暗殺教室に、命令に忠実な従者を放り込んだだけの話。

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 ひとつ、従者として主へと尽くす完璧な従者であれ。

 ひとつ、従者として主の命令にはどんな無茶であろうとも応えるべし。

 ひとつ、従者として主が間違えたならば一緒に堕ちる気概でいるべし。





第1話

 

 

 

 退屈な授業、面倒な作業。

 

 周囲から浮く事のないようにある程度計算して作られた一般生徒の姿を維持しながら、私は今日も意義の感じられない講義を聞き流す。

 黒板の文字と教師の言葉を漏らさないようにノートに書き留め、そのくせ思考は教室中の生徒に向かっていて、授業に集中していない気配を感じる生徒には習慣としている点数付けを行った。

 

 私が通う椚ヶ丘中学校では、三学年に進級した時のみ転級という制度が存在する。差別称として『エンドのE組』と呼ばれるE組へのクラス落ちである。

 成績不振、素行不良、問題行動。そういう悪い意味でクラスから浮いた存在を押し込む教室でもあり、その他の生徒達の成績を上げるために設置されたシステムであった。

 

 なんとも画期的で結果の出やすい面白い作りである。

 

 

 

「――――E組への潜入、ですか?」

 

 浅野様に告げられた命令を、私は無感動に繰り返した。左手には転級についての書類を持ち、悪くなる待遇を眺める。

 実質の、クラス落ち申告であった。

 

「もしかして、三学年の進級前に大学の卒業証明書を取らせたのはこれが理由でしょうか」

 

 かねてからの疑問であった問いを投げかければ、浅野様は何を答えるでもなくただ笑う。しかしそれで十分に彼の意図は伝わっていた。

 

 ふうっ、と息をついて困っているのだと言外に主張する。

 

 浅野様に命令を受けて定期的に海外にまで行って大学の卒業資格を取ってきたのだが、そのせいでこちらの学校が休みがちになり、コツコツと築き上げてきた友人達に病弱だと心配されるような事態に陥っているのである。

 成績不振等では無いとはいえ、E組に落ちた私を彼女達は友人と認めるだろうか、とどうでも良いことを考えながら一瞬だけ現実逃避した。

 

 そんな私に、いつもの姿勢を崩すこと無く彼は告げる。

 

「浅野家に仕える従者がE組出身というのは外聞が悪いからね、別の経歴が必要だったんだよ」

 

 ……まぁ、それは納得できる。

 結果を求める彼にとって、落ちこぼれの従者なんて必要のないものだろう。浅野家の従者で有るためには周囲を黙らせることの出来る武器が必要だ。

 

 しかし、と私は考える。

 

「――――何か、E組に関して隠していらっしゃいますよね」

 

 思えば、歴代を振り返ってみても浅野様がE組を顧みることは無かったと記憶していた。

 彼のことだ、全校生徒の成績を上げる為の生贄、人身御供なのだとかそのクラスの生徒を見ていないに違いない。だというのに、E組を気にかけるようなそんなやり方。

 隠していると、言っているようなものだ。

 

「……なに、ただの保険だよ」

 

 詳細は別からの説明があると、浅野様はそう言った。

 

「今年はどうやら、私の教育論とは違う異物がありそうでね。君にはE組の監視とともに変な考えを起こす者が出ないよう、生徒達の行動を調整してほしい」

 

「…………貴方に対抗しかねない相手では、私は噛ませ犬にもならないと思いますが?」

 

 期待というより、浅野様の言葉は無茶としか言い様がない。私は浅野様方とは違い相手を圧倒できるような力はないのだ、化け物相手になる筈がなかった。

 そうは告げてみても、浅野様に言葉を撤回する様子はない。私はため息をつく以外に無かった。

 

「E組落ちに、命令。……不服かい、葵?」

 

 楽しそうに彼は言った。

 否。実際に楽しんでいるのだろう、浅野様は親子揃ってよく似ている。他者を圧倒して制圧する支配者は、皆得てして加虐的だ。

 特に、嫌な顔ひとつせず従順に従う我が一族の表情を変えることには、努力を惜しまない。我が鏑木一族と浅野家の間で古くから続く部下いびりのようなものだ。

 試すように私を見下す目線を斜め下から受け止めて、うっすらと目を細める。

 

「――――まさか。浅野様に従うのが私の存在意義、ご命令であればどのような無茶であっても実行いたします」

 

 ほんのりと微笑んだ私とは対に、浅野様は何度も聞いたつまらない言葉を飽きたように聞いていた。

 逸らされた視線で話が終わったと判断した私が部屋を退出しようとした時、思い出したように彼が声を上げた。そして特に何でもないように言う。

 

「嗚呼、それと……君はあくまでも保険なのだから、命令通り行かなかったからといって私の許可なしに命で贖おうとするのは止めてくれ」

 

 それは、浅野様にとって本当に何でもない言葉だったのかもしれない。

 先代が実行しようとした事を前もって釘刺しただけだったのかもしれない。

 

「えっ……、」

 

 けれど私は、動揺せざるを得なかった。

 一瞬何も言えなくなって沈黙して、曖昧に、けれどしっかりと頷く。

 

「りょう、かいしました………學峯様」

 

 最小限に音を留めて扉を閉じ、驚いた、と小さな声で私は呟く。

 従者である私達にとって主の命令は絶対的なものであって、実行できないような無能は浅野家には必要のないものである。無能は死ね。主の手を煩わせること無く、自害を選べ。

 その考えを歴代の一族達は肯定してきたし、私も幼い頃から、主の命令に背いたり失敗した時には己の命にて贖うのだと教えられてきた。

 

「……まさか、止められるとは思わなかった…」

 

 無茶な命令を受ける度に、私は自害する覚悟を持って実行している。今回は殆ど確実にそうなるだろうと判断していただけに、止められてしまえばどうすれば良いのかと思い悩んだ。

 

「小指詰めるのは軽すぎますし、手足切り落とす位なら許して貰えるでしょうか」

 

 切る前に救急車を呼んでおけば死なない気がする、と通常とはずれている思考に気づくことのないまま、失敗後の処分を決め込む。

 そして転級の準備をするべく、現在の教室へと足を進ませた。

 

「さて、E組とはどのような教室なのでしょうね」

 

 

 

   ▼

 

 

 

「鏑木《かぶらぎ》葵《あおい》です。……途中からの転級ですが、よろしくお願いしますね」

 

 

 

「暗殺を生徒に頼むのは仕方のない事だと思いますが、その任務を受けるかどうかは個人に任せれているのですよね? 私は暗殺を請け負ったつもりはありません」

 

 

 

「………酷い言い様。私、そんなに信用なりませんか?」

 

 

 

「学秀様、申し訳ありませんが、その件につきましては守秘義務につきお伝えすることは出来ません。私は浅野家の従者であり、個人付きではありませんので当主様の命が優先されます」

 

 

 

「――――従者としての顔、学生としての顔、調整者としての顔。……一体私にいくつの面を持たせるおつもりですか?」

 

 

 

「殺先生のことですか? そうですね……専門者的には尊敬します。一生徒としてはあれほど親しみやすくて面白い先生は居ないでしょう。――――しかし私の仕事はE組の調整ですから、妨害者以外の何物でもないかと」

 

 

 

   ▼

 

 

 

 三年E組は暗殺教室である。

 

 事件当時から現在まで、未だに話題に登る月の破壊事件。その犯人であるらしい不思議な生命体は全国秘密裏に命を狙われる標的であり、このクラスの担任であった。

 

 標的の予告した一年後、私達の卒業を迎える来年の三月までに標的を殺せなければ、地球は破壊される。

 何故か、標的は言ったらしい。椚ヶ丘中学校三年E組の担任であればやっても良いと。そして計画されたのがクラス一つを暗殺教室とすること。

 即ち、三年E組総勢三十名弱の生徒を標的に一番近い暗殺者として育て上げる計画。

 

 しかし国が計画した一クラス全員が暗殺者となる計画は、叶えられたとは言い難い。

 

「――――だって、私は命令されない限り参加する気はありませんから」

 

 ぽつり、と誰にも聞き取れないほど小さな声で私は呟いた。

 殺先生と呼ばれる担任の授業を聞きながら、今までと同じように黒板と先生の発言をノートに漏らさず記入する。

 

 月を壊し、暗殺教室の標的である殺先生は、外観とは裏腹に教師としては完璧に近い先生だ。

 授業は解りやすく、場合によっては一人一人の学力に合わせた問題をふってくる。私の現在の成績は作り上げたものであるが、それにもしっかりと対応してくれていた。

 件の暗殺に携わっていないというのに、何とも律儀な先生である。

 

 他の生徒より一足遅れてE組に転級した私は、烏間と名乗る防衛省の男性に説明を受けた。それを聞きながら浅野様が隠していたことはこれだったのだと納得したものだ。

 

 浅野様自身がお教え下さらなかったのは恐らく口止めをされていたからだと思われるが、彼のことだ、国から口止め料として大金を受け取っているに違いない。

 そして詳しい説明と暗殺依頼をされて私は答えたのである。

 

 私は暗殺には参加しない、と。

 

 三年E組に私が来たのはあくまでも潜入の為であって、暗殺をするためではない。参加する旨を命令されない限り私の参加に意義は無いのだ。

 百億円という報奨金も、一族の忠誠を揺らがせるには値しない。

 

 浅野様に伝えた所、暗殺に参加する際には直接命令をすると仰っていたので、私の独断で先行することは無いだろう。

 

 ――――無いわけ、だが。

 

 

「――――――どうしましょうか。……不思議な事に、薄っすらと殺意が湧いてきます」

 

 鷹岡、といったかあの男は。

 烏間先生と入れ替わって体育の担当をすると言っていた、歪で胡散臭い笑顔の男。

 

 ――――暴力で与える恐怖で生徒を縛る、どうしようもない教育理論を持つ相手。

 

 彼は確かに腕のいい教官なのかもしれないが、“教師”では無いな、と判断した私は携帯を開く。

 数少ないアドレスの中の一つを押して、連絡をつなげる。

 

『今は授業中の時間の筈だが』

 

「――――あの男の授業を受ける気にはなりませんから」

 

 申し訳ありません、浅野様。

 そう告げた私の呼び方で、生徒としてではなく従者として連絡を取ってきたのだと、浅野様は気づいたようだった。

 時間割の変更を許可した時から、こうなることを予想していたであろう彼が、鷹岡の教師としての様子を問いかけてくるので私は素直に答えた。

 

「教師ではないですね、アレは」

 

 面白そうにあちら側で聞く學峯様に、面白い状況では無いですが、と返しつつ続ける。

 

「………言葉や行動を巧みに操り、生徒自身のやる気を出させる先生は別に構いません。きっと、そういう方のほうが教育者には向いているのでしょう。――――――けれど、あの人に関しては言葉も行動も酷くつまらない」

 

 そうか、と一言だけ彼が呟いたのが聞こえた。

 それきり電話が切られて、どうやら彼自らが判断するようだと、安堵なのかなんなのか、よく分からない溜息を吐く。

 

 もしかしたら、これでも私はストレスというものが溜まっていたのかもしれない。

 

「チェックメイト、っていうんですかね」

 

 …………割りと貴方のことは嫌いでしたよ、鷹岡センセイ。

 

 

 

   ▼

 

 

 

「―――――えっと…でも、私、暗殺には参加していませんし…」

 

「えええぇぇっ! 良いじゃん、行こうよ南の島での暗殺旅行! 中学校生活の思い出にもなるし行くべきだよ、絶対!」

 

 

 

「あーぁ、惜しかったのに…………あれ? もしかして私が参加していたら殺れていました?」

 

 

 

「このままでは夏休みを開けた後の学校生活にも影響が出かねないということで、學峯様からワクチン奪取計画協力の許可を得ました。私を計画の中に組み込んで下さい、烏間先生」

 

 

 

   ▼

 

 

 

 思い切り良く突き刺したナイフを躱し、側にいるのが私だと油断していた殺先生の触手を一本、破壊することに成功した。

 混乱したように慌てる身体に第二撃を放つが、その攻撃は少し大げさに取られた距離で失敗する。

 

 殺先生に恨みはない。

 むしろ、かつての學峯様を思い起こさせるその教育理念は素晴らしいものだ。

 

 …………けれど。

 

「鏑木家家訓、参……『従者として主が間違えたならば一緒に堕ちる気概でいるべし』

 

 夏休み中の、大掛かりな暗殺でも失敗してしまったことで、主から暗殺任務を請け負うように命令が下りました。

 

 申し訳ありません、殺先生。参加する意思は無いということに成っていましたが、本日から私も暗殺に参加することとなりました。

 

 

 

 …………どうぞ、よしなに」

 

 

 





 続きをまともに書ける気がしなくて、

 …………ダイジェスト短編に変更しました、すみません><


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