アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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実は能力を使っていたらしい私。

 

 咲夜に連れられ階段を降った先でたどり着いたのは、見渡す限りが本棚で埋め尽くされている広大な地下図書館。空気が澱んでいて、まずかび臭さが鼻に付く。当然に窓も無く日の光が差し込むことの無い地下は、壁掛けランタンの赤々とした光でぼんやり照らされている。

 聞けば、こんなに広いのも咲夜の能力で拡張しているからだという。原理はわからないしこれといって興味も湧かないけれど、まったくもって便利な能力である。私も便利な能力が欲しい。出来れば何も無いところから食べ物を生み出せる能力とかがいい。

 ちなみにこの地下図書館、咲夜は住人でありながらどういった本がどれほど蔵書されているのか把握していないとのことで、調べたいものがあるのなら自力で探すか、ここを管理している人に尋ねてみないとわからないとのこと。

 そうして引き合わされたのが、本が積まれた長机の前に座っているやせっぽちの女の子だった。彼女は読んでいただろう本に(しおり)を挟んで閉じると、うさんくさそうなのを隠そうともせずにメイド服の私を見ている。

 

「……ふぅん。記憶喪失ねぇ。それはともかく霊夢のその格好は何なの? 地味に似合ってないんだけど」

 

 おおい、咲夜も美鈴も気を使ってか似合わないとは言わなかったってのに。まぁ、痛々しいとさえ言われなければ私的には万々歳なんだけど。

 それにしても、肉付きが悪いながらもこの少女もまた美人さんである。ただし色白というより青白い、ビタミンDがまるで生成されていない感じの肌色で、深窓の令嬢というよりは日の光を浴びようものなら網膜が焼かれて悶え苦しみそうな雰囲気だ。

 そんな私の第一印象はあながち間違っていなかったようで、彼女は図書館を根城というか私室がわりにしているらしく、読書の虫にひきこもり気質が合わさって年がら年中ここで本を読んでいるらしい。

 イメージカラーをつけるとしたら薄紫だろうか。過ごしやすさ重視の、寝巻きやマタニティウェアのようなゆったりとした服を着ている。ところどころアクセサリや髪留めに気を使っているようなので、身だしなみに無頓着という訳ではなさそうだ。

 ところで、彼女の紫色のロングの髪の毛の上には、紫や藍が被ってたみたいなシニョンキャップを大きくしたような形容し辛い帽子を被っているのだけど、幻想郷ではこんな感じの帽子が流行っているのだろうか。うーむ。構造的には難しくなさそうなので、流行に遅れないよう一つぐらい似たような帽子を作っておこうかなぁ。

 

「とにかく、そういうことですのでパチュリー様。私は仕事に戻りますからこの巫女の相手をお願い致しますね」

「あのねぇ。一応は私もあんたのお嬢様の友人なんだから客人みたいなもんでしょうに。居候の身であんまり偉そうなことは言えないけど、使用人の代わりに私がもてなさなきゃならない義務なんてないと思うのだけど」

「はい、存じております。パチュリー様はお嬢様のご友人ですもの。ですので、お願いします」

「……ん? えっとこれは、レミィの同格であるから、私は咲夜に低く見られてるのかしら?」

 

 これといって弁解もせずに「ほほほ」と悪びれない笑い声を残して咲夜の姿がぱっと消えた。また時間を止めての瞬間移動のようだ。

 はぁ、とため息を吐き出したパチュリーと呼ばれる女の子は、「あの子もアレがなければメイドとして言うことがないのに」と諦めたように呟いている。

 

「ねぇ、あなたのことはパチュリーって呼んでいいの?」

「好きにしてちょうだい」

 

 パチュリーはそう言いながら、私から目線を切って手元の本を開いた。手作り感のある押し花の栞を抜き取って机の上に置くと、ページをめくり始める。

 

「ああ。うるさくしたり、本を汚したり持ち去ったりしないのであれば勝手に使っていいわよ」

 

 視線を本へ落としたまま、話は終わりだというようにぼそりと呟いた。

 ……まぁいいかな。管理人さんから勝手にしていいと許可を貰ったことだし、気ままに探索してみよう。

 

 

 

 

「パチュリー。助けて」

 

 数十分の後、途方に暮れた私はパチュリーに助けを求めていた。読書を中断された彼女は不機嫌そうに眉根を寄せている。

 

「……何よ?」

「ここって館内見取り図みたいのないの? どの棚がどんな系統の本でまとめられているとか」

 

 そう。ちょっと見て回ってわかったけれど、とにかく広い。おまけに置かれた本棚にある本の背表紙からは内容が見て取れない。一般的な英語とある程度のドイツ語ならわかるけれど、そうじゃない言語で書かれた洋書も多々あって、お目当ての本がある棚の見当もつけられないのだ。

 ただ、その割に日本語の漫画――小学校の頃に男子が読んでいたコミックボンボンとかいうのが置いてあるのを見て自分の目を疑ったりもした。

 

「生憎だけど見取り図なんて便利なものはないわ。いったい何を探しているの?」

 

 咲夜に頼まれた手前無碍には出来ないのか、パチュリーが面倒くさそうに私に向き直る。読書を止めるつもりはないようで、開いたままの本を机に置いたもののページがめくられないように左手は抑えたままだ。

 

「霊力について書かれている本が読みたいんだけど。霊術? みたいなのが詳しく載ってるやつがいいわ」

「霊術ね」

 

 パチュリーは口の中でぶつぶつと呟きながら、宙に右手の人差し指を滑らせる。指先が淡く光って残像を作り、すぐに消えていった。

 時間にして数秒のこと。パチュリーは何事も無かったように右手で本を持ち直し、そこへ視線を落とす。

 

「今、持って来させるように伝えたわ。十分ぐらいかかるでしょうから、そこの椅子に座って待ってなさい」

 

 誰に、どうやって伝えたのか。今の動作は一体なんだったのか。疑問に首を傾げた私をパチュリーは無視して、そんなこと知ったこっちゃないとまた読書に戻ってしまう。

 読書に没頭しているパチュリーは明らかに邪魔されたくない雰囲気を出しているので、ちょっと迷った後、私も適当な本を本棚から見繕って読むことにした。

 

「むう……」

 

 『Almandel』という英題字だろう皮の装丁を開いてみると、中身はドイツ語である。冒頭を読むに、どうやら十五世紀頃に独語訳された古書を現代文体に(したた)め直した物らしい。

 しかし改訳してもまだ古臭い文章の筆記体である。読めなくはないのだけど表現が難解で、一行読むのにすごい時間がかかる。まぁでもいい機会だと思って、半分忘れ去っていたドイツ語を思い出す意味を兼ねて読み進めてみる。

 そうして単語がわからずにうんうんと唸っているのがうるさかったらしく、ふと顔を上げればパチュリーがすごい迷惑そうに私を睨んでいた。

 

「……読めもしない本を眺めていったい何が楽しいのかしら。どうせ読めないのなら身の丈にあった――そうね。絵本でも眺めていればいいのに」

「いや、あのね。すらすらとは間違っても言えないけど、読めなくはないのよ? 十五世紀頃に翻訳されたグリムワ? でしょ、これ。えっと、アルマンデルって、天使を云々する為の本ね」

 

 なんて、偉そうに言ってみたけれど専門用語が多すぎて中身はよくわかってはいない。ソロモン? やら悪霊やらと一般的に使わない単語がぽろぽろ飛び出てくる。

 五割は読み飛ばして、三割は『こうじゃないかな』と合っているかもわからない目星をつけて読み進めているだけだったりする。挿絵ですら四角の中に文字と六芒星が描かれているだけで、まったく意味がわからない。実は半分以上が苦行だった。

 

「はぁ?」

 

 パチュリーが読んでいた本を放り出して私の傍に寄ってきた。私の手から本を奪い取るや題名を確認し、次いで目を見開くと、ぱらぱらとページをめくっている。

 そうしてしばらくしてからほっと息を吐き出して閉じたのだけども、どうにも私の手にその本が戻されることはなさそうだ。

 

「アラム原本のギリシャ写本、それをラテン語に訳して最終的にドイツ語に再編したものね……幸いアルマンダル自体も、グリモワールとしては特別格が高い訳ではないわ。それでも精神に影響が出る筈だけど……気分が悪くなったりしてはいないの?」

「え? えっと、それは何語?」

「……大丈夫そうね。規格外だとは思っていたけど、ここまでだとは」

 

 呆れたように言って、パチュリーは私が読んでいた本を棚へと戻してしまう。もしかして読んではいけない本だったのだろうか。それならそうと書いておいてほしいものだ。

 なんかちょっと怒られた感じになってるけど、勝手に利用していいってパチュリーが言ったのに。何だか釈然としない。

 

「で、なんで霊夢がアレを読めたのかしら?」

「何でって……えっと、何が?」

「それではぐらかしているつもりなの? あの本は私が外の世界から幻想郷に持ち込んだ物で、幻想郷では一般的ではない言語で書かれたものよ。英語は幻想郷でも独自研究されたのかそれなりに普及しているけれど、私の知る限りドイツ語は人里の一部の医者が書面に使っていたぐらいで、少なくとも博麗の巫女の読める言語じゃあないわ」

 

 む。魔理沙やレティがスペルカードに英語を普通に使ってたからその他の言語もそれなりに普及しているものかと思ってたんだけど。

 といってもそれも後付けの理由であって、そもそも十代前半だろう霊夢ちゃんがドイツ語読めるとは考えにくい。私も大学の第二外国語で学んだりしなければ、せいぜい音階の読みぐらいでしか触れなかったと思う。

 要はパチュリーが特別に鋭いとかじゃなくて、私が迂闊だっただけである。

 

「さては、ただ記憶喪失になった訳じゃないわね。そして、咲夜はそれに気づいていないと。どういうことか説明してもらおうかしら」

「んー、えーっと、どうしよう。面倒なことになったわ。自業自得なんだろうけど」

 

 

 

 

 説明が面倒だからといってここで誤魔化しても更に面倒なことになりそうなので、気が進まないながらもパチュリーに私の本当の境遇を話すことにする。

 この説明をするのは魔理沙に続いて二度目。言われずとも勝手に気づいたらしい紫を含めると、博麗霊夢がどこかにいったってことを知るのは三人目になる。

 

「……という訳。説明が大変だから記憶喪失ってことで通していたのよ」

「つまり、中身は別人?」

「正真正銘の別人よ」

「ふうん」

「……それだけ?」

「他に何かあるの?」

 

 うーん。まぁいいんだけど、何だかパチュリーの反応が薄くて肩透かしを食らった気分。むしろ、全部話したことでパチュリーは私に対してのなけなしの興味を失ったようにも見える。

 信じてくれないんじゃないかと思って記憶喪失になった体で振舞っているけれど、ここ幻想郷では別人に身体を乗っ取られるとかそんな珍しい話でもないのだろうか。

 だったら記憶喪失なんて言い回っている方がよほど混乱を招いているような。どうしよう。今更ながら失敗した気がする。

 

「はーい、お待たせしましたパチュリー様。霊力によって行使できる現象についてですよね、関連してそうなのを持ってきましたよ」

 

 一通りの説明を終えたところで、ふわふわと飛んできた女の子が抱えていた本数冊を机に置いた。

 赤い髪のセミロングの女の子なのだけども、妖怪だろうか。耳の上あたりと背中に対になるように黒い羽が生えている。その子は私の存在に気が付くと、パチュリーの後ろから体を傾けて覗き込んでくる。

 

「あれ? そこの人間の女の子は新しいメイドですか? 珍しいですねぇ、人里からこんな離れているところにまで。これからよろしくお願いしますねー」

「……これ、こんな(なり)してるけど霊夢よ」

「人を指してこれとか言うな」

 

 紫から聞く限りでは博麗神社の巫女って幻想郷において唯一無二の重要な役職の筈なんだけど、会う人会う人にぞんざいな扱いを受けている気がする。

 それまでにこにことフレンドリーだった赤毛の女の子なんて、私の正体を知った途端に「ひぃっ」と悲鳴を上げると、小動物のように怯えてパチュリーの影に隠れてしまった。まるで鬼か悪魔かにでも会ったような反応だ。

 

「うわわ! またですか!? また私、スペルカードの有無を答える前に退治されちゃいますか!?」

「大丈夫よ。記憶喪失になったらしくて、とりあえず悪さをしない限りは手を出さないって」

「へ? あ、そうなんですか? よくわかりませんけど、ご機嫌損ねて退治されちゃ敵いませんから、私はあっちで本棚の整理してきますね!」

 

 わたわたと必死に背中の羽を動かして私とは逆方向へと飛んでいく女の子。いや、イラっとしたからって退治なんてしないのだけど、とりあえずお騒がせしてしまって申し訳なくなってくる。

 それより妖怪が顔を合わせるなりに私の機嫌を損ねないように逃げていくだなんて、さては『博麗霊夢』ちゃんも魔理沙みたいに辻斬りでもしていたんだろうか。それが幻想郷のスタンダードだとしたら、とんだ無法地帯である。

 

「ねぇパチュリー。何でまた今の子に記憶喪失なんて言ったのよ。別に私が口止めしといたって訳でもないのに」

 

 赤毛の女の子の姿が本棚に向こうへと隠れるのを確認してから、今しがたに浮かんだ疑問をパチュリーにぶつけてみた。

 本当のことを言っても幻想郷の人はすんなり信じてくれそうなので、私としてはあんまり隠そうという気もなくなってきているからそのまんま話してくれてもよかったのだけど。

 

「あのねぇ。霊夢がいなくなって残っているのは外側だけの別人だなんて広まったらどうなると思っているの。今までおとなしくしていた木っ端妖怪どもがそこら中で悪戯を始めてあっという間に大混乱になるわよ。やり過ぎな部分も多少…………じゃないわね。大部分がやり過ぎだったけれど、霊夢が幅を利かせているお陰で抑止力になっていたのも確かなんだから。けほっ……こほっ」

 

 パチュリーは「私としても、あまり騒がしいのは好きじゃないの」なんて、軽く咳き込みながら呟いている。

 なるほど、抑止力。そういう考え方もあるらしい。やっぱり記憶喪失って言っておいた方がよかったようである。流石は私、まるで予知していたかのように最善の行動を選び取る女である。

 

「で? 外の世界の人間の癖に、何でまた霊力の使い方なんて調べようとしているの?」

 

 私が密かに内心で自画自賛していると、咳が収まったらしいパチュリーから質問が飛んできた。

 

「紫の奴に博麗の巫女として仕事しろって言われちゃったのよ。空を飛んだりお札を使ったりなんかは出来るようになってたから、妖怪退治を頼まれたのだけどね。どうにも『博麗霊夢』が使えたっていう風除けの術が私には使えないものだから、もう寒くて寒くて。今日もここまで飛んできたものだから身体が冷えちゃってしょうがなかったんだから」

「ぢょ、ごほっ、ごほ! ちょっと待っで。空を飛べるですって?」

 

 私の言葉を遮って、酷く真剣な顔をしたパチュリーが声を上げた。慌てすぎてむせたようだ。

 顔を赤くして咳き込み、涙を浮かべながらも搾り出すように上げられた声は、これまでの話半分に聞いていた様子とはまるで違っていて有無を言わさない。

 

「と、飛べるわよ。ほら」

 

 その迫力に押され、実際に見せたほうが早いだろうとその場でふわっと浮いてみる。スカートがめくれないか不安なので、あんまり高く飛ばずに少しだけ浮かんでから着地する。

 別にたいしたことはしていない筈なのだけど、パチュリーは信じられないものを見たかの如く愕然とした表情を浮かべている。

 

「何であなたが飛べるの?」

「はい?」

「……お札も使えるって言ったわよね? ちょっと使ってみて」

「別にいいけど……」

 

 言われるがまま、スカートのポケットにしまっておいた結界のお札を取り出してぽいっと宙に投げつけた。もう慣れた物で、いつもどおりに空中に張り付くと文字が浮かび上がり、それもしばらくするとかすれて消えていく。

 パチュリーはお札を投げるところから文字が消えていくところまで目を凝らして見つめて、完全に結界が消えるなりに「やっぱり」と呟いた。

 

「あれ? もしかして、何かやり方間違えてた?」

「ええ、間違ってる」

 

 おおう、断言された。夜に布団に入っていたら勝手に浮いていたり、爆発させようと思ったお札が結界になったりと、知らずに覚えたものばかりなので仕方がないとは思うけども。

 いや、逆に考えれば、私の間違いを指摘できるパチュリーは正しい霊力の使い方を知っているということなのでは。迷惑ついでに正しい霊力の使い方を教えてくれたりはしないだろうか。

 どうやらパチュリーも何かのスイッチが入ったらしく、すっかり説明モードに入っている。私にとっても願っても無いことだ。真面目に話を聞くことしよう。

 

「……以前、魔理沙が霊夢の人間離れした弾幕回避のコツについてさりげなく訊ねてみたらしいのだけど、それを又聞きした私には何の参考にもならなかったわ。だって、あの飛び方は誰にだって真似が出来ないもの。聞けばあの子が空を飛んでいるのは『能力によるもの』であって、これといって霊力を消費している訳ではないそうよ」

「急に何よパチュリー。ええっと、能力の話?」

「そうであるし、そうではない話よ。いい? 霊夢は霊術を使えるけれど、それによって空を飛んでいる訳じゃないの。霊力・神力・妖力・魔力――どれを用いても、霊夢のように星の引力に影響されない飛び方なんて出来っこないわ。あの子だけが持つ『重力をも無視した飛び方をする能力』なのよ。おそらくだけど、霊夢は空を飛ぶ霊術なんて知らないんでしょうね。わざわざそんなものを使わなくても飛べてしまうのだもの」

 

 はぁ……。つまり霊夢は、霊夢にしか出来ないやり方で空を飛んでいるらしい。いつか咲夜が空間を操作して空を飛ぶのに霊力・魔力・妖力のどれも使わないと言っていたように、霊夢もまたそれを使わず飛べるということだ。

 …………あれ? でもそれっておかしくない?

 

「え? けど、私もこうして飛べているじゃない」

「そうね。では、何であなたは空を飛べるの? 霊術を無意識にでも使っているから?」

「そりゃそうでしょ。だって現にこうして飛べているんだし」

 

 そうでなければおかしな話になる。だって、霊夢が彼女だけの能力を使って空を飛んでいたのであれば、霊夢でない私が空を飛ぶのに霊術とやらを使えないと空を飛べないことになる。

 でも私は実際に飛べてしまっているわけで、結果が出ている以上はそうなるに至る手段が存在している筈である。

 

「霊術が使えていると言うのなら、どうして風除け程度の術が使えないのよ。こんなものはどの分野でも初歩の領域。魔法使いとしてまだまだ未熟な魔理沙にだって過不足なく使えるわ。少なくとも、あなたが今しがた使った結界術と比べたら入門もいいところ。それこそ霊力を持っている人間であれば効果の大小あれ無意識にでも出来ているものだわ」

「いや、どうして使えないのかなんて言われてもね。そんな術の使い方は知らないんだから当たり前でしょ?」

「それなら、当然あなたは空を飛べる術やお札を使う方法を以前から知っていた訳よね」

「う……それは、知らないけど」

「ほうら。だからおかしいっていうのよ」

 

 思わず私が言葉に詰まると、ようやく理解したかとパチュリーがこれ見よがしに呆れた様子を見せた。

 

「実際に見てみて確信が持てたのだけれど……あなたの空の飛び方も、お札を使っての結界も、どれも霊術に拠ったものではなかったわ。霊力を燃料にしているだけで、その手段は別。空を飛べるのも、お札を使えるのも、霊力で結界を作ることが出来るのも、霊夢が結果的に空を飛んでいる現象と同じ。能力によって過程を作って、同じ結果を再現しているだけよ」

「能力で飛んでいる……ねぇ。そういうものかしら」

「……何? わざわざ私が教えてあげたっていうのに、反応が薄いわね」

「だって、ちっとも実感が湧かないんだもの」

 

 呼吸するように出来るようになったものを、いきなり能力だから出来るんだなんて言われてもぴんと来ない。こうして何となしに出来てしまっているからこそ能力なのかもしれないけれど。

 何にせよやり方は何か間違っているらしいけども、こうして空を飛べているのならそれでいいと思う。不利益がある訳でもなければ、特に困ってもないし。

 

「ま、その辺はいいわ。パチュリー、結局のところ私の能力ってなんて名前になるの?」

「知らないわよ。能力なんて自己申告するものなんだから、答えなんてある訳がないでしょう」

 

 む、言われてみればそうかもしれない。けれども、一から説明してくれたパチュリーには悪いのだけど、いまいち私自身が私の能力とやらを理解できていない。

 理解できていないものを自己申告なんて出来るはずもない訳で、この件に関して私が頼れるのはパチュリーしかいないのだ。

 

「ね、パチュリー。何でもいいからヒントはないの?」

「ヒントって、あのねぇ。この紅白ってばもう、答えはないって言ったばかりなのに。ええと……」

 

 否定しつつも、それでも考えてくれるパチュリー。最初は素っ気無かったけど、結構面倒見がいいのだろうか?

 

「そうね。この幻想郷で一番に博麗の巫女の現状を把握しているとすれば、八雲紫でしょう。アレはあなたに対して何か言っていなかったの?」

「紫? うーん……」

 

 紫かぁ。気のせいでないなら、何だか知らないけど嫌われてるんだよねぇ。そいでもってお説教はいっぱいされたので言われたことは山ほどあるんだけど、大部分を聞き流していたのであんまり覚えてない。

 『やれるなら最初からやれ』だったっけ? あとは『甘い物を食べたらちゃんと歯を磨け』? うん、絶対違う。――――あっ。

 

「そういえば『私に必要なのは博麗の巫女としての自覚』なんて言われたことがあったわ。となると、『博麗の巫女の役割を果たす程度の能力』?」

「そうだとしたら、外の世界であなたは巫女の職に就いていなければおかしいわね。外界にも博麗神社は存在するということだし」

 

 私は東京の会社に勤める一OLをやっていた訳で、もちろんのこと巫女ではなかった。

 うーん、これも外れだろうか。いい線いってると思ったのになぁ。

 

「自覚ねぇ……あなたが空を飛べるようになったのは、博麗の巫女の役割を教えられてからよね?」

「ええと、そうね。魔理沙が泊まっていった日だから、その日の夜だったと思うわよ」

「だとしたら……そうね。もし私があなたの能力に名前をつけるとしたら、『あるがままでいる程度の能力』ってところかしら」

「『あるがまま』? 何それ?」

 

 せっかくの能力なのに、何だかすごい曖昧なんだけど。あんまり格好よくないし、咲夜の能力みたいに便利そうな感じもしない。

 

「あなたが博麗の巫女としての能力を得たのは、その役割を受け入れてからなんでしょう? 私の考えが正しいのなら、その一見して不可解な技能習熟の差は置かれた状況や与えられた役割に馴染む能力だからよ。弾幕ごっこで妖怪退治するのに必要だから空を飛べるようになった、大結界を補修するために必要だから結界術を操れるようになった、弾幕ごっこにも結界にも必要だったからお札を使えるようになった。どれも、博麗の巫女の役割には必要だからって理由があるわ。そう考えればぴったり当て嵌まるもの」

「えっと、それじゃ空は飛べているのに、風除けの術が使えないのは?」

「直接的には巫女としての役割に必要ないからでしょ。ま、私の仮説が合っていたらの話だけど」

 

 なるほど。確かに、風除けなんてできなくても私が恐ろしく寒いぐらいで、弾幕ごっこが出来ないなんてことはない。我慢すれば済む話な訳だ。

 そう考えたら非常に遺憾ではあるけども、パチュリーの言う『あるがままでいる程度の能力』っていうのはしっくりくる気がする。

 今の私は身体ごと博麗の巫女だから、その役割をこなすのに必要な技能が使えていると。こんな風に考えると、私もまるでゲームの中のキャラクターになったみたいだわ。

 

「ん? ……そうなると私は風除けの術をいつ使えるようになるの?」

「必要ないなら死ぬまで使えないんじゃない?」

 

 何なのそれは。死ぬまで寒いままとかひどすぎる。


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