誰もが忌み嫌う、嫌われているという自負のある地霊殿の主、古明地さとりは欠伸をかみ殺しながらひたすらペンを動かし続けていた。別に急に作家魂に目覚めた訳でもないので、当たり前だがやる気はゼロである。だが何事も形式は大事。責任がたとえ自分になかったとしても、始末書やら顛末書を書くというのは責任者の仕事なのである。
「本当に面倒くさいわ。なんで私がこんなことを書かねばならないのか。でも仕上げないと八雲紫がうるさいでしょうし仕方ありませんね」
何回目か分からない溜息を吐く。サードアイもどことなくしょんぼりして見える。死ぬほどやる気のないさとりが取り掛かっているのは、先の間欠泉騒動の異変だ。博麗神社の近くで間欠泉が吹き上がり、悪霊が飛び出していったというあれ。
犯人はさとりのペットの霊烏路空。神から授けられた八咫烏の力で地上侵攻を企んだというアレ。ペットの責任は飼い主の責任というのは理解できるが、もっと悪いのは自分たちの利益のためにそんなヤバい力をほいほい鳥頭に渡してしまう神であると、さとりは声を大にして言いたかった。もちろん、言いたかっただけで言わないのだが。神やら妖怪の賢者やらに勝てる力なんてないし、持っている能力は嫌がらせ専門の『相手の心を読む程度の能力』。さとりは空気も読めるので、自分が泥を被ることで事態が収まるならと寛大な心で頭を下げたのであった。
「お姉ちゃん。また都合の良いこと考えてるでしょ」
「なにか言った、こいし」
「言ったよ。私は悪くないけど寛大な心で頭を下げてやった、とか考えながら書いてるでしょ、それ」
「どうして心が読めるの? 貴方は瞳を閉ざしてるのに。まさか、私の心が広すぎるから見えてしまうの? それなら心当たりが――」
「妹だから当たり前だよ。お姉ちゃんの考えていることなんてまるっとお見通しだよ。そもそもお姉ちゃんの心は広くないでしょ。ちょっとしたことでいつまでも根に持つじゃない」
「あっそう」
ソファに腰かけて、煎餅をばりばり食べながら映像を見ているこいし。こちらを見ていないくせに、さとりの考えていることはお見通しらしい。我が妹ながら大したやつだと、さとりは感心しておいた。最後に罵倒の言葉があった気がするがスルーしておく。
「というか、さっきから何を観てるの。音がうるさくて作業に集中できないんだけど」
「さっき買ってきたビデオだよ」
「だからなんの」
「内緒」
「どうせいつものでしょ。最近エンドレスで見てるじゃない」
「うん当たり。それの劇場版だよ」
外の世界ではビデオテープが時代遅れになってきており、結構な数がこちらにも流れ込んできている。それを、こいしが謎のルートでゲットしてくるのである。ビデオデッキがあるのはさとりの部屋だけなので、必然として鑑賞会に参加することとなる。自分の部屋用に買ってこいと言ったら、一家に一台でいいよとのことなので、現状のままである。
「お姉ちゃん、劇場版見たことないの?」
「ないわよ」
「本当に?」
「本当よ。そんなことで嘘ついてどうするのよ」
「しょうもないことで嘘をついたり見栄を張るのがお姉ちゃんだし」
「…………」
「絶対見たことあるでしょ。その表情、間違いないよ」
正解である。すっとぼけたがさとりは八雲ルートで入手して鑑賞済みだ。何を観ているか分かっていて訊いたのも妹とのコミュニケーションのためだし。TV版なんてセリフも大体覚えているし。というかディレクターズカット版も含めて全部持ってるし。
一人でこっそりシンクロ率を上げて楽しんでいたら、こいしが勝手にハマリ始めたというだけの話。だが素人には早すぎるだろうということで、劇場版関連だけはきっちり隠しておいた。そうしたら行動力のある妹が勝手に劇場版を入手してきてしまった。『私はもう観たから全部知ってるわよ』なんて冷めることは、心と空気の読める姉は言わないのである。
お金の無駄という意見もあるだろうが、どうせ使い道なんて食料くらいなのでどうでも良いのである。第一自分のお金じゃなくてこいしのだし。というわけですべてをすっとぼけて始末書を仕上げることにする。
「あー忙しい忙しい。暇なこいしにかまっている暇なんてないわ。地霊殿の主は心休まる時がないのよね」
「じゃあ代わってあげようか? あれ、もう終わっちゃった?」
「止めときなさい。本当にろくなことがないから。そして終わったわね」
「え、なんで? まだ全然話が終わってないよ。というか沢山の白ウナギがお空を回ってるよ。どうして?」
「さぁ。私は知らないわ。気になるなら監督に聞いてきなさい」
「じゃあちょっとお外行ってくる」
「夕方までには帰ってくるように」
「絶対無理だよね」
「じゃあ諦めてここにいなさい」
「うん、分かった。というか続きあるのこれ」
「ええ、あるわよ。ただ、完結編は怒涛の展開だから、お子様なこいしに耐えられるかしらね」
「やっぱり知ってるんじゃない! 嘘つき!」
「私はお姉さんだからね。何も問題ないわ」
ビデオはエンディングテーマが流れてスタッフロール中。さとりも初見のときは大層驚いて口を馬鹿みたいに開けていたものだ。しかし完結版と併せて何回も見ると、これもありかなと思い始めている。風の噂によると『新』やら『シン』も出ているとか。いつか手に入れたいがビデオテープで出回っているかは謎である。生きていればいずれはお目にかかる機会もあるだろう。
ちなみにさとりは青い少女推しである。髪の色は違うが、雰囲気が似ていると自分では思っている。たまにこっそり物真似したりする。自信作のネタをこいしに披露したら『お姉ちゃんは馬鹿なの?』と言われたので二度とやらないが。で新作だが、今度こそ主人公の少年とラブラブハッピーエンドになると思うので是が非でも手に入れたいものだ。
「というかさ、この前の彼岸花異変で地底も迷惑かけられたんだから、お互い様でよくない? あのときの詫びだってまだでしょ。始末書なんて書かなくてもいいじゃない」
「私もそう思うのだけどね。ただ、ちょっと」
「ちょっと?」
「前回、鬼のようなクレームを妖怪の賢者にいれちゃって」
「誰が」
「私」
「なんで」
「だって。めったにない反撃チャンスだし。叩けるときに精一杯叩いちゃおうかなってつい。いつも八雲紫には上から目線でグチグチ言われてばかりだから。その、ついね。だから、こちらが、しかも身内のお空が派手にやらかしたとなると私の面子がね。だから弁解も兼ねて仕上げようと思って」
「前から思ってたけど。お姉ちゃんってアレだよね」
「アレとは」
「とても一言では表現できないよ。でも、まぁ大丈夫。きっと向こうもすぐに詫びにくるよ。うん。そこでお互いに手打ちにしなよ」
「なんですぐに来ると思うの?」
「だってほら、もうすぐ約束の一か月じゃない。伊吹萃香って鬼にお手紙渡してもらってから」
「そういえばそうだったわね。でもわざわざ来るかしら。だって、向こうからしたら敵地みたいなものよ?」
『地上の妖怪に舐められた、絶対に許せねぇ!』と、地底妖怪があまりにもうるさいので、責任逃れのために仕方なく送った手紙。ただ自分の名前を出すと色々と角が立ちそうだったので、差出人は真の実力者である星熊勇儀と有志一同ということにしておいた。
それが結果的には正解だったわけで。先の間欠泉騒動の時に戦って分かったけど、博麗の巫女って人間なのに鬼みたいな奴だったし。なんか鬼の萃香を手下みたいに引き連れてたし。それに他の連中もなんか強かったし。件の人物のことは詳しくは知らないが、異変の黒幕ということは同類の可能性が高い。戦闘民族は戦闘民族同士潰しあえば良いのである。
「それなら大丈夫。というかもう連れて来てるし」
「は?」
「ううん。でも大丈夫。きっとくるよ」
「そ、そう? なら、何も問題ないというわけね」
なにが大丈夫かは分からないが、こういうときは流れに乗るのが最善である。というわけでペンを放り投げ、机の上で肘をつき手を組んでニヤリと笑う。最近のお気に入りポーズ。地霊殿の主としての威厳が出ているような気がする。こいしは呆れた表情でこちらを見てきたが、何かに気づいた様子で小走りでさとりの斜め後ろにやってきた。そして意味ありげに後ろ手に組んだ。そこにバタバタという慌ただしい足音。激しく揺れ動く感情が読み取れる。これはさとりのペットの火焔猫燐、通称お燐である。
「さとりさまさとりさまさとりさま!! 大変ですよ!! 超一大事ですよ!!」
「なにかしらお燐。まずは深呼吸して落ち着いてから報告しなさい。感情が揺れ動きすぎて上手く心を読み取れないの」
「いやいや落ち着いてられませんよ! 例の彼岸花異変の黒幕! アイツが地底に潜り込んでるらしいんですよ!! 目撃したって奴のタレコミが入ったんですよ!! ついでについでに縦穴にもやべー奴が襲撃に来てるって! 警戒線敷いてた鬼とバトっててえらいこっちゃですよ!」
お燐の思考を読み取れるようになってきた。なるほど、目撃者はキスメとヤマメらしい。パルスィと絡んでいるところを目撃したとか。その後は二人で旧都に向かって行ったと。うん、さっぱり意味が分からない。なんでパルスィが例の黒幕と遊んでるのか。そもそも詫びにくるんじゃなかったのかとか。というかその潜入してる奴より、縦穴のやべー奴の襲撃の方がもっとやばくないかなーとか思っていると。
「始まったね、お姉ちゃん」
「――そうね、こいし。全て計画通りよ」
「ええ!? 全部さとりさまの計画通りなんですか!? それは一体どういう?」
「いずれわかるわ。いずれね」
両手を口元に当てたままニコリと微笑む。勿論違う。ノリで適当に合わせただけだ。例の異変の黒幕が潜入しているなんてのは初耳だし、何が始まったのかなんて当然分からないし、自分は何の計画も立てていない。そもそもさとりにそんな権力はない。でもまぁ、責任者というのは適当に知ったかぶっておけばなんとかなるものである。地霊殿の主として今までそれでやってきたので、他とは説得力が違うのだ。それに、なんか意味深な感じを出すと相手が深読みしてくれて楽しいし。その混乱する心を読み取るのもさとりの趣味の一つである。
調子にのったこいしに色々と乗せられた挙句痛い目にあったことも何回かあるが、それはそれ、これはこれである。いざとなったら八咫烏の力を得たお空や無意識を操るこいしやらで時間を稼ぎ、勇儀を防衛線から引っこ抜いて潜入してきた奴にぶつければオールオッケー。妹は姉のために、ペットは飼い主のために、地底妖怪は管理者のために。自分は最後に事態終息とフォローに回る。適材適所、まさに完璧である。さとりが満足げに頷いていると。
「じゃ、じゃあ皆に言ってきますね! 全部さとりさまの計画通りだって! 起こってる騒ぎは全部さとりさまのせいだって言いふらしてきます!!」
「ちょ、ちょっと。待ちなさい! お燐!! 言い方に語弊があるわよ!! 全部私のせいっていうのはおかしいでしょう!」
「あーあ。私しらなーい」
さとりは慌てて立ち上がり、空気の読めないペットを追いかけようとする。しかし、素早いお燐に追いつけるはずもないので、早々とあきらめる。そんなさとりをジト目で見てくるこいし。閉ざしているサードアイもこちらを向いている。
「諦めるの早くないお姉ちゃん。ちょっとは追いかけたら良い運動になるのに」
「無駄なことはしない主義なの」
「じゃあお姉ちゃんのやってることほとんどじゃん。どうして生きてるの?」
「無意識に猛毒を吐くのをやめなさい」
「また自分勝手な計画立ててたでしょ。顔を見れば分かるよ」
「なんのことかしらね」
「とぼけても分かるよ」
「瞳を閉ざしてるのに私の心が分かるなんて、流石はこいしね」
「だってお姉ちゃんの行動ってパターン化されてるし」
「…………」
こんな感じにこいしのフリにさとりが乗って、お燐が炎上させて最後にお空がフル回転すると、最大級の痛い目に遭うことが多い。間欠泉騒動で色々と学んだはずなのに。やはり自分の性質はアレなのだろうかと少し考え、さとりは全力で首を横に振るのであった。
◇
ど、どうしてこんなことに。なぜ、私はこんな場所にいるのか。誰も答えてはくれない。目覚めたら謎の廃屋の中で寝転がっており、外に出たらじめじめとした空気の嫌な感じの世界が広がっていた。まるで地獄だと思ってしまうくらいには、暗くて嫌な感じの世界。確か昨日は楽しく遊んで美味しいものを食べて幸せ一杯で眠りについたはずなのに。しかもパジャマだったはずなのに、ちゃんと着替えているし。なぜにこんなことに? 私の楽園はいずこに? 私は夢遊病なの? その答えは目の前の妖怪が知っているだろうか。
「あ、あのー」
「妬ましいわね。全てが上手くいき、この世は幸せいっぱい夢いっぱい。そんな死ぬほど腹立たしい顔をしているわ」
「す、すいません」
「いいのよ。別に。貴方の頭がハッピーセットだろうと、私は地の底で妬むことしかできないから。だから気にしないで。うふふ」
「…………」
訳も分からずふらふら彷徨ってたらいつの間にかたどり着いた橋で、うっかり巡り合ってしまったのが水橋パルスィ。曖昧な記憶だが確か危険度が高かったような。なんだか嫌な予感がしたので、適当に挨拶をして通り過ぎようとしたらうっかり絡まれてしまったというわけ。というか、ここは地底じゃないかということに今更ながら気づいてしまった。何がヤバイって何もかもがヤバイ。
「……私が誰か知ってます?」
「さぁ、知らないわ。ちなみに、私の名前は水橋パルスィよ。ふふふ、貴方は私を何故か知ってたみたいね? 不思議なこともあるものね」
「い、いえ、良く分かりませんが。とにかく、よろしくお願いします」
「別に私はよろしくしたくないけど。……ただ、貴方からはとても私に似た波長を感じるわ。まばゆい人間を見境なく妬むヘドロのように粘つく感情。とても素晴らしいわ。貴方の二面性に私はとても興味がある。だから、私はこうして貴方に友好的に声を掛けたというわけ。だって、可愛らしい生皮を一枚めくればドス黒いお仲間さんがいるのでしょう。ねぇ?」
「は、はい。よく分かりませんけど、そうなんですかね。あはは」
さっぱり訳が分からない。落ち着いて考えよう。パルスィがいる橋がここということは、この先は旧都だろう。いわゆるヤベェ連中がうじゃうじゃいるわけで。私はまだ詫びを入れていないので、見つけ次第殺せ状態なのは間違いない。超危険地帯だ。ということは、回れ右して縦穴を目指せばいいのではないだろうか。コソコソ誰にも見つからないように地上へ脱出だ。というわけでニコニコしているパルスィを横目に素早く方向転換すると。
「忠告だけど、そっちに行くのは止めた方がいいわよ、嫉妬仲間さん。もう貴方の間抜けな姿がキスメとヤマメに見られているわ」
「え」
「当たり前だけど、地上からの侵入者の情報は伝わっている。つまり、逃げ道を塞ぐために警戒網が敷かれているのは当たり前よねぇ。怖い鬼たちもいるかしら。うふふふ」
とても楽しそうなパルスィ。綺麗な人だが、目が緑に輝きどんよりと澱んでいる。襲い掛かってくる感じはないが、だからといって手助けしてくれる気配もない。本当に興味本位でついてきてるだけのような。
「あの。パルスィさん」
「なにかしら、嫉妬仲間さん」
「わ、私の名前は風見燐香です。実は、地底の方から招待状をいただきまして、できましたら、管理者さんの所に連れて行ってもらえないでしょうか。後で必ず御礼はしますので」
「……………………」
訳は分からないが、強制的に地底に連れてこられたということはそういうことだろう。つまり、先送りしてきた彼岸花異変の詫びを入れてとっとと帰る、それが最善である。そう考えてお願いしたのだが、答えを返すことなく二タニタと笑っているパルスィ。何を考えているかがさっぱり読めない。なんとなくだけど面倒くさそうな感じがする。というか本当になんで地底にいるのか意味不明である。犯人第一候補は八雲紫によるスキマ放置プレイだが、なんのためにとかそういう疑問は尽きない。普通に言ってくれればいいのに!
「そうねぇ。案内してやる義理はさらさらないけど。……なんとなく、どことなく、遠くて近い世界で、貴方に似た妖怪に会った気がする。初めて会った気がしない。いや、でもこんな顔ではなかったような。でも雰囲気が。…………本当にどうしようかしら」
パルスィが悩んでいる。腕組みをしてから、私の頬を両手で強く挟んでくる。あまりに強いので私の顔はひょっとこ状態である。
「…………幸せそうな面が心底妬ましいけど、その本質は嫉妬仲間でもある。うーん、悩ましい。貴方、本当になんなの?」
「何なのと言われても。その。彼岸花の妖怪らしいです」
「はぁ。そもそもなんでここにいるの。平和な地上にいればいいじゃない」
「本当のことを言うと、気づいたら地底にいました。なんででしょうか」
「もしかして馬鹿なの?」
「良く言われます」
「でしょうね」
問答が終わると、溜息を吐いたパルスィが仕方がないとつぶやいた。
「本当なら地上の妖怪なんて問答無用で襲い掛かるけど、そのドス黒い感情と謎の既視感に免じて助けてあげる。さとり妖怪のところに行きたいんでしょう? ならさっさと行きましょう。ああ、御礼は考えておくわ」
「え、ちょ、ちょっと待って」
「うるさいわね。あまり橋を留守にもしておけないのよ。まぁ、どうせ誰も来ないでしょうけど。どうせ私は孤独な妖怪よ」
舌打ちするとすたすたと先を行くパルスィ。本当に面倒くさそうな人だけど、意外と優しいのかもしれない。私は置いていかれないように慌ててその後をついていくのであった。というか地霊殿の異変は終わったはずなのに、なぜ私が放り込まれるのか。意味が分からない。やはり異変解決して死ぬほど油断していたのが悪かったようだ。異変中は超ガードを固めてブルブル部屋の隅で震えていたのに。うん、後悔先に立たず!
お久しぶりです。約10年(9年ちょい?)ぶりです。
気が向いたときに書こうと思ってましたので、そんな感じでした。
思い出すために3回ぐらい読み直してました。
その過程でちょこちょこ本編も修正を加えています。
なんか前と違うようなと思った貴方は正解です。
でも大規模には変えてないです。微修正、違和感のある表現の修正です。