アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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人里へ買い物に行く私。

 

 見たことが無い道を歩いて知らない場所へ向かうのは、正直億劫だ。

 プランター菜園や料理や掃除などが半ば趣味になっていた私は、まぁインドア派の人間だ。ミニーの散歩があるので毎日散歩には出ていたけど、基本的には理由なく外には出ようと思わない。

 旅行だって、海外旅行ならば例えタダでも行きたいとは思わない。それなら国内の温泉でゆっくりお酒飲みたい。温泉とお酒は好きだ。

 

 話が逸れたけど、妖怪に襲われるかもしれないというよりも、見慣れぬ土地を歩くことの方が私にとってはちょっとしたストレスになるのである。

 今も、これから見知らぬ土地へ出かけるというだけで心臓はどきどきするし、口の中は緊張で乾いてくる。できることなら我が家(神社)や自分の生活圏内だけでずっとのんびりしていたい人なのだ。

 

 しかし、もうそんなことは言っていられない。何としても人里へと辿り着き、食糧を買い込んでこなければならない。さもなくば今日の夜からご飯抜きの飢える毎日が待っている。

 悲壮な決意を固めた私は風呂敷を手に、外界へと繋がる石段を下り始めた。今日に限っては悠長に掃除している場合じゃない。時刻はまだ、おそらく午前八時ごろである。

 

 

 左手に下げた風呂敷の中には、今日の買い物に備えて様々な用意をしてきた。

 まずは風呂敷が数枚折り畳んで、底板代わりに入ってる。その上には笹の葉で包んであるおにぎりに、水筒が二本。周辺地図、薪運びに使っている麻の手袋。神社にあったありったけのお金。

 その他にはお札二十数枚に、黒白不思議ボールが包まれている。針はいざという時の為、風呂敷に纏めずすぐ取り出せるように右手の袖に隠し持っている。

 おにぎりは具無しの塩握りが二つ。これが最後のお米である。包んだ笹の葉には抗菌作用があると聞いたことがあるので多少時間をおいても大丈夫だと思う。

 水筒は竹の水筒とひょうたんとがあったけれど、竹の水筒には白湯(沸騰させたお湯を冷ましたもの)を。初めて実物をみたひょうたんの方にはお酒を入れておいた。

 ひょうたんといったら中身はお酒に決まってる。小さな頃に教育テレビの西遊記の人形劇で見て、ちょっと憧れてたのだ。

 

「とりあえず人里に着いたら最優先はお米。次点で漬物に出来て日持ちする野菜と、お茶っ葉よね……。お肉とお魚は、余裕があれば。お茶請けにお煎餅も欲しいところだけど、だ、大福とかお饅頭とか売っているのかしら……甘いもの……」

 

 これまで神社では甘いものといえば、お米である。ひたすら噛んで噛んでしていると、口の中の唾液がお米のデンプンを糖に変えてくれるのだ。

 幼稚園生の私に田舎のおばあちゃんが言っていた、おぼろげな、かすれた記憶である。その時の私は面倒くさくて、さっさと飲み込んでた悪い子でした。

 この歳になってからそのことを思い出し、お腹が減った時は一口分のお米をずっともぐもぐしている。口の中はほんのり甘く、満腹中枢も刺激されて、少量のお米でお腹の虫が誤魔化されてくれるのである。

 しかし、そんなことしなくても大福やおはぎにお饅頭だったら、口に入れた瞬間から強烈な甘味を私にもたらしてくれる。そんなのを淹れ立てのお茶と一緒に食べれたら、どんなに……! どんなに……! やば、よだれ出た。

 

「だ、駄目。今は秋だから、そんな贅沢しないで食べ物を買い込んでおかないと。上下水道も整っていないこの幻想郷じゃ、冬になって食べ物が激減するのは想像に難くないわ。キリギリスになるのは嫌。冬眠前の熊の如く、冬に備えなきゃ」

 

 しかし、今の私にとって肥えるということもまた自己防衛である。ダイエットなど必要ないのだ。……そういうわけで、まぁ。これまで質素に頑張った自分へのご褒美ってのも必要だと思うのよね。

 出涸らしのお茶を毎日の楽しみにすることが、どれだけ侘しかったことか。そんな日々を過ごしてきたんだから、お茶請けの一つぐらいあって当然じゃない?

 

 

「……っと、何か、いる?」

 

 考え事に夢中で、無意識に人里へと向かって森の中を歩いていた私だったが、急いで身を翻して木の陰に隠れた。

 ちょうど、紫と会っていた時のような、けれどそれよりずっと弱い違和感を覚えたのだ。

 

 その方向を木の陰から窺うと、空にふよふよと小さな女の子が四人浮かんでいる。見た目は四人ともほとんど同じ、おかしなところは背中から蝶々のような綺麗な薄羽が生えているところだ。

 あと、空に浮かんでるからぱっと見でわからなかったけど、なんか縮尺おかしい気がする。背が低くなった私の、胸辺りまでしかない。体つきは幼児というより小人である。

 

「あれも妖怪?」

 

 なんかのんびり飛び回って、お互いになんか光の弾を投げ合っている。何あれ? 動きはよたよた遅いけど、もしかしてかめはめ波みたいなやつなの?

 それはそれとして、仲間割れなのかな? いや、四人とも笑顔だから遊んでいるのかもしれない。

 さっさとどっか行かないかなーとこっそり眺めていたら、ふと流れ弾がこっちに飛んでくる。反射的に悲鳴を上げそうになった口を閉じて、声を漏らさないように息を殺す。

 大丈夫、私に直撃するわけじゃない。一応、衝撃に備えて身を屈める。

 

「……っ!」

 

 私が隠れている木から、三メートルぐらい先の地面へと光の弾が落っこちた。ぼっ、という音で踏み固められた地面が小さく吹き飛ぶ。

 思っていたほどではなくて、ちょっと拍子抜けである。屈めていた体を起こして、光の弾で吹き飛んだ地面を観察する。

 

 そんなには深く穴が開いてるわけじゃない。少し掘り起こされた程度である。

 ……あれなら、たぶん人に当たっても一発で死んじゃうとかにはならなさそう。ただ衝撃自体は結構大きそうだから、直撃して当たり所が悪かったら気絶ぐらいするかもしれないけど。

 妖怪は人を食べるらしいので、気絶させられたらそのまま食べられるだろうことを考えると楽観視はできないけど、覚悟しとけば何発かは耐えられそうである。当たったら肉が弾け飛んで即死という訳ではなさそうだ。

 

 光の弾合戦をしていた少女たちはそのうちの一人が被弾したことで一区切りついたらしく、きゃっきゃうふふと笑いながら四人揃って仲良くどこかへ飛んでいった。飛んでった先が、私が向かう人里方向ではなかったのでひとまず一安心である。

 どうやら私の針(朱色)が血の色に染まるのはまだ先のことのようだ。まぁ、あんな風に妖怪が空を飛ぶものとは思ってなかったので、地上から針を投げても届かないし当たらないから、さながら竹やりvs爆撃機のワンサイドゲームだろうけど。

 こそこそと木の陰から辺りを見回し、変な気配がないのを確認して私はまた歩を進めることにした。

 

 

 

 

 せっかくのお出かけ。正直、人里から帰ったらまたしばらく神社に引きこもる生活になる未来が見える。出不精の自覚はあるのだ。

 どうせなので、私は神社と人里とを繋ぐ森を軽く散策していた。ちょっとした探し物である。きょろきょろと見回せば、お目当てのものはすぐに見つかった。

 

「これこれ、おばあちゃん子で良かったわ」

 

 落ち葉に隠れて落ちている、小さな茶色の実。どんぐりである。

 どんぐりは木の実の総称で、いくつかの種類に分かれていてその中には生で食べられるものもある。田舎のおばあちゃんに、生で食べられるどんぐりと、それが生る木を教えてもらっていたのだ。

 

「ま、二十年ぐらい前のことだから、どの木のどんぐりが生で食べられるのかさっぱり覚えてないけど。とりあえず灰汁抜きさえしちゃえばどの種類でも食べられる筈だし、持てるだけ拾っておきましょ」

 

 一番大きな風呂敷に包んで、ぐるぐると端を捻って中身がこぼれ落ちないようにしてから背中に背負う。

 お金をかからない、貴重な食糧だ。こころなし背負ったそれが中身以上に重たく感じる。

 

「ん? この酷い臭いは、えーっと……あ、やっぱり、イチョウの木! 銀杏もあるわね! お酒の肴ゲット! 念のため軍手を持ってきてた私えらいっ!」

 

 あまり人が立ち入らない森なのだろう、臭いを辿ればすぐ見つかった。

 薪運び用に使っている手袋を取り出して、熟れててもあまり実が潰れていないのをせっせせっせと一番小さな風呂敷に包んでいく。風呂敷は中からの汁やら臭いやらで犠牲になるだろうが、背に腹は変えられない。

 実から種子を取り出したり乾燥させたりの手間は面倒だけれど、煎って塩を振ると絶品である。食べ過ぎは中毒になるので注意。あんまり拾いすぎても止まらなくなりそうだし、臭いも結構すごいので拾うのはほどほどにしとこう。

 流石にこれを持って人里まで行くと服や体に臭いがつきそうだし里の人にもいい迷惑なので、包んだ風呂敷は獣道の側にあるちょっと高い木の枝に縛って吊るしておく。帰り際に回収すればいいだろう。

 

「キノコもちょくちょく見かけるけど、流石に素人目には毒キノコの判別は難しいし。あんまり人の手も入ってないみたいだから栗とか柿とかあれば採り放題なんだろうけど、この辺りにはちょっと見当たらなさそうね。えっと、他に何か食べられそうなものはー……お、川の側に見えるはオニグルミの木かな。そんなに数もなさそうだけど、クルミが落ちてたら拾って銀杏の風呂敷と一緒にしておこうっと。もう。こんなことならもっと早くこの辺の散策をすればよかったわ」

 

 おばあちゃんの知恵フル活用である。こうして人々の知恵は次代の子々孫々へ受け継がれているのだろう。

 今のところ全然まったくそんな予定はないが、結婚して子供が生まれたらこの知識を授けてあげることを決めた。私みたいに、無人神社サバイバル生活をしなきゃならない時に役に立つ筈である。

 

 

 

 

「……疲れた。帰りたい」

 

 あの後、空飛ぶ妖怪小人少女(恐らくコロボックル的な妖怪)が飛んできたり遊んでいるところから幾度か隠れてやり過ごし、空飛ぶ妖怪毛玉(恐らくケサランパサラン的な妖怪)から全力で逃げ、丁度昼ぐらいに人里へとたどり着くことが出来た。

 勢いのまま拾いまくった木の実やらの重さで移動速度が落ちてなければ、あと十五分は短縮できた筈である。そもそも途中森に寄り道しなければ、もう一時間は早く辿りつけていたことだろう。

 

「あ、ええと。博霊神社の霊夢さま?」

「はい、こんにちは。お勤めご苦労様」

「は、はい。どうも……」

 

 里の入り口には棒を持った見張りだか警備だかの二十歳ぐらいの青年が立っていたので、挨拶しておく。なんだか歯切れが悪いのと私を見て呆然としているのに気づいたが、気にしないことにする。

 二十歳そこらということは、仕事についたばかりの新入社員のようなものだろう。社会の歯車に組み込まれたばかりのひよっこどもはたまにこちらの想定を超えた理解不能な行動をするものだ。

 

 そうして人里の通りを歩き始める私だったが、なんというかやはりというか、何時代なの? といった風情である。

 住民は前合わせの着物っぽいのを着ていて、生活は教科書で見た明治・大正・昭和初期やらを髣髴とさせる。たまたま山に建っている神社が文明社会から爪弾きにあっているのではないかという期待は崩れ去った。

 ここに辿り着くまでの道が舗装されていなかったり、筆記用具が筆と墨だったり、お金が一円札だったりで半ば予想できたことではあるが、ちょっとばかり精神的ダメージが大きいです。

 贅沢は言わないから、せめて神社に下水道を引きたい。

 

 さておき。食糧の買出しである。

 大通りを歩いていれば、まず米屋が見つかった。店にいるのは店主らしき小太りしたおじさんである。

 

「すいませーん。お米くださいな」

「へい、らっしゃ……は、博麗さま」

 

 それまで声を上げて、笑顔で客に声をかけていた店主は、何やら私が声をかけた途端に顔が引き攣った。

 愛想よく明るく声をかけたのに、何だこの反応は? お客であるというのにあんまり歓迎されてないのはわかった。だが、それより用件が先だ。

 

「とりあえず一月分の米を頂戴。いくら?」

「へ、へえ。お一人一月となるとおおよそ二貫ほどかと。お値段はこれほどになります」

 

 声をフラットに戻した私に、店主はそろばんをぱちぱち。それを私に向けて見せた。

 ……一応しっかり時間をかけて見ればそろばんの数字がいくつであるのかはわかる。けれど、そもそも単位が不明である。

 二貫って何キログラムなのよ? 手持ちのお金も、一円札があったりそれより細かい穴の開いた五円玉みたいなのがあったり、それが束ねてあるのがあったりする。端的に言ってよくわかんない。

 

「高いわ。半値でどう?」

「……は、半値?」

「半値よ」

 

 とりあえず値切る。単位もわからないので、いきなり半分である。

 慌てたのは米屋の店主だ。そりゃそうである。ぶっちゃけるとこんなの交渉でも何でもない。

 

「い、いやいやっ! 博麗さま! この前にあっしが博麗さまに値切りに値切られて、これっきりという約束で特価でお売りさせていただいたじゃありませんか! その後あっし、かかあの奴に叱られたんですよ。それよりも値引けってのは、ちょっとばかしご無体じゃあ……」

 

 ほー。『博麗霊夢』ちゃんてばそんなことをしていたのか。結構いい性格をしてたようだ。道理で声をかけた店主の顔が引き攣ったわけである。

 まぁしかし、中身が変わった私は『博麗霊夢』じゃないのでそんな約束は知らないのだ。なので勝手ながら無効とさせてもらう。

 

「それじゃしょうがないからその時の価格にちょっと勉強してくれたらいいわよ。今は秋。お米の収穫が終わって値下がりしてるでしょう」

「ぐ、ぐむ……いや。あれも秋口の話ですんで、それほど値下がりしてる訳じゃあ……」

「で、売るの? 売らないの?」

 

 以前から結構強引に値切っていたようだし、かなり強気にいっても大丈夫だろう。

 店主の言葉を遮って声を上げると、店主は言葉を切って深くため息をついた。

 

「わ、わかりましたよ! ……へえ、へえ。お売りさせていただきますとも。口じゃ博麗さまにゃかなわねえ。言っときますけど、今回も相場より大分値引いてますんで、他言はなさらないでくださいよ」

「さっすがー。その思い切り、男らしいわよ」

「博麗さまはいつもそれだ。こっちは商売あがったりでさ。まったく。流石に冬になってから来られても、このお値段じゃ出せませんからね」

 

 ほー。やっぱり米の収穫時期である秋が買い時というわけね。

 米を計り始めようとする店主の前に、私はお金類をまとめてある巾着を取り出してどかっと置いた。

 

「それじゃ、それとは別にその値段で向こう三ヶ月分を買い付けとくわ」

「……へ? 買い付けですか?」

「お金は今払っておくから、また一月後に一か月分のお米を取りに来るって言ってるのよ」

「は、はぁ? そういえば、いつも半月分だけ買われていってるのに。今回は何でまた」

 

 突然の話に、店主の目は白黒してる。どうやら、『博麗霊夢』ちゃんはその日暮らしというか、数日分の食料を買っては食べ物がなくなり次第買い物に出ていたらしい。

 妖怪退治を生業としているだけあって、道中の危険もなんのその。外を出かけるのも苦じゃないんだろう。

 しかし、神社から人里までの道のりが命がけの私としては、出来るだけ買出しの回数は減らしたい。外出回数だけ妖怪と会う可能性が上がる。私は、空を飛ぶ妖怪たちからは逃げることしか出来ないのだ。

 

「だって、私一人で全部纏めてなんて持って帰れないでしょう? 本当は、前からまとめ買いしたかったのよ。神社まで届けてくれるっていうならそれでもいいけど」

「いやいや、勘弁して下せえ。うちの丁稚どもを使っても、運んでるとこを妖怪に襲われたら一発だ」

「だから、毎月私がわざわざ里まで取りに来るから、そっちで取り置いておいてって言ってるの」

「まぁ、山の神社までお届けすることを考えれば、取り置くぐらいは……。それじゃあ今証文を書きますんで、ちょいとお待ちを」

 

 正直、里まで買出しに来なきゃならないのは私の都合なんだけど、私の言うとおりに危険と手間とを天秤にかけてくれた。そんな義理もないというのに。

 言いくるめられているのに店主は気づいているのかいないのか、うんうん唸ってから折れてくれた。いい人である。

 

「あ、お金はここに置いておくから、勘定も済ませておいて。わかってると思うけど……」

「ええ、ええ。博麗さまからぼったくるなんて恐ろしいことはしませんよ。釣銭が足りないなんて言われたら、あっしの店はどうなることか」

 

 オーバーアクションで身を振るわせた店主は証文を書き上げて、残ったお金の巾着と証文をまとめて私へと渡す。

 念の為、お金を数えているところじっと眺めていたのでちょろまかされたりもしてないだろう。

 

「ちょっとこれから他にも寄るから、後でまた一月分のお米だけ取りに来るわ」

「へぇ、かしこまりました。ご用意しておきますよ」

 

 それを受け取って、懐にしまった私は米屋を出た。さて、お米はよし。次は八百屋やお茶屋さんを探さなくちゃいけない。

 うろうろとあっちこっちに通りを練り歩きながら、まとめて買い物が出来たデパートやスーパーってかなり便利だったんだな、なんてことをしみじみ思った。

 

 

 

 


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