半端者の半生   作:八連装豆鉄砲

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二十七話

内裏焼亡より七日。

 

京の空を渡る風には未だ焦げた木の匂いが混じっていた。

都人は噂を好む。

それが不幸であればあるほど。

 

右大臣師輔の死

そして内裏炎上

 

立て続けに起きた二つの凶事は京雀たちの格好の餌となっていた。

 

曰く、将門の祟り

曰く、菅公の怨霊

曰く、比叡の天狗

曰く、大江山に巣食う鬼どもの復讐

 

誰も彼も好き勝手なことを言っている。

だが私は知っていた。

人が正体の分からぬものに出会った時、最初にすることは理解ではない。

 

名付けだ。

 

名を与えれば分かった気になれる。

それだけのことである。

私は庭先へ視線を落とした。

秋も深まり始めている。

庭木の葉が風に揺れていた。

その音を聞きながら、一通の書状を読み返す。

差出人は保憲。

内裏焼亡を受け陰陽寮での事務に関するごくありふれた内容だった。

読み終え。

返事を書こうとして。

そこで私は筆を止める。

無意識のうちに考えていた。

まず忠行様に相談しよう、と。

静かな苦笑が漏れた。

もう居ないというのに。

いつまで経ってもこの癖は抜けないらしい。

 

陰陽寮に入りたての頃も

陰陽博士となった頃も

鬼討伐の時も

 

何かあればまず師に意見を求めていた。

それほど長い年月を共に過ごしたのだ。

簡単に変われという方が無理だろう。

 

「難しい顔をされていますね。」

 

後ろから声がした。聞き慣れた声。

振り返る。

 

春子だった。

 

振り向けば春子が立っている。

 

盆の上には湯気の立つ器が2つ。

 

私の前へ静かに差し出された。

 

礼を言い受け取る。

 

春子は隣へ腰を下ろした。

 

しばし沈黙。

 

私も春子も無理に話をしない。

 

それが心地よかった。

 

長年連れ添った夫婦とはそういうものなのだろうか?

もっとも。

本当に夫婦かどうかはさておくとして。

 

「師匠のことを考えていましたか?」

 

不意にそう言われた。

 

私は苦笑した。

 

誤魔化せると思っていたのだが。

 

どうやら無理らしい。

 

 

忠行様が亡くなってもう幾月か経つ。

 

頭では理解している。

 

それでも。

 

未だに何かにつけて思い出してしまう。

 

 

あの人ならどう判断したか。

 

あの人なら何と言ったか。

 

 

今朝もそうだった。

 

保憲から陰陽寮の件で書状が届いた。

 

返事を書こうとして、

 

気付いた。

 

まず忠行様へ相談しようと思っていたのである。

 

もう居ないというのに。

 

「情けない話ですね。」

 

私が言うと。

 

春子は静かに首を振った。

 

「それだけ頼りにしていたという事でしょう。」

 

私は返事をしなかった。

 

出来なかった。

 

◆◆◆◆◆

 

昼過ぎ。

 

私は一人で邸を出た。

 

目的地は内裏跡。

 

「吉明様もお連れにならないので?」

 

という春子の問いには。

 

「止められるからな。」

 

とだけ答えた。

 

実際その通りだった。

 

内裏は閉ざされていたが、陰陽寮の人間である私には立ち入りが許されている。

 

もっとも。

 

つい先日までこの日の本の政の要であったとはいえ、こんな場所に好き好んで来る者など居ない。

 

紫宸殿跡。

 

かつて公卿達が列し。帝がお座りになった場所。

 

今は黒く焼けた礎石が残るのみ。

 

人の営みとは脆いもの。

 

しゃがみ込む。

 

土へ触れる。

 

冷たい。

 

 

いや。

 

違う。

 

 

 

何かが抜け落ちている。

 

ふと目を閉じた。

 

呼吸を整える。

 

集中する。

 

地脈を辿る。

 

残滓を探る。

 

風。

 

木。

 

瓦礫。

 

灰。

 

炭。

 

 

そして。

 

 

人。

 

 

人。

 

 

人。

 

 

夥しい数の人の思念。

 

 

恐れ。

 

執着。

 

怒り。

 

嫉妬。

 

欲望。

 

 

それらがまるで大地そのものへ沈殿しているかのようだった。

 

 

思わず眉を顰める。

 

 

これは良くない。

 

 

確かに怨霊ではない。

 

妖でもない。

 

だが。

 

長い年月、この場所に積もり澱み続けてきた何かがある。

 

 

「なるほど。」

 

 

鬼が生まれる訳だ。

 

◆◆◆◆◆

 

その後も内裏を歩き回った。

 

清涼殿

 

宜陽殿

 

かつて人で溢れていた場所。

だが残っている気配は少しずつ違う。

 

ある場所には恐れ。

ある場所には野心。

ある場所には祈り。

ある場所には妬み。

 

人が長い年月を過ごせばその痕跡は残る。

それは土地に刻まれる。

人には見えぬだけだ。

だが今日感じたものは異様だった。

どれとも違う。

形を成そうとしている何か。

そんな感覚。

私はそれが気になって仕方なかった

 

◆◆◆◆◆

 

その日の帰り。

 

私は思わぬ人物と出くわした。

 

源満仲である。

 

 

先方も私に気付いたらしい。

 

軽く会釈。

 

私も返す。

 

 

満仲は少し迷ったあと。

 

不意にこう言った。

 

 

「安倍殿。」

 

 

「はい。」

 

 

「鬼を見た事はありますかな。」

 

 

私は少し考えた。

 

そして答える。

 

「ありますな。」

 

満仲は真剣だった。

 

「なれば聞きたい。」

 

「先日の大火の日。」

 

「私は鬼を見た。」

 

風が吹く。

 

「鬼、とは、どのような鬼です?」

 

「武者だ。」

 

満仲は低く告げる。

 

「いや、あれは。」

 

「あの方は将門公であった。」

 

その名に私は沈黙した。

 

 

将門。

 

 

都に住む者ならば誰もが知る名。

 

 

だが。

 

それでも。

 

「本当にそう見えましたか?」

 

私が問う。

 

満仲は答えなかった。

 

◆◆◆◆◆

 

夜。

 

私は再び内裏へ向かった。

 

誰も居ない。

 

月明かりだけが焼け跡を照らしている。

 

その時だった。

 

気配。

 

私は振り向く。

 

誰も居ない。

 

だが確かに居る。

 

もう一度見る。

 

老人。

 

そう思った。

 

次の瞬間。

 

武者。

 

さらに。

 

どこか見知った女。

 

見覚えのある顔の童。

 

姿が定まらない。

 

 

私は息を呑んだ。

 

変わっているのではない。

 

最初から形を持たないのだ。

 

見る者が勝手に姿を作る。

 

だから正体が無い。

 

だから誰も説明できない。

 

私はゆっくりと立ち上がった。

 

鬼なら斬れる。

 

怨霊なら祓える。

 

妖なら交渉できる。

 

 

だが。

 

 

これは何だ。

 

 

目の前の存在は。

 

 

その時。

 

 

靄が揺れた。

 

 

その奥で何かがまるで笑ったかのように。

 

私は思わず一歩踏み出した。

 

「お前は――」

 

だが。

 

その姿は霧のように崩れた。

 

残ったのは冷たい夜気だけ。

 

それでも。

 

確かにそこに何かが居た。

 

京の闇そのものが形を得ようとしているかのような。

 

そんな錯覚だけが焼け跡に残っていた。

 

 




何年ぶりですかね……土下座
(ちょっとした事故も起きてましたが)

ちょこちょこ改稿しながら低速執筆して参りますので改めてよろしくお願いします。
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