けた六郎は片手を挙げる。電気科で真面目に授業受けててよかった、そう思ったことは何度あったことやら。
「温水シャワーもあるのよ。」
悠里の一言に美紀が反応した。ずっとシャワーを浴びれない生活で身体中汚れて汗臭いはずである。きっとシャワーを浴びてさっぱりしたいだろう。
「残念なことに、曇り続きで充電できてないから温水シャワー浴びれるのは明日以降だな。俺たちみたいに冷水シャワーでいいなら話は別だが。」
悠人はそう言うと六郎と顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。汗臭いし気持ち悪いと言って冷水シャワーを浴びたことは何度あっただろうかと思うと、自分たちのアホさ加減に苦笑いを浮かべるしかないのだ。
「冷水シャワーは遠慮しておきます……」
「そっちは大変だっただろ?」
くるみが美紀に訊く。
「なんとか……なりました。」
「そっか……」
「私たちはあの日、屋上にいてそれで助かったの。」
悠里はあの日のことを思い返す。
「上の階ほど安全ですものね。」
「まあ、色々あったけどな……屋上に孤立していたところへそこの軍人もどきが来てそこから一悶着あってさ……」
くるみが悠人へ視線を向けると、悠人は困ったような表情を浮かべて肩をすくめた。
「もう言うな。みんな必死な時期だったんだからよ。まあ、危ねえ北高と東高のヤンキーは根こそぎにしたから暫くは安全と言っていいだろうな。」
「根こそぎって……何があったんですか?」
「……トップシークレット。」
悠人は棚に置かれている壊れた零戦とフォッケウルフのプラモデルに目をやる。あの日の、痛い思い出だ。
「そういえばユートくん、風邪薬とかって回収したかしら?」
悠人はモールで回収した物資のリストを取り出して風邪薬の類がないか探す。リストによれば、熱を出したゆきの治療で少し使ってしまっていた。
「少し使っちまってる。薬局近いし回収してくるか?」
「でも、疲れてるんじゃないの?」
「まあ、多少寝たから動ける。」
悠人は他のメンバーに合図をして、出撃準備を整えさせた。これからまた校外遠征へと赴くのだ。
準備は数分で整った。面倒だからという理由でベランダからロープで降下しようとする校外遠征班に美紀が声をかけた。
「どこへ行くんですか?」
「薬局だ。今回は近場への遠征だよ。俺たちはこうやって、あちこちで生活に必要な物資を回収してくるのが役目だからな。ロク助、タカ坊、援護頼むぞ。」
悠人がそう言うと、孝弘と六郎はサムズアップして見せる。そして、ベランダから身を乗り出して下方へ散弾銃や狙撃銃を向けた。悠人と和良は降下中は無防備なため、2人が守るのだ。
悠人と和良はスイスイとロープで校庭へ降り立ち、六郎も孝弘に合図する。合図を見た2人もロープで降下し、ネイルガンに持ち替えた。
あり得ない、ベランダから見ていた美紀はそう思ったのだろうか、微妙な表情を浮かべていた。悠里はそんな美紀に後ろから声をかける。
「自分から買って出た役目とはいえ、彼らには負担を敷いちゃってるわ。最初は北高生だっていうから警戒してたけど、すごく役立つことを色々知ってるの。」
そんな悠里の手には悠人の愛読書であるコンバットバイブルが握られていた。
「本当に大丈夫なんですか?」
「あら、ユートくんたちが危ない人なら、私はこんなにのんびりしてるかしら?」
美紀は何も言い返せなかった。
ーーーーー
悠人たちは塀に登って薬局を目指していた。校外遠征班の役目は戦うことではなく、生きて物資を持ち帰ることである。だから、可能な限り戦闘は避けるのだ。
「この先曲がり角。一旦塀を降りるから気をつけろよ。」
悠人が注意を呼びかけると、3人はそれぞれ塀の下に敵がいないかを警戒する。1人の移動中を3人でカバーして、できるだけやられないようにするという考えなのだ。
「行けるぞ。」
悠人が後方を振り向いて言う。すると、孝弘が縦に頷いた。
「やれ。」
悠人は塀から飛び降り、着地と同時に前転して衝撃を和らげる。その場にしゃがんでネイルガンを構え、周囲を警戒する。敵影なしと判断すると、ヘルメットを拳で2回叩き、合図する。それを見た孝弘たちも悠人と同じように飛び降りる。
「行くぞ、50m。全力疾走用意。」
「いいぞ、行ける。」
和良がそういってサムズアップしたのを確認すると、悠人は走り出す。それに続いて3人も全力疾走して薬局までの50mを死ぬ気で走る。捕まれば終わりだ。幸い、奴はの足は遅く、悠人たちに追いつくことはできない。
薬局にたどり着くと、悠人たちは一度腰を下ろして一息つく。以前来た時に有刺鉄線を入り口に設置していたので、中に奴らはいないはずである。
「ああクソ……タマ打った……」
孝弘は股間を抑えて悶絶している。悠人は息を切らしながらも笑うと、弾帯に引っ掛けてあった水筒を手にとって中身を少し飲んだ。
「早くブツを回収しようぜ……」
六郎はよいしょと言いながら立ち上がると、医薬品コーナーへ向かった。悠人たちも働きたくないとゴネる足を叱咤しながら立ち上がり、物資の回収を始めた。
ーーーーー
帰還した悠人が勢いよく部室のドアを開けると、悠里と美紀とくるみが一斉に悠人に視線を向けた。肩で息をしている悠人は片手を軽くあげると、テーブルの上に戦利品を出した。残りの3人も同じようにバックパックをひっくり返して無造作に戦利品を出していく。
「これだけありゃ足りるか?」
「そうね、当面のところは問題なさそう。ありがとう。」
「これが役目だからな……シャワー浴びて着替えてくる。汗掻いた。」
すると、そこへゆきと太郎丸が飛び込んできた。太郎丸はなぜか六郎に飛びつき、吠えまくった。
「なんなんだよこのワン公!?」
「おめー、臭えんじゃないのか? 犬くせー。」
和良は六郎の肩を肘でつついて茶化す。悠人と孝弘はというと、今度はゆきがどんな思いつきをしたのか気になっていた。
「体育祭をやろう!」
いつも生死の境目で運動してますけどね、と悠人は心の中で思いつつも、賛同することにした。美紀と悠里の間に何やらピリピリした空気が流れている。それを打破するには丁度いいだろう。
「あー、いい知らせだ。この間体育館を掃除したから使えるぞ。バスケもドッジもフットサルもやり放題だ。」
悠人はあれは物騒な掃除だったと思い返しながら報告する。一応、渡り廊下には有刺鉄線を張ってきたから奴らに怯えることなく体育館へ行けるだろう。
「決まり! 早く準備しよう!」
その前にシャワーを浴びさせてくれと悠人は心の底から思った。