ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第六十七話 廻らぬ輪

 なんだかんだで永夜異変も終わって良かった良かった。良くないのは、アリスに二度と真似をするなと釘を刺されてしまった。アリスの真似をしているときは結構気分が良かったのに、とても残念なことだ。ルーミアは似ているといってくれたのだから、良いと思うのになぁ。

 

「…………」

「…………」

 

 で、今何をしているかというと。いつも通り、沈黙の朝食中です。もう夏だというのに、何か肌寒い。朝食のメニューはトーストと目玉焼きにサラダ。ジャムは幽香の手作りだ。これは店に出しても良いぐらい美味しい。幽香印のジャムとかあったら、私は間違いなく手を出さないけど。私が選んだやつは間違いなく毒入りになる。そういう運命。

 

「燐香」

「は、はい」

 

 いきなり声を掛けられたので、私の身体がビクッとなる。何か粗相をしてしまっただろうか。ボロボロ零してないし、異変のときに脱走した罰はすでに受けている。まさか、酒を舐めていた事がばれたのだろうか。

 

「今日はでかけるから、お前もついてきなさい」

「い、いいんですか?」

「駄目なら声を掛けるわけないでしょう? 本当に馬鹿ね」

「ごめんなさい」

 

 一言多いってんだよこんちくしょう! と、口から出そうになったのでグッと堪える。そうしたら、目が生意気だと頭を突かれた。この野郎。いやいや殺気を抑えるんだ。落ち着け、深呼吸深呼吸。

 

「ど、どこに行くのか聞いてもいいですか?」

「行けば分かるわ」

「そうですよね。アハハ」

「笑い方が気に入らない」

 

 殴られた。愛想笑いを浮かべたぐらいでこの有様。もう少しの辛抱だ。花映塚になったら、四季映姫・ヤマザナドゥに全部訴えてやるからな! お前は地獄行きだ! でもこいつ、いつ死ぬんだろう。私が先に消える可能性の方が高い。

 

 

 そんな感じで私だけ賑やかかつ物騒な朝食を終え、私と幽香は一緒にでかけることになった。こうして二人でどこかへ行くというのは、アリスの家以外では非常に珍しいことだ。しかも今日は首根っこを掴まれていない。先行する幽香の後ろを、ビクビクしながら私はついていっている。

 

 ――ここだけの話。この女は意外と動きが鈍いので、今逃げ出せばなんとかなりそうな気がするじゃん。そう昔の私もそう思った。で、逃げ出したらどうなったかというと。即行で気付かれて超強力な衝撃波でノックアウトさせられた後、踏みつけ地獄を味わった。動かなくても、射程が長いし、勘も良い。まさに悪魔である。

 

「……あれ。こっちは、竹林?」

 

 この方角は、迷いの竹林だ。永遠亭にでもまだ何か用があるのだろうか。そういえば、異変後の宴会で永琳と何か話していたようだけど。何を話していたかは詳しくは聞いてない。どうせ教えてくれないし。

 そういえば、輝夜、てゐとはそこそこ話せたけど、他の永遠亭メンバーとは殆ど話せていない。永琳は何かこっちに敵意を向けてくるし、鈴仙は近づいてこないし。挨拶しにいったら、なんか慌てた感じで距離を取られてしまった。私はバイキンか!

 

「降りるわよ」

「は、はい」

 

 竹林に降り立つ。日光が竹で遮られてしまい、まだ朝だというのにとても薄暗い。あ、筍でも掘って帰ろうかな。そう思って地面を眺めていたら、余所見するなと小突かれた。手より前に口を出せよこの悪魔!

 いい加減本気でむかついたので、湿り気つき彼岸花を前を行く幽香に投げつけてやった。狙いは首筋だ。ぺちょっとくっついたら、さぞかし気持ち悪いだろう。情けない悲鳴をあげるが良い!

 

「うん?」

「うげっ!」

 

 着弾寸前に、私の湿り気彼岸花は後ろ手でパシっと掴まれてしまった。そして投げ返される。湿り気が私の鼻にべちゃっとくっついた。ぬめりとして気持ち悪い。というかニュータイプなの? 後ろに目でもついてるの?

 

「百年早いのよ」

「参りました」

 

 素直に頭を下げ、素直に拳骨を一発頂くことにする。ささやかな反撃すら許されぬ。これが修羅の家! 拳骨というか、ハンマーパンチみたいな一撃だった。そこは軽くコツンくらいで済ますところだろうに。

 そんなこんなで更に歩く事数十分。そろそろ疲れてきた。と思った頃に、寂れた小屋を発見する。外には薪やら竈やらが置かれており、洗濯物が干されている。凄い生活感が滲み出ている。

 

「……ここか。本当に貧相な家ね」

「えっと、今日の目的地はここですか」

「そういうことね。じゃあ燐香。ちょっと一発喰らわせてきなさい」

「……は?」

 

 ちょっと何言ってるか分からない。

 

「理解できなかったかしら。家を跡形もなく粉砕してこいという意味だけど」

 

 拳をボキっと鳴らす幽香。いやいやいや。意味が分からない。言葉の内容は理解できたけど、何の利害もない相手にいきなり攻撃を仕掛けるのは変な話だ。私は修羅じゃないし。カチコミかけるのはおかしいよ。うん。

 

「り、理由を聞いても?」

「面倒だから言わないわ。お前は言われたとおりにしなさい」

「い、いやぁ。だって誰かの家ですし。そういう訳にはいかないんじゃ」

「じゃあ、代わりにお前を潰そう」

「なぜぇ!?」

 

 私にゆっくりと手を翳してくる幽香。ホラー映画みたい。とのんびり観察している場合じゃない。

 今の論理はおかしい! 中の人を倒して来い。え、いやです。じゃあお前が死ねの謎理論。

 きっとゆうかりんジョークだと思ってたら、なんだか幽香の手に妖力が集まってるし。そうだ、修羅に冗談は通じないのだ。ここで選ぶ道は三つある。一つ、諦める! 二つ、逃げる! 三つ、退かぬ媚びぬ省みぬ! さぁ、どうする?

 私が頭を悩ませ始めたところ、小屋の扉が開き、迷惑そうな顔をした女がのっそりと現れた。

 

「うるさいわねぇ。人の家の前でなんの騒ぎよ。地味な嫌がらせ?」

「こんにちは、初めまして。そしてさようなら」

 

 こちらにむけていた掌をその女に向けると、幽香は極大妖力光線をぶっぱなした。

 

「――へ?」

「危ないッ!」

 

 私が横から抜き打ちの魔貫光殺砲をぶっ放し、なんとか妖力光線の方角をずらすことに成功。相殺しようと思ったのに、全然できてないのが恐ろしい。その余波を受けて、私と白髪の女性は吹っ飛ばされてしまった。

 

「うぎゃあああああああ!」

「な、な、なに、なんなの!?」

「余計な邪魔をするんじゃない。誰がそんなことをしろと言ったの?」

「お前、いきなり攻撃してくるなんて、頭おかしいんじゃないの!?」

「こ、この妖怪は修羅ですから。常識が通用しないんです。ですから、一緒に戦いましょう!」

 

 私はさくっと幽香を裏切り、初対面の白髪の女性の側へと近づく。ふふん、だって、この女は絶対に負けないはずだし!

 特徴的な赤いもんぺに白髪とリボン! ちょっと目つきが悪い竹林に住む女といえば藤原妹紅しかいない! 頑張れもこたん、君に決めた!

 

「あ、あんたは?」

「私は風見燐香。あの妖怪の娘ですけど、本当は違うんです。母は悪魔に身体を乗っ取られてしまったんです。ですから、どうか助けてください! 悲しいですけど、悪魔をさくっと燃やしてください!」

「――燐香。お前、自分が何を言っているか分かっているんでしょうね?」

 

 顔は笑ってるけどマジギレしてる。目が黒くて、瞳が赤くなってる。バーサーカーみたい!

 

「ひ、ひぃい!」

 

 私は女の背中に隠れる。すると、もんぺを着た女が立ち上がり、拳を構える。

 

「なんだかよく分からないけど、子供を苛めるのは止めなよ。それに、私を攻撃した代償を払ってもらわないといけないし」

「私の名は風見幽香。そしてお前は藤原妹紅。ちょっとした事情により、お前を潰させてもらう」

「へぇ。その理由は聞いてもいいのかな?」

「とある永遠亭からの依頼よ。ちょっとした借りの肩代わりをしなくちゃいけないの。悪く思わないでね」

 

 いつの間に永遠亭に借りなど作っていたのだろう。それに肩代わりとはなんぞや。私にはさっぱり分からない。そもそも、幽香は人から借りを作ってよしとするような殊勝な妖怪ではない。踏み倒して何が悪いと踏ん反りかえるのが似合う悪魔なのだから。

 

「……なんだ、輝夜の刺客かよ。あの女本当にふざけやがって。私を始末するならてめぇで来いっていうのよ。お前、燐香だっけか。ちょっと下がってな。悪魔かどうかは知らないが、売られた喧嘩は買わなくちゃいけないからな」

「お、お任せしました! 妹紅先生!」

 

 用心棒みたいな頼もしさがある藤原妹紅。不死鳥のオーラが背中から見えてきそうだ。永遠に死ぬことのない妹紅なら、きっとなんとかしてくれる。風見幽香をギッタンギッタンにしてください。

 

「せ、先生って。よく分からないけど、まぁいいか――」

 

 そこまで言って、妹紅が振り返った瞬間、幽香の強烈なとび膝蹴りがその顔面に放たれる。無残に吹っ飛んでいく妹紅に、更に飛び掛って追いつくと、その頭部を掴んで地面にたたきつける幽香。めり込む妹紅。そこに向かって、超至近距離から放たれる妖力光線。うわぁ、あれは死んだ。私を相手にするときよりエグいよ。

 

「さて、これで一度目ね。蘇るんでしょう?」

「…………」

 

 物言わぬ屍となった妹紅。私は竹に隠れてそれを観察。すると、光の粒子が集まって、妹紅の身体が輝く。そして、一瞬の内に肉体が再生され蘇生した。

 

「……いきなり激しすぎ。せっかちな女だなぁ。大体、まだ勝負は――」

「もう始まってるわ」

「そうかい!」

 

 また攻撃再開。今度は妹紅も応戦している。なにこれ。超血みどろ幻想郷、肉弾バトルが展開されはじめてるし。もっと穏やかな弾幕勝負をしようよ。ね? ね?

 

「ぐあああああああッッ!!」

「これで二度目」

 

 また妹紅が死んだ。また生き返った。今度は自分の身体に炎をまとい、幽香の身体に飛び掛る。それを迎撃、腹を貫いて心臓をつかみ出す。死んだ。生き返った。幽香の身体が炎に巻かれる。なんか嬉しそうに笑ってる。全然効いてない。草属性のくせに。

 服はボロボロになったけど、ツタが巻きつくと復元された。なにその手品。

 

「輝夜の走狗の分際で! 中々やるじゃないか!」

「ふん、不死になったところで人間は人間よ。図に乗るんじゃない!!」

「この脳筋女がッ! いいさ、ぶちのめしてやる!」

 

 怖ッ! 今度は足を止めての殴りあい。幽香はデトロイトスタイル。妹紅はノーガード戦法だ! ラッシュラッシュラッシュ!

 幽香の重くて早いジャブが妹紅の身体を打ち抜いていく。あれ、ジャブって威力じゃないよ。あ、死んだ。生き返った。そのおかげで体力全回復したみたい。動きが一気に良くなった。幽香が一瞬戸惑う。隙が出来た。

 

「隙ありだ!」

「――くッ!!」

 

 妹紅の捨て身のアッパーが幽香の顎を捉える。のけぞる幽香。だがその反動を利用して風車つま先蹴り。やっぱり鬼だよこの女。妹紅の首根っこが見事に引っこ抜かれた。二つに分かれて死んだ。生首が燃えた。そして生き返った。

 

「不死の相手をするのって、本当に面倒ね。好きじゃないわ」

「おい!! 十分好き勝手やってるくせに、それはないだろう!」

「ねぇ。そろそろとっておきを見せてみたらどう? 出し惜しみはしなくていいわ」

「ふん、なら期待に応えて見せてやるよ。吠え面かくんじゃないわよ? ――凱風快晴、フジヤマヴォルケイノ!!」

「温いッ!!」

 

 炎の渦を巻き起こす妹紅。幽香はそれを真正面から受け止める。そして、手を翳して妖力光線を発射! 妹紅が弾けとぶが、幽香も反動で吹っ飛んでいく。わけが分からない。こんなガチバトル、私は見たくないし、この場にいたくもないのである。どうしてこうなるの!

 

「へ、へへっ。あ、あははははッ。本当にやるじゃないか、たかが花妖怪のくせに。この短い間に、6回も殺されるなんて輝夜以来かな。あー、本当にムカついてきた。こうなったらとことんやろうか。久々に全力で死にまくるのも悪くないし」

 

 妹紅の目がなんかイッちゃってる。輝夜と殺しあってるときはこんな感じなのかもしれない。見たくないので、勝手にやっていてほしい。

 

「…………ふぅ。本当に頑丈なのね。正攻法のままだと、面倒くさそう」

「搦め手だって無駄さ。どんな策を用いどんな毒を仕込もうとも、死ねば治る。それが不死人の特徴だ。ああ、精神が壊れようと無駄なんだ。勝手に治されるからね。私は絶対に死なない」

「あっそう。なら、もういいわ」

 

 幽香が手を叩き埃を落すと、戦闘態勢を解除する。

 一方の妹紅は怪訝な顔をしている。

 

「おい、どういうつもりなのよ?」

「終わりにする」

「は?」

「依頼は、竹林に住むもんぺ女を5回殺して来いというものだった。私はそれを実行した。しかもオマケで余計に一回殺してあげた。これで借りは完全にチャラ。用件は終了ね」

「……おい。ちょ、ちょっと待ってよ。まさか、お前、やるだけやったからはいおしまいとか、そういうつもりじゃないだろうな」

「そういうつもりだけど。何か用事があるなら、私は太陽の畑にいるから、いつでもいらっしゃいな。今日のお詫びにお茶ぐらい出してもいいわよ」

 

 ジャイアンもびっくりの俺様理論。俺の用事が終わったから今日は帰るから。後はよろしく! みたいな。

 踵を返し、本当に帰ろうとする幽香。妹紅は頭を掻き毟ると、こちらをバッと振り向く。

 

「おい、燐香だっけか。お前の母親、ちょっと頭がおかしいんじゃないのか? 流石に理不尽すぎるだろ!」

「私もそう思います。あれは理不尽女王なんです。だから退治してほしかったんですけど」

「燐香。後で覚えておきなさいよ? 相当躾が必要みたいだし」

「いいえ、私は全く頭がおかしいとは思いません。お母様の頭はとっても正常です。他の皆が違うと言っても、私はそう主張します。たとえ神様がそう言っても、娘の私だけはお母様の頭は至って正常ですと言うでしょう。はい、正常に狂っているのです」

「そ、その言い方が一番失礼だと思うんだけど」

 

 私は長いものに巻かれるのだった。今の戦いぶりを見た限り、なんか永遠に勝負が終わりそうになかったし。妹紅は死なないから敗北はないだろうけど、幽香もなんか太陽が出ている限り負けそうにない。太陽どころか、周囲の自然からこいつパワーもらっているような気もする。なんなの。光合成ウーマンなの?

 

「……で、まだ何か話があるの? 私はもうないのだけど」

「大有りだよ。こんだけ好き勝手に暴れて、私を殺しまくって、はいさようならで済むと思ってるのか?」

「ええ、もちろん」

 

 幽香は笑った。太陽みたいな笑顔である。裏の顔がなければ美人さんである。

 

「馬鹿言うな。本当に理不尽すぎるだろう。もっとなんかあるだろう?」

「だって、理不尽なのが妖怪だもの。そうよね、燐香」

「え」

 

 いきなり幽香に振られた。なんでこのタイミングで? 意味わかんない。

 

「こいつ、本当にムカツクな。おい、お前もなんとか言えよ!」

 

 また理不尽に私に振られてしまう。

 選択肢1、幽香を庇う。妹紅の敵対心アップ。いつか殴りこみをかけられて、私は炎のシュレンみたいに死ぬ。

 選択肢2、妹紅を庇う。直後に私は風のヒューイみたいに死ぬ。この花のリンカ、一体どうすればよいのか見当もつかぬ!

 

「と、とりあえずですね。お茶でも飲んで、一息つきませんか? わ、私、お茶っ葉持ってますし」

 

 鞄に入っていた、お茶っ葉が入った小袋を取り出す。急須と湯呑さえあればどこでもお茶が楽しめるのだ。具体的にいうと、アリスの家でお茶を楽しむためのものである。紅茶もいいけど、たまには日本茶もね。

 

「……なぁ。本当にもう戦うつもりはないのか?」

「ないわね。無駄な事はしたくないの。でも、怒りが収まらないなら一発殴られてあげてもいいわ。それでチャラということでどうかしら」

 

 どうぞと手を下ろして、無防備で妹紅の前に立つ幽香。妹紅はと言えば、困惑した後、深い溜息を吐いた。怒りが抜けてしまったらしい。

 

「そう言われて全力で殴れるのはお前ぐらいなもんだよ。あー、本当良い性格してるよ」

「お褒めに預かり光栄ね」

「全然褒めてないからね。まぁ、なんだか私も気合が抜けちゃったし。とりあえず、お言葉に甘えて一服しよう」

 

 妹紅が小さな炎を発生させ、お湯を沸かし始める。私はお茶の用意。そして、皆で座って謎のお茶タイム。殺し合いの後の一服。こいつらとは仲良くなれそうにないので、どうか私のことは放っておいてください。

 

「でさ、なんで輝夜なんかに借りを作ったんだ? お前そんな性格じゃないよな。借りを作るとか死んでもしなさそうだし」

「この前の月の異変で色々とね。正確には、私ではなく白黒魔法使いの借りよ。余計なものを残しておきたくなかっただけ。後で何を吹っかけられるか分かったもんじゃないわ」

「だから他人の借りを肩代わりしたのか?」

「ええ。あそこの連中、色々と面倒くさそうだったからね」

 

 白黒魔法使いとは魔理沙のことか。魔理沙が輝夜に何か借りを作るようなことなんてあっただろうか。分からない。借金じゃないだろうし。魔理沙はお金に執着するような人間じゃないし。盗むことはあっても、それは本とか魔道具の類のはず。

 一番奇怪なのは、なぜ魔理沙の借りを幽香が肩代わりしているのかということ。どうせ聞いても教えてくれないから聞かないけど。知らぬ間に仲良くなったとか、そういうのは絶対にありえないだろう。

 

「なるほど、結構察しが良いね。あそこには最高にイカれてるのが二人いる。蓬莱山輝夜に八意永琳だ。見かけだけは上品だけど、本当に頭がおかしいから気を許さない方がいい。永い時間を生きたせいで、自分が狂ってることに気がついていないんだ」

「へぇ。じゃあ、貴女はどうなの?」

「さぁね。私は深く考えないようにしているよ。私は弱い人間だから、直視するのが怖いんだ。その恐怖がある限り、私は正常でいられると思うけど」

「そう」

 

 お茶を飲みながら、幽香は興味がなさそうに答える。自分で聞いたくせに。もっと関心を持ちなよ。お花以外に友達ができるチャンスだよ!

 

「それにしても、アンタみたいなプライドが高そうな妖怪が、大人しく走狗になるなんてねぇ。ま、他にも事情がありそうだけど」

「事情なんてないわ。本当は、貴女と燐香を戦わせて、戦闘経験を積ませるつもりだっただけ。当初の計画が少し狂っただけよ」

「嘘ばっかり。そんなつもり全くなかったくせに」

「…………」

 

 妹紅の言葉に、幽香は何も返さない。

 

「アンタも、結構苦労しているんだね」

 

 幽香を見てから、私に視線を送ってくる。

 

「な、なんですか?」

「……別に。なんというか、あれだ。うん、親子なんだし仲良くやりなよ」

「……余計な御託はそこまでにしなさい」

 

 幽香は不機嫌そうな顔をした後、軽快に指を鳴らす。すると、妹紅の小屋の周囲ににょきにょきと植物が生え始めた。気色悪いほど一気に成長し、植物は実をつけていく。これは、野菜だ。トマト、きゅうり、なす、かぼちゃまで!

 

「な、なんだこりゃ。凄いな」

「お詫び代わりよ。今回の迷惑料ということにしておいて。これで当分食べ物には困らないでしょう」

「べ、べつに私は食い物には困ってないし」

 

 その割には、目が喜んでいる妹紅。目は口ほどにものを言う。

 

「まぁ不要なら人里にでも売って金にしなさい」

「……なんだかなぁ。私を殺した妖怪に恵んでもらうというのも変な話だ」

 

 この修羅が慈悲を見せるとは。私にも見せろよこの野郎!

 

「それじゃあ行くわ。もう会う事はないでしょう」

「それは分からないさ。長く生きれば色々なことがある。大体、幻想郷はそんなに広いわけじゃないし。私の勘じゃ、また会う気がするね。まぁ、それまで親子ともども元気でやりなよね」

「一々うるさいわね。本当に余計なお世話よ」

「あはは! 今の顔は面白かったよ」

 

 幽香が嫌そうな顔をすると、妹紅が腹を抱えて笑い出す。

 

「もんぺ女は放っておいて、帰るわよ」

「え? え? あの、私、何もしてないんですけど」

「心配いらないわ。帰ってからきっちり鍛えてやるから。その他人任せの腐れた根性、徹底的に叩きなおしてやる」

「なぜぇ!?」

「そうそう、親子喧嘩は自分の家で仲良くやってくれ。ああ、喧嘩じゃなくて遊びにくるなら、歓迎しないこともないかもしれない。うん。次は私がご馳走するしね」

 

 なんだかはっきりしない妹紅を尻目に、幽香は悠然と飛び上がった。私の首根っこを捕まえて。

 ……あれれ? もしかしてこれで永夜抄EXステージ終了なの? 私、なにもしてないけど。いや、そもそも幽香は永夜抄に関係ないじゃん。それにこれって肝試しイベントじゃなかったっけ。一体どういうことなの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◇◆◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、妹紅に会えたのは嬉しかった。初対面は最悪だったが、なんとか友好的な感じで終われたし。幽香とガチで戦える頼りがいの或る人間である。殺しても死なないのは素晴らしい。本人にとっては地獄かもしれないが。

 

 

 ところで、死にたくても死ねないというのはどういう気分だろう。私だったらきっと発狂してしまう。その心配はないのが、私にとっての救いである。

 

 

 この前、鈴仙に波長を乱されたとき、私は自分に用意された結末が分かってしまった。俯瞰視点で、白と黒のあり方を理解してしまった。できれば見ないフリをしたかったことだけど。

 そして、幽香が何故私に恨まれるようなことしてきたのかも分かってしまった。正確には、私たちか。黒の私たちはまだ気付いていない。だが、もうすぐそれも無意味になるだろう。

 

 

 時間切れなら、白は取り込まれて黒の復讐に利用されて大惨事。白が破裂すれば、黒と一緒に綺麗さっぱり霧散する。どちらも見事なデッドエンド。多分、八雲紫あたりが介入するはずなので後者になるのだろう。そうじゃないと大変だ。

 

 

 色々分かったのに、なんだか平然としていられるのはなんでだろうか。妹紅が輝夜たちを狂っているといってたけど、もしかしたら私もそうなのかもしれない。だって、普通に受け入れてしまっている。きっと、終わる寸前になっても、私はこんな感じなのだと思う。

 

 私には魂がない。一寸の虫にも五分の魂があるのに。魂がないのに自我があるというのはどういうことなのだろう。どこぞの神様や閻魔様に聞いたら納得のいく答えが返って来るのだろうか。多分、何を言われても納得出来ないような気がする。

 

 私が今持っている色々な知識はどこか別の世界の誰かの思念。白は希望の塊。

 憎悪や嫉妬の感情は誰かの無念。黒は絶望の塊。

 私はそれらを寄せ集めただけの存在。だから、私には形などもともとない。どうせなら、理解した時点で対消滅するようにしてくれればいいのに。生み出してくれた誰かさんは実に気が利かない。

 

 

「燐香?」

「なんです、お母様」

「……今日の鍛錬はやめにするわ」

「どうしてです? 徹底的に叩き潰すのではなかったんですか?」

「気分が乗らなくなったから」

「そうですか。お母様は、本当に理不尽ですよね」

「お前も、もっと理不尽に生きなさい。それが、妖怪というものよ」

「はい、分かりました」

 

 

 ああ、終わりの日が近づいているのが、私にはなんとなく分かる。それが来る前に、何かをやりたいなぁと私は考えている。楽しい思い出作り。せっかくこの世界に生れ落ちたのに、何も残す事ができないのはとても寂しい。できれば、大事な友達と一緒に、大きなことをやりたいのだ。それに、フランとの約束を守らなくちゃいけない。

 

 ――本当は幽香とも仲良くしたいという気持ちもちょっとあるのだが、それは却って彼女を苦しませることになるだろう。ならば、最期までこのままのほうがいいのかもしれない。その方が、私にとっても望ましい。


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