アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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浮かぶ巫女を眺める魔理沙。

 

 博麗の巫女の役目に就くことに渋々といった様子の霊夢を何とか宥めすかした紫は、お茶一杯に茶請け一つを食べると帰ることにしたようだ。

 お茶請けの月餅は六個あったので、暗黙のうちに一人二個ずつ。なので一つ余った紫の分をこっそりと狙っていたのだけど、霊夢がささっと回収してしまった。素早い。

 

「それじゃまた明日のお昼ごろに顔を出させてもらうわ。霊夢。午後には修行に入るから、それまでに掃除やらの用事は終わらせておくこと。いいわね?」

 

 紫はわざわざ玄関まで移動して、しっかりと靴を履いて、戸を開けてからスキマを作り出した。霊夢と私も何となくお見送りしているが、空を飛んで帰るのでないのなら居間からそのままスキマに入ればよかっただろうに。やっぱりよくわからないやつだ。

 

「はいはい。来るのはいいけどお昼ご飯は用意していないから、ちゃんと食べてから来なさいよ」

「あら、私好みの味付けで美味しくいただけただけに残念ねぇ。あ、あと霊夢、甘いものを食べたのだから寝る前にはちゃんと歯を磨きなさいね。虫歯になってしまうから」

「あんたは私のお母さんか」

 

 呆れたように言った霊夢に「うふふ」と笑みを向け、紫が背後にできたスキマの中へとゆっくり消えていった。空気に溶けるようにしてスキマが閉じられると、そこには何も残らない。

 しかし、やっぱり紫は霊夢に対しては過保護になるな。といってもそれは元祖霊夢に向けての過保護なので、今のも霊夢が元の身体に戻ったときに虫歯になっていないようにというものだと思うが。

 ただ、見ている感じでは今の霊夢とも相性は悪くなさそうに見える。元々紫は得体が知れなくて大抵の奴に敬遠されてるから、気にせず話をする奴が元祖と新生の二人の霊夢ぐらいしかいないってのもあるんだけどな。

 

「さあて。それじゃ私もそろそろお暇するぜ」

 

 外はもう真っ暗だ。もう二刻もしないうちに日が変わるだろう。今のところ明日の予定はないけれど、新しい容疑者探しするにしても、霊夢の奴の修行を野次馬するにしても、そろそろ帰って寝ておかないと辛くなる。昨日の夜から朝方まで幻想郷をうろついていたから、ほとんど寝てないってのもある。

 

「えっ? 魔理沙も帰るの? もう夜も遅いことだし、神社に泊まっていけばいいじゃない」

「いや、そういう訳にもなぁ。そりゃあ、いつもだったらこのまま泊めてもらったりしてるけど」

 

 私は色んなやつから面の皮が厚いだのと迷惑がられているけれど、流石に知り合ったばかりの相手(しかも肉が食べられないほど生活に困窮している)に面倒をかけようとは思わない。私に振舞う一食が霊夢を着実に餓死へと追いやるのだ。

 気心知れた感じで話せてしまう奴なので忘れがちだけれど、まだこっちの霊夢とは昨日に初めて会ったばかり。こいつも元祖霊夢と同じく裏表のない奴なんで本気で言ってくれてるのはわかるけど、私だって多少なら気を使うのだ。

 そんな風に珍しく私が気を使ってやったというのに、その霊夢はというと腰に手を当てて呆れた様子で息を吐いている。

 

「馬鹿ね、何をらしくもない遠慮してるのよ。魔理沙が強いってのは充分に知ってるけど、こんな遅くに女の子一人で帰るなんて危ないでしょ」

「にぇっ!?」

「何よ? 何かおかしなこと言った?」

「いや、な、なんでもない!」

 

 本人じゃないとわかっている。けど、でもあの霊夢が私を見て、いつもと同じ口調で、本心から「魔理沙が強い」なんて口に出した。

 う、うわぁ! 何だこれ! むず痒い! 別に嬉しくなんてないのに、口の端がにやけてくる! 思わず変な声出ちゃったぜ。

 

「おかしな魔理沙ね。とにかく何のお構いもできないけど今日は泊まっていきなさいよ。外ももうめっきり寒くなってるし。ほら、お風呂は沸いてるから先に入って暖まってきちゃいなさい」

「あ、おう。それじゃ遠慮なく……」

 

 たまに霊夢が絶対に言わないことをさらっと言うものだから、こっちの霊夢の相手もまた飽きない。それ以上に心臓によくないのだけど。

 この二日で寿命が縮んだだろうし、これまで保留中だった捨虫の魔法の習得を急がないと私の命はどんどんと目減りしていくかもしれない。

 

「あ。ねぇ、魔理沙。お湯冷めちゃうのもあれだし、お風呂一緒に入る? もてなしの一環で背中ぐらいは流すわよ」

「いやっ、すぐに出るから! だから絶対に入ってくるなよっ!」

 

 他の奴にこんなからかい方をされたとしてもなんてことはないのに、それを普段淡々としている霊夢の姿でやられると、どうも調子が狂う。

 霊夢とは結構古い付き合いだ。何度かなら一緒に風呂に入ったことぐらいある。だというのに、今私の顔や耳は恥ずかしさで赤くなっているだろう。

 

 

 

 

 風呂から上がった私に渡された寝巻きは、襦袢(じゅばん)である。見た目は前合わせの着物のようだけど、寝巻きや肌着代わりに着るものだ。こういう和風な衣服は霊夢には似合って見えるけど、私が着たらどうにもちぐはぐしてしまうんじゃないかと思う。

 あいつが風呂に入っている間はのんびりとお茶を啜り、戻ってくるのを待ってから揃って霊夢の私室に向かうと、私が風呂に入っている間に敷いてくれていたであろう二組の布団が並べてあった。まぁ、いつも通りといえばいつも通りなんだけど、こっちの霊夢の隣に寝るというのは言い知れぬ違和感と抵抗がある。

 外来人は何でもないことで騒ぎ出すおかしな奴らが多いけど、それとは違って私たち寄りなのに変な奴なのだ、こいつは。なんか親父くさいというか、そういやしっかり聞いたことなかったけど、この霊夢の中身って女なんだよな?

 

「だいたいさあ、何をして何が出来れば巫女って名乗れるのよ? 神社の維持だっていうなら二十日もの間やってたわよ。と言っても、やってたのはせいぜい掃除ぐらいで、それも満足にやってたかって言われればそうでもないけど。でもここまで参拝客が来ないんじゃ、出来ることも限られちゃってるでしょ」

「まぁ、それでも掃除自体はそこそこやってたんだろ? 元祖霊夢の奴なんかぱっと見ただけでわかるぐらいに適当な『掃除してるフリ』だったぜ。あいつが巫女の仕事してるとこなんて数えるぐらいしか見てないからどうすりゃ巫女を名乗れるかは知らないけど、まずは紫が言ってたように霊力を使えるようになればいいんじゃないか? それがないにしてもとにかく霊夢は空を飛べるようにならないとな」

 

 布団に入って、顔を向き合わせて横になっているんだけど、布団の中はぬくぬくとあったかい。お風呂のお湯を温めて、湯たんぽに入れてあるのだ。私はミニ八卦炉を部屋の暖房代わりにしているからこういうのは使わないけど、布団の中が温かいってのはまた別の良さがある。

 半ば愚痴になっている質問に私がわからないなりに助言してみると、霊夢は仰向けになって途方に暮れた様子ではぁとため息をついた。肺の中から漬物石でも吐き出したかのように重たいため息だ。

 

「だって、巫女の修行って言ったら冷水被ったりしなきゃならないんでしょ? この寒い中で」

「そういうのもあるかもな」

「はぁ。やっぱり」

 

 霊夢が修行しているところなんて見たことがないので知らないし、そもそも霊夢以外に巫女なんて見たことがないから、私は一般的な巫女がどんな修行をしているのか知らない。

 たぶん私よりこの霊夢の方が詳しい筈なのでとりあえず肯定しておくと、その表情が一瞬で曇った。明らかに、私に違う答えを求めていた顔だ。

 

「でも、博麗の巫女ならそれぐらいは出来て当然なのよね。それなら、博麗の巫女である私に出来ない筈がないわ。何にせよ空を飛べるようになれば霊力を使えるようになったと思ってもいいわよね。それなら、ある程度手段なんてどうでもいいから飛べさえすれば……」

 

 自己暗示でもかけているのか、目を瞑って一人でこくこくと頷いている霊夢。

 何かもう口振りからして不純である。正式に博麗の巫女の役目を果たす為にはという疑問が、いつしか修行しなくて済むにはどうすればいいのかというものに摩り替わっている。

 

「空を飛ぶ……飛ぶ以前に、宙に浮かぶにはどうすればいいのよ……。まあ、それがわかってればそもそも修行なんかしなくて済むのだけど。あー、もう。この際、魔理沙みたいに箒で飛べるようにならないかしら。今ならあの乗り心地の悪い箒でも我慢できるわ」

「乗っけてってやったのに失礼なやつだな。だいたいそれじゃ本末転倒だぜ。霊力の使い方を習得する為に、魔法を覚えて魔法使いにでもなるつもりか? しっかし、私も霊力に関しては専門外だしなぁ。んー、どうす…………、うん!?」

 

 あんまり予想外な光景が眼前に広がっていたものだから、この霧雨魔理沙ともあろう者が二度見してしまった。

 比喩なしに、一瞬頭の中が真っ白になったのだ。視覚的なショックが強すぎて、たぶん瞳孔も開いてたと思う。

 

「れ、霊夢? なぁ、ちょっと起きてくれ……」

「なによぉ? 私、いい感じにうとうとしてきてるんだけど。明日も朝にご飯炊かなきゃで早いし、そろそろ寝ないと魔理沙の分の朝ごはんも作れなく……」

「そんなもんはいいから! とにかく寝てないで目を開けろ! というか、なんで気づかないんだお前は!」

「…………ええっと。何なのこれ?」

 

 知るか! お前よりも私が聞きたいっての! 何それ! どうなってんだ!?

 上体を起こしてきょろきょろと見回した霊夢は、布団を剥ぎ取ってその場に器用に正座した。……いや、何故また正座を選んだ。

 

「ねぇ。何か私、十センチぐらい宙に浮いているみたいなんだけど。これ、魔理沙が何かしたの?」

「これから寝ようってのに、そんなことするか!」

「……あっ! ほらほら、見て魔理沙。これ、面白いわよ。すーって同じ高さのところを同じ速度で滑ってるわ。あっち行きたい、こっち行きたいって考えれば勝手に向かってくれるみたい」

「うおお……寝たまま宙に浮かんだだけに飽き足らず、気持ち悪い飛び方までしてるぜ」

 

 正座したままの体勢で、空中を音もなく前後左右に進んでいる霊夢。なんか、こんな怪談どっかに転がってそうだ。

 そもそもだ。なんで私が慌てて叫んで当人である霊夢が落ち着いてるのか。普通はもっと驚いたり慌てたりするもんだろう。

 ……何だか無性に疲れた。どうも私ばっかりが損している気がする。っていうか、さっきの発言からするに、もしかしてこいつは修行したくない一心で空を飛べるようになったんじゃないだろうか。

 

「やった! ねぇ、ねぇ、魔理沙! これで私、もう修行する必要もないわよね?」

 

 ……ああ、何かもう、やっぱりだ。飛べたことよりも修行しなくて済みそうなことのほうが嬉しそうである。

 なるほど。紫のあれは、実は予言だったわけだな。霊夢じゃない癖に、霊夢のように適当に何とかしちまいやがった。

 

 

 

 

「…………」

「うわはははっ! 何だよ、この間抜けな光景! 見ろよ紫、霊夢の奴、吹いた風に合わせてそよそよと揺れ動いているぜ! 姿勢だけは微動だにしてないってのに!」

 

 翌日。博麗神社の境内では、珍妙不可思議な光景が広がっていた。

 きっちりお昼ごろになってから神社に現れた紫は、スキマから這い出たところで口をぽかんと開けて、そのまま固まってしまった。挨拶の声を上げることもなく、正しく絶句している。

 原因は言うまでもなく、修行を始める前に宙に浮けるようになった紅白巫女だ。風にたなびきながらも決して折れない柳のように。まるで気ままに水中を漂うクラゲのように。他の体勢でもいいだろうに、霊夢の奴はわざわざ正座で中空に浮かんでいるのだ。おおよそ五メートル強ぐらいの高さだろうか、無駄に器用な奴である。おまけに、実は正座で宙に浮かんでいるのは姿勢の保持が難しいようで、霊夢の表情は揺るぐことのない真顔なのだ。

 私は一生の間に見るかどうかといった紫の阿呆面と霊夢の奇抜すぎる変態浮遊とを見て、昨夜に散々驚かされていた鬱憤を晴らすかのように涙が出るほど大笑いしてやった。笑いっぱなしで呼吸困難、私の腹筋は今にもつりそうだ。

 

「魔理沙! うるさいわよ! あんたの馬鹿笑いの所為で私の集中力が途切れるでしょ!」

 

 霊夢の怒鳴り声が響くも私は笑うことを止められないし、紫は宙に浮かぶ霊夢を自失した様子で眺め続けている。

 本当、中身が別物でも霊夢は面白いことばかり起こしてくれる。まったく、近くにいて飽きさせてくれない奴である。

 

 


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