その横顔にキスをして   作:チョコましゅー

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日溜まりの中の影3

 

 

 陽向が違和感を感じ始めたのは、陽向がケイリに説教?をされてから三日後のことだった。

 

 学院の廊下を歩いているときや、昼休み、果てには部活中でも、その違和感はずっと感じていた。

 

 その違和感の正体は、陽向に対する視線だった。

 

 その視線は言ってしまえば負の感情を含むものだと陽向にもわかったが、なぜその視線が自分に向けられているのかがわからなかった。

 

 もともと普通の共学に通っていた陽向は、本来ならそういうことに対して敏感ではないにしろ、鈍感ではなかったはずなのだが、しかし今の陽向は前後不覚の状態でもある。言い方は悪いが陽向はいま、千早に夢中なのだ。

 

 だから陽向はその千早に対しまっすぐに好意を示している状態で、それに対しての負の感情が自分に向けられているということがわからなかった。

 

 千早は今やこの学院の一番の有名人と言っても相違ない。ファンクラブだってあるし、千早に話しかける生徒も、話しかけたいと思う生徒だっている。

 

 だから陽向に向けられる視線は一つや二つではなかった。同級生から上級生まで幅広く睨まれているわけだ。

 

 陽向は不思議に感じながらも、しかし気にしてもしょうがないと思い今までの行動を変えようとはしなかった。

 

 朝は千早と共に登校し、昼は週に2、3回一緒にとり、放課後も千早を文芸部に誘ったり、逆に千早に園芸部や茶道部に誘われたりもした。

 

 視線を送っていた者たちは警告しているつもりだったのに、陽向は全く意に介していない。それは彼女たちを次の行動に移すきっかけになってしまった。

 

「……なんだろ、これ」

 

 朝、教室に入り机に教材をいれるときに気がついた。何か入っていると。

 

 取り出してみるとそれは封のされていない封筒で、差出人の名前が書いていないものだった。

 

 この学院は当たり前だが女生徒しかいない。例外があるにしても、これがラブレターである可能性はほぼ皆無だ。

 

 だから陽向はこれがあまり良いものではないとすぐに察した。本来ならこんなものがくる前に気がついてもいいものだが前述したとおり、陽向はいま自分の感情に振り回されている状態だ。

 

 だからその封筒の中身を見て、改めて知った。

 

『千早お姉さまに近づく虫め。目障りだ』

 

 手紙にはそう書いてあった。

 

 綺麗な字で書かれたそれを見て陽向がまず思ったのは、直筆で書くなんて甘いな、ということだった。雑誌や新聞の切り抜きでもなければ、字体も崩していない。これでは特定しろといっているようなものだ。

 

 そんな場違いな考えをしてから、陽向は考える。

 

 最近の視線はこういうことだったのか、と。

 

 天真爛漫で人を疑うことの知らなそうな陽向だが、しかし陽向は普通の環境で育っているので、こういうことが起こるということはしっている。

 

 むしろこういうことが自分の身に起きることはなかったため、珍しいものを見たような感覚になっていた。

 

 ひとまず手紙は封筒にしまい、何事もなかったように一時間めの準備をする。

 

 準備をしながらも陽向は思考する。冷静にこれの対処について考える。

 

 純粋培養なお嬢様なら、パニックになったかもしれない。でも、陽向は落ち着いていた。

 

 そして改めて香織里の言葉の意味を知ったのだ。

 

『覚悟がないならやめておきなさい』

 

 それは女の子同士だからといい意味かとも思ったけど、多分香織里が言っていたのは、こういうことだったのかもしれない。

 

「まさか私が嫉妬される対象になるとは」

 

 最近千早とずっと一緒にいたからこうなるのは当然だが、陽向は自分のことで精一杯ですっかりとこんなことが起こり得るということを失念していた。

 

 今はこんな不幸の手紙みたいな事で済んでいるが、この先どうなるかはわからない。この学院の生徒がそんな過激なことをやるとは思わないが、ここの生徒だって人間なのだ。妬みや嫉みをすることだってある。その感情が抑えきれなくなってこういう行動に移すことだってある。

 

 ならこの先エスカレートしていく可能性だってなきにしもあらずだ。

 

 まず陽向の頭に浮かんだのは、誰かに相談するということだった。

 

 陽向自身こういうことをされる経験がなかったので、対処法がまるでわからない。いや、小説や漫画での知識ならあるが、それが今回の件に対して正確な対処法なのかがわからないのだ。

 

 しかしこの学園にこのような経験をして、それを切り抜けた人なんているのだろうか?

 

 薫子ならあるいはと陽向は考えたが、あの良くも悪くも直情的な彼女はまだるっこしいことをしないで犯人に直接もの申すだろうというのは容易に想像できた。

 

 香織里もそういう処世術には秀でているが、今回に限っていえば釘を刺されたばかりなのでどうにも相談しづらい。

 

 千早に至っては今回はある意味当事者なので候補外である。

 

 他のお姉さま方や同級生もこういうことに関してはおそらく経験がないだろうと陽向は考えた。

 

 だから結論。まだ実害も出ていないし、いまは自分で考えて、どうにかこれ以上問題が起きないようにするしかない。

 

 まず考えるべきはなぜこのようなことになったのか。

 

 まあこれは考えるまでもなく陽向が千早とベッタリなのが気にくわないのだろう。

 

 しかし陽向は今の千早との距離感を崩したくはないのだ。それに勘のいい千早のことだ。陽向が急に千早との距離を置いたら、その少しの違和感を感じとってことの真相にたどり着くかもしれない。千早には心配をかけたくないので、出来れば気づかれずにこの件は片付けてしまいたい。

 

 だから千早との距離をつくれない。

 

 その上で考えていくと、この問題の解決方法は陽向が千早と一緒にいて当たり前ということを証明しなければいけないのだ。

 

 手っ取り早いのはこの手紙の差出人に直接会い、説得をすること。

 

 しかしそれはいうほど簡単なことではない。この手紙の差出人は千早のファンであり、その人たちを説き伏せるのは陽向には荷が重かった。

 

 まさか千早が好きだから一緒にいたいといったところで納得するわけではないだろう。だからこの方法は却下。

 

 他の方法は、千早と恋仲になってしまうこと。それを校内で認知させてしまえばこういうことは起こらなくなるだろう。

 

 しかしこれも簡単なことではない。むしろ先程の案なんかよりよっぽど難しい。

 

 まず陽向は千早に告白する気はないし、千早も陽向の告白を受けないだろう。

 

 陽向からしたらこの想いは素直にぶつけられるものではないので、この方法は論外といってもいいと考えた。

 

 最後に考えたのは、このままこれ以上のことが起こらず、勝手に沈静化するということ。

 

 だいぶ他力本願な考えだが、しかしこの学院の生徒がそれほど過激なことをするとは思えないので、あり得ないとは言い切れない。

 

 結局陽向は、自分はなにもできることがないという結論にたどり着いた。

 

 このままいつも通りに過ごし、もしこれ以上のことが起きたなら誰かに相談しようと思った。まだ実害は出ていないし、誰の迷惑にもなっていないから放置することに決定で。

 

 ひとまず今回の件は保留。

 

 そう決めた陽向は1時限目の授業の準備を終えて、ため息をつく。

 

 実害が出ていないと陽向は思ったが、陽向自身にストレスを与えてるとは気づかない。

 

 少しの違和感で千早が何かに感づくのなら、いまの陽向の状態にも何か気づくだろう。

 

 そんな、自分の状態に気がつかないまま、陽向は友達のところにお喋りしにいくのだった。

 

 

 

 






遅くなって申し訳ありません!

この後の話も不定期になると思います。
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