半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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第27話

私は常葉を伴い牛車を走らせすぐさま院御所・六条院へと向かう。

 

すると行く手を遮る白旗を靡かせる吾妻者の群れが見える。

 

「その車、止められよ」

 

―不届き者めが―

 

わたしの口から漏れ出たのはそれだった。

この京での礼儀も知らぬ吾妻者達は無礼にもこの車を止めようとするか、

 

もしかすると今この京に居る吾妻者の中にも母に弓引いた者が居るのだろうか、

 

そう考えると自然と握る手に力が入る。もしかすると、この時余りの怒りに妖力が漏れ出ていたのかもしれない。すると、

 

内親王(ひめみこ)様」

 

不意に声が掛かり私の肩に手が置かれた。声と手の伸びる方向に目を向ける。未だにそう私を呼ぶ者は一人しか居ない。そこには少し物悲しそうな表情をした常葉が居た。常葉は

 

「どうか落ち着かれてください。」

 

とだけ言って此方を見たまま黙りこんでいた…。

ふと、前から気になっていたのだが最近顔色が悪いのは九郎

の事だけが原因なのだろうか…。そういえば最近香の炊き方が以前に増して強くなっている。今でこそ妖力を封じられてはいるが私と同じ様に鼻が利く狐の半妖である常葉はこういった匂いのきつい香は好まなかったはずだ。

 

何故だろうか?

 

気になって『大丈夫か』と声をかけようとすると、外で

 

「女院の御車をお止めするとは何事か!この御車は八条院様の御車ぞ!坂東の者はその位の事も解せぬのか!!」

 

という供の武士の一喝により怯んだところを供の者達が強硬突破し六条院へとたどり着いた。

 

結局聞きそびれてしまった。

 

◆◆◆◆◆

 

異母兄の御座所へと急ぐ、そのためたどり着くには然程時間は掛からなかった。私の突然の来訪に兄は驚いているようだ。

 

「どうしたというのだ?急に」

 

そのまるで他人事かのような受け答えに腹が立つ。

 

「どうしたとは、お分かりになりませぬか?」

 

「院宣のことか?お主の言いたいことは解っているつもりだ、九郎が今そこに控えておるお主に仕える常葉の息子で、かつてお主も我が子のように可愛がっていたことも。

 

じゃがな、もうこの朝廷に鎌倉を抑える術はないのだ。でなければお主に鎌倉を抑える事が、坂東を、武士どもを抑える事が出来るのか?」

 

「そ、それは…。」

 

「確かに儂は先だって、九郎に鎌倉討伐の院宣を出した。だが、それに応じた者は極僅か、それどころではない。坂東はおろか畿内ですら鎌倉に加勢する者まで出る始末。儂はそこで悟ったのだ、平家や木曾の時のようにはもういかぬ、我等が策を弄して日ノ本を動かす事の出来る世は終わったのだと。それでもし鎌倉がこの朝廷を滅ぼさんと兵を起こしたらいかがする。現に京を握られ、さらに頼朝率いる義経討伐の兵も京へ上っておる。その刃を何時でも我等へと降り下ろすことができるのだぞ。」

 

「っ…。」

 

「これまでこの日ノ本の皇統は一度も絶える事なく脈々と受け継がれて来た、だがそれも恐らく偶々だ、唐土の歴々の王朝のように討ち滅ぼされんとも限らん。

結果鎌倉方との交渉で、諸国のあまねく国衙・荘園に鎌倉の息のかかった"未だ行方知れずの朝敵源九郎義経"のための追捕使を置くことになった。此ばかりは鎌倉は譲らなかったのだ。」

 

「つまり…、要は日ノ本の差配は鎌倉がすると…。」

 

「そういうことなのだ…。すまぬ暲子よ。」

 

◆◆◆◆◆

 

私達はそのまま六条院を去り自らの邸の八条院に戻っていた。

 

「ごめんなさい常葉、貴女の力になってやることすらできなくて。」

 

常葉にそう声をかける。だが、

 

「いえいえ、九郎の事を思って鎌倉の兵に囲まれている院御所まで行ってくださったのです。それこそ何とお礼をしていいのか…。それに保元の乱の頃より薄々私も感じていたのですよ、もう我等が、影から国を動かす時代ではないと、武力が物を言う、そんな時代になったのだと。どうか皇女様はお気になさらないでください。きっと九郎は大丈夫ですから。…少しの間席を外します。」

 

そう言うと、常葉はすたすたと私の居室から出て行ってしまった。どうしたのだろうか?

 

すると、遠くで誰かが咳を、少し妙な咳をしているのが聞こえた。そしてその少しの後にドサッと()()()()()()()、さらにその少し後に邸の女房の悲鳴。

 

半妖であるが為によく働くこの頭の中で導き出される一つ一つの答えに対してけたたましく警報を鳴らしている。

 

妖の力を封じられ見た目通り人間並みの力しか出せぬ体、

 

以前は好まなかったはずなのにいつの頃からかいつものように使うようになった強めの香、

 

その他の様々な事が既にある一つの推論を導き出していた。

 

まさか、

 

まさか…、

 

そして耳に届いたその名前。

 

「常葉様!常葉様!いかがなされたのです!?常葉様!」

 

自らの頭の中が一気に凍りついたのがわかった。

気づくと私はすぐさま声のする方向へと全力で走っていた。いつもなら外聞を気にして思い留まっていただろうがそんなことはこの期に及んで知ったことはなかった。

 

その場にたどり着くとそこには常葉が喀血(かっけつ)し気を失って倒れていた。

 

頭の中は真っ白になっていた。

 

「あ…、嫌…、いや…、いやいやいや…。」

 

他の女房達の制止を振り切って常葉に駆け寄りその体を揺する。

 

「ねえ、ねぇ…、起きてよ…、起きてよ、常葉…、ねえ。私を…、私を、独りにしないでよ…。」

 

体を揺すっても反応はない、

 

「ねえ…、貴女にまで…、貴女にまで逝かれてしまったら、私…、どうすれば良いのよ…?解らないじゃない…。ねえ、起きてよ…。」

 

気付けば涙を流していた。当初常葉から引き剥がそうとしていた他の女房達も、今ではその様子を見守っているだけだ。

 

少しばかり揺すっていた頃、常葉に弱々しい反応が見られた。

 

「常葉!ねえ!起きなさい!分かる!?」

 

その声に答えるかのように薄らとその目が開かれた。

 

「内親王、様…、見苦しい…、姿をお見、せして…、申し訳、ありません。」

 

「常葉!しっかり!大丈夫!?」

 

大丈夫な訳がない。そんなこと判っていても、もうどうしようもなかった。

 

「なんの…、このくらい…、でこの私が死ぬ、訳ありません…。」

 

今のこの状況、加えて弱々しい声で説得力皆無である。

 

◆◆◆◆◆

 

事実、深刻な状態であるのは確かであった。

 

だが誰にも、特に暲子にこの事は口外するはずもなかった。常葉が最初に喀血したのは五年前、以仁王が挙兵する少し前で、病自体に気付いたのはそのさらに数ヶ月前である。かつての師・忠行や妻・春子を肺病(結核)で亡くしていたため喀血をする前から自分が冒されている病が何なのかの察しはついていた。

 

その頃から誰にも病が露見せぬよう自らに幾重もの術をかけ、病の進行をなんとかして抑え、周囲を騙し、自らの体を騙し過ごして来ていた。きつめの香を炊いていたのもこれが理由で、肺病独特の臭いを隠すために香を炊いていたのであった。それで喀血する事はあっても、なんとか人目の有るところは避けることができていた。とはいえ、徐々にではあるが着実に病は常葉の体を蝕んでいた。

 

暲子と同じく狐の半妖として当時二百年近く生きてきていた常葉は、何度か死に際に立ったことは有れど病とは無縁であったはずだった。妖の生命力が物を言っていたのである。

だが、あの竹林での矢での封印で妖力妖術の一切を封じられてしまっており、その時の矢傷でこそ残り香程度の僅かばかりに残された妖力で乗り切ることができたのである。

だが、当然の如くこの時は妖力など残っているはずもない。

術で抑えているだけの治る見通しを立てる事のできない病の進行は、真綿で首を絞められているようなものであり、まさしくジリ貧であった。

 

そんな一種の綱渡りのような状況の中飛び込んで来たのが息子の義経を朝敵とする一月前の院宣である。

その後も容赦無く立て続けに知らせが入る。都落ち、摂津での襲撃、西国へ落ち延びる際に嵐に遭遇、その後は行方知れずとなった等という京雀の口々を介して伝わる数々の噂や知らせは彼女を大いに動揺させた。

それに加え義経の子を身籠って一時八條院に身を寄せ匿っていたはずの郷御前が行方を眩ましていたのも彼女は非常に心配していた。

 

その溜まりに溜まった心労の中で術に緩みが出ていたのだろう。迂闊にも病の進行を許してしまったのだった。

 

病がその死の淵から手を伸ばして確実に常葉を掴んでいたのだ。

 

◆◆◆◆◆

 

この後、常葉の容態はひとまず落ち着いた。本来であると邸を辞去することになるのだが、暲子の一存で八条院の一室を宛がわれることになる。

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