少しでも長く生きようと、そして自らの死場を決めるため、悪刀鐚の使い手となった鑢七実。
一人でも多くの犠牲を救う正義の味方に成るために、世界を自身の使い手と定めた衛宮士郎。
その身を刀剣として生きた二人には、互いが一体どう見えたのだろうか。
人として最後の死を迎えた女と、人としての死後を売り渡した男。
満足し折れた刀と、後悔し摩耗を続ける剣。二振りの違いは果たして何だったのか……彼らは、その因果を太刀決める時空に如何なる変化をもたらすのか。
赤い空が広がり、墓標の様に突き刺さった剣の並ぶ荒廃した大地を一人の反英霊が歩いていた。
紫と紺色の法衣に袈裟を身に纏った髪の長い、死人より肌の白い人形の様な女だ。
彼女が見上げた先には血のような赤に染まった大空を覆う雲と、錆びつき始めた巨大な歯車が複数浮かんでおり、鍛冶工房の熱気にも似た風が吹き下ろしていた。
草木の一本のない砂利と岩、たまに見かける古今東西の武器の欠片だけが続く。彼女が目指す先には多くの刀剣の欠片が集まり、重なり合うように積み上げられ……
―――不思議とその様は、無機質な武具からは本来連想できない人間の死体の山を思わせ―――
大きな剣の丘を作り上げていた。
その丘の頂点に居たのは、一振りの人の形をした
男の体から突き出た刃には例外なくどれにも男の血が滴っており、新たに生まれ続ける剣が男の肉を糧にその肌を突き破る。
しかし、彼の顔には一切の苦痛が無かった。否、感情そのものが欠落し、女の英霊とは別の意味で人形の様な顔をしていた。
歩き続けた法衣姿の女の英霊は、剣の丘の麓に着くと、剣や槍が鎌が刀が複雑に絡み合って奇跡的なバランスを保って伸び続ける鉄の塔を作る一本の刃に蝋のようなか細く脆そうな五指を軽く触れた。
それと同時に、剣の丘を形成していた武具の数々が内側からの爆風にも似た衝撃によって下半分は跡形も無く吹き飛んでしまった。
当然、丘の頂に立ち刺さっていた男は土台となっていた剣の交叉が無くなったことで、その体は下へと落ちることとなった。
仰向けに落ちた身体は、刺さったままの剣と砂利がぶつかり、肉の潰れる音と金属音が鈍く反響する。血潮が止まらない痛ましい光景とは裏腹に、彼の表情には相も変わらず変化が無い。男は自分の世界の侵入者を視界に捉えるも全く気にも留めずに今までと同様に剣を作り続け始める。その作業は、まるで操り人形を背中から突き起こすように刀身の長い剣を生み出し突き立てていた、作り手の体を依代に再び剣の丘の作る剣製は彼が倒れることを許さないかのように腹や腰から足や杖替わりのように突き破っていた。
そんな、光景を死人を見る死体のような目で女は剣の丘の担い手を見物するように見る、観察するように観る、診察するように診る、看病するように看る、視認するように視る。
「英雄エミヤ」
そう呟いた女の声に、剣の生えた男は人形の様な顔の鋼色の瞳孔を揺らした。
「可哀想に、こんなところに神様みたいに祀り上げられちゃって。まるで私みたい」
一瞬の動揺だった。しかし彼は、女の続けて喋る、その自嘲を含んだ憐れむ言葉など気にする様子のなく一蹴して再び剣を作り始める。
「私には分かるわ。貴方と同じ血筋を通じて血刀を持つ刀ですもの。何よりあなた自身も私とよく似ている眼を持っているんだから私の事もわかる筈でしょう?」
赤い男、エミヤは相変わらず自分の座に迷い込んできた酔狂な女の英霊の言葉に耳を貸すことなくただ只管に剣を作り続ける。少しでも多くの武器を複製し、貯蔵して、出来るだけ早く次の仕事を終わらせるために、下らない戯れ言に付き合うつもりなど一切合財無い。
英霊エミヤに終わりはない。人類が滅亡するか
「後悔しているのかしら。こんな紛い物の理想を追い求めて、正義の味方となるために死後を売り渡したことを」
振り返ることは許されない、返り咲くことなど在りえない。その身は人々の人類滅亡を呼ぶ障害の危機を回避するためのシステムを動かす部品でしかない。
「私は考え方を改める必要があると思うのよ。あなたも私も、正義と悪のどちらかしか知らない。知ることが出来なかったというのが正確ね」
ふと、彼女の『正義』と『悪』という言葉にエミヤは耳を傾けていた。いつの間にか、皮膚の内側から覗く鉄の刃物は身を潜め、生成と製鉄を繰り返いしていた剣製は止まり、彼の瞳は目の前の生き人形の様な死体の女を認識していた。
「……私は自らが間違っていたことを既に把握している。それに、その問題については解決する当ては既に見通しがある。君がどのようなつもりでこんな
在りもしない理想の虚像を追い掛けた自分、その理想に近付くために天秤の守り手となった己はその意味を正しく理解することなく、大を救うために小を切り捨てることを拒み。自分の救うことの叶わない犠牲を救う矛盾を果たすために世界と契約し、奇跡を願い、そしてそれを叶えた。
世界は、誰も悲しむことのない素晴らしい世界の礎になるという、そんな都合のいい理想を願った彼の願いを叶えた。
残酷なまでに、世界の存続をその世界を生きる人々の延命の仕事をエミヤは死後永遠と続けた。
世界の滅びの原因となる人々を生贄にすることで彼は、生き残る人々の幸せを願って、世界から切り捨てられた脅威を屠った。そこに善悪の区別も何もない、ただ滅びの一因と成り得る彼らを滅ぼす殺戮人形として彼は世界を救った。
しかし、それは彼の描いた理想はただの虚像であることを意味していた。
救われることない者達を己の手で屠る。自由意思を奪われ、肉を切り裂く感触を、矢の放った先に飛び散る血煙を浴びて、最後の一人に止めを刺した後に訪れる僅かな作業拘束の解除をに見渡す殺戮の光景。
彼は、自分が信じた理想そのものに裏切られたのだ。
そんな終わりのない掃除を終わらせるための策が通じる可能性は低いだろうがやる価値はあると踏んでいる。
だからこそ、このお節介な
「何を訳の分からないことを言っているのよ?」
しかし、その断りの言葉は跡形も無く粉砕され。寧ろ会話として成立しているのか疑わしい程に小首を傾げられながらに返された。
予想外の切り返しに、エミヤは拍子向けする。大人しく引き下がると思っていなかったが、精神の摩耗した自分と負けず劣らず感情の読みにくい女の口から明らかな呆れと失望が含まれる言葉が紡がれた。
「私は考え方を改めなさいと言っただけで、あなたが間違っていると言った覚えはなくってよ」
「何が間違っていないというのだ! このような終わることない天秤の選択に私は永遠に突き合せられるのだぞ!」
今までの死んだ表情が嘘のようにエミヤは激昂した。
「だったら余計に
そんな彼の強い反発を受け流すように、彼女はエミヤの死後を肯定する。否、彼の最後を仮定し結論する。
「明確な正義などこの世にもあの世にも有りはしない。それは人類の歴史が当の昔に証明していた。何より今私がその現実を実感している。そんなことも分からずに正義の味方を目指した私の何処に間違いがないというのだ!」
「落ち着きなさい。私はあなたの隣にいるんだから声を荒げずとも十分聞こえます」
険しく顔を歪め、睨めつけるエミヤの視線を受けながら、予め剣の欠片がないことを確認すると女は腰を下ろして軽く息を吐いた。
「あなたは、その正義を――現実では曖昧な概念である正義を定めて貰うために世界と契約し、それを為す一振りの剣として世界を使い手に、
彼女は、そう続けてエミヤの反応を見送り、更に語り始める。
「あなたは生前、数々の戦場を潜り抜けて激戦となった地域を鎮圧して、平穏を齎す為に剣を握っていた。だけど、人々は争いをやめることなく、戦いを収める気なんて最初からなかった。あなたの間違いは行動の選択のことでなく、もっと根本的な、その選択を決める意思と認識そのもの。
あなたが世界と契約したことは、間違いではなかったのよ。あなたは剣。人の如き剣であり私と同じ刀。戦うための道具であることを分かっていなかった。
争いがあるから、人と人が戦うからこそ、私たち刀が存在する。争いの否定は、私たちの存在意義そのものの否定であることをあなたは理解していなかった」
「だが俺は、立ち止まることなど出来なかった。世界のどこかで不幸に成っている人を救いたかった。過去に救えなかった頃の自分が許せないからこそ、力をつけて誰かを救える自分になりたかった!」
「だから、認識がずれていると言っているでしょうが」
吐き捨てるように顔を抑えて蹲るエミヤにぴしゃりと話題が挿げ変わっていると注意を促す。
「私たちは、『刀』。誰かを守るのではなく、その刃で敵を切る人斬り包丁。私たちが技を使い、使い手に使われるのは切る相手がいる時だけ。英雄が生まれるは、その英雄が倒すべき悪となる犠牲がある時だということと同じこと。私があなたを憐れんでいるのは、刀として人として何処までも未熟で中途半端であるということよ」
どこかで聞いたことのある前半の言葉と初めて聞かされた後半の言葉に、エミヤは面を上げる。固定化された行動理念故に狂人や化け物と恐れられ、自分の幸せを掴めないこと嗜められたことはあったが、それを未熟であると言われ憐れまれたのは初めてであった。
「あなたは人として足りないところが多過ぎるというのに、刀として余計なものを背負い過ぎている。だから、私があなたの
エミヤの隣に座っていたその女は、ゆらりと立ち上がると荒野を二、三歩き熱い風を浴びながら顔にかかる長い髪を掻き上げてゆっくりと振り返ると……
「大丈夫よ。あなたの歪みは私が教育して矯正して上げますから」
その笑みは、口元を小さく吊り上げただけのものながら、はっきりと分かるほど悪い笑顔をしていたのだった。
本作の切っ掛け
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士郎の見るだけで武具投影って、七実の見稽古に通じる何かを感じた。