その横顔にキスをして   作:チョコましゅー

9 / 10

随分と放置してしまった。
待っている人がいるかはわかりませんがとりあえず謝っておきます。
すみませんでした!




日溜まりの中の影4

 なにげない日常、何気ない会話、何気ない生活。

 

 そんな何気ない毎日を送ることにようやく千早は慣れてきていた。いや、慣れちゃダメなんだよ!と思いつつも、慣れなければいけない環境にいる自分に歯がゆい思いを抱いているが、まあ何はともあれこの女装して過ごす毎日に慣れたのだ。

 

 今ではこの生活が悪くないものとさえ思っていて、もし万が一女装が露呈してこの学園を去らなくてはいけなくなったとき、千早はきっと悲しむだろうことを自覚していた。はじめのうちはばれないように、だけどばれてしまったらしょうがない、とそういう気持ちだったのが今では絶対にばれてはいけないと思っている。その感情の変化に千早は苦笑いするが、史や千早の母はきっとその変化を嬉しく思ってくれるだろう。

 

 そんな千早がいま危惧していることがある。それは自分の正体がばれるかもしれない、ということではなく、とある女の子の現状についてだった。

 

 まあ、隠すまでもなくいま千早の興味の対象は陽向に向けられているので陽向のことなのだが、その陽向のことについてである。

 

 ほんのわずか、だけど千早は確信して言える。陽向の様子が少しおかしいと。

 

 なにが、とかどこが、とはわからず、曖昧だが感覚的に、もっといってしまえば直感のようなものでしかないが、どうにも陽向がおかしいと感じてしまう。

 

 千早もなにが普段と違うのか本人にばれないように観察してみたが、はっきりとわかることはなにひとつなかった。しかしこれに関しては陽向が女の子で、千早が男だからわからないという理由もあるかもしれない。

 

 そう思った千早は誰かに相談しようと思い、そしてすぐに行動した。

 

「それで真っ先に私のところにくるのね、千早は。薫子か初音に頼ろうとは思わなかったの?」

 

 ため息混じりにそう言ったのは香織里であった。

 

「いや、こういうことにいちばん敏感なのって香織里さんだと思いまして。別に薫子さんや初音さんが疎いという問題ではなくて、香織里さんならすぐに気づきそうだなと」

 

 それに、と千早は付け加える。

 

「なんだかんだ言っても陽向ちゃんと一番長く一日を過ごしているのは香織里さんですしね」

 

「…まあ、そうね。反論する材料がないわ」

 

「反論したかったんですか…」

 

「そんな事実はないわ」

 

 香織里は微笑みながら千早が淹れてきた紅茶で喉を潤す。

 

 史や初音が淹れる紅茶も絶品だが、千早が淹れる紅茶はまた一味ちがう味わい深さがあり、なぜだかひどく安心できる。

 

「相変わらずなんでもできるのね」

 

「紅茶のことですか?そんなに大層な腕でもないですけどね」

 

「よく言うわ。私じゃこんな味、絶対にだせないわよ」

 

「それは重畳です」

 

 そう言いながら千早も自分のカップに口をつける。そんな仕草でさえも絵になるのだからなんだか女として負けた気がする。そう香織里は思いながらも、まんざらでもない笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 

 

「それで、陽向のことだったわね」

 

 食後のティータイム、にしては少し遅い時間だがそれが済んだのを見計らって香織里は口を開いた。

 

「私もあの子の様子は少しおかしいと思っていたけれど、何が起きているのかは推測しか出来ないわ」

 

「さすがですね。僕には推測すら出来ません。強いていうなら心労が重なっているかも、ということしかわかりませんでした」

 

「そうね。今回の件に関しては、流石の千早もわからないかもしれないわね」

 

「なぜです?」

 

「貴方は他人の機微や感情、いってしまえば心の動きに敏感だけれど、そこに自分が入っていると途端に鈍感になるわ」

 

「いろいろと反論したいですけど、つまりいま陽向ちゃんの様子がおかしいのは僕が関わっているということですか?」

 

「あくまでも推測よ。千早、貴方自分がこの学院でどの地位にいるかはわかっている?」

 

「わかってはいるつもりですよ。自惚れではないけれど僕はまがりなりにもエルダーに選ばれましたから、その影響力は他の人よりはあるということを」

 

 不本意ですが、という千早の顔はいつもの凛とした妃宮千早のものではなく、どこか拗ねたような少年の顔だった。

 

「そうね。でも、貴方はそれを表面上でわかっているだけで、それがどれ程絶大なものかをわかってはいないわ」

 

「……」

 

 千早は反論しようとしたが、しかし香織里の顔はすでに反論を受け付けない真剣なものだった。

 

「ちょっと話は変わるけど、千早、私が女の子に手を出しているのは知っているでしょう?」

 

「…はい」

 

 そう返事をする千早は少しだけばつの悪そうな顔になる。

 

「ふふ、そんな顔しなくてもいいのよ。それで、この学院にはそういうことに対して敷居が少しだけ外の世界よりも低くなっているのよ」

 

「それは、女性同士の恋愛のことですよね」

 

「そう。そして、いま貴方は女の子としてこの学院で過ごしているわね。ここまで言えば勘のいい貴方は気づくことがあると思うけど」

 

 自分の評価が極端に低い千早は自分のことに対して少しだけ疎い部分がある。しかし話の流れからこの話の着地点、ならびに今陽向が置かれている状況がありありと浮かんでしまう。

 

「僕と親しくしている陽向ちゃんが、疎まれている?」

 

「あくまでも推測よ」

 

 香織里は先程の言葉を再度使い注意する。

 

「陽向に聞いたわけでもなければ、直接確認したわけでもないわ。どんなに話し合っても何が起きているかは陽向に聞かなければわからないし、確認しようにもあの子は、そういうことを隠すことには長けているのよ。いまあの子が少しおかしいと感じているのだって多分私と千早くらいのものだと思うわ」

 

「そうなると見てるだけしか出来ないわけですか」

 

「そうなるわね」

 

 千早の言葉肯定すると、香織里は椅子から立ち上がった。

 

「しばらくは様子見しか出来ないでしょうけど、何かあったらよろしくね、千早」

 

「香織里さんは?」

 

「私が表立って行動すると、あまりいい顔はされないわ。その点千早がそういうことをするのにはみんな慣れているでしょ?」

 

「それはあまり肯定したくない事実ですけどね」

 

「けど否定できないわよね?」

 

 苦笑する千早に対し香織里は楽しそうに微笑む。

 

「また何かわかったら教えてあげるわ。今日はそろそろ寝ましょうか」

 

「そうですね。僕らだけで悩んでいてもキリがないですからね」

 

「そういうこと。じゃあおやすみ千早」

 

「おやすみなさい香織里さん」

 

 香織里を見送ったあと、千早はまだ飲みきっていない紅茶に目を向けて考え込む。香織里にはああいったが、千早としては自分のせいで陽向が悩んでいるかもしれないと言うのはモヤモヤが増しただけである。しかし考えても解決策は出てこない。どころかこの件に関してまだはっきりとした問題が見えていないから考えようがないのだ。

 

「問題が起きてからでは、遅いんだけどね」

 

 自分の無力さを噛み締めながら千早は香織里のあとを追うように自室に戻るのだった。

 

 

 

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