ぼっちじゃない。ただ皆が俺を畏怖しているだけなんだ。 作:すずきえすく
いつもお世話になっております。
第17.75話となります。
ようやくサイドストーリーに
ひと段落着きました。
「グッピー3分クッキングッ」
アナウンサーによるタイトルコールが済んだのと同時に、カウンターの上に置かれたモニターから、あのお馴染みの音楽が軽快に流れ始め、また、マヨネーズのCMとかに出てくる、これまたあのお馴染みであろうセルロイドで作られた一糸
そう、遂に舞台の幕が上がったのだ。
その途端、控え室で様子を見守る俺達の間に、張り詰めた様な緊迫した空気が流れはじめた。今日は”女子高生特番”と銘打たれた料理番組の収録日であり、またそれは由比ヶ浜が特別講師として
「せんぱぁい…結衣先輩、大丈夫でしょうかね。」
画面に映る、狂ったように踊り続けるモヒカン人形を”心ここにあらず”といった感じで見つめながら、一色は不安そうに呟いた。
まぁ、一色の気持ちは分からなくもない。火を噴いて倒れ込んだ材木座が、奇跡的に意識を回復した途端”せ、拙者に毒を盛ったござるなっ!”と涙目で訴えかけてきたのは記憶に新しい。その凄惨な現場に居合わせた一色からすれば、いくら、ここ3日は食えるものに仕上がっているとはいえ、トラウマを払拭するに至ってないのも無理はないだろう。
「あぁ…多分な。」
そんな一色に大してしてやれる事など無く、結局俺は自分の無力さに打ち拉がれながら、こんな気休めの言葉を掛けてやる事くらいしか出来なかった…。
すまん、ちょっと大げさに言い過ぎた。一色、お前もこの世の終わりみたいな顔してんじゃねぇよ。
一方、俺達とは対照的に雪ノ下は余裕のある様子で、人差し指を使ってリズムに合わせて”トントン”とリズムを取っていたが、しばらくしてそれが、聞き取れるか取れないかくらいの小さな鼻歌となり…やがてその鼻歌に歌詞が付いた。
♪ にゃん にゃかにゃか にゃん にゃん にゃん
にゃん にゃかにゃか にゃん にゃん にゃん
にゃ にゃん にゃん にゃん にゃん にゃ にゃ にゃ にゃ にゃーっ
僕をナメると 荒ぶるぞっ シャッ シャッ シャッ シャーッ ♪
小声ながらもノリノリな雪ノ下さん。リズムにノッて、小首を僅かに”フンフン”と傾けながら歌う仕草が、不覚にも可愛く思えてしまってちょっと悔しい。けれど可愛い分、即興で作られたと思われるその歌詞の殺伐さが、より一層際立っていた。雪ノ下の中の猫の人は、一体何に荒ぶっているのだろうか?
「…比企谷君、何をジロジロ見ているのかしら?」
そんな俺の猫々しい視線に気がついたのか、雪ノ下が不機嫌そうに俺を見返した。ってかお前、すっかり猫キチ○イっぷりを隠さなくなったな。以前のお前だったら、場を誤魔化す為に罵倒の限りを尽くしたろうに…お前、少し性格が丸くなったんじゃないのか?
「あなた…まさか罵倒されたいの? そこまで変態だったなんて…予想外だわ。」
若干顔を引きつらせて驚愕する雪ノ下。前言撤回、切れ味鋭い毒舌っぷりは今も健在だ…っていうか勝手に思考を読むな、そして捏造するな。
因みに俺の頭の中では、ザーさんがチキンの歌を熱唱していた。
そうこうしているうちに、オープニングテーマが終わりを迎え、映し出されている映像がキッチン風のセットへと切り替わったと同時に、料理研究家の先生が登場した。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、今日は曽野山先生だよっ!」
俺の耳元で、小町が若干興奮気味に小声で囁いてきた。曽野山先生とは、えんどう豆に煮干を突き刺して直立させたり、スライスした大根の上に生肉を乗せて食卓に並べるなど、斬新過ぎる料理の数々を発表して世間を騒然とさせている、新進気鋭の料理研究家だ。
何だか、急速に雲行きが怪しくなってきた気がするんですけど…。
いやいや、革命的過ぎてネット住民達を騒然とさせているとはいえ、曲がりなりにも相手はプロだ。仮に由比ヶ浜が何かやらかしても、良い具合のストッパー役を果たしてくれるに違いない…と思いたいのだが、俺はいまいち不安を払拭出来ずにいた。
『本日は女子高生特番という事でぇ…えっ? 私が女子高生だろうって? やだなぁ♪違いますってばぁ♪ホントにもうっ、激おこぷんぷん丸ですよぉ? ぷんぷんっ♪』
曽野山先生は、激しく体をくねらせてモジモジしている。もしこれを戸部の奴が見てたとしたら”それはないわー。40過ぎてそれはないでしょーっ。”とさぞかし
俺は思わず一色を見た。こいつが40を過ぎる頃には、このセンセーと似たような感じになっているのかも知れんな…このふたり、何気にキャラ被ってるし。
「センパイ…何か失礼な事を考えていませんか?」
笑顔すら浮かべず、刺す様な視線を向けてくる一色に、俺は抗う勇気などない。
「い、いや…なんでもない。」
俺は慌てて視線をモニターへ戻した。
曽野山先生の自己紹介は恙無く終わり、続けて由比ヶ浜の出番が訪れる。
『さて、今日は特別講師として、由比ヶ浜結衣ちゃんに来ていただいています♪』
その紹介と同時に、画面がズームアウトして部屋全体が映し出され、かなりテンパった様子の由比ヶ浜が登場してきた。
『ゆ、ゆ、ゆいがはみゃ結衣でふっ!』
「「「「 !? 」」」」
控え室にいた俺達4人は絶句した。いや、自分の名前がカミカミだったからとか、テンパり過ぎて動きがペッ○ーみたいになっていたからとか、そんな些細な事で絶句した訳ではない。
俺達が言葉を失ったのは、その姿だ。由比ヶ浜は、さっきまで身に着けていた服とは違い、白いYシャツにピンクのエプロン、大きなリボンやレース、細かい
何より、その服の性質上、大きく強調された由比ヶ浜の胸元を、雪ノ下をはじめとした3人が、死んだ魚の様な虚ろな目で眺めているのがちょっと怖い。お前ら、気持ちは分からんでもないが早く現実に戻ってこい。
ところで由比ヶ浜…なんでお前、メイド服着てんの?
第17.75話
マ
ニ
ア
の
財
布
は店のもの(某メイド喫茶のスローガン)
「お願いっ、明日一緒に付いてっ!」
由比ヶ浜が俺達にそう訴えかけたのは、撮影の前日…最後の試食会が行われていた最中のでの事だった。それに対して雪ノ下は”私で良ければ付き合うわ”と二つ返事で了承し、一色は”私テレビ局って初めてなんですぅ♪”と、もはや返事を聞くまでも無い。
まぁ、付き添いなんて2人もいれば十分だろう。よって俺は、明日ゆっくりと寛がせてもらう事にするかな…もちろん自宅で。
明日になったら俺…
「何を言っているの? 貴方も来るのよ。」
寝言は寝てから言って頂戴と言わんばかりに、雪ノ下はそう言い切った。えーっ、明日は折角のビューティホーなサンデーなんですよ? 爽やかな日曜で、太陽が降り注いで来るんですよ? まぁ、太陽が本気出して本体ごと降り注いで来たら、地球は
「だから、出かけましょうよぉ♪手をとって!」
「そうそう、歌っちゃおうよぉ♪高らかにっ!」
一色と由比ヶ浜がそれに追随する。何だよ、そのミュージカルっぽいテンションは。そもそもお前ら、何で話に付いて来れるんだよ。
あと、その辺りにしておこうな? これ以上は色々とマズいから。
こうしてなし崩し的に、俺の日曜日が由比ヶ浜の付き添いに消費される事が決定し、更に俺の帰宅後”何それ、小町も行きたーい”と、話を耳にしてテンションのダダ上がりな小町と合わせて、合計4名の由比ヶ浜応援団が結成される事となった。
そして本番当日を迎え、本番を前に俺達は控え室へと移動し現在に至る。
『それでは、始めて行きましょう♪由比ヶ浜ちゃん、お願いします♪』
『は、はいっ!』
緊張した面持ちの由比ヶ浜は、包丁を片手に急々と食材を並べ始めた。よかった…マダムシ○コとかよっ○ゃんイカは並んでないみたいだ。
『ま、まずは野菜を刻みますっ!』
由比ヶ浜はそう呟いたものの、震える手でよく研ぎ澄まされた包丁をじっと見つめたまま、ビシッと固まってしまい動かない。そんな、ピタリと時が止まってしまった様な光景に対し、スタッフの間には緊張が走った。何せ、放送時間は10分しかないのだ。
誰かっ、早く由比ヶ浜の ctrl + alt + del ボタンを押してあげてっ!
スタジオ全体がザワザワと騒めきたつ中、しばらく固まっていた由比ヶ浜はなんとか再起動に成功した様子で、生唾をゴクリと飲み込んだあと”えいっ”と掛け声を掛けて、その包丁を景気よく振り下ろした。
『ぱっかーん』
そんな景気の良い音を立てて、まな板の上の玉ねぎは真っ二つとなった。もし中に桃太郎とかがいたら、
やれやれ、これで何とか番組が進むな…などと、俺達をはじめその場にいた殆どの人間は安堵した。でもな、由比ヶ浜のテンパりレベルは、俺達の想定を遥かに上回っていたんだ…。
「ゆ、由比ヶ浜さん、それはダメっ!」
いきなり雪ノ下が大きな声をあげた…が、この場所からでは届かない。それにしても、雪ノ下は、何をそんなに慌てているのだろうか。俺は不思議に思いながら画面に視線を戻し、そしてその理由を即座に理解した。
由比ヶ浜は、まだ皮の剥かれていないジャガイモや玉ねぎの山に目を向けた後、次から次へと真っ二つに切っていったのである。山になっていく野菜の数々を見て、思わず顔を引きつらせる曽野山先生。だが、諦めるのはまだ早い。半分になっただけというのなら、まだリカバリーは可能…
『つ、続けて…ら、乱切りにしますっ!』
その瞬間、僅かな希望が打ち砕かれる様に、皮の付いたまま真っ二つに切られた野菜が、今度は細やかに切り刻まれていった。
『ちょっ…おまっ!』
曽野山先生が慌てて止めようとするも、時既に遅し。全ての野菜が、皮の付いたまま細切れとなってしまっていた。なまじ、特訓積んだせいで包丁さばきが劇的に向上しまった事が、完全に裏目に出てしまった格好だ。
『・・・あっ』
どうやら由比ヶ浜も、それに気が付いた様だ。
気まずい空気がスタジオを支配する。だが。すぐに気を取り直した由比ヶ浜が、カメラに向かってはにかみながら補足した。
『え、えーっと…既に皮が剥いてあったという設定で…』
「うわぁーっ、結衣さんテキトーだなー。」
小町が驚きの声をあげる。確かにそれは否定出来ないが、現時点では他に打つ手が無いのも確かだ。それに、設定をきちっと定めておくのは大事な事なのだ。例えば、乗っても過去に行けないのであれば只のタクシーでしかないし、影の調査官でなければこれまたリストラ寸前な只の窓際職員でしかない。
だから思い込もうよ、”なんて皮の剥けたジャガイモなんだろう”と。
騒然とするスタジオを余所に、更に話を押し進める由比ヶ浜。
『つ、次にお鍋を火をかけますっ!』
強火で火にかけられる鍋に、次から次へと投入される野菜。油とか引いてないけど大丈夫なんだろうか…。
『あっ、油を引くの忘れてたーっ!』
俺の心が由比ヶ浜に届いたのか、慌てて油を取り出すと鍋に投入しはじめた。だが、由比ヶ浜は余程慌てていたらしく、”どぼどぼどぼどぼ…”と音を立てながら景気良く油を注ぎ込まれた鍋は、あっという間にそれによって、その中腹まで満たされる事となった。
「ちょっ、結衣先輩っ!」
その様子に一色が悲鳴をあげた。
一方、スタジオの方は蜂の巣を突いた様な大騒ぎとなった。中でも一番取り乱したのは曽野山先生で、どこかのツケメンな人の様に”スタッふぅーっ、スタッふぅーっ”と、大声で連呼している。お前ら落ち着け、まずは鍋の火を消そうな。
やがて、それに応えるかの如く、スタッフ数人により大きなボールが運ばれてくると、曽野山先生は由比ヶ浜に、油をそこへ空ける様に促がした。
『由比ヶ浜ちゃん、早くっ!』
『は、はいっ!』
ところが、具を受けるためのザルを展開しようとした時、曽野山先生の肘がサラダ油のボトルにヒットした。
「「「あっ…!」」」
その瞬間、雪ノ下と一色、そして小町の三人が同時に声をあげた。
ボトルは、まるでスローモーションの様にゆっくりと2~3度頭を振った後、その速度を急激に上げて床へと落下した。恐らく蓋はしてなかったのだろう、由比ヶ浜は、その瞬間”ひゃっ”っと小さく声をあげ、曽野山先生は”は、早く拭かなきゃっ”と慌てた声を出した。
そんな2人に、更なる悲劇が襲い掛かる。
『うっひゃーっ!』
床が油まみれなせいで、足を滑らせてバランスを崩した曽野山先生が転倒し、それに巻き込まれる形で由比ヶ浜も転倒した。そして雪崩れる様に、カウンターの上に置かれた材料も、次々と派手に床へとぶちまけられた。
そんな惨事が繰り広げられ、しばらくスタジオ全体が呆然としていたのだが、比較的早く我にかえったスタッフ数人が、慌ててふたりに駆け寄った。そして、そのシーンが映し出されたあたりで、無情にも番組の終わりを告げるエンディングテーマが流れ始めた。
ちょっ…まだ全然料理出来てねぇぞ、おいっ。
だが、時の流れは停まってはくれない。その非情とも思える展開の中、油まみれになって呆然とする由比ヶ浜と曽野山先生が、ドアップで映し出されたところで収録が終了した。
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
あまりに衝撃的な結末に、しばらくの間誰一人言葉を発する事が出来なかった。
五分くらいしてから、やっとの思いで一色が”あ、明日のメニューの白玉ハンバーグって、どんなのなんでしょうね…アハハ…”と、なんとか声を振り絞ったのだが…
「そ、そうね…。」
「こ、小町気になりますぅ…。」
「まぁ、謎だな…。」
結局、その空気を変えるに至る事は
それから後の話を、少しだけ補足する事にしよう。
結局、その後何度か撮影し直した上で、その中から良さ気なシーンを継ぎ接ぎしたものがオンエアーされた。だが、冒頭のやらかしたシーンや”10分置いたものがこれです”と、作り置きした物が多用された番組構成は、放送事故を必死に回避しようと努力しつつも、その場に居合わせたスタッフ達の悲痛な叫びを連想させるには十分であった。
そして俺達は、”あぁ…やはり放送事故スレッドが乱立するのだろうなぁ…”などと想像していたのだが、その大方の予想を覆して、ネットの住人達から予想もしなかった切り口で、由比ヶ浜に注目が集まる事となった。
スレタイはこうだ。
【3分クッキング】ドジっこメイド降臨【おっぱいもあるよ】
着ていた服がゴスロリメイドだったのと、由比ヶ浜の可愛らしい容姿やリアクションも相俟って、スレッドは大いに盛り上がった。
”あちゃーっ”とか”うひゃーっ”と慌てふためくドジっこメイドな由比ヶ浜の動画は、あちこちのサイトへかなりの数が投稿され、その結果としてほとぼりが冷めるまでの数ヶ月の間、それはオタク共の心を鷲掴みにし続けたのであった。
そして由比ヶ浜はしばらくの間、スレッドやまとめサイトを見るたびに、頭を抱えて”ぐはぁっ”と悶絶する日々を過ごす事となった。
あいつが料理に酢だこを入れたりするのは、方向性はともかく、おもてなしの精神だったんだよな…意識を根こそぎ刈り取られたけど。
俺は今更ながら、それを思い出していた。もし安西先生が、今日の出来事をVTRで見ていたとしたら、きっとこう呟くだろう。
「まるで成長していない…(料理の腕前的に)」
いや、成長はしてたんですよ、安西先生…攻撃力的には。
ただあいつの本質は、高校の頃からなんら変わってなかった。ツッコミの鋭いところ、コミュニケーション能力の高いところ、料理の殺傷能力、そして優しい性根…。そう、個性というものは早々変わるものではないのだ。
ただ早々ではないにしろ、時間を掛けて少しずつ変化していくのも確かだ。だから、料理の腕が壊滅的であろうと、太陽王の事をルイルイって呼んじゃったりするのも、やがては過去の出来事となるかも知れない。
でもまぁ願わくば…いや、この先は言うだけ野暮ってものだ。
さて、明日も勉強会だ。それに、明日の会場は俺の部屋なのだから、早めに起きて少し片付けねばならないだろう。
そんな事を思いつつ、俺は再び夢の世界へと旅立っていった。
つづく
【おまけ】
「ヒッキー、ゆきのん、あたしまたテレビに出る事になるかも!」
「おいおい、やっとほとぼりが冷めてきたのに…また炎上するぞ?」
「ヒッキーのバカッ! 炎上なんてしないもんっ」
「ところで由比ヶ浜さん…今度はどんな番組なのかしら?」
「実はねぇ…高校生クイズだよぉ♪」
「・・・。」
「・・・。」
「ちょっとふたりともっ! 何で絶句したしっ!」
「だ、だって…なぁ、雪ノ下。」
「そ、そうね…。」
「ふたりともっ、無謀だって思ってるでしょっ!」
「あぁ。」
「えぇ。」
「即答したしっ! ふたりとも、あたしの事バカにし過ぎだからっ!」
「まぁ…参加する事に意義があるとも言うわよね。」
「今度は油を入れ過ぎない様にしろよ?」
「ちょっ! 油なんて使わないしっ!…っもぉぉぉっ、絶対に見かえしてやるんだからっ!」
※この後、書類選考で落とされました。
最後までお付き合い下さいまして
ありがとうございました。
ようやく次回からは本編へと
戻る事が出来そうです。
最近、5年程放置しておりました
ツイッターを活用するようになりました。
もし宜しければ、お気軽に話しかけて下さいませ。
@eskstyleです。
さて次回は第18話目となります。
書く前に、一度おさらいをしておかなければ…
また次回もお付き合い頂けますと
嬉しく思います。