ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

34 / 89
二話連続投稿となります。
34、35です。


第三十四話 蠢くモノたち

 季節外れの粉雪が舞う四月の夜空、博麗霊夢と風見燐香の弾幕勝負が始まった。

 アリスは屋根の上に着地すると、目を凝らしてその様子を眺める事にした。不安を表情にだすことがないよう、手を握り締めて。

 

「おーい、私達もさっさと始めようぜ。なんでいきなり一休みしてるんだよ」

「教え子の初の晴れ舞台、しっかり見届けるのは師として当然でしょう。貴方との勝負なんて、それに比べたらどうでも良いことよ」

 

 アリスが冷たく言い放つと、魔理沙が怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「……はあ? そりゃどういうことだよ」

「燐香は弾幕ごっこをやるのが初めてだと言ったのよ、白黒魔法使い」

「おいおい嘘だろ? それにしちゃ、堂の入った構えだったぜ? 勝負前の挑発も完璧だ」

「本当よ」

「本当なのかよ――って、妖怪だから問題ないか。全然問題なさそうな面してやがるし。まだチビスケのくせに、大妖怪の風格だ。ありゃ将来厄介な妖怪になるだろうなぁ。ははっ、霊夢も大喜びだな」

 

 霧雨魔理沙が箒に乗りながら、近づいてくる。十六夜咲夜もいつの間にか隣にやってきていた。全員大人しく観戦する態勢になる。アリスは全ての動作を記憶しようと目を凝らす。

 今回の予期していなかった弾幕勝負は、今後の燐香の教育方針を決める良い指針となるはずだ。せめてそれぐらい活かさなければ、本当に理不尽すぎる。怒りをどこにぶつけて良いか分からない。

 だから、アリスとしては、本当は燐香が断ることを望んでいたのかもしれない。目の前にいる連中にそれをぶつけることができるから。燐香との日々を嘲られたことは、腸が煮えくり返るほどの怒りが湧いたと表現できる。

 

「まず一枚目ね」

 

 霊夢の霊力弾をかわしながら、燐香がスペル宣言する。最近練習していた、あの特に意味のないポーズと一緒に。今回はカードを掴んで見せ付ける際に、紅く光る花びらまで舞い散っている。演出もここまで過剰になれば大した物だ。意味はないけれど。

 だが、挑発の効果はあったようで、霊夢の顔が険しさを増していく。舐められていると感じているのだろう。

 

「ははっ、ありゃいいな。私も参考にさせてもらうとしよう。勝負が派手で楽しくなりそうだ」

「……アリス。今回はご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありませんでした。後日、改めてお詫びをさせていただきます」

 

 咲夜が平謝り。そんなことはどうでも良いので、勝負に集中させてほしいとアリスは、軽く受け流す。

 

「謝罪はさっき受け取ったからもういいわ」

「んー、なんだよ、本当にお前らじゃないのか?」

「だから、何度も違うといっているじゃないの。妹様は、アリスの家に遊びに来ているだけだもの。どうして素直に納得できないのよ」

「へへ。いまいち信じられないのは、主に姉のせいだろうなぁ。人を困らせて喜ぶのがあいつの仕事だろ?」

「魔理沙、それ以上の暴言は看過できないわよ」

「でも事実じゃないか」

「事実がどうだろうと関係ないのよ」

 

 咲夜がにらみ付けると、魔理沙がおどける。

 

「おー、怖い怖い。悪魔の狗に睨まれると、背筋が凍るぜ。冬だからなおさらだな」

「また嘘ばっかり言って。いつか痛い目に遭うといいわ」

「そいつを味わうために、この魔法使いと勝負しようとしているんじゃないか。こいつが乗ってこないのが悪い」

「本当にさっきからうるさいわね。二人で遊んでればいいでしょう。私はあの勝負を見ていたいのよ」

 

 アリスがしっしっ手で追い払うと、魔理沙の笑みが引き攣る。

 

「よーし、良い度胸だ。私は普通の魔法使い、霧雨魔理沙。魔法使いのプライドを賭けて、いざ尋常に勝負だ!」

「私はアリス・マーガトロイド。今は忙しいので、また今度ね」

「なんだよもう! そこは普通、『お前如きひよっ子、秒殺してやるわ』とか言ってノッてくるところだろうが!」

「それで、アリスの目から見てどうですか? 私が見る限り、中々良い勝負をしていると思うのですが。霊夢相手にあれだけできるとは正直驚きですが」

「…………」

「おい、無視すんな!」

 

 騒がしい魔理沙を放置して、燐香の表情を観察する。その顔は戦闘時の幽香と見紛うばかりの凶悪な笑み。だが、アリスには分かる。アレは余裕がなくなっている顔である。徐々に勢いを増す霊夢の弾幕に、対応するだけで精一杯になってきているのだろう。

 その証拠に、自動で妖力弾を発射する『蕾』を次々と射出しているが、燐香本人はほとんど攻撃を仕掛けていない。その余力がないのだ。それでも、喰らいついているだけで十分なのだが。今すぐ駆けつけて褒めてあげたいくらいだ。

 

「まぁ、なんだか余裕っぽいしな。そろそろ本気を出すんじゃないか? しかし、妖怪はずるいぜ。初めての勝負で、あそこまで霊夢とやりあえるなんてなぁ。生まれ持った才能って奴か」

 

 魔理沙が僅かに暗い表情を見せる。その目からは僅かに嫉妬心が見え隠れする。

 

「初めてとはいえ、鍛錬はしっかり積み重ねているわよ。生れ落ちてから10年間、実の親に半殺しにされかけながらね。私の家に来ているのも、その一環だもの」

「んー? なんだ、教えてるとか言ってたのも本当だったのかよ。ただの冗談かと思ってたぜ」

「そんな嘘をいってどうするのよ」

「嘘は人付き合いにおける潤滑油だろう?」

「それは貴方だけでしょう。燐香の教育に悪いから、余り近づかないでね」

「お前のほうが口が悪いと思うよ、私は」

 

 魔理沙がやれやれと帽子のずれを直している。

 

「それで、実際のところ燐香はどうなのですか? 妹様の話によると、かなりの妖力を持っていると聞きましたが」

「ええ、妖力はかなりの物よ。耐久力、攻撃力も幽香の訓練により言う事なし。ただし、安定性はまだまだ発展途上。……でも、目下の一番の問題は」

「――あ。あれは当るぞ」

 

 激しい衝撃音が響く。回避しきれなくなった燐香に、霊夢の夢想封印が炸裂したのだ。徹底的にやるつもりらしく、霊夢はそこに追い討ちとばかりに霊力弾を叩き込んでいく。隣の魔理沙も少し引いているほどである。殺傷力がないとはいえ、あの力は妖怪にとって天敵ともいえるもの。当たれば痛いことには変わりはない。

 

「回避の技術については、まだ誰も教えていないのよね」

「なんで一番大事なことを後回しにするんだよ!」

「母親からの依頼よ。まずは能力制御を最優先にしろと言われたのよ」

 

 ようやく霊夢の攻撃が一段落し、光の残滓が消えていくと、表情を押し殺した燐香の顔。死ぬ程動揺しているらしい。一方の霊夢は、『ようやく本気になったみたいね』などとニヤリと笑っている。傍目で見るから理解できる。本当に悲しいすれ違いだ。

 

「あまり効いてないみたいだが、被弾は被弾だな。けけ、霊夢の奴、ありゃ相当ムカついてるぜ。あのチビスケ、ケロッとしてやがるからな。まだ小さいのに霊夢を怒らせる天才だ。うんうん、私も見習いたいぜ」

 

 魔理沙が愉快そうに手を叩く。霊夢が怒ると嬉しいらしい。理解しがたい人間だと、アリスは小さく溜息を吐いた。

 

「耐久力はかなりのものなのだけどね。避ける技術は素人同然よ。あれは直感で避けているだけ。受けた経験は数え切れないほどあるのだけどね」

「……それは、弾幕勝負においては、かなり致命傷なのでは」

「格上と戦うにはまだ早かったのよ。それを迷惑な連中のせいでこうなったって訳。最初は勝利を飾らせてあげたかったのに、どうしてくれるの」

 

 アリスが魔理沙、そして咲夜を睨みつける。

 

「ほ、本当に申し訳ありません」

「まぁいいじゃないか。痛い目を見ながら成長していくほうが覚えが早いんだ。私を見れば分かるだろう?」

 

 魔理沙が胸を張る。アリスは横目でそれを見ると、やれやれと首を振る。そしてお手上げだと呆れてみせる。

 

「それじゃあ、望み薄ね。悲しいわ」

「本当に失礼な奴だな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 息を一度吐き出すと、霊夢は風見燐香に御幣を向ける。

 

「これで二回目よ。人間如きに続けて被弾させられる気分はどう? ムカついたかしら」

「やりますね。さすがは、博麗の巫女です。本当に恐れ入りました。幻想郷に必要とされるだけはありますね」

 

 その口調からは嘲るようなものが混ざっていた。

 

「何が言いたいのよ」

「ですから、さすがは“博麗の巫女”だと言ったんですよ。称賛に値します」

 

 ニヤリと嗤うと、燐香は更に『蕾』を周囲に生じさせる。その数はおよそ50はあるか。少しはやる気になったらしい。

 この蕾は自分を狙って弾幕を放ってくる。しかも、それぞれの行動パターンが違うので性質が悪い。特に何らかの特性を持っている訳ではない。だが、霊夢は非常にやりにくさを感じていた。はっきり言って、燐香のスペルなどよりも、この通常弾幕のほうが厄介極まりない。不意の攻撃に何度か被弾しかけたのが腹立たしい。

 

(どれだけ増えるのよ、こいつらは!)

 

 霊夢は己の直感で戦うことを重視する。だから、一対一なら、適当にやっても普通に勝ててしまう。何も考える事無く攻撃し、本能のままに避けていれば良い。計算され尽くした攻撃だろうが、ランダム性の高い攻撃だろうが関係ない。己の本能と勘に従うだけ。霊夢はそうやって戦ってきたし、これからも戦い続ける。ちなみに、魔理沙によってつけられた唯一の黒星は、当てずっぽうに放たれた星型弾幕にうっかり偶然当ってしまったもの。今思い出しても頭に来るが、負けは負けなので仕方がない。

 

 というわけで、どんな戦い方をしようと勝手だが、何事にも限度というものはあるだろう。この『蕾』はとてもやりにくい。燐香自身の攻撃は大したことがないのに、こいつらはそれぞれが“意志”を持っているかのように動き回る。しかも、性質がランダムで変化するのだ。多数の意志と偶然が絡みあう攻撃、これが厄介極まりない。適当に弾を打ち続けるのもあれば、突如として霊夢に高速弾をはなってきたりもする。攻撃せずに、ひたすら背後を取ろうと狙ってくるのもいる。鬱陶しいと御幣で叩き潰したら分裂してもっと面倒臭くなった。それが50もあれば、流石に辟易するというもの。

 

 霊夢は、まるで蕾の数だけの“なにか”と相手をしているような気分になっている。しかも、蕾の数だけ殺意、敵意を感じる。両方が入り混じった、常人なら寒気がするであろう負の感覚。例えるなら、包丁を突きつけられているような。そんな感じ。

 紅魔館で感じたのと同じ気配。自分を完全に敵視してきている。霊夢はこれを、“脅威”と認識している。

 

(一体、こいつらなんなの? まさか、そういう能力の持ち主とでもいうのかしら)

 

 霊夢が少し思考に耽っていたところで、目の前に蕾が迫る。戦闘中だというのに迂闊だった。慌てて避けたところに、蕾が体当たりしてきた。さらに回避。

 

「くそっ!」

 

 身体を全力で回転させて、緊急回避。そこに、三つ固まった蕾の直線型の一斉射撃。いや、性質が変化して拡散弾幕になる! これは全く知覚できなかった。勘に任せて必死に身体を動かす。二発までは躱したが、一発だけ左腕に当たってしまった。初の被弾だ。ダメージは大したことはない。だが、被弾は被弾だ。非常に腹立たしいし頭に来る。

 

「…………ちっ」

「や、やった」

 

 汗を拭っている燐香。流石の妖怪も多少は消耗しているようだ。だが、まだまだ戦意は衰えていないらしい。純粋な体力勝負では妖怪に分があるのは仕方がない。それを一気に叩き潰す火力と瞬発力、それこそが肝要となる。だが、魔理沙ほど尖らせるのは馬鹿というものである。あれでは相手の攻撃を喰らう危険が増す。受け流すということも重要だ。

 

「……アンタ、それ何個まで増やす気なのよ」

「お望みなら何個でも。ただ、私が疲れてしまうので、今日はこれぐらいで」

「手を抜くとでも言いたいわけ?」

「違いますよ。今の私の全力は、これということです。維持するだけで、本当に一杯一杯なんですよ」

「全然そうは見えないんだけど。信じてもらいたいなら、言葉と表情を一致させなさいよ」

「私もそう思います。では、次のやつ行きますよ!」

 

 燐香がスペルを宣言する。すると、周囲に散乱していた種の残骸のようなものが芽を出し始め、奇妙な大口を開く妖怪花へと変化した。

 

「たまには自分で攻撃してきたらどう? さっきから使役してばかりじゃない」

「これが私の戦い方です」

「で、その蕾の数は増やさないわけ?」

「これ以上は遠慮しておきますよ。というか、本当に疲れて気絶してしまいますので」

「ふん、負けた後で言い訳にするんじゃないわよ!」

 

 妖怪花が火炎弾を放出する。『蕾』がそれぞれ意志を持って再び動き始める。流石にこれ以上は相手をしていられない。燐香は幾らでも出せると言っていた。際限なく出された上で、スペルでも宣言されたら泣きっ面に蜂だ。ましてや、自分を舐めきったこんなチビ妖怪に負けるなど冗談ではない。笑い話にもならない。一度被弾したことで既にプライドはずたずただが。

 というわけで、本体を狙って強力な一撃をお見舞いする事にした。滅多にださない本気の一発。一度当ててくれたお礼も兼ねる。こいつにはこれぐらいやっておくほうが良いだろうという判断でもある。白黒をきっちりつけて、身の程を思い知らせておく。それが妖怪退治の基本である。

 

 

 

 

 

 

 

「……やばい。全然当たらない」

 

 私はもう死にそうな思いで空を飛んでいた。さっきの夢想封印は本気で消滅するかと思った。幽香の一発は肉体的に痛いが、霊夢の攻撃は別の痛みがある。なんというか、精神に衝撃を受けるというかなんというか。

 あんなものを山ほど喰らったらと思うとゾッとする。というわけで、私は『蕾』を一杯生じさせて、回避に専念することを決意した。霊夢は本当に避けるのが上手く、こちらの攻撃が全く当る気がしない。

 空を飛ぶ鳥に向かって、石を投げているかのような。届かないと分かっているのに、撃つと言うのは空しいものだ。しかし数を撃てば命中率が1%でもあれば当るかもしれない。さっきのは本当に運がよかっただけ。ほら、99%回避できるのに、当たって撃墜されちゃうことってあるし。あんな感じ。しかも勝手に撃ってる『蕾』からの弾幕だったので、全然自信に繋がらないという。

 

 ――これは絶対にかわせないだろう!

 そう思って放った攻撃も軽く避けられた。わざとグレイズさせることにより、私への敗北感を植えつけるというおまけつき。さすがは戦闘民族『博麗の巫女』、私なんかとは格が違った。

 

「……ああ」

 

 そして、私のスペル『素敵なパックンフラワー』君が時間切れによりブレイク。さようなら、パックン。君の事は暫くは忘れない。

 相変わらず50を越える『蕾』がファンネルみたいに動き回りながら、適当な攻撃を繰り出している。あれには必中がかかっていないので、簡単には当りません。霊夢は舞うようにそれをかわしている。なにあれ。ニュータイプなの? そう、私の攻撃には踏み込みがたりない!

 

「鬱陶しい! 次はこっちが行くわよ!」

 

 そうこうしているうちに、霊夢がスペルを宣言。霊夢の頭上になんだかヤバイぐらいの霊力が集まっていく。デカイ。まじでデカイ。それはやがて、陰陽玉の模様を映し出し、なんか凄い勢いで回転を始めだした。ギュインギュイン鳴ってるし! 超危険って教えてくれている。

 

「宝具『陰陽鬼神玉」。まともに受けたら“ちょっと”は痛いかもね」

 

 霊夢が頭上にできたそれを、私に向けて放ってくる。こんなのに当るなど冗談ではない。三十六計逃げるに如かず! というわけで緊急回避しようとした方向に針が飛んできた。うっかり足を止めてしまった私は愚か者である。ここは喰らいボムをして突っ込めばよかった! というか私のスペルにボム系統なんかあったっけ!?

 

「――げ」

 

 なんかもう目前に迫ってるし! 私は両手を出してそれをなんとか受けようとする。バチバチッと凄まじい音がなる。ちなみに手は凄い痛い。だがなんとか押さえられている。よし、この調子でなんとか! 頑張れ私、妖怪パワー全開!

 受けた時点で被弾している気もするけど、弾いてしまえばなかったことにできるかも。ほら、流れ的に!

 

「こんなもの、弾き返して――」

「言い忘れてたけど、もうすぐ爆発するわよ」

「え?」

 

 凄まじい爆音と閃光が私を包んでいく。

 やっぱり博麗の巫女と弾幕勝負するなんていわなければよかった! なんでこんなことに。後悔先に立たず、覆水盆に返らず。来世では座右の銘にするとしよう。……いや、死なないけれど。多分。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。