アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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文化の違いに戸惑う私。

 

 どうやら私は、霊力の量だけならかなり優秀な方であるらしい。紫に確認を取ってみたところ、本物の博麗霊夢にこそ劣れど現時点で歴代の博麗の巫女の中で上位に入るようだ。ただし弾幕ごっこの実力はヘボもいいところで、ダントツの最下位とのことである。空を飛べるようになってまだ数日なのだから、そこは今後の活躍に期待してほしい。

 ともかく、スペルカード弾幕を打ち消せる霊撃レベルの霊気を妖怪に直接叩き込む容赦ない巫女と、弱い妖怪なら消滅してもおかしくないそれを喰らってぴんしゃんしている紫。その上、幻想郷において有数の実力者である紫より、力関係が私の方が上に見えたものだからとんでもない。

 そんな私と紫の微笑ましいやり取りを見て、静葉と穣子はこれからの生活に猛烈な不安と命の危険(物理的な要因で死ぬことはまずないらしいけれど)を覚えたとのことであった。

 

「と言うわけでして、神とはいえ力が妖怪と大差ない私たちは、霊夢さんのビンタ一発で数日間、意識不明になって寝込みかねないんです……」

 

 急に帰ると言い出した静葉と穣子に頭を上げてもらって、どういうことか訊いてみると穣子からそのようなことを震える声で言われた。私や紫に目線を合わせないよう伏せながら、見てわかるほどには怯えられている。

 静葉たちにも、私が魔理沙たちと同じく辻斬りするタイプの人間と思われているのだろうか。レティの件を紫から指摘されたばかりで、全部が全部を誤解とは言い切れないのがつらい。とりあえずはそうそう暴力を振るったりしないってことだけは伝えておかないと。

 

「あのねぇ。別に神様や妖怪なんかに関わらず、知り合いにはこっちから手を出したりはしないわよ。悪いことしたりしない限りは」

「えっ、それじゃあ、もし私たちが神社に祀られるようになってから他人様の迷惑になるようなことをしたら……?」

「迷惑の度合いによるけど、あんまり酷いようならその時は私の飯の種になってもらうことになるわね」

 

 静葉と穣子は揃って口をつぐみ、目元を震わせて強張ると、顔色を青白くした。

 あれ、なんだろう。ここで二人してそんな反応をしたってことは、悪いことをするつもりだったのか。流石にそれは神社の評判に関わってくるので看過できないのだけど。

 

「ああ、そういえばあんたら、落ち葉を降らして掃き掃除を大変にする神様と、他人様の畑を踏み荒らす神様なんだっけ? 退治しておいたら里の人に感謝されるかしら」

「違うの、待って! あれ、嘘! 嘘だから! 私は紅葉の神として木々を彩り、穣子は豊穣の神として作物を実らせ、二人とも人間たちの役にも立っているわ!」

 

 静葉がわたわたと手を振って、必死に首を横に振っている。続いて穣子を見れば、姉の言葉を受けてこくこくと首を縦に振っていた。うーん、単なる言い逃れする為の言い訳ではなさそうだ。

 

「もう。人様の役に立ちそうな能力を持っている癖に、なんだってまたそんな嘘をついたりしたのよ」

「その、だって、退治を依頼されるようなことをした心当たりなんてなかったし、退治しに来た博麗の巫女を追い返しても、その後に妖怪の賢者本人が出てきたらどうなるかわかったものじゃないから……」

 

 静葉は私に顔を向けつつ、ちらちらと目線だけやって紫を盗み見ている。神様に怖れられるほどの実力をお持ちであるらしい紫は、そんなことを意に介さずにお茶を啜っていた。

 

「つまり、依頼内容を偽った紫が悪いってことよね?」

「霊夢が問答無用で退治しておけば後腐れなかったのよ」

 

 空になった湯飲みに勝手にお茶を注いでは悪態を垂れた紫。びくりと身体を振るわせて身体を縮める静葉と穣子を見て、私は眉根を寄せて紫を睨みつける。

 

「紫。あんたねぇ、私はともかく無関係なこの子達にまで迷惑かけておいてその態度はどうなのよ。妖怪の賢者なんて言われてる癖に、大人げがないったらないわ」

「……そう、そうよね。事情があったとはいえ今の霊夢のままでも幻想郷が維持出来ている以上、それは何の言い訳にもならないわね。お二方には謝罪させていただくわ、ごめんなさいね」

「い、いえ! びっくりはしましたけど、実際に霊夢さんに退治された訳でもありませんから」

 

 嫌っている私への反発心から半ば意地になってのことだと思うのだけど、ちょっと酷い言い草だったので注意したら、紫はまばたきを何度かした後に素直に自分の非を認め、なんと軽く頭を下げて謝罪の言葉まで口にした。

 軽くとはいえ紫に頭を下げられた静葉と穣子は恐縮しきって、うろたえてしまっている。むう。私に礼の言葉云々って時は本当に口だけだったってのに、何だか納得がいかない。

 

「ふふ。それにしても、よりによってあなたに正論で諭される日が来るだなんて思ってもみなかったわねぇ」

 

 謝罪を済ませた紫がお茶を啜っては、笑みを作ってそんなことをのほほんと口にした。

 んん? ……何だかおかしい。紫の私への対応がいつもと違う気がする。全体的に何だか緩いのだ。普段の紫は何が気に食わないのか、私の一挙手一投足を観察しては意地悪な姑みたいに粗探ししているのだけど、今はさながら孫の悪戯を見守るおばあちゃんのようである。私としては今のような緩い紫である方がお説教をしてこないので好ましいのだけど、とにかく気味が悪い。

 そんな風に頭の中のもやもやと格闘していると、紫が両手の平を打ち合わせた。

 

「そうそう。妖怪退治が出来るかどうか確認するという名目で依頼を出したことだし、一応妖怪は弾幕ごっこで退治したということだもの。忘れないうちに報酬を渡しておきましょう」

「あー、いいの? てっきり依頼未達成で無報酬とか難癖つけられるものと思ってたのだけど」

「私が言い出したことだもの、そういう訳にもいかないでしょう。けれども指示した通りではなかったのだから、約束しておいた報酬の中から渡すのは一部だけよ。ほら、手を出しなさい」

 

 依頼内容を偽っていたのは紫なので、報酬無しなんて言い出そうものなら違約したことを盾にゴネてやろうとは思っていたけど、一部でも貰えるなら私から文句はない。

 ちゃぶだいの上にスキマが開いたのでその下に言われるままに両手を差し出すと、袋になった風呂敷が転がり出てくる。風呂敷をちゃぶだいに置いて結び目を解いてみると、中にはビニール袋に入った秋刀魚数尾に、鶏卵が一パック、ナスとトマト、梨が包まれていた。

 

「うんうん。お夕飯で大分食材を使っちゃったから助かるわ。でも、どうせなら秋刀魚はお夕飯に出したかったわね。一応、焼いちゃえばまだ食べられるとは思うけど」

 

 保冷に氷が詰め込まれているビニール袋を覗き見て、ぽつりと呟いた。スキマの中に秋刀魚が入っていたのを見たのが一昨日のこと、もしあれが買ったばかりだとしても早めに消費しないと食べられなくなってしまう。見たところまだ鮮度は保っているようだけど、明日の朝食に出した方がいいわよね。

 ……ようし、台所の隅にあった七輪の出番がようやく来たわ。焼いて食べるような食材がなかったから埃を被っていたのだ。私が物心ついた時には田舎のおばあちゃんちもガスコンロだったし、炭火で焼いた秋刀魚は初めてだと思う。美味しいんだろうなぁ。今から結構楽しみ。

 

「まったく何の心配をしているかと思えば。それらは昨日東京に行った際に手に入れたものだから、もう数日は持つわよ」

「なんだ、そうなの。それじゃ明日のお夕飯までは大丈夫そうね」

 

 うん、そういうことなら朝はお茶漬けのようにさらっと食べられるものにして、秋刀魚はお夕飯に回すことにしよう。あんまり朝からご馳走にしちゃうと満足しちゃって、夜までやる気が続かないもの。夕飯が豪華となれば、その為に一日の仕事も頑張れるってものよ。

 保冷用の氷も結構入っているので、一日ぐらいは持ってくれるだろうし、地味に氷自体もうれしい。冷蔵庫に入ってる他の食材も冷やせるからだ。そうと決まれば、一刻も早く冷蔵庫に食べ物を入れておかないと。

 風呂敷を包み直し、「よっこいしょ」と無意識の掛け声と一緒に腰を上げる。そうして廊下へのふすまを開けたところで、紫から声がかかった。

 

「ああ、霊夢。魚を包んでいるポリエチレンの袋や卵のプラスチック容器は次に私が来る時までちゃんと保管しておいてちょうだいね。それらだけはこちらで処分するから」

「へえ。幻想郷でもゴミの分別なんてやっているのね」

「あれを土に還すには多大な時間と手間を要するでしょう? 紙や木は水につけて腐らせて埋めとけば数年だというのに、適切に処理しないとならないなんて不便よねぇ」

 

 言われてみればビニール袋もプラスチックも手軽であれ、処理の面では不便かもしれない。当然のように身近にあるものだから考えたこともなかった。今のは有害物質も出ないらしいから燃やしてしまえばいいのかもしれないけど、神社に焼却施設はないものね。

 

「あの、霊夢さん、ぷらすちっくというのは無縁塚のあたりに転がっていると聞いたことありますけど、ぽりえちれんってどんな物なんですか?」

「あー……、この中に入ってる袋のことなんだけど、詳しいことは紫に聞いて。たぶん私よりも詳しいから」

「えっ?」

「仕方ないわねぇ」

 

 ポリエチレンって色んな種類があるプラスチックの中の一つなんだっけ。あれ? 卵の容器もポリエチレンで出来ているってテレビが何かで見たような……。まぁとにかく、今のレジ袋が塩化ビニルではなくポリエチレンで出来ていること自体は知っているけれど、つい昔からの癖でポリ袋ではなくビニール袋と呼び続けているぐらい思い入れがない。

 面倒なことは紫に任せて廊下に出ると、居間からは紫の説明する声が聞こえてくる。漏れてくる言葉を聞き取るに、ポリエチレンの分子配列から教えているようだ。横文字をひらがなで発音していそうな穣子ではまったく理解出来ないと思うのだけれど、口を挟む必要はないだろうと足を進めた。

 なんにせよ、紫は何だかんだ神社に顔を出すことが結構あるので、一緒に住む静葉と穣子も緊張ばかりしていないで多少なり打ち解けてくれないとね。

 

 

 

 紫は、また女の声が頭の中に聞こえてきたらすぐに教えて欲しいと言い残して帰っていった。外界に手がかりがなかった以上、紫としては実質手詰まりなのだそうだ。どうでもいいけど、別れ際にお決まりのように「歯磨きして寝なさい」と言ってくるのはどうにかならないものか。子供扱いされてる気がする。

 アレが帰った後は、化粧箱だけがぽつんと置いてあった部屋に静葉と穣子を案内し、二人の部屋として使ってもらうことにした。博麗霊夢が一人で管理しているというのに博麗神社には無駄に部屋が多いので、一人一部屋使ってくれてもよかったのだけどね。家財道具もそんなにないから持て余してしまうと、二人に固辞されちゃったのだ。

 

 

 さて、明けての翌日。朝起きていつも通り水を汲みに勝手口から出ると、山中から木筒で引いている湧き水の出が悪くなっていることに気がついた。この前の大雨でどこか詰まったか、木筒が途中でずれたかしたようである。とりあえず水瓶一杯分は汲んでおいたけど、ちょろちょろとしか出ないので時間がかかってしょうがない。日が出て暖かくなったら原因を突き止めに行かなくちゃ。はぁ、他にやることもあるのに面倒ね。

 気を取り直して雨戸を開け放ち、空気の入れ替え。日も昇ってきたので外を覗いてみれば空が高く、雲も少ない。今日は綺麗な秋晴れになりそうで何より。さて、次に飲み水の為に湯冷ましを作るのだけど、着火に使っている古新聞があと僅かになっている。新聞配達は神社まで来てはいないようだし、人里に言った時には新聞社のようなものは見かけなかったんだけど、この新聞はどこから取っていたんだろう。疑問を覚えつつ廊下の拭き掃除をする。

 拭き掃除も粗方が終わる――日が高くなり暖かくなってきた頃に静葉と穣子が起きてきた。太陽の位置を見るに、八時ぐらいである。

 

「あら、霊夢。日も出てないうちから掃除しているなんて、意外に働き者なのね」

「意外とは何よ」

 

 起き抜けの静葉の奴が、出会い頭に失礼なことを言い出した。穣子は「おはようございます」と私に向けて挨拶をするや、お手洗いに行ったようである。神様もトイレには行くらしい。

 この二人が私と紫に見せていた、天敵を前にしているような怯えや、格上の存在と見なしての遠慮などはなくなっている。昨夜にしていた実のない世間話で、話し合いの通じる相手だと理解してくれたようだ。まったく、妖怪の紫はともかく、か弱い私のことも化け物扱いしてくれるだなんて、この二人よほど命が惜しくないと見える。

 それはともかく、なにやら静葉にはズボラな奴と思われていたみたいだけれど、こんな私だって一人の社会人である。そもそも家事は嫌いじゃないし、その上で巫女の仕事の一貫となればきっちりやらない方が気持ち悪いぐらいだ。

 ただまぁ、この神社は敷地が広い上に居住区も含めると部屋が多かったりするので、毎日全部を掃除している訳ではない。参拝客の目に付くだろう外観には気を掛けて落ち葉の掃き掃除とかはこまめにしているけれども、建物の中は今日はこっち掃除して、明日はあっちを掃除してという具合なので胸を張って綺麗にしているとは言えない。それでも魔理沙に言わせれば本職である博麗霊夢よりきちんと掃除しているとのことだったので頑張っている方だと思う。

 

「ふふん。こう見えて、いつ嫁に出しても恥ずかしくないのに、いつまでも嫁に出ないから恥ずかしいと言われていたぐらいの働き者なんだから」

「へえ。霊夢ぐらいの年頃ともなれば夫婦になって赤ん坊背負ってる子もいるでしょうに、博麗の巫女というのも大変ねぇ」

「えっ、そうなの? この歳で? ……ま、まぁ早く結婚したからいいってわけでもないわよ、きっとね。最近は三十過ぎてからの結婚の方が多いみたいだし、そりゃ歳食ってからの初産なんか大変だとか聞いたりするけど、まだもうちょっと余裕はあった訳だし……」

「三十過ぎて未婚? 夫に先立たれたとかじゃなくて? その人間の女はよっぽど器量が悪かったのかしら」

 

 静葉の言葉が私に突き刺さる。彼女に悪気はない。心から気の毒そうな顔をしているぐらいなのだから。でもだからこそ、こんなにも胸が痛い。

 博麗霊夢の年齢がいくつなのかは正確にはわからないけど、外見から判断すると中学生ぐらいに見える。けれどこれも日本にいる最近の発育のいい子を基準にしてのことなので、食事も満足に摂れない幻想郷であることを考えると、発育が遅くて実年齢は高校生ぐらいなのかもしれない。

 それぐらいで子供がいておかしくないってことは、幻想郷じゃ十代の婚約が当たり前で、二十代半ばを越えれば行き遅れなんだろう。となると早い子は十代前半ってことよね? 仮に14で子供を産んでたとして、その子供も14で赤ちゃんこさえてたら、私もう今頃おばあちゃんだったんじゃ……。

 

「ねぇ静葉。もしかして28歳って、もうおばあちゃんなの?」

「何をいきなり言い出すのか理解に苦しむけど、そうね。早いところだったら孫が出来ていてもおかしくないんじゃない?」

「……幻想郷って、とても残酷なところなのね。改めて思い知ったわ」

 

 ほんと現代日本に生まれてよかった。14歳の頃なんて誰某が付き合ってるだのバレンタインだのと甘酸っぱい恋愛話はあったけれど、結婚なんて遥か未来のことだと思ってたわ。

 何よりの問題として、28にもなる私がそんな話を聞いても子供がいる自分を全然想像できないことよね。まー、子供より結婚したいと思えるような人を探すほうが先なんだけど。どこかにいないかしらね、インドア系の趣味で、あんまり私に干渉してこない、知的な感じの人。

 はぁ、と深くため息を吐いて沈んでいると、穣子が戻ってきた。私はツッカケを履いて庭に出ると、廊下を拭いていた雑巾のゴミを払ってから台所へと戻る。

 

「ま、いいわ。先のことなんてわからないし、後回しよ。とりあえずこっちも一段落ついたところだからお茶にしましょ」

 

 私の数ある得意技の一つ、問題の先送りである。

 

 

 

 縁側に、穣子を挟むように三人並んで腰掛ける。お盆の上には三つの湯飲みと急須、お茶菓子に咲夜からもらってきたクッキーが乗っかっている。シナモンが強めに利いていてちょっと緑茶には合わないかもだけど、美味しいので私は全然オッケー。お茶請けがあるってだけで喜ばしいことである。咲夜、うちのメイドになってくれないかしらね。お給金は出せないけど。

 お茶を啜って一息ついたところで、そういえばとかねてからの疑問を切り出してみることにした。

 

「ねぇ、静葉と穣子って神社のこととか詳しかったりする?」

 

 こんな質問をしてみようと思ったのも、神社の祭神なんやらと静葉が詳しく話していたのを思い出したからだ。野宿して落ちぶれていたとはいえこの二人も神様なのだから、巫女として何をすればいいのか教えてくれるだろうと踏んだのである。

 静葉と穣子は顔を見合わせて、近くに座っている穣子が私に顔を向けた。

 

「まぁ、これでも神の端くれですから、それなりのことは」

「それならちょうど良かったわ。巫女って何をすればいいの?」

「……えっ!? そこからなんですか?」

「だって前任者が仕事の引継ぎもせずに姿を眩ませちゃったんだもの。下手なことも出来ないから、巫女になってから今日までの一ヶ月の間は掃除しか出来なかったのよ」

 

 幻想郷の色んな人にぐうたらと思われているらしい私だけども、働く気はあるのだ。でも神社のお仕事ってこれをしたら駄目ってことが多そうなので、迂闊に手が出せなかったのである。ご神体みたいなのって見えないようにしなきゃいけないとかあるらしいし、曖昧な知識で触って、間違って取り扱おうものならとんでもないことになりそうだもの。本殿なんかは掃除するにも気を使っているのだ。

 

「まぁ、そういうことならしょうがない、のかなぁ。ただ、私たちも(やしろ)は持ってませんから、お話できるのは他所から聞いた一般的なことぐらいですよ。もちろん、博麗神社が同じようにしているとは限りませんからね」

「この際、何でもいいわよ。手探りでやるよりはよっぽどマシだろうし」

 

 正直お手上げ状態の私が我流でやるくらいなら、この神社の流儀とは違っていたとしてもよっぽど真っ当なやり方だろう。

 藁にも(すが)る思いからそんな風に返すと、静葉と穣子が揃って渋面を作った。あ、もしかしたらぞんざいにやるように聞こえちゃったのか。慌てて「教えてもらえればちゃんとやるわよ?」と続ける。

 

「それなら、まず行ってもらうのが毎日の祈祷ですね。即物的な話になりますけど、祭神が神通力を増すには多く信仰を得なければなりません。もちろん一般の方から集めることが重要ですが、一番に身近から得られるのが自分の神社の神職に就いた人間からのものです」

「そうね、紫の奴からもお祈りしなさいとは言われてたわ。でも、静葉には言ったけど一月前まで私って神様とか信じてなかったから信仰って言われてもぴんとこないのよ」

 

 私がそう言ったのを聞いて不安げな顔をした穣子が、こめかみを押さえる静葉を縋るように見つめる。無言で首を横に振って返した姉に、穣子は諦めた様子で小さくため息を吐いた。

 ……とりあえず落胆されているのだけはわかった。ちょっとイラっとしたので目を細めて二人を見ていると、それに気づいた穣子が慌てた様子で背筋を伸ばした。静葉はわざとらしく境内を眺めて足をぷらぷら振り、我関せずの構えである。

 

「いえいえ、そんなに難しいことはありませんよ? お祈りする神のことを思いながら、お願いごとをするぐらいでいいんです。例えばお姉ちゃんにだったら、紅葉狩りする数日前にでもお祈りしてもらえれば、お姉ちゃんは人間から信仰を得て、参拝した人間にはお姉ちゃんからご利益を授けることが出来るわけですね」

「ははぁ、なるほどね。そうやってお祈りする人間が増えるとご利益も増えて、綺麗だった紅葉が、すごい綺麗な紅葉になったりするってこと?」

「うーん。まぁ、おおむねその通りなのかなぁ。本来はこれこれこういうご利益を授かる為のお参りじゃなくて、日々の生活であった良い事を神様に感謝して、これから訪れるかもしれない災いを祓うぐらいの気持ちで来てくれればいいんですけど、このご時世じゃどうしてもそれだけって訳にはいきませんからね。ご利益目的でも全然いいと思います。あれだこれだと文句をつけて人が来なくなるより、信仰してくれることが大事ですので。はい」

 

 何だか神様の世知辛い事情を聞いてしまっている気がする。静葉は黙りこくって境内の池を眺めているし、穣子も笑顔なのに目だけが笑えていない。

 

「あと鳥居よりこちら側は神域ですので、毎日清掃して境内を清めておくことも大切ですよ。散らかっていると間接的に信仰の妨げになりますから」

 

 ふむ。そうなると掃除は今までどおりやって、午前中にでもお祈りの時間を作ればいいのかしらね。

 他には、何かの祭事には神楽を舞ったり、笛を吹いたりとするらしいけども、こうまで寂れていると月例祭(神社ごとに決められた日程で執り行っている祭事)すら行っていたのか怪しいとのことで、年間の祭事日程を調べる必要があるそうだ。……あれ、家捜ししている時にどっかで見た覚えがあるけど、どこにしまったんだっけ?

 

「えっと、お姉ちゃん、こんなところよね?」

「そうね、後はお守りやお札を作ったりかしら。無宗教だって言っていた霊夢は知らないでしょうけど、お守りや神札には神の分御霊(わけみたま)が宿っているの」

 

 話を振られた静葉は頬に手を当てて視線を宙に泳がせると、座ったまま上体を仰け反らせて穣子の背中越しに視線を向けてきた。

 

「分御霊?」

「別の土地にあるのに同名の神社があるでしょう? 有名なところだと稲荷神の祀られている神社かしら」

 

 身近な例が出てきたことで、うんうんと頷いてしまう。神社といえばお馴染みである朱塗りの鳥居は、多くは稲荷神社のものであるらしい。首都近郊でも朱色の鳥居は多く、よく見かけた気がする。

 私は、静葉の一言一句を聞き逃さないように姿勢を正した。稲荷神社と何の関係があるのかは知らないけれど、お札に関係する話だからだ。私が書き写したお札は博麗霊夢が作ったやつほどの効果が出ていないので、これから妖怪退治をする上で改善しなきゃと思っていたところでもある。もしかしたら私の文字が下手な所為ではなく、特別な手順が必要かもしれないもの。

 

「稲荷神社は伏見にあるのが総本営なのだけど、そこから勧請――分霊として稲荷神を移した分社が様々な土地に建てられていったわけ。全ての神社で稲荷神が祀られていて、どの神社でも同じご利益を得られるのよ。端的に言えばお守りや神棚はそれを簡易にしたものだから、そこにある神札にも神は宿っているということになるわ」

「ふうん。分けられた方にも同じ神様がいて同じご利益を得られるってまた、単細胞生物の分裂みたいね」

「あんた、今の話を聞いての感想がそれってのはどうなのよ。とことん神を敬う気がないみたいね」

 

 単に似たような例として思いついただけで決してそんなつもりはないんだけども、ゾウリムシと一緒くたにされて静葉は不服なようである。穣子はころころと笑ってくれているというのに。

 

「あ、一応言っておくと、神社参拝の際によく使われている『ご利益』って言葉は大本は仏教用語だからね。神仏習合で神社も寺も一緒くたになっちゃってるところが多いから間違っているとは言えないのだけど、巫女としてそれぐらい知っておいた方がいいわ。まぁ、見たところ博麗神社自体も仏教よりの結界術を使っているようだし、道教によるところの陰陽の概念を取り入れたりしているみたいだからその辺りは緩いと思うのだけど」

「ふうん」

 

 博麗神社は、どうやら色んな宗教がちゃんぽんされているようだ。仏教はわかるのだけど、道教っていうのは中国発祥の宗教だったっけ? 日本じゃ馴染みがないのでよくわからない。

 うーん、博麗神社についての謎が解き明かされるどころか、むしろより不明瞭になってしまった。もしかしたら、祀られているのは日本の有名な神様ではないのかもしれない。せめて静葉や穣子みたいに姿を現してくれればいいのに。

 

「あっ、そうよ! 静葉、そういえばうちの神社の神様に挨拶するとか言ってたけど、どうだったの? どんな神様だった?」

「……そのことだけど、以前に神かそれに準じた力を持つ何かが居た気配はあったのだけど、私たちでは見つけられなかったのよね。流石に忘れ去られて存在ごと消え失せたということはないと思うけど、信仰が少ない為に姿を現せなくなったか。あと可能性として、博麗神社が人物神ではなく、幻想郷という土地や自然、あとは何らかの概念を祀っているのかもしれない、ってところね」

「んん? つまり、わかったことは以前に何か居たのは確かだけど、今は見当たらないってこと?」

「そういうこと」

 

 しかも、静葉の言い方を素直に受け取るに、居たのが神様とは限らないということである。そうなるとまた、参拝客を増やす計画に支障が出てきてしまう。

 

「それじゃ、どんなお守りを作ったらいいのかわからないじゃない」

「そうね。とりあえず神社がこの有様じゃ金運や商売に関しては望み薄。博麗の巫女の生業が妖怪退治なのだから……妖怪除けのご利益ぐらいしかなさそうだわ」

 

 静葉はそう言うのだけど、神社には妖怪の紫なんかがよく出没しているというのに、妖怪除けのお守りとか作ってしまってもいいのだろうか。博麗神社に参拝なんかせずに、人里に引きこもっていた方がよっぽど妖怪に遭遇しそうにない。一応、欲しがる人がいるかもしれないから作ろうと思うけど、効果はなさそうだから少なくとも私は欲しいとは思わないかなぁ。

 ま、いいか。神様の静葉がそう言ったんだから、そんなもんなんでしょ。きっとね。


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