拝啓、母さん。私って忘れっぽい所があるのでしょうか? うっかり忘れて墓穴を掘る事ってよくある感じかもしれないよね。と言う訳でまぁ、助けて……
そんな風に思わず脳内で母さんに助けを求めてしまう様な困った事態に直面していた。そしてその原因は、昼間に私が行った行動によるものだ。今はたぶん深夜か明け方、そして私の前には……
「ね、ねぇ、リニス……そろそろ機嫌を……」
「……」
頬を膨らませそっぽを向いているリニスの姿があった。流石と言うかなんというか、育ての親だけあってフェイトと怒り方がそっくり、頬を膨らませてそっぽを向くって……可愛いな、おい。
「所詮、私は使い魔ですとも。ええ、魔法技術と言う点では『あの方』の方が上でしょうとも。素晴らしい、効率的判断だと思いますとも」
「……いや、だからね……」
すっかり忘れちゃってたけど、そうだったよ。リニスって、昔からこうだった。私がテレビで猫とか見かけて褒めたりすると、すぐ不貞腐れた様にそっぽを向くんだった。
ううん、しかしこれは困った。リニスはこうなると中々元に戻ってくれないと言うか、リニスが求めている言葉を言わないと機嫌を直してくれない。考えろ、考えるんだ私……この状況を打破する言葉を……
「どうせ、私なんて……」
「い、いや、ほら! リニスとはさ、1時間位しか話せないじゃん。私としては、その貴重な時間を訓練に当てるより……リニスと色々話がしたいなって思ってさ」
「……」
「だから、訓練は日中に済ませて、リニスとは楽しくおしゃべりがしたいなぁ~って、だからああやってね」
「……」
リニスはそっぽを向いて沈黙したままだけど、私は心の中でガッツポーズをしていた。良く見るとリニスの耳が動いており、これは喜んでいる時の癖だ。うん、やっぱこの辺り猫の時と何も変わってないね。
「……ま、まぁ、貴女がそう言うのであれば……」
「うんうん、そう言う訳で、気を取り直してお話しでもしようよ」
よっし、何とかなった……今度から、忘れない様に気をつけよう。
「……う~ん。夢の中で寝転がってるってのはどうなんだろう?」
「気にする事はありませんよ」
心地よい風の吹く緑の丘で、私は寝転がって空を見つめ、リニスは私のお腹に頭を乗せて寝転んでいる。私が死ぬ前からの定番の形。私が寝転んで、リニスがお腹の上に乗る。まぁ、今のリニスは人型だから乗せてるのは頭だけだけどね。
リニスの機嫌が良いのは、時折動く耳と私の腕を撫でている尻尾からも良く分かるし、まぁ細かい事は気にしない事にしよう……って、まてよ?
「あれ? そう言えば、リニスって耳とか尻尾を見られるのは嫌だったんじゃないの?」
「……あぁ、そう言えばフェイト達にそんな事を言いましたね」
私が見たフェイトの夢の中で、リニスは何となくではあるが耳や尻尾を露出してるのは恥ずかしいと明言しており、実際に耳と尻尾は隠していたし、私がリニスと再会した時も初めは帽子をかぶっていた。
でもそれ以降隠す様な様子はまったく無く、帽子もかぶって居ないし、良く見ると服もちょっと細部を変えて尻尾が外に出る様にしてある。
「……いえ、別にそこまで頑なに隠してた訳ではないですけどね。何となく気恥ずかしかったのと、一つの命ある者を育てるという責任ある役割。その中で、本来は気ままな……猫という素体から生まれた使い魔であるって露出して歩くのは、何となく背負った責任と相反するみたいでしてね」
「ふ~ん。じゃあ、今はフェイトを育て終えたから、耳と尻尾を出してるって事?」
「いえ、気恥ずかしいと言うのは今でも一緒ですが……何でしょうね? 貴女の前ですと、私は使い魔どうこうというより、自分は猫だって感覚が強くて……むしろ出てないと落ち着かないんですよ」
そう言われてみれば凄く納得する。確かに私も、リニスは猫って感覚が強いし、耳と尻尾が無かったら落ち着かない気がする。実際さっきも今も、リニスの耳や尻尾の動きで機嫌の良し悪しを把握していた訳だしね。
「うん。凄く納得。確かに私も、リニスの耳と尻尾が隠れてたら落ち着かない気がするよ」
「でしょ? なので、これで良いんですよ」
「って、あはは、くすぐったい、尻尾、尻尾!」
「ふふふ」
苦笑しながら答えた私の顔に、リニスが尻尾を擦りつけてきた。ふかふかした毛が凄くすぐったいけど、これはリニスの機嫌が最高に良い時にする癖みたいなものだ。私の笑い声にリニスも釣られ、二人でしばらく笑いあった。
訓練校の短縮プログラムも残り3週間となったある日。私はミッドチルダの首都、クラナガンのメインストリートで人を待っていた。
このメインストリートはミッドチルダでも一番大きな通りで、ここで揃わない物は無いんじゃないかって思うほど沢山の店が並んでいる。特に今日は休日だって事も相まって、人通りはお祭りかと思うほど多い。
「申し訳ありません。お待たせしました」
「やほ~シュテル。まだ待ち合わせ時間じゃないし、大丈夫だよ」
私の前に現れたのは、シックな色合いで纏められた私服に身を包んだシュテル。そう、私は今日シュテルに頼まれてこうして待ち合わせをしていた。私とシュテルってのはちょっと珍しい組み合わせだけど、これにはちゃんとした理由がある。
「時間を作って頂いて、ありがとうございます」
「気にしないで、なのはの誕生日プレゼント買うんだよね」
そう私がシュテルに頼まれたのは、来週にあるなのはの誕生日プレゼント選びに付き合って欲しいって内容だ。正直こういうのには王様とかユーリが適任だと思うんだけど、その二人はどうしてもシュテルと休みが合わなくて、かと言ってレヴィでは自分と大して変わらないって事で私に声がかかった。
「ええ、年に一度の誕生日ですし、友人として祝いは贈るべきでしょう」
「……」
「……アリシア?」
微笑みを浮かべながら告げるシュテルの言葉が引っ掛かる。前々から思ってはいたんだけど、いい加減ここらへんでハッキリ注意しておくべきかもしれない。
「シュテルさ、なのはに対してよくその『友人として』って言葉を口にするけどさ……それ、やめない?」
「……え?」
「友人だからこうする、友人としてこうするべき、友人としてこうあるべき……シュテルは、なのはと義務感で一緒に居るの?」
「い、いえ、そんな事は……」
そう、私が前々から引っかかって居たのはこの部分だ。シュテルはなんて言うか、なのはとの友達付き合いがぎこちないってか、どこかこうあるべきだって定型に従ってるように見える。そのせいか、シュテルが「友人として」って口にする度、なのはがどこか寂しそうな顔を浮かべてた。
私はなのはには幸せになって欲しいって思うし、出来るならいつでも笑顔で居て貰いたいって思ってる。恋愛云々は置いておくとして、もっと二人の友人関係が円滑になって欲しいと思っている。その為に私が出来る事はしておくつもりだ。
「シュテルにそんなつもりがなくても、周りからはそう見えるんだよ。今だってそう! 友人だから誕生日プレゼントを贈る? そうじゃないでしょ。シュテルがなのはの誕生日をお祝いしてあげたい。そうじゃない?」
「……返す、言葉もありません」
私の言葉を聞いて、シュテルは一瞬衝撃を受けた様な表情に変わった後、どこか寂しそうな表情を浮かべて近くにあったベンチに腰を下ろす。
私も同じベンチに座り、顔を俯かせているシュテルの言葉を待つ。
「……分からないんです」
「うん?」
「敵は、居ました。好敵手も、居ました。家族も、出来ました……ですが、仲の良い、一緒に居て楽しいと心から感じる友人が出来たのは初めてで……」
「……」
たぶん、そうだと思った。シュテルとなのはの友人関係がどこかぎこちなかった原因は、シュテルがなのはに対して一線を引いている所だ。その根底にあるものは、たぶん怯えだと思う。
シュテルはなのはを元に生まれたって言っても、なのはの記憶や経験を持っている訳ではない。家族や友人と言うのは彼女にとって未知のものだったんだって思う。家族の方は同じ境遇の人達で、しかも引っ張ってくれる王様が居たから上手く出来てた。でも、友人となるとそうはいかない。特になのはの方はシュテルに以前迷惑をかけた負い目からか、遠慮気味な所があるからどっちかが引っ張るって事が出来なかったんだろうね。
「書物で知識は得ました。しかし、形式的になど事は運ばなくて……私は、そう、怯えているのかもしれません。心地良いと感じている今の関係が、私のせいで壊れてしまうのではないかと……だから出来るだけ、模範的な友人で……友人像であろうとしました。結局それも……間違いだったんですね」
「まぁ、考えると難しいものだよね。友人関係って、計算とかで成り立つものじゃないし、下手に考えれば考えるほど泥沼にはまっちゃうのかもしれないよ」
「……私は、どうすればいいんでしょうか?」
「友達ってものにこうあるべきなんて正解は無いよ。でも、そうだね……シュテルがなのはと一緒に居て、楽しい、心地良いって気持ちをさ、もっと表に出してみれば良いんじゃないかな? 遠慮が前提にある友人関係なんて嫌でしょ?」
散々偉そうな事を言ったけど、結局正解なんてものは私にだって分からない。なのはとシュテルの関係が上手くいくかどうか、それを本当の意味で分かるのは当事者の二人だけだと思う。
「そんなに肩肘張らなくて良いんだよ。迷ったり困ったりしたら、私や王様に聞いてみれば良い。アドバイスぐらいいくらでもするし、相談にだって何時でも乗るよ。大事なのは、シュテルがなのはともっと仲良くなりたいって気持ちだよ」
「……そうですね。ありがとうございます、アリシア。少し、迷いが晴れた気がします」
「うんうん。深く考えず、気楽にいけばいいんだよ。私みたいにね」
「はい。では、改めて……私は、なのはの誕生日を祝ってあげたい。彼女の笑顔が見たい。だから、プレゼント選びに助言をお願いします」
「おっけ~任せといて!」
どこか憑き物が落ちた様な、晴やかな微笑みを浮かべるシュテルを見て、柄にもない説教臭い言い回しをしたかいがあったと実感する。これで大丈夫……かどうかなんてのは私には分からないけど、でも、何となく、良い方向に向かいそうな気がするね。
第97管理外世界の地球。そこにある小洒落たお店……貸し切りになっている翠屋の店内には、良く見知ったメンバーが集まっていた。流石に仕事の関係もあるので、知り合い全員集合とはいかなかったけど、結構な人数が集まった。
「なのは、誕生日おめでと~」
「ありがとう、アリシアちゃん。なんだか、これだけ大きくお祝いされるとちょっと恥ずかしいな」
「なに主役が縮こまってるのよなのは」
豪勢な席に、皆から口々に告げられる祝いの言葉。なのはが恥ずかしそうに頬を染めていると、そこに長い金髪の、活発そうながらもどこか気品を感じる女の子が近付いてくる。
「お、アリサだ」
「久しぶり……でも無いわね。アリシア」
「あれ? 二人とも知り合い?」
現れたのはなのはの小学校時代からの親友で、良いとこのお穣さまでもあるアリサ・バニングス。ここに別の席ではやてと話してる紫髪の子、月村すずかが加われば仲良し三人娘の完成だ。
「うん、前クロノの結婚式で知り合って……」
「何度かうちにも遊びに来たわよ」
「アリシアちゃんって……本当に……」
「ちなみに、美由希さんとも、時々一緒にお茶する仲!」
「本当、どうやったらそんな早く仲良くなれるの!?」
美由希さんはなのはのお姉さんであり、同時にエイミィの親友でもある人物だ。なのはの事を大切に思っており、魔導師となり頻繁に異世界へ出かけているなのはを本当に心配している。
私とはお姉ちゃん同士と言う事もあり、非常に気が合いよくお互いに姉の苦労を語りあう。
「アリシアちゃん、ケーキの追加なんだけど?」
「あ、士郎さん。ええと……三番と六番のテーブルに……」
「ごめんね。アリシアちゃん。色々仕切って貰っちゃって……」
「気にしなくて良いですよ~桃子さん」
「……可笑しいよね。何で、一月前にあったばかりの私の両親と、そんな数年来の友人みたいになってるの? というか、これ、アリシアちゃん主導!?」
何を今さら……フェイトが翠屋を貸し切って誕生日パーティーしようなんて言い出す訳ないし、今回の席は私とはやてが主導で進めてきたに決まってるじゃん。
士郎さんと桃子さんと雑談も交えながら全体の様子を見て、そろそろ良い頃合いだと思った私はなのはに念話を送る。
(なのは、ちょっと抜けれる?)
(え? うん。どうしたの急に?)
(じゃあ、店の裏……今そこに行ってもらったから)
(行ってもらった? 誰に?)
アリシアの言葉に疑問を感じながらも、なのはが店の裏手に回ると……そこには一人の人物が立っていた。
「シュテル!?」
「すみません、ナノハ。アリシアに無理を言って、少し時間を作ってもらいました」
「う、うん。私は大丈夫だけど……」
シュテルがその場に居た事に驚くなのはだが、シュテルの表情は真剣であり、何か重大な用件があるのだと気を引き締め直す。
そしてシュテルが次に取った行動は、なのはの予想を大きく外れるものだった。
「……申し訳ありませんでした」
「……は? え?」
突然の深く頭を下げての謝罪。何が起こってるのか分からないなのはは、ただ戸惑うばかりで言葉が出てこない。
「私は、正直に言って……友人と言うものが良く分かっていませんでした。どうすれば友人らしく振る舞えるのか、そんな事ばかりを考え、友人と言う言葉ばかりを口にして自分を安心させ……貴女をロクに見てはいなかった」
「……シュテル」
「それが間違いだと、貴女を傷つけてしまっているのだと、どこか心の奥底で自覚しながら……それでも不満を溢さぬ貴女の優しさに甘えていました」
「……」
どうして急に? なのはの頭に一番初めに浮かんだのはその言葉だった。確かにシュテルが謝罪している部分は、なのはにとって唯一とも言えるシュテルへ不満を抱いている部分ではあった。もう少し、その辺りをどうにかして仲良くなれたらっと思いながらも、言い出す事は出来なかった部分。
「だから、私は……貴女に一度しっかり謝罪をしなければならないと……」
「……それは、私だって一緒だよ」
「え?」
「私も、シュテルに対してずっと一歩引いてた気がする。あまり踏み込んだりしたら嫌われちゃうんじゃないかって……」
そう、アリシアが見抜いていた通り、この二人の関係の問題はどちらか一方だけではない。シュテルは確かになのはに対して事務的な、ぎこちなさのある友人付き合いをしていたが……それはなのはも同様だった。シュテルに嫌われる事を恐れ、遠慮気味に一歩引いていたのはなのはも同じだった。
「だから、私も……ごめんなさい」
「……ふふふ」
「シュテル?」
「いえ、申し訳ありません。何と言うか、やはり私達は……似てるのだと実感しましてね」
「あ、あはは……確かに、どっちも同じ様に遠慮しちゃってたんだよね」
シュテルとなのは、似た者同士は顔を見合わせ苦笑しあう。まるでここを境に変わっていこうと、誓いあうかの様に穏やかに、そして清々しい表情で……
少しの間笑い合った後、シュテルはバックから綺麗に包装された包みを取り出し微笑みを浮かべる。
「……ナノハ、誕生日おめでとうございます。貴女に出会えたこれまでに感謝を、そして貴女の未来に両手いっぱいの祝福を……」
「ありがとう……凄く、嬉しいよ」
「これからもどうか、互いに手を取り合い並び立ち、互いに心から想い合う様な……何時までも、そんな良い関係でありたいものですね」
「ふぇっ!? あ、あ、えと……はい」
聞く人が聞けば、プロポーズかと思う様な言い回しで微笑むシュテルを見て、なのはは顔を真っ赤にする。二人の間にどこかむず痒いような沈黙が訪れ……それは別人の言葉によって破られた。
「死ね、出歯亀!」
「げぇっ!? お、王様!? いつの間に!? ぎにゃあぁぁぁぁ!?」
怒りに溢れるディアーチェの声に視線を動かしたなのはとシュテルが見た物は、ボロ雑巾の様になり引きずられていくアリシアの姿だった。
「あはは、アリシアちゃんは相変わらずだなぁ~」
「ふふ、そうですね」
恐らく二人の様子を覗いていた所をディアーチェに見つかり、強制連行されていると簡単に想像できる光景を見て苦笑する。
(……アリシアちゃん。ありがとう)
(……うん?)
(たぶん、アリシアちゃんでしょ? シュテルの背中を押したの……)
(……ん。まぁ、精々悩めよ若人)
(アリシアちゃんの方が、実年齢は下だけどね)
(あはは、そだったね)
なのシュテ回。
謎の女性の正体が気になるでしょうが、今はお預けです。
尚リニスは、アリシアの前でだけ気ままな猫の性格に戻る感じで、原作より大分砕けてます。