なんだかんだで無事に永夜抄は終了していた。また幽香との鍛錬の日々が始まるかと思いきや、当分はなしと言われた。そういう気分じゃないとか。私としては朗報だけど、一体何を企んでいるのやら。後が非常に恐ろしい。
なんだか、最近記憶がやけに飛び飛びになる。妹紅との決着がついたあと、どうやって家に帰ってきたのか分からない。永遠亭でのこともどうも不鮮明だし。また知らぬ間に酒に溺れてしまっていたのだろうか。アルコール依存症は治りかけていると思ったのだけど。でも、二日酔いになってないから違うのかな。分からない。
どうも変な感じだ。うろおぼえの夢の記憶だと、私は幽香に手を繋がれて家に戻ってきた気がするのだが。まぁ多分気のせいだ。なんだか、鳥になった感じでその夢を見ていた気もするし。悲しい気分だけは残っているけれど、よく意味は分からなかった。
「うーん」
「…………」
幽香が私に視線を向けた後、無言で家を出て行った。言いたい事があるなら、はっきりと言って欲しい。でも言わないのだろう。私たちは仲が悪いから。
だが今日の私は情報に餓えている。幽香が何を考えているのか気になったので、私はこっそり後をつけようと思った。何か秘密でも握る事ができれば、とか思ったけど、脅迫に屈するような女ではないので多分無駄足である。しかし、どうせ暇だからいいのである。
「ん?」
花畑の中。見つからないように追いかけている途中で、大きな鎌を持った女の姿を見かけた。よりにもよって、私の彼岸花畑の中央にいるし。その女は、見極めるようにこちらを眺めていた。私に何か用事があるのかもしれない。だけど、近づこうと一歩踏み出したら、女は陽炎のように消えてなくなった。
私は少し気になったけど、結局幽香を追いかけることにした。無言で言ってしまったということは、大した用事もなかったのだろう。鎌といえば死神。もしかしたら遊びに来たのだろうか。幻想郷の死神はサボリの達人だし。
暫く花畑の中を探し回ると、強烈に咲き誇る向日葵に囲まれて、幽香は一人でしみじみと酒を飲んでいた。なんだか寂しい光景だ。
もしかして友達がいないのかと思ったけど、すぐに考えを改める。紫とはなんか悪友みたいな感じで話してたし。最近は永遠亭にも出かけているみたい。永琳とは相性があうのかもしれない。怖いもの同士。妹紅ともなんか縁ができたみたいだし。私の知らないところで、交友を深めているのだろう。
私もぼっちを卒業したので、今なら堂々と張り合えるのである。仲良きことは素晴らしいことである。
「……誰かと思えば。何か用なの」
「い、いえ。ただ、何をしているのかなーと気になって」
「夏の向日葵は、一年の中で一番生命力に溢れている。その花々に囲まれる事で、少しずつ力を分けて貰っている。それが私の力の源」
「……なるほど。勉強になりました」
普通に答えが返ってきた。もしかしたら酔っているのかもしれない。このまま立ち去るのもあれかなと思ったので、私も幽香から少し離れたところに腰掛ける。
「…………」
「…………」
――暑い。じりじりと身体を焦がすような日光が私たちを照らし続ける。幽香は表情を変えずに、グラスの酒を飲み干した。幽香が自分で作った花の酒か。私がそれを眺めていると、どこからかグラスを取り出し、私に放り投げてくる。
「……?」
「飲みたいなら勝手に飲みなさい。後、コソコソ隠れて飲むような真似はやめるように。みっともないわ」
「は、はい。ありがとうございます」
やけに慈悲深い。今日はどういう風の吹き回しやら。酒が回っているのかな。まぁお許しが出たなら遠慮なくいただいてやろうではないか。私は微妙にびくびくしながら、水桶に入っていた酒瓶を取り、なみなみと注いでいく。うん、相変わらず良い香りだ。
幽香がグラスをこちらに差し出してきた。警戒しながら、私はそれにグラスを打ちつける。乾杯だ。……グラスを顔に投げつけられるかと思ったけどそういうことはなかった。今日はやっぱり奇妙である。私は夢を見ているのかもしれない。
香りをしばらく楽しんだ後、口に含む。ああ、冷たくて美味しい。
「本当に美味しいです」
「……そう」
会話を続ける努力をしてほしいものだ。一応、戸籍上は娘なのに。いや、この世界に戸籍なんてないけど。……と、期待するだけ無駄なのは既に分かっているのである。
「ねぇ」
「は、はい」
幽香が気だるそうに声を掛けてきた。私は背筋をピンと伸ばす。
「……冥界、鬼、そして蓬莱人。三つの異変にお前は巻き込まれた――或いは進んで関わったわけだけど。何か得るものはあった?」
「……え?」
「何もなかったわけじゃないでしょう?」
「えっと、その。どうなんだろう」
幽香はこちらを見ている。その視線から感情を読み取る事は難しい。一体何を考えているのか。質問の意図が分からない。
「何か身についたかは分からないけれど、友達は増えました。知り合いも。それに、色んな人と話して、色々なことを勉強しました」
「そう」
「はい」
「…………」
幽香は視線を宙に向ける。
「前も聞いたけれど。アリスと一緒にいるのは楽しい?」
「はい」
即答する。アリスとの日々があるからこそ、ルーミア、フラン、妖夢と仲良くなれたといってもよい。最初に出会えたのが彼女でなければ、今の私はない。
「じゃあ、今の暮らしは楽しい?」
今度は質問の意図を掴みかねる。何が聞きたいのだろう。私は少し考えた後、正直に答える。今は、前よりも自由もあるし楽しいのは確かである。
「えっと、まぁ、そうですね」
「なら、最後まで努力しなさい。腕を磨いて、少しぐらいは私に近づいて見せなさい。何があろうと、絶対に諦めるんじゃない。最後まで、歯を食い縛って耐えろ」
そう言うと、幽香は再び酒を飲み干した。ペースがやたらと速い。私が気を利かせて酒を注いでやろうとしたら、余計なことはするなと怒られた。空気の読めない女はこれだから嫌である。
なんだか励ましてくれているように聞こえたが気のせいだろう。だって幽香と私は仲が死ぬ程悪いから。あれ、どうしてこうなってしまったんだっけ。よく思い出せない。記憶がぐるぐる回りだす。いつから、私は幽香を憎いと思っているんだろう。うーん。思い出せない。
とにかく、私に何か原因があるなら言って欲しい。というか、聞いてしまうか。もう手遅れだとしても、それを反省材料として今後の人付き合いに活かして生きたい。失敗から学べることは多い。
「お母様」
「何?」
今日は奇妙な日。もしかしたら、これも夢の中かもしれない。ならば、思い切って聞いてしまおう。思い切って言ってしまおう。
「私はどうしてお母様に憎まれているんでしたっけ。お母様から、直接、聞きたいんです」
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。気まずい。やっぱり聞くんじゃなかったかな。
「グズで、覚えも悪く、姑息な真似ばかりする。その上、反抗的で嘘ばかりついて、私を常に苛々させる。私はお前の存在が気に入らないのよ」
思わず笑ってしまった。実に幽香らしい回答だった。
「あはは、良く分かりました。でも、それなら、なんで私を家に置いておくんです? おかしいですよね」
「それは、お前の顔が私に瓜二つだからよ。お前を見れば、誰もが私を想像する。そんなのを外に出したら、恥を晒す事になるじゃない」
存在が気に入らない、生きているだけで恥晒し。ガツンときたけど、新しい傷にはならない。古傷をぐりぐりと抉られているようなもの。でも、本当にそうなのかな。何かが決定的に違う気もするけど、どちらにせよ解決できるてっとり早い手段を私は知っている。
「実は、一つ名案があるんですけど」
私は笑顔で幽香に近寄る。
「お前に名案なんて思いつけるの?」
「――今、ここで、私を殺してみませんか。貴方なら、私を塵にすることなど容易いでしょう。遠慮はいりません。さぁ、どうぞ」
「…………」
幽香が目を見開いた。驚いているのか、呆れているのか。幽香が何を考えているかさっぱり読み取れない。
どっちに転んでもいいかなという感じだ。最近、ちょっと疲れる事が多い。実際問題、食事や住む場所を提供してくれているのは幽香であるわけで。逃げ出しても迷惑がかかるのなら、それしか解決手段がないように思える。
何故か分からないが、もう以前ほど幽香に対して憎しみをもてなくなっている。薄れているというか、なんというか。そんな感じ。
これが夢ならばきっと目が覚めるだろうし、夢じゃないなら私は楽になれる。ほら、どっちに転んでも問題ない。
「寝言は寝てから言え。お前は勝手に死ぬことは許されない。それを頭に叩き込んでおきなさい」
「そうですか。それは、残念です」
「本当に寝ぼけているみたいだから、目を覚ましてあげるわ」
本気のグーで頭を殴られた。本当に痛い。 生殺与奪は幽香のもの。――いつか、絶対に思い知らせてやる。立場を逆転させてやる。
今までの私は、そうやって幽香に対して憎悪の感情を煽られてきた訳だ。ほら、ドス黒い感情が勝手に溢れてくる。
「ふふ、中々良い目ね。私への殺気の強さだけは認めているのよ。その気迫を常に持ち続けなさい」
「そうすれば、いつかお母様を越えられますか?」
「さぁね。できるかどうか、試してみればいいんじゃない」
幽香は口元を歪めると、私のグラスに酒を注いできた。剣呑な雰囲気の酒盛り。私は全然楽しくないが、お酒は美味い。ならばよしとしよう。
そんな感じで沈黙の酒盛りを続けていたら、ルーミアがふらふらとやってきた。ついでにアリス、フラン、美鈴も一緒だ。
「……ああ。小うるさい連中が来たわね」
「皆、どうしたんでしょう」
「この酒の臭いを嗅ぎ付けたのでしょう。香りが強いからね」
「なるほど。って、そんな馬鹿な。ちょっと遠すぎるでしょう。虫じゃないんですから」
幽香の天然ボケに、思わず突っ込んでしまった。あれれ。今までで初めてではないだろうか。私のツッコミを受けた幽香はなんだかしかめっ面。あまり見かけない表情とやりとりだったので、ちょっと面白かった。
そうこうしているうちにルーミアが近くに着地。その両手には大きな籠が握られており、笑顔で中身を取り出してきた。
「やっほー。ねぇ、見て見て。取れたてほやほやのお肉。幽香、これお土産だけど食べる?」
「今は花の香りを楽しみながら飲んでいるのよ。そんな臭いが強いものはいらないわ」
「じゃあ燐香に食べさせて良い?」
「勝手にしたら」
「やったね。じゃあ燐香、口を開けて。さぁ、ぐいっと」
話が流れるように進んでいく。ルーミアが握っているのは、謎のこんがり焼けた骨付き肉。ナニかの手首っぽいんですけど。
「いえ、私はいりません。というか臭いが鼻にくるんですけど。ツーンと」
「夏は腐るのが早いから、焼いておかないと駄目なんだよね。でも、タレつけたから香ばしくて美味しいよ。さ、どうぞどうぞ」
「いらない。いらないですから! なんかねちょっとしたのが顔についた! やめろって言ってるでしょうが!」
私は湿り気つき彼岸花を生じさせると、反撃代わりにルーミアに投げつけた。ルーミアは大口を開けて、花をペロリと食べてしまった。
「あ、結構美味しいね。お代わり頂戴」
「どうぞどうぞ」
私はポンポンと彼岸花を投げ入れていく。謎の玉入れ。ルーミアには彼岸花の毒は効かないようだ。後で、私の彼岸花畑を食べないように釘を刺しておこう。
「ルーミア、それ美味しいの?」
「美味しいよ。フランも食べてみる?」
「うん!」
「い、妹様。流石に花をそのまま食べるのは……」
「うるさいな。物は試しって言うでしょ。ほら、ちゃんと日傘を差しててよ!」
フランが彼岸花を掴み、ムシャムシャと食べ始める。うーんと悩んだ後、食べられなくはない味だと言っていた。やはりこれを美味しく食べるのは、種族ルーミアぐらいのものぐらいである。
「それにしても珍しいね燐香。こいつと一緒に酒を飲んでるなんて」
「ふ、フラン。本人の前でコイツ呼ばわりは」
「あ、ごめん。もしかして幽香と仲直りしたの? それって奇跡じゃない?」
「いえ全然。相変わらず不仲です。実は、沈黙の酒盛り中だったので、皆さんが来てくれて本当に嬉しいです」
「ふん」
幽香は特に興味なしのようだ。一応円になって座り、皆でお酒を飲み始める。
「ねぇ、本当に大丈夫? 少し妖力が乱れているみたいだけど」
「大丈夫ですよ。心配してくれてありがとうございます、アリス。もうしばらく宜しくお願いしますね」
心配そうに私の横に腰掛けてきたアリス。ついでに汚れていた手を布巾で拭いてくれる。本当にアリスは気配り上手だ。というか世話焼き上手すぎて、お母さんみたいである。口には出さないけど。
「もうしばらくとは、どういうこと?」
「いえ。別になんでもありません」
「まぁいいけど。私の変装を二度としないなら、ちゃんと宜しくしてあげるわ」
「勿論です!」
まだあの変装の件は許されていなかった。アリスの真似も禁止である。似ていると評判だから、宴会芸にしたかったのに。実に残念無念。
「そうだ、燐香。後でいいから、貴方にあげた人形、少しの間だけ私に預けてくれる?」
「え? どうかしたんですか?」
「メンテナンスをしたいと思って。こまめな管理が、人形を長持させるコツなのよ」
「ああ、分かりました。後で持ってきますね」
「ええ、宜しくね」
花梨人形は大事な宝物。長持させられるなら、全くもって異論はない。というかもとはアリスのものだし。
何故か幽香がこちらを棘のある目で睨んできているのが怖いが、花梨人形は絶対に渡せないのである。手を出してきたら、身代わりボムを100連発食らわしてでも逃げてやる。私はともかく、人形だけは絶対死守だ。
「それにしてもさぁ。この面子で飲むのって結構珍しいよね。というか、太陽の畑で宴会なんて初めてじゃない?」
フランが気持ち良さそうに寝転がる。慌てて立ち上がって日傘をかざす美鈴。実に苦労人である。
「ふぅ、危なかった。それにしても、いやぁ立派な向日葵たちですね。紅魔館も負けないと思っていたのですが、実際に見たらやはり敵いません」
「なにそれ。もう敗北宣言?」
「いやぁ、広さが違いますし。スケールの大きさというかなんというか。それに幽香さんは花の妖怪ですからね」
「情けないなぁ美鈴は。妖夢のところで庭師の修行してきたら? あ、私がお姉さまにお願いしておいてあげる。庭師になるから門番止めたいって」
「や、止めて下さい! 本当にクビになっちゃいますよ!」
「庭師美鈴だって。あはは、滑稽だなー」
彼岸花をつまみにしているルーミアが腹を抱えて笑っている。その手には相変わらず謎の手首が握られている。いきなり口に押し込んできそうなので、警戒が必要だ。こちらの様子を窺っているのはお見通しだ。
「本当に騒がしい連中ね」
「幽香。貴女はこういうのは嫌いなの?」
「好きも嫌いもない。馴れ合いなんて私には必要ない」
「……でも、あの子には必要なことでしょう」
「さぁ。……もう、意味はないかもしれない」
「どういうこと?」
「…………」
「幽香」
「後で話すわ」
幽香とアリスの小声での会話。なんだか難しい話題になりそうな雰囲気。私が混ざれる感じではない。仕方ないのでフランのそばにいって、お酒を注いで上げる事にした。美鈴がお土産の水羊羹をくれたので、まずは一口頂く。うん、甘くて美味しい。
「で、今日は皆揃ってどうしたんです? 本当に向日葵を見ながら宴会をしたかったとか?」
「それもあるけどね。実は、超凄い物を香霖堂で買ったんだよ。だから、ルーミアとアリスをさそって来たの。仕事が終わったら妖夢も来るって。あ、魔理沙も誘いたかったけど、アリスが駄目だって言ったから」
「あらら」
ノリノリのフラン。八重歯がきらりと覗いている。八重歯じゃなく吸血鬼の牙だけど、可愛らしい。
ちなみに、魔理沙とアリスは相変わらずらしい。この前で少しは距離が近づいたかと思ったのに。だが、フランの話によるとパチュリーを交えてなにやら頻繁に話し合っているとか。そのままいけばアリスとの仲は改善されていくのかもしれない。普通は時間が解決してくれるものだし。いずれは綺麗に収まるだろう。
「ふん、当然でしょう。この前も危険に晒したのだからね。ああ、キツく言ってあるからもう心配はいらないはずよ」
「そ、そうなんですか」
とりあえず今は反論するのは止めておく。火に油を注ぐ結果になりかねない。うん、時間が解決してくれることを祈ろう。
「それで、その凄いものって、何なんですか?」
「えへへ。それはねー、これだよ!!」
美鈴の持っていた鞄から、フランが大きな袋を取り出す。それは、いわゆる花火だった。ロケットやら吹き出しやら打ち上げやら色々ある。なるほど、夏といえば花火。花火を見ながら皆でお酒! それは素晴らしいアイディアである。
「流石はフランですね。目の付け所が鋭い!」
「そ、そうかな。最初はお姉様を驚かす用にと思ったんだけど、良く考えたらそんなのどうでもいいし」
レミリアの寝ているところに、この花火を全部ぶっ放す予定だったらしい。それはとてもドッキリな企画である。
「私が、皆さんと一緒にやりましょうと提案したんです。夏といえば花火ですからね」
「美鈴にしては良い考えだったよね。褒めてあげる!」
フランが美鈴に勢い良く抱きついた。美鈴も嬉しそう。
「あはは。ありがとうございます」
「それじゃあ、夜まで飲んで食べてようよ。まだ明るいしね」
ルーミアは花火よりも食い物らしかった。やたらと持ち込んできた食料をムシャムシャ食べている。先ほどの手首ももうなかった。ようやくお腹におさめてくれたようだ。これで一安心。
◆
――夜がくるまでわいわい賑やかにやっていると、妖夢に幽々子が現れた。冥界の管理者がこんなところに来て良いのかと思ったが、気にしないらしい。
幽香、アリス、幽々子の三人はなにやら難しい顔をしながら話しはじめてしまった。こちらに時折視線をむけてくるのが非常に感じが悪い。だが、アリスと幽々子も一緒だし、悪口ではないのは間違いない。と言うわけで放置である。
「さぁ、一緒に遊びましょう!」
こちらはこちらで遊ぼうと、妖夢を無理矢理引き摺り込む。
「ちょ、ちょっと。私は幽々子様のお世話があるんだけど!」
「いいからいいから。さ、花火の準備をしましょう」
「わ、分かったから半霊を引っ張らないで!」
妖夢の半霊はなんだか生暖かかった。
「最初はどれにする? ロケット? なんだか小さいけど、どのくらいの威力なのかな」
「飛ばしてみれば分かりますよ。じゃあ、着火しますよ!」
「じゃあ私もロケットに」
私が火をつけようとしたら、ルーミアがニヤリと笑って、ロケット花火を仕掛けた筒をこちらにむけてくる、それは禁じ手の手持ちロケット!!
「ちょ、ちょっとルーミア! 私に向けないでください! やめて!」
「もう遅いよ。発射」
「ぎゃー!!」
逃げ惑う私。それを追い越して、ロケットが炸裂した。普段喰らっている弾幕からすれば全然大した威力ではないが、とてもムカついた。よってやり返す。
「ふ、ふふん。やってくれましたね、ルーミアさん。私をここまで虚仮にしたのは貴方が初めてですよ」
「そうなんだ」
「余裕ぶっこいていられるのもそこまでです。くらえっ! 怒りの10連花火を!」
10連発打ち上げ花火をルーミアに向かって発射! と思ったら、妖夢がいつの間にか盾にされていた。
「な、ななな、何をするの! ちょっと、ルーミア!!」
「半分死んでるんだから、いいじゃない。じゃあ盾役宜しくねー」
「や、やめてって! あ、熱い! ぎゃー!!」
妖夢は意外とビビリだった。半べそをかいて、座り込んだかと思うと、据わった目で打ち上げ花火を握り締めている。いつの間にか額に鉢巻を巻いて、噴出し花火をそこに括りつけている。――これは、八つ墓スタイル!
「このうつけ者共ッ! 我が恨み、思い知らせてやる!」
「フラン、ここは逃げましょう! ああなった妖夢は面白いけど話を聞かないんです!」
「あはは! 凄く面白い! 美鈴、それ全部火つけちゃって!」
「え、いいんですか?」
「どんどんやろうよ! まだまだ一杯あるし!」
花火がもうこれでもかというほど撃ちあがる中を、妖夢、ルーミアが追いかけっこをしている。その余波を受けて私たちもひっちゃかめっちゃか。そのまま弾幕勝負に突入。別の花火大会になってしまった。
で、追いかけっこが一段落したところで、妖夢が黄昏れはじめた。一番大騒ぎしていたくせに。
「ふ、風情ある線香花火をのんびり楽しもうと思っていたのに。どうしてこんな騒がしいことに」
八つ墓スタイルでノリノリだった奴が何をいうのかと思ったので、煙玉を大量になげつけてやった。妖夢は悲鳴をあげて逃げ出して行った。何が怖いのかはさっぱり分からない。
ちなみに、その線香花火は、すでにフランの手によって一斉着火されて放り投げられている。これ地味でつまんないという言葉とともに。実は、あの寂しい感じは私も好きだったりする。ぼーっといつまでも眺めているのは楽しい。そして、消えるときの唐突さも良い。
「全部妖夢のせいじゃないかなー。子供だよね。それよりこのうねうね、気持ち悪いなー。すっごいもぞもぞしてる」
と、ルーミアがへび花火を眺めながら呆れながら感心している。つんつんしてるし、あれはかなり気に入ったようだ。
「やかましい! 全部お前のせいだ! それと燐香!」
妖夢がルーミアの頭を小突いている。私はそれを見越してすでに距離を取っている。
「まぁ、楽しかったからいいじゃないですか」
「でもさ、皆顔と身体が煤だらけだね! 真っ黒だよ!」
「あ! 妖夢、半霊が黒くなってますよ!」
「嘘でしょ!?」
「もちろん嘘です!」
「こ、この糞餓鬼! 天誅!!」
打てば響く妖夢のツッコミ。私は笑顔で拳骨を受け止めた。
最後にネズミ花火を盛大にばら撒いて、ゴミ拾い。いよいよ全員スタミナが切れたようで、両脚を投げ出して地べたに座り込んでいる。美鈴は、律儀に花火の後始末。本当に瀟洒な門番である。
顔も真っ黒。服も真っ黒。でも顔には笑顔が浮かんでいる。本気で遊べたので、奇妙な充実感がある。
「折角だから、お風呂に入っていきますか? その格好じゃ帰れないでしょう」
「え、いいの? でもこの汚れでお邪魔するのはちょっとどうかと」
常識人の妖夢が遠慮するが、その火事場から逃げ出したような格好でうろつくのもどうかと思う。
「別にいいですよ。後で私がお風呂を掃除しますから。というか、是非泊まっていって下さい」
「やったー! 燐香の家でお泊りだって!」
「いや、流石にそこまでご迷惑をおかけする訳には――」
と妖夢が更に遠慮した瞬間、幽々子が「構わないわよー」と笑顔で叫んでいた。軽く溜息を吐く妖夢。
どうやら、幽香たちは夜通しで何かを話し合うらしい。もしくはオールでの飲み会か。自分たちばっかりずるい連中だ。
「お風呂の後は、私の部屋でごろごろしながら遊びましょうか。お泊りといえば、定番のガールズトークですね!」
「なにそれ。よくわかんないけどすごい! あ、でも美鈴は駄目だよね」
「そ、そんな。私も一応ガールに入るのでは」
「駄目駄目! 大人は駄目だよ! あ、今日はもういいから帰って良いよ。ばいばい」
子供ながらの容赦のなさが発揮された。美鈴の顔が引き攣っている。
「い、妹さまー私だけじゃ帰れませんよ。では、私は幽香さんたちの宴会の方にお邪魔していますので」
「いいから帰って良いよ!」
フランに蹴飛ばされている美鈴。確かに、少女ではないだろう。美人だけど。結局、美鈴は幽香たちと同席することになったらしい。アリスはこっちに来ても良いと思うのだが、今日は遠慮しておくと優しい笑顔でお断りされてしまった。もしかしたら気を遣われたのかもしれない。
「うーん。が、がーるずとーく」
「どうしたんです、妖夢」
「いや、そういうの、私も初めてで。ど、同年代の友達って、いなかったし。というか、友達自体亡霊さんぐらいなもので。修行と仕事で忙しくて」
ガールズトークというか、謎のぼっちトークがはじまってしまった。私は何も言わずに肩を叩いて慰めてあげた。
「夜食はあるのかなー」
「お菓子はありますよ。お母様の手作りのが。超硬いですけど、毒は入ってませんでした。」
顎を鍛えられるクッキー。噛めば噛むほど確かに味がでて美味しいのだが、多分硬いのは嫌がらせである。それとも世界にはああいうクッキーがあるのだろうか。
「じゃあ私も秘蔵のお菓子をだすね。熟成されてるから、皆気に入るはず」
「先に言っておきますが、肉は駄目ですよ」
「えっ」
わざとらしく目を見開くルーミア。ビーフジャーキーとか言ってこっそり摩り替えそうなので、肉は禁止しておこう。
「えっ、じゃないですよ。なにを食わせるつもりなんですか」
「じゃあランクを下げて普通のお菓子にしよう」
ポケットからばらばらと飴玉やらチョコレート、キャラメルをばら撒いていくルーミア。まるでお菓子の四次元ポケットだ。今日はやけに気前が良い。
「というか、今出さないでください! ああ、暗くて見えないし!」
なんにせよ、楽しくなりそうだった。なにしろ、友達との旅行での楽しみと言えば、夜通し話しこんでお菓子を食べたりするあのドキドキタイムである。何より嬉しいのは、私の部屋にお客さんを招く事ができそうなことだ。
これは私にとって実に記念すべき事なのである。本当に嬉しいし幸せだ。きっと、あっと言う間に過ぎてしまうんだろうなぁと思うと、ちょっと寂しい気持ちになってしまった。
この面子のお泊り大会とか、場面を想像すると楽しかったです。