アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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妖怪から妖怪退治を請け負う私。

 

「誠に不本意ながら、当座の問題が霊夢のいい加減な尽力により解決してしまいましたわ。博麗の巫女という役職に就きながらにして一時的にとはいえ幻想郷に危機を招いたものの、解決してみせたこと自体は紛れもない事実。幻想郷を代表して一応のお礼を言っておきましょう」

「一応のお礼ってどういう意味よ。なんか発言のところどころに悪意も感じるんだけど」

「……」

「ちょっと、そっちから振っておいて無視すんな。で、そのお礼とやらは? 一応でも言うんじゃなかったの?」

 

 なにやら不満たらたらの紫が、まるで私に失敗して欲しかったかのように眉根を寄せてこんなことを言いだした。その上お礼するとか言っておきながら、余程言いたくなかったのかだんまりである。それならお礼するだなんて宣言しなきゃいいのに。

 そもそも結界の修復はあんたがやれって言ったことでしょうに、何だってそんなむくれた顔を向けられなきゃならないのか。なんか紫はこういうとこ子供っぽい。

 

「そんなことよりも、博麗大結界は安定したようですわね。今の霊夢の霊力を認識したようで、維持の方も問題はない様子」

「……はいはい。もうそれでいいわよ」

 

 そんなことの一言で済まされてしまったことに文句をつけてやりたいのだけれど、お礼を強要させてるみたいだし話は進みそうにないしで適当に相槌を返して流しておくことにする。

 その様子が紫からは小馬鹿にされたようにでも見えたらしく、むっとした目つきで睨みつけてくる。突っ込んでも怒らせちゃいそうだからと思ってこっちが引いてもこれだし、どうすりゃいいってのよ。もう、面倒くさい。

 

「とにかく、その大結界ってのが安定したってことは私も博麗の巫女として最低限のことはこなせるようになったってことよね。……ふぅ、柄にもなく焦ったものだから喉がカラカラよ。いつも以上に美味しくお茶が飲めそうだわ」

「強がりだってのが見え見え過ぎて、私たちの方がよっぽど焦ったぐらいだからな。紫の奴なんて急にがたがた震え出して、空に向かって元祖の方の霊夢に呼びかけ始めるし。ま、こうして事が終わって落ち着いてみればあれは傑作だったぜ」

「待ちなさい霊夢。博麗の巫女がこの幻想郷でこなさねばならないことはまだひとつ残っているわよ」

 

 にやにやしている魔理沙と一緒に、いつもの定位置である縁側へと歩き出した私に声がかかった。言うまでもなく発言主は紫なのだけど、眉をひそめてちょっと不機嫌そうなのはきっと魔理沙が紫を見るなりに思い出し笑いをしているからだ。

 魔理沙は口は悪くても憎めない奴だし人懐っこい性格をしてはいるのだけど、とにかく他人を苛つかせるのが上手い。私も何度頭をひっぱたいてやろうと思ったことか。

 

「なによ、そのこなすべきことって。もう空も飛べるし、霊力も結界だけならとりあえず使えるようになったじゃない。その博麗大結界ってのも直したんだから、言われたことは一通りこなしたでしょ」

「私があなたに言ったことは、全て博麗の巫女の仕事をこなす為に必要なものよ。では、その博麗の巫女の仕事とはいったい何だったかしら?」

「仕事? 仕事なんてていっても、ここじゃやることなんて掃除ぐらいしか――――あっ、そうよ! 妖怪退治!」

「そういうことですわね」

 

 色々なことがありすぎてすっかり頭から抜け落ちていた。社会の為に何かをして、成果として金銭や報酬を得て初めて仕事といえるのだ。神社の掃除も結界の維持も、お給料が振り込まれない以上は私の善意のボランティアに他ならない。

 では博麗の巫女が他人の役に立ち報酬を得るにはどうすればいいかといえば、再三言われてる妖怪退治である。もはや巫女というよりは妖怪ハンターという感じなのだけど、実際問題お賽銭が期待できない現状ではそれで手に入る食料こそが私の生命線なのだ。

 

「むむ。にしても、妖怪退治。うーん、妖怪退治ねぇ……。ねえ魔理沙、妖怪退治って何をすればいいのよ。お米とか野菜とか貰えるんでしょ? 退治する前になにか手続きとか必要なの?」

「いいや。そんなに難しいことでもないぜ。だいたいは人里で妖怪の被害を受けて困ってる奴から依頼を受けて、迷惑かけてる妖怪を弾幕でとっちめてやるだけだ。終わったら依頼を出した奴に報告して、依頼の報酬を貰う感じか」

「ふうん」

 

 魔女帽子のつばを人差し指でくいと上げて説明してくれる魔理沙に、私はこくこくと二度三度と頷いた。

 妖怪退治して報酬を得るには、まず事前に人里で依頼を出している人を探して回らなければならないようだ。どうせなら掲示板とかに張り出してあったりとか、人里に妖怪退治依頼の斡旋所でも作ってくれればこっちも楽なのに。

 あ、そういえば妖怪退治するのって私以外にもいるのかな。退治できるのが私だけだっていうなら依頼人が博麗神社まで参拝ついでに来てくれれば一石二鳥なのだけど。この方向で神社への参拝客を増やせないものだろうか。うん、一考する余地がありそうだ。

 

「何にせよ、まずは人里に向かわないといけないわけね。でも、今から行って都合よく依頼があるものかしら」

 

 空を飛べるようになったとはいえ、まだまだ速度の出せない私では今すぐに出発しても人里に辿り着くのは夕方だろう。夜に備えて仕事を終えて、家に帰ってのんびりし始める頃合である。幻想郷の夜は早いのだ。

 そんな、これから依頼を探すのは時間が悪いんじゃないかという私の発言を、魔理沙は違う意味で捉えたようである。

 

「さあて、どうだろうな。最近この辺じゃ妖精ぐらいしか見かけないから、いるとしたら魔法の森か妖怪の山の方だろ。人里の連中はそっちまで出てく事もそうないから、そんなに被害も出てないだろうしなぁ。ないとは言い切れないが、望み薄だろうぜ」

「それじゃどっちにしろ駄目じゃないの」

 

 意図した答えではなかったけれど、なるほど、妖怪からの被害がないと依頼自体が出されないらしい。里の人たちが被害に遭っていないということはいいことなのだろうけど、それだと今度は私が困ってしまう。

 人食い妖怪よ大繁殖しろ、だなんて言うつもりはないけれど、私が餓死しない程度には妖怪には暴れてもらわないと。まったく、妖怪どもも腑抜けてないで、ちゃんとやることやってほしいものである。私が仕事できないじゃない。

 弾幕ごっこなら痛い思いはしても死ぬことはおそらくないので、退治の依頼を受けること自体は結構乗り気だったりする。なにせどれだけ神社を綺麗に掃除しても増えない賽銭とは違って、頑張ったら頑張っただけ夕飯が豪華になるのだ。

 

「ふむ、そうね。霊夢に仕事をしろと言ってしまった手前、受ける依頼がないとあっては格好がつかないわねぇ。では、今回は私から依頼を出すとしましょうか。もし私が指定する妖怪を弾幕ごっこで倒せたなら、その報酬としてこれらを差し上げますわ」

 

 思案していた紫が一歩進み出て手を横に振ると、動きを同じくして私の目の前の空間にすうっと切れ目が入った。両端がリボンで結ばれると中央がぐんにゃりと開かれ、あの不気味な空間が現れる。

 その中には数尾の秋刀魚に鶏卵、たけのこやトマト、ナスに白菜、りんごに梨にみかん、小ぶりなスイカ。季節のばらばらな野菜や果物が一まとめになって漂っている。

 これがその依頼とやらの報酬だろう。色とりどりの食べ物は瑞々しくも艶々としていて、目に入った瞬間に思わず喉が鳴った。うう、体が目の前にある多種多様の栄養分を求めてる。これだけあれば、優に一週間は困らなさそう。だけれど……。

 

「美味しそうだけど、野菜も果物も季節感が感じられないのはどういうことよ。あ、もしかして、このスキマの中って食べ物が腐ったりしないの? それなら冷蔵庫がわりにうちにも一つ欲しいところなんだけど」

「そんな無作法をするわけがないでしょう。外の世界のお店では季節の野菜が年中いつでも手に入るのよ」

「その口振りだとやらないだけで、出来ないわけじゃないってわけね……。にしても、外の世界ねぇ」

 

 声に出してその違和感に気がついたのだけど、実はどうやら紫は自由に日本と幻想郷との行き来が出来るようである。この前の月餅もそうだし、今回の野菜と果物もそう。どちらも外界からの品だった。

 そんなことが出来るなら私を東京に帰して欲しいところなのだけれど、帰っても体が『博麗霊夢』のままじゃ母さんが私だってことに気づきそうにない。それに何より、幻想郷には博麗の巫女の存在が必須らしいので、紫が幻想郷から出て行くのを許してくれなさそうである。そうなるとやっぱり元の体に戻る方法を見つけないとならないのだけど、その見つける為の時間を作るには生活を安定させないといけないわけで。結局は妖怪退治をして食い繋いでいかなきゃならないようだ。

 はぁ、とため息を吐いた私は、スキマの中身を検分する。見れば、いくつかの果物には値札のシールが貼られたままだ。

 

「年中手に入るってことは、これハウス栽培でしょ? 結構いい値段したんじゃないの?」

「……でも、秋半ばを過ぎても西瓜を売っているなんて珍しかったものだから」

 

 私の質問に対して、まったく否定になっていない言い訳を恥じ入るようにして呟いた紫に少しばかり呆れてしまった。ちょっと後悔している様子からわかるように、どうやらそこそこ高かったらしい。

 それにしても紫は現代日本に行って、どうやってこれらの食べ物を購入したのだろう。奥様連中に混ざって、この珍妙な格好の紫がスイカを抱えてスーパーのレジに並んでいる光景はどうにも想像できない。もしもそれを目撃しようものなら、人目もはばからず大爆笑してしまうかもしれない。

 

「年中いつでも手に入るだなんて、そいつは随分と節操がないな。こう寒い中で西瓜なんざ食べても美味くもないだろうに」

「それでも食べたがる奇特な人間がいるからこそ、高値でも売れるのよ」

 

 つまらなさそうにスイカを見やった魔理沙が言ったことについ反論してしまったけれど、その発言にはむしろ共感していたりする。夏の季節以外にスーパーでスイカを見かけても食べようと思ったことはないかもしれない。

 なんとなしにスキマの中のスイカに手を伸ばそうとしたところ、急に上下から閉じ始めたので慌てて手を引っこ抜く。下手人の紫を見やると「これは成功報酬ですわ」なんて、してやったりという風に笑っている。別にちょろまかしてやろうなんて思ってないっての。

 

「わかったわよ。報酬が欲しいなら言われた奴をやっつけてこいってことね。で、どこのどいつをこらしめればいいのよ?」

「そうね。一番に当たり障りがないのは、妖怪の山の麓あたりにいる、秋に活発になる妖怪姉妹かしらね」

「妖怪姉妹?」

「秋になると木々に紅葉をつけてまわる悪い姉妖怪と、秋の作物を大きく実らす悪い妹妖怪ね」

「……聞く限りじゃ特に悪さをしてるようには思えないんだけど」

 

 紅葉につけて回ることはいいことかどうかの判断がつかないけど、秋の作物を大きく実らせてくれるというのはたぶん人間の為になるいいことじゃないだろうか。

 妖怪って基本的に人に迷惑になることをする奴らだと思っていたんだけど。あ、妖怪でも人の役に立つのもいたか。有名なのだと座敷童子とか。けどケサランパサランなんかも見ると幸せになるとか言われてるけど、幻想郷だと襲ってきたしなぁ。さては生贄を差し出せば豊作にしてくれるとかそんなの? でも、いいことしても人を食べるんじゃ差し引きでマイナスだと思うし。

 

「間違えましたわ。姉も妹も、悪い妖怪ではなかったわね。けれども依頼は依頼。こらしめなければもちろん報酬は差し上げられませんわ」

 

 むむ。紫が言うにはやっぱり悪い妖怪じゃないらしい。でも、やってることは悪くないにしても妖怪なら結局は人を食べるのだろうし、もともと妖怪退治は私の仕事なわけだ。

 そんでもってやっつければ一週間もの間食事に困らないとなれば、別段私に断る理由はないのか。なんだか、紫の言い回しにはちょっと引っかかるものはあるけど。

 

「ま、その姉妹とやらには私の食生活向上の為に涙を飲んでもらいましょ。恨むなら妖怪に生まれた自分を恨んでもらうってことで。で、紫。それはいつまでに終わらせればいいの?」

 

 それを聞いてにんまりと笑った紫は、日傘をスキマの中から取り出してぱっと開く。ご機嫌なようで、傘回しするように手元でくるりくるりと回している。

 

「一言に妖怪の山の麓といっても広いから、これから探し回っても見つからないこともあるでしょう。念のために多少の余裕を持たせて、二日後の日が完全に暮れるまでとしましょうか」

「そう。二日後の夕方までってことは、今日ももう少ししたら夕方になるわけだから、丸二日は猶予があるわけね」

 

 ほっと息を吐き、紫に呼ばれて止めていた足をまた進ませる。そのまま縁側までたどり着くと、袖口からお札や針を取り出してそこに置いた。

 入れておいてもそれほど取り回しに困るわけではないのだけど、重さがあることには変わりないので何をするにしても落ち着かないのだ。お札はともかく、針の方は物騒でもあるので極力は身に付けておきたくない。

 

「おい紫。まだ霊夢の奴はあんまり速くは飛べないから、今から出発しても日が完全に落ちるまで妖怪の山の麓まで辿り着けるかわからないぜ。今日のところは私の後ろに乗っけてってやっても構わないだろ?」

「そうね。この霊夢がちゃんと一人でも妖怪退治できるか見るための依頼のつもりだったのだけれど、それぐらいの手助けであれば許可しても……」

 

 よっこいしょ、と縁側に腰を下ろして、急須の蓋を開ける。中身は空っぽ。見れば、お湯の方も切らしてしまったようだ。紫のやつめ、全部飲んじゃったならお湯を沸かしておいてって言っておいたのに。

 それにしても、なにやら魔理沙と紫が真面目そうな顔で話を続けているようだけど、どうせなら話すなら座ってお茶を飲みながらにすればいいのに何でか二人は立ったままだ。

 

「魔理沙ー、お茶飲む? さっき飲んでたみたいだけど、紫は? ……ま、いいか。どうせ私一人でも飲み切っちゃうだろうし、多目に沸かしておけばいいわね。まったく、こんな寒い中で何時間も飛んでいたものだから体が冷えちゃってしょうがないわよ。お茶でも飲んであったまりましょ」

 

 いそいそと水注ぎからやかんへ水を足してから火種を残しておいた土間の囲炉裏にかけ、漆塗りのお茶っ葉入れの蓋を開ける。キュポン、と空気が抜ける間抜けな音が響いた。

 たとえ野菜が尽きようとも、お茶だけは切らしちゃならんと多目に買っておいたのだ。夕飯のおかずが一品減ったとしてもどん底まで落ち込むだけで済むけど、毎日飲んでるお茶がなくなったら私はストレスのあまりに胃に穴が開いて死んでしまうかもしれない。

 

「おい、霊夢」

「んー、何よ?」

「いやいや、『何よ』じゃなくてだな。お前、なんで腰を落ち着けようとしてるんだ。妖怪退治に行くんだろ。相手がわかってるんだから、依頼なんてさっさと終わらせちまおうぜ」

「嫌よ。今日はもう店仕舞い。魔理沙とやった弾幕ごっこで疲れたし、寒いし」

 

 急須に目分量でお茶っ葉を入れながらも即答する私に、魔理沙と紫が揃って肩を落とし、ため息を吐いた。

 

「弾幕ごっこだってスペルカード一枚じゃたかだか十分ぐらいだったろ。本来あの程度は準備運動だぜ」

「えぇー……、だってこれから日が落ちればもっと冷え込むのよ? それに、えーと……あっ、そうそう。さっき、なんかよくわからないけど霊力を使ってたのを見てたでしょ? 博麗大結界とかいうのに使っちゃったから、もう空を飛ぶ霊力も残ってないのよ」

 

 別に大結界を直す為に霊力を使ったとか、その所為で霊力が空っぽだとか、空を飛べないだとか、そんな感覚は一切ないのだけどとにかくこの寒い中飛んでいくのが億劫で言い訳が口から出てくる。弾幕ごっこやってて体が冷えてるのに、これからまた遠出なんてしたら風邪を引いてしまう。

 せめて魔理沙が使っていたような風除けの魔法みたいなのを使えたなら行くかどうか検討ぐらいはするだろうけど、モロに冷風を浴びるとわかってるなら延期決定である。考えるまでもない。

 

「この子は本当にもう……」

「清々しいまであからさまに、今日行かずに済む理由を考えてたな。本当に嘘をつけない奴だぜ」

「別にいいじゃないの。今日の私はもう充分過ぎるぐらい頑張ったわよ。宙に浮く練習して、魔理沙と弾幕ごっこして、結界を使えるようになって、博麗大結界とかいうのも直して。色々あったから、普通は休憩したいって思うでしょ」

 

 霊力とやらには問題はなさそうだけど、午前中から宙に浮く練習やら動きっぱなしで疲れているのも確かなのだ。紫のお説教の所為で途中休憩も碌にとれていない。

 そんな今日一日の私の様子を見ていた魔理沙は腑に落ちない様子で宙を仰ぐと頭をがしがしと掻いて、口を尖がらせる。

 

「んん? まあ、言われてみれば、そうか……? 全然堪えた様子がないからこれからそこらの妖怪の一匹や二匹、余裕かと思ったんだけど」

「だから何度も言ってるけど、弾幕ごっこは初心者だっての。余裕なんかあるもんですか。それに、本格的に妖怪退治に出るっていうならそれなりに準備してからにしておきたいもの」

 

 とりあえず、弾幕ごっこをするのなら役立たずのお札は捨てて、ちゃんとしたお札の複製も作っておかないといけないだろうし、風除けの術っぽいのもあるらしいのでそれも覚えておきたい。

 そもそも、弾幕ごっこをするにしても見た目女の子を相手にあの凶悪そうな針は投げられそうにない。当たったところを想像するだけで痛そうだ。となると、他に飛び道具を考えておかないと今の手持ちじゃお札で結界作って防御することしかできない。作ったスペルカードにしたって構想は頭にあるけれど、それが上手くいくかは別問題。要練習である。

 

「はぁ。まったく、しょうがないわね。私もやらなければならないことがあるし、妖怪退治に関しては急ぐことでもないのだから期限さえ守ってくれればよしとしましょうか。一応、明日の夕方に経過を聞きに顔を出しましょう。もしも退治対象を見つけることが出来ず依頼が達成できていないようなら、最終日にまた伺うことにしますわ」

「……そうだな。そういうことなら私も家に帰ることにするか。霊夢が明日の日の出ている内に向かうっていうなら、地図も持ってるみたいだし私の道案内もいらないだろ」

「忙しないわねぇ、二人とも。帰る前にお茶の一杯ぐらい飲んでけばいいのに」

 

 スキマを広げたり箒を用意したりと帰り支度を始める二人へついつい声をかけてしまった。

 私以外に人気のない神社で十日余りの間生活していたからだろうか、珍しいことに他人との会話に飢えていたようである。半ば無意識に引き止めるように声をかけていた。

 

「お誘いは嬉しいのだけれど、遠慮するわ。きっと今頃藍がお夕飯を作り始めてる頃でしょうし、最近はあちこち動いて睡眠時間が不足しているから少しでも寝ておかないと。それに、この神社にあるお茶っ葉はあんまり美味しくないのだもの。霊夢あなた、ずいぶんと安物を買ったでしょう?」

「なによ。文句があるなら飲まなきゃよかったでしょうに。うちのお茶が飲めない奴は客とは認めないわ。引き止めないからさっさと帰れ。で、魔理沙は一人暮らしなんでしょ? 何だったら今日も泊まっていっていいわよ」

「いいや、今日は帰る。流石に同じ服を三日間着っぱなしってのは気持ち悪いからな」

「着替え? それならこの巫女服っぽいのを貸してあげるわよ。コレ、まだ予備が数着あるから一着ぐらい困らないし」

 

 立ち上がってからスカートの裾を摘んで少し持ち上げて、お尻側を見るように身体を捻る。

 何でか、同じような服ばっかりがあるのだ。一応春・秋用、薄手の生地の夏用、厚手の冬用にと数着ずつあるのだけど、色やデザインはほとんど同じ。髪をまとめるのに使っているリボンもフリルがついてたり、模様が入っていたりだけど色合いは全部白と赤である。

 他には胸元のリボンが色違いだったり、マフラーや上着とか防寒具はあるけれど、普段着は全部この洋風巫女服なのだ。どれだけ気に入ってたんだろ。

 

「私が、その霊夢の服をか?」

「ちょっとだけ魔理沙は背が足りないから、下はロングスカートみたいになっちゃうかもしれないけどね。それはそれでお人形みたいで可愛いとは思うわよ」

「はぁっ!?」

 

 怪訝さを隠そうともしなかった魔理沙の顔が、りんごのように赤らんだ。あんまり可愛いと言われ慣れてないのだろう。もったいない、こんなに美少女なのに。

 口元に手を当てて、眉根を寄せてちらちらと私の着ている巫女服を眺めてはうーうー唸って考え込んでいた魔理沙だったけれど、しばらくしてぷるぷると想像したものを振り払うように頭を振った。

 

「いやいや、やっぱりなしだ。どう考えても私にその服は似合わない」

「絶対に似合うってば。もう、それじゃうちに泊まる泊まらないは置いておいて、とりあえず服だけでも合わせてみましょ」

「わっ、ちょっと待てって霊夢。別にそんなことしてくれだなんて頼んでないだろ」

 

 苦笑いしている魔理沙の手を掴み、ぐいぐいと引っ張った。私の勢いにたじろいだのか、魔理沙の抵抗はそれほどに強くない。

 薄々気づいていたけど魔理沙は恥ずかしがりやなのか、その顔にはまだ赤みが残っている。がさつな口調をしている割には乙女っぽいのかもしれない。

 

「いいからいいから。こう見えても私、服を見立ててあげるの得意なんだから。ほら、赤白の巫女の服に金色の髪なんてめでたい感じじゃない。逆に私が魔理沙の服着ても面白いと思うのよね。この通り黒髪だし、完璧な黒白になれそうだわ」

「面白さとかめでたいかどうか基準で服を選ぶな!」

「ふふふ……魔理沙がたじたじになっているなんて珍しいわねぇ。面白そうだし、少しだけ見物していこうかしら」

「お前も見てないで助けろ! 霊夢、ほら、私なんかに着せるよりも紫に着せたほうが面白いぜ! 紫の奴も金髪だしな!」

 

 引きずられる魔理沙は、完全に他人事を決め込んでいる紫を指差してわめき上げる。言われるままに紫へと視線を向けてみると、彼女は目をぱちくりとさせて自分を指差している。

 

「私が霊夢の服を?」

「紫に? うーん、そうね……」

「ちょっと魔理沙。私を巻き込むのはおやめなさいな」

 

 そう言いながらちらちらと私の視線を意識しているらしい紫は、澄ました表情を取り繕っては佇まいを正している。私は魔理沙の腕を引っ張るのやめて立ち止まり、そんな紫を頭のてっぺんから足元まで眺め見てみた。

 ……紫に私の今着ているこの服をねぇ。ぶっちゃけると私はこの服を着ていて、辛い。他に着るものがないから断腸の思いで袖を通しているけれど、そうじゃなかったら間違いなくタンスの肥やしになっているだろう代物である。

 こんなにふりふりした服をなんて、若い子だけが許されるものだと思うのよ。歳を重ねるにつれて女性に求められるのは、可愛さじゃなくてピリッとしたスマートさなのだ。いい年して若作りを勘違いした姿は、同性ながら目も当てられない。

 そういうわけで、ともすれば十代半ばに届いてない『博麗霊夢』ちゃんや魔理沙が着るっていうなら着れるのも今だけなので大賛成なのだけど、紫は見る限りでは十代後半で社会人になっていてもおかしくない年頃。背も今の私や魔理沙よりすらっと高く、キレイ系の美人である。紫の趣味や個人的な嗜好にもよるけれど、そろそろ将来に備えてフリルから卒業してもいい頃だとは思う。

 

「うん、駄目ね。紫にこの服は『ない』わ」

「……ない…………?」

 

 後は、私服で着るにしても、それっぽく化粧すればそれなりに似合いそうではあるのだけど、東京みたいに化粧道具も満足にないんじゃきっとちぐはぐしてしまう。背が高いからスカート丈が足りなさそうだし、加えて言うならおっぱい大きいから胸元が苦しいだろうし。エロティックな巫女さんとかよくないと思う。

 逆に魔理沙は全体的に今の私より小さいので着れるだろうし、ぶかぶかしてる服を着てるのが可愛くなるという私の見立てである。紫にはせめて同じデザインのサイズ違いがあればよかったのだろうけど、残念ながら『博麗霊夢』ちゃんのサイズのものしか神社には置いてないのだ。

 以上のことからそう結論付けた私は、紫から目線を切った。

 

「というわけで魔理沙…………あっ!? いないっ!?」

 

 辺りを見回してみれば、小さな星が魔法の森の方面へと散らばっていた。何度か見たことあるからすぐに検討がつく。空飛ぶ魔理沙の箒から、尾を引くように出てくる星屑だ。遠くの空では、一心不乱に前を見て加速していく魔理沙の姿を見つけた。

 魔理沙め、私が紫の検分をしている隙に逃げだしたようだ。そんなにこの服を着るのが嫌なのか。

 

「ねえ、霊夢。見もせずに決め付けるのはよくないと思うの。着てみれば案外、私だって似合うかもしれないわよ?」

「いいから、あんたはさっさと帰って寝なさいよ」

 

 

 


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