ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第三十二話 春に降る雪

 最近時が過ぎるのが早く感じる。やっぱり楽しい時間があるせいだろうか。正月とかひなまつりとか、滅茶苦茶早く過ぎていった。

 アリスの家で餅つきとか、紅魔館で弾幕的羽根突き大会やったり。餅食いすぎて倒れたりしたけど、まぁ面白かったからOK。

 いやぁ、こんなに沢山のイベントを楽しめるとは思わなかった。紅霧異変以来、いいこと尽くめ。レミリアが私の運命を変えてくれたのかも。知らないけど。

 ちなみにお酒はあれから全然飲めていない。密かにお神酒を狙っていたけど見つかり没収。神社への初詣も却下。甘酒だけは許してくれたけど。でも、調子にのってお代わりしまくってたら、アリスに背中を抓られた。ああ、もう一度酒に溺れたいなぁ。でも口には出さないように気をつける。アリスに心配をかけてはいけない。いまだにアルコール依存体質なのは内緒だ。

 

「しかし寒いなぁ」

 

 寒いっ。実はもう4月に入ってるのに寒い。新学期でウキウキになりそうな季節だけど寒いよ。桜の花びらどころか、雪降ったりするし。お花もなんだか元気がない気がする。もちろん私の彼岸花だけ。

 幻想郷はまだ真冬だ。なぜかというと、春雪異変の真っ最中だから。異変なんてどうでもいいやとか思ってたけど、予想以上にきつかった。寒さ的な意味で。

 流石に世間の人達もおかしいと感づいたらしく、人里が騒ぎだしているとアリスが言っていた。一方の幽香は全然気にしていなかった。私は彼岸花の世話や畑の雪かきが大変なので、とっとと春になりやがれと思っていた。やっぱり寒いの無理無理無理ぃ! 永遠に毛布に包まっていられるなら良いけど、そういう訳にはいかないし。

 

「ああ、寒い寒い寒い寒い! なんなのもう!」

「大げさだなー、燐香は」

「でもやっぱり寒いと思うよ。今日もここに来るまでに羽が凍るかと思ったし」

 

 フランが羽をパタパタとしている。ちょっとだけ触ってみたい。光る石の手触りとか知りたいじゃない? この前お願いしてみたら、血を好きなだけ吸わせてくれたらいいよと言われた。丁重にお断りしておいた。この寒さで血を抜かれたら貧血で死んじゃう。

 

「ですから、もっと厚着したほうが良いと言ったじゃないですか」

「かさばるのは嫌だって言ってるでしょ。第一、美鈴がちゃんと傘を差さないから、風が当たるんじゃない。この役立たず!」

「そんな! 私はちゃんと差してましたよ。日傘ですけど」

「もういいから早くみかん剥いてよ。みかんみかんみかん。美鈴、みかん!」

「分かりましたから、慌てないでください。子供ですか、もう」

「なんだか楽しそうだよね」

「私は寒いです」

「さっきからそればっかり」

 

 フランがわがままを言いながら、美鈴に剥いてもらったみかんを食べている。美鈴も別に嫌そうではない。駄々をこねられるのがなんだか楽しそうだ。フランもそこらへんを分かって甘えているのかもしれない。

 ルーミアは皮ごとばくばくと豪快に食べている。皮の渋みが好きなんだとか。その合間に謎肉ソーセージを食べているのはいただけない。生ハムみかん? 全然美味しくなさそう。

 

「こまめに取らないと」

 

 私は白い繊維を超細かく取るタイプ。剥いてるうちに爪に白いのが入るのが嫌だけど。でも、綺麗なオレンジ色になるとなんとなく嬉しい。完璧なオレンジ色。それを見るのは小さな幸せである。ふふん、私は小さな幸せを探す旅人なのだ。

 

「あ、どうもありがとう」

「ちょっと! それは私のみかん!」

「あはは、もう食べちゃったよ。ほら」

 

 口を開けてみせるルーミア。うんうん、牙が凄いなぁって、そうじゃないし。

 

「見れば分かります! 何を威張ってるんですか。というか何で私のを食べるんです!」

 

 ルーミアに剥いた完成品を食べられてしまった。お前は性悪猫か! フランも虎視眈々と私のみかんを狙っているし。みかんを食べたいのではなく、こいつらは私の手間隙かけた物にちょっかいをかけたいだけ。

 ほら、人の作った積み木の塔とか、トランプタワーとか崩したくなるし。楽しいからいいんだけど。

 

「そんなに怒らないで。私も剥くの手伝うよ」

「当たり前です。さぁ、フランも一緒に剥きましょう。私のを狙ってないで、自分で剥いてください」

「面倒だけど、分かったよ。うーん、でもこの繊維とるのって無駄じゃない? 別にそのまま食べればいいのに」

「無駄じゃありません。全部剥くと小さな幸せを感じられます」

「本当にちっちゃい!」

 

 ちなみにここはいつものアリス亭。アリスが倉庫から引っ張り出してくれた炬燵に入りながら、私達はくつろいでいる。アリスの洋風の家に炬燵は合わないと思うのだが、とくに拘りはないらしい。でも炬燵の毛布は洋風な可愛らしい模様。実用性重視、それでいてお洒落にも気を遣えるのがアリス・マーガトロイドなのだ。

 

「剥けましたっと」

 

 私は頷きながら、炬燵の机に突っ伏した。剥いたみかんを食べながら。フランとルーミアは、私の剥いたみかんからわざわざ食べてるし。なんなの、そんなに人のが欲しいの。ムカついたので、私も負けずに彼女達のをとる。だらけながら。美鈴はニコニコ笑っている。笑っている場合か。

 

「ふー。炬燵はいいですねぇ。きっとこれは妖怪を駄目にする炬燵です。私の魂は炬燵の前に屈しました」

「そんな訳ないでしょう。ちょっと、流石にだらけすぎよ」

「それに幸せすぎて、眠くなってきました。眠いよパトラッシュ」

「ここに犬はいないよ」

「知ってます」

 

 ルーミアのツッコミ。流石は私の相方だ。というか、フランダースの犬って幻想郷でも知られてたんだ。あれ、原作が有名だったとか? まぁいいや。

 

「さっきまで昼寝してたくせに。お客様が来てるんだから、シャキッとしなさい」

「はい、一応分かりました」

 

 私はアリスの身内として認識されているようだ。私はフランやルーミア、美鈴をもてなさなくてはいけない。本当に嬉しい話。だから、言われたとおりに背筋を伸ばしてみる。3秒でぐでーとなった。

 

「アリス、ちょっと甘やかしすぎなんじゃない?」

 

 ルーミアがお小言を言う。ルーミアが真面目なことを言うなんて天変地異が起きるんじゃないかな。夏に雪が降るくらいありえないと思うけど、それはルーミアに失礼だった。

 

「十分厳しくしているわよ。オンとオフを分けているだけ」

「そうなのかな。私にはそうは見えないけど」

「あのね。そんなに私は甘くないわよ」

「ま、いいけどさ。あまりだらけさすと、燐香が融けちゃうんじゃない」

「そうなのかー?」

 

 私は両手を伸ばして、ルーミアのネタを堂々とパクった。未だにルーミアはやってくれない。いい加減やってほしい。手が寒いので、すぐに炬燵の中に入れる。おー、暖かい。

 

「うーん、でもこうしてだらだらしているだけで、一日過ごせそうですね。外にはでたくありません」

「その気持ち分かるかな。私も寒いときは布団に包まって、地下でだらだらするの好きだもん」

「……えっと、寒い中私はいつも門にいるので全然分かりませんね」

「だって、それが美鈴の仕事じゃない。当たり前でしょ」

「ま、まぁそうですけど」

「あ、嫌なら止めてもいいよ。私がアイツ、じゃなくてお姉様に言っておいてあげる。『こんな館で働きたくありません』って言ってたって」

 

 フランの場合、本気で言うだろう。それが伝わった場合、多分面倒くさいことになる。主に美鈴にとって。

 

「そ、それはちょっと。というか、絶対に言わないでくださいお願いします」

「ま、冗談だけどね。第一、美鈴は私の部下でしょ」

「そうでしたか?」

「そうだよ」

 

 美鈴が困ったように笑う。するとフランもニコニコと意地悪そうに笑い出す。

 実は、フランは月に数回は外出が許可されるようになっていた。といっても、行き先はここだけなんだけど。付き添いは美鈴。門番ならぬ子守り役である。徐々に社会経験を積ませるのが目的だとかなんとか。

 ルーミアとフランは普通に会話するようになっているし、私も美鈴とそれなりに仲が良くなった。アリスはなんで私の家なのかと、非常に疲れていたみたいだけど、レミリアから報酬をもらえるということで渋々頷いていた。私が言うのもなんだが、本当に苦労人気質である。頑張れアリス。

 

「あーあ、それにしてもお酒が飲みたいなぁ」

 

 今のは酔っ払い親父のセリフではなく、私である。炬燵にくるまりながら、くいっと一杯。堪らないでしょうねぇ。そのままうとうととまたまどろんだら言う事なし。

 あ、アリスの前だったのを忘れていた! 口に手を当てるが時すでに遅し。アリスのジト目が私に突き刺さる。

 

「少しならあるけど飲む? つまみもあるよ」

「ルーミア、燐香には当分お酒をあげたら駄目よ。この子、依存症になりかかってるから、酒断ちさせないと。全く、少し目を離すと、勝手に家捜ししようとするんだから」

「あ、あはは」

「笑い事じゃないわよ」

 

 人形の監視が厳しくて、ここでは一回も手に入れられてない。アリスのガードは鉄壁だ。こうなったら自分で作ってやると、水に妖力を篭めたけど光るだけだった。水から酒が作れれば苦労はないのであった。

 

 幽香にも話は伝わっているはずだが、特にあれから怒られはしなかった。『アリスといるのは楽しい?』とか『どんな鍛錬をしているか詳しく聞かせろ』とか不機嫌そうに聞かれるけど。で、最後は私への罵倒で必ず締められる。そういう時は大抵、幽香の顔は少し赤いし、酒臭い。私の哀れな日常生活を肴にして、自分だけ酒を飲んでいるのだろう。私は酒を我慢させられているというのに。やはりあいつは外道である。

 

「妖怪なのに依存症なんだ。滑稽で面白いね」

「ルーミア、ちょっとツッコミ厳しいですよ」

「そうなんだ」

「はい」

「滑稽に思われたくないなら、自重しなさい」

 

 アリスが冷たく言い放つと、ルーミアはつまみをパクつきはじめた。今度のつまみは謎肉のサラミ。自慢気にこっちに見せ付けてこなくていいから。私は食べないし! 遠慮したときに手が当たり、美鈴にぽいっと飛んでいってしまったが、そのまま食べてしまった。流石は美鈴、こう見えても妖怪である。龍一文字は伊達じゃない。確実に格闘タイプだから、いつか幽香とやりあってほしい。

 

「ねぇルーミア。それ、私も食べていいかな?」

「いいよ。沢山あるし。こんなに美味しいのに、燐香は食べないんだー」

「友達のくれたものを食べないなんてひどいね」

「そうでしょ。ひどいんだよ。今度協力して食べさせよう」

「うん分かった。でも、血は平気みたいだよ」

「そうなんだ。それは良いこと聞いた」

 

 ルーミアとフランが実に恐ろしい会話をしている。冗談なのは分かっているが、やっぱりこの肉は食べたくない。変わってしまう気がするから。いろいろな意味で怖いのだ。私は臆病者である。

 フランが口に入れると、しょっぱいと言って、紅茶で一気に飲み干している。おつまみ用だから、味付けが濃いのだろう。

 

「妹様、大丈夫ですか?」

「う、うん。ちょっと咽ちゃった。辛いよこれ」

「子供には辛いかも」

「子供じゃないし」

 

 ルーミアの軽口にも、普通に応対するフラン。

 最近のフランは、以前のように捲くし立てて喋る事が少なくなった。相手との、距離感、空気というのを読めるようになってきたのだろう。美鈴が嬉しそうに話していた。ありがとうございますと、何故か感謝のビンテージワインをもらってしまった。

 その時は、実にいい話だなーと思わず瓶ごとラッパ飲み。酒が本当にすすんでしまった。後でアリスにマジで怒られたけど。酒断ち命令はあれから始まったのだ。うん、自業自得。

 最近の私は、人目を忍んで家でお酒をこっそり飲むというのが趣味の一つとなっている。いわゆる、キッチンドランカー。でも、飲みすぎると量が減って確実にバレるので、妖怪あかなめみたいにちょっとずつ。強いお酒を狙っているので、まだバレてはいない。……多分。

 意地汚いけど、お金がないからお酒買えないし。そもそも、売ってるお店にいけないし。自由がないから仕方ないよね。

 

「ああ、紅茶が美味しいですね」

 

 だから、今日は紅茶で我慢、といっては本当に贅沢すぎるんだけども。アリスの紅茶は天下一品! でも現実からは逃げられない。気分が落ち着いちゃうから。つまり、今の私はお酒が欲しいわけで。あれ、なんだか駄目妖怪一直線のような。

 ワインとかブランデーとか焼酎とか日本酒とかウィスキーとか飲みたいなぁ。なんでもいいから酒が飲みたい。チョコレートボンボンでもいいよ。

 

「燐香。背中が曲がってるよ」

「あ、いけないいけない」

「妖怪からナマケモノに退化するの?」

「し、しませんよ。私は立派な妖怪ですし!」

 

 ルーミアにまた注意された。意外と厳しいルーミアさん。妖怪道から外れるようとすると、結構小言が飛んでくる。肉を食わせようとするのも、多分妖怪道を進ませるためだろう。……ルーミアって結構歳だったりして。大先輩の風格は全然ないけど。

 

「ちょっと磔になってみたらどうかな? 気分が引き締まるかも」

「え、遠慮しておきます」

「あ、ならなんかして遊ぶ? うーん、弾幕ごっこはまだできないんだっけ」

 

 フランが提案してくる。残念ながら、まだ弾幕勝負の経験はない。だが、もう少しで大丈夫。ショットはかなり命中精度が上がってきたし、スペルカードも手際よく使えるようになった。美しさが大事ということで、私はスペル宣言の仕方に凝っている。それが完成間近なのだ。

 

 人形の手入れをしていたアリスが、呆れたように呟いてくる。

 

「もういつでもできると思うんだけど、まだ完璧じゃないって言い張っててね。スペル宣言の際のポーズに拘ってるのよ」

「なにそれ?」

「良くぞ聞いてくれました。こういう奴です。いきますよ!」

 

 名残惜しいが炬燵からでて、妖力を少し溜める。そして、懐からばばっとカードをばら撒く。微弱に光るカードたちは、私の周りで円環を作り、ぐるぐると等間隔で回る。私は君に決めたとばかりにその中の一枚を取り、スペルカードを宣言する。腰に手をあて、なんだかカードバトルでも始めそうなどや顔とポーズで。実は鏡で何度も練習していたり。まずは見た目からスタートしようと思ったらこうなっていた。

 

「『草符 私の両手はタネマシンガン』!」

「うわぁ、凄く格好いい! なにそれ。なんでカードが勝手に回ってるの? なんか凄い!」

「ふふん、地道に練習したからです。いやぁ、狙ったものを掴み取るのに、どれだけの苦労を重ねたか。努力は嘘をつきません」

「そんなことに苦労しないでもいいのよ。勝敗に何の影響もないんだから」

 

 アリスの的確なツッコミ。だが、優雅さをアピールするためなのだから仕方がない。勝負は最初が肝心。これで相手を圧倒できるはず。

 

「確かに、見栄えはいいですねぇ。ウチのお嬢様が好きそうです」

「後で私も練習してみようっと」

「弾幕はパワーやブレインも大事ですが、アクションも大事だと私は考えたんです。スペル宣言は一番美味しいところですよ」

「そうなのかなー?」

 

 惜しいっ。なーと延ばさなければルーミアの名セリフが聞けたのに。しかし、皆の受けは良かったので方向性は間違ってない。このまま精進することにしよう。

 『弾幕勝負で、みんなに笑顔を!』。スローガンとしては中々だ。うん、いいね!

 

「それで何がまだ完璧じゃないの? もう十分っぽいけど」

「カードを掴むときの速度がいまいちです。こう、シュパッと取らないと。シュパッと。キレが足らないんです」

「言っている意味が全然分からない」

「私も」

 

 クビを捻るルーミアとフラン。まだまだ甘い。海馬社長ぐらいの指芸を身につけなくては、弾幕道でトップに立つことはできない。流石だといいたいが、甘いぞ幽香! といつか言いたいものだ。なんか語呂がいいし。いつか使っちゃおう。

 

「もうすぐ完成なので、そのときは二人とも勝負してください。私は弾幕勝負で幻想郷のトップを狙いますよ」

「うん、分かった! その時は手加減なしで、全力で行くね」

 

 いや、手加減しないと私死んじゃう。だが、フランの満面の笑みを見ると、私は頷くことしかできなかった。弾幕って保険適用されたっけ。そもそも幻想郷に保険っていう概念あるのかな。あるなら是非入りたいです。

 

 

 

 

 

 

 結局その後、アリスを交えてトランプ勝負をすることになった。今回は別にイカサマとかはない。鍛錬は昼までに終わらせているし。フランが来ると分かっていたから。

 もうグラスの鍛錬は完璧だ。今は人形を相手に、威力を制御した妖力弾を当てる練習がメイン。うっかり壊さないように極力注意を払っている。上海達が壊れたら私も悲しい。よって、手加減しすぎて逆に怒られたりする。『私の人形の耐久度を舐めないで』と叱られたので、それからは本気。

 

「…………あれ」

「はい、私はこれ。ハートは完了ね」

 

 弾幕勝負においては、動きを読んで攻撃したりとか、動きながらでも的確に当てる技術が必要となる。いわゆる、中級者向けといった感じ。すんなりそれができるのは、幽香の基礎力向上の鍛錬のお蔭だとアリスが言っていた。やり過ぎだとは思うが、方向は間違ってはいないとも。方向は合っているかもしれないが、他が十分に間違っていると思うのだ。よって幽香への評価を改める事はない。悪魔は悪魔なのである。

 

「……あれ、皆止めすぎじゃないですか? なんでダイヤを誰も出さないんです? ほら、早く出しましょうよ、ダイヤの9とかオススメですけど。5でもいいですよ」

「私は出さないよ。持ってるけど。だって燐香を負かさないといけないし」

「何故私を目の仇に? これは1位を狙うゲームですよ!」

 

 ルーミアに異議を唱える。だが、軽く笑われて一蹴される。

 

「なんと言われても出さないよ」

「あれだけ連勝してれば、狙われて当たり前でしょう。しかも勝ち方がエグいのよね」

「そうだよねー。というわけで私はパス」

「私もパス」

「……パ、パス」

 

 7並べ! 順番にカードを並べて、先に手札をなくしたものが勝つシンプルなゲーム。私はこれが結構得意なようだ。顔芸をしたり、適当に三味線(でまかせ)を弾いたり、協力すると見せかけて裏切ったりと、あらゆる手段を用いて4連勝していた。で、これが5戦目。滅茶苦茶警戒されている。手札も大きい数字ばかりでいまいちだ。しかもダイヤがほとんど出せてない! ――というか、私がパスしたら全員パスしやがった。それは卑怯である。チーム戦じゃないのに!

 

「やっぱりずるくないですかね! 何故私だけ集中砲火を」

「どの口がそんなことを言えるのかしら」

 

 アリスの冷たい視線。最近、アリスの私の扱いが大胆になってきた。それだけ親しくなってきた証明なのかもしれないけど、もう少し手心というか真心を加えてもいいんじゃないでしょうか。

 

「可愛い生徒が困っているんです。どうかこのダイヤの数字を出してください。もしくはジョーカーをどこかに使って下さい。お願いします、アリス先生!」

「嫌よ。さっき、そう言って私を嵌めたくせに」

「oh……」

 

 アリスがさらっと最後のパスを行使。順番的に、最初に死ぬのは私である。もうパス権ないし!

 師匠を越えるのは弟子の務めと、ついやってしまったのがまずかった。

 ならば頼るべきは心の友――ルーミアはまた謎肉を取り出してこちらに見せている。食えば助けてやるということらしい。誰が食うか!

 同じく心の友のフランはニヤニヤと私が苦悩する様を愉しそうに見ている。こいつら人間じゃねぇ、って吸血鬼だった。美鈴はフランのサポートでゲームには参加していない。

 ルーミア、パス。フラン、パス。やばい。このままでは私の無傷の5連勝が――。とうか、私の手番だからもうどう足掻いても絶望じゃん! だ、だれか、炬燵の中でカード交換しようよ!

 

「まだぁ? ねぇ、まだなの? ハリーハリーハリー!」

 

 フランが私に近づいて威圧してくる。そんなに煽らないで! ま、負けたくない! 5連勝を遂げて気分良くおやつを食べたい!

 

「あ、この勝負で一番に負けた人は、私に血を飲ませる事にしよっか!」

 

 ルーミアは私に人肉を食べさせようとし、フランは血を吸わせろと迫ってくる。なんなのこいつら。私の心の友なのに、やることがエグイ! 一緒におままごとしようとか、花飾り作りましょうとか、そういう平和な趣味を作りましょう。そう言ったら、大笑いされた。子供じゃないんだからと。私は彼岸花をツンツンしながらいじけていた。

 

 

「いやいやいや、そんな話聞いてないです! それにまだ私は負けていない。そう、まだ慌てるような時間じゃ」

「そうなのかな? ――なんだ、本当にもう出せないんだ。ということは、ゲームオーバーだね。はい、燐香の負けー」

 

 ルーミアが堂々とこちらの手札を覗いてきた。ルール違反だ! と叫んだが誰も聞いたりしない。仕方ないので敗北を認める。

 フランと美鈴、ルーミアがハイタッチ、アリスは満足そうに頷いている。なんか知らないけど勝負が終わってるし。いつから私を負かすゲームになったのだろう。何かがおかしい。4連勝したのに満足感がない。ここは負け犬の腕の見せ所ばかりに、ぐぬぬと唸っておく。

 

「皆で連携なんて、ひ、卑怯な真似を」

「あくどいことばかりするから狙われるのよ。そういうことは、タイミングも計らないと駄目よ。ここぞと言うときじゃないと、最後に貧乏くじをひくことになるわ」

 

 図星を衝かれたので何も言い返せない。やりすぎるとこうなるのだ。最初はニコニコ相手をしていてくれても、最後の方では本気で潰しにかかってくる。やりすぎはよくない。私は身をもって知ったのだった。ゲームで人生を学べてしまった。恐るべし、アリスゲーム。

 

「燐香って、本当に面白いね。反応が面白いから、つい狙っちゃうんだよね。見ていて飽きないし」

「それはこっちのセリフです。皆のことは、見ているだけで本当に楽しいです。いつも私と話してくれてありがとうございます」

 

 ちょっと真面目にお礼を言うと、フランとルーミアがぽかんとした後、笑い出す。

 

「なにそれ。負けたのに変なの!」

「燐香はいつも変だよ」

「あはは、確かにそうだね!」

「ちょっと、笑いすぎじゃないですかね」

 

 フランとルーミアが笑っている。この素敵な輪のなかに、自分がいるというのが嬉しい。だから時折覚える違和感を必死に押し殺す。『私はここにいていいのか』という、いくら塞いでも湧き出てくる疑念。大丈夫。このままでいいし、このままがいい。何も変わりたくない。そんな風に強く思うのだ。

 

 

「ねぇねぇ。花が満開になったらお花見やろうよ。私、一回やってみたいなぁ。ね、美鈴!」

「いいですねぇ。幻想郷には桜が綺麗なところがたくさんあります。夜桜もまた乙なものですからね。お嬢様にお願いしておきましょう」

「本当? やった!」

 

 フランの言葉に、美鈴が手を合わせて賛同する。私もいいですねと頷いておく。

 

「ああ、花見と言ったら堂々とお酒が飲める。こんなに嬉しい事はないです」

「私が見張っているから駄目よ」

「ならジュースということで」

「一杯なら許してあげないこともないわ」

「え、いっぱいですか?」

「どうも発音のアクセントがおかしいわね。飲みたくないならいいけど」

「いいえ。グラスに一杯だけ頂きます!」

 

 アリスには逆らえない。仕方ない。一杯だけで我慢しよう。いっぱい飲みたいけど! アリスが酔ってしまえばのめるかも。無理か。ぐでんぐでんに酔っているアリスが全く想像出来ない。それは幽香も同じだけども。

 

「でもさぁ、いつになったら暖かくなるんだろうね。本当に寒くて、全然春になりそうにないよ。これって絶対おかしいよねぇ」

「もしかしたら異変だったりとかかなー?」

 

 ルーミアが適当に呟くと、フランがそれだと机を強く叩く。私は余計なことを言わないようにお口にチャック。もう墓穴を掘ることはしまい。なんだかその墓穴に自分が入ってしまいそうだし。

 というか、フランが机を叩きつけた拍子に、丁寧に剥いたみかんがどこかへとんでいった。それを上海人形が見事にキャッチ。お見事。私の口に放り投げてくるので、パクッと食べる。連携は抜群だ。

 

「うん、やっぱり異変だよこれ! パチュリーもおかしいってゴホゴホしながら言ってたし。喘息のくせに、頭に氷乗っけたりして面白かった!」

「それは喘息じゃなくて風邪なんじゃ」

 

 魔女も風邪をひくんだ。初めて知った。それとも、パチュリーは体力がないからだろうか。本人に聞くのは失礼なので、止めておこう。

 

「とにかく異変に間違いないよ。よし、そういうことならお姉様を向かわせて早く解決してもらおう。アイツ、そういう目立つの大好きだし。放っておいてもしゃしゃりでてくるだろうけど、今すぐに向かわせよう。というかそれぐらいしか役に立たないよね。当主のくせにふんぞり返ってるだけだし」

 

 興奮したフランが捲くし立てる。

 

「い、いや、お嬢様は寒いから外に出たくないと仰るのでは。今日も暖炉に当たりながら滅茶苦茶厚着してましたよ」

「そうなの? 本当に使えないなぁ。私が行ければ一番いいんだけど。じゃあさ、咲夜に任せようよ。時を止められるならすぐ解決できるんじゃない? うんそうに決まってる」

「わ、分かりましたから。妹様、少し落ち着きましょう! 別に春は逃げませんよ」

「いつも通りに来ないことにムカついてるんでしょ! 本当に馬鹿だな美鈴は。脳まで筋肉なの? ねぇ、頭の中見てあげようか」

「口の悪さを直すようにと、お嬢様から言われてましたよね?」

「あー、うるさいうるさいうるさい! アイツの話なんか聞きたくない! いいから早く春にしてよ!」

 

 フランが癇癪を起こしている。別に珍しい事じゃないので問題ない。これはじゃれあっているようなもの。昔はいきなり能力をぶっ放していたらしい。美鈴が懐かしそうに話していた。想像すると恐ろしい。

 

「貴方達、ちょっと静かにしてくれる? 前も言ったけど、中の物を壊したら弁償させるわよ」

「アリス、聞いてないみたいですけど」

 

 私が冷静に呟くと、アリスが腕組みをしてさらに溜息をはく。

 

「そうね。困った人達だわ」

「でも、賑やかで楽しいですね」

「そうだねー」

 

 惜しいと私は舌打ちする。ルーミアめ、やはり分かっていてやっている気がする。意外と腹が黒い。能力も真っ黒な闇だし。さすがは我が心の友。

 

 そんなことを考えていたら、騒いでいたフランが机をさらに叩きつける。紅茶のカップがひっくり返って私の頭にのってしまった。熱くないけど、私の赤髪がなんだかしっとりしてしまった。

 

「なにそれ。凄い面白い。うん、その姿、燐香にお似合いだよ」

「じゃあ私からもいいものを進呈しますよ」

 

 ルーミアが指を差して笑ってきた。この野郎とちょっとイラッときたので、手から彼岸花を作り出してルーミアの顔に投げつける。

 この花は湿り気つきだ。ぺちゃっとルーミアの顔に貼りついた。多分、ぬめぬめして感触は最悪だと思う。これは妖力で作り出しただけなので、時間が来れば勝手に消える。彼岸花弾幕みたいな? 弾幕勝負には遅くて使えないので、主に悪戯用だ。余計な事に力を注ぐのは私の趣味の一つである。

 

「えいっ」

 

 ついでなのでフランの顔にも投げつける。すると、甘いとばかりにフランが能力を発動。哀れ私の花はバラバラに散ってしまった。お部屋が湿った花びらだらけ。綺麗だけど、片付けるのは大変だ。多分、一時間ぐらいで消えるけど。

 

「いい加減にしなさい貴方達! 暴れるなら自分の家でやりなさい!」

「あはは、アリスが怒った! 魔法使いが怒ったよ美鈴!」

「怒らせないほうがいいですよ。パチュリー様も怒ったら怖いですし」

「アリスが怒ると超怖いですよ。怒らせてはいけません」

「怒らせてるのは貴方達でしょうが! 早く片付けなさい!」

 

 なんだかもう滅茶苦茶だった。アリスは保母さんが似合うんじゃないかなぁと思ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、万が一にも失敗は許されない。ここが正念場!」

 

 その日の夜、風見家に戻った私は、冥界亡命計画の最後の詰めを考える事にした。

 まず、パターンとしては二つ。

 

 ひとつ目は、私がこの家にいる間に異変が解決されてしまった場合。この場合は話は簡単。気合でここを脱出し、全力で冥界へひとっとび。終了! 極めて単純だが、あまり良くはない。できればこっちは止めて欲しいが、確率的には半々だ。

 

 次のパターンは、アリスの家にいる間にイベントが発生した場合。

 おそらく、霊夢か魔理沙、或いは咲夜がアリスと弾幕勝負をするだろう。私はその隙に隠形術を使い姿を消す。アリスが原作通りに敗北したら、どさくさ紛れで冥界侵入。本当はアリスの勝利を願いたいが、今回は仕方がない。これは結界を壊してもらうために必要なこと。私がなにかするのは色々とまずそうだし、そもそも結界を壊せるのかという疑問もある。

 

 後は、白玉楼を一直線に目指して、西行寺幽々子に亡命届けを差し出して直訴するのみ。ここで死ぬまで働かして下さいと。地図はこの幻想郷お楽しみ帳についてるから大丈夫。うむ、完璧だ。

 

「あはは、完璧な計画すぎるっ。敗北が知りたいぐらい」

 

 いや、嘘。今のやっぱなし。なんかフラグっぽいし。

 私は紫のバラの人からもらった、幻想郷お楽しみ帳を閉じる。そして、暫く悩んだ後、またひらいて手紙を書き上げる事にした。お世話になっているアリスに向けてだ。幽香にはアリスから一言伝えてもらえばいいだろう。流石の悪魔も、冥界までは追って来れまい。このいつも咲き誇る向日葵畑とは真逆の世界。それが冥界のはず。幽香が近づくとはとても思えない。

 

「これでよしっと」

 

 丁寧に心を篭めて文章をしたためると、それを折り畳んで愛用のリュックにしまっておく。ついでに、いまのうちに必要そうなものも入れておこう。後で取りに来る事はできないだろうから。

 

「さーて、素敵な春を迎える為に、全力で頑張ろう」

 

 私は気合を入れて、布団に入って寝る事にした。冷たい布団が、なんだか寂しさを感じさせる。一人はやっぱりつまらない。冥界には幽霊たちが結構いるはずだ。仲間に入れてもらえると良いのだが。そんなことを考えながら目を閉じた。


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