『さてと』
萃香は瓢箪に口をつけ、この場に立っている面々を眺める。激しくいきり立っていた博麗霊夢も、一度仕切りなおすつもりなのか、魂魄妖夢、風見燐香のもとでなにやら話し合っている。
何を相談しているのかは知らないが、楽しくなればそれで良いだろう。実際、今の萃香は結構楽しんでいる。
『いやいや、軽い前菜のつもりだったけど中々できる連中じゃないか。紫の言ってた事も、あながち間違いじゃなかったかな』
八雲紫が持ちかけてきた、鬼と若い人妖による弾幕合戦。花見の余興に一勝負どうかと、何度も誘われていたのだ。あまりにしつこかったので、萃香は渋々ながら頷いたのだった。
最初は報酬の酒目当てであり、軽く遊んでやるだけのつもりだったのだが、参加する面子を調べていくうちに興味が湧いてきた。どいつもこいつも一癖も二癖もある連中ばかりだったから。紫の誘いがなくても、そのうち自分からちょっかいをかけていたに違いない。
それにだ。餓鬼どもと関わっている妖怪は結構な大物ばかり。こいつは利用できそうだと、萃香は内心ほくそ笑んでいた。紫の計画に途中まで乗り、勝敗が決した瞬間に台本は萃香のものと置き換える。こいつらを痛めつけた後に人質として、大妖どもを怒らせて本気を出させるのだ。普段は中々全力を出さない連中だから、こういう機会じゃないと戦うことすらできない。
標的は八雲紫、西行寺幽々子、レミリア・スカーレット、風見幽香、あとは正体がいまいちつかめない悪霊。どれもこれも相手にとって不足はない。是非とも本気の殺し合いをしてみたい連中ばかり。これを思いついた後は、博麗霊夢たちについては呼び水のようなものとしか見ていなかった。
だが――。
『うん、悪くない。むしろ、楽しいぐらいだね。どいつもこいつも闘争本能むき出しで、実に良い。いやぁ、若いってのはいいなぁ! 鬼を相手に怯まないなんて、なかなか出来ることじゃないよ。うんうん、負けた後で存分に誇っていいぞ!』
「ちっ、ごちゃごちゃとうるさいわね。こっちは本当に迷惑してんのよ。それに、勝つのは私達よ」
霊夢が臆せず睨みつけて来る。この巫女は紫のお気に入りだけあって、一本筋が通っている。
『あははは、相変わらずの威勢だなぁ、博麗の巫女は。……で、そろそろ作戦は決まったのかい? 本気の鬼を相手にするんだから、精々頭を捻ると良いさ。ま、無駄だろうけどなぁ』
「私の名前は博麗霊夢よ。博麗の巫女なんて名前じゃないの。その角つき頭に叩き込んでおきなさい」
『ああ、それなら知ってるよ。幻想郷の大事な歯車なんだろ? ほら、いつもみたいに、ぐるぐると回ってろよ。こき使われて骨まで磨り減るまでな!』
萃香は両拳を打ち付けて挑発する。霊夢の顔が怒りで歪む。本当に分かりやすい餓鬼だ。こいつは幻想郷の部品として見られることが耐えられないのだ。怒らせるには、ちょいと弄ってやればこの通り。
霊力、才能共に抜群のくせに、性格が捻じ曲がっている。それも実に良い。からかい甲斐がある。
からかい甲斐があるといえば、さっきの風見燐香も面白かった。あれは存在自体が面白いし興味深い。できるならば風見幽香とセットで戦いたいものだ。というか、面倒だから全部まとめて一気に戦ってしまうか。その方が祭には相応しいだろう。勝っても負けても大騒ぎできるに違いない。
餓鬼共を潰した後はそうすることにしよう。萃香は決めた。
『――ま、それはそれとしてだ。まずはこっちの決着をつけなくちゃあな!』
「燐香、来るよ!」
「わ、分かってます。目は良い方ですから」
妖夢は腰を落として戦闘態勢に入る。そして燐香は――。
『なんだ。本当に元に戻っちゃってるじゃないか。あーあ、また怒らせないと駄目かぁ? 勝負に水を差すなよ、もう』
「ご心配なく。私達の計画は完璧です。数分後には、貴方をぎゃふんと言わせて見せます。ふふ、負け犬ならぬ、負け鬼ですね」
『へえ、面白れぇ。やれるもんならやってみなよ、小童が!』
「危ないっ!」
萃香が燐香に直線で飛び掛ると、妖夢がそれを防ぐように二刀を交差させてくる。拳を打ち付ける。刀を捌いて、力を受けながされた。意外と器用なようだ。だが、鬼の力をまだまだ分かっていない。
『そんななまくらで防げると思ってんのか? 圧し折ってやる!』
「な、なまくらじゃありません! この剣は由緒正しき!」
「鬼の挑発に乗るんじゃない! この馬鹿が!」
背後から霊夢の声が聞こえたと思った瞬間、強烈な霊力で吹き飛ばされた。背中には針が突き刺さっている。鬼の身体に傷をつけるとは、流石に博麗の巫女は一味違う。
萃香は針を無造作に抜き取ると、そのまま握りつぶす。
『やるじゃないか、って――』
「はあッ!」
萃香が褒めてやろうとした瞬間、霊夢と妖夢が二人掛かりで攻撃を仕掛けてくる。お互いに連携を取り、隙が生じないように補佐しあっている。威力よりも手数重視の連撃だ。だが、時折威力が増している本命が混ざってくる。なるほど、萃香に攻撃をさせないつもりのようだ。その考えは間違っていない。このまま嵐のように攻撃を続けていれば、普通なら倒れる。普通ならば。
『そこらの木っ端妖怪なら、これで潰せるだろうけどさ。さっきも言ったじゃん。鬼を舐めるなよってな』
「やかましい! とっととくたばりなさい!」
「いきます! ――人鬼、未来永劫斬ッ!!」
霊夢の御札連撃を隠れ蓑に、妖夢の強力な攻撃が萃香に迫る。刀による斬撃が、萃香の身体に幾重にも叩き込まれる。なるほど、これも悪くない。悪くないが、全然足りない。
『そんな技で鬼を名乗るってか? ぶち殺すぞ、小娘ッ!!』
「くうっ!」
「どきなさい妖夢! 夢想封印、散!!」
拳を妖夢の顔面に叩き込んでやろうと思ったら、また御札に邪魔された。両者は直ぐに距離を取って、相対する。
そろそろ鬱陶しい。このまま体力か精神力が尽きるまでつきあっても良いのだが、段々苛々してきた。あまり時間を掛けるのも、後の連中に悪いだろう。今晩のご馳走は、あの妖怪連中と決めているのだ。準備運度はこれくらいで十分だ。
『さてと。まずは霊夢、お前から潰すか。お前を潰せば、後は鎧袖一触だ。腕一本ぐらいは覚悟しろよ?』
「偉そうに。さっきから口ばっかりで、まともに攻撃が当たってないじゃない」
『煽るねぇ。で、何が言いたいんだ?』
「力だけは立派だけど、所詮それだけってことよ。なんだ、鬼って意外と弱いのね。がっかりしたわ。ねぇ、妖夢」
「そ、そうですね。え、えっと、所詮は忘れられた存在なんじゃないかと。それに、小さいですし。私よりチビスケですね!」
どうやら萃香を挑発しているらしい。子供相手に大人気ないかもしれないが、悪口を言われるとムカつくのは当然だ。というわけで、こいつらは両腕を叩き折ることにした。その方が後の戦いも盛り上がるだろう。餓鬼共もそれを狙っているらしいし。
『相変わらず良い度胸だがムカついた! よーし、じゃあ腕だけ全力でいくぞ? 上手く受けろよな。死んでも恨むなよ!』
ミッシングパワーで、腕だけを巨大化させる。大体、大仏の腕くらい。まぁ、こいつらも素人じゃないし、ぺちゃんこになることはないだろう。ということで、振りかぶって本気の一撃だ!
「来たわよ。――妖夢!」
「分かってる!」
霊夢が結界を展開。巨大化した腕が受け止められるが、当然ながらそんな生易しい威力ではない。すぐに亀裂が入る。妖夢は、なぜか明後日の方向に駆け出している。――なにをするつもりだ?
『そりゃ何のつもりだ? まさか、ここまで来て逃げるつもりじゃ』
そこまで言葉を発したところで、場の異常に気がついた。その激しい違和感は霊夢の後方からだ。
先ほどから、黙って立っていただけの燐香に、凝縮された妖力が蓄積されている。燐香の背後には、巨大な彼岸花が具現化しているではないか。いつのまにこんなものを。しかも、倒れている咲夜と魔理沙が、その花に力を注入し続けている!
『……お前ら、一体何を』
「お待たせしました。私も全力で行きますので、死んでも恨まないでください!」
燐香が僧侶が使うような法術の印を何個か結んだ後、こちらに向けて赤い妖力波を放って来る。威力は大した事がなさそうに思える。あれだけ時間を掛けた割には、お粗末な技である。だが、勘は警戒しろと言っている。さて、どうするか。避けるのも無粋、喰らってやるとしようか。
『ふん、口上は立派だがなんとも情けない技だね。こんなそよ風、避けるまでもない!』
「やっぱり、そう思いますよね? ――術式変更ッ!」
『性質が変わった? 面白い、やってみろ!』
燐香が両手から全力で妖力を放出した。眩い光が萃香に襲い掛かる。勢いは十分、だが鬼を倒すにはまだまだ不十分だ。萃香がニヤリと笑うと、燐香も笑う。勝ちを確信したような顔で。
「これはかつて大魔王を封じた奥義を模した技。その身に受けろ――魔封波もどきッ!!」
燐香が技名を叫ぶと同時に、赤い彼岸花が怪しく輝く。『もどき』と自分から名乗るなど、相変わらず卑屈な奴だ。
『なんだこりゃ、期待させた割に温いなぁ。――って、うん?』
だが、ただの妖力波だったそれは、絡まるように萃香に纏わりつく。更に小さな竜巻が周囲に巻き起こり動きを封じられてしまう。
封じる? この鬼の萃香の動きを封じる? 有り得ない。
『ば、馬鹿な。こんなもの、こんなものッ!! み、身動きが効かねえっ!』
竜巻が更に勢いを増し、烈風と化していく。風圧が大地を抉り取ると同時に、萃香の身体が弾き飛ばされた。空中でなんとか停止したが、風が強すぎて身動きがとれない。烈風は渦を巻き、萃香の全身を引き千切らんばかりに荒れ狂う。
『く、糞があッ!! こんな小娘の技、抜けられない訳が! う、うぐぐ! ほ、本当に動けねぇ!! どうなってやがる!』
力を入れようとするが、それすらも風により霧散させられてしまう。これは、ただの風ではない。妖怪の力を削ぎ落とす何かが含まれている。あの彼岸花か、或いは他の何かの特性か。いずれにせよ、早く脱出しなければ。一本取られたのは確かだが、これでくたばるほど柔じゃない。萃香は霧に変化しようとする。が、変化させようとしたした腕が一瞬で消し飛ぶ。烈風がそれを妨げるのだ。
『――私の妖力を霧散させる性質かよ! そんなの、き、汚ねぇ!』
「汚いのはそっちです。密と疎を操る程度の能力なんて、インチキすぎる!」
『だからって、ぜ、全部の霧を、巻き込むなんて』
ヤバイ。このままだと、永久にこの烈風の渦の中だ。周囲に展開させていた白霧も全て巻き込まれている。これは、当ってはいけない類の技だった。敢えてうけさせるのが狙いだったのか。だから、霊夢と妖夢にあんな挑発を。
『な、ならば耐久力勝負だ! お前の妖力が尽きるまで、私は絶対に耐え切ってやる!』
「妖夢さん! 準備はいいですか!」
「い、いつでもいいよっ!」
「霊夢さんは!」
「ありったけの量を用意したわ。アンタに譲るのは癪だけど、さっさとやりなさい!」
「い、行きますよ!!」
更に何かを仕掛けてくるらしい。両手をこちらに向けている燐香の顔に焦りが浮かんでいる。目に余裕がないのが見てとれる。コントロールが僅かに乱れ、烈風の渦にムラができる。――好機!
『甘いなぁ。見事な技だったが、最後の詰めが甘いんだよッ!』
「――ま、まずい。しゅ、集中が」
『ぐぬぬぬ!!』
萃香を拘束する烈風の渦から逃れるために、気合を入れて腕を全力で伸ばす。もう少し、もう少しだ。僅かでも烈風から逃れられれば、そこから脱出が――。
必死に伸ばした指先に、星型の弾幕が炸裂する。星たちは渦の流れに乗って、萃香の身体を激しく打ち付ける。痛みはないが行動を更に制限される。そして狙い済まされたナイフが萃香の腕に連続で当たる。強引に烈風の中へと押し戻されてしまう。大地に立っていれば余裕で跳ね返せる攻撃だが、今は状況が悪い。身体は無傷でも、衝撃を殺しきれない。萃香は怒りで歯軋りする。
「へへっ、大人しくその中にいろよ。もうすぐフィナーレだぜ」
『こ、この糞餓鬼どもッ』
「やれやれ。それにしても、いいのかしら。負けたのにこんな美味しいところをもらっちゃって」
「別にいいんじゃないか? これでなんとかプラマイゼロだろうけどな」
咲夜と魔理沙が得意気な顔でこちらを見下してくる。
『負け犬共が邪魔をするな! 大人しくすっこんでな!』
「何を言ってんだ。不意打ち大歓迎って言ったのはお前じゃないか。もしかして、あれは嘘だったとか?」
『い、いや、私は嘘はつかない。っていうか、これ、何をするつもりなんだよ! 私をどうしようってんだ!』
「慌てなくても直に分かるわ」
「まぁ、良い匂いがつくといいな。鬼ご飯なんて私も始めて聞くけどさ。米との同棲生活、精々楽しんでくれよ」
『そ、そりゃどういう意味――』
魔理沙たちの言葉を聞きながら、萃香は勢いを増した烈風に呑まれて、宙に浮かび上がっていく。そのままぐるぐると何度も旋回させられた後、地面に向かって落下していく。大地に打ち付けるつもりか。――いや、違う。それより最悪な物が蓋を開けて待っている!
『うわあああああああああああああ!!』
萃香の落ちていく先。そこには米粒がくっついている古びたお釜があった。妖夢がその側で、木の蓋をもって待機している。霊夢も口元を歪めて心底楽しそうな様子。
萃香はこいつらがようやく何をするか分かった。しかし、もうどうにもならない。こんな結末は納得がいかない。全然暴れたりないと叫ぼうとしたが、それすらままならない。
『や、やめ――』
萃香が釜に赤い烈風とともに強引に押し込まれると、妖夢が両手で素早く蓋をする。霊夢が御札の束を放って一挙に展開、釜を包み込むように封印してしまった。更に二重結界まで構築する念の入れようだった。
「ふぅ。こ、こんな釜で、本当に大丈夫なのかな」
「私の封印は完璧よ。――とにかく、これにて鬼退治終了ね」
◆
「……せ、成功、したのかな?」
ぶっつけ本番の魔封波もどき。まさか成功しちゃうとは思わなかった。
「成功よ。これだけきっちりやれば、幾ら鬼でも出てこれないわ。私の結界も掛けてあるし。ざまぁみろってのよ」
「や、やった! 鬼に勝ったんだよ燐香! 今の、本当に凄い技じゃない!」
妖夢が抱きついてくる。相当興奮しているらしい。鬼に勝てたのが嬉しかったようだ。私は死ぬ程疲れていたが、一緒に喜ぶ事にした。
「え、ええ。今のは、対お母様を想定した切り札です。じ、実戦で使うのは初めてでしたけど」
私はへなへなと座り込む。背後の妖力タンク用彼岸花が役目を終えて消えていく。お疲れ様。
「だ、大丈夫?」
「少し疲れただけです。でも、ちょっとだけ休ませて下さい。流石に体力気力が限界に近いです」
「ふん、情けないわね。妖怪のくせに」
なんだかまだまだやり足りないといった霊夢。足で萃香を封印した釜をゲシゲシ蹴飛ばしている。怒りはまだ収まっていないらしい。歯車とか、そういう言葉は霊夢の本気の怒りを買うようだ。禁句としてしっかり記憶しておこう。
「あはは。そう言わないでください。まだ10年しか生きてないひよっこですから」
「あー、そういえばそうだったっけ。アンタ、本当に餓鬼なんじゃない」
「でも、霊夢さんとはそんなに変わらないじゃないですか」
「一々うるさいわね」
霊夢の軽口に適当に応じる。軽く小突かれるが、なんだか少し仲良くなれた気がする。そこに声を掛けられた。
「やったな、燐香! いやぁ、最後に美味しいとこもらって悪いな!」
「負けたくせに何喜んでのよ」
「結果がすべてだからな。何の問題もないぜ! それに今回はチーム戦だろ? なら私達の勝利って訳だ」
「そうは言っても、やっぱり恥ずかしいわ。途中までは無様極まりなかったし。もうちょっと頑丈なナイフを用意しておかないと駄目ね。まさか、刃が通らないとは」
ボロボロの魔理沙と咲夜が近寄ってくる。そして、私の隣に座り込む。妖夢に霊夢も、かなり疲弊しているらしく同じく座り込む。
「ところでさ、さっきのアレって私にも使えるのか? なんだか対妖怪にはもってこいみたいだったし」
「確かにね。あの馬鹿力の鬼を強制的に封殺するなんて、相当な技よ。もどきとか言ってたけど」
「やっぱりそうだよな。なぁ、私にも教えてくれよ。もちろん礼はするぜ?」
両手で拝んでくる魔理沙。霊夢も少し興味を持ったようで視線を向けてくる。だが、私は教えるつもりはない。これは人間が使っては駄目なのである。
「人間が編み出した技だから、多分使えるとは思います。でも、人間が使うと死にますよ。成功しても失敗しても」
「ええっ、何だよそれ! それじゃあ全然割に合わないじゃないか」
がっかりする魔理沙。だが仕方ない。そういう技だし。妖怪なら大丈夫。神コロ様も死んでないし!
「そういう技なんです。多分、妖怪でもないと、負荷に耐えられないんじゃないかと」
「嘘じゃないよな?」
「どうしてもと言うなら教えますけど、先に契約書を書いてもらいますよ。死んでも文句を言わずに成仏すると。ノンクレームでお願いします」
「……や、やめておくかな。うん。流石にまだ死にたくないしなぁ」
私が真剣な表情で脅すと、魔理沙もようやく納得する。霊夢は無言でこちらを見つめていたが、やがて頷いた。どうやら信じてくれたらしい。嘘を見破る眼力が彼女にはありそうだ。
あれ、でもこの前の春雪異変では私に因縁つけて襲い掛かってきたような。分かっていて、戦いを挑んできたとしたら。……やはり修羅の巫女だ。恐るべし。
「しかし、成功するかどうかは賭けだったんですが。くくっ、予想以上に上手くいっちゃいました。これは次に繋がります!」
御札が幾重にも貼られて、球体になってしまった釜を見る。本当は電子ジャーが良かったのだが。しかし、成功したことで自信がついた。次は幽香に試してやる。熱々のおコメの中に閉じ込めてやる。さぞかし痛快なことだろう。名付けて向日葵ご飯! ご飯粒を一杯つけた幽香の泣き顔を想像すると、笑いしか浮かばない。
「何か悪いことを企んでるでしょう、燐香。絶対に痛い目見るからやめときなよ。どうして懲りないの」
「あはは、懲りないのが私なんですよ。そうだ、また手伝ってもらっていいですか? 妖夢がいてくれれば百人力です」
「うーん。何をするかは知らないけど、まぁ、考えとくよ」
妖夢がぶっきらぼうに答える。でも手伝ってくれそうだ。そういえば、妖夢に“さん”をつけなくなってしまっている。まぁいいか。本人も気にしてないし。なんだか親しくなれた気もする。友達三人目ってことでいいのかな? いいとしよう!
「宜しくお願いします。生まれた日は違っても、死ぬときは一緒です。一緒に腹を切りましょうね」
「なにそれ!? なんでそんなに物騒なの!」
妖夢が立ち上がり叫んでいる。激闘の後なのに元気すぎる。
「お前ら元気だなぁ。ちょっとは疲れとけよ」
「私も疲れてるよ! 燐香がからかうから!」
「アンタも子供なのね」
「違う! 私は子供じゃない!」
からかわれているのにノッてくれる妖夢。貴重な人材である。これからも是非そのボケを発揮していってほしい。私が暖かく見守っていると、妖夢が真面目な表情になって私の前に座り込んだ。
「えっと、用心棒なんて言っておいて、大変な目にあわせて本当にごめん。さっきもなんとか助けに行こうとしたんだけど。目の前の対処に精一杯で」
「気にしないでください。皆無事で元気だからいいじゃないですか」
「それはそうなんだけど。私がもっとしっかりしていたら」
なんだか落ち込んでいる妖夢の肩を、ポンポンと叩く。
「友達になってくれたら、それでいいです。用心棒より、そっちの方が嬉しいので」
「……う、うん。それは、別にいいんだけど。あんまりはっきり言われると、恥ずかしいというか」
「あはは、ありがとうございます。そして、宜しくお願いしますね、妖夢!」
「う、うん。こちらこそ」
そう言うと、妖夢は照れくさそうにそっぽを向いた。隣の半霊がなんだか赤くなっている気がする。とても分かりやすい。
いずれにせよ、正式に友達ゲットである。怪我の功名というやつだろうか。何か違う気もする。
「あー、見てるだけで背中が痒くなる。本当にむず痒い! あれが若さって奴なのか?」
「あら、純粋でいいじゃない。素直に感情を表現できるのが羨ましいわ。……少しはこのやさぐれ巫女も見習うべきよねぇ。誰にでも見境なく噛み付くし。本当は巫女じゃなくて狂犬なんじゃないの?」
「あはは、当ってるかもな! ま、見習うってのは無理だな。綺麗な霊夢なんて想像できないぜ。あ、想像したら寒気がしてきた。おー、春だってのに寒い寒い」
魔理沙の言葉に咲夜が吹き出す。
「アンタら、さっきからうるさいわよ。それにしても本当に疲れたわ。なんでこんなことになったんだっけ。一体誰のせい? ちょっとそいつを呼んできなさいよ。私が直々にぶっ潰してやるから」
霊夢が近くに転がっていた石ころを掴み、粉砕する。石はビスケットじゃないんだけど。なんで巫女なのに格闘タイプなの?
「さぁ。でも、ここに落とされるときに、スキマみたいなのが見えた様な気がしたわね。……となると」
「あー、確かに、そんな気がしたかもな。良く考えりゃ、こんな場所に放り込めるのはアイツぐらいしかいないだろ」
「なるほど、あの糞妖怪も一枚噛んでたってわけか。後できっちり復讐しないとね。私の憩いの時間を邪魔したんだから」
口元を歪める霊夢。そこらの妖怪より邪悪である。霊夢なら幽香とガチバトルできる。うん、間違いない。
「ところでさ、この後、私達はどうすればいいんだろうな」
「そのうち、回収されるんじゃないかしら。だって、やるべきことは終わったんでしょうし。そもそも、これは宴会の余興のはずだもの」
咲夜が肩を竦める。不思議そうに霊夢が首を傾げる。
「余興? それはどういうことよ」
「さっき、八雲紫の式たちの姿を確認したわ。何らかの術で、この戦いの模様を宴会場に伝えていたんでしょうね。それを酒の肴にして楽しんでいたってこと」
「おい、私達は見世物かよ。それなら私も見てる側が良かったぜ。ま、一応勝ったからいいか。いや、やっぱり負けか? うーん、判定勝利で良いか。うん、そうしよう」
「はぁ。妖怪って、本当に碌でもないことしかしないわね」
霊夢が嘆息しながら、首を振る。私も同類にされては困るので、一応異議を唱えておく。
「あのー、私も妖怪なんですけど」
「ああ? あれ、そうだったっけ。まぁ細かいことはいいじゃない。アンタ、妖怪なのに妖怪っぽくないし」
グサッと突き刺さるようなことを言う霊夢。人間なのに人間らしくない巫女に言われたくない。言うと殴られるから言わないけど。
「全然細かくないです」
「うるさいわね。じゃあアンタは例外でいいわよ。悪さしたら潰すけど。しないなら特別に見逃してやる」
超投げやりのお許しを頂いた。例外になることが良い事かは分からないが、いきなり討伐されることはないだろう。多分。
「……あ。そういえば!」
私はあることに気がついた。
「何なのよ。いきなり大声だして」
「私、初めて勝ったかもしれません」
「は?」
「弾幕ごっこにしろ、本気の勝負にしろ、ずっと負け続けだったんです。だから、これが初勝利です!」
私は嬉しくなりピースして微笑むと、魔理沙が肩をまわしてくる。
「へぇ、そいつはめでたいな! しかも伝説に残るような鬼相手なんだろ。こりゃあ自慢できるんじゃないか?」
「そんだけの力を持ってるくせに、どうして一回も勝ってないのよ。そっちの方が疑問よ」
「た、対戦相手の9割はお母様だったので。この10年間、毎日ボコボコに。……ええ、超ボコボコです」
私が涙目で呟くと、霊夢たちが苦笑する。
「それは、ご愁傷様ね」
「はは、それはかわいそうになぁ」
「同情に値するわね」
「私も同情しますよ。燐香は本当に大変なんですよね」
妖夢が訳知り顔に頷く。この絶妙な間の取り方が笑いを生む。流石は天性のボケ芸人だ。
「――ぷっ。妖夢に同情されるなんて、相当よね」
「あはは! 確かにな!」
「ちょっと! それはどういう意味!? なんで私は笑われてるの! 燐香に咲夜まで、一体なんなんですか!」
妖夢が立ちあがり地団太を踏んで憤慨する。面白い。皆一斉に噴出した。皆が楽しそうに笑うので、私も釣られて笑ってしまった。妖夢も何故か笑っている。
そして、勝負の終わりを告げるスキマが開かれた。
『皆さん、本当にお疲れ様。祝いの宴の準備はちゃんとできているわ。さぁ、帰っていらっしゃい、小さな英雄たち』
胡散臭い笑みを浮かべる八雲紫だったが、何故かその顔にはひどく赤い腫れが出来ていた。服も少しボロボロになってるし。なんだか微妙に疲れた顔をしているし。……まぁどうでもいいか。
「そんじゃ帰るとしますか!」
「まったく、ただじゃすまさないわよ。まずは顔面パンチ決定ね」
霊夢が右手に力を篭めながら立ち上がる。魔理沙がやれやれといいながら、帽子を押さえてそれに続く。
「お嬢様、怒ってないと良いのだけど。遅れをとったのをご覧になられていたでしょうし。……はぁ、憂鬱よ」
「鬱陶しいわね。勝ったんだから情けない顔するんじゃないわよ」
「霊夢が励ますとは珍しいな。雨が降るぞ」
「目障りだからよ」
「……巫女に慰められるなんて。更に憂鬱だわ」
「わ、私も幽々子さまに怒られるかも。お世話を放ってしまったし、燐香に怪我させちゃったし」
「それなら大丈夫です。私も怒られてあげますから。自慢じゃありませんが、怒られることには慣れてますよ!」
「そ、それは、あまり嬉しくないかも。というか慣れる前に反省しなよ」
「反省だけなら猿でもできます」
「アンタ、反省してないじゃない」
そんなことを話しながら、私たちは開かれたスキマに飛び込んだ。
なんか長くなってしまった。
萃夢想編の後は少し休憩しよう!
夏の話を冬に書くのってテンションあがらないことに、気がつきました。
夏編を書き溜めしているのですが。寒くて。