アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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正体に勘付かれた私。(※)

 

 瞬間移動したという咲夜の言っていたとおりに、私の買った食材は博麗神社の賽銭箱の横にまとめて置いてあった。

 ほぼ手ぶらで帰ってきた私が神社に辿りついた時には既に食材はそこにあったのである。普通に運んでたら身軽な私より遅くなるだろうに、私より早く到着している。

 神社と人里の間の道は舗装もされていない為、徒歩以外の交通手段は限られる。ということは、やっぱり咲夜は瞬間移動したんだろう。

 

 実は、荷物を運ばずに済んで喜んでいたのは人里を出てからの始めの頃だけで、道程の半分ぐらいに差し掛かると本当に神社に荷物が届いているか不安になっていた。

 ほぼお金を使い切った今、買った食材がなくなっていたら餓死へと一直線。そもそも、慧音が言っていた『幻想郷の住民は稀に特殊能力を持っている』ということについても、実際に見たことが無かったのだ。

 まぁ、結果からすれば余計な心配だったわけだけど、ちょっと半信半疑だった咲夜の言う『瞬間移動の能力』が本当だとすると、他の彼女の発言も信憑性を帯びてくる。

 

 私も、霊力を使えるようになれれば空を飛べるようになるのかもしれない。空を飛ぶことは、妖怪退治を生業とする巫女として絶対に必要な能力だろう。

 コロボックルもどきやケサランパサランもどきはふわふわ宙を飛んでいるので、私も空を飛べないことには為す術がないのだ。今日も折角用意しておいたお札や針がまったくの役立たずであった。

 

 しかし、今回人里に出かけたことで、いくつか進展があった。

 『博麗霊夢』がどうして頭にたんこぶを作って倒れていたのかは、二日後に慧音が能力で調べてくれる。霊力の習得についても、紅魔館という洋館の図書館に行けば何か手がかりがあるかもしれない。

 

 

 さて、夕食であるが、最近、ちょっと浪費が目立ってしまっている気がする。

 買い物に備えて栄養を取っておかないとと理由をつけて、外出によるストレスから暴食してしまった。

 食材の補充が済んだ今だからこそ、節制を心がけるべきだ。まして買い物でお金がなくなった今、なおさらである。

 

 でも、いつ産んだかわからない卵は、早めに食べるに越したことは無いわよね? 高かっただけに腐らせたらもったいないし。

 ということで、三品までと決めた献立(ごはん、煮干出汁の大根の葉の味噌汁、塩もみしたかぶ)に、卵そぼろが加わった。久々の味気のある食事である。

 いつも以上に味わって食べていると、幸せ過ぎて涙が出てくる。美味しい食事は生きる活力。今から明日のご飯が楽しみだ。

 

 

 

 

 翌日。湯がいたかぶの葉のお茶漬けを流し込んだ私は、ちょっとだけ張り切っていた。今日はやることがいっぱいだ。

 昨日は掃除をお休みしてしまったし、最近は誰も神社に来ないものだからと手を抜きがちだったので真面目にやることにする。いつもは午前中に終わる掃除を昼過ぎまでしっかりと念入りにやる。

 

 次は食材の下処理だ。まず、大根をひもで縛って、軒下に吊るしておく。食糧が切れ掛かった時に大いに私の食卓に貢献してくれた切干し大根再びである。

 銀杏、オニグルミは、実は食べずに種子を食べるものだ。その為、実を腐らせて種子を取り出さなければならない。

 天日の下に晒して置いたり、土に埋めたり、流水に漬けておいたりと色々やりかたはあるらしいけど、臭いもあるので神社の裏に目印に木の棒を立てて土に埋めておく。

 半月から一月後には実が腐って柔らかくなり、種子を取り出しやすくなっていることだろう。

 次はどんぐり。水に沈めて、浮いてきた古くなったり中身のないどんぐりを取り除く。沈んだ使えるどんぐりは水に漬けたままにして、どんぐりの中の虫を出すのだ。

 このまま一日一回水を換えて、一週間ぐらいすれば虫と汚れが粗方浮いて出てくる。そしたら乾燥させて、殻を剥いてアク抜きだ。

 

 銀杏、オニグルミは、早ければ一月後に食べられるようになるだろう。どんぐりと切干大根は半月ぐらいだろうか。

 どれも保存食になるので、秋であるうちにまた木の実類を拾いに行きたいところだ。

 

 

 さて、どんぐりの処理をしているところに、博麗神社に紫以来の来客があった。

 なんと十日あまりでようやくの二人目だ。博麗の巫女の存在は人里でも有名なのに、肝心の神社が人々から忘れ去られている気がする。

 

「毎度おなじみ、霧雨魔法店の出張販売だぜ!」

 

 いや、この場合、客は私になるのだろうか。魔女が被るような帽子を押さえて、箒に跨って飛んできた金髪の女の子は、箒の持ち手に布袋を下げている。出張販売とか言っていたから、あれが商品なのだろう。

 年齢は、『博麗霊夢』ちゃんと同じくらいだろうか。この子もネットかどこかで見たことがある。東方なんちゃらの重要人物なんだろう。綺麗というにはまだ早過ぎる、可愛い子だ。

 しかし、それはそれとして、物を買うような余裕は今の私には無い。

 

「訪問販売、新聞契約の勧誘はお断りしているわよ」

「なんだよ。お前が食べられるキノコを拾ったら神社まで持って来いって言ったんだろ? 私が食べ切れなさそうだった余りの分だから、お代は特別価格の二束三文だ」

 

 

【挿絵表示】

 

 ふわふわと下降して、箒から下りると石畳に降り立って布袋を掲げる魔女っ子ちゃん。昨日のケサランパサランとコロボックルを見ていたから普通に応対してしまったけども、箒で空を飛んでおるぞ、この子。

 ちなみに、ちらりと見えたスカートの中身はドロワーズである。私が今穿いているのと同じ、幻想郷に来るではお目に掛かったことのない代物だ。幻想郷での一般的な下着なのかもしれない。

 

「あら、そうだったの?」

「そうだったんだぜ。さあさ、遠路遥々(えんろはるばる)お越しになった来賓は熱いお茶をご所望らしいぜ」

「はぁ、わかったわよ。私も動きっぱなしだったし、休憩にしましょ」

 

 水を張った桶から手を抜いて、ぷらぷらと振って水気をきった。

 格安で食材を持ってきてくれたというのならばお客さんだ。言われるがままお茶をお出ししようじゃないか。

 

 

 

 

 魔女っ子ちゃんは縁側に腰掛け、ぶらぶらと脚を揺らしている。

 その横に、盆を置いた。上には湯のみが二つ。生憎お茶請けらしいものがないので、お茶だけだ。

 

「それにしてももう少し早くに来てくれれば人里まで買い物に出なくて済んだかもしれないのに。まったく間が悪いわね」

「おいおい、随分な言い草じゃないか。それだって霊夢が宴会で皆に言ったからだろ。『毎晩、神社を宴会場にしておいて飲むのは代わり映えしないお酒ばかり。どうせなら新しいお酒を持ってくるまで神社に来るな』、なんてさ」

 

 お茶を湯飲みに注いで渡してやると、魔女っ子ちゃんはそれを当然のように受け取り、中も見ずに啜る。熱かったのか、一口啜ってすぐに湯飲みから口を離した。

 お礼の言葉がないのに年長者として一言を……とも思ったが、その辺り阿吽の呼吸で済むほど『博麗霊夢』ちゃんと親しい仲なのかもしれないので黙っておく。

 

「へえ、それじゃ新しいお酒を持ってきたの?」

「……んー、話のネタ程度には。紅魔館から借りてきた酒に魔法の森産の万年茸を漬け込んだ、きのこ酒だぜ」

 

 言って、魔女帽子に手を突っ込んで取り出すと、中から縦に長い瓶が出てくる。瓶の中には木片みたいなものと、薄く茶に染まったお酒が入っている。

 微妙に帽子の空間に収まりきらない大きさな気がするが、まぁたぶん気のせいである。

 

「あら、いいじゃない。で、美味しいの?」

「さあ? 紅魔館の門番に飲ませたら特に美味いとも不味いとも言わなかったぜ。何か言う前に鼻血を噴き出したからな。体の疲れは取れたらしいけど」

「他人で毒見か。悪いことするわねぇ」

「元気になったんだからいいことだろ?」

 

 にいっと人好きする笑みを浮かべた魔女っ子ちゃんは、ちょっと冷めたお茶をごくごくと一気に飲み干した。

 お客さんだというので新しいお茶っ葉で淹れたというのに、何ということを。私はゆっくりゆっくりと味わっているというのに。

 

 なんか悔しいので、空になった湯飲みにお代わりを注いでやるが中身は昨夜から私が使っている四回目の茶っ葉である。

 それを受け取った魔女っ子ちゃんは、見るからに色が大分薄くなったお茶に「これこれ」なんていって嬉しそうに口をつける。……喜んでやがる。

 それから私と魔女っ子ちゃんは二人並んで縁側に腰掛け、無言でお茶を啜る。

 

「ところで、霊夢の姿をしているお前は誰なんだ? 霊夢が私に一番煎じの濃いお茶を淹れたのは初めてだぜ」

 

 私の湯飲みのお茶が半分ぐらいになる頃、魔女っ子ちゃんはこちらに振り向きもしないまま何でもないようにぽろっと声を上げた。

 こちらから説明を始める前に、確信を持って尋ねられたのは初めてである。

 

「どうやらあなたの知っている『博麗霊夢』は頭を打って記憶喪失になったらしいわよ」

 

 けれども、以前からの知り合いらしいから咲夜にもしたような説明しようとは内心で考えていたので、すぐさま言葉を返すことができた。

 三度目ともなれば慣れた物。魔女っ子ちゃんの察しがよくて、むしろ面倒が省けて助かる。

 

「そうなのか?」

 

 咲夜にはあっさり通じた説明をするも、魔女っ子ちゃんはどうにも納得がいかないようで私をじーっと見てうんうん唸っている。

 そうしてそのまま後ろ手に体重を預けて上体をのけぞらせると、空へと顔を向けて目を瞑る。無言になってそのまま数秒。

 

「…………うーん。いや、やっぱり違うな。雰囲気とか話し方とか似てるけど、やっぱり霊夢じゃない。別人だ」

「へえ」

 

 ……どうやら咲夜よりも『博麗霊夢』ちゃんとの付き合いが長いようである。

 そうなると、彼女には記憶喪失だなんて誤魔化さずにしっかりと事情を話しておくべきだっただろうか。

 

「お。感心したってことは、どうやら当たったみたいだな。で、結局霊夢の奴はどうしたんだ?」

「それがわかんないのよ。私は気がついたら頭にたんこぶこさえて倒れてただけだから。中身が別人だなんて言っても信じてもらえそうにないから、記憶喪失ってことで通していたわけ」

「なぁんだ。頭を打ったのは本当だったのか」

 

 本当に残念そうに言う魔女っ子ちゃんだが、興味を示すところはそこじゃないと思う。

 構ったら話が脱線しそうな予感があったので、さっさと次を話すに限る。

 

「それまでは日本の東京に住んでた筈だけど。どうも頭を打った所為か私自身の記憶も曖昧でさあ」

「ニホンのトウキョウ? それじゃ、外界の人間ってことか」

「外界?」

「幻想郷の大結界の外の世界のことさ。ニホンもトウキョウも、たまに幻想郷に紛れ込んでくる外来人がよく言う言葉だからな。あとはケイタイが通じないとか喚いたり、今は何時代とか聞いてくるらしい」

 

 どうやら本格的に同郷の人たちのようだ。まさか、現代日本に幻想郷のような隠れ里が実在していたとは。びっくりである。

 もしかしたらネットでみた東方うんちゃらっていうのも、実話を基にして作られたものなのかもしれない。

 

「その人たちは今どうしてるのよ?」

「運良く保護できた奴は外界に送り返すさ」

 

 言外に、運悪く保護できなかった奴は妖怪に食べられるということだろう。

 そう考えればまず神社に辿りついた私は運が良かったらしい。

 

「で、送り返すってのはどこから? どうやって?」

「ここ、博麗神社で。霊夢が色々やって」

「……その『霊夢』って子は、今私の姿をしている子とは別人よね?」

「姿はお前そのものだぜ。驚くことに中身までそっくりときた」

 

 ということは、今のところ外界である日本に行く方法はないということだ。まぁ、『霊夢』ちゃんの姿である以上、このまま東京に戻っても困ってしまうのだが。

 消沈した私を、面白おかしそうに魔女っ子ちゃんが笑う。気を取り直した私は、姿勢を正して魔女っ子ちゃんに向き直った。

 

「で、えーと、あなた……」

「魔理沙。霧雨(きりさめ) 魔理沙(まりさ)だぜ」

「そう。魔理沙。さっき言ったけど、一応他の人間には記憶喪失ってことで通してるから、悪いけど魔理沙も他の人にはそれで通してくれない? 信じてくれない人も多そうだし、余計な面倒を起こしたくないもの」

「まぁ、そんぐらいなら別に構わないけど。んじゃ、お前のことも霊夢って呼ばせてもらうか。霊夢は、これまでに誰かにその記憶喪失ってことを話したのか?」

「えっと、紫と慧音と咲夜の三人ね。この三人は『博麗霊夢』が記憶喪失だと思っているわ。本当の事情を知ってるのは魔理沙だけよ」

「紫と咲夜か。慧音ってやつは人里に住んでいるとか何かで聞いた気がするな」

 

 うむむむ、と難しい顔をして考え込んでいた魔理沙だったが、何かに気づいたかのように急に俯けていた顔を上げた。

 見れば目の中にはきらきらと星が飛んでいて、満開になった花のような笑顔である。とても可愛らしいのだが、しかし何故今そんな笑顔を浮かべるのか。

 

「いや、しっかし、これは紛うことなく異変だな! 博麗の巫女が別人になるなんて、幻想郷を揺るがす大異変だぜ! それを知ってるのは私だけ! 解決できるのも私だけ! よおし、ワクワクしてきたぁっ!」

 

 がたっと立ち上がり、びしっと空を指差し高らかに宣言する魔理沙。

 それを見て聞いた私は、思わず呆れ返ってしまった。

 

「目の前で人が困ってるっていうのに、何でそんなに嬉しそうなのよ。あんたは」

「そうと決まれば情報収集だ! 捜査の基本は足よりスピードだぜ!」

 

 人の言うことも聞いた様子も無く、立てかけてあった箒に跨り、あっという間に箒星のように山の向こうへ飛んでいく。

 星をばらまきながら尾を引いていくのは、きっと魔法なのだろう。魔女姿だったし。それにしてもすごい速度だ。もう見えない。

 

「……」

 

 縁側には、布袋と一つの瓶。代金の二束三文はまだ支払ってない。

 ……よし、今日の夕飯はキノコ料理にしよう。

 


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