アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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弾幕ごっこに初勝利する私。

 

 小魚の佃煮入りのおにぎりと大根とかぶの漬け物を笹の葉で包み、竹筒の水筒と一緒に風呂敷でまとめて背負った私は、地図を片手にふわふわと前傾姿勢で宙を飛んでいた。眼下には葉が散り始めて緑が薄くなった森。振り向けば、小さくなりつつある博麗神社が見えることだろう。

 そうして私が向かう先は、昨日に紫より退治を依頼された妖怪姉妹が出没するという妖怪の山の麓だ。妖怪の山という名前の響きからして妖怪の本拠地で、色んな妖怪がわらわら湧いて出そうな不穏な感じなのだけれど、麓ならきっと大丈夫。大丈夫であってほしい。

 

「ま、天気も良くないし寒いし、退治するのも悪い妖怪でもないってことだから正直あんまり気乗りはしてないんだけど」

 

 今日は生憎の曇り空。遠出になるとわかっていたのでいつもより厚着の用意をしておいた。日光が差していればそれなりに暖かいのだけれど、曇りや雨の日はもちろん、明け方や暮れは随分と肌寒いので、洋風巫女服の上にポンチョを羽織っているのだ。東京で売っていたような機械による大量生産品ではなく手織りの一品物で、生地も何かの動物の毛で作られたもののようである。防寒性や手触りはいいのだけど、これも白地に紅のアクセントの配色はどうもいただけない。巫女さんって、これ以外の色のものを身につけたらいけない決まりでもあるのだろうか。

 

「こんな寒いのに肩出しなんて正気の沙汰じゃないっての。ええっと、とりあえずは湖を目指して進んでいけばいいかしらね」

 

 魔法の森の入り口と思われるところに差し掛かったので、すっかり癖となった独り言を呟きながら少しだけ速度を緩め、右手で風にはためく地図を眺め見てみる。妖怪の山の中腹から湧き出ている川が霧の湖へと流入しているようなので、とにかく湖にさえ辿り着いてしまえば目的地はすぐそこだ。

 徒歩での妖怪の山への道順としては、博麗神社から山を下って森の中の道を抜け、人里を横目に眺めながら魔法の森の外縁に沿って進み、湖を越えた先が妖怪の山である。地図上の距離と、博麗神社から人里までの実際にかかった所要時間とを照らし合わせてみれば、おおよそ十五~十七時間ぐらいで辿り着けるのではないだろうか。幸い空を飛べるようになっているので、休憩を挟んでも四時間かからずに辿り着ける筈である。私より速く飛べる魔理沙なら一時間強の距離だろう。

 このとおり、道が整備されていない幻想郷では空を飛べないと移動するのも一苦労なのだ。地図上ではそう離れていない人里から博麗神社まででも、歩くとなると森に沿って進み、川に当たれば橋まで迂回しなければならない。その上で人食い妖怪が出て命の危険もあるとなれば、人間は里の中だけで暮らせるようになるわけである。

 その点、空には森も川も山も谷もないので最短距離を突っ切っていけるし、歩いていくよりもずっと早い。強いて不満があるとするなら、恐ろしく寒いことだろうか。昨夜、魔理沙と紫が帰ってから風除けの術が使えないか神社で試行錯誤してみたのだけれど、残念ながらまったく手応えはなかった。なので、今も変わらず私は冷風に晒されているわけである。

 

「それにしても、流石にちょっと寒すぎる気がするわね。こんなに寒くちゃ雪でも降るんじゃないかしら」

「降雪はまだ先ねぇ。だってぇ、まだ寝起きだもの」

「……何か変なのが出てきたわね」

 

 森の中からふわっと浮いて私のまん前を塞ぐようにして現れたのは、一人の少女である。ウェーブのかかったミディアムヘアーの薄い紫色の髪は、白と藍の寒色系の色彩の服と合わせて淡雪のように儚く見える。

 近づくにつれ、彼女を中心にひやりとした空気の塊が迫ってくるのに気がついて身構えた。さては妖怪雪女か、それとも雪か氷かの妖精か。一応、空を飛べて冷気を操れる能力の人間という可能性もあるのだけど、経験則からいって飛べる人間もまた変人である。油断して、魔理沙のような目に付いた奴はとりあえず攻撃するような辻斬りだったら堪らない。

 

「変なのとは酷いわ。これでも正真正銘の妖怪なのにー」

「妖怪なのに身元がはっきりしててどうするのよ。そんなんじゃ妖しくも怪しくもないじゃない」

「最近は妖怪も見た目のわかりやすさと知名度が大切なのよ。そういうことですので、わたくし、妖怪のレティ・ホワイトロックをよろしくお願いしますわ」

「妖怪社会も世知辛いわね」

 

 妖怪少女からまさかの選挙立候補の心得みたいな言葉が飛び出てきたことに、私は思わず頭を振ってため息を吐いた。なんか苦労がにじみ出ていて生々しい。

 しかし、見た目のわかりやすさとか言っている割には目の前のレティとかいう妖怪少女が何なのかは依然とはっきりしない。寒気を覚えさせる妖怪というのだから雪女あたりだろうか。けれど、秋でまだ雪も降ってないのに雪女というのもおかしな気がする。

 

「で、結局あんたは何の妖怪なわけ?」

「……さぁ? 冬の妖怪とかかしら? ほら、私の周りは寒いでしょう?」

 

 口元に指を当てて考え込んだ後、答えが見つからなかったのかのほほんとした様子で曖昧な笑みを浮かべるレティ。どうやら自分でもよくわかっていないようだった。私はもう一度ため息を吐くと、両手をぷらぷらと振って解す。

 

「ま、何にせよ妖怪だっていうなら博麗の巫女として退治しておきましょうか」

 

 とにかく自分で冬の妖怪と言うぐらいなのだ、これから冬にかけて活発になる妖怪なのだろう。もしかしたら既に里に退治依頼が出ているかもしれないし、今のうちに退治しておいた方が後々の為になる筈だ。もし依頼が出ていたら「退治しておきました」って報告するだけで済むし、依頼が出てなくても博麗神社の巫女は仕事をしてますよって宣伝材料になる。精力的に妖怪退治をする私をありがたがって神社に参拝してくれる人がいるかもしれない。

 

「起きたばっかりで本調子じゃないのにー」

「それは好都合。これから行くところもあるし、さっさと私に退治されなさい」

 

 地図を手元で丸めて袖口に突っ込み、代わりにスペルカードを一枚取り出してレティに示した。それを見た彼女もまた、肩を落として諦めた様子でポケットから一枚取り出し私に向けて示す。

 今回の弾幕ごっこは、スペルカードを宣言した方が一枚突破されれば負け、それ以外ではニ度被弾したら負けのスタンダードルールだ。魔理沙が言うには、特別な取り決めがなければ宣言されたスペルカード枚数×ニ回を被弾可能回数とするらしい。今回は相手も同じ一枚で返してきた為、特に異論もなくニ度被弾したら終わりということである。

 ただし被弾の判定には例外があり、相手がスペルカード宣言をした後だと被弾回数よりもスペルカードの突破の可否が優先されるらしいので、スペルカードブレイクの為に多くの弾を当てなければならない。ちなみに私のスペルカードはまだ一枚しかないので相手が二枚出してきても応じることが出来ない。なので、基本的には二回被弾したら終わりである。

 

「うう、やっぱりまだまだ暖かいじゃない。早起きし過ぎたわ」

「十分過ぎるぐらいに寒いっての。冬の妖怪のあんたを冬眠させれば、少しは暖かくなるかしらね」

 

 不満げなレティに構わずスペルカードをしまうと、その代わりに数枚のお札を左手の袖口から取り出す。神社に残っていたお札をまた見よう見まねで複写したものだけれど、最大の違いとしては以前のとは書いてある文字が違うことだ。神社の本殿を漁り直して初めて気づいたけれど、実はお札は何種類かあったのである。この前のお札は一種類のお手本を基にして書き写したものだから、今度は別の文字のお札も書き写してみたのだ。加えて模写精度が術に直結すると知ったので、今度は二度書きもしていないければ頑張って書いたので文字もまだ見れるものだと思う。

 

「先手必勝! 破っ!」

 

 気合を入れ、年甲斐もなく声を上げてお札を投擲。「破っ」とか言っちゃったりして気分はノリノリ、妖魔調伏する陰陽師である。ふと、中学生の頃に兄の部屋にあったのを借りて読んだ、ボディコン女性が幽霊を斬って捨てる漫画が思い出される。その兄も三年前に結婚して家を出て行ったので、件の漫画はうちの押入れのどこかに眠っていることだろう。

 投げつけたお札が何事も起こらずに風で流されて飛んでいってしまおうものなら人生屈指の大恥となるのだけれど、生憎とそうはならなかった。お札は淡く白光を灯すと、私の手を離れるや空中で一人でにネジれて丸まって、見る間見る間に円錐状に変化していく。何を推進力としているのか投げた私にもわからないまま、妖怪少女に向かってすごい勢いで飛んでいく。速度こそあるものの、ただまっすぐ進んでいく針のお札は妖怪少女にあっさりと避けられてしまった。

 

「へぇ、このお札は針になるのかしら。そういうことなら、これから本物の重たい方は持ち運ばなくて済むわ」

 

 これを複写した後に試しに何も考えずに投げた時には、投げたお札はそのまま風に飛ばされていってしまって、一人でお札を回収して酷く惨めな思いをしたものだけれど、どうやら弾幕ごっこの相手とか霊力を使う対象を私がちゃんと認識していないとお札は効果を現さないようだ。

 となると、他に書き写したお札も投げてみれば効果が出るのかもしれない。右の袖に分けておいたお札を取り出し、構えてみせる。

 

「まったく、博麗の巫女はいつも一方的に好戦的なのだから」

「む」

 

 口振りから察するに、レティは以前に『博麗霊夢』と面識があったらしい。とはいえ紫のように親しげでもないし、さては弾幕ごっこで退治されたことでもあるのだろう。

 私は投げようとしたお札をすんでのところで止め、腰に手を当ててレティのことを見やると、彼女は私に構わずのんびりとポケットを探ってはスペルカードを一枚取り出した。

 

「なによ? 枚数の変更は受け付けないわよ」

「まさか。私もまどろんでいたところだったから、勝ちでも負けでもいいからさっさと決着をつけて冬に備えて寝直したいの」

「それなら起きてこないで寝てれば良かったのに。そのまま一年中目覚めないでいてくれれば面倒がなくていいわ」

 

 そのままカードを掲げるや、ポケットへとしまいこむ。お札を手にして呆然とその様子を眺めている私へ、レティはにっこりと笑みを向けた。

 

「やっぱり早起きなんてするものじゃないわね。博麗の巫女と遭うだなんて、三文分ぐらい損した気分。とにかく、寒符『コールドスナップ』」

「えっ!? ちょっと、いきなりスペルカード宣言!?」

 

 聞くところによるとスペルカード宣言をする前には弾を飛ばし合って相手の出方を見る心理戦を繰り広げるということだ。しかし、レティは一発も弾を撃ってもいないというのにスペルを使ってきた。

 セオリーにない行動に思わず声を上げてしまったけれど、とにかく何が飛び出てくるかわからないのでふわっと宙返りしてレティから距離を取る。どっちにしたってやることは一緒だ。弾を避けて、当てるだけ。じりじりと警戒しているうちに、レティの周りから白いもやが現れては揺れ始めた。そうしてレティもまたゆらっ、ゆらっと体を宙に踊らせる。甲高い鈴の鳴るような音を認識するなりに、私は慌てて体を翻した。ソレと一緒に、冷たい空気の層が迫ってくる。

 

「うーん。そうじゃないかと思っていたけど、暖かくて調子が出ないわねぇ。弾の数がちょっと減っているわ」

「……やっぱり、あんたは冬になる前に倒しておいたほうがよさそうだわ」

 

 レティの周りの白いもやが揺らいでは消えて、それに紛れて大量の光弾が周囲へとばら撒かれている。私を狙って放たれているわけではなく、周囲への無作為の弾幕である。やっかいなのが弾速はさほど早くないのに、避けるのに難儀するほどその密度が高いことだ。壁のように迫ってくる弾幕の隙間に潜り込んでやり過ごそうにも、中々弾が背後へと通り過ぎてくれないので避ける空間が潰される。

 時間が経てば経つほど避けるのが困難になりそうで、延々と避け続けることが出来そうにない弾幕だった。これでもまだ本調子ではないというのだから恐ろしい。

 

「いつまでも避けられそうになさそうってことは、つまり言い換えれば避けられなくなる前にヤれってことよね」

 

 風にはためいているスカートに弾をかすらせながら空中で旋回、高度を上げつつ袖に手をつっこみ、これまで使う機会のなかった先ばかりが鈍色に光る金属を取り出した。

 代用品にはお札がなってくれることがわかったので、半ば紛失しても構わない心持で朱色に染められた本物の針を片手に二本ずつ持ち、レティに向かってぶん投げる。人間と姿が変わらない相手に向かって投げるのは抵抗があるけど、レティは私の拳をあっけなく手で払って見せた紫と同じ種族である妖怪である。きっとこれも牽制程度にしかならないだろう。

 高度を利用して投げつけた針は、特に意識したわけでもないのにとんがった方を前にして音もなく飛んでいく。持ち手が朱色に塗られていたお陰で、空中に紅色の線が走った。

 

「あら危ない」

 

 案の定、レティはあっさりと飛ばした針を避けてみせる。針のお札と同じく、速度こそあれまっすぐにしか飛ばないのでは避けるのも容易なのだろう。針は紅色の軌跡を描いたまま遠くへ魔法の森へ落ちていく。

 一応針が落下していった地点は確認しておいたので、レティを倒して余裕があるようなら後で回収しよう。これがただの針だったならどこに飛んでいったかもわからなかったので紛失は確実だった。さすがは私、深慮遠謀の化身のような女だわ。

 

「今のはけっこう速かったわね。あれは針? 紅くなかったら視えなくて当たってたかも」

「……良かれと思っての細工が裏目に出たわけか」

 

 色を塗って見易くなった弊害がこんなところにあったか。増長しかけた心が一瞬で砕け散る。自己嫌悪に頭を抱えていると、目の前に妖気の弾が迫りきていることに遅れて気がついた。

 

「っと! よっこいしょっ!」

 

 懐から取り出したお札を目前に三枚投げると、ぴたりと空中に張り付いた。魔理沙との弾幕ごっこでも使った結界用のお札である。前回に模写したお札一枚では一つの弾も防げなかったので、今回は一発に対してちゃんと書き写したお札を三枚の大盤振る舞いだ。

 三角形に貼りついたお札は私の目の前で文字を浮かび上がらせて結界を作り、飛んできた妖弾を押し留めてから霧散させた。……なんとか防ぐことはできたけれど、『博麗霊夢』お手製であろうお札一枚と比べて、私のお札では三枚がかりでもまだ及ばない。それもこれもきっと私の筆文字がヘタクソな所為だ。ボールペン字なら負けないってのに!

 

「お返し!」

 

 右の袖からお札数枚を乱暴に引っつかみ、レティに向けて投げつける。それを予知していたか、レティは既に空中でゆらりと揺れて投げつけた位置から退避している。結界札もそうだのだけれど、霊力があれば目標地点までは風や重力にも影響されずに飛んでいってくれるが、場所を動かれてしまうとどうしようもない。

 

「……んん?」

 

 すぐに動いた位置へ追撃をかけるべくレティの弾幕をすれすれで避けながら、今しがた投げたのと同じ種類のお札数枚を左手に用意する――――と、先ほど投げて明後日に飛んでいった筈のお札が視界の端にちらついた。手から離れたお札がいつからか青く発光し、その軌道を変えたのだ。回避したレティを大回りで追尾し、死角から襲い掛かっていく。

 

「あっ!?」

「もしかして追尾式のお札? なんにせよやったわ!」

 

 レティは遅れてそれらに気づくが、体勢を立て直す間もなく連続して着弾する。レティに接触したお札は次々と弾け飛び、その度にパァンと乾いた音が響く。

 私はあんまりに軽過ぎるその音に嫌な予感を覚えていた。見れば、お札が弾けたことでそこに篭められていた霊気が霧のようにレティの周りに舞っているけれど、肝心のレティは不思議そうにお札当たった箇所を眺めている。

 

「って、驚いてみたはいいけれど。全然痛くないわね、これ」

 

 追尾が遅れて時間差で迫ってくる最後のお札に向けて、レティが気負いも警戒もなしに手を伸ばす。その指先にお札が着弾すると、パァンと紙鉄砲のような乾いた軽い音が響いた。

 しかしお札に触れたレティの指先は揺るぎもしない。特に痛みを覚えている様子も見えない。それどころか、何が彼女の琴線に触れたか不明だけれど、物珍しいおもちゃを見たかのようににこにこと面白がっている。

 

「何という……」

 

 どうやらこの追尾札は、当たっても相手を驚かせる以上の効果は得られないようである。袖口から残りの追尾札を取り出すと、もっさり確かな厚みの紙の束が出てきた。たぶんだけれど、まだ四十五枚ぐらいある。

 弾幕ごっこするのに必要だと考えて、念には念を入れてお札を各五十枚ずつ書き写してきたのだ。それがなんと一瞬で不良在庫となってしまった。昨夜遅く、貴重な灯りの油を使ってまで複写に費やした五時間と紙と墨が水泡に帰した瞬間である。

 

「……あー、もう、どうでもいいわ」

 

 適当に飛んでくる妖弾を避けながら、袖口から取り出したお札の束をばら撒いた。追尾するので相手には当たるけれど、当たっても効果はないに等しい。どうせ役立たないのだからと、ヤケクソになっているかもしれない。

 投げたお札は無気力状態の私に反して、どれも弧を描いて勢いよく前方へ飛んでいく。どうやら追尾性能だけは高いようで、上下左右、前方後方に関係なくどこに投げても正確にレティへ向かって方向を変えていった。

 

「ちょ、ちょっと、何、その量!? 待って、ま、嫌ぁっ!」

 

 当たることだけに特化した追尾札がレティへと襲い掛かる。逃げても執拗に追いかけるのだ。逃れるには防御するための能力を使うか、弾幕を当てて相殺する他にないのだけれど、ダメージがないお札にそれをする価値があるかどうかは疑問である。衝撃や痛みがないと理解はしていても、その全方位から迫るお札の群れにレティは反射的に目を瞑り、頭を守って体を屈めた。そうして、四十枚を超える追尾札がレティに殺到する。

 

 破裂音が連続して響き渡る中、私は人差し指で耳を塞いでその様を無感動に呆っと眺めていた。離れた位置にいる私でもうるさいのだ、間近でその音に晒されているレティはさぞえらいことになっているだろう。

 ぼんやりと、昔に観たバラエティ番組を思い起こす。芸能人がそれぞれ風船が大量に敷き詰められた個室に閉じ込められて、クイズに正答しないと割れちゃうって奴である。それを観ていた頃は俗に言う箸が転げてもおかしい年頃だったのと、芸人のリアクションに笑っていたけれど、この歳にもなるとクスリともしない。

 そんなどうでもいいことを考えながらレティが追尾札に翻弄されている様を観察していると、あることに気がついた。これこそ怪我の功名という奴かもしれない。口の端が自然と吊り上る。

 

「お、お、終わったぁ?」

 

 音が鳴り止み、しばらく経ってからようやく恐る恐るといった風にレティが顔を上げる。追尾札は全部破裂して跡形もなく消えてしまっている。

 危険がないことがわかるとレティは胸に手を当ててほっと安堵の息を吐いた。そうしてしばらく、はっ、と思い直すと私を見据え、眉尻を吊り上げる。

 

「ふふふ、よくもやってくれたわ。妖怪が人間に驚かされるのって、こんなにも屈辱なのねぇ」

 

 私を殺さんとばかりに見据えるレティを中心に、寒気が渦巻き始める。急速に空気が冷やされ、冷気が白いもやを作り出す。当然だけれど、怒っているようである。ぴりぴりと肌を刺す妖気も、紫には到底及ばないもののかなり強い。

 そんなレティに対して、私はにっこりと満面の笑みで返した。

 

「残念ね。スペルカードブレイクよ」

「え?」

「途中からあんたのスペルカード弾幕、私に飛んできてないもの」

「あっ……!」

 

 遅れて気がついたようで、わたわたとレティが慌てふためく。スペルカードブレイクの条件で魔理沙が言うところの、スペルカード弾幕がはれないほどのダメージ(精神)を与えたというところだろう。

 

「弾幕ごっこは私の勝ちよ。ルールなんだから揺るがないわ。負けたあんたはおとなしく寝こけてなさい」

「うーん……まぁ、いいか。勝っても負けても寝直すつもりだったし」

 

 半ば反則手で勝った自覚はあるので、私からの要求もかなりマイルドである。レティもさっきの怒りはどこへいったやら、のほほんとした表情でゆったり降下していく。あまり勝ち負けには頓着していないのかもしれない。

 

「それじゃ、おやすみ~」

「はいはい、今度は起き出してくるんじゃないわよ」

 

 レティが魔法の森へ消えていったのを見送ると、その風景には見覚えがある。えっと、確か……。

 

「あ、針が落ちていったところじゃない!」

 

 針の回収には行きたいけれど、レティの後を追って魔法の森で針を捜すのはちょっとばかり気が進まない。あんまり彼女は気にしてはいなかったようだけれど、顔を合わせたらもしかしたら弾幕ごっこのリベンジを挑まれるかもしれない。流石に同じ手は通用しないだろうし、追尾札の在庫はもう空っぽである。

 うんうんとそのまま数分思い悩んだ末、針についてはあきらめて先を急ぐことにした。針は神社にまだ十二本残っている。それにお腹も減っているし、お昼は霧の湖とやらに着いてからと決めているのだ。おまけに時刻はもう正午だろうに、空はどんどん薄暗くなっている。帰りに雨に降られるのも、勘弁してもらいたい。

 

「まったく、余計な時間を食ったわ。さっさと行って、さっさと終わらせましょ」

 

 ため息を一つ。私は湖に向かってまたふわふわと飛び始めた。

 

 

 


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