ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第二十話 フランドール

 ――迂闊!

 

 本を読みながら寝落ちしてしまっていたらしい私は、皆に囲まれて目覚めを待たれるという羞恥プレイを味わっていた。残念な白雪姫気分。毒林檎を寄越すのは名前を言ってはいけないあの女だ。

 で、目が覚めていきなり目に飛び込んできたのは、ニヤリと獰猛に笑うフランドール・スカーレット。会いたいけれど会いたくない人物筆頭である。気紛れにキュッとされたら、私の頭は派手に吹っ飛んでしまう。汚い花火状態。

 

 自己紹介もそこそこに、早速弾幕ごっこか殺し合いやろうぜ、ハリーハリーハリーと捲くし立てられた私は、絶対の窮地に陥っていた。弾幕ごっこ、まだ一回もやったことないんだもの。化物を倒すのはいつだって人間でしょう。私は妖怪だから駄目だと思う。妖怪ウオッチにでてきそうなおっちょこちょいなので、幽香やフランドールとはジャンルが違うのだ。

 

 

 

 

 

 で、見かねたパチュリーが提案してきたのがこれだ。

 

「通らばリーチ!」

「ロン、12000」

「…………ぎゃふん」

「あはははは! 燐香、さっきから3連続振込みだよ! 本当に弱いんだねぇ。でもリアクションが一々面白いから、見ていて飽きないよ! 次も振り込んでね」

「……そんなはずは。いや、まだです。まだ私は諦めません。空に太陽が昇っている限り、私に敗北はありません」

「もう落ちかかっているけど。……ま、頑張りなさい」

 

 何故か麻雀をやっていた。フランドール――フランが遊んでくれないと死んでも戻らないと大騒ぎをしたので、パチュリーがどこからともなく麻雀セットを持ってきたのだった。血液や腕一本を賭けたりしない健康麻雀。

 そして何故か面子として私とアリスが参戦するハメに。良く意味が分からない。なぜ紅魔館の図書館で麻雀なのかとかツッコミたい。でもツッコむ勇気がなかった。じゃあ勝手に殺し合いしてろとか言われそうだし。

 

 

 というか、もっと少女らしい遊びがあるんじゃないでしょうか。たとえば、おままごととか! キャッキャウフフしてたほうが平和で楽しいと思うんだけど!

 そういった私の異議は聞き入れられることはなく、普通に対局が始まった。この館の住民は、パチュリーを含めて人の話をあまり聞かないようだ。

 

 

 そして、オーラスを前にして、見事に私だけ一人沈み。納得いかない。私の得意技、鳴きまくっての喰いタン戦法が通じたのは一度だけ。後は大体ツモられるか、振り込んでいる。鳴くのを我慢してリーチしたら振り込んだし。もう散々だ。

 もしかしてまたイカサマされているかと思ったが、特に怪しい点はない。つまり、私が単純に下手くそということである。だって麻雀なんて練習する機会ないし。仕方ないよね。そんなことを言い訳したら、残念な負け犬を見るような目で見られた。

 

 

「私は暇なときに一人麻雀で沢山鍛えてるからね。結構強いよ。というか、9割方一人プレイだけど。自慢じゃないけど100連荘したこともあるよ。一人で」

「それは、本当に凄いですね。色々な意味で」

「妹様。あまりそういうことを言いふらさないで。どこで聞き耳を立てている天狗がいるか分からないわ」

「事実だしいいじゃん。あーあ、それにしても折角ヴァンパイアスレイヤーが遊びに来てくれたと思ったのに。四肢が千切れ飛ぶ血塗れの戦いだーと思ってワクワクしたのになぁ。でも、これはこれで凄く面白いからいいや。貴女、なんだか私と同じ臭いがするし。うん、気が合いそうだね」

 

 

 フランがニコニコと笑いかけてくる。だが、目が笑っていないのが恐ろしい。しかし、似ているというのは実は私もそう感じていた。いわゆる、ボッチ友達。略してボチトモ。

 一人麻雀は、多分あの四人に分身するアレでやっているんだろうけど、想像するだけで悲しすぎる。私も手作り人生ゲームを一人でプレイしたことがあるので、気持ちは良く分かる。悟りを開いた気分になれるけど、得る物は特にない。失う物は時間と自尊心である。ちなみに、手作り人生ゲームは一週間後にゴミとして燃やされてしまった。

 

 

「さぁて、いよいよ最終局面だよ。あ、これって負けたら罰ゲームありだったっけ? 腕一本自分で折るとか? 肘を逆側に曲げるとかもいいね! 一本いっとく?」

 

 全然良くない。聞いてないし!

 

 

「そんな約束はしていないわよ。これは接待麻雀でしょう。純粋に楽しむのが目的よ」

「……接待? 私達は接待されていましたっけ、アリス」

「多分、私達がこの我が儘吸血鬼を接待しているということよ」

「なるほど。納得がいきました」

 

 ジャラジャラと牌を掻き混ぜる。ここまできたら、手段を選んではいられない。一矢報いる為に、積み込んでぶっこ抜いてやる! と意を決した瞬間、アリスに目で咎められた。流石に見逃してくれない。カードゲームでも、私のイカサマは全て見破られている。ダービー先生もびっくり。

 

 

「良き敗者たれ、という言葉があるらしいわよ、燐香。貴方はどうかしらね」

「……あはは、なんのことでしょうか」

「さぁてね。自分の胸に聞いたらいいんじゃない?」

 

 当然のようにバレバレである。こうなったら実力で勝負してやろうじゃないか。鷲頭大明神様、我に力をッ――!

 

 

 

 ――与えてはくれませんでした。神は私を見捨てたのだ。

 最悪の手牌が来て、普通にフランに振り込んで負けました。きっと、逆境×を取得してしまったことだろう。

 今の私の特殊能力はこんな感じだろうか。威圧感○、逆境×、打たれ強い(物理)、サヨナラ女(現世)。今年こそはFA宣言しなくちゃ。交渉難航必至なので、有能な代理人のアリスを立てる事にしよう。風見フラワーズからはさっさとおさらばだ!

 

 

 こうして、私の惨敗により第一回紅魔館麻雀王決定戦は終了した。優勝の栄誉はフランドール・スカーレットがもっていったが、特にトロフィーなどはない。フランはそれなりに満足したらしく、パチュリーが用意した紅茶を楽しみ始めている。

 

 

「あら、部屋に戻るんじゃなかったの? いつもはすぐ引き篭もるのに」

「固い事言わないでよ。誰かがチクらなきゃバレやしないし。というか、そろそろアイツの頭吹っ飛ばして下克上してやろうと思うんだけどどう思う? パチュリーはもちろんこちら側だよね。違ったら別に一緒に掃除しちゃうからいいんだけど」

「私はこんなに貴女と遊んであげているのに、ひどいことを言うのね。とても悲しいわ」

「あはは、ただの冗談だよ。悪魔は嘘つきだからね。ま、それはおいといて、もっとお話ししようよ。お話。こんな機会滅多にないし、もうウンザリってぐらいまでお話ししたいな。もう、毎日暇で暇で暇で暇で死んじゃっててさ。死体ごっこも飽きたし」

 

 死体ごっこは中々レベルが高そうだ。私も教えを請いたいが、家でやったらなんだかそのまま埋葬されそう。早すぎた埋葬発動! とか言っても、多分許されない。修羅の家では冗談が通用しないのだ。

 

 

「え、はい。そ、そうですね。喜んで」

「本当! やった。じゃあウンザリするまで話をしよっか。まずは私の事からね!」

 

 そんな感じで、私だけがぎこちない会話が始まった。フランはガトリングガンのようにこれでもかと話しかけてくる。一方的な会話は全く途切れない。話題は、弾幕ごっこのことや、地下室での生活、紅魔館の人々について、最近読んだ本、美味しかった料理、ムカついたことなどである。

 一番感情を露わにしていたのは、姉レミリア・スカーレットへの悪口になったときである。本当にもう凄かった。どれくらいムカついているかをありとあらゆる罵倒、侮蔑表現で示してくれた。

 気持ちが分かるなぁと私が同意したら、目を強烈に輝かせていたのが印象的だった。あの特徴的な羽がパタパタと忙しなく動いていた。

 

 

「この澱んだ感情を分かってくれるの? 本当に嬉しいなぁ。あ、もしかして、貴方も似たような境遇だったりとか? もしかして、引き篭もりで友達がいない悲しい妖怪なの? あはは、凄く惨めだね!」

 

 なんだか凄く悲しい気分になるのは何故だろう。泣ける幻想郷はここにあった。

 リアルが充実しているアリスが、そのうち同情の涙を流すんじゃないだろうか。そう思ってチラリと見ると、普通に聞き流していた。パチュリーも。真面目に聞いてあげていたのは私だけ。

 

 

「ま、まぁ大体似たようなものです。それよりも、そろそろ私の話も聞いてもらえますか!」

「う、うん。そろそろ話すのにウンザリしてたから別にいいけど」

「じゃあいきますね。私もウンザリするまで話しますよ」

 

 ここからは私のターン! とばかりに幽香への罵詈雑言を捲くし立てる。もう鬱憤は死ぬ程溜まっているので、フランばりの勢いで悪口を発射する。うわぁとフランが僅かに引いていたが、特に気にしない。なぜならばフランも同じことをしていたのだから。やられたことをやり返して何が悪いのか。

 溜息を吐きながら、なんだか疲れているのはアリスとパチュリー。それを尻目に私とフランは共通の敵を見出したのだった。

 

 

「あ、いいこと考えちゃった! 私達二人で組んで、アイツと風見幽香を叩き潰せばいいんだよ! これってすごい名案じゃないかな! ね、パチュリーもそう思わない?」

「さぁ、それはどうかしら」

「確かに、一人より二人です。悪魔と妖怪、私達二人の闇のパワーを合わせれば、向かうところ敵なし。これならいけそうですね!」

「どこにもいけないし、いかせないわ」

 

 

 アリスに軽く小突かれた。素早いツッコミには定評があるアリス。流石である。

 

 

「妹様。貴方も知っての通り、私達は八雲紫と約定を交わしている。だから幻想郷に災害を撒き散らすのは駄目よ。やるにしても弾幕ごっこの範疇にしてちょうだい」

「えー。でもそれってつまらなくない? 私達が勝っても、『所詮弾幕勝負だし、全然悔しくないわ』とか負け惜しみ言いそう。ううん、きっと言う。素直に負けを認めたことないし。ほら、アイツ負けず嫌いだから。想像するだけでムカついてきた」

「そうなったら、そこを突いて罵ってやりなさい。きっと顔を真っ赤にして悔しがるから」

 

 

 ここのレミリア・スカーレットは子供っぽいのだろうか。フランドール・スカーレットはなんとなくイメージ通り……というか色々と悪化しているような気もする。でも分かり合えたので問題ない。

 

 

「それもそっかあ。まぁいっか。その時の流れに任せるってことで。となったら色々と作戦を考えないと。あ、それよりも壁トークについてもっと話さない?」

 

 話題が一気に飛んだ。フランはこういう話し方なので、私もきにしない。空気を読むということにまだ慣れていないのだ。ずっと地下にいたから。

 

「それはいいですね」

「あ、良かったら私の部屋の壁見に来る? 年季入ってるから、見ごたえあるよ」

「お邪魔していいんですか?」

「いいよ。どんどんお邪魔して」

 

 ――壁トークとは、幻想郷の極一部で静かなブームが起こりつつある悲しいもの。

 あまりに孤独で暇を持て余し、部屋の壁に向かって話し出すという、ある種の末期症状。でも、開き直ると結構いいこともある。壁君はなんでも受け止めてくれるいい奴なのだ。鬱憤晴らしのために殴っても怒らないし。どんなことをしても、その場でどっしりと構えていてくれるいい奴なのだ。

 でも所詮壁なので、本物の友人が出来たら切り捨てる。私もルーミアという友達に、アリスという先生ができてからは壁に話しかけてはいない。用済みである。そういうドライな関係でいられるのがいいところである。うん、壁君は立派だ。

 と、そういったことをフランに話したら、その通りだと深々と頷いてくれた。やはり私達は似ているらしい。

 

 

 そんなこんなで、フランの部屋で漫画を読んだり、不幸の手紙を書いたり、だらだらしていたら帰る時間になってしまった。どんなに楽しいときにも終わりというのはやってくる。フランはちょっとだけ涙を浮かべて、紅魔館の入り口まで見送ってくれた。

 

 

「もう会えないかもしれないね。永遠のお別れ。でも、燐香のことは100年ぐらいは忘れないと思う。……うーん、やっぱり10年かな。それぐらいなら大丈夫」

 

 意外とあっさりしていた。私は忘れないつもりだけど。

 

 

「もう友達なんだから、またアリスと一緒に遊びに来ますよ。それに、私は忘れないし」

「……たった数時間話しただけなのに、どうして友達だなんて言えるの? それっておかしくないかな」

「そんなに難しく考えなくても、友達だと思ったらもう友達でいいじゃないですか。資格や条件なんて必要ないと思います」

「あはは。燐香は馬鹿みたいに前向きだね。引き篭もりで壁を話し相手にしたり、私なんかと気があっちゃうなんて本当に頭がおかしいよ。そんな風だから風見幽香に毎日シバかれるんじゃないかな。もしかして馬鹿なのかな。うん、きっとそうだよね。私も馬鹿だから良く分かるよ。家族へのコンプレックスも殆ど同じだし。うんうん」

 

 畳み掛けるような罵倒交じりの言葉が続く。フランの辞書に、遠慮という言葉はない。多分、本人は思ったことをそのまま述べているだけで、悪気はないのだ。

 常人なら多分困った顔をして立ち去るか、罵倒を返すかのどちらかだろう。

 だが、私は違う。過ごした年月が圧倒的に違うけれど、私には少しだけ気持ちが分かる。

 それに、この癖は放っておいても勝手に治るだろう。フランは頭が良いので、すぐに適応できる。霧雨魔理沙との弾幕勝負も既に終えているといっていたし。だから大丈夫だ。

 フランドール・スカーレットの周りには賑やかで楽しい人達が一杯現れる。だから、それまでの間ぐらい私がその場所にいても良いだろう。

 

 

「はっきりと言いすぎじゃないですか? 私以外だったら怒って角を生やしますよ」

「そうかな。うん、そうかもしれない。ごめんね。私もちょっとおかしいから仕方ないんだけど。こんな感じだから良くアイツに怒られるんだ。気が触れてるとか良く言われるし。間違ってないから言い返せないし」

「私は全然気にしないので問題ありません。さぁ、友達の契約みたいなものを結びましょう。いわゆる悪魔的な感じで」

「う、うん」

 

 私が手を差し出すと、フランがおずおずと手を伸ばし、がっしりと握手が交わされた。フランにとっては多分一人目、私にとっては二人目の友達。でも、すぐにフランは友達が一杯増えるだろう。本当に羨ましいなぁと、内心ちょっと嫉妬する。

 パチュリーがわざとらしくハンカチで目元を拭っている。表情は変わらないので、多分演技である。

 アリスは……なんだか心配そうな表情で私を眺めていた。なんでなのかは良く分からなかった。だがアリスのそういう表情は見たくないので、笑顔で手をふってみたらすぐに元に戻った。

 アリスにはこういう穏やかな表情が良く似合うし、私は大好きなのだ。迷惑をかけてはいけない。気をつけなければ。

 

 

 フランは手を握ったまましばらく黙っていたが、やがてニタリと悪魔のように微笑む。手を離すと、私に近づいてくる。本当に結構近い。

 

 

「じゃ、例の約束も忘れないでね。弾幕ごっこでも殺し合いでもなんでもいいから、一回見返してやろうよ」

「勿論です。私も一杯修行して、必ずギャフンと言わせて見せます。楽しみですね」

「太陽の畑は燐香が支配して、紅魔館は私が乗っ取る。あ、そのまま幻想郷征服とかどうかなぁ。天下二分の計だね。最後は統一を賭けて勝負しよう」

「夢は大きい方がいいって、偉い人もいってましたし。とても良いと思います」

「全く良くないから止めなさい。ほら、そろそろ帰るわよ」

 

 アリスが手を出してきたので、自然に握る。そのまま浮かび上がると、フランが全力で手を振ってくる。

 

 

「ばいばーい」

「それじゃ、また遊びに来ます」

「またねー。一年以内に遊びにこなかったら、封印突破してこっちから押しかけるから。首を洗って待っててね」

「だから、ちゃんときますって。それじゃあ、さようなら」

 

 フラン、パチュリー、そして門番の美鈴に手を振り、私とアリスは紅魔館を立ち去った。

 本当に充実した一日だった。なんだか、紅霧異変以降、楽しい事が続いている。このままの流れが続くと良いなぁと、私は神様に祈っておいた。


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