アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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能力という不思議を知った私。

 

 米屋を出た私は、次に八百屋で野菜類を買い込むことにした。お米も確かに大事だけれど、今の私に何が不足しているかといえばお米で取れない栄養全般なのである。

 まとめ買いするからと無理やり値引きさせた大根、ごぼう、かぶに里芋、ねぎ、にんじんを風呂敷に包んでいく。八百屋の品揃えが思いの他豊富だったのは嬉しい。きっと、これまで漬物ばかりで不足していた栄養を補ってくれるであろう。

 店頭には他にもサツマイモやきのこ類。イチジクにザクロや柿なんて果物も取り扱っていたけれど、そちらの購入は断念した。持ち帰るものにはお米もあるのだ。これ以上ここで買っていたら荷物が重すぎて神社に帰れなくなる。

 そして、神社の中からかき集めてきたお金はもう三分の一まで目減りしている。まだこのあとにお茶を買う予定なのだ。金銭面的な意味でもこれ以上は使えない。

 そして残念ながら、大福やおはぎ、お饅頭もまたの機会になりそうである。

 

 

 さて、お茶屋さんを探して里の中を歩いていると、里の中心から外れたところに平屋建ての木造の建物を見つけた。茅葺屋根の民家が並ぶ中、他と違って見るからに真新しく建てられたばかりというのがわかる。

 目に付いたのでなんとなしに道を歩きながら建物の中を眺め見ていると、十に満たない子供たちが席について一生懸命に前方を見据えて筆を動かしていた。

 これはあれだ。学校だ。昔だと寺子屋とかいうんだっけ? ちょいと興味を惹かれた私は、建物へと近寄る。どんなことを教えているのだろうか。耳を澄ませてみる。

 

「それじゃあ、ここまでとしようか。今日はいつもよりちょっとだけ多かったから、家でしっかりと復習しておくように」

 

 落ち着いた柔らかい声色で告げられた授業終了の声に、「はーい!」と生徒の子供たちが返事をしてわらわらと立ち上がった。

 どうやら、タイミング悪く授業が終わってしまったところのようである。先生らしい女性が、教室を出て行く前に礼をしていく子供たちに手を振っている。あれはお別れの挨拶なのだろう。

 

「なんか、こういうところは変わらないのね」

 

 幼稚園の頃は一人一人が保母さんに「さようなら」をしていたのを、小学校からは、起立、礼、で揃えてやるようになったんだっけ。

 それでクラスの男子が何人かちゃんとやらないものだから、何故か連帯責任とかいってみんなでやり直させられるのだ。

 

 一番初めに教室を出て行った子供たちが、玄関から出てきて私とすれ違う。まだ昼過ぎになったばかりだが、もう本日の授業は全て終わりのようだ。

 出てきた子供の何人かが私を見て「はくれーさまだ」なんて言って物珍しそうにしている。一人が興味本位で近寄ってくると、それに続いてもう一人、二人と私の傍に群がってきた。

 べったりというわけではなく、見世物にされてるみたいにちょっとだけ離れた位置で囲まれてしまう。まとわりつかれるより対処に困るんだけど、これ。

 

「はくれーさま、何してんの?」

「んー?」

 

 小学校低学年ぐらいの男の子に何をしているかと問われ、私はちょっと返答に困ってしまった。特に何をしていた訳ではなく、興味本位で授業の様子を見てみようと思っていただけだ。

 まごまごしている私に、見かねたらしい別の男の子が声を上げた。

 

「ばかじゃん。買い物してるに決まってんだろ。そんなの、はくれいさまのかっこう見ればわかるじゃん」

「うるせーな! なんだよ、お前には聞いてないだろ!」

「だって、はくれいさまにめいわくだろ! ばかなこと聞いたお前がわるいんじゃん!」

 

 言い合っている男の子二人は、今にも掴みかかりそうな感じでお互いを睨みつけている。

 第一声からなんと十秒で言い争いが始まった。私に質問した子に突っかかった子が余計なことを言ったのが原因だろうけど、どうやらそれも私を慮ってのことなのでなんとも言えない。

 

「こらこら、いきなりケンカしない」

「わあっ」

「うわ」

 

 私に近寄るなりケンカを始めた男の子二人の頭を、近寄っていってぐりぐりと撫でてやる。ケンカしていた男の子はそんなことされるとは思っていなかったらしく、驚いてケンカどころじゃなくなったようだ。

 どうやら子供たちの反応を見るに、博例神社の巫女っていうのはちょっと物珍しい、そんでもって特別な存在なようだ。

 

「おや、なにやら見かけない顔が見えるな」

「あ、けーね先生! はくれーさまが来た!」

「そうだな。この前の授業で話した、幻想郷の端に位置する『博麗神社』の巫女さまだ。最近は里で見なかったが……。いや、そうじゃない。お前たち、家の手伝いがあるだろう。あんまり道草を食わないようにしないといけないぞ」

「はーい」

 

 女性教師がそう言うと、群がっていた子供たちがまたわらわらと散っていく。

 なかなか子供に好かれた先生であるようだ。彼女の言うことを素直に聞くことからわかる。

 

「子供は元気ねぇ」

「ああ、あの子たちからはいつも元気をもらっているよ」

 

 こちらに手を振って帰っていく子供を見送りながら私がぽつりと呟くと、女性は嬉しそうに笑みを作る。

 子供たちの姿が見えなくなったのを並んで見届けると、私と女性は向き合った。

 

 改めて見れば、彼女はちょっと堅苦しそうな出来る女系の美人である。

 見る限りでは十台後半の少女なのだが、この幻想郷ではもう立派な大人なのかもしれない。異様に落ち着いて見える。

 そして驚くのは髪の毛が水色がかった白であることだ。頭の上には何と言っていいのかよくわからない小さな帽子が乗っかっている。

 前合わせの和服ではなく、白いブラウスと青いワンピースを着ている。そしてこの『博麗霊夢』より背が低いのに、私と『霊夢』ちゃんより胸が大きいのだ。おまけに美人ときたら、凄まじい戦闘力である。

 

「何度か見かけたことはあったが、こうして顔を合わせるのは初めてになるな。まだ開校して一月ほどなのだが、寺子屋で子供たちに歴史を教えている上白沢(かみしらさわ) 慧音(けいね)だ」

「ご丁寧にどうも。博麗神社の巫女のようなものよ」

 

 慧音が握手の為に手を伸ばしてくる。私が挨拶になっていない挨拶を返して握り替えそうとすると、慧音は直前になって手を引っ込めた。

 なにやら、私を見てむっと眉をひそめている。

 

「それは職業であって名前ではないだろう? 名前を名乗り返さないのは感心しないな。上の人間がそうでは子供たちに悪影響が出るから、そういう振る舞いは改めて欲しい」

「ああ、悪かったわね。どうも、この名前を私が名乗るのは気が引けていて。とりあえず、博麗霊夢とかいう者らしいわよ」

「はい、よろしく。私のことは好きに呼んでくれ。私も好きに呼ばせてもらう」

 

 改めて、差し出した右手を握り合う。薄く笑みを浮かべる慧音は、私に対しても生徒の子供たちと話すようにしている。

 確かに見た目では『博麗霊夢』より三つは上に見えるが、中身では私の方が遥かに上だというのに。しかし、どうもそれが嫌という感じはしない。

 

「で、霊夢はどうしたんだ? 寺子屋の噂でも聞いて、私の歴史の授業でも受けに来たのか?」

「んー、今ならそれもいいかもしれないわね。幻想郷の歴史には少し興味があるわ」

「そうか。でも残念だが、今日の授業は終わってしまったんだ。明日の辰の刻に来れば、霊夢の席を用意しておくぞ」

「いえ、やっぱり遠慮しておくわ。私が混ざっていたら子供たちが授業にならないでしょ?」

「違いない」

 

 先の、浮き足立った様子の生徒たちの様子を思い返して、二人して、くくく、と笑みをこぼす。

 どうやら慧音は堅苦しいだけかと思いきや、冗談の類がまったく通じないというわけでもないようである。

 

 慧音と応対してからあることを思いついた。慧音が先生だということは、色々と物知りではあるだろう。

 この幻想郷について、ちょっと教えてもらえないだろうか。特に、幻想郷とか妖怪だとかそのあたりのことを。

 

「慧音。良ければ、ちょっとしたお願いがあるんだけど。ちょっとこの幻想郷についてだとか、妖怪のことについてだとか、ついでに博麗神社の巫女の仕事とかについていくつか質問させてくれない?」

「ん? ああ、私にわかることなら別に構わないが……。しかし、博麗神社についてや巫女の仕事については霊夢の方がよっぽど詳しいだろう?」

「んー、それが私、何かの拍子に記憶が飛んじゃってるらしくて、その辺のことが全部抜け落ちちゃってるのよ。神社を漁って私が誰であるかはわかったんだけど、それ以外のことがさっぱりでさあ」

 

 博麗霊夢が記憶喪失しているという、紫がしていた勘違いは私にとってこの上なく都合がいい。私のこの幻想郷における知識や常識は、記憶喪失している境遇とそんなに変わらないのだ。

 実は中身はまったくの別人だなんてことを初対面の人間に伝えても、おかしな人と思われるだけだろう。

 

「ふむ、そうか……。博麗霊夢である記憶が無かったから、自分の名前を名乗りたがらなかったのか。自分が誰であるのかわからず、博麗霊夢であることにもいまいち実感が湧かないというところか?」

「まぁ、そうね。訂正するほど間違っちゃいないわ」

「ということは、知らずにお前に無理強いをしてしまっていたのか。すまない」

「ちょっと、そんなことで謝らなくていいわよ。私も、あの言い様が褒められたものじゃないとは思ってるし」

 

 私をまっすぐ見据えてから深く頭を下げる慧音に、私は慌てる。そうも気にされると、今度は私の良心が痛んでくる。

 私は『博麗霊夢』ではないからそう名乗ることを違うと考えているのは確かだけれど、自分の為に嘘をついているのも確かなのだ。

 

「しかし、そうだな。自分のことさえもわかっていないのなら、相当に困っているんだろう? 一月分の編纂の仕事が溜まっているからあまり時間はかけられないが、ちょっと霊夢の歴史も覗いてみようか。霊夢。二日後の夜は何か予定はあるか?」

「二日後? 別に何かをしなきゃならないなんてことはないけど……歴史を覗くって、何それ?」

「私の満月の時だけ使える能力なんだが、私は隠された歴史を識ることが出来る。知られずに隠れてしまった『博麗霊夢』という人間の歴史を辿れるかもしれない。……ああ、能力についても霊夢は忘れてしまっているのか。この幻想郷に生きる人間や妖怪、妖精などの中には、稀にそういった特殊能力を持つ者がいるんだ」

「へえ。面白いわね。ということは、私にもそういう能力があるのかしら?」

「さあ、そればっかりはわからない。大抵は自覚があるものだし、先天的だったり後天的に授かったり。中には身につけた技術を能力であると自称しているだけだったりもするから、曖昧なものさ。霊夢も、能力が備わっていても気づいていないだけかもしれないし、これから目覚めるのかもしれない。そもそも、能力を持たない者なのかもしれない」

「そ。あれば便利っていう程度のものなのね」

「そうだな。中には能力の所為で生活に支障をきたす者もいるというから、人によってはなくても構わない程度のものだろう。今の私も、さしずめ『歴史を食う程度の能力』っていう、その程度のものさ」

「なるほど。その程度ね」

 

 歴史を食うとか、意味はわからないがもう字面だけですごそうな能力である。何がその程度か。

 でも助けてくれるというので妬みやらの不満は心の奥へ押し留めておく。

 

「もし、お前が博麗霊夢の歴史を知りたいというのなら、二日後の夕方にこの寺子屋まで来てくれ。ちょっとばかり霊夢も驚くことになるかもしれないが、もしかしたら私の能力がお前の力になれるかもしれない」

「そんなの、願っても無いことだわ。本当に助かるけど……でも、なんでそんな風に会ったばかりの私を助けてくれるのよ」

 

 あちらにして見れば、これまで見たことがあるだけの面識も無い人間である。私が慧音の立場であればこうも親切になれるだろうか。……たぶんなれないだろう。

 心底不思議そうに問いかける私を見て、慧音は二ッと格好よく笑みを浮かべた。

 

「何。困っている人がいるのなら、手を貸してやるのが人情というものだろう。それに、私は人間が大好きなのさ」

 

 どうやら慧音は、美人さんで面倒見がよく、その上に男前でもあるらしい。

 女子高にいたら、きっと下級生を中心にファンクラブが出来るだろう逸材である。

 

「質問があるなら、その時に一緒に答えよう。疑問に思うことがあれば纏めておいてくれ。これから所用があるんだ。悪いが、それではまたな」

「ええ、また」

 

 背筋をぴんと伸ばして去っていく慧音を、私は半ば見惚れるように呆然と見送っていた。立ち姿もそうだけど、人間もまっすぐである。

 八百屋のおっさんを値切り過ぎて泣かした私は、人間としても女性としても彼女を見習ってちょっと色々と考え直すべきなのかもしれない。

 

 

 


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