アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

6 / 28
登場人物に会った主人公の私。

 

 ――――人里。

 神社にあった地図や文献を確認するところによると、幻想郷に住む人間はほとんどがこの里の中で生活しているようである。

 そうでないのは、『博麗霊夢』のように一人でも何とかできる者や奇特な考えを持つ者ぐらいのようだ。

 

 この幻想郷においてヒトは食物連鎖の頂点に立てているとは言えない。というのも、人間を食べる妖怪が存在しているからだ。

 妖怪の中にも人を襲わない人間基準での善良な妖怪はいるが(きっと紫のように人の姿を取っている知恵のある者だろう)、そうでない危険な妖怪の方がよっぽど多い。人間側で妖怪を友人として受け入れているのもまた極僅かであって、大半は恐れて近づこうともしない。完全にお互いを排斥しあっている訳ではないけれども、その溝は深いようである。

 そのうち、特殊な力を持たない一般人が妖怪らに襲われないようするには『群れる』必要があった。そうした人々が寄り集うここ人里では、妖怪は人を襲ってはいけないという取り決めがされている。里の中に限っては安全が約束されているのだ。

 

 そんな事情で、この人里には幻想郷中の人間が集まっているといって過言ではない。

 大変に活気があり、人通りも多い。商店は立ち並び、住居である民家、畑に田んぼなどなど、生活に必要なものはおおよそ人里の中だけで賄える。人間たちが暮らしていけるぐらいに広く、大きく、発展しているのだ。

 道幅の広い大通りを人ごみの中を歩いていた私は、あたりをきょろきょろと眺めながらそれを実感していた。

 

 

 まぁ、それはさておき、困った。

 慧音と分かれた後、私はまず里の外れの方にあった小さなお茶屋さんでお茶っ葉を買った。ここまでは当初の予定通りである。

 問題はその後で、目的を果たし、米屋に買ったお米を取りに戻る途中で、私は道で声を上げて売り歩く行商を見つけてしまったのだ。

 栄養失調気味の私はついつい栄養満点の謳い文句の鶏卵を買い、今夜の献立を考えて一味足りないことに気づいて乾物屋でイワシの煮干を買っていた。幻想郷には海がないらしいのに、青魚をどこで仕入れたのだろう。

 

 そしたらあら不思議。手元には一円札が三枚しか残っていない。これが正真正銘の全財産である。手持ちの、ではなく博麗神社の全財産なのだ。

 イワシの煮干が高いのは海の無い幻想郷ではまぁ仕方ないとして、卵が二個だけなのにけっこうしたのは痛手である。

 米と漬け物、そして味噌を溶いた汁(自己暗示で誤魔化していたけど出汁もとらず具もないものをもう私は味噌汁とは呼ばない)だけで十日ちょっとを過ごしていた所為で、ちょっとだけ『たが』が外れてしまったらしい。

 

 ちなみに、物価から判断するに一円は現代日本でいうところの二、三千円くらいだと思う。つまり手持ちは六千円ぐらいなわけで、これから食糧が値上がりしていくだろう冬を乗り越えなければならないわけだ。

 だというのに、これから先収入を得る当てがない。十日間神社にこもっていたが、賽銭見込みはゼロと思っておいたほうがよさそうな有様である。

 お米は向こう数ヶ月分買い付けといたので大丈夫だとして、それ以外の食糧をなんとかしなくちゃならなくなってしまった。

 

「……ふぅ」

 

 そんなことを考えながら、背負っていた荷物を地面に下ろした。まだ人里の入り口だ。これから神社に帰るつもりなのだけど、その前にちょっと休憩である。

 見通しの暗い先のことを考えてたら気分が萎えてしまった。ほとんど自業自得だけど。

 

「荷物、重過ぎ。もうヤダ」

 

 地面にへたっと座り込んだ。そうしてぼーっと、大きく膨らんだ風呂敷を眺める。

 中に入っているのは、一月分のお米がたぶん六、七キロぐらい。大根にかぶ、里芋、ねぎ、にんじん。他にお茶っ葉。卵、煮干。大量のどんぐり。

 加えて、帰りには銀杏とクルミを纏めた風呂敷を森から回収もしなければならない。

 こんな大荷物だと背負っていても足の進みは遅くなる。妖怪コロボックルもどきからは隠れればいいけれど、追ってくる妖怪ケサランパサランもどきからは逃げられる気がしない。

 

 うむむ、と考え込んでいると、道行く人が座り込む私をじろじろと眺めてくる。座り込んでいる赤白の衣服を着ている私は目立つらしいが、博麗の巫女という特殊性からなのか、誰も声をかけてきたりはしない。

 ……あ、もしかしてすっごい今更なんだけど、この服って巫女服だったりするのかな。他に着る物もなかったから普通に普段着にしちゃってるんだけど、別に四六時中着てなきゃいけないものじゃないんだろうし。

 実は今見られてるのも「何であの人神社でもないのに巫女服着てんのかしら?」とかいう視線なのかもしれない。人里に出る時用に、何着か私服を用意しといたほうがいいのかも。

 

 気がついたら思考がそれて現実逃避をしている。それもこれも目の前に山のような荷物があるからだ。完全に自業自得だけど。

 とりあえず、時間を掛けてでも神社に帰るか、荷物を小分けにして二回に分けて比較的安全に運ぶか。それか別の方法を考えないと……。

 

「あれ? 霊夢じゃない。何をしているのよ、こんな道端で座り込んで。新しい占いでも始めたの?」

「おみくじは売るけど、占い師じゃないわよ。でも当たり外れは似たようなものかも。運気上昇に厄除けのお守りを持ってるけど、今日は効果を実感できてないもの」

「そこは正直に言わず、ちゃんと宣伝しておきなさいよ」

 

 反射的に声を返してしまったけれど、なにやら、神社でもないのに巫女姿の晒し者に話しかける勇者がいるぞ。

 顔を上げると、何か買い物をしていたらしくカゴを抱えたメイドさんが私のことを見下ろしていた。二十歳にはなっていないだろう、背の高いすらっとした銀髪の美人さんである。

 

「あ、見たことある人」

「はぁ? 何を今更」

 

 おっと。言ってから気づいたけど、ネットサーフィン中にたまたま絵を見かけたことがあっただけで、私が実際にこの目で見たわけじゃなかった。

 完全に彼女とは初対面である。

 

「訂正するわ。やっぱり、実は見たことのない人ね」

「そうだったかしら?」

「これに関しては間違いないわ」

「そう言われるとそうだった気がしてきたわね」

 

 私が適当にぶつぶつ言っていただけなのに、気がつけば何故か説得されかかっているメイドさん。

 慧音と同じような仕事が出来るキャリアウーマンのような気配がしたのだが、実は現代日本に蔓延っているような養殖ではない、本物の天然さんなのかもしれない。

 どうやら『博麗霊夢』と以前からの知り合いのようだし、東方なんちゃらに登場してる人物らしいので主人公になってる私を助けてくれるかもしれない。事情を話して、ちょっと助けてくれないかお願いしてみようかな。

 

「で、話を戻すけど霊夢はこんなところで何をしているの?」

「途方に暮れなきゃいけなくて大忙しよ。色々買うものを考えていたら、徒歩で来ていたことを忘れちゃってたのよ。半分くらい」

「忘れちゃったって……それじゃ、もう半分はどこいってたのよ」

「意図的に考えないようにしていたわ」

 

 メイドさんに呆れた様子で言われたが、誰よりも呆れているのは私本人である。

 それもこれも、人里にたどり着くまでに疲れ過ぎたのが原因である。ついつい帰り道に負うだろう疲労と一緒に忘却しようとしてた。

 言われるまでも無く、道中で寄った森で木の実の採集を張り切り過ぎた私の自業自得である。こんな苦境に立っているのは全部私の所為ということだ。阿呆すぎる。

 

 本格的に項垂れ始めた私を見たメイドさんはカゴを抱え直し、右脚に体重をかけて空を仰ぐと大きくため息をついた。

 

「神社まででしょう? ちょっと重いのを我慢して飛べばそんなにかからないじゃない。まったく……私も買い物は済ませたし、しょうがないから荷物を持って行くの手伝ってあげるわよ」

「ん? 飛ぶ?」

「そもそも、何でわざわざ歩いてきたのよ? 神社からここまで歩くとなると結構な距離があるでしょう?」

 

 いや、ちょっと待って欲しい。何を言っているんだこの人は。

 その口振りではメイドさんはもちろん、私までも空を飛べるみたいじゃない。

 

「えっと、私って飛べるの……?」

「飛べないの?」

「飛べたかもしれないわ」

 

 ただ、それは私ではなく『博麗霊夢』ちゃんがではあるが。ん? ……ははぁ、さては、霊力とかいう不思議パワーで空を飛べるようになるのだろう。

 そんでもって、このメイドさんも空を飛べるということは、メイドさんもまたは『博麗霊夢』ちゃんと同じく霊力の使い手ということになる。

 

「……」

「どうしたのよ?」

 

 急に神妙な顔つきになった私の顔を見て、メイドさんは怪訝そうな表情を浮かべる。彼女の問いかけに構わず、私はすっくと立ち上がった。

 流石にあぐらで座り込んで立っている人に頼みごとをするのは礼儀として如何なことか。

 スカートについた砂を払うと、脚の組みを変えてまた地面へと座り込む。――正座である。

 

「霊力の使い方と空の飛び方を教えてください」

 

 そのままの体勢から、深く深く頭を下げた。――土下座である。

 頭を下げているので見えはしないが、通行人の視線が私とその先にいるメイドさんに突き刺さるのがわかった。相手が十も年下であろうと私に躊躇はない。霊力が使えないことには本当に困っているのだ。

 慧音が二日後にやってくれる『歴史を辿る』というのも、たぶんわかるのは『博麗霊夢』が記憶喪失になった原因とかであって、私が霊力を使えるようにはならないだろう。霊力についても手がかり発見である。

 

「ちょ、ちょっとやめなさい! 頭を上げなさいよ! それに、霊力の使い方と空の飛び方を教えてくれだなんてどういうことよ」

 

 肩を掴まれ、半ば無理やりに体を起こさせられた。そのまま、メイドさんに肩をがくがくと揺すられる。

 

「話せば少し長くなりますが……」

「その敬語もやめて! 気持ち悪い!」

 

 メイドさんは自身の肩を抱き、イ~ッっと歯をむき出して体を震わせた。せっかくの美人が台無しなのだが、それでもまだ見れない顔にはならないのだから美人は得である。

 それにしても、誠心誠意を込めてのお願いを気持ち悪いとは失礼なメイドさんだ。そんなに『博麗霊夢』ちゃんは他人に謝ったりしない人間だったのだろうか?

 

 

 

 

 慧音にしたように、私はまたも現在『博麗霊夢』が記憶喪失であるとを説明することになった。

 そのことに、メイドさんは驚きを隠せないようである。まぁ、記憶喪失なんてそのあたりに転がっているような話じゃないか。

 

「道理で、見たことがあるのに見たことがないとかおかしなことを言っていたわけね。私のことも、お嬢さまのことも、紅霧異変のことも覚えていないの?」

「さっぱり何にも。あなたのことも見たことがあった気がしたのかも、ぐらいのものよ」

「そう……それじゃ、改めて自己紹介をしておきましょうか。霧の湖の岬のところに洋館が建っているでしょう? その『紅魔館』でメイドとして働かせていただいている十六夜(いざよい) 咲夜(さくや)よ」

「咲夜ね。よろしく。私は博麗神社で巫女をやっているらしい、博麗霊夢を名乗っていた者よ」

「随分とふわふわした自己紹介ねえ」

「そのまま空も飛べたら言うことはないわね」

 

 咲夜の言うように、結局名前も名乗っていないので自己紹介と言っていいのかわからない。

 思わずといった風にくすっと笑った咲夜は、こほんと咳払いして仕切りを直した。

 

「で、さっき霊夢が言っていたことだけど、生憎私には力になれそうに無いわ。私は空を飛ぶのに霊力も、魔力も、妖力も使っていないもの。厳密には空を飛んでいるわけじゃなくて、自分のいる空間ごと操作して移動させているから飛んでいるように見えているだけ。つまり能力によるものだし」

「なんだ、そうなの。使えないわねぇ。私の喜びを返しなさいよ」

「荷物運びを手伝うっていう話、無しにしてもいい?」

「残念ながらあなたの言質は、大事に大事にとってあるわ」

「……はぁ、まったく。本当、こうして話しているだけだと以前の霊夢とほとんど変わりがないわね。そう感じるのは、私とはそれほど長い付き合いではないからかしら」

「……」

 

 そうなのだろうか。咲夜はそう言うけど、中身は完全な別人なんだけど。

 黙り込んだ私に何を思ったか、咲夜は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべた。

 

「力になれなくって悪いわね。代わりと言ってはなんだけど……」

「……あれ? 咲夜?」

 

 言い終えるなりに、ぱっと突然に、咲夜の姿が目の前から消えた。何が起こったのかさっぱりわからない。

 辺りを見渡す。やはりいない。そうしてキョロキョロとしているうちに、私の足元から荷物が消えていることに気がついた。

 

「そんな! 大金をはたいて買った食材たちがないわ! ……はっ!? まさか咲夜ってメイドとは仮の姿で、実は置き引きだったんじゃ!?」

「誰が置き引きか」

「わっ」

 

 消えた時とは逆に、急に目の前に咲夜が現れて私の頭を叩いていた。先程まで持っていたカゴも見当たらず、手ぶらになっている。

 

「とりあえず足元にあった荷物は神社の賽銭箱の横に置いてきたわよ。まったく、途中で疲れて何度か能力が切れたじゃない。後先を考えずに買い過ぎなのよ」

「何それ? 瞬間移動でもしたの?」

「霊夢から見れば、そう見えるわね。でも、私からすれば一人で苦労して、相応の時間をかけて神社まで運んだのよ。とんだ重労働だったわ、感謝しなさい」

 

 空を飛べるとはいえ、私の荷物を一人で運んでくれたようだ。その意味を理解すると、私の顔が勝手にじわじわと笑みを作っていく。

 これで、帰りに森でちょっとした荷物だけ回収すればいいというわけである。素晴らしい!

 

「咲夜、ありがとう! あなたのお陰で助かったわ!」

「……後は、そうね。霊力の使い方がわからないというのであれば、一度紅魔館に来てみればいいんじゃない? 大きな地下図書館があるから、そこなら今の霊夢が必要としてる本があるかもしれないわよ?」

「お言葉に甘えて、近いうちにお邪魔させてもらうわ。咲夜にはまた迷惑掛けるかと思うけど、よろしく頼むわね!」

「……なんか素直すぎる霊夢って気持ち悪いわね。それじゃ、仕事があるから。先に失礼するわ」

 

 咲夜はまた私が敬語を使った時のように眉根を寄せて渋い顔を作ると、初めからそこにいなかったかのようにぱっと消え去った。また瞬間移動したのだろう。

 身軽になった私はすたすたと歩き出し、足取りも軽く人里の入り口を抜けていく。足取りだけじゃなく気分も軽い。

 霊力についてはわからなかったが、まぁいいか、てなもんである。

 

 しかし、それにしても感謝しろというからこっちは心からお礼を言ったというのに、まさか出てきた言葉が気持ち悪いだとは思わなかった。

 咲夜は、やっぱりずけずけ物を言うちょっと失礼なメイドさんである。秋葉原に棲息するというメイドの媚びっぷりを見習うべきだろう。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。