ゆうかりんか   作:かしこみ巫女

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外伝2 天と地と

「ふー疲れた!」

 

 首に巻いた手拭で汗を拭う。土を耕して、種も撒いたし後は毎日の水やりと雑草抜きを欠かさず行うだけ! あ、虫も気をつけないと。

 

「時間がなかったからあれだけど、次はもっと本格的に栽培したいな」

 

 頭に花梨人形を乗っけて、畑を見渡す。うむ、完璧。周囲には彼岸花と向日葵が咲き乱れ、その側で暇な亡霊さんたちが見守っている。彼らは食事をできないが、満足そうに頷いている。良い仕事してますねーということだろうか。私も思わずVサイン。亡霊さんたちが拍手する素振りをしてくれた。冥界の亡霊さんたちは意外とノリが良い。

 

 ちなみに、何の種を撒いたかといえばカブである。成長が早く、今からでも二カ月もすれば収穫できちゃう野菜。漬けてよし、煮てよしの素敵な野菜。白玉楼でボケーっとしているのもあれなので、せめて食材提供くらいは役に立とうと志願したのである。

 とはいえ、アリスの授業に冥界の花と野菜の世話、妖夢と弾幕訓練したり、4馬鹿で遊び回ったり、一日の最後には異変を起こしたことを反省する座禅(する振りだけ)。なんだか結構急がしい気もしてきた。楽しいので問題ないけれども。

 で、畑の方は幽香がこれでもかと手伝ってくれたので、予想以上に捗ってしまった。次は一緒に春野菜を育てようと話し合っている。風見印の野菜とか作って人里にプレゼントするのも良いかもしれない。友好関係構築のために。

 これからは牧場物語in幻想郷のはじまりである。野菜の女王に私はなる!

 

「……それはともかく。なんというか、私って出禁の場所が多いような。風評被害もあるけど、殆ど自業自得だから仕方ないのかな」

 

 私の幻想郷友好関係一覧は以下の通り。

 

 人里:最悪。幻想郷縁起に凶悪妖怪と掲載されてしまったのと、前回の異変のせい。集落に黒化彼岸花を巻いたのはとても不味かった。今も近づけない。降りた瞬間に自警団と慧音がすっ飛んでくるだろう。

 

 博麗神社:普通。4馬鹿の度胸試しの場所。ボコボコにやられるけど、殺されるまではいかないので有情である。博麗霊夢は話が分かる巫女だった。

 

 紅魔館:良好。気軽に遊びに行けるし、フランとは親友と言ってもいいはずだ。この前紅魔館を爆破したことは許してもらえたと思う。多分。ちなみにプラネタリウムは無事完成した。

 

 永遠亭:普通。輝夜とは仲が良いけど、永琳からは超睨まれている。超怖い。でも永琳と幽香は何故か普通に喋っていた。はたては筍を手土産に遊びにきてくれるので、今度カブをプレゼントしようと思っている。

 

 妖怪の山:最悪。主にこの前の異変のせい。多分一歩入ったら天狗総動員確定である。指名手配リストに掲載されていそうな予感。

 

 地底:最悪。地上の妖怪とはただでさえ色々あるのに、喧嘩吹っかけたのだから当然である。今のままならば、さとり達と会える日はこないだろう。ちょっと残念だけど、命の方が大事である。『ちょっと地底いこうよ!』というルーミアの甘い言葉にのってはいけない。

 

 天界:謎。彼岸花は殆ど届いていなかったので、騒ぎにもなっていないらしいが。天人さんはきっと心が広いのだろう。比那名居天子もいるのだろうけど、いまだ会ったことはなし。

 

 白玉楼:第二の故郷。自分の家みたいな感じになってしまっている。まさに親戚の家。幽々子は優しいが、悪戯をしすぎると妖夢と一緒に怒られる。私のせいではなく、ルーミア、フランが悪ノリしすぎるせいなのだ。本当だよ!

 

 

 

「さーて。そろそろお昼にしょうかな――って!!」

 

 大きく伸びをして、腰掛けていた岩から飛び降りた瞬間、霊力弾が降り注いできた。岩は破壊され、亡霊さんたちは慌てて逃げて行った。私は悲鳴を上げながら、ごろごろと転がって霊力弾を回避。勿論畑の方からは遠ざかるように逃げている。

 

「ひいッ!!」

「まだまだッ!!」

「ま、待って! なんなんですか一体!」

「わ、我が名は東風谷早苗!! 凶悪妖怪風見燐香ッ、大人しく退治されなさいッ!!」

 

 人里から依頼されたのだろうか。もう敵意バリバリである。聞く耳を持ってくれるかは分からないが、やってみなければ分からない。相互理解のためには会話は不可欠である。私は焦りながら会話を選択。悪魔だって話くらいは聞いてくれるし、なんとかなるはず!

 

「は、話せば分かります! 一回落ち着きましょう!」

「問答無用です!!」

 

 どこぞの霊夢のようなセリフとともに攻撃を仕掛けてきたのは、守矢神社の風祝、東風谷早苗だった。上空から刀を振りかざして霊力弾をぶっ放しまくっている。幸い、威力はそれほどでもなく、狙いもイマイチなので一発も被弾していない。

 というか、なんだか肩で息をしている上、装束もボロボロ。顔は汗と埃塗れで、なんというか酷い有様だった。一戦交えた後のような。

 

 私が冷静に観察していると、早苗が怒鳴り声を上げる。

 

「お、おのれ凶悪妖怪め! そう簡単に私を食べる事ができると思うな!」

「いや、食べないですから」

「妖怪はこの世の悪、よって悪即斬です! 容赦はありません! 妖怪死すべし!!」

 

 巫女じゃなくてヨウカイスレイヤーだった。

 

「そんな、ひどい」

「ひどくありません!!」

 

 早苗が急降下してきた。今度は肉弾戦らしい。刀が振り下ろされるので、私は咄嗟にシャベルでガード。激しい衝撃音。何でかは知らないけど、刃がかけてしまったようだ。

 

「め、名刀電光丸がッ!!」

「も、脆すぎません、それ? 本当に名刀なんです?」

「うるさいうるさい! 私の大事な宝物をよくもっ!! ならば、我が秘伝の奥義をくらいなさい!!」

 

 腰を屈めて、切っ先に手を添えてこちらに向けてくる。そう、これは牙突の構え。まさか、早苗が使ってくるとは思っていなかったので、声が出てしまう。

 

「こ、この技は!?」

「はあああああああああッッ!」」

 

 気迫の怒声と共に勢い良く突っ込んできた。でも、気迫は十分だけど、動きが鈍すぎる。誰が見てもバテバテである。もう気力と体力が切れる寸前なのだろう。これなら今の私でもなんとかなる。

 

「――見える!」

 

 ニュータイプばりにピキーンと見極める事ができた。妖夢との接近戦訓練のおかげである。幽香の課した修行はちゃんと活きていたのである。

 早苗の突きを軽くいなし、空を切った右手を掴んで足を強烈に払う。

 

「わわッ。う、うそ――」

「よいしょっと!!」

 

 くるりと一回転させて、地面に投げ落とす。更に追撃に妖力波を一発。早苗は「ばたんきゅー」と言いながら、気絶してしまった。

 

「…………」

「一本!!」

 

 私は見守っていた亡霊さんたちに、花梨人形と一緒にVサインをする。亡霊さんたちの拍手喝采。

 しかし、とりあえず勝ったのはいいけど、これからどうしたらいいのだろう。

 

「……あの。この後、どうしたらいいと思います?」

 

 亡霊さん達はお手上げポーズ。そこに血相を変えた妖夢がすっ飛んできた。

 

「燐香! 今度は何をやらかしたの!!」

「ちょ、ちょっと待って! 私はなにもしてませんよ。この緑の巫女さんがいきなり――」

「この馬鹿! だったらなんですぐに逃げないの! また何かあったらどうするんだ!」

「ふげっ!! いだだだだだ!!」

 

 妖夢に拳骨を喰らったあと、頬を抓られてしまった。これは些か理不尽な展開である。世界は優しくなったけど、まだまだ理不尽なことは多いらしい。抓られている私は溜息を吐きながらそう思うのであった。

 

 

 

 

「……この巫女、例の妖怪の山に来たっていう連中だよ」

「それが、なんでここに?」

「多分、人里で燐香の噂を聞きつけてきたんじゃないのかな。幽香さんに似てるから、一発で分かるだろうし」

「な、なるほど」

「燐香を討ち取って名を上げたかったのかもね」

「それはまた。物騒な話です」

 

 妖夢の話を聞いて、ふんふんと頷く。早苗は気を失ったままだ。ボロ雑巾みたいだけど、ここまでやったのは勿論私ではない。最初からだったのである。なんか嫌な予感がするので弁解しておく。

 

「あ、先に言っておきますけど、私がここまでボコボコにしたわけじゃないですよ。本当です!」

「知ってるよ。この巫女、そこら中に喧嘩売って回ってたみたい。紅魔館、永遠亭、太陽の畑だっけ。さっき、射命丸さんに聞いたんだけど」

「そ、それは、気合入ってますね。というか、母さんのところにも!?」

「あくまで又聞きだけどね。この姿を見る限り、本当なんじゃないかな。なんだか激戦の跡があるし」

 

 妖夢がそう言って、地面に落ちている刀を拾いあげる。品定めした後、怪訝そうな顔をする。

 

「あれ」

「どうしたんです?」

「……これ、完全に紛い物だよ。何かを斬れるような代物じゃない」

「そうなんですか?」

「うん。刀と呼ぶのもおこがましいというか――」

『ははっ、そりゃそうさ。そいつは真鍮をメッキしただけの京都土産だもの』

 

 背後からいきなり現れる影。私と妖夢は慌てて飛びのく。変な帽子を被った少女がそこにいた。私は彼女を知っている。土着神、洩矢諏訪子である。怒らせると多分ヤバイ神様。

 

「な、何奴だッ!!」

 

 二剣を抜き放ち、攻撃態勢に入る妖夢。諏訪子は感心したように拍手する。

 

「おお、今のは侍っぽいね。侍ガールってやつだ」

「名を名乗れ曲者め!!」

「曲者ときたか! いいねぇ、そのノリ! くくく、ならば答えて進ぜよう。ほかでもない、私は神様だよ」

「嘘をつけッ!」

「ははーっ」

 

 妖夢が怒鳴るが、私は素直にひれ伏した。神様相手にひれ伏すくらい訳はない。妖夢は目を丸くしているが。

 

「いきなり信じてるし! こいつのどこが神様なの!?」

「いやいや、この方は間違いなく神様ですよ!」

「こんな女の子が?」

「外見だけで実力を判断してはいけません! 相手の潜在能力を探るんですよ妖夢!」

 

 ピッコロさんの教えを私は忠実に守る。

 

「全然意味が分からないし。なに潜在能力って!」

「はは、面白い連中だね。うん、この世界は本当に愉快で豪快で心地よい。ああ、本当にひれ伏さなくても良いよ。今の私はただの落ち武者だからね! 世知辛いねぇ!」

「落ち武者? ――と、ということは、もしかして妖怪の山の?」

「うん、その通り。私は落ち武者の洩矢諏訪子だ。んで、ここで伸びてるのが風祝の東風谷早苗。幻想郷の新参者だよ。ま、今後ともよろしく!」

 

 そういうと、諏訪子が私の手を取り無理矢理立たせる。そして、どすんと座り込んだ。私と妖夢は顔を見合わせた後、同じく座り込む。

 

「えーと、その、怒ってないんです? 正当防衛とはいえ、巫女さんやっつけちゃったんですけど」

「あはは! 全然怒ってないよ。というか、私はこの娘のフォロー役だからね。迷惑かけた皆に頭を下げてまわる係だ」

「それは一体どういうことです?」

 

 いまいち事情が良く分からない。なんで諏訪子が謝るんだろうか。フォローとはこれいかに。

 

「いやぁ、ウチって複雑な家庭環境なんだよ。お馬鹿な神奈子っていう、親馬鹿の蛇女がいてね。アイツは早苗を甘やかすことしかしない。だから、ちょびっと私が手を出す事にしたんだよ」

「はぁ」

「いやいや、こんだけボコボコのギッタギタにされればさぞかし心は折れただろう。うんうん、実にいいことだ!」

 

 諏訪子が無邪気に笑う。早苗の頬とツンツンしながら。

 

「……いいことですか」

「うん。私が言うのもなんだけど、ウチの早苗は天才でね。大して努力もせず、なんでもソツなくこなしちまう。しかも私たちの姿は見えるし、霊力を自在に操ることができちまった。だからだね、自分が選ばれた特別な人間だと確信しちまってる」

「…………」

「自分では隠してるつもりだろうけど、時折態度に現れる。だから、外では親しい友達が一人もできなかった。そのうち離れていってしまうんだ。いわゆる、鼻につく、ってやつさ」

 

 諏訪子が少し悲しそうに早苗を見下ろす。

 

「博麗霊夢とやらに蹴散らされたのは良い薬になると思った。上には上がいることを知る切っ掛けになったし。似たような境遇同士、あの巫女とは仲良くなれるかもしれないともね。――ところがだ!」

 

 諏訪子がプンプンと怒り出す。

 

「あのお馬鹿な神奈子が庇っちまったのさ。今回負けたのは、ここでの信仰量の差にすぎないと。折角早苗を挫折させる機会だったのに。全くあのお馬鹿の蛇女め!」

「……大体の事情は分かりましたけど。それが何故喧嘩を売りまくることに? あまりに無謀なのでは」

 

 妖夢が眉を顰める。真面目な性格だから、事情は分かっても納得できないらしい。

 

「あははは。実は私が吹っかけたのさ。選ばれし者である早苗がちょいと力をみせれば、妖怪なんてイチコロだとね。そうすりゃ信仰がっぽり、博麗霊夢も一撃でノックアウトできるさ、ってね」

「やっぱりお前のせいじゃないか! 本当にこれが神様なの!?」

「おう!」

「おうじゃない!」

 

 妖夢が怒鳴ると、悪びれない諏訪子がカラカラ笑う。私は溜息を吐く事しかできない。しかし、妖夢って結構アグレッシブである。私は神様相手に怒鳴ったりできないし。長い物には巻かれよう!

 

「これは必要なことだったんだよ。いわゆる、通過儀礼ってやつだ。一度痛い目を見なきゃ、いつか本当に取り返しの付かないことになっていた。だから、これでいいんだ」

「私たちは全然良くないんですけど! 本当に迷惑極まりない!」

「それは勿論だよね。本当に悪かった。だから、関係者にはこれから死ぬ程謝るし、迷惑料もきっちり払わせてもらうよ。なーに、教育費と考えれば安いもんだよね! 世の中ギブアンドテイクだ!」

「こ、これが神様。本物の神様。神って一体……」

 

 妖夢が絶句している。神様がフランクすぎることにカルチャーショックを受けているらしい。私は妖夢の肩をポンポンと叩く。

 

「妖夢、神様だからですよ」

「意味が分からないよ」

 

 どこぞのQBみたいなことを言う妖夢。

 

「その赤毛の子の言う通り。神様だから自分勝手なのさ! さーてと、そろそろ寝ぼすけ娘を起こすとしようか! おらおら!」

 

 諏訪子が早苗の背中をベシベシたたきはじめる。

 

「ちょ、ちょっと――」

「おい、とっとと起きろ口だけ小娘が!! 大口叩いてなんだそのザマは! そんなんで現人神名乗れると思ってんのか!」

「――い、痛いっ! 痛いです! 一体何が起こって――まさか妖怪!! 食べられるッ!」

「誰が妖怪だボケっ!! 私は神様だぞ!」

「痛いっ! な、なんなんですか!?」

「なんなんですかじゃないぞ早苗ッ! どうだ、世界の広さを思い知ったか! 世の中上には上がいるんだぞ!!」

「す、す、諏訪子様ッ!? どうしてここに!」

「ふん、お前の醜態は全てお見通しだ!! 井の中の蛙め! 伸び切ったその鼻っ柱、今日は徹底的に叩き折ってやる!」

 

 諏訪子が長い舌を出して、超怖い顔になる。夜見たら悲鳴を上げそうな顔。祟り神もビックリ。あの妖夢も引いているし。傍からみると顔芸だけど、やられてる張本人からしたら本当に怖いだろう。うん。

 

「ひぃ、化け物! お、お助けください! 助けて神様!!」

「誰が化け物だ! 私が神様だッ!」

 

 諏訪子が早苗の尻を叩き始める。パンツ丸見えである。全然色気なし。私も妖夢も尻は叩かれなれているので、痛さは良く分かる。スナップが効いて、実に良い音が響いている。

 

「い、痛いです! ご無体はおやめください! た、助けて神奈子様ッ!!」

「だまらっしゃい! 神奈子が甘やかす分、私はビシビシいくぞ! お前のためなら私は鬼にでもなろう! さぁ、稽古してやるから立て!」

「ひぃいいいい!! も、もう無理です! 全身ガタガタで本当に動けません! 本当の本当です!」

「だからやるんだろうが! いいか、お前に足りないのは努力と根性だ! 才能だけで勝てると思うな!」

「誰か助けてぇ!」

 

 泣き叫んでいる早苗。うん、もう私たちはいいんじゃないかな。

 

「……妖夢」

「うん、私たちは帰ろうか。お邪魔みたいだし。帰ってご飯にしよう。幽々子様も待ってるし」

「で、ですよね。それに、なんだか凄く疲れました。どうしてですかね」

「それは至って普通だよ。うん。私も疲れてるし」

 

 私と妖夢は、顔を見合わせて、深い溜息を吐いた。ああ、疲れたしお腹が空いた。早苗がこちらを恨めしそうに見ているが勿論放置である。

 

 

 

 

 

 

 白玉楼に戻って昼食を取った後、大分遅れて諏訪子と早苗がやってきた。迷惑をかけたことへの謝罪と、たくさんの食糧をプレゼントしてくれた。幽々子は大喜び。いきなり襲い掛かられた私も、あまりのボロボロな姿、泣きはらした顔を見ると文句の一つもいう事が出来ない。山の食材も一杯あるから、幽香も喜ぶだろう。ということで、今回の件は水に流したのである。

 

「……本当にごめんなさい。皆様方には本当にご迷惑をお掛けしました。この通り、謝罪致します」

「も、もういいですから。私は平和主義がモットーの妖怪なので」

「ううっ。もう腹を切りたい気分です」

「あ、ハラキリならここに達人が――」

「やかましい」

 

 妖夢のツッコミが炸裂する。タイミングは今日も完璧だ。

 

「……霊夢さんにボコられて以来、やることなすこと空回りで。もう本当にどうしたらよいのか」

 

 妖夢が出したお茶をずずずと啜り、鼻も啜る早苗。超涙目で全身から負のオーラが出まくっている。どの程度本気の霊夢にやられたのかは知らないが、修羅モードだったらさぞ怖かったことだろう。私も春雪異変のことを思い出すと震えちゃうし。おお、怖い怖い。

 

「元気出してください。生きていれば悪い日もあれば良い日もありますよ。人生山あり谷ありです」

「燐香が言うと、無駄に説得力があるよね……」

 

 しみじみと呟く妖夢。生暖かい視線つき。というか無駄ってなんだ。

 

「う、うるさいですね!」

「本当のことだよ」

「こ、こっちに来てから酷いことばかりで。鬼みたいな巫女には何度も足蹴にされるし、本物の鬼は出てくるし、兎さんには騙されるし、吸血鬼姉妹には追い掛け回されるし、食べようとしてくる金髪妖怪はいるし、お化けはそこら中にいるし、攻撃してくる向日葵まで! 魑魅魍魎が乱舞する地獄じゃないですか! もうこんなところ嫌ですッ!」

 

 何気なくルーミアが混ざりこんでいた。東風谷早苗を食べようとするとはチャレンジャーである。遊び半分だろうけど。

 

「その分良い勉強になっただろう。いいかい、早苗。霊力が扱えるぐらい、ここじゃ珍しくもなんともない」

「で、でもっ! 私は風祝として……」

「風祝として、満足のいく結果は残せたかい」

「……そ、それは」

「風に身を任せてばかりいないで、地に足をつけて生きろと前も言っただろ? 何より、今更嫌がったところでお前はもう帰れない。私は何度も確認したはずだ。しつこいくらいに何度もだ。この道を選んだのは早苗、お前なんだ。そうだろう?」

 

 絶叫する早苗に、諏訪子が冷たく言い放つ。

 

「ううっ。な、なら私はどうすればいいんですか?」

「好きなように生きればいいんだ。何度失敗したって構わない。それを糧にして生きるんだ。そして、ここならお前と対等に話せる奴がきっといる。お前は外の世界で疎外感を強く抱いていた。いつも孤独だった。だからこっちに来る事を選んだ。そうだろう、早苗」

「す、諏訪子様……」

「ああ、良い子良い子。さぁ、今こそどんと甘えなさい! 神奈子じゃなく、この私にね! 私は常に厳しいがいつだってお前の味方だよ! 血は水よりも濃いんだ!」

 

 諏訪子に抱きつく早苗。小学生に高校生が抱きついている光景である。なんというか、これが目的だったような気がしてならない。ある意味ハッピーエンドっぽいけど、私に迷惑のかからないところでやってほしい!

 

「本当に良い話ですね。私は巻き込まれただけですけど」

「なんだかんだで大抵巻き込まれるよね。もしかしてわざとなの?」

 

 妖夢のジト目。私は強く否定する。それは理不尽すぎる!

 

「今回は私のせいじゃないですよ! 災難が空から降ってきたんですよ!」

「だから、逃げれば良いって言ってるでしょ! なんで応戦するの!」

「し、士道不覚悟は切腹です!」

「意味わかんねーし!」

 

 私が言い放つと、妖夢は意味不明と呆れる。が、早苗が凄い勢いで食いついてきた。

 

「あの! も、もしかして! し、新撰組知ってます? 今、士道不覚悟は切腹って言いましたよね!?」

「え、は、はい」

 

 ぐいぐい近づいてくる。私は及び腰。後退するが、早苗が更に前進してくる。

 

「いいですよね、新撰組! 私、島田さんが好きなんです。いぶし銀なところがいいんですよね!」

「あ、あれ? でも早苗さん牙突使ってましたよね?」

「うわぁ、それも知ってるんですかッ!! 妖怪なのに凄い! 外の漫画まで知ってるなんて博識なんですね! あ、あれはもともとは左片手一本突きが元でして。でも、私は右利きなので右突きなんですよ!」

 

 早苗が心から嬉しいという表情で解説してくる。

 それを眺めていた妖夢が、諏訪子に尋ねている。

 

「……あの。彼女、どうしたんですか?」

「えっとね、漫画と小説の影響で新撰組にハマっちゃったんだよね。剣術が得意とか好きなんじゃなくて、新撰組が好きなんだよ。そこからは歴史ジャンルにドハマリだ」

「は、はぁ」

 

 いわゆる歴女。

 

「でさ、なんかタイムスリップする謎の恋愛ゲームをやりはじめるし、京都で買ってきた刀を持ち始めるし。しまいには風祝の装束じゃなくて、ダンダラ模様の羽織着てこようとしやがったんだよ! しかも神奈子は注意するどころか『若くていいね!』と褒める有様だよ! あのハマーン頭、なに考えてんだ全く! 冗談は髪型だけにしろってんだ!」

「諏訪子様だってガンダムにはまってるじゃないですか!」

「ガンダムはいいんだよ。神様がガンダムを見て何が悪い! νガンダムは伊達じゃないんだぞ!」

「いえ、全然悪くありません!」

 

 早苗は既に常識に囚われていないらしい。それに、ハマーン知ってる神様もどうなんだという話だ。突っ込む間もなく早苗のマシンガントークは続く。まるで最初に会ったときのフランドールだ。

 

「私、漫画たくさん持って来たんですよ! 後で貸しますよ!! それはもう大量にありまして!」

「は、はい。ありがとうございます」

「いいですよね斎藤一! 悪即斬とか超痺れますよね! とってもニヒルなところが素敵です! あ、だけどお庭番も結構好きで――」

 

 修羅巫女というか、るろ剣ファンだっただけだ。すげぇ紛らわしい! しかも霊力持ってる分性質が悪い。諏訪子が教育したくなる気持ちも分かる。

 

「お、落ち着いてください早苗さん。ちょ、ちょっと離れて! 近い近い近い」

「落ち着いていられません! 妖怪の燐香さんですらわかってくれるのに、クラスの連中共ときたら! 京都で私が刀を買ったら、人を切り殺す気だとか散々陰口を言われて! 誰が人斬り抜刀斎ですか! なんなんですか本当に! 斬り捨てご免なんて時代錯誤でしょうが!」

 

 学生のお土産に刀はどうかと思う。孤高の優等生がいきなり刀買ったら引くよね。というか人斬り抜刀斎って。ちょっと面白い。

 

「よ、妖夢、助けてください。同じ剣客同士話が合うんじゃ。いや、合う筈ですよね」

「あ、私庭の手入れしなくちゃ! すっかり忘れてたよ」

 

 妖夢がすっ惚ける。最近はこういう芸風まで身につけやがったのだ。

 

「ずるい! 自分だけ逃げる気でしょう!」

「あははは。それじゃあ、ごゆっくり! あー、忙しい忙しい」

「あ、ご丁寧にありがとうございます。じゃあ燐香さん、まずはるろ剣の悪役トークから――」

「――あ、あはは」

 

 早苗に手を握られた。先ほど迄の悲痛な表情はすでに天の彼方へすっとんでいる。回復が早すぎる少女であった。

 

「うんうん、早速友達ゲットだね。その調子で一杯仲間を作るといいよ。そして誰よりも良い女になれ、早苗!」

「はい、諏訪子様!! 私、頑張ります!」

 

 早苗からは逃げられないようだった。何故かは分からないが、4馬鹿が5馬鹿に進化しそうな気がしてならない。某特戦隊ポーズを決める私たち。中々良さそうではあったが、妖夢を説得するのは骨が折れそうだった。

 

「聞いてますか! それでですね、土方さんは落すのが本当に大変で」

 

 るろ剣悪役トークから歴史系乙女ゲームの話に移っていた。やっぱり早苗は常識に囚われない種族らしい。私だけでは身体がもたないので、出来るだけ早く霊夢を紹介する必要があるだろう。赤い巫女と緑の風祝、マリオとルイージできっと相性は抜群だ。一緒に幻想郷の平和のために頑張って欲しい。

 

「ん?」

 

 ――あれ、私も赤だったような。まさか、こっちでマリオルイージになっちゃうのか? いや、それは色々とまずいので霊夢に頑張ってもらおう!

 

 

 

 

 

 ――冥界上空。

 射殺すような視線で白玉楼を見下ろしている八坂神奈子。腕組みをして、背後に御柱を展開している。それを、心底呆れた視線で幽香は眺めていた。

 なぜここにいるかと言えば、向日葵からの警報を受け取って急行しただけのこと。そうしたらすでにこの変な女がいたという訳。誰なのかと声を掛けたら、守矢で祭られている神と名乗った。

 先日博麗霊夢や霧雨魔理沙と一戦やらかして、最後は宴会やらなんやらで受け入れてもらったとか言っていた。今では山の神として妖怪の山の連中に布教しているとか。殆ど興味がないのでよく聞いていなかった。

 

「おのれ諏訪子め……。私の可愛い早苗にまたもやちょっかいを出しやがって!! しかも体罰を振るうとは何事だっ! 外にいたら教育委員会に訴えてやるところだ。いや、例えお上が許してもこの私は許さん。この恨み、必ずや晴らしてくれる。早苗のためなら私は喜んで修羅となろう! 諏訪大戦をこの幻想郷でも再現してくれるわ!」

 

 一人で荒ぶっている神。白玉楼にいる諏訪子は、神奈子がいるのを察知しているらしく、長い舌を出して嘲っている。ザマアミロと呟いているようだ。神奈子は青筋を立てて歯軋りしている。どうやら同じ神社にいるくせに、神同士の仲は相当悪いらしい。

 

「……ねぇ、貴方、本当に神なの? 実は妖怪じゃないの?」

「いや、私は正真正銘神様だ。しかも結構偉いぞ。ここに来てから信仰パワーが急上昇中だ。その勢いたるやスカイツリーも吃驚というやつだな。さぁ、遠慮なく畏まって良いぞ」

「あっ、そう。畏まらないけど」

「だが、神だって娘は可愛いものだ。甘やかすのも仕方なかろう。無論、甘やかすだけでは駄目なのは分かっている。分かっているがやめられない。相反する感情を御するのに私は常に苦労しているのだ。それをあの蛙女は分からないのだ」

 

 偉そうにふんぞり返っている。言っていることは全く意味が分からない。結局甘やかしていたのだから全然制御できてないと思うが、どうでもよい。

 

「あっそう。全然興味ないけど」

 

 本当に興味がない。他所の家庭に口を出すほど暇も余裕もない。

 

「つれない女だね。……ところで、私と弾幕勝負をやるんじゃなかったのか? ようやくあのルールにも慣れて来たところなんだが。中々趣のある遊びだなぁ。早苗も喜んでスペルカードを作ってたよ」

 

 自分のスペルカードを見せてくる神奈子。幽香は首を横に振る。

 

「もうやる必要はないんじゃないかしら。まぁ、挑まれれば受けて立つけれど」

「そうか。ならば今日はやめておこう。今はお前より、あの蛙女を叩き潰したいのだ」

「先に警告するけど、あの子を巻き込んだら潰すわ」

「心配するな、私は常に冷静なことに定評がある神だからな。標的を誤ったりはしない。……そうだ、肝心なことを忘れていた」

「何?」

 

 手をポンとうつと、こちらに向き直る神奈子。思わず身構える。

 

「――私、早苗の母代わりの八坂神奈子といいます。早苗ともども、どうぞよしなに。ちなみに、あの蛙女はただの居候なのでお気になさらず」

 

 スペルカードの代わりに名刺を渡してきた。しかも完璧なお辞儀と一緒に。名刺には、東風谷早苗の保護者、八坂神奈子と書いてある。外で使っていた物の余りとかなんとか。何に使っていたのかはさっぱりだ。

 想定外だったので、思わずたじろいでしまった。神なのにこれで良いのかと思ったが、本人は特に気にしていない。信徒が見ている訳ではないので、気にしないという事なのか。知った事ではないが。

 

「……えらく、腰が低いのね。さっきも聞いたけど、貴方、神なんでしょ?」

「うむ、これが外での処世術だ。たまに母代わりとして色々やったりもしてたしな。店員や役所の人間相手にいつもふんぞり返っている訳にはいかん。ケースバイケースというやつさ」

「ふぅん。結構苦労してたのね」

「まぁな。だからこっちに来た。その方が早苗にも良いと思ってね。諏訪子は強硬に反対したが、私の判断は間違ってないと確信している」

「…………」

「ところで、あれがお前の娘か」

 

 腕組みをした神奈子が燐香を真剣な表情で眺めている。何かを見定めているような視線だ。

 

「ええ、そうよ」

「本当に良く似ている。似すぎているな」

「娘だから当然でしょう」

「……なるほど、複雑な事情がありそうだな。興味深い存在でもある。いや、この世に存在していられるのが奇跡的だ。どうやって繋ぎとめている?」

「……余計なお世話よ。首を突っ込まないで」

 

 手出し無用と威圧する。神奈子が苦笑して肩を竦める。

 

「無論だとも。それはともかく、中々可愛いな」

「そうでしょうとも」

 

 威圧が勝手に引っ込んだ。

 

「おい。急に機嫌が良くなったぞ。流石にあからさますぎるだろう」

「……そうかしら」

「うむ、間違いない。そして分かった。お前も親馬鹿だ。私や諏訪子と同類の臭いを感じるぞ」

「知らないわね」

 

 神奈子がさてと呟き、踵を返す。

 

「今度親子でウチの神社に遊びに来ると良い。ウチは妖怪でも人間でも歓迎するぞ。誰でもウェルカムだ」

「嫌よ。私は神に縋る気なんてさらさらない。布教は相手を見てからすることね」

「私は遊びに来いと言っているんだ。お茶でも飲みながら子育て談義をしようじゃないか。外の教育本に料理や編み物の本も沢山あるぞ。これが中々ためになってね。レパートリーが増えまくりだ」

「…………」

 

 たまに行く大図書館に置いてあるものは相当古い。が、紫が投げ寄越した物にいつまでも頼るのは癪でもある。幽香は少し考える。

 

「幻想郷の現状についても詳しく教えてもらいたいしな。それを交換条件ということでどうだ」

「一応、考えておくわ」

「うん、それでは期待して待っていることにしよう。もう一度言っておくが、あの怪神蛙女にはとにかく気をつけるように。大昔から碌なことをしない奴だ」

「はいはい」

 

 幽香は適当にあしらった後、白玉楼へと降下する。東風谷早苗とやらに挨拶してこう。今回は霊力が枯渇気味、それに戦闘経験が少ないから燐香に軍配が上がったが、2柱の加護を受けた巫女は妖怪にとって脅威の存在だ。特に、花梨人形への攻撃は致命的となりうる。あれがあるから燐香は存在していられるのだから。

 あの様子だと、これからも付き合いを行っていくつもりなのだろう。幽香と違い、燐香は温和な性格だから甘く見られやすいところがある。それが良いところでもあるのだが。

 故に、燐香に変わって幽香がきっちり釘をさしておく必要がある。

 

 




風神録終了?


早苗 歴史好き。にわかと呼ばれると怒る。幕末乙女ゲーム大好き。
幻想郷は幕末っぽいと勝手に勘違いして、勝手な夢を抱いていたのは誰にも言っていない。

諏訪子 ガンオタ。趣味は集めたガシャポンを並べる事。最近のブームはGガンダム。

神奈子 少女マンガ好き。愛読書はガラスの仮面と有閑倶楽部。

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