ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第六十九話 儚い月

 今までにないくらいに千客万来の風見邸。私、幽香、アリス、ルーミア、フラン、美鈴、幽々子に妖夢。凄い。本当にもう二度とないくらいの賑やかさ。今日はクリスマスだったかな。エイプリルフールかもしれない。

 

「私は夢を見ているのかな。あの悪魔の棲む家と言われた風見邸に、こんなに人が」

「じゃあ試しに殴ってあげようか」

「いえ、遠慮しておきます」

「そうなんだ。残念」

 

 ルーミアが拳を握り締めていたので、丁重に遠慮しておいた。

 お風呂に入って汚れを落とした後、さぁ、このまま大宴会突入だーと思ったら、子供は寝ろと私の部屋に全員押し込まれた。私、フラン、ルーミア、妖夢の4名である。妖夢は自分は子供ではないと喚いていたが、幽々子にうるさいと一蹴されて凹んでいた。この中だと、一番年上なのはフランかルーミアか。精神年齢なら私が一番大人である! そう言い切ったら。

 

「えー。絶対にないよねー」

「うんうん」

「ないない。ありえない」

 

 口を揃えて異議を唱える皆。良いチームワークだ。

 

「なんでこういうときだけ一致団結するんですかね」

「当たり前でしょ! いつも悪戯ばっかりして!」

「それより、この部屋涼しいねー」

「あ、それはこれがあるからです!」

 

 紫の人からもらった携帯カイロ。これは温度調節で涼しくもできる超優れもの。おかげで私の部屋は夏でも快適!

 

「私も欲しいなぁ。ね、どこで売ってるの?」

「河童が作ったものみたいですけど。もらいものです」

「じゃあバザーだね。妖怪の山でたまにやってるから、行ってみたら」

「そうするよ。美鈴に連れて行ってもらおうっと」

 

 フランが興味深そうに携帯カイロを弄っていると、美鈴が部屋の扉を開けて入ってくる。

 

「お待たせしました! 皆さんの着替えと寝巻きを持ってきましたよ。超ダッシュで!」

「遅い!」

「そ、そんな。本気の本気で飛ばしたんですよ。氷の妖精が吹っ飛んでいくぐらいに」

 

 かわいそうなチルノだった。

 

「お酒とお菓子は?」

「一応持ってきましたけど。咲夜さんがすぐに用意してくれましたので。でも、あんまり飲み過ぎないようにお願いしますね?」

「うるさいなぁ。いいから早く頂戴! 早く早く!」

 

 フランがお菓子とお酒をテーブルにどんどん載せていく。美鈴はほかの皆に、紅魔館来客用の寝巻きを渡している。なるほど、これを取りに行ってもらっていたようだ。

 

「フランは気が利きますね。美鈴さんもありがとうございます。皆には私の寝巻きをと思ったんですけど、ちょっとサイズが合わないですもんね」

 

 フランとルーミアは大丈夫でも、妖夢にはちょっと小さいだろう。

 

「えへへ。いつか誰かの家に泊まりにいけるかなぁと思ってて。こんなに早く来るとは思わなかった! 嬉しいな!」

「でも、これは。ちょ、ちょっと派手すぎませんかね」

 

 妖夢が難色を示している。ピンクのパジャマである。可愛らしいけど、妖夢には派手すぎるようだ。可愛くていいと思うが、その引き攣ってる表情には似合わないだろう。あと、剣はどこかに置かないと。

 

「別にいいじゃないですか。それで出掛けるわけじゃないんですし。ごろごろするだけですよ」

「うーん。それもそうかな。ありがとう、フラン。お借りします」

 

 妖夢がフランに感謝している。フランはちょっとどもりながらも、手をぶんぶん振っている。今まで引き篭もりだったので、こういう素直な感謝に慣れていないのである。

 

「い、いいよいいよ。というかそれあげる。なんか一杯あるみたいだし」

「いや、そういう訳には」

「いいんです。どうぞもらってください妖夢さん。今日の記念ということで。ルーミアもどうぞ」

 

 美鈴がどうぞどうぞと勧めている。紅魔館ならパジャマの1枚や2枚問題ないだろう。

 

「あ、そうなの? じゃあ遠慮なくもらうね」

 

 とっくに着替えていたルーミアはすでに菓子を貪り始めている。食いしん坊め!

 

「では、何かありましたら呼んでくださいね。私はあちらにいますので」

「……別にこっちでもいいよ。なんか色々頼んじゃったし」

 

 フランが珍しく気を遣っている。

 

「はは、ありがとうございます。でもせっかくですから、子供同士で仲良くやってください。私は空気が読めるので」

「偉そうに。へなちょこ門番のくせに! やっぱりあっちいけ!」

 

 フランが蹴飛ばすと、美鈴は笑いながら出て行った。相変わらずだが、仲良くやっているらしい。良いコンビである。

 

「さて。とりあえず、乾杯しましょうか!」

「いいねー」

「あの。これ、赤いですけど血は――」

「入ってないよ。そのワインは来客用のだから。多分葡萄だけ!」

「それなら良かった」

 

 妖夢がホッと安心している。フランとルーミアの口が少し歪んでいるのが気になるところ。フランは多分とか言ってたし。

 これ、多分入ってるな。私は妖怪だし良いか。別に死ぬわけじゃないし! でも人肉だけは無理。

 皆のグラスに酒が満たされたのを確認し、私は乾杯の音頭を取った。面倒な挨拶はなしである。

 

「それじゃあ乾杯!」

「はやっ! こういうのって、なんか歓迎の挨拶とかあるんじゃないの?」

「そんなのはないですよ。それより時間がもったいないから乾杯を!」

『乾杯!』

「か、乾杯」

 

 うーん、胸に染みる! 一人酒より、やっぱり皆でわいわい飲む方が楽しい。当たり前の話だけど。

 

「でも。あんまり騒ぐなって幽香さんが言ってたけど……」

 

 妖夢がちょっと脅えている。

 

「へーきへーき。何か文句言いやがったら、私がこの手でぶちのめして、あの女に自分の立場という――ものを。……分からなくちゃいけないのは馬鹿な私でした。あははは」

 

 扉の隙間から殺気を感じたので、私は慌てて誤魔化しておいた。この地獄耳め! 即行で扉を閉め、汗を拭って深く息を吐く。

 

「――弱っ」

 

 ルーミアの短いツッコミを無視する。

 

「いやぁ。私が本気を出せばグーパン一撃なんですけど、今日のところは見逃してあげようかなと」

「ふーん。でもなんで声がそんなに小さいの?」

 

 フランのツッコミ。今日は皆鋭いな。ゴホゴホと咳払いしながら、私は言い訳する。

 

「あー、なんだか喉の調子が悪いので。ごほごほ。夏風邪ですかね」

「弱っ」

「あはは! ね、そういえば知ってる? この前面白いこと天狗から聞いちゃった」

「何をです?」

 

 天狗といえば射命丸文か姫海棠はたてだろうか。ゴシップネタかな。

 

「私たちね、他の皆から四馬鹿って呼ばれてるんだって! 面白いよね!」

 

 フランが満面の笑みでそんなことを言ってのけた。へーと呟くルーミア。ピシッと表情が固まる妖夢。

 

「――は? その四人とは、だ、誰の事なんです?」

「だから、私たちだよ。私でしょ、燐香でしょ、ルーミアでしょ、あと妖夢。ほら、四人じゃん」

「ちょーっと待った!! あ、貴方達はともかく、どうして私まで入ってるの! 三馬鹿の間違いでしょ!?」

「ううん。また四馬鹿が何かやらかしたとか、どこかで大騒ぎしてお仕置きされたとか、天狗がたくさん書いてるんだって。アリスの家でよく遊んだり、集まったりしてるからかなぁ」

 

 妖夢が呆然としている。私も初耳だった。だが、妖夢は心当たりがあるらしく、何かぶつぶつ呟いている。

 

「……そ、そういえば。人里に買い出しに行った時、なんだか生温かい視線を受けるような気がしていたんだ。それに幽々子様も、友達がたくさん増えたのねぇ、とか呑気に笑ってたし!」

「あはは、妖夢、その顔滑稽で面白いなー」

「確かに滑稽ですね! 知ってますか? 妖夢はボケもツッコミもできる二刀流なんですよ」

「へぇー。そうなんだー」

「いつかは三刀流を目指すそうです。凄いですよね」

「妖夢って凄い!」

「さぁ、妖夢! 心置きなくツッコんでください!」

 

 私がふると、妖夢がお約束通りに激昂する。

 

「絶対ツッコまねーし! 大体三刀流って意味分からねーし! ボケとツッコミ以外に何があるんだ!」

「おお」

 

 フランが感嘆の声を上げて拍手を始めた。真っ赤になる妖夢。

 

「だから、私はそういうキャラじゃない!」

「うわあ。確かに、ツッコミ鋭いね」

 

 フランが心から感心していた。私の見る目は確かなのだ。

 

「じゃあ、聞きますけど。妖夢はどういうキャラなんです?」

「それは、その。凛とした真面目な剣士というか。格好良いのがいいなぁ、なんて」

 

 それは理想である。でも現実は非情である。

 

「まぁそれは置いておくとして。フラン、妖夢の得意技知ってます? ハラキリ芸なんですけど、あれは本当に凄いんですよ」

「スルーすんな!」

「凄そうー。見てみたい! 妖夢、やってみて!」

「だから切らねーし! って私が四馬鹿に入ってるのは、絶対にお前のせいだろう! こら!」

 

 妖夢が首を絞めてこようとするので、私は舌を出してルーミアを盾にした。ルーミアが闇を展開したので、それはもう散々な状態に。

 

「……ちょっと。さっきからうるさいわよ、貴方達。もう遅いんだから、さっさと歯を磨いて寝なさい!」

 

 いつの間にか保母さんに転職したアリスに怒られた。プロレス状態だった私達はすぐに正座して、全員で反省のポーズをするのだった。当然ながら全然私は反省していない。全く眠くないし。とりあえずさっき歯は磨いたけど、まだまだ寝るつもりなし!

 

「あはは。怒られた怒られた」

「笑い事じゃないよルーミア。わ、私の凛としたイメージが」

 

 今まで、どこにそんなイメージがあったのだろう。今度探してみたい。

 

「大丈夫だよ。それ以上下がることないから。良かったね」

「……全然フォローになってません」

 

 ルーミアは傷口に塩を塗りこんで笑うタイプなので、フォローを期待してはいけない。意外とSなのだ。

 

「そうだ。ルーミアに妖夢。ちょっとこれを見て欲しいんですけど」

 

 私はフランと美鈴と一緒に作っている幻想郷征服ゲームを取り出して広げる。

 

「あれ。前より、凄く作りこんであるけど。紅魔館と太陽の畑なんか超細かいし。これ、本当に凄い!」

「燐香って、本当に暇なんだね」

 

 ルーミアの納得したような声がする。

 

「ふふん。そんなに褒めても何も出ませんよ」

「褒めてないけど」

「というか、もうこれで完成でよくない?」

「いやいや。白玉楼と、この魔法の森が空白が多くて。妖怪の山もまだまだ作りこみが甘いし。そこで、ちょっと皆の知恵を借りようと思って」

「うん、いいよ。手伝ってあげる。その代わり、後で私のお願いも聞いてね」

 

 ルーミアが邪気のない笑顔を浮かべる。こいつがこういう顔を浮かべるときが一番危険だ。腹黒いから。

 

「……無理のないお願いなら、一応聞きます」

「やった! 絶対に聞いてもらおうっと。嘘ついたら針千本ね」

 

 ルーミアが大喜び。早まったかもしれない。だがもう手遅れ。最悪、なかったことにしてしまおう。うん。

 

「ねぇ。これは、なんです? 白玉楼に切腹エリアとかいうのがあるんですけど! というか、これ私の絵? なんでござの上で覚悟決めてるの!!」

「あれ、白玉楼にないんですか?」

「ない! あるか! あってたまるか!!」

「そうなのかー。じゃあ自分で適当に変えてください。はい、何でも消える消しゴムです」

 

 私が手渡すと、妖夢が私の書いた絵を消して、更に名前を切腹エリアから鍛錬場へと変えてしまった。それでは捻りがなくて面白くない。よって、私が『笑いの鍛錬場』に変えておいてあげた。

 

「ちょっと、何を勝手に! なんなの笑いの鍛錬場って!」

「妖夢。これは地図じゃなくてゲームなんですよ、ゲーム。そこを分かってもらわないと」

「まだまだ甘いね妖夢。そんなんじゃ全霊に進化できないよ!」

 

 私とフランの連携ボケ。妖夢のツッコミが炸裂する!

 

「進化しねーし! というか全霊ってただの幽霊じゃない! ああ、また切腹エリアが復活してる! 一体誰!?」

 

 当然ルーミアの仕業である。

 

「あれ? ルーミア、魔法の森に人間牧場なんてありましたっけ」

「今はないけど。今度作ろうと思って。養殖してみたいなー」

「そうなのかー」

 

 ここは軽くスルー。

 

「あ、じゃあ私も作る。血液絞り場っと」

「なんかやばそうなのが増えてるし!」

 

 そんなこんなで大騒ぎしつつゲームを作成していると。

 

「静かにしろって言ったでしょう! もう1時よ? 子供は今すぐ寝なさい!」

 

 再びアリスが乗り込んできた。1時まで見逃してくれたから、十分に有情といえる。流石アリスは話が分かる。これが幽香なら、口じゃなく手がでている。そして私は死ぬ。でもお約束なので一応ボケておく。

 

「えー」

「えー」

「えー」

「はい、分かりました。あの、すみませんアリスさん。幽香さんにも謝っておいてください。もうすぐに寝かせますので」

 

 妖夢だけ平謝り。なぜか自分だけお姉さんぶっている。

 

「そこは、えーとコンボを繋げるところなのに。分かってないなぁ」

「笑いの修行が足りないんじゃないかなー」

「ね。だから半霊なんだよ」

「なんの修行だ! それに半霊なのはもとからだ!」

 

 妖夢が叫んでいると、アリスの後ろから幽々子が現れた。

 

「あらあら、本当に楽しそうね、妖夢」

「ゆ、幽々子様!? こ、これは違うのです」

「貴方にお友達が増えて、私もとっても嬉しいわ。皆、いつまでも仲良くしてあげてね。貴方たち四人、とってもお似合いだし」

 

 暗に、四馬鹿の仲間入りおめでとうと聞こえるが、きっと気のせいではない。幽々子の視線がなんだか生暖かいし。

 

「幽々子様! 別に友達というわけじゃ――」

「……えー友達じゃないの?」

 

 フランのひどくガッカリした顔。それを見た妖夢は、うっと詰る。根が真面目だから、こういうのに弱いのだろう。

 だが、今のフランは間違いなく演技である。最近腹芸ができるようになってきている。可愛いから余計に性質が悪い。

 

「い、いや。と、友達だけど、その」

「やったー! 妖夢も四馬鹿の仲間入りだって!」

「ぷっ」

 

 堪えきれずに幽々子が吹き出した。

 

「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「ぐ、ぐぬぬ。か、乾杯」

 

 フラン、ルーミア、私の順で乾杯する。妖夢が悩みながらも、グラスを持ち上げた。桃園の誓いみたいで面白い。

 すると、いつのまにか横に幽香がいた。笑顔だったが、スイッチが切り替わるかのように険しい表情に変わる。顔芸みたいだなーと感心していたが、私は直ぐに正気に戻る。

 

「――げえっ! 悪魔!」

「誰が悪魔よ」

「い、いや、これはちょっとしたジョークで」

「やかましい。いいから、寝ろ! このグズ!!」

 

 ネックハンギング! 私はすぐにギブギブと腕を小刻みに叩く。そのままベッドに放り投げられて、ダウン。

 

「貴方達も寝なさい。今日は散々暴れて疲れているでしょう!」

 

 他の皆も、アリスに叱られて大人しく明かりを消す事になった。敷布団に、適当に毛布やらタオルケットを被って寝る雑魚寝スタイル。こういうのに私は憧れていた。いやぁ、本当に幸せだ。

 

「……フラン、寝ちゃいました?」

「寝るわけないよ! なにかやる?」

「ちょっと。また怒られるよ!」

「でも、明かりをつけたら怒られるよねー」

 

 これは一種の修学旅行のようなもの。となれば、後は脱走イベントを実行しなければ。お約束である。抜け出して別の友達の部屋に遊びにいくという。見つかれば先生のところでお説教! スリル抜群だ。

 それを説明すると、フランは目を爛々と輝かせている。ルーミアも興味を示したようだ。妖夢は嫌そう。だがこういうのは連帯責任である。

 

「ただ抜け出すだけじゃ面白くないから、あれを使おうか。うん、その方が楽しいよ!」

「あれ?」

「うん。ロケット花火の残り。実はね、まだ結構あるんだ。明日もできたらと思って、美鈴にこっそり持ってきてもらったの」

 

 フランが提案してくる。目的地は、フランの意見により紅魔館と博麗神社に決まった。

 

「ここだけの話なんだけど。今うち、ロケット作ってるんだ」

「ロケット? 花火じゃなくて?」

「うん、本物らしいよ。お姉さまが月に行きたいとか馬鹿なこと言い出しちゃって。それで、パチュリーと咲夜はそれにかかりっきり。八雲紫もからんでるらしいけど」

「へー」

「それで、私も行きたいって行ったら、お前は駄目だって言われたの。本当にムカついた。だから、こうしてロケット花火を買ってきたんだよね」

「なるほど」

 

 これは儚月抄か。あの異変?は実は良く分からない。月人の強さとかさっぱり分からないけど、本気でやばそうなので私は関わらないつもりである。こっそり忍び込んで、ロケット打ち上げ直後に爆発したら嫌だし。ここは月見団子を食べるくらいにしておこう。うん。

 

「で、悔しいからロケット花火を打ち込みに行くのかー。うん、それいいねー」

 

 ルーミアが小さく拍手している。こいつはこういう嫌がらせをするのが大好きなのだ。主な犠牲者は私である。しかし、私もよく悪戯をしかけているのでお相子なのだ。いわゆる悪友だ。

 

「博麗神社はどういうわけで襲撃対象に?」

「お姉様がよく遊びに行くから、ただの嫌がらせ。全部お姉様のせいにしてやろうと思って」

「うんうん、凄くいいねー」

 

 ルーミアが納得の表情。

 

「わ、私は行きたくないんですけど。というかやめようよ!」

「留守番でもいいけど、多分連帯責任で怒られるよ」

「じゃあ、ここで貴方達を止めます! そうすれば私は巻き込まれません!」

「騒いだら怒られるよ。私達は全部妖夢のせいにするから。かわいそうに」

 

 ルーミアの方が上手だった。

 

「ううっ。ど、どうすれば」

「そんなの簡単だよ。一緒に行ってロケットを打ち込んだら、バレないように帰ってくればいいんだよ。ね、簡単でしょ?」

 

 悪魔の笑み。流石は宵闇の妖怪。死ぬ程胡散臭い!

 

 

 

 

 

 という訳で、今日のメインイベント、大脱走&ロケット襲撃作戦が始まった。パジャマ姿のまま息を潜めて、窓を開けて脱出。光源は月明かりだけだが、私たちには関係ないこと。だが、問題は向日葵トラップだ。これにはちゃんと対処方法を考えてある。

 全員飛び出したところで、正面に上海人形が現れた。

 

「――げ。アリスだ! もう気付かれてる!」

「や、やっぱりやめよう。私は帰ります!」

 

 ここに至って泣き言をいう妖夢。可哀相に。生贄決定である。

 

「――全員、プランB発動!」

「な、なにそれ! 聞いてないよ!」

 

 戸惑う妖夢を置き去りに、私、フラン、ルーミアは先を急ぐ。一歩遅れた妖夢は、上海にまとわりつかれている。ついでに私の彼岸花もまとわりつかせて、その場から動けないようにする。

 

「お、お前ら、まさか私を餌にして!」

「さようなら妖夢! 貴方の犠牲は当分は忘れないよ!」

「ばいばーい!」

「またねー」

 

 だが、太陽の畑はこれぐらいで済むほど甘くはない。私とフランはアイコンタクトをとり、深々と頷く。

 二人でルーミアの両腕を掴む。

 

「ん? なに?」

「あはは。ごめんね、ルーミア。でも仕方ないんだ」

「ルーミアなら分かってくれるよね。だって友達だもの」

「何をする気なのかなー」

「うん。向日葵トラップを抜けるには、どうしても生贄が必要なんだ。本当は妖夢にしようと思ったんだけど、不測の事態により脱落しちゃいましたし――」

「ルーミアって、いつも美味しいところもっていくじゃない? だから、たまには仕返ししようと思って!」

「そうそう、ついでにいつも私が裏切られてる気がするから、そのお返しもあります」

 

 ルーミアには本当に何度も裏切られているので、たまには逆の立場を味わってもらおうという、私のちょっとした心遣いである。

 こちらを既に捕捉している向日葵たち。私はもがくルーミアに妖力を漲らせた彼岸花を張りつける。フランは「えいっ」と言って、下に突き飛ばした。

 

「二人とも、やったね。この借りは、いずれ必ず――」

 

 ルーミアがニヤリと笑いながら落ちて行った。後がなんだか怖い。というわけでさっさと忘れてしまおう。

 向日葵たちはそこに向かって妖力弾をぶっ放している。ルーミアは小刻みに動きまわって必死に回避している。流石はルーミア。あのまま時間を稼いでもらおう!

 

 四馬鹿のうち二人の友を失った私達だが、無事紅魔館に辿りついた。門番は風見邸で泥酔中なので、侵入は容易である。メイド妖精門番隊はぐっすり居眠りしてるし。

 そのままレミリアの部屋に静かに侵入し、ロケット花火の半分を一気に着火。レミリアの寝室にばら撒いた。ついでにフランは魔力弾をぶっ放している。こっちの方が恐ろしい。

 

「死んじゃえ!!」

「ヒャッハー!!」

 

 機関銃のように弾ける大量の花火と魔力弾。レミリアは飛び上がってベッドの天蓋に頭をぶつけた後、悲鳴をあげている。

 

「うぎゃー!! ヴァ、ヴァンパイアハンターの襲撃かッ!! うー、頭が痛いっ! さ、咲夜はどこ! パチェは何をしている! 早く迎撃しろ!! 主が討ち取られるぞ!!」

「あははは!! なにそれ、超面白い!! 超馬鹿みたい!! もっと死んじゃえ!」

「お、おのれっ! 誰だか知らんが調子に乗るな! って、聞き覚えのある声だなおいッ!?」

「さぁて誰でしょう!! あははは、甘い甘い甘い!! ぶッ潰れろ!!」

 

 フランがベッド目掛けて強力な魔力をぶっ放すと、レミリアが結界を展開。しかし威力が抑えきれなかったようで吹っ飛んで行った。

 

「うぎゃー!! せ、生活バランスが逆転していなければ!! 覚えていろフランドール!!」

「違うよ、私はフランドール・スカーレットじゃないよ! 通りすがりの博麗の巫女だよ!」

「お、お嬢様、何事です!?」

「うー。げ、下克上よ」

 

 ばたんきゅーと倒れているレミリア。咲夜が慌てて助け起こす。

 

「霊夢、逃げましょう! 悪は倒れたわ!」

「うん! そうだね紫! 博麗の力見せ付けてやったよね!」

「れ、霊夢!! いや、声が全然違う! まさか、い、妹様!?」

「ちがうよ。全部博麗の巫女の仕業だよ!」

 

 霊夢と紫の仕業ということにした私たち。巻き上がる大量の煙でこちらの姿は見えないだろう。最後は煙玉をばら撒こうというのはフランの案である。中々効果があがっている。

 実際にはバレバレだろうが、証拠がなければ問題なし! 裁判でも勝てるし!

 

 非常事態サイレンがけたたましく鳴り響く紅魔館を、全力で脱走した私たち。フランが心から嬉しそうなのはなによりだが、なんとなく私は当分出禁になりそうな予感が。今度ちゃんと謝る事にしよう。

 

「すごい上手く行ったね!! やった!」

「いやぁ、流石はフランです! ブラボーです!」

 

 軽快にハイタッチする私たち。だがまだ終わってない。まだギャフンといわせたい奴が残っている。いつかの異変でボコボコにされた借りは忘れていない。フランも同じ思いらしい。

 

「よーし、後は霊夢だね。仕上げが巫女なんてなんだかロマンティック!」

「そ、そうですかね。うーん、意外とそうなのかも」

 

 意味は分からなかったが、そういうことらしい。確かにロマンはある。

 

「じゃあ、総仕上げだよ! これで明日の新聞の一面は私たちだね! Vサインしちゃおうかな」

「そ、それは後で困るような」

 

 ちょっと動揺しながらも、私たちは博麗神社に到着。流石にこの時間は寝静まっている。中には霊夢と伊吹萃香がいるのかな。

 霊夢が寝ているであろう部屋に目掛けて、ロケット花火を大量に設置していく。着火は魔法と妖術で行うから、一気にぶっ飛んでいく。紅魔館とは違い、花火だけで穏便に済ませてあげようとフランが言っていた。実に優しい判断である。襖とかはボロボロになるかもしれないけど、それはあれだ。全部天狗の仕業にしてしまおう。

 

「じゃあこれで今日の作戦は成功だね」

「やりましたね、フラン。私たちにできないことはありません。あの博麗霊夢をギャフンといわせた挙句、涙目にできるのですから。そう、幻想郷中に私たちの名は轟く事でしょう!」

「やったあ! よーし、フランドール・スカーレットと、風見燐香の勝利を祝して、盛大にぶっ放そう! 月に行けないなんて、もうどうでもいいや!」

「帰ったら祝杯ですね! あはははは!」

 

 私とフランは笑顔で頷くと、ロケット花火の導火線に視線を向ける。二人で手を翳した次の瞬間――。

 

「動くな。動くと潰す」

「……え?」

「な、何奴だ!」

 

 時代劇風のセリフと共に、私が視線を向けると。

 

「それはこっちのセリフよ。へぇ。こんな夜中に、中々面白い真似しているじゃない。なに、もしかして宣戦布告のつもり?」

 

 鬼の形相をした博麗霊夢がいた。強引に起こされたせいか、機嫌は最悪のようだ。ついでに、中から萃香も出てきた。こっちは酔っ払って千鳥足。

 

「うぃー。なんだなんだ。夜討ちかぁ? うんうん、元気でいいなぁ! おげー」

「ちょっと、汚いわね!」

「お前がいきなり起こすからだろ。ういー。酒酒っと」

 

 盛大に吐いた後、迎え酒。あれは放っておこう。

 

「あーあ。バレちゃたよ。どうしようか」

「困りましたね」

「とにかく今すぐ片付けなさい。そうしたら半殺しで済ませてやる」

「だってさ、燐香。この巫女、面白いこと言ってるよ」

「くくっ、もはやこれまで。毒を喰らわば皿までです! フランドール・スカーレットと風見燐香に逃走はない!」

 

 印象度をあげるために敢えてフランの名を先に出す。後半の風見燐香はちょっとだけトーンダウンしておいた。後の仕返しが怖いからである。そう、私は姑息なのだ。

 

「よーし! 派手にやっちゃおう!」

 

 明日へ向かって全部に着火! 霊夢は『この野郎!』と口汚く叫んだ後、御札を地面に叩きつけ、衝撃で花火の向きを強引に上へと変える。私は煙幕彼岸花を発動、フランは四人に分身してそれぞれ離脱する。

 ロケット花火が博麗神社上空に鳴り響く。最後の仕上げはいまいちだったが、まぁ今日はこの程度だろう。よし、とっとと帰ろう!

 

「なにやりきった顔してんのよ。私の家に悪戯しておいて逃げようなんて、百万年早いわ!」

「うげっ」

 

 すでに攻撃態勢が整っている。というか、もう霊夢のスペルが発動しているし。

 

「――夢想封印!!」

 

 私は即行で撃墜された。フランはそこそこ粘ったようだが、同じく撃墜された。そこまで見とどけたあと、私はサクッと意識を失った。

 

 次に目覚めたら、もう朝になっていた。しかも自分の家のベッド。見渡すと、私の部屋には死屍累々の山だった。フラン、ルーミア、妖夢がぐったりして寝込んでいる。私もまだまだ体力が回復していなかったので、その輪に入ってくたばることにした。一人でベッドより、皆で雑魚寝の方が楽しいし。

 

 ――次の日の新聞の見出しは、『いつもの四馬鹿、紅魔館と博麗神社を連続襲撃!! 怒れる巫女博麗霊夢、これを見事に撃退す!』だったらしい。有名になることには成功したし、まぁ楽しかったのでよしとしよう。

 

 

 

 

 ロケット襲撃作戦から一ヵ月後。レミリア・スカーレットの月への侵略計画は無事実行されたらしい。

 が、フランの話によると、見事に返り討ちにあって帰還したとかなんとか。詳しくは教えてくれなかったようだが、ボコボコにされたのは間違いないとか。ざまぁとフランが喜んでいた。

 レミリアはもともと勝つつもりはなかったと、平然としていたようだが、フランが『やーい負け犬』と馬鹿にするとプンプン怒り出したとかなんとか。実際、月人たちってどのくらい強いのか。レミリアが軽く捻られたなら、超強いのだろうけど。

 何故かお土産でもらった月のお酒は、とても澄み切った味、そして凄いすっきりした後口だった。確かに美味しいけど、私には地上の酒の方があっているようだ。月の酒は綺麗過ぎる。

 

 で、レミリアが不在の間は、フランが紅魔館当主代行を務めていたのだった。私は紅魔館参謀の地位を得て、魔王軍ごっこを心ゆくまで楽しんだのである。

 ちなみにルーミアは紅魔館影団団長。妖夢には紅魔不死騎団団長のポストが用意された。予想どおりにルーミアが即行で謀反を起こしたので、フランと一緒に粛清してやった。顔を紅の絵の具で塗りたくってだ。そのうち倍返しされそうで怖い。なんか、してやられた回数をカウントしてたし。

 一番面白かったのは、白玉楼制圧戦(遠足)だ。妖夢がいきなり幽々子側に裏切った後にお仕置きされたりと色々あって、最後は幽々子にたくさんご馳走になったりと意味不明だが実に面白かった。

 

「というか、裏切り者ばっかりでしたね」

「まぁ、妖怪だからねー」

「でも、面白かったよ!」

「幽々子様の味方をしたのに……」

「大抵の場合、裏切りの裏切りは許されないのです」

「だって裏切ってないし! 私は勝手に仲間にいれられて!」

「四馬鹿なんですから諦めて下さい。私たちの絆はうどんぐらいには固いし美味しいです」

「柔らかすぎだろうが! そもそも味はいらねーし!」

「でも、一番ズルいのは燐香だったよね。最初は偉そうなのに最後まで逃げ回ってたし」

「ふふ、そんなに褒めても何も出ませんよ」

「全然褒めてないよ!」

 

 そんなこんなで私たちの楽しい時間は過ぎて行った。楽しい時間というのは早く過ぎてしまうもので。それを思い返すと少し寂しい気持ちになったりもする。

 季節はもうすぐ秋。皆でわいわいやっているうちに冬がきて、雪合戦やかまくらを作っていると暖かい春が来る。

 その繰り返しで、私たちはもっともっと仲良くなっていくんじゃないかなぁと思うのだ。毎年毎年、楽しい思い出を作っていき、後で皆で笑いあいたい。あんなこともあったなーなんて。また、この四人と、アリスや幽々子や美鈴。ついでに幽香に怒られたりしながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そうなるといいね。

 

 




儚月抄終了!

次は……。

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