冥界、外れの方にある小高い丘の上。私の大事な場所。真っ赤に咲き乱れる彼岸花を眺めながら、私は椅子にのんびりと座っている。最初は私が並べた無銘の石碑があるだけだった。そうしたら、妖夢が内緒で庭用のテーブルと椅子を作ってくれたのだ。庭師だけあって、そういった作業も得意なのかもしれない。
持ってきた水筒からコップに液体を注ぎ口に含む。中身は熱々のホットコーヒーだ。ルーミアおすすめ仕様のちょっとだけミルクが入ったやつ。私はガツンとブラック無糖派だが、こちらのちょい苦仕様も好きである。飲みやすいし。
ちなみに、今日は春も近いということでかなり暖かいが、時折吹く風が肌寒い。その分お日様がしっかりと私たちを照らしてくれているので、バランスが取れている。つまり、お昼寝には丁度良いということだ。テーブルにぐでーっと顔を伏せる。そして横を向く。
「…………」
不揃いの石碑が目に入る。その数は5個。なんでその数にしたのかは分からない。ただ、それがやけにしっくりときた。別に彼らは何も語り掛けてきたりはしないし、謎に光ったりもしない。ましてや黒の靄を生じることもない。本当にただの石だ。ただ、それを見ているとなんとなく、寂しさを感じるのだ。でも大切な何かが溢れてくる気がして、目を離せない。だから、時折お花の世話のためにここにやってきては、こうしてひっそりと眺めている。その時は大抵私一人だけ。冥界は基本的に生者を拒む。それが自然の摂理というものだ。
そんな感じで一人寂しく寂寥感に浸っていると。風を切り裂く音がして、驚く間もなく誰かがシュタっと着地する。紫の服が良く似合う心優しい天狗さんだ。言うと顔が真っ赤になるから言わないけど。そんなはたてが、淡々と声をかけてくる。
「何を一人で黄昏てるの? もしかして暇すぎて死にそうな感じ? 過労死ならぬ暇死? それって羨ましいよね」
「いえ、過ぎ去りし冬に思いを馳せていました。ほら、私って芸術センスを秘めてるじゃないですか」
「全然初耳なんだけど。じゃあ秘めすぎだから形にしてみたらいいんじゃない?」
「ええ、その結果がこの石碑たちです。どうです? 自然の味が滲み出ているでしょう。いい仕事をしています。そこらの凡人にはとても作れませんよ」
「いや、そこら辺の石を適当に置いただけじゃん。あそこにも似たのあるし」
「いやぁバレましたか」
実際何も手を加えてない。苔むしているのもあるし。そこらへんに転がってたのを拾って適当に並べただけ。その方が私らしいし。お似合いである。でも彼岸花は綺麗だから、これでいいのである。
「だって見繕ってるの携帯で見てたし。これでいいかとか適当に選んでたじゃん」
「ああ、本当に暇なんですね」
「まぁねー。お山にいたころよりは忙しいけど、基本的に暇だよ。忙しいと死んじゃうし。社会問題の過労死ってやつよ」
「私の退屈な日常を覗いて楽しいんです? 前ほどエキセントリックじゃないでしょう」
「いや、十分今もエキセントリックだよ。それに日課みたいなもんだね。ほら、食べたら歯を磨くのと一緒。気分が落ち着かないよね」
「そういうもんですか」
「そういうもんだよ。あれ、もしかして、やっぱり嫌だったりする? 文は本当にドン引きしてたから」
「いえ、私は気にしてないので大丈夫です。むしろ何かあったときに助かりそうですし」
「それならこれからも遠慮しないから。そうそう、地底に連れていかれたときは焦ったよねー。無事帰れて良かったよ」
「はたてさんの念写のおかげで、母さんも来てくれましたし。まぁ、大戦争一歩手前でしたが」
「見てた見てた。いやー迫力満点というかホラーだったよねー」
念写能力を使って私を覗いているらしいが、何が楽しいかは良く分からない。でも紫のバラの人ははたてだったわけで、色々と援助してくれた恩がある。本当に助かったものだ。それに、異変で駆け回ってくれたのもはたて。まさに命の恩人である。というわけで、日常を覗かれるくらいは必要経費であろう。トイレとかお風呂は配慮してくれてるらしいし。幽香は微妙に複雑な顔をしてたけど。
そんなことを考えながら、私は傍に置いてあったリュックからコップを取り出しコーヒーを注いで手渡す。はたてはそれを受け取ると、「あちち」と言いながら受け取り椅子に腰かける。
「で、本当に何してるの?」
「あれ、見てたんじゃないんですか?」
「そうなんだけどさ。見ても分からないから聞きにきたんだよね。ほら、話さないと意思疎通って難しいじゃん。いつもと違って、更に寂しそうだったからさー」
「いわゆるメランコリックな気分ってやつですよ」
「うーん、なにそれ。お笑い用語?」
「物憂げな美少女というやつです。しっかり見てください、絵になるでしょう。撮ってもいいですよ」
基本的な造形は幽香と一緒なので、その気になれば可愛くなれるはず。だが本質がアレなので、やはりおっちょこちょいになってしまうのが悲しいところ。黙っていれば美少女とかよく聞くけど、黙っていても面白い存在というのはいるのである。例えば私とか。現にはたてはプッと吹き出しているし。
「もしかして今のは笑いどころ? うん、ちょっと面白かったけど」
「それはありがとうございます」
私が笑うと、はたても微笑む。あの異変の後から、はたてとは結構やりとりをしている。筍と野菜の物々交換をしたり、今まで撮ってきた写真を見せてもらったり。だからこうやって軽口を叩きあう仲になれたというわけ。気の合う友達みたいな。向こうからすると従姉妹とか姪みたいに思われているかもしれない。それはそれで構わないけれど。実際年齢差は結構あると思うし。
「そういえば、はたてさんも指名手配解除されたとか。本当におめでとうございます」
「いやーようやくお山との和解が成立したみたいでさ。私もそのついでに恩赦だって」
「よく和解できましたね。妖怪の山って面子もあるし、色々と面倒とかなんとか聞いてますけど」
「うん、まぁ面倒な連中ばかりだよ。ただ、最近はいきなり守矢神社が来たりとか、地底の動きが活発だったりとかあったでしょ。だからじゃないかな。それに、上の連中はむしろ活き活きしてるって文が言ってたし」
「どうしてです?」
「そういう陰険なやりとりが大好きな奴ばっかりだし。権謀術数ってやつ? 私には無縁だけどねー」
「なるほど」
幻想郷情勢は複雑怪奇。いわゆるリアル幻想郷征服ゲームだ。私の所属は太陽の畑かな? 君主は風見幽香。なんか強そう。でも部下が私だけなのでいきなりピンチ。初動が大事の上級者向け。王道ならばやはり博麗神社がオススメだ。八雲家と同盟関係にあるし、どんどん仲間が増えるからね。魅力100は伊達じゃない。
「本当、お山からいつ刺客が来るかとビクビクだったよねー。永琳のおかげで助かったよ。でも出禁は変わらないから帰れないけど」
「ああ、私も妖怪の山は出禁です。二度と入れなさそうです」
「あはは、仲間だね。ま、帰る気もないからいいんだけどさ。文とか椛はいるけど、楽しくないし。話すだけなら今でもできるし」
「本当に、滅茶苦茶ご迷惑をおかけしました。全部私のせいですし。本当にごめんなさい」
はたては私の彼岸花異変のゴタゴタで、妖怪の山を出奔し永遠亭に身を寄せている。本人は全く気にしてないし、いずれ出ていくつもりだったと言ってるけど、やっぱり申し訳ないと思う訳で。しっかりと頭を下げておく。そうしたらゴツンと軽くげんこつを頂いた。
「だから、そういうのいらないってこの前も言ったでしょ。いや、本当今の方が気楽なんだよね。上からはグチグチ言われないし、身内から冷たい視線で見られないし、陰口は叩かれないし。兎さんは愉快な連中が多いし楽しいよ。あー、でも永琳だけはあれだね。うん。生活に緊張感を与えてくれるけど。ピリッとするよね」
「永琳さんは本当に怖いですからね」
「あれは仕方ない。だってヤバイくらいに姫一筋だからね。でもちゃんと仕事をすればお小言は貰わないよ」
「やっぱりカメラマンの仕事ですか」
「そうそう。後は私の能力を使っての研究や実験のお手伝い。後は自由だからお気楽な毎日だよ。引き籠ってても怒られないし、兎さんは遊びに来てくれるし。いやー毎日が楽しいね!」
「それは良かったですね」
私がそう言うと、「ありがとう」と言ってから、真剣な表情でこちらを見つめてくる。先ほどまでのだらけた感じはない。
「それで、本当にどうしたの? なんだか、存在感が希薄だったけど。もしかして全部満足しちゃったから消えちゃうとか? うーん、ハッピーエンドと見せかけて最後に急展開ていうドンデン返しは私好きじゃないなー。そういうのって後味が良くないよね。ちゃんと残された人のことも考えないと!」
拳を握りしめて力説してるはたて。実は文学少女らしいので、読み込んだ作品に何かトラウマがあるのかもしれない。とはいえ、今が凄く幸福だからといってフワッと消えたいとか、そんなことは望んでいないと思う。多分。ただ、幸福すぎて怖いというのはあるのかな。やっぱり良く分からない。
「……いや、私はそういうわけじゃなくて」
「じゃあ何。あ、相談ならのるよー。こう見えて結構長生きだし、一応天狗だしね!」
「今どきの天狗は人生相談にも乗ってくれるんですか?」
「燐香とは長い付き合いだし特別にいいよ。といっても一方的だけどね!」
何故か得意げなはたてに苦笑しつつも、燻っていたことを打ち明けることにする。別に抱えていても仕方ないし、そこまで悩んでいた訳でもない。ただ、勝手に思い浮かんでしまうだけだし。
「いや、本当に大したことじゃないんですけど。こんなに幸せでいいのかなって。ほら、多分、どこかの私たちはきっと、こうならなかったじゃないですか。私だけ、いいのかなって思って」
「ふんふん」
「そんなことを時折考えると、ここに来て、この石碑をぼんやりと眺めるんです。そうすると、ぼーっとできて無になれるというか。ただ、そんな感じです」
「うーん。ただぼんやりとした不安ってやつ? どこぞの河童博士みたいだね。もっとメロスみたいにって、そっちも駄目だったっけ。文学の人間ってなんか死に急ぐよねー。真面目だから? もっと妖怪みたいに図々しくなればいいのに」
「はたてさんは文学史にも詳しいんですね」
別に死にたいわけじゃないし。不安というのはあるかもしれないけど。宙に浮いている花梨人形を眺める。この花梨人形のおかげで白と黒は安定しているし、不安定になっても冷却装置が働くから問題なし。私は皆のおかげでここにいる。色々な懸案事項がごっそりと解決したことで、ぽっかりと空洞になってしまった。だから、なんとなく不安になる。なるほど、確かに漠然とした不安といえるかもしれない。友達と遊んでいるときはそんなことは考えないのだけれども。
「基本的に暇人だからねー。外の世界のことも色々調べたりするんだよ。広く浅くだけど。ま、それは置いておいて」
はたてが懐から一枚の写真を取り出し、こちらへと差し出してくる。それは、私、ルーミア、フラン、妖夢の写ったもの。全身煤だらけで、疲れ果てたところを撮られているようだ。皆、素敵な笑顔を浮かべている。これは、異変前の花火のときの写真かな。そして、指を鳴らすと同時に、ささっと背後から紫のバラを取り出してくる。手品みたいに取り出したかったみたいだけど、ばっちりと目撃してしまった。恥ずかしそうにゴホンと咳払いした後、キリッとした表情を作るはたて。
「考えすぎな小童に、プレゼント。さらに特別に、とある亡霊の言葉も贈ってあげる。思い出は楽しいものも辛いものもある。でも忘れずに全部抱えて生きていけってさ。だから、貴方の悩みもきっと必要なことなんじゃない。良く分からないけど。所詮私は引き籠り天狗だからね!」
「…………」
「それに、多分、他の世界はさー」
はたてが自分の両手を広げて、見つめている。汚れでもついているのかと思ったけど、特になにもついていない。いや、夕陽のせいか、赤く見える。真っ赤に染まったはたての両手。私の首に手を掛けるはたてを幻視する。その時のはたての表情はどうだったか。そんなこと本当にあったのか。良く分からない。
「……他の世界は、なんですか?」
「いや、ううん、なんでもない。予想はできても確証なんてないし。説明が面倒くさいしやめとく!」
「…………うーむ、余計気になります。面倒でも教えてくれません?」
「嫌だよ、本当に面倒だし。ほら、私って面倒なことをすると死んじゃうんだよねー」
はたてが広げた両手でパンと打ち鳴らす。どうしても教えてくれないらしい。妖夢の半霊が灰色に、フランの羽の宝石の一つが黒色に、ルーミアのリボンが黒色に。きっと無関係ではないと思う。もしかして、皆も何か知ってたりして。でも、教えてくれない気がする。なんとなくだけど。
貰った写真は宝物にするとしよう。大事な大事な思い出の一つだから。
「ま、あんまり母親を心配させないようにしなよね。ほら、丁度お迎えに来たみたいだしさ。折角言いたいことが言い合えるようになったんだし、妖怪らしく図々しく生きたらいいじゃん。私みたいにさ」
写真と紫のバラを私に強引に押し付けるはたて。そして、視線を空に向ける。いつの間にか赤みがかっていた夕空、こちらへと向かってくる一つの影が見える。言わずもがな、私にとって大事な存在だった。でも、いつもはとても素敵な緑の髪なのに、今日は真っ赤に染まっている。まるであの時の、成長した私の姿みたいだった。でも、あんな表情は私にはできないので、やっぱり別人なのであった。つまるところ、私はまだまだ子供ということである。