アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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変なのを直したのに何故か怒られてる私。

 

 ――体中が痛い。とくに痛む頭をさすりながら魔理沙をきっ、と睨みつける。

 箒に腰掛けた魔理沙は、笑顔で上空をびゅんびゅんと飛び回っている。箒からは星がばらまかれ、魔理沙から距離が離れるときらきら空にとけていく。

 

「魔理沙。今の何よ、卑怯でしょ。弾幕ごっこじゃないの?」

 

 魔理沙のスペルカード、【魔符『スターダストレヴァリエ』】。カードを掲げると同時に、魔理沙から四方八方に星の形をした弾がばらまかれた。

 先程までのような私だけを狙ったものではなく、魔理沙の周囲にいる奴はみんな巻き込むような規則性のある弾幕である。幻想的な光景に目を奪われつつも、一拍遅れて我に返った私は飛んでくる星の弾から必死に身をかわしていった。避けた星弾は魔理沙から一定の距離でぐるぐると大きな円を描いて周回、そうしてしばらくしてからまた魔理沙の手元へと円を描いて戻っていく。一度避けた弾が背後から迫るというまさかの攻撃だったけど、これも勘が働いて事前に察知。なんとか避けることができた。

 時間が経つにつれて星の数は増え、弾幕は密度を増していくも、その頃にはなんとなしに星の軌道が読めていた。一定のパターンがあるらしく、それさえわかっていれば避けるのは難しくなさそうだ。

 スカートやら袖やら、時には髪の毛を掠らせながらも弾幕を避け続けていく。出来ることなら弾幕の中からじゃなくて夜空でばらまいているのを地上から見たかったな、とそんなことを考える余裕が生まれ始めた矢先の出来事だ。あっちこっちに逃げ回っている私に向かって、突然に魔理沙が星の尾を引き連れながら突撃をしかけてきたのである。まさかの体当たりに反応しきれず、体勢を崩した私は吹き飛ばされ、後ろでぐるぐる回っていた星屑の中に押し込まれてあえなく被弾。墜落した。

 

「最初に言っておいただろ、弾幕は『飛ばせるものなら弾だろうが持ち物だろうが能力だろうが、何でもいい』ってな。このとおり、私だって飛んでるんだぜ」

 

 ああ、はいはい。広義に解釈すれば魔理沙も弾幕の一つってことなのね。なんか後出しじゃんけんされた感じだけど、そう言われてみれば納得できなくもない。

 藍に空中キャッチされた私はこっそり尻尾のふかふかを楽しむと、お礼を言ってからまた宙へと浮かび上がる。その途中で魔理沙の弾幕の星の弾をおもむろに一個捕まえて、人差し指の間接でノックするみたいに小突いてみる。予想通りというか、こつこつと硬い音が返ってきた。やっぱりさっきのミサイルや魔法の弾と違って触れるし、重さがあるようだ。当たったときの痛みの質が違う訳である。

 

「あと相手のスペルカードの宣言中は飛んでくるものだけじゃなくて、周囲一帯にも注意しておくようにしとけよ。相手が弾を飛ばしてくるだけだなんて思い込んでると、あっさり撃ち落とされるぜ。例えばそうだな……。ルーミアっていう妖怪がいるんだけど、そいつなんかは能力で辺りを真っ暗にして、弾幕も何も目の前に近づくまで視えなくしてきたりするしな」

「何よそれ。真っ暗じゃ目の前から弾が飛んできてもわからないじゃない。厄介そうな奴ね」

「いや、それがそうでもなかったぜ。辺り一帯を真っ暗にした所為で、あいつも私の位置がわからなかったみたいだからな」

 

 それを聞いて思わず脱力する。妖怪というからには人を食べる奴なのだろうけど、なんとも愛嬌あるのがいたものだ。弾幕ごっこをするってことは少女の姿をしているのだろうし、ちょっと足りない子なのかもしれない。

 そんなことを考えながらぼんやりと手持ち無沙汰に手元の星の弾を検分する。何で出来ているんだろうと星の弾をぺろりと舐めてみると、なんとほんのり甘い。一個ぐらいならくすねてもばれないかな。

 

「とにかく、弾幕ごっこの流れはこんな感じだな。弾幕を見てないから攻撃の方は何とも言えないけど、動きを見る限りは妖精程度の弾なら問題なく避けられるだろうぜ。で、ところで霊夢。お前、空を飛ぶ速さはそれが限界なのか? 見てる限りだとせいぜい小走りぐらいの速度で、ずいぶんとのんびり飛んでいたみたいだけどさ」

「別に、飛ぼうと思えばもう少しだけなら速く飛べないこともないと思うんだけど、あんまり頑張っても勢い余ってどっか飛んでっちゃいそうだし。上空は気温が低くて寒いしで、これぐらいで飛ぶのが性に合ってるわ」

「なんだよ、気が抜ける奴だな。それじゃ暖かくなってきたら速く飛ぶのか?」

「ぽかぽかと陽の光を浴びながらのんびり飛ぶわよ。それなら日向ぼっこも出来て一石二鳥だわ。ま、太陽の日差しが厳しくなる前ぐらいに速く飛べるようになっていればいいでしょ。真夏で地上が暑くても、上空なら風が気持ちよさそうね」

「呆れるぜ。霊力を早く覚えて風除けの術を使えるようになるって発想はないのかよ」

 

 やれやれ、とわかりやすく魔理沙に呆れられて思い出す。そっか。以前に魔理沙に聞いていたけど、霊力の使い方を覚えればそんなことも出来るのだった。

 冬の時期には必須だろうから紫や魔理沙が帰った後にでも練習して、何とか最優先で習得しておこう。ともすれば家の中でも暖房要らずになるかもしれない。

 

「霊夢、ちょっといいかしら?」

「何よ、紫。見学してるんじゃなかったの?」

「いいから。いくつか訊ねたいことがあるのよ」

 

 私たちの下に寄ってきていた紫の声に従って、水の中に沈んでいくようにゆったりと地面に降り立つ。魔理沙も急降下しながら不思議そうに紫を見ている。

 気がつけば、縁側に置いてあった筈の湯飲みや急須、お盆やらお茶請けやらがみんな片付けてあって、給仕をしていた藍もいなくなっている。帰ったのだろうか?

 

「ねえ、霊夢。あなたもう、結界は使えるのよね?」

「そうみたいね。まったく実感はないのだけど」

「そう。それじゃ、神社の外にあるものは認識できている?」

「神社の外?」

 

 言われるがまま神社の裏手へと視線を向ける。普通に見ても、森が広がっているばかりで特に何も目新しいものはない。

 空を飛べるようになってから私には、色々とこれまで視えなかったものが視えるようになっている。例えば紫が常時周囲に放っている歪んだ気配であったり、魔理沙の胸のあたりには私も持っているのと同じ感じの光(たぶん霊力だと思われる)が視えるし、それは魔法を使っている時はそれとは違う『色』になっている。

 でもそれは、相当に強い物でない限り普段は小さな違和感としてしか知覚できない。違和感で気づいて、注意して見てみて初めてその違和感がどのようなものなのかが視えてくるのだ。

 

「なんだかよくわからない大きな網みたいな……ううん、膜みたいなのが視えるわね。完全に霊力だけで出来てるわけじゃないみたい。どうもいくつか小さな穴が空いてるようだけれど」

 

 紫の言っていた神社の裏には木々が並んでいて、地図にはその先は記されていなかった。記載されていない辺りを目を凝らして見ると、目の粗い、ぼんやりとしたよくわからないのが囲むようにして覆っているのが視えてくる。これが紫の言う『神社の裏にあるもの』なのだろうけど、なんか私がさっき使った結界の光に似てるようでちょっと違うっぽい。

 

「やっぱり。どうかしら? 今のあなたにそれの補修は出来そう?」

「補修って、空いてる穴を塞げばいいの? とりあえずやるだけやってみるけど、でもちょっと待って。これが何なのかわからないことには手の出しようがないわ」

 

 言って、顎に手を当ててふんぞり返り、その膜の様なものを眺め見る。……やってみるだなんて言ったけど、うーん、どういうものなのか判断しかねてる。神社を守っている、とも違うし、卵の殻と外みたいな? そもそもこの膜みたいなのって神社の周りだけじゃなくって、結構広範囲にあるみたい。イメージ的には万里の長城を思い出す感じ。

 膜の外側はよく見えない。というよりは、上手く認識できていない。向こう側に何があるのか、向こう側とこちら側で何を隔てているのか。それがわかればこの膜がどういうものか見えてくる気がするんだけど。

 脳みそをフル稼働させながら一つ一つを細かく見ていくと、膜の外側がおぼろげにだけど見えてきた。なんか、ちらっとあちらにも博麗神社が見えた気がする。でも、ここの博麗神社とは何かが違った。膜の外側は、こっち側とは根本的に何かが違うように思える。土台から二番目と三番目ぐらいが違う計算式で組まれてるというか。世界の彩色が違うというか。すごい感覚的だけど、物理法則のような、一般的に決められた物差しからして違うように見える。

 

「向こう側とは、法則が違う? 法則ってよりは、価値観やら認識の違いかしら? ……うーん、うまいこと当て嵌まる言葉が思い当たらないわ」

「……それは『常識』ではないかしら?」

「常識、常識ねぇ。うん、法則よりはしっくり来るわね。なるほど。常識の中にあるものと、常識の外にあるもの。それを隔てる為の膜なのね、これは」

 

 ぶつぶつと頭の中の感覚を言葉に出して整理して、頭をがしがしと掻いて唸っていると、紫が横からナイスパス。パズルの欠けていたピースが埋まったような達成感。途端にぼやけていた結界の外側がまた一段、クリアに見えるようになった気がする。

 パスを出した紫へ顔を向けると、彼女の表情は驚愕に彩られていた。……え、なんでよ?

 

「ねぇ、魔理沙。さてはあなた、昨夜この霊夢に博麗大結界のことを説明しておいたのでしょう?」

「ん? いいや。空の飛び方とか、巫女って何をすればいいか聞かれたから元祖霊夢の話をしたぐらいだな。そもそも、お前と私とで真剣にその話をしてた時、この紅白はお客を放っておいて一人でお茶を飲んでるような奴だぜ。そんな小難しい話をしてやっても聞いてるフリだけして聞き流すんじゃないか?」

「失礼な白黒ね。そんなことするわけないでしょ。神社のお賽銭を増やす為にも、巫女の仕事の話はしっかり聞くわよ」

「ほらな。ご覧の通り、食べ物と賽銭のことが絡まない仕事は聞き流す気満々だぜ」

 

 私を見つめながら腑に落ちないといった様子の紫。魔理沙は魔理沙で私のことを侮ってやがる。真面目にやるつもりだってのになんだってそう穿った受け取り方をするのか、あんたらにそんな反応される私の方が腑に落ちないっての。

 その話についてはとりあえず置いておこう。とりあえず、この膜に空いている穴を塞げるかどうか試してみないと。

 

「…………で、どう試せってのよ」

 

 一歩目で躓いた。そもそも霊力やらが見えるようになっただけで、使えるようになったわけではなかった。

 結界は何でか知らないけどお札を投げれば使えるようなのだけど、まったく意識していないので霊力に関してはわからないままだ。

 

「駄目元でお札で塞いでみましょうか。霊力を使っているのは同じみたいだし」

 

 袖からお札を何枚か取り出し、とりあえず書き損じの方のお札を穴に向けて放り投げる。効果がなかった時を考えると、残り三枚しかない純正品はもったいない。

 さて、これも霊力によるものなのか、お札は風に負けずに一直線に目的のところへ飛んでいき空中にぺたりと張り付いた。弾幕ごっこの時のように文字が浮かび上がると、しかし急にバチバチバチッと物騒な音を立て始める。そうして「パァン!」と風船が破裂するような音を残してお札が千切れ飛んでいく。

 紫も魔理沙も、私も無言になった。しばらく破裂して紙切れになったお札を眺めた後、呆然としている二人へと顔を向け、恐る恐る声を上げる。

 

「……やっばい。今ので穴、大きくなっちゃった」

「ちょ、おい! お前、何やってんだ!? 『大きくなっちゃった』じゃないだろ! 何でもかんでも適当にやろうとするからだ!」

「本当に何をやってるの!? ありえないでしょう!? 直してって言ったのに、酷くしてどうするのよ!?」

 

 二人に詰め寄られ、怒鳴り上げられる。紫には胸元を掴まれて首を軽く絞められる始末である。息ができない、苦しい。

 流石に私も、二人のその剣幕に焦り始める。もしかして、マズっちゃったのかもしれない。どうやらこの膜はかなり大切なものらしい。

 

「だ、大丈夫よ。今ので何となく仕組みがわかったから。要は、今の壊れ方と逆にすれば直るわけでしょ! 簡単、簡単だから! ちゃちゃっとやっちゃうから問題ないわ!」

「なぁおい、紫。本当に大丈夫なのかよこの霊夢で。流石の私も不安になってきたぜ……。今日が幻想郷最後の日になるってのはちょっと勘弁して欲しいよな。最近ご無沙汰だったし、最後ぐらいみんなで盛大に宴会したかったしな……は、はは」

「あなたよりも私の方が不安よ……。楽園を作ろうと奔走してきた数百年が水の泡になるかどうかの瀬戸際なのよ。宝物のように、我が子のように守り続けてきた幻想郷が、まさかこんなのの手に委ねられているだなんて……うふ、ふふふ」

 

 二人を安心させる為に根拠もなしに軽口を叩いてみるも、二人は乾いた笑いを上げながらお通夜かのように消沈し始めてしまった。駄目だ、やっぱり私に演技は向いてない。

 とにかく、穴さえ直せば二人も調子を持ち直す筈。それに今の穴が広がってしまったことで、逆にどうして綻んでいたのかがわかったのは本当だ。この膜はやっぱり結界なのだ。理論によって組み上げられている為に、構成している霊力と同じ気質のもので補強してやれば穴は勝手に埋まってくれる。

 穴が広がってしまったのは、お札に書かれたよくわからない言語(少なくとも日本語ではない)が空いた部分に収まろうとし、構成しているのと同質の霊力で無理に同調しようとしてしまったからだ。

 注ぐのは私の霊力だけでいい。余計なものはいらないのだ。そう理解すると、さっきお札が破裂したあたりまでふわりと浮かび上がり、両手のてのひらを広がってしまった穴へと差し向ける。霊力を集めるイメージとして正しいのかわからないけど、体中の血液を両手にかき集めていくように集中する。

 

「ま。霊力を注ぐのなんてやったことないからよくわからないんだけど、たぶんこれで何とかなるでしょ」

「だからっ! いい加減、適当にやるのはやめろって言ってるだろっ!?」

「ねぇ、聞こえているかしら霊夢。ごめんなさいね。あなたってば、実はすごい真面目な巫女だったのね。不真面目だの、ぐうたらだのとお説教しちゃったけど、普通に結界を維持してくれてたもの。私はそれだけで充分とするべきだったのよ。もうお説教なんてしないわ。だから、私たちのところに帰ってきて霊夢。今すぐに。お願いだから」

 

 もはや形振りも構っていられないのか、魔理沙が目を剥き、口を大にして叫んでいる。紫に至っては視線を虚空に向け、誰かに一生懸命語りかけ始めた。誰に話しかけているかまでは魔理沙が怒鳴っているのでよく聞こえないけど、その誰かが帰ってきてくれるなら土下座も辞さないといった思い詰めようだ。いつも過剰に振り撒いている胡散臭さも消えて、何かヤバい兆候である。

 恐慌に陥っている二人の様子とは裏腹に、私の両手に霊力の光が移り、じんわりと熱を帯びていく。そのまま流れに逆らわず手のひらから送り出してやると、結界の綻びは静かに、しかし目に見えて修復されていく。

 ――こ、これでどう? いやいや、私が直せるって言ってるのに、何だかんだ二人が勝手に慌て過ぎなのだ。私は顔だけ振り向いて、得意げに笑顔を見せてやった。

 

「ほら、見てみなさいよ二人とも。私の予想していた通りに穴が塞がっていくわよ。万事上手くいったじゃない。終わり良ければ全て良し。流石は私ね」

「……何でそれで上手く収めちまえるのかわからん。騒いでた私ら二人揃って、霊夢に馬鹿を見させられた気分だぜ」

「私としては幻想郷さえ無事なら、もう何でもいいですわ。好きにして頂戴」

 

 不満気な魔理沙と憔悴しきった紫に視線を逸らされた。浮かぶ感情は違えど、二人の顔には私という人間への諦観の色で埋め尽くされている。一仕事してみせた巫女に労いの言葉もないとかどうなのよ。もっと言うなら、褒めてくれていいんじゃないだろうか。

 私はわからないなりに私の出来ることをやったし、そりゃちょっと失敗しちゃったけども結果的に成功したってのに、なんか私が悪いみたいな雰囲気になってる。何なのこのアウェー感は。下手に抗弁したら二人の怒りを煽ってしまいそうなので、空気の読める私は口を閉じて結界の修復に集中することにした。

 そういえばまだ答え合わせをしてもらってないんだけど、今私が直しているこの結界って結局は何なのだろうか? 直せと言われたから直してるけど、正直なところどういうものなのかよくわかってない。

 私だって当事者なのに、一人だけ置いてけぼりにするのはどうかと思う。どうせなら私も二人と一緒に驚いたり落ち込んだりしたいのに。ちょっとだけ寂しい。

 

 

 


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