アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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妖怪と取っ組み合いする私。

 

 静葉と会ったあたりから私が全速力で飛んで十数分ぐらいだろうか。山から流れ出る小川の側、ところどころが枯葉色に染まる草むらの中にしゃがみこんでいる静葉の妹らしき女の子を見つけた。

 ちなみに私の飛ぶ速度はやっぱり遅いらしい。途中で何となしに速度を上げた静葉に、あっさりと置いて行かれそうになった。全然追いつけないものだから変な笑いが出ちゃったほどだ。

 

「穣子」

「あら。お姉ちゃんが人間と連れ添ったりなんて珍しい。どうしたの?」

「聞いて穣子、私たちにもようやく人並みの神らしい生活を送れるのよ。あそこにいる霊夢が、私たちを博麗神社の配祀神として祀ってくれるって」

 

 並んで飛んでいた静葉が私を追い抜いていく。置いていかれた私は、妹さんから少し離れた辺りに着地した。まずは静葉が話をつけてくるとのことなので、二人の会話が終わるのを待つことにする。

 ここに来るまでに静葉に聞いていたけれど、妹さんは(あき) 穣子(みのりこ)という名前らしい。名字にあるように穣子もまた秋の神様であるとのことだ。

 連れて行かれた穣子を眺め見れば、静葉と同じ金色の髪は肩に届かないぐらいのところでカールしていて、またシニョンキャップを大きくした感じの妙ちきりんな赤い帽子を被っている。淡い黄色に染められた上着に、赤色のエプロン。小豆色を更に深くした、羊羹(ようかん)色のスカート。姉の静葉と同じく、赤や黄色を基調にした色彩である。静葉をすらっとしたキレイ系とするなら、穣子はふっくらとしたカワイイ系というところ。

 二人がちょっと離れた所に飛んでいったので、のそのそと歩いてさっきまで穣子がいた辺りを眺め見てみる。彼女が見ていたのはいくつも咲いているこの黄色い花かな。これは――ちょっと自信ないけど、ツワブキだと思う。光沢のある葉っぱから花の部分だけが上に伸びていて、その間の茎はアクが強いけれど、それさえ何とかしちゃえば食用に出来た筈。食べ頃は春だったと思うけど、うーん、どうやって調理すればいいのやら。とりあえず湯がいてアク抜きして、煮物にしておけばハズレなしってとこかしら。持ち帰って神社の裏手にでも植えておくべきか悩んだ挙句、植わっているツワブキをちょっと引っ張ってみる。

 

「お待たせ」

 

 結構しっかりと根が張っているらしく、私の力じゃ引っこ抜ける気配がない。どうもスコップか鎌でも持ってこないと無理そうである。あきらめて立ち上がったところで静葉が歩いて戻ってきた。後ろには穣子もついてきている。二人に共通しているのって髪色と服の色合いぐらいで顔立ちは真逆にさえ見えるのに、並ぶとちゃんと姉妹に見えるから不思議なものだ。

 

「話は済んだの?」

「ええ。穣子も是非にってことだから、改めてよろしく頼むわね。ほら、穣子」

 

 静葉の影に隠れていた穣子は背を押されて私の前に歩き出てきた。彼女が近づくと一緒に甘い香りが漂ってくる。さつま芋を焼いている時の匂い。反射的に口の中に唾が出てくる。小腹が空いてきた。

 

「あの、秋穣子です。この度は宿無しの私たちを祀ってもらえるということで、何とお礼を言っていいものか」

 

 深々と頭を下げる穣子。下げられた私としてはちょっと戸惑ってしまった。住むところぐらい提供するつもりだけど、それもこれからのことなのでそう恐縮されても、というところである。

 

「礼はいいわよ、宿代は働いて返してもらうつもりだから。あ、自己紹介ね。私は博麗神社の巫女で、博麗霊夢と呼ばれている者よ」

「霊夢さんですね。ご迷惑をおかけしてしまいますが、どうかよろしくお願いします。その、私たち二人がお力になれればいいのですけど……」

 

 それにしても、穣子は神様にしてはどうも腰が低い。というか、気が弱いようにさえ見える。私がそんな風に穣子を観察していたら、姉である静葉が渋い顔をしていた。

 

「こら、穣子。そんな風にあんたに威厳がないから、私よりずっと人間に近いところにいる癖に大した信仰も集められないんじゃない」

「だって、そりゃただの人間相手だったら相応の態度も取れるけど、私たちにとって霊夢さんは大家さんみたいなものだもの。ご好意の上に胡坐をかくわけにはいかないわ」

「それが威厳がないって言っているのに」

 

 穣子は神様なのに礼儀正しい。この幻想郷では珍しくも常識的な人物であるようだ。ちなみに姉の静葉は、ぷんすかして「神様なんだから多少理不尽なぐらいでちょうどいいのよ」なんて言ってる。

 正直なところ、私はこの神様二人とどう接していいのかまだ決めかねている。巫女らしく敬った方がいいのかもしれないけど、いい気になられてあれやれこれやれと顎で使われようものなら私は二人を神社から放り出しかねない。招いておいてなんだけど、自分のペースが他人の都合で崩れるのってイヤなのよね。まぁ、最初のうちはしょうがないかもだけど、最終的には食い扶持ぐらいは自分で稼いでもらわないと。

 

「そうね。お力になれればなんて他人事のように言っているけど、穣子にはどうやら覚悟が足りていないわ。逆に静葉は人間が相手だろうと多少でいいから愛想をよくしなさい。これから博麗神社がどれだけ客引き出来るかは、あなたたち二人にかかっているといっても過言じゃないのよ」

「他人事はどっちなのよ。あなたが巫女として務めている神社のことでしょうに。それに集客とかならまだしも客引きってねぇ、変なお店か何かじゃあるまいし」

「神様信じてない人にとっては、まぁ似たようなものでしょ」

「この子、本当に巫女なのかしら……」

「なんと、この幻想郷で唯一の巫女らしいわ。八百万もいる神様よりよっぽど稀少なんだから私を保護して欲しいくらいよ」

 

 言い終えると、ふわっと宙に浮かぶ。穣子と合流も済ませたのだから、さっさと仕事に戻らないと。与太話は神社に戻ってからゆっくりやればいいものね。

 

「さ、それはともかく妖怪退治のお仕事よ。期限は今日の夜までなのだから、帰る時間も考えると早いうちに終わらせなきゃ」

「えっと、悪さをしない妖怪の姉妹だったわよね? 捜すのは手伝うけど、他に何か特徴とかは聞いてないの?」

「秋に葉っぱを赤くして回る姉妖怪と、秋の作物を大きく実らせる妹妖怪とか言ってたわ。話だけだと良い妖怪に思えるのだけど、こらしめろって依頼があるぐらいだしさては生贄を要求したりするのかしらね」

 

 紫の言葉を思い出しながら肩を竦めて妖怪姉妹の特徴を伝えると、二人はぽかんとした後にお互いを見やり、その後にむっとした表情になって眉尻を吊り上げた。

 

「どうしたのよ? 二人して顔を見合わせたりなんかして」

「霊夢さん、それって人里の誰からの依頼なんですか? ちょっと神罰を与えてやらないと」

「人間からの依頼じゃないわよ。あなたたちが知ってるかわからないけど、八雲紫っていうすんごい面倒な奴からの頼まれごとなの」

「えっ、よりにもよって妖怪の賢者!? どうしよう、私と穣子の二人がかりでだって絶対勝てないわよ。会ったこともない私たちを、何だって……」

 

 依頼人の名前に何やら二人して驚くと、顔を寄せ合って小声でこしょこしょと内緒話をしている。そういえば慧音も知ってた上に敬っていたようだし、紫って実は有名人なのだろうか。生き字引き的な意味で。

 

「ほら、何だか取り込んでいるようだけど、さっさとその妖怪姉妹を捜すわよ」

 

 そうして私が飛び始めると、後ろからのろのろと二人が付いてくる。何でか揃って血の気の引けた沈痛な表情を浮かべていて、さっきまでのように内緒話をするわけでもなく無言。端的に言って不気味である。

 

「あ、ところで、あなたたち二人は何が出来るの? それっぽいご利益があるならお守りでも作ろうかと思ってるんだけど」

 

 珍しく私が気を利かせて話題を振ると、何故なのか二人は目を見開いてがたがたと震えだした。ぎゅん、と進行方向に静葉が躍り出ると、気をつけの姿勢で立ち塞がった。遅れて穣子が静葉の横に並んで同じように姿勢を正す。

 

「私は紅葉を枝から落とす神! 落ち葉を積もらせて、掃き掃除を大変にすることが出来るわ!」

「ええっ!? ええと、私は、その、そう! 嫌なことをする人間の畑を踏み荒らしたりする神様ですよ?」

「……あんたら、祟り神じゃないでしょうね?」

 

 出来ることと聞いてそれらが出てくる辺り、神社が作ってもらえない訳だと納得する。妖怪って言われた方がしっくりきそうな二人である。

 特に穣子は常識人だと思っていたのにやっぱりどこかのネジが緩んでいるらしい。あーあ、慧音と私の二人っきりの常識人チームに新メンバーが加入するかと思ったのにな。残念。

 

 

 

 結果から言うと、悪いことをしない妖怪姉妹とやらは見つからなかった。遊んでいる妖精に尋ねてみても要領を得ないか、見たことも聞いたこともないと返ってくるかのどちらか。静葉も穣子も協力はしてくれたもののなんとなく気が進まない雰囲気だったし、五、六時間も掛けて麓の一通りを飛んで見て回っても全然見つからなかったから早々に諦めて、二人の引越しの準備を始めたのだった。

 静葉と穣子が布団やらの家財道具を背負って、赤く染まった空を飛びつつ何とか暗くなる前に神社に辿り着くことが出来た。荷物もあるから日が沈むぐらいの到着を見越して出発したんだけど、多少は飛ぶ速度も上がったのかもしれない。

 

「ここが博麗神社よ」

 

 静葉に会って気づいたのだけど、神社にも神力ってあったのね。空気がまるで違うのだ。今まで気づかなかったのは鳥居の外にも出ずに神社の境内の中で引きこもっていたからだろうか。けれども一度認識してしまえば鳥居から内側はまるで異界のようにさえ見える。そのまま神様である静葉や穣子の側に比べれば、神力自体は相当薄まっているようだけれども。

 そんな風に神社の周りの神力を視認した途端、頭の中にばつん、と火花が散った。きんきんと耳鳴りがする。石段の前に降り立ち、神様姉妹の二人の案内をするように境内への鳥居を潜り抜けるまさに直前のことだ。

 

『……ぇ、……える? ねぇ? あっ! 繋がっ……!』

「誰?」

 

 左手でこめかみの辺りを押さえ、よたよたとよろけるように鳥居をくぐる。周波数の合っていないラジオのようなノイズの中で、微かに聞こえてきたのは低めの女性の声だった。幻想郷で私が今までに会った、誰の声でもなかったと思う。

 よろけた脚を叱咤し、石畳で出来た参道の上で立ち直る頃には、耳鳴りも誰かの声もぱったりと途絶えていた。

 

「霊夢さん、どうしました? 大丈夫ですか?」

「立ち眩み、かしら。それに、何だか女の人の声が聞こえたのだけど」

「私には何も聞こえませんでしたよ?」

 

 続いて静葉を見れば彼女も首を横に振る。どうやら聞こえていたのは私だけのようだ。また声が聞こえてこないか耳をすませてみても、先ほどのノイズ音はすっかり消えているし、耳鳴りだって嘘のように治まっている。

 

「……どうやら幻聴だったみたいね。慣れない遠出なんてしたものだから、知らない間に疲れが溜まってたのかしら」

「とてもじゃないけど、そんな繊細そうには見えないわ」

 

 なんだとう。こちとら油ものがちょっときつくなってきた年齢だぞ。ちょっと食べ過ぎると胸焼けだってするし。何故か若返ってからの方がお肉とか揚げ物と縁遠くなっちゃってるけどね。あー、紅魔館で食べた鶏肉は美味しかったなぁ。お肉食べたい。

 心配そうにしてくれた穣子に大丈夫だと手を振って返し、睨め付けてやろうと静葉を見たら彼女の顔はお化けにでも会ったかのように引き攣っていた。

 

「遅いわよっ!」

「ひぁ!」

「ひぅっ!?」

 

 背後へ振り向いてみれば、腕を組んでは仁王立ちしている紫の姿が。すごい。私と相対するなりに紫の足元で妖気が渦巻き始めた。漫画みたい。対して、荒ぶる紫を見た静葉と穣子が悲鳴を上げて、私の影に隠れる。こいつらは本当に神様なのかしら。

 

「何だ、誰かと思えば紫じゃない。来てたの?」

「来てたの、じゃないわ。昨日の夕方に一度経過を聞きに来るって言っておいたでしょう? 待てど暮らせど帰ってこないのだもの」

 

 あー、そんなこと言ってた気がする。でも大雨だったし、そればっかりは仕方ないと思うのだけど。

 

「そうは言っても、あんたに言われたとおり妖怪退治しに行ったら大雨に降られちゃったんだもの。不可抗力よ」

「……もう。件の二柱を連れて帰ったということは依頼自体は達成したのでしょう。今回ばかりは不問としておきますわ」

「はぁ? 何言ってるのよ。いくら捜し回って聞き込みしても妖怪姉妹なんていなかったから、さっさと切り上げて帰ってきたのよ」

 

 私の発言がすぐには理解できなかったのか、それまで余裕ある風に薄く笑んでいた紫が目を白黒とさせている。私は私で紫が何を言っているかよくわからない。何やら紫は暗に二人のことを妖怪と言っているようなのだけど、この祟り神や妖怪としかいえない能力を持つ二人ではあれ、神社と同じ気質を持っているので神様なのは間違いがないのだ。

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいな。なら、そこの二人をどうして連れてきたの?」

「住む神社がないって言うから、うちの神社に居候させてやろうと思って」

「弾幕ごっこは?」

「してないわね。あ、行きにレティっていう妖怪は弾幕ごっこのルールに則って倒したわ。それが依頼の代わりってのは駄目?」

「……」

 

 ぺたん、と腰砕けになって砂利の上に崩れ落ちる紫。首がかくんと落ちている。

 

「ちょっと。そんなところに座るとスカート汚れるわよ」

「僅かばかりで構いませんので、お黙りあそばせ」

 

 なんか紫が壊れた。ちゃんとした日本語を喋れなくなってる。でもなんだかんだ言って私の中の紫像ってどこか壊れてるし、まだ許容範囲なのかしら。

 「いつもの事か」とぼそりと呟くと、私の背中に隠れていた静葉と穣子がぎょっとした顔で身を引いた。何でかまた、紫に対してでなく私に腰が引けているようなのだけど。

 

「ま、いいわ。放っておけってことなら遠慮なく放っておきましょ。とりあえずお夕飯の用意しながらお茶でも淹れましょうか。静葉と穣子は案内するからとりあえず居間でくつろいでて」

「霊夢さん、霊夢さん。その、そんな無碍にしちゃっていいんですか? あの八雲紫なんですよ」

「あのも何も、生憎私はこんな紫しか知らないもの。ご飯が炊き上がる頃には立ち直ってるわよ、きっとね。紫ー、気が済んだらあんたも居間に来なさいよー」

 

 紫が項垂れながらもこくんと一回首肯したのを確認して、鼻歌を歌いながら居間へと歩いていく。静葉と穣子も視線を私と紫の間で彷徨わせておろおろしていたようだけど、最終的に私についてくることにしたようだ。

 

 

 

 今日から神社に住む神様姉妹の為に私なりにご馳走を用意したい。明日からは普段通りにしても、せめて初日ぐらいはね。そうして冷蔵庫(天板に氷を入れて冷やすらしいけど、その氷がないのでただの食材入れになってる)を覗き込むも、中身が増えたりはしてくれない。

 うーん、紅魔館でいただいた咲夜お手製の食事とだと、食材の関係でどうしても見劣りしてしまう。お肉なんて贅沢は言わないから、せめて主菜に焼き魚ぐらいは用意したいところなのだけど、我が神社の動物性たんぱく質は煮干しかない。流石の私でも煮干を焼き魚にするのは無理である、手詰まりだ。

 しょうがないので手持ちの食材でやれるところまでやるしかない。まだ里で買ってきたにんじんとごぼう、里芋が残っているので、きんぴらごぼうに里芋の煮っ転がし、後はいつものネギのお味噌汁に大根とかぶのお漬け物、ご飯ってとこかしらね。いつもよりお夕飯を作り始める時間が遅いので、ちゃちゃっと済ませよう。

 

 一月も経てば手馴れたもので、火起こしにもそれほど時間がかからなくなってきた。ご飯を炊き始めると炊飯ジャーのように放ったらかしという訳にもいかず、火加減やらで台所を離れられなくなる。なので、動けるうちにお茶の用意をして居間に持っていったのだけど、紫はまだ帰ってきていなかった。静葉と穣子はちゃぶだいの前に並べてあげた座布団を、わざわざ壁際に運んでまで隅っこに座っている。いつ戻ってきてもいいようにと並べておいた紫の分の座布団だけがちゃぶだいの側にぽつんと置かれたままだ。

 

「何してるの?」

「あ、いえ……」

「お気になさらず……」

 

 声を掛けてみれば、静葉と穣子からか細い声が返ってきた。穣子はともかく、何故か静葉まで私に対して敬語になっている。わざわざ隅っこに座っているし、妙にびくびくして私に視線を合わせないし、急に敬語を使い始めるしで神様の癖に情緒不安定なのかしら。

 まぁ隅っこが落ち着くのなら各々お好きにくつろいでくれたらよろしい。とりあえず二つの湯飲みにお茶を注いでおく。と、ふすまが、ずずずず、とゆっくりと開いた。半分ぐらいの開いた隙間から、のろのろとした足取りで紫がやってきた。

 

「あら紫、もう満足したの?」

「そうね。以前の霊夢にするのと同じように、回りくどい依頼をした私が悪かったのでしょうね」

「まぁまぁ。何だか知らないけど、次回にその反省を活かせばいいのよ」

「あなたに言われるほど釈然としないこともないわ」

 

 私を横目で睨みつけるとちゃぶだいの側にある座布団に座り、今しがたに淹れたばかりのお茶を啜り始めた。紫も来たので追加でもう一つお茶を注ぐと、ちゃぶだいの上、静葉と穣子の方へ寄せておく。

 

「それじゃあ私はお夕飯の準備に戻るから、出来上がるまでは三人とも適当にくつろいでて」

「あ、霊夢さん! 私、手伝いますよ! 手伝わせてください!」

「霊夢! 私も手伝うわ! だから連れていって! お願い!」

「そんなのいいわよ、それほど品数もないことだし。それに明日からは神社のことでこき使わせてもらう予定なんだから、今日だけはお客様らしくのんびりしてなさい」

 

 二人が殊勝なことを言い出したのでやんわりと断る。うんうん、居候としての心構えが出来ているようで感心である。にっと微笑みかけてから廊下に出てふすまを閉めると、途端に部屋の中から物音が消えた。会話も聞こえてこない。紫も神様姉妹も、お互いを知ってはいても初対面だったみたいだし緊張しているのかもしれない。

 

 

 

 これといって会話のない物静かな夕食を終えて一息。ようやくお茶を飲むことの出来た私は、ちゃぶだいの上にだらけた。何だかんだ疲れてたみたい。

 ちなみに、頑張って腕を振るった夕食は紫には前と同じで好評だった。静葉と穣子は「あんまり味がしなかった」とのことである。濃い目の味付けが好みなんだろうか。きんぴらなんかは結構ご飯が進む味付けだったと思うのだけどなぁ。

 その静葉と穣子は今この場に居らず、だらけた私と澄ました紫だけである。あの姉妹は食器を洗ってこようと立ち上がった私を引き止め、何としてもということで代わりに洗い物を受け持ってくれたのだ。食器を抱え、足取り軽く台所へと向かっていった。

 

「で、結局のところ紫はどういうつもりだったのよ?」

 

 料理しながら暇つぶしに思い返していたのだけど、神社に待ち構えていた紫は色々おかしかった。特に、神様姉妹を連れてきたのに、それを見て妖怪退治の依頼達成だと早合点したことだ。それはつまり、退治しろと言われていた妖怪姉妹は、静葉と穣子の二人を指していたということになる。

 

「それは、あの二人を妖怪と偽って依頼を出したこと? それとも、何故あの二人を退治するよう仕向けたかということ?」

「両方よ。あと、隠していることがあるならそれもね。思い当たることがあるなら全部吐きなさい」

 

 悪びれもせずに言ってのけた紫は、目を瞑って、ふう、と息を吐き出した。ゆったり姿勢を正して私を真正面に見据える。

 

「何を目的にしていたのかを簡潔に言うなら、霊夢が神降ろしに似た儀式を行った結果として今のあなたになったのだから、あなたを神と接触させてみる必要があった、というところかしら」

「ふうん。それじゃ、あの二人のことを妖怪だなんて嘘をついたことに関しては?」

「幻想郷外の人間であるあなたに、『神をこらしめてこい』なんて言って素直に頷くとは思えなかったからよ。そして一度妖怪退治に赴いてしまえば、出会った者は妖怪でも神でも見境なく退治するものと思い込んでいたの。元の霊夢がそうしていたようにね」

 

 紫は「これは私の落ち度」と呟いた。つまり博麗霊夢も魔理沙のような辻斬り気質を持っていたようである。そして、私は紫にそれらと同類だと思われていたということでもある。

 

「お生憎ね。私は平和主義なの」

「道中、レティという妖怪を退治したと聞いたのだけれど?」

「……毎日の食事に困ってなければ平和主義なのよ」

 

 紫の鋭い指摘にぐうの音も出ない。賽銭による収入がないので、報酬がもらえそうな相手だということでレティを退治したのだけど、博麗霊夢もそうだったのだとしたら確かに私も同類である。何が悪いかと問われれば貧乏が悪い。

 

「そもそも、元に戻る方法より先にこの身体の持ち主がどこにいるか探してくるべきじゃないの? 私の身体が昏睡状態になっていて、博麗霊夢は別のどこかにいっちゃってる可能性もあるんだし」

「……ああ、そうね。昨日のうちに伝えようと思っていたのだけど、帰ってこなかったものだから忘れていたわね。あなたが住んでいたという東京の住所を訪ねてみたけれど、そこには聞いていたような一軒家なんてなかったわよ」

 

 言葉が別の言語のように聞こえてしまってしばらく理解できず、思わず首を捻ってしまった。

 

「えっと? ちょっと待って、東京都足立区中央本町の○-××-□□よ。ちゃんと調べたの?」

「ええ、その住所で間違いないわ。記憶力には少々自信があるもの。区役所から二本離れた通りの住所ね。一戸建てではなく三階建てのマンションで、一階が小さなコンビニエンスストア。もちろん二階と三階の居住者にあなたの言っていた名前はなかったわ。周囲は住宅街だったけれどマンションやアパートが立ち並んでいて、小道を入っていかないと一軒家はなかったわね」

 

 意味がわからない。確かに、私の家は紫が言っていた区役所から二本離れた通り沿いにあった。周囲の環境も、住所も間違っていない。なのに、そこは私の家じゃないというのだ。後は私が住所を間違えて覚えている可能性ぐらいだけれど、流石に十数年住んでいた家の住所を間違えるほど幼くもなければ、歳を食ってボケてもいない。

 

「ついでに、念のために周辺一キロ四方の住民を調べてみたけれど、あなたの元の名だという姓名に合致する人間は存在しなかったわね。わかりやすく言うなら、あなたは外界の人間でもなかったということなのでしょう。おそらく元のあなたの身体に収まっている霊夢も、幻想郷や外界を含めたこの世界には存在していないということでもあるわ」

 

 日本の一部地域を結界で切り離して、幻想郷というところを作り出したと以前に紫から聞いた気がする。当然ながら結界の外には依然として日本が存在している訳である。けれども、その日本には私の住んでいた住所に私の家はなく、それどころか私が住んでいた痕跡すら見つからなかったというのである。住民票の写しを取りに行ったこともあるのだから、家自体がないなんてそんな筈はない。

 

「何、ソレ?」

「ふふふ、流石のあなたも混乱しているようね」

 

 頭の中が真っ白になって目をぱちくりしている私。それを見て、紫は愉快そうに哂っている。こいつも魔理沙と同じで、他人が困っているところを見るのが大好きな人種か。おのれ、意地が悪い。

 あ、なんか紫に対してイラッとしたら混乱の方はちょっとだけ落ち着いてきた。とりあえずお茶を一啜り。お茶は心の清涼剤である。

 

「……それじゃ、私はどこの日本の東京に住んでいたってのよ」

「答えはもう、あの人里の半獣が言っていたでしょう。『神の住まうような世界にある日本の東京』ということなのでしょうよ」

「外界以外にも、日本も東京ももう一つあるということ?」

「この世界にはないわね。でも違う世界、あるいは違う時間にならあるかもしれないわ」

 

 これまた抽象的なこと。一人で訳知り顔して感じ悪いわ。紫ってきっと友達少ないんでしょうね。

 

「あー、もう。結局どうすればいいのよ。紫、何か手はないの?」

「手は打っておいたわ。で、既に失敗しているの。本当はあの姉妹との弾幕ごっこで神の気質を体感してもらって、以前の霊夢と今のあなたとで条件を揃えるつもりだったのよ」

 

 深くため息を吐いた紫は、じとっとしたまとわりつくような目をしている。さも悪いのはお前だとでも言うような目つきだ。こいつめは自分の説明不足を棚に上げてからに。

 

「しばらくの間行動を共にしていていつもと変わらない調子なのだから、神気を感じることも出来ていないのでしょう? まったく。そもそも前提としてあなたも巫女なのだから、神気に適性があって然るべきというのに。弾幕ごっこでもすれば、博麗の巫女として学んでくれるものと思っていたのだけど、買い被りかしら……」

「神気って静葉と穣子の周りのあれのこと? 使えるか知らないし使おうと思ったこともないけど、視るだけなら視えているわよ」

 

 ぶちぶちと文句を垂れながらお茶を啜ろうとしていた紫は、ぴたりと動きを止めた。そのままの体勢で目線だけこちらに向けてくる。

 

「神気が視えるようになって、何か、変わったことが起きたりは?」

 

 紫に言われるがまま、静葉の異様な気配に気づいた時に何かあったか思い出してみるけれど、これといって思い当たることはない。相手が神様だからといってひれ伏したくなったりもしなかった。穣子とも普通に話していただけだったし。

 

「特にはなんにも」

「はいはい、とっくに存じてますわ。あなたに期待しても容易く裏切られるってことは。はぁ……。どちらにしろこの方法はハズレだったということね」

 

 私の言葉に被せ気味にそう言うと、紫は目を瞑って口元に寄せていた湯飲みからお茶を啜った。しょぼくれている。

 静葉と会ってから何かあったか思い起こしていた私は、そういえば神社にも神力だか神気だかが満ちていたことを思い出した。中で過ごしていると慣れてくるのかそれとも感覚が麻痺してくるのか、意識していないと空気と同化してしまって気づかなくなってしまうのだ。

 

「あ、そういえばこれは関係ないと思うのだけど、神社の神気を視た瞬間に頭の中に女の声が聞こえてきたりしたわね。すぐに聞こえなくなったけど」

 

 紫は、私の発言にこれといった反応も見せず、無言で湯飲みをちゃぶだいに置いた。神気とやらが見えるようになってから時間が経っていたので違うとは思っていたけど、やっぱり関係なかったかしらね。

 

「どう考えてもそれが変わったことじゃないの!」

 

 と、私が油断したところで、ずあっと身を乗り出した紫に両肩を掴まれて、気圧されてなすがままに立たされるとビンタされた。続いてゲンコツを頭のてっぺんにもらって、私が痛みに頭を押さえてうずくまると今度は背中を手のひらでばしばし叩かれる。手加減してくれてるのかそれほど痛くはないけど、何なの!? 何で私はこんな扱いされてるの!?

 

「この! 一発は一発よ!」

 

 やられたままでなるものか、と引き続き背中を叩こうとする紫の手を振り払って、その右頬にビンタをお返しする。霊力をまとわせないと駄目だということは以前に紫本人から聞いていたので、渾身のやつをお見舞いしてやった。

 妖怪でも流石に霊力マシマシは効いたのか、ちょっとよろけた紫をとっ捕まえて地面に引き倒し、帽子を剥ぎ取ってゲンコツを食らわせてやる。流れるようにうつぶせに転がして、腰にのしかかると紫にされていたように背中をばしばし叩き返してやった。

 

「痛い! ちょっと、私はそんなに強くやってないでしょう!」

「熨斗つけて返してやってるだけよ! 背中は七発だったわよね! よん、ごー、ろく、なな! はい、終わり!」

 

 やられた回数分を返してから手をぱんぱんと払って立ち上がると、開放してやったのに紫はそのままのうつぶせで動かない。もしかして泣いちゃったのだろうか。今更ながら心配になって顔を覗き込むと、眉をハの字にしながら何でか口元はにやにやしている。

 

「何であんたはまた叩かれて笑っているのよ。気持ち悪いわね」

「ふふ、私は実はね、どう境界を越えても霊夢を見つけることが出来ないものだから、ふてくされていたの。だけれど、それが間違いだと気づいてしまったのよ。今ね」

「はぁ? その女の声が霊夢かどうかなんてまだわからないじゃないの。間違いってどういうことよ」

「そうね、間違いというよりは、勘違いだったのかもしれないわね。ねぇ、霊夢」

 

 そう言うと私を見て、くすくすと鈴を転がしたように笑う。その視線は妙に暖かい。直前のやり取りからどうして笑っているのか理解できないので、なんだか気味が悪かった。Sっ気が強そうに見えたのだけど、実はM属性の方だったのだろうか。私はどっちでもないと思っているので対応に困る。

 

 ちなみに、私が紫にやり返していたところは静葉と穣子には目撃されていたようだ。ちょうど私が頬を張り返したところで食器洗いを終えて居間に戻ってきていたらしい。

 立ち尽くしている二人と目が合うと、彼女たちは冷えているだろう廊下に正座し、引き攣った笑みを浮かべてから「実家に帰らせてください」と震えた声で頭を下げた。あまりに突っ込みどころが多すぎて、寝そべっていた紫も、その紫の顔を覗き込んで四つん這いの私も、そのままの体勢で固まってしまったのだった。


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