アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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第119季~ 博麗異変
美少女になって若返った私。


 

 ――頭が痛い。

 

 つきつきと喚く頭頂部の痛みで、私は目を覚ました。どうやら地面に仰向けに倒れているらしく、しかも感触から把握するにアスファルトの上ではなく多少の草が生えている土の上だ。

 倒れたまま目も開けずに頭に手を当てると、痛んでいるあたりは膨らんでいて瘤になっている。そうして痛みにしかめながら目を開くと、思いもよらない光景が広がっていた。

 

 空と、森である。澄んだ青空と、太陽と、それをぐるりと囲んでいるのは鬱蒼とした木々ばかり。

 

「どうなってんの……っ?」

 

 思わず口から漏れた声に、つい、喉元を手で押さえてしまった。喉から出てきた声色は、高くか細く、幼さを残す透き通った声なのだ。

 声変わりしてからの私は女性にしては少々声が低かったらしく、カラオケに行くとサビの高音が出なくて苦労するほど。とにかく、私が発した声なのに、自分の声ではないのである。

 

 混乱した頭の中に疑問がいくつも飛び交う中、訳もわからないまま上体を起こして辺りを見ようとすると、まず視界に自分のだろう髪がかかった。

 慌てて頭を触り、髪を摘んでみると明らかにショートだった私より長い。しかも後ろで一くくりにして大きなリボンか何かで留められている。リボンを髪留めに使うなんて小学生以来だ。

 

「何なのこれ……痛っつー!」

 

 髪の毛を引っ張りすぎた所為でこぶが痛む。ふらふらしながらとりあえず体を起こして、立ち上がった。――――明らかに視界が低い。

 あたりを見れば、正面には山へ続いているだろう石段と鳥居、その周囲には木々が生い茂っている。道は踏み固められているが、舗装はされていない。

 頭にたんこぶが出来ているということは、この石段を踏み外して転げ落ち、頭でも打ったのだろうか。問題は、私にこんなところを歩いていた記憶がないということなのだけど。

 あれ? 私目を覚ます前って何してたんだっけ?

 

「いや、そもそも何この服。コスプレ? いい年してこれはどんな罰ゲーム……」

 

 無意識に服についた草やら葉っぱ、土やらを払い落としてからようやく着ている衣服の異常に気づく。

 赤い。ところどころ白い。そしてひらひらである。

 どんな意匠なのか、袖だけ独立していて肩が露出しておる。邪魔でしょこれ? 何なの? 通気性重視なの?

 なんか袖は和服っぽい感じなのに、着ているのは洋服である。ブラしてない。さらしである。意味がわからん。説明して欲しい。

 

「誰か、人は……」

 

 またきょろきょろと見回してみるが、風に木々がざわめいているだけで人の気配は無い。五分ぐらいあたりをうろついてみるも、人っ子一人いない。

 とりあえず人に会いたい。鳥居があるということは、上れば神社がある。きっと管理している人もいる筈だ。

 

 

 

 けっこうな長さの石段を上っていくと、和風な建物が目に入った。紛うことなく神社である。

 もしや拉致られたかと思ったが、とりあえずまだ日本のようである。別人になってるらしいので何も安心できないのだけども。

 それにしても、体の調子がいい。会社勤めで最近はこれといった運動もしてない私が、十分ちょっと勾配のある石段を上って息切れもしていない。足もまだまだ動く。

 

「ごめんくださーい! 誰か、いませんかー!?」

 

 …………。神主か巫女さんかいないかと声をかけるも、返事は無い。

 どこかに出かけているのだろうか。時間をかけて上った石段を下りて森を彷徨いたくもなし、誰か帰ってくるまでちょっと待たせてもらおう。

 

 そうして周囲の探索を始めると、裏手のほうに布団と洗濯物が干してある。ちょっと離れたところにはしんなりした大根数本や柿などが吊るされている。

 秋頃に遊びに行った田舎のおばあちゃんちでこういうの見たことある。切干大根にするのだろう。神社なのに生活臭溢れすぎである。

 

 そんなんなのでてっきり年配の方が管理しているのかと思えば、日当たりのいいところに干された洗濯物は随分と若々しい。赤い。白い。ひらひらしてる。なんか見たことがある。

 ちょうど、私が今着ているような――――

 

「サイズから何から、まったく同じ服だわ……。ああ。それにこれ、あれ。東方なんとかってアニメかゲームかの主人公の女の子が着てる奴だ。ネットで見たことあるもん」

 

 いい年こいて「~もん」なんて口走っていた己に眉をひそめつつ、居住区らしい建物の縁側に腰を下ろす。

 じっと手を見る。白くて細くてちっちゃい。髪を見る。ナイスキューティクル。足。すらっと細い。腕に贅肉は無い。ぷるぷるしてない。あれれ? その癖おっぱいは私と変わらないぐらいあるぞ? おかしいなぁ? おかしいよね?

 深呼吸して立ち上がり、境内の池の水面を覗き込むと、小柄で可愛らしい、十代前半ぐらいの美少女が不機嫌そうに私をにらみつけてきやがった。すっぴんなのに化粧した私より見れる顔。おいおい、将来も有望であるな。

 

「おおう……どうやら私は美人さんになっているようね。人生の勝ち組じゃない! やったー!」

 

 両手を上げて喜んでみる。水面に映った少女が、同性の私でも見惚れる位の笑顔を見せてくれた。

 

「誰よ!?」

 

 目を剥いて叫んだ。

 

 

 

 

 

 混乱による一時間に渡る奇行の数々は私の自尊心を保つために割愛させていただきたい。

 私は境内の砂利をひとつひとつ数える精密作業をやめて、家捜しすることにした。どうやら私が乗っ取ってしまっている少女はこの神社に住んでいるらしいので、もはや遠慮はない。

 そうして判明したことがいくつか。

 

 この少女は『博麗霊夢』という名前らしい。魔理沙という子に宛てた書き損じたらしい手紙(筆と墨である。達筆である)に書いてあった。えっと、よくわかんないけど、名前に霊とか魔とかってつけていいの?

 神社には『博麗霊夢』が一人で住んでいるようである。似たような衣服がいくつか出てきた。使ってない部屋や箪笥が多い。私室らしい部屋は一つだけ。年若い娘が一人暮らしとは物騒である。

 水道は山の方から神社の裏手まで引っ張ってきてるみたいだけど、ガスはない。火を使いたいときは薪を使うのだろう、外に積み上げられている。同様に電気もない。どんな田舎か。

 食糧に関しては、そこそこの量の米、調味料各種、僅かな野菜類と果物。そして結構な量の酒がある。どうやら何らかの仕事をして対価として貰ったもののようだ。

 仕事は巫女だが、主に異変解決アンド妖怪退治とのこと。よくわからないけどお札とかしまってあって、妖魔調伏なんやら書いてあった。妖魔って妖怪でしょ? そんなのいるんだへぇーすっごーい。人間食べちゃうらしいよ。

 

「なるほど。途方に暮れるとはこういうことをいうわけね。この歳になって初めて言葉の本当の意味を知ったわ」

 

 神社では、何の神様を祀っているのかわからない。そのあたりの書物は残っていないようだ。そんなこんななので参拝客は極稀。賽銭も微々たる額。イコール贅沢は敵。

 日本の何処なのか調べたかったのだけど、この辺りは幻想郷と呼ばれる土地であるらしいことしかわからなかった。地図によれば今いる神社が博麗神社という名前で大分端っこの方で、辺りに海はないようである。神社より外――端っこの先は何も描かれていない。

 石段を上ったあたりは周辺を一望できる絶景で、地図と照らし合わせればおおよそ間違いないことはすぐにわかった。ちょっと古いのか、湖にある館のようなところは地図にない。ちなみに、どうやら生活に必要なものは森の向こうの方に見える人里で買っているようである。

 なんで私が『博麗霊夢』ちゃんになっているかはまったく全然わからない。そういえば身体の持ち主はどこいっちゃったんだろう? 頭を打った拍子に昇天しちゃったのだろうか? 謎は尽きない。

 まだ色々と神社のほうには書物があるけど、読み解くには時間がかかりそうである。

 

 さしあたってはここで生きていかねばなるまい。いやまぁ寝て目が覚めたら元に戻っていたらそれがベストなんだけど。

 米はある。油もある。塩やらしょうゆやらの調味料もある。数日は食い繋げるだろう。一人分だから、時々おかゆにしてかさ増し節約すれば二、三週間はいける筈。たぶん。

 問題は今ある分の食糧を食い潰した後である。なんと恐ろしいことに餓死の未来が待っている。

 妖怪とかいうのを倒せば村から食糧を貰えるらしいが、果たしてこの拳で殴って倒せるものだろうか。もしも殴って駄目なら、包丁で刺して殺せるような相手なのだろうか?

 霊力なる不可思議な力を使えていたようだが私にはわからないので、肉弾戦や刃物で御せる相手ならばいいのだけど。

 

「無策でいくのは止めといた方がよさそう。となると、後は自給自足……」

 

 調達する先は、この神社周辺の山か生活用水を引いている川か。川なら川魚を釣るか。山のほうは有名な山菜ぐらいならわかるかもしれない。

 そこで問題が一つ。手紙やらを読むに、どっちも妖怪が出るらしい。というか倒れていたあたり――石段を下りた鳥居のあるとこからもう出てもおかしくないようである。

 

「そう。食糧があるうちにシックスセンスに目覚めねば、餓死するか、妖怪とガチンコして食い殺されるということね。ふふふっ。……とりあえず寝よう。起きていつもの中の上ぐらいに美人な私に戻っていれば何も問題はないわ!」

 

 意味無く笑って現実逃避する少女となった私(二十八歳独身)。前途は多難である。

 

 

 

 


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