ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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第七十三話 巫女の憂鬱

 博麗神社。もう太陽は姿を隠してしまっている。だというのに、境内は一面真っ赤に染まったままだ。霊夢は大きく伸びをした後、押しかけてきた邪魔者たちに目を向ける。

 紅魔館を追い出されたレミリア・スカーレットと十六夜咲夜の主従。居候の伊吹萃香が縁側でだらだらしていた。

 仕方なく霊夢は話を聞いてやっていたのだが、最後には呆れ顔を浮かべてしまった。妹にたたき出されて、行くところがないなどと言われれば、誰でもそうなる。

 

「それで、主従そろって追い出されたってわけ?」

「いや、少し解釈が違うな。これは古より伝わる策、空城の計というやつだよ」

 

 どんな策だよと霊夢が言おうとしたが、その前に咲夜が突っ込んだ。

 

「……お嬢様。完全に乗っ取られておりますので、少々無理があるかと。妹様たちは特にダメージを受けてはいませんし。何か罠を仕込んだわけでもありません」

「ちょっと待て咲夜。それでは敗北を認める事になるじゃないか。……いや待てよ。よくよく考えれば、フランはスカーレットに連なる者。妹のものは私のものだ。つまり、何も問題ないということだ! さすがは私だ、わははははは――ヘブッ!」

 

 馬鹿笑いするレミリア。鬱陶しいので、霊夢は無言でぶん殴って昏倒させた。

 

「お、お嬢様ッ! ちょっと霊夢、何をするの!」

「うるさいから、つい」

 

 咲夜が剣呑な目で睨んで来るが、知ったことではない。こいつらはお客でもなんでもない。しかも人の家のお茶を勝手に飲んでいる。パンチ一発なら安いものである。

 

「おーい霊夢。なんだか祭の臭いがするなぁ。あー、私も参加したいなー! できたら弾幕じゃなくて殴り合いがいいなぁ!」

「うるさいわね。飲んだくれ鬼はすっこんでなさい」

「おい! まさか、私を仲間はずれにする気か!? 私が鬼だからか畜生!」

 

 今にも暴れだしそうな萃香。霊夢は溜息を吐いた後、適当に宥めることにした。

 

「行くときは一応教えるから。ほら、アンタはもっと酒を飲んでなさい」

「え、本当か? それじゃあ遠慮なく」

 

 酒瓶をぽいっと投げつけると、萃香が嬉しそうに受け取る。ちなみに、教えるだけで連れて行くとは言っていない。

 ――居候のくせに、我が物顔でうろつく鬼、伊吹萃香。いつの間にか、こいつがいることが当たり前になってしまっていることに気付くと、霊夢は思わず眉を顰める。

 しかし、釜に力を封印してしまっている手前、とっとと出て行けとはいえないのが悲しいところ。そんなことを言って解放すれば、この鬼は喜んでどこぞに暴れにいくだろう。大人しくしているとはとても思えない。

 

「それで霊夢。貴方は、この異変についてどう思うの?」

「…………そうねぇ」

 

 咲夜の問いかけに、霊夢は考え込む。異変の兆候は、少し前から現れていた。もう9月も中頃になろうというときに、春の花々が再び咲き始めたのだから。月の異変から、まだそう経っていないのに、またかと霊夢は内心溜息を吐いていたのだが。紫いわく、今年は仕方がないのだそうだ。だが、時期が少しおかしいと、紫は首を傾げていた。

 

 異変の変化はそれからすぐに訪れた。多種多様だった四季の花々に取って代わるように、赤い彼岸花が幻想郷中を覆い尽くした。徐々にではなく、一夜でだ。人里、畑、森、平野、集落、湖、川、ありとあらゆる大地に彼岸花が咲き乱れている。酷い集落などは、家が彼岸花で埋め尽くされたらしい。そこの住人は発狂してしまったとか、ある集落などは生贄を差し出して祟りを抑えようとしたなど、紫がお節介にも教えてくれた。笑えない冗談だと霊夢が言うと、紫は真顔で『全部本当のことよ』と言っていた。余計に笑えない。

 

「うーん」

「何よ。鬼巫女のくせに、はっきりしないじゃない」

「誰が鬼巫女よ」

「鬼と一緒に住んでるからだけど」

「やかましい」

 

 一応文句をいっておく。ちょっとだけ納得してしまったのが悔しかった。

 

 それはともかく、彼岸花はこの博麗神社にも当然咲きまくっている。境内は赤い絨毯。この花に悪い印象はもっていなかったが、ここまでくると流石に呆れもする。ちなみに、抜いても無駄だ。そこらへんをふわふわしている『蕾』が、すぐさまやってきて、妖力照射により再生させてしまう。無駄なことはやらないのが霊夢のモットーである。

 

「ま、人里は大騒ぎだろうけど、私は別に困らないし。巫女というより、植木屋の仕事でしょう」

「貴方は困らなくても、普通の人は困るわよ。下手したら、そのうち餓死者がでるんじゃないかしら? 収穫を終えてない家もあったでしょうに」

「あー、それなら大丈夫よ。彼岸花は食べられるから。私も食べてみたし」

「……嘘でしょ。この花って、食べられるの?」

 

 疑問の目を向けてくる咲夜。嘘は言ってない。そんなに美味しくはなかったが、腹はちゃんと膨れた。

 

「ええ。鱗茎の毒を抜いて、粉状にして饅頭みたいにして焼いて食べたわ。アンタなら他にも調理法思いつくんじゃない? まぁ、毒を抜くのに失敗するとお腹を壊すかもしれないけど」

「ははは。私は生でバリバリ食べたぞ。いやぁ、本当に苦くて酒がすすむすすむ。ちなみに腹はちゃんと膨れたぞ! 鬼と巫女のお墨付き! つまりは鬼巫女印だな! わはははは!」

 

 豪快に笑う萃香。喰っても喰っても本当に減らないと、瓢箪の酒を飲みながら夜通し嬉しそうに騒いでいた。あまりにも五月蝿いので張り倒して終わりにさせたのだが。あれだけ生で食っても何ともないとは実に頑丈な胃袋である。

 そもそも、鬼に効く毒などないかもしれないと霊夢は思った。が、酒で騙まし討ちされた話もあったかと思い直す。まぁどっちでも良い。敵対したら、正面から叩き潰すだけである。

 

「……そう。なら紅魔館でも今度試してみようかしらね。無事に戻れたらだけど」

 

 咲夜が何度目かわからない溜息を吐いた。レミリアはまだ白目を剥いている。

 

「紫の話だと、もともとは飢饉に備えての救荒植物だったとか。私も詳しくは知らないけどさ」

 

 訳知り顔で延々と薀蓄を語っていた。鬱陶しいので聞き流していたのだが。

 

「へぇ。八雲紫って、長生きしているだけあって物知りなのね。流石は賢者といったところかしら」

「そりゃあ、紫は驚くほどの婆ァだからな! って痛えっ!!」

 

 萃香が笑い飛ばすと、スキマが開いて、強烈な拳骨を落す。どこからともなく現れるのが八雲紫なので、もう突っ込むことはない。

 

「全く。人が聞いていないと思って言いたい放題ねぇ。それに、貴方だって似た様なものでしょうが」

「あははは! 紫は相変わらずの地獄耳だなぁ」

「この異常事態で、呑気に酒を飲んでいられる気楽さが羨ましいわ」

「異常事態っていっても、彼岸花が一杯咲いているだけだろう。私は全然困らないねぇ。むしろ赤くて綺麗じゃないか」

 

 そう言って萃香は手をひらひらと振る。紫は深い溜息を吐く。

 

「そう言い切れる図太い神経が本当に羨ましい。きっと長生きするのでしょうねぇ」

「お前はもっと気楽に考えないと、まーた皺が増えるぞ? わははは! いよっ、皺くちゃ妖怪! ゲブッ!」 

「お馬鹿な萃香はともかくとして。霊夢、貴方は一体何をやっているのかしら」

 

 萃香を邪魔臭そうに蹴飛ばしたあと、霊夢に向き直る紫。

 

「何って。お風呂からあがってのんびりしてたら、こいつらが押しかけてきたんだけど」

「そんなことを聞いているんじゃないの。どうして自分の職責を果たそうとしないのかを聞きたいのよ。良ければ説明してくれるかしら?」

 

 紫が威圧しながら笑みを浮かべてくる。霊夢はふんと鼻を鳴らす。

 

「説明もなにも、私も萃香と同じ意見だからよ。所詮は花だし、放っておけば勝手に枯れるでしょ。霊が憑くかもしれないけど、それは私の仕事じゃないし」

 

 死神に勝手にやらしておけば良いのだ。巫女が汗水流して動く事でもない。

 

「……霊夢。まさかとは思うけど、判断に手心を加えているのかしら」

「はん。馬鹿言わないでくれない?」

「でも、そうとしか思えないのだけど。まさか貴女、『いつかお友達になれそう』とか思ってるの? 貴女が寂しがり屋なのは知ってるけど、それは感心できないわねぇ」

 

 口をニタリと歪めながら、わざわざ挑発してくる。風呂あがりだからあまり暴れたくはない。二度手間になる。

 

「……おい。あんまりふざけたこと言ってると、全力でぶん殴るわよ」

「あら、図星なの?」

「ああ?」

 

 目を細める紫に、霊夢は敵意を篭めて睨みつける。

 

「この異変を起こしているのが風見燐香であることは明白。彼女は、幻想郷中を赤く染めようとしている。時間が経てば経つほど、被害は広まって行く。この異常事態を、博麗の巫女ともあろう者が、どうして放っておくのかしらねぇ」

「ふん。赤だろうがなんだろうが、やりたいだけやらせればいいでしょ。食べられるし、冬になれば枯れるんだから。第一、被害ったって、花が妖怪化して暴れてるわけじゃない。そもそも、今年は特別とか言ってたのはアンタじゃない」

 

 花が咲き乱れてにぎやかになるから、楽しみにしていろとか、この馬鹿はほざいていたのだ。だから、こうして花を肴に酒を飲んでいた。そうしたら挑発した上に言いがかりをつけてきやがった。

 

「ええ、確かにそう言ったわ。今年は六十年毎の区切りの年。でもね、それが問題だったのよ。風見燐香は、自我を維持するのが困難になっている。だから、最後の花火とばかりに、心を許せる友人たちと異変を起こした。それだけならば、見逃しても良かったのだけれど」

「…………」

「恐らく、いえ、確実に力が暴走する。彼女の咲かせた大量の花々が黒に変異すれば、この幻想郷に深い傷跡を残すでしょう。その危険性に気がついていないとは言わせないわよ。――博麗霊夢、巫女としての使命を直ちに果たしなさい」

 

 命令口調の紫。咲夜、レミリア、萃香は口を挟んでこない。

 

「使命って何よ、偉そうに。ちゃっちゃと出張って、アイツを始末してこいとでも言うの?」

「ええ、その通りよ。暴走する前に、危険な芽を確実に摘み取りなさい。早ければ早いほど良い。今も、彼女は『蕾』を使役して支配圏を延ばしているのだから。時限爆弾を仕掛けられているようなものよ」

 

 紫が、黒化した彼岸花の危険性について語る。とある集落の家屋が、黒化した彼岸花に押しつぶされたと。中にいた人間は重傷。全ての彼岸花が、黒化し、人間に牙を剥けば取り返しのつかないことになる。だから排除せよ。紫はそう告げた。

 

「……幽香は止めなかったわけ? あの親馬鹿が放っておくとは思えないけど」

「彼女はずっと、止めようとしてたわよ。でも、もう無理だと判断したんじゃないかしら。自分だけ楽になろうとしてたし。穏やかな顔が死ぬ程ムカついたから強引に救出してやったけど。今頃は花畑で黄昏れてるんじゃないかしら。一応藍を監視につけてるけど、動くのは無理でしょうね」

「…………」

 

 よくは分からないが、風見幽香はやられたのだろうか。もう止められないことを悟り、娘に殺されようとしたのか。よく分からない。

 

「心配しなくても幽香は私が抑えておくわ。貴方は気兼ねなく、敵の始末に向かいなさい。情けをかけず、確実に殺すように」

「…………」

 

 霊夢は返事をせず、境内に咲いている彼岸花に視線を移す。黒化する兆候は全く見えない。が、変化は一瞬で起こるのだろう。そんな気がする。

 

「あの、馬鹿」

 

 最初会ったときから馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、本当に馬鹿なことをしたものだ。ずっと、何かに悩んでいるらしいことは分かっていた。だが、霊夢はそれを聞き出そうとはしなかった。余計なお世話を焼くのは嫌いだからである。自分もそうだからだ。

 でも、一言いってくれれば、相談に乗るのはやぶさかではなかった。何か手があったかもしれない。こう見えても、自分は一応博麗の巫女である。知らぬ仲でもなし、手を貸してやったかもしれない。役に立つかは知らないが、魔理沙も一応いるし。顔はそこそこ広いと思っている。

 

「……ねぇ。なんでアンタが直接手をくださないの? いつもみたいに、図々しく顔を突っ込めばいいじゃない。お節介が趣味なんでしょうが」

「ふふ、何て愚かな質問をするのかしら。妖怪を倒すのは人間でなくてはいけないの。それにね、貴方は“親しい顔見知りを容赦なく殺す”という貴重な経験を積むことができる。巫女として更に成長できる。貴方がやらないでどうするの?」

 

 紫が霊夢に笑いかけてきた。本当に厭らしい笑いだ。馬鹿にしやがって。全力で張り倒したくなる。だが、やったところで今は無駄だ。スキマに逃げ込まれてしまう。まだスキマを潰せるだけの力はない。だが、大人しく従うくらいなら死んだ方がマシだ。

 そう考えている霊夢の思考を完全に把握しているのだろう。更に嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。この性悪妖怪は、どうしても霊夢に始末をつけさせたいらしい。

 

「一応聞いておくけど。もう、本当にどうにもならないのね?」

「ええ、何をしようが手遅れよ。こうなることを恐れて、幽香は色々と足掻いていた。長い年月を掛けて鎖を幾重にも巻きつけたり、黒の憎悪を自分に向けさせたり、この時に何とか耐えられるように制御能力を鍛えたりと。でも、やっぱり無理だった」

 

 あの幽香がそんなことを考えていたとは、夢にも思わなかった。顔には出さないだけで、焦っていたのだろうか。霊夢にはやっぱり分からない。親になった経験などないからだ。

 

「まぁ、物好きな魔女たちはまだ諦めてないみたいだけど。結局は、徒労に終わるでしょうにねぇ。結末によっては、傷が深くなるだけ。度し難いわねぇ」

「……アリスのこと?」

「紅魔館の魔女と、貴方のお友達の霧雨魔理沙もいるわよ。うふふ、魔女が三人集まって悪巧み。そして貴方は仲間はずれ。残念だったわねぇ」

 

 何が楽しいのか、紫がケタケタ笑っている。こいつはもう無視だ。構っていても良いことは何もない。

 

「……とりあえず、明日になったら行くとするわ。悪いけど、今日は気乗りしないの。誰が何と言おうとも、絶対に行かないわよ」

 

 霊夢は縁側に横になり、空を見上げた。そうするのが良いと判断した。だから霊夢は動かない。

 

「ふふ。そんな我が儘が認められると思ってるの? 貴方が行動を起こさないなら、私が出張って戦闘不能にするだけのこと。ああ、最後の一撃は絶対に譲ってあげるから。嫌だと言っても、絶対にやらせる。貴女の身体を操ってでもね。そして、博麗の巫女の手柄にしなさいな」

 

 紫が手を伸ばし、頭を撫で回そうとしてきたので、全力で振り払う。

 

「――私に触るな、糞妖怪!! もう帰れっ!」

「あらあら、今日はいつも以上に荒れてるわね。もしかして反抗期なのかしら」

「うるさい! とっとと帰れ! ついでに死ねッ!」

「ああ、本当に素敵な気迫よ、霊夢。今すぐ食べちゃいたいくらいに。そうそう、最後に会話をする時間くらいはあげるわ。それじゃあ、三時間以内に準備を整えておくように。私は念のために幽香の様子を見てくるから――って!?」

 

 そう言って紫がスキマに入ろうとすると、見覚えのある蝶がそこから溢れ出てきた。紫は驚愕して身を後方に仰け反らせる。焦るのも当然だ。あの弾幕に当たれば生者は死ぬ。

 

「うふふ、流石の反応ねぇ。でも今の避け方、ちょっと情けなかったわよ」

「……幽々子? 今のは何の真似よ。私じゃなかったら死んでたんだけど」

「ふふ、貴方だからやったのよ。あんな攻撃に貴女が当たるわけがない。だから、ちょっとした挨拶代わりにと思って」

 

 空からふわふわと西行寺幽々子が降りてくる。

 

「本当にどういうつもりよ。温厚な私でも、理由次第では怒るかもしれないわよ?」

「怒ってもいいわよ。貴方の邪魔をしようと思ってるんだから」

 

 扇子を取り出すと、手で弄び始める幽々子。

 

「自分が何を言っているのか分かっているの?」

「ええ勿論。私からすれば、別にこの異変は大した問題じゃないし。むしろ歓迎すべきことよね。私の仲間がたくさん溢れているんだもの」

「冥界の管理者ともあろうものがなんて馬鹿なことを言うのかしら。……ああ、なるほど。妖夢があっちについたからか。本当に親馬鹿なのねぇ」

「貴方ほどじゃないわよ。それに、燐香ちゃんには借りがあるから。貴方を放置しておくと、返す機会がなくなりかねないから、こうして出張ってきたの」

「……へぇ」

「いい顔ね、紫」

 

 紫と幽々子が睨みあう。殺意が溢れ出ている。本気でここでやりあうつもりか。神社が壊れてしまうかもしれない。一応介入の準備を整えておく。自分の家が壊されるのを黙ってみている訳にはいかない。

 

「全く、霊夢といい貴方といい。どうして私の言う事を素直に聞けないのかしら」

「貴方がせっかちすぎるからよ」

「……はぁ。じゃあ、明日の陽が落ちるまでなら、様子をみてあげても良いわ。それで手を引くというのはどうかしら」

「どうもこうも、別に私はどうしようもしないわ。貴方が動こうとしたら、出来る限り止めるだけだもの」

 

 紫が譲歩するが、幽々子はけんもほろろだ。ふわふわしているように見えて、意外と頑固なのかもしれない。

 

「……ちょっと待ちなさいよ。それじゃ交渉にならないじゃない。親友がこうして譲ってあげてるんだから、少しは貴方も譲りなさいよ」

「嫌よ。私は交渉するつもりなんて欠片もないもの。だから親友でも駄目ね」

「こ、この我が儘女! 一度決めたら曲げないのは相変わらずね! 頑固者! 石頭!」

「頑固な石頭で結構。ちなみに死んでるからもう治らないわ。だから諦めてね?」

「治す努力をしなさいと言っても無駄なんでしょうね! 全く、どいつもこいつも我が儘ばかり! 私が幻想郷のために、こんなに一生懸命動いてるのに! もうやってられないわよ! なによなによ、私だけが悪役みたいじゃないの!」

 

 紫は癇癪を起こすと、萃香から酒瓶を奪い取ってラッパ飲みを始めた。

 

「それは、私の酒だぞお! おーい、返せよ! 私の酒! 酒酒酒ー!」

「うるさいわね、小鬼のくせに。子供が酒に溺れるなんて百万年早い!」

「なんだとクソ婆ァ! 今私を馬鹿にしたな! よーし、こうなったら飲み比べで勝負だ!!」

「ふん、望むところよ。後、年はアンタとそんなに変わらないからね! 紫ちゃんは永遠の少女だから!」

「何が少女だ。いくらなんでもサバ読みすぎだろ!」

 

 馬鹿共は放っておいて、先ほどの紫の言葉について考える。アリスたちが何かを企んでいると。しかも、仲が最悪のはずの魔理沙も一緒にいるらしい。

 異変の解決に出向けば、あいつらとは恐らくかち合うだろう。その時どうすれば良いだろうか。企みとやらを聞いてから判断してもいいのかもしれないが。……だが、なんとなく嫌な予感がする。

 

 それと、妖夢があちら側についたとか言っていた。糞真面目な性格のあいつが黒幕側につくなど、主の命令でもなければ普通はありえない。それでも燐香側についたということは、事情を知った上での判断か。非常に厄介な相手になりそうだ。

 レミリアの話も含めて考えると、燐香、フランドール、ルーミア、妖夢による異変ということになる。何やら妙な力をつけているらしいし、油断はできない。

 

 いずれにせよ、直接会って話をしてみるか。暴走しているなら止めれば良い。博麗の力は伊達ではない。アリスの案とやらもあるし、治療方法が見つかるまで、萃香のように封印してもいいではないか。そうだ、まだ手段はあるはずだ。手を下すのは、最後の最後でも十分だ。

 妖怪は人間を襲い、人間は妖怪を恐怖する。そして巫女が妖怪を退治して世界は平穏に包まれる。これが今の幻想郷のルール。細かいことは霊夢の裁量次第。誰にも文句など言わせない。自分は言われた通りにぐるぐる回る歯車などでは断じてないのだ。

 

「……全ては明日、か」

 

 足元の彼岸花を一本抜いてみる。なんとなく、悪戯娘の笑顔が浮かんだ気がした。別に友人というわけではないし、どうなろうと知ったことではない。自分は人間、あれは妖怪。踏み越えようがない明確な境界線がそこには存在する。

 ――だが、あの騒がしさがなくなるのはなんとなく、なんとなく寂しい気もするのである。だから、霊夢は自分の直感と本能のままに動く事に決めたのだった。いつものように、気に入らない奴は全員ぶっとばし、気に入らないことは全部撥ねつける。何にでも顔を突っ込んで邪魔をしてくる腐れ縁の友人も、既に同じように行動していることだろう。

 紫が何を企み、何を言おうとも、全く関係ない。何よりも大事なのは自分の判断である。

 


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