アラサー女子による巫女生活   作:柚子餅

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おっさん呼ばわりされる私。

 

 本日はお日柄もよく、『博麗霊夢』ちゃんの過去が赤裸々にされるかもしれない良き日である。お金になるとかいう訳でもないのに人情重視で調べてくれる慧音には感謝しよう。

 さて、慧音の言うところによると調べる為の能力は『歴史を食う程度の能力』というらしいのだが、しかし、何でまた歴史なんかを食べようと思ったのか。あんまり美味しそうには思えない。

 そして食べる能力なのに何でか歴史を辿れるのかもまた不思議でならない。その辺歴史に関することなら応用が利くのだろうけど、どれぐらいの精度かわからないのはちょっと不安だ。

 何が言いたいかといえば、慧音に記憶喪失だと嘘ついてることがばれるかもしれない。それが怖い。

 

 

 昨日はしっかり掃除をしたので、今日からまた平常運転である。思うままにはたきで埃を落とし、ほどほどに掃き掃除し、パッと見で綺麗に見える程度に拭き掃除。

 それにしても最近は食生活が改善しつつあって、ある程度の栄養を摂取出来ていたお陰で体のキレがいい。

 ビタミン、食物繊維の不足したこんな食事を十日も続けていれば、霊夢ちゃんも今より五年遅ければまず肌にハリがなくなり、髪の毛先なども痛んでくる。十年遅ければお通じに影響して吹き出物などの二次被害、十五年で色々と回復不能となっていただろう。それを三日程度で回復とは、これが若さか。

 若さの恩恵に気づくのはいつだってそれが失われた時である。仕事終わりの自炊が面倒な時に食べるカップ焼きそばに惣菜のからあげ、ビールの組み合わせはたまらないものだが、一時の快楽に身を任せると取り返しがつかなくなるのだ。

 

 

 さておき、今日は人里にでかけなければならないので先に夕飯を作り置いておく。

 夕方に人里に集合して、用事を済ませて神社に帰ってきてから夕飯の支度を始めていたら、ご飯にありつけるのが日付が変わってからになってしまってもおかしくない。

 最近は起床時間も早いので、そんな時間まで起きているのは辛い。最悪夕食も摂らずに寝てしまうことを考えるなら、今から作っておくしかない。

 

 作り置きするので、今日は料理の順番は気にしない。まずはお味噌汁の出汁を煮干で取る。水に浸して三十分、火に掛けて十分ほど。

 火に掛ければ雑味と風味の強い出汁に、水出しすればあっさりとした出汁になるけど煮干の量を増やす必要がある。つまり水出ししてから火に掛ければそれすなわち最強というわけである。

 ただし煮干で出汁を取るときは火に掛けすぎると魚臭さが強くなってしまうので、時間は正確に。充分に出汁を取って煮干を除いたら、別の鍋に移しておく。

 最後に沸騰しないよう火に気をつけながら味噌を溶かし、刻みネギを入れて火を止めたら蓋をする。

 

 次に昨夜と今日の味噌汁のお出汁に使って、取っておいた小魚の煮干を鍋に。そこに貴重な砂糖としょうゆ、みりんを加えて、弱火に掛ける。

 出汁をとった後の煮干も再利用である。これを捨てるなんてとんでもない。煮詰めて、最後に胡麻(ごま)でも合わせれば立派な佃煮の出来上がりである。

 これまでも小鉢料理の胡麻和えにしたりしてたけど、胡麻は栄養価が高いので結構重宝する。ただし、油分が多いので思いの他カロリーは高い。胡麻ドレッシングなどが好きな人はかけすぎに注意である。

 

 お米に関してはどうしようか。炊いておいてもいいけど、ご飯に限っては電子レンジでもないと温めようがない。

 かといって、帰ってきてから炊いたら火を起こすのも含めると二時間ぐらいかかってしまう。炊いておいて、茹でて保存しておいた大根の葉を刻んで炒めたのと一緒にお湯でもかけて食べるしかないか。

 

 一通りの調理が終わると、おおよそ午後二時ごろだろうか。時計がないので正確にはわからないが、太陽の高さでなんとなくわかるようになってきた。

 しかし、食材があると色々と手が加えられて、料理を作るのも楽しい。買出しに出るまでは食材が少なすぎることと、台所の勝手が違いすぎて腕を振るうことも出来なかったから余計だ。

 冷蔵庫がないので、食材もそれほど日持ちしないのが難点である。足の早そうな食べ物はさっさと消費しないと無駄になってしまう。

 

 

 かまどでお湯を沸かしながら、裏口の日陰に置いてある桶の中の水を換える。水に沈めてあるものは、昨日のどんぐりである。

 殻の中の酸素がなくなったことで中にいる虫が水面に浮いているようになるわけだけど、あんまり姿は見えない。日を置けば出てくるだろうということでまた水に沈める。

 ついでに水遣りもしておく。柔らかく掘り起こした土に、買ってあったネギの切り離しておいた根が植えてある。根っこからちょっと上で切って植えると、また断面から生えてくるのだ。

 これはプランター栽培や水栽培することもできるので、私も東京でやっていた方法だったりする。伸びたところを切って食べられるし、私一人分だったらこれからネギには困らないだろう。

 

 水遣りから戻ると、ちょうどお湯が沸いていたのでお茶で一服する。

 暇があればお湯を沸かしてお茶を飲んでいる気がする。口寂しくなったらお茶、もはや中毒といってもいい。

 

「おっと、今日は丁度よく休憩してるな。霊夢、私にも一杯くれ」

 

 もう少ししたら出発しないと、夕方のうちに辿り着けない。その割に危機感もなくぼんやりと縁側でお茶を啜っていると、昨日聞いたばかりの声が上空から降ってくる。

 私がその姿を認める前に、勢いよく空を滑り落ちてきた。魔理沙は箒から投げ出されるように降りると、がりがり砂利を鳴らして着地する。

 

「別にいいけど。お茶は今日の分の新しいお酒と交換よ」

「おいおい、新しい酒を持ってくるまで来るなって言ってたのは新生霊夢じゃなくて、元祖霊夢だろ。だからもう無効だぜ」

「どちらにせよ私が言ったことなら、今もばっちり有効に決まってるじゃない」

 

 ただし、米屋での『博麗霊夢』がしたこれっきりだったらしい約束は、別人になった私には無効であるが。

 食糧事情が芳しくない現状、貰えるものは何でも貰うに限る。私自身が飲まなくても、人里に持っていけば奇特な人間が買っていってくれるかもしれない。

 鼻血が出ても元気になるならおそらく薬。いいことである。当博麗神社では、あらゆる資源をリサイクルしています。

 

「そういや、昨日持ってきていたキノコはどこに忘れていったんだっけな?」

「まぁまぁ。そんなどうでもいいことを思い出す前にお茶でも飲んでいきなさいよ」

「おう、いただくぜ」

 

 白々しく言った私が立ち上がって湯飲みと新しいお茶の準備を始めると、キノコのことを気にした様子もない魔理沙がどかりと縁側に腰を下ろし、大あくびした。

 魔理沙の分の湯飲みを持って戻ってくる頃には、日差しの暖かさもあってうつらうつらしている。ちなみに、魔理沙に新しいお茶っ葉で淹れてやっても馬鹿を見るのはわかっているので、五回目のお茶だ。

 

「どうしたのよ、そんな眠そうにして。そういえば、異変の捜査とか言って飛んでいってたけど何かわかったの?」

 

 ずずっとお茶を啜ってむにゃむにゃした魔理沙は、被っていた帽子を横に置いた。

 

「いいや、色々心当たりを見て回ったけどさっぱりだった。とりあえず昨日今日で幻想郷をうろうろしていた容疑者五人はとっちめてやったけどな。その後に事情を聞いたら全員白だったぜ」

 

 うろうろしているだけで容疑者扱い、さらに襲い掛かってボコボコにしてから事情聴取。

 この子、完全に警察のご厄介になるほうの人間である。やっていることが通り魔のそれだ。

 

「余計なこといって異変に気づかせちゃったら元も子もないしなぁ。しかし、別の意識を乗り移らせることが出来る奴なんて、そうそういるもんでもない。……いや、この私としたことが事情を知ってる一番怪しい容疑者を忘れてたぜ」

 

 ぼんやりとして、半分閉じかけていた魔理沙の目がぱっと見開かれる。

 置いてあった帽子をさっと取り、被り直した魔理沙はお茶をぐいっと煽って飲み干した。

 

「事情を知ってるって、誰よそれ? 紫?」

「すっとぼけたな。ますます怪しいぜ」

 

 立ち上がる魔理沙に合わせて、隣に腰掛けていた私は見上げるようになる。

 にやっと好戦的に笑った魔理沙の顔が私に向かっていることに気づいて、ようやくその発言の意味に気がついた。

 

「もしかして、私?」

「お、ついに馬脚をあらわしたな! 古今東西、白を切るのは犯人だけと決まってる!」

 

 魔理沙は立てかけてあった箒に跨り、帽子を押さえて宙に舞い上がる。

 ある程度の高さで停止した魔理沙は帽子の中から変なコンパクトのようなものを取り出した。しかし、色々出てくる収納に便利な帽子である。

 

「……」

 

 次に、ごそごそと服を漁ってなんかカードのようなものを用意している。

 私はその間に、飲み干してしまったお茶のお代わりを湯飲みに注いでいた。一応、帰るわけでもなさそうなので魔理沙の湯飲みにも注いでおく。

 

「……おぉーい、霊夢! 私一人で馬鹿みたいじゃないか! いつもの弾幕ごっこの時間だぞ!」

 

 新しく注ぎ直したお茶を啜りながら上空の魔理沙の様子をじーっと見ていると、魔理沙は一向に動かずにいる私に向かって声を張り上げた。

 仕方ないので湯飲みを置き、返事をすることにした。魔理沙の声も聞き取り辛かったので、こっちも聞こえるように結構な大声である。

 

「その弾幕ごっことかいうのは知らないけど、とにかくお断りよー! 空も飛べない、霊力とやらも使えない私が魔理沙とやって勝てるとは思えないもの!」

「はぁっ!? いっつもふわふわ浮いてる霊夢が、空も飛べないのか?」

「言ってなかったっけ?」

「何だよ、聞いてないぜ」

 

 魔理沙は途端に詰まらなさそうな顔になって、ふわっと地面へと降りてくる。

 箒を立てかけ、コンパクトをまたぐいっと帽子に押し込んでから縁側に置くと、またどかりと元の位置に座り直した。組んだ足に肘を置いた魔理沙は、あごを手で支えて、口を尖がらせる。

 そして当然のようにお代わりのお茶を啜りだす。……私が『霊夢』ちゃんとは別人だとわかっているだろうし、そろそろお礼を言うことを覚えさせてもいいのかもしれない。

 

「流石に空も飛べない、霊力も使えないんじゃ霊夢が犯人ってこともないか。しっかし、珍しく当たりだったと思ったんだけどなぁ」

「そんなわけないでしょ。大体、何でまたそんな風に思ったのよ?」

「ん? 霊夢って巫女だろ? 神宿りだか、神降ろしだかっていう儀式で、神様を自分に『降ろす』ことが出来るらしいからな。神様に比べれば、人間の意識ぐらい引っ張ってくるのは簡単だと思ったんだけど」

「神降ろし……ああ、あれね」

 

 神社を漁っていたら、それについて書かれていた書物がいくつか出てきたことを思い出す。

 博麗神社は、神社なのに建物の大半が居住スペースになっている。掃除をしていて気がついたけど、本殿のほうには神降ろしをする為の一室もあった。

 

「ああっ!? もう日が落ち始めてる! 魔理沙、私これから人里に行かなきゃならないのよ。悪いけど今日のところはここまでにしておいて。すぐに出なきゃ!」

 

 そんな風にその部屋のことを思い起こしていると、空が赤く染まってきていることに気がついた。日が暮れ始めている。

 まずい。これでは遅刻しそうである。慧音は時間にも厳しそうだし、寺子屋に着いた時にはもういなかった、なんてことも考えられる。

 

「こんな時間から人里にか? おまけに空も飛べないんじゃ、着くのは夜だろうに」

「出来る事なら神社でのんびりお茶を飲んでいたいけど、夕方に慧音と待ち合わせをしているのよ。『博麗霊夢』のことを能力で教えてくれるっていうからね。本当は、もう少し早く出るつもりだったの」

「……ふーん。そういうことなら、私が後ろに乗せていってやるぜ。私の勘じゃ、その慧音って奴も怪しいしな。付き添いだ」

 

 なにか良からぬことを考えている風な魔理沙に、何だか私は嫌な予感がした。

 私の勘はけっこう当たる。というか、今回は魔理沙に隠す気がない。

 

「後ろに乗せてもらえるのは助かるけど、慧音のことをとっちめるのはやめなさいよ。忙しいらしいのに、私の為に時間を作ってくれるらしいんだから」

「わかってるって。そうと決まれば七人目の容疑者訪問だ」

「わかってないじゃない」

 

 

 一緒に乗せていってくれるというけど、一応針とお札、不思議黒白ボールは持っていくことにする。

 昨日、突然にどこかに飛び出していったことを考えると、途中で気が変わって徒歩になる可能性もありえそうだ。自衛手段もなしに暗くなった森を一人で歩くとかもはや自殺と変わらない。

 

 箒に跨った魔理沙の後ろで、私も同じように跨る。

 スカートなのがちょっと不安だけれど、下がドロワーズなのでまぁいいか。これも下着だけれど、見られてもそんなに恥ずかしくない。

 

「それじゃ、しっかりと掴まってろよ。落っこちても拾いにはいかないからな」

「はいはい、よいしょっと。んー……、私よりか小さいわね。しっかりと栄養取らなきゃ駄目よ?」

「ふぎゃ!」

 

 ふわっと浮かび上がった箒が、がくんと落ちかけた。

 私はびっくりして、つい手に力が入って握り締めてしまう。魔理沙の身体がびくんと跳ねて強張った。

 

「危ないわね」

「おい! おまっ、馬鹿! どこ触ってるんだ!」

「何よ、しっかり掴まってるわよ。あんまり掴むところがなくて不安だけど」

「……いいか、一度しか言わない。上空から振り落とされたくないなら、今すぐその手を離して腕を私のお腹に回せ。そして人里につくまで動かすな」

「もう、わかったわよ。女同士だっていうのに、魔理沙ったら初心ねえ」

「お前がいきなりおっさんみたいなことをするからだ!」

 

 基本的に悪戯っ子のような様子の魔理沙だが、顔を真っ赤にしてぎゃーぎゃー喚いている今は歳相応の少女である。

 普段の魔理沙も良いけど、恥ずかしがっている今の魔理沙も良い。うむ、可愛らしい。

 

 


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