アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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神様に労働させて神社で留守を預かる私。

 

 ブランチに用意したお茶漬けを三人でお腹の中に流し込んだ後、私は業務に就く前に行う修祓とかいう身を清めるお祓いと、朝拝という朝に行うお祈りのやり方を神様二人から直々に教わっていた。どうやら紫が以前から言っていた『朝のお祈り』とは、この二つのことのようだった。

 一日の流れとして清掃と修祓・朝拝を済ませて、その後はお札やおみくじ、破魔矢やらを作り、参拝者のお相手をするらしい。けれども参拝者の訪れてくれない博麗神社でそんなに数を作ってもしょうがないとのことで、私は早くも手隙になってしまった。巫女さんが舞う神楽舞やら神事での作法立ち振舞いやらと覚えておくことはあるのだけど、下手に手を出す前に身近に差し迫った神事がないかを確認してからにした方がいいようだ。

 にしても、神様にお祈りするってのは敬う気持ちを形にしたようなものな訳で、その敬い方を神様本人から教わるってのもまたおかしな話よねぇ。……あ、そういえば今朝は美鈴に教わった太極拳やるの忘れてた。毎日続けるのが大事ってことだけど、まぁ忘れちゃってたものはしょうがない。明日から始めればいっか。

 

 そんなこんなでお昼過ぎには取り急ぎ神社に関してやることがなくなっちゃったので、私は静葉と穣子に生活環境を整えるお手伝いを頼むことにした。

 一つに水の確保。神社の裏手に引いていた湧き水が詰まったかしちゃって出が悪くなっているので、これを何とかしてきてと静葉にお願いする。実は湧き水の水量が減った所為で境内の手水舎(参拝前に手を清めるところ)にも水が行き渡らなくなっちゃってるのだ。神社として結構な死活問題である。

 もう一つが食料の調達。これから冬に向けてある程度の食料を備蓄しておかないといけないのに、このままでは春を迎える前に白米以外の食べ物がなくなってしまう。ということで、こちらはこの時期の食材に詳しい穣子にお願いした。こっちは言うまでもなく、文字通りの死活問題だ。

 

「さーて、と」

 

 そして私は私で、二人を働かせておいて何もしないというのもどうかと思うので神社の家探しすることにした。探すのは、年間の催事日程とお札に使う版である。

 お札も少量なら手書きでも不便はないのだけど、多くの参拝者で賑わう神社は版画みたいに刷るところがほとんどなようだ。残っていた数枚の手書きのお札を見るに、おそらくは数が減ることがあんまりなかったから横着して手書きだったのだろうけれど、もしかしたら過去使っていた版があるかもしれないとのことなので、その捜索である。

 あと、私の自作したお札が役立たずなのは何が悪いのかと二人に見せてみたのだけど、大前提として書いてある字がまったく読めないのと、ちゃんとお札に『御霊入れ』が済んでいないのが原因であるとのこと。御霊入れというのはいつかに聞いた神様の分け御霊を御札なりに移すことのようだ。謎の言語で書かれたものを私の霊力で無理やり動かしたものだから、私の作った御札はあんな変な挙動になっていたようである。

 版を使って刷っちゃえば文字は間違いようがないし、御霊入れっていうのもお札作りの時に一から教えてくれるとのこと。うーん。やっぱり見よう見まねじゃなくて、ちゃんと手順を踏んでやらないと駄目だってことなのね。

 

 

 太陽が傾き初めてからしばらく経った頃、私は一度掘り出した後また奥に仕舞い込まれていた神事予定表を見つけ出した。前に見つけた時はパッと見でよくわからないから仕舞っちゃったけど、改めて見直してみると月々のところにお祭りやらが後から書き足されて、その上にバッテンされて消されている。

 たぶんだけど、博麗霊夢ちゃんは客寄せ目的に新たにお祭りやらを企画してはその都度失敗していたみたいだ。バッテンされたのを除いてみると、現在博麗神社では年末年始以外にこれといった催し事は行っていないようである。

 何も予定がないとわかってしまうとそれはそれで困ってしまうのだけど、前向きに考えたら博麗霊夢がしていたように新しく催し事を予定しても大丈夫ということ。こちらにはアドバイザーであるモノホンの神様が二人もいるのだ。きっといい案を出してくれるはず。

 

 って、よくよく考えてみれば参拝対象である静葉と穣子とは見て話して、さらには触ったりも出来るのよね。それって参拝客獲得の強みにならないかしら?

 例えば境内に『神様ふれあいひろば』とか作ったらお客さん来そうじゃない? ……いや、それだとひろばにだけ入って帰っちゃう人もいそうだから、お札やお守りと一緒に神様との握手券を発行して渡す仕組みにしたらどうだろう。

 信仰ってのがまだなんとなくでしか理解できてないけど、つまりはどれだけ人間に慕われているかってことだろうし、静葉と穣子をアイドルにでも見立ててプロデュースすれば人気も出るんじゃないかしら。ありがたみが薄い感じの二人だけど、神様に実際に触われたとなったらご利益もありそうだしね。

 

「霊夢さーん」

「穣子? 早かったわね」

 

 そんなことを縁側に座ってお茶を啜りながらぼんやり考えていたら、穣子がふらふらと飛んで帰ってきた。エプロンの端っこを両手で持ち上げて袋のようにして、そこにこんもり食材を包んでいる。

 食材を運ぶのを手伝いながら聞いてみれば、近場の森を散策してから人里に顔を出してきたとのこと。ほとんど周知されていないけれど、一部の農家には収穫の神様と知られているようで供え物として色々受け取ってきたようだ。ついでに妖怪の山のふもとから博麗神社に姉妹揃って引っ越してきたことを伝えて、作物の種やらも少量ながら分けて貰ってきてくれた。

 食材はさつまいもとにんじん、きゃべつに大根。種はかぶや小豆、大根などなど。穣子が持って帰ったものの中にはさつまいもの他に里芋などもあるけれど、これは来年に植える種芋にするとのことだ。

 

「ちょっ!? いきなりどうしたんですか! スカート汚れちゃいますよ!?」

 

 私としては、食べられる野草やらどんぐりやらでも拾ってきてくれたら御の字と考えていたのだけど、予想以上の成果である。

 ニコニコと笑顔で本日の成果を報告する穣子に向けて、私は砂利の上に平伏していた。そして彼女の両手を握って、拝むように握手させてもらった。この子、本当に神様だったのね。

 

 

「あ、お姉ちゃん帰ってきた」

「ほんと?」

 

 種を手に入れたので境内裏手に設えた畑予定地の草刈りを行っていると、穣子から数時間ほど遅れて静葉のご帰還である。穣子に言われなかったら気づかないほど草刈りに熱中していた。

 

「あー、もう。疲れた!」

「お疲れ様ー。静葉の方の成果どうだったの?」

「ちゃんと直してきたわよ。見てきたらいいじゃない」

「どれどれ……うん、水の出が元通りになってるわね」

 

 湧き水を確認した後、改めてお茶を淹れてやって縁側に並んで座って詳しく聞いてみたけれど、静葉は私に言われるままに湧き水を辿って水源へ進み、問題の箇所を応急処置ながら直してきてくれたようだ。

 けれどもどうやっても大雨で水量が増えたり強風が吹いたらまた出が悪くなりそうらしくて、また直しに行かされるのも面倒なのでその足で妖怪の山や魔法の森まで飛んでいって、伝手を介して河童に井戸を設置してもらう約束を取り付けてきたと言うのである。設置料はロハでいいとのことなのだけど、赤外線センサーで自動開閉するタンスを設計開発しているうちに出来あがった、高効率手押しポンプの試作品モニターということなので上手く稼働するかどうかは実際に使ってみないことにはわからないらしい。タンスとポンプになんの関連性があるのか、私にはさっぱりわからない。

 それにしても、昼ごろから出発して妖怪の山の麓経由で魔法の森へ行って帰ってするとか、飛ぶのが遅い私じゃ二日仕事になっちゃってただろう。もちろん妖怪の伝手なんてのも持ってないし、そもそも神社に井戸を作ろうという発想がなかった。

 ともかく、静葉のお陰で文明の利器がこの博麗神社にもやってくるのだ。どうやら河童は幻想郷での技術者という立場を担っているらしいので、井戸の設置に来た時にはトイレも水洗にしてくれないかその河童に聞いてみよう。最悪、井戸なんて後回しでもいいから水洗トイレを優先してほしい。

 

 

 

 仕事を終えた二人にお茶のおかわりを注ぎ、労いの言葉をかけて居間でくつろいでいるように言い残すと、私は腕まくりして台所へ向かった。お夕飯は紫に貰った秋刀魚があるから、後はお味噌汁とご飯でいいかなーとか安易に考えてたけど予定変更だ。外で頑張ってきてくれた二人に、家主として報いてあげなきゃならない。

 お味噌汁とごはんはいつもどおりだとしても、メインの秋刀魚は七輪でじっくり丁寧に焼いて、さらに穣子が貰ってきた大根で作った大根おろしもたっぷりと付けちゃおう。いつもの貧乏性な私だったら大根の残り半分は翌日以降にとっておくのだけど、どうせだしふろふき大根にして。うーむ……この際だ、にんじんの菜っ葉のお浸しもつけちゃおう!

 

「ねえ! 二人共、運ぶの手伝ってもらえる?」

「あ、はーい! 今行きますね!」

 

 手が足りなかったので廊下に身を乗り出して声を上げるとすぐに穣子が、ちょっと遅れて静葉が来てくれた。穣子にはおひつとしゃもじ、静葉には鍋と鍋敷きを渡して先に居間に向かってもらう。今までは自分の分だけだったから台所でよそってから居間に運んでいたのだけど、三人分ともなるとお釜からおひつにご飯を移して、お味噌汁の鍋も居間まで持ってきた方が面倒がなくていい。これまでおひつってどうして使うのかなんて考えたことなかったけど、食事中にわざわざよそいに行くのは大変だものね。台所なんかの水回りはどうしても冷えるし。

 おぼんを両手に居間に向かった私は、次々に料理をちゃぶ台の上に並べていく。丸いちゃぶ台は思いの外狭くって、もう一品増やしてたら乗り切らなかったかも。――うん、こうして見るとまるで我が家の食卓じゃないみたい。色とりどりですっごい豪華! 魔理沙と紫を夕食に招いた時にも張り切って用意したけど、あの時はメインになる料理なんてなかったもの。

 こうもご馳走が並んだのも遠因とはいえ静葉と穣子が博麗神社に居候を始めたからであるわけで、言い方はあれだけれども二人が使える神様だとわかったので私としてはホクホクである。

 

「さ、お待たせー。あ、そうそう。これからは静葉に赤いお箸とお茶碗、穣子は橙色のやつを用意しておいたから使ってちょうだいね」

 

 そう言って、二人のご飯とお味噌汁をよそって渡してあげる。このお箸とお茶碗は家探しした時にしまわれてたのを見つけ出しておいたものだ。余所の家のことは知らないけど、少なくともうちではお箸とお茶碗、マグカップあたりは自分用のがあった。静葉と穣子も一緒に生活していくわけだし、いつまでもお客様用のを使わせるのもなんだか寂しいじゃない?

 私からお茶碗を受け取った二人はきょとんとした様子でその手の茶碗を見て、それから私へと顔を向けた。心底不思議そうな顔だ。

 

「何? ちゃんと使う前に洗ってあるわよ?」

 

 私が笑んだまま首を傾げると、二人は顔を見合わせる。

 

「ね、ねぇ、お姉ちゃん? 霊夢さん、なんでこんなに親切にしてくれてるのかしら?」

「……噂によれば、外の世界にはこれから殺す相手に友好的に振る舞い、贈り物をする風習があるとか」

「あん? お望みだってんなら今すぐにでも退治してあげましょうか?」

 

 ちゃぶだいの向かいに座ってこそこそと内緒話していた二人は、私に睨みつけられて首をぶんぶんと横に振った。生憎、耳は良い方なのよね。

 まったく、せっかくいい気分だってのになんで水を差すかなぁ。おっとと、こんなくだらない話をしている間にせっかくの焼き立て秋刀魚から熱が逃げているのだった。

 

「いただきます! ほら、二人もあったかいうちに食べちゃいなさいよ」

 

 言うが早いか、おろした大根に醤油を差し、秋刀魚の身に乗せて口の中に放り込む。

 

「んー!」

 

 目を見開いて、まばたきを数回。そうして舌の上に味が広がるや、思わずぎゅっとつむってた。……何これ? 身が口の中でほろっとほどけて、もう顔がにやけちゃう! しっかり脂が乗ってるところに程よい塩気と大根のほのかな甘味。七輪で焼いたからか皮までパリパリ、香りもいいしで文句なしに美味しい! しあわせ!

 脂質ってそれなりに摂っておかないと肌がかさかさになるらしいので女性には無視できない栄養なのだけど、これまで我が家の食卓には油っ気がなかったのだ。そして魚とはいえ肉は肉。たんぱく質である。なるほど、私の体が渇望していたものは秋刀魚だったのか!

 

「あ、おいし。赤魚なのに鮮度がほとんど落ちてないのだから驚きだわ」

「本当はこれも、新鮮なうちにワタごと一緒に焼いた方が美味しいのだけどねー。悪くなっちゃいけないと思って昨夜のうちに除けといちゃったから、それだけが心残りかしら」

 

 静葉に言葉を返しながらも手を止めることなく食事を進めていると、ふと穣子が角皿に乗っかった秋刀魚を眺めている。

 

「にしても、秋刀魚なんて久しく見てなかったなぁ」

「そうねぇ。私も穣子も山を拠点にしてるから、外にいた頃も海の魚なんて干物や塩漬けでもなければあんまり見かけなかったし。幻想郷(こっち)には海はないし」

「ん? ここじゃともかく外にいたなら秋刀魚やイワシの缶詰とかあったでしょうに」

 

 安売りしてるスーパーなら百円以下でお求めいただける、災害時の非常食にも適した素晴らしい食品である。といっても自炊が基本なので、非常食用の買い置きの賞味期限が近くなりでもしないと食べたりはしないのだけど。難点としては、金属ゴミの分類なので缶の処理が面倒。

 

「缶詰ってあの高級品とかいう? そんなの食べてる人間なんて見たことないわよ」

「へ? 高級品?」

「私も人伝に聞いた話だけど、買おうと思ったら確か米三升か四升とおんなじぐらいするとか」

「お米三升!? 缶詰一個で!?」

 

 お米一升は十合で、一合はおおよそ150g。三~四升ってのはつまり、お米五キロぐらいってことになる。幻想郷で売ってるお米は玄米なので精米するといくらか量は減ってしまうにしても、お米五キロの金額なんて高級品といって差し支えない。

 どうも私の知っているお馴染みの缶詰とは違っているみたい。聞いてみればこの子たちが幻想郷に移り住むようになったのはだいたい百年ほど前かららしくて、噂で缶詰って保存食が作られるようになったと聞いたきりだったようだ。それでなくとも山間部を根城にしていたようだから、そういった近代化からは程遠い生活をしていたのかもしれない。

 それにしても百年前ねぇ。1910年ぐらいって言われてもあんまりぴんと来ない話だわ。日本はそのころ明治か大正時代ってとこ? 私の曾祖母ちゃんが去年だかに百才になったって聞いたけど、あんまり話をしたこともないからその頃のことなんて想像もできない。

 

 そうして昔の日本の生活についてを教えてもらう代わりに、私が現代日本の生活を二人に教えてあげる。私は私で当時の物価だとか生活様式だとか聞いても今と違いすぎてて別世界の話のようだし、静葉や穣子の二人も外でテレビや電話が普及していることを知らなかった。当然、実物も見ずにスマホやインターネットの存在を教えても想像できないようで、最初は変人を見るような顔をされた。いやまぁ、私も電話やテレビや光通信の仕組みなんて説明できないけどさぁ。だからといってそんな顔をされる謂れはないと思うのよ、私。

 そんな他愛ない話は食事が終わってお風呂を跨いでも、布団に入る間際まで続くことになった。ちなみに神事予定表と一緒に探してたお札に使う版は、よく使うものを置いてある棚に普通に置いてあった。なんで気が付かなったんだろうか、私は……。

 

 

 

 翌日早朝。今日はちゃんと覚えていたので、美鈴に教えてもらった太極拳を澄んだ空気の中でゆるゆるとこなしていた。といっても教わったやつ全部は覚えてないので、基本の型とかいうのを通しでのんびりとやっただけだけど。以前の私より寝起きはいいけども、やっぱり目が覚めてしばらくはぼんやりしちゃうので十分から二十分で終わるちょうどいい準備運動だ。

 体を動かして完全に目覚めたら、境内の落ち葉を掃いて昨日聞いたばっかりの修祓と朝拝をこなす。それら全部を終える頃には空もだいぶ明るくなってきている。

 

「なんだか、本物の巫女さんになった気分ね」

 

 今職業を聞かれたら巫女やってますとしか言い様がないのだけれど、これといって巫女らしい仕事をしていないものだから表立って名乗るのははばかられるのが正直なところ。仕事もちゃんと覚えていないのだから巫女見習いとでも名乗りたいところなのだけど、その見習うべき本物の巫女がいない現状じゃそっちの方がよっぽど看板に偽りがある。うーむ。ならば私は何と名乗ればいいのか。

 

「おーい、掃除してるフリなんかしてどうしたんだ?」

 

 竹箒の片付けを忘れてたので納屋に戻す途中、境内に立ち尽くしてそんなことを考えてた私に頭上から声がかかった。見上げれば左手で魔女帽子を抑えて箒から降りてきている魔理沙の姿がある。

 

「フリじゃないっての。掃除ならもう朝のうちに済ませてあるわよ」

「なんだ、見た目によらない巫女だな」

「何それ? ぐうたらに見えるってこと?」

「いいや、見た目よりずっと巫女らしい」

 

 それにしたって掃除したってだけで巫女らしいとはこれ如何に。魔理沙の言葉を信じるなら巫女の主な仕事は掃除になってしまって、清掃業者のおばちゃんも私と同じく巫女になる。

 まぁ魔理沙が言ってるのは単純に、霊夢ちゃんがろくに掃除してなかったのにガワが同じ私がしているものだから違和感があるってことなんだろうけど。

 

「にしても、いつも顔出すのは昼過ぎなのに朝からなんて珍しいわね。どうかしたの?」

「いやなに。この前の紫からの依頼は済ませたのかと思ってさ」

「まぁ、とりあえず終わってるけど」

「それならお前の歓迎会でも依頼初達成のお祝いでも、お題目は何でもいいけど今夜あたりどうだ?」

 

 魔理沙は「ちょうど神社での宴会を禁止にした奴は不在にしているしな」と続けながら、左手でお猪口を持つような形を作ってくいっと呷った振りをする。あらやだこの子、オヤジくさい。

 それはそれとして、宴会とそのジェスチャーから察するにお酒のことのようである。なんだろ、以前からこっそり隠れて二人で飲んでいたりしたのだろうか。

 

「お酒かぁ。うーん、こっちに来てから飲んでないわね」

「あれ? お前は飲まないのか?」

「大好物よ。でもね、ここじゃ知らないけど外じゃ二十歳まで飲酒は禁止されてるの。歳までは知らないけど、この体はまだでしょ?」

「そいつはまたおかしな決まりだな。私も霊夢も外界で育ってたら爪弾きにされそうだ。幻想郷に生まれておいてよかったぜ」

 

 どうやら幻想郷では魔理沙ぐらいの歳でも飲酒は問題ないらしく、口振りを聞くに博麗霊夢も魔理沙も結構な酒飲み。確かにお神酒にしては神社にあるお酒の量は多すぎると思っていたけど、霊夢ちゃんも日常的に飲んでいたようである。

 中身はともかく体の方は未成年だから良識ある大人としてお酒は控えていたのだけど、そういうことなら話は変わってくる。郷に入っては郷に従えだ。外国なんかでは、早いところでは14か15ぐらいから飲酒可能らしいし、幻想郷も海外みたいなものよね。うん。

 

「そういうことなら遠慮はなさそうね。場所の提供とつまみの調理は任せなさい」

「お、乗り気だな。いいことだぜ。流石に二人ってのは侘しいから、誰か他に誘うか?」

「そうね。とりあえず二人は宛てがあるわ」

「ん? 今のお前の知り合いっていうと、紫と慧音あたりか? あとは咲夜とも会ったとか言ってたっけ」

「うちの神様のことよ」

「はぁ?」

 

 そう言うのと同じくして、母屋の方からがこがこと音が鳴り出した。見れば雨戸が内側から開けられようとしている。二人が寝ていると眩しいだろうから、雨戸を開けるのは日が上ってしばらくしてからにしているのだ。

 どうやら苦戦しているようなので、外からも手を掛けて手伝ってやる。建て付けが悪いのか、雨戸の開け閉めにはちょっとしたコツがいるのだ。私も最初は手間取った。

 

「おはよ、相変わらず朝は早いわね……って、お客さん? 人がいるなら言いなさいよね。どうやら参拝客ではなさそうだけど」

 

 中から出てきた静葉は雨戸を一枚ずらし終えたところで魔理沙を発見したらしい。遅れて自分が寝間着用の襦袢を着ているのに気づいたようで、雨戸の陰に寝間着姿を隠して覗きこむように顔だけ出した。

 こういう女性らしい恥じらいが新鮮に映ってしまうのは私が無頓着なだけなのだろうか。流石に誰かさんのように人目につくところに下着を干したりはしないにしても、こういう仕草を見せられて自分が人並みかと言われると自信がない。

 

「ちょうどいいわ、魔理沙に紹介しておくわね。一昨日からうちの神様になった静葉よ。神社がないってことだからうちで祀ってあげることにしたの。あともう一人、この子の妹に穣子ってのがいるわ」

「こら霊夢、昨日教えたけど神を呼ぶ時は一人二人じゃなくて一柱二柱。私たちは別に気にしないけど、他の人間と話した時に恥かくわよ」

「だって、こうして向い合って話せるものだからあんたら神様って感じがしないんだもの」

「まぁ。仮にも自分のとこの神相手だってのに、なんて言い草なのかしら」

 

 呆れた顔で嘆息した静葉は、ちらと立ち尽くしている魔理沙を見やった。おっと、まだ魔理沙の紹介をしてなかった。まったく静葉の奴が余計な口を挟むからだ。

 

「で、こっちは魔理沙。知り合いというか友達というか……ま、たまにお泊り会をするぐらいの間柄ね」

「なんだよ、その背中がむず痒くなるお泊り会って単語は。遅くなったから一晩泊めてもらっただけだろ」

 

 呆然としていた魔理沙が我に返って、静葉に続いて呆れた顔で嘆息する。

 だって知り合いだと他人って感じで素っ気ないし、友達って言って付き合い浅いから違うって返されたらショックだし。お泊り会なら一応事実だから、仲良しっぽい雰囲気出るかと思ったんだもの。

 

「それよりも。野生の神様なんて勝手に引き取っちゃってよかったのか?」

「聞いてみたけど別に複数の神様が同居するのは問題ないみたいよ」

「そうなのか……いや、違う。そういうことを言ってる訳じゃなくてだな」

 

 もごもごしている魔理沙が何を言いたいのかはわかる。知らない間に神様を増やしたりして、本物の博麗霊夢が帰ってきた時に何て言うかってことだろう。

 

「いいのよ、今は私がこの神社の責任者なんだから。私に任せて雲隠れしたんだから、何をしようと文句なんて言わせるもんですか」

「……ま、そういうことなら私がとやかく言うことでもないな」

「ねぇ、よくわからないけど、どういうことなのよ」

 

 事情を知らない静葉だけがわけもわからず首を傾げていた。その辺りを一から説明するのは面倒そうなのでさっさと打ち切るに限る。

 

「今日の夜に宴会しようかって話よ。あんたも穣子も参加するでしょ?」

「宴会!? そりゃ、お酒が飲めるならもちろん!」

 

 どうやら静葉もお酒には目がないようだ。まぁお神酒なんてものがあるぐらいだし、よっぽどのことがなければ神様も飲めるのだろう。たぶん。

 

「神様の歓迎会もお題目に加えられてよかったじゃないか。そうと決まれば折角だし、霊夢が会った相手ぐらいは誘っておくかな。慧音と咲夜のところには私が行ってくるから、霊夢は紫に声かけといてくれ」

「え? 私、紫の家なんて知らないわよ? どこに住んでるのよ?」

「私だって知るもんか。ま、探してみて駄目だったならそれはそれでいいさ。来ないってんならそれはそれで面倒がなくていいしな」

 

 にかっと笑みを浮かべた魔理沙は、箒に腰掛けると一気に宙に浮かび上がった。そのまま星屑をばらまきつつも私の目の前で旋回して加速を始める。

 

「夕方ぐらいに酒なり食材なり持って神社に集まるよう言っておくから、そっちは杯とかの用意しといてくれよー!」

「わかったから、こんな朝っぱらから大声出さないでよっ!!」

 

 声だけ残し、魔理沙は人里の方角へと滑空していった。ああして重力にひかれるように飛んで行く様はまるで本物のほうき星だ。後ろから星を散らばらせないと飛べないのだろうか、夜なら綺麗だろうに朝だとピカピカ光って目に痛い。

 にしても、山の上だからご近所さんがいないとはいえ、まだ穣子は寝ているかもしれないってのに。まったく破天荒というか、困った子である。

 

「れ、霊夢さん!? そんな大声出したりして何かあったんですか!?」

「うるっさいわねー……あんたの声のほうがよっぽど頭に響くわよ……」

 

 すっかりいつもの格好をした穣子がどたどた慌てて駆けて来て、隣からの非難の声に振り向けば静葉が両手で耳を抑えて私をジト目で見ていた。

 ……あれ? どうして先に大声出した魔理沙じゃなくて、私ばっかりが迷惑な奴みたいな目で見られているのだろう?

 

 

 


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