ベル・クラネルが魔術師なのは間違っているだろうか(凍結中) 作:ヤママ
今回はオリジナル展開、というより蛇足回のようなものです。
次回こそ・・・!必ず・・・!
農村での放牧生活を過ごしていたベルの起床時間は早い。
どんな時間に寝たとしても必ず5時には起きるように体が覚えていた。
昨日の夜は夕食を済ませ、ステイタスの更新を終えたベルはいつものようにベッドをヘスティアに明け渡すとソファーで寝ていたはずなのだが、朝起きると仰向けに寝る自分の上に柔らかい重みを感じていた。
重みの詳細はヘスティアだった。顔をベルの胸板にのせ、心地良さそうに寝ている。頬をほころばせながら「ベルく~ん…」と寝言を呟いていた。
自分の名前が呼ばれたことと、密着するような形でいることで、ベルは不意に昨晩のヘスティアの豹変ぶりを思い出す。
ベルが流れで呼び捨てで呼んだことを怒ることもせず、むしろこれからも呼び捨てで呼べ、と言った愛らしいヘスティアの姿を。
『・・・ダメ?』
「っ!?」
目の前には可愛い顔立ちのロリ巨乳がそのたわわな胸をベルの腹に押しつけ、顔を胸板にうずめて「ん、んぅ…」と呟きながら小さく動いている。そして女性特有の甘い香り・・・。
(これ以上はいけない!青少年の何かが危ない!)
ベルは状況的にも心理的にもヘスティアを抱きしめたい欲求を魔術師特有の冷静さで抑えてヘスティアを起こさないようにソファーから抜け出す。
音をなるべくたてないように防具、腰にアゾット剣を装備すると、ベルは革で出来た持ち運び出来る箱型の手持ちバックを棚の中から取り出す。それに右手を置き、魔術回路を起動させると
「
と呟く。
するとバックについた留め金が勝手に外れ、誰も触っていないのにふたが開けられた。まるで持ち主たるベルを歓迎しているかのように。
バックの中には魔石やら赤い布やらビーカー、試験管など様々なものが整理され、敷き詰められている。ベルはその中から一つの液体の入った試験管を取り出すと、服の内ポケットへ入れ、バックを閉めた。そして再度、バックに手を置き右腕の一部をエメラルドに光らせて詠唱する。
「
留め金が勝手に閉じ、それを手で開けようとしてもびくとも動かないことを確認すると、ベルはもとあった場所にバックを戻し、外へと急ぐ。
「っと、その前に。」
ベルは階段の前で振り向く。ヘスティアはまだ眠っていた。
「行ってきます。ヘスティア様。」
ヘスティアを起こさないようにと、小さい声で言うとベルはダンジョンへと向かった。
「・・・・・ベル君のいくじなし。」
―――――――――――――――――――
(いやー朝からびっくりしたな。ヘスティア様、寝ぼけてたのかな?)
ベルはダンジョンへと向かう道のりで朝のどっきりを思い返していた。女性特有の柔らかみ、肢体、感触そして何より・・・
(いい匂いだったな~)
ベルがいくら神秘を探求する魔術師の端くれで、危険を省みず強さや勇気を求める駆け出し冒険者だとしても、14歳の思春期真っ只中の男の子であることには変わりない。朝からあんなアグレッシブな体験をしてしまっては悶々としてしまう。
(っていけない!何を考えているんだ僕はゎぁぁ!!!
今からダンジョン潜るんだぞ!死と隣り合わせなんだぞ!こんな状態じゃあ魔術暴発させるぞ!
そうだ!ミノタウロスのことを思い出そう!あの突進、勢いがあったし、図体でかかったなぁ)
ふと「でかい」でヘスティアの胸が頭をよぎるベル。
(・・・でかい・・・柔らかい・・・いい匂い・・・ってだからいい加減にしろぉ!!煩悩退散!煩悩退散んnnnn!)
ベルは切り替えろと言わんばかりに自分で自分の頭を何度も小突く。思春期の煩悩とは誠に悩ましいものである。
「・・・!?」
だがベルは、そんな煩悩をすぐに捨てざる負えなくなる。
誰かの視線を感じたのだ。値踏みするような視線だ。
正直今のベルは自分の頭を何度も小突くという非常におかしな行動をとっているため、見られるのは当たり前だろう。実際、朝早く人通りがまばらとはいえ、人は通っているのだから。問題は・・・
(礼装ごしに見ているのか?嫌に魔力を感じる・・・)
ベルは自分にのみ向けられる魔力の指向性を感じた。自分が魔術に使用する
(・・・一体何者だ?それにこの魔力の神秘性、人間じゃない・・・精霊?いや神か?)
思考しながらバベルを睨み付けるベル。
神に許されているのは
――――――――――――――――――
『あらあら、嫌われちゃったかしら?』
――――――――――――――――――
視線は深く考えないうちに失せ、ベルは一人道の真ん中でほっ、と溜息をつく。
(とりあえず疑問は山ほどあるけど、今日はダンジョンに潜ることに専念しよう。エイナさんにナイフの文句言わなきゃならないし。)
「あの・・・」
「はい?」
声に振り向くと緑色のジャンバースカートに白のエプロン、団子からポニーテールが飛び出したような髪型の銀髪の少女が話しかけてきた。
「あのこれ、落しましたよ?」
そういうと少女は紺色の魔石のかけらをベルに渡した。
「ありがとうございます。あれ?巾着から落ちちゃったのかな?」
そう言って巾着に魔石を入れるベル。昨日は換金に行っていないため、魔石がまだじゃらじゃらと音を鳴らしていた。その音につられるようにベルの腹がなった。少女にも聞かれたことに思わず苦笑するベル。
すると少女は店の奥へ行き、戻ってくると「もしよかったら」と弁当をベルに渡した。
「そんな悪いですよ!それにこれ、あなたの朝ごはんじゃ・・・」
「私が仕事が始まれば賄いが出ますから。その代わり!夕食は是非当店で!」
笑顔でそう言う少女にベルは内心感心する。
お客確保のために自分の朝ごはんを生贄に出すなんて、かなり仕事が好きなのか、それとも朝ごはんで客をつる店の方針なのか、どちらにしても商売上手だなぁ。
「分かりました。『豊穣の女主人』ですね。覚えました。じゃあ夕飯の頃合いになったら伺いますね。」
「はい!是非!」
それじゃ、と言うとベルは走ってダンジョンへと向かう。後ろで少女が「沢山稼いできてくださいねー!」と大声で言ったのは、結構ツボにはいった。
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「シッ!」
「――――――――!!!」
ベルは7階層でキラーアントの群れを狩り終わったところだった。
lv1冒険者がソロで7階層まで行くのはかなり危険な行為である。しかも冒険者になってからまだ半月もならない者であれば、自殺しに行くようなものである。
しかしベルは冒険者であるのと同時に魔術師である。それも主に身体強化を得意とした。彼の師匠からは
『フィジカルマジカル 魔術少年ベル・クラネル! ・・・始まったな』
と言われ、その名に恥じぬ打撃力っぷりで10m位ふっ飛ばしたのはいい思い出である。最も、その後
『再教育の時間だ、ク・ラ・ネ・ルくぅ~ん!!How do you like me ヌァーウ!!』
とキレられ、水銀ちゃんと散々追いかけっこさせられたが。本人曰く、『あの程度遊び』と言われた時には、人間やめてるな(他人に求めるハードルが)、と純粋にベルは思った。
そんなこともあり、ベルは素の状態でもそれなりに強く、立ち回りの仕方も散々水銀ちゃんで鍛えられていたため、難なく階層を進んでいた。
「うーん・・・こりぁアクアちゃん使わなくても大丈夫だな」
ベルはそう言って胸ポケットの試験管を確認した。
ベルが『アクアちゃん』と言ったのは、彼の師匠の愛用する魔術礼装『
水銀ちゃんが水銀の質量をもって攻撃するのに対して、アクアちゃんはため込んだ魔力を基点に攻撃するものである。そのため、霊体相手にはアクアちゃんが、身体を持つ相手には水銀ちゃんが強いという特性を持っている。
もっとも、製作者たるベルは自分の身体以外の魔術行使は毛ほども出来なかったので、師匠からは
『宝の持ち腐れってレベルじゃないよね。なんで作ったの?脳みそ筋肉もそこまで行くと分からないものなの?』
と散々に言われてしまった。流石にこれにはベルもぐうの音も出ず、頭を下げて使い方を教えてもらい、何とか刃の形を固定するまでは出来るようになった。
その時の師匠は『改めて私がハイパーなんでも出来る系スーパー魔術師だということが分かった』と言われ、その時だけは力なく頷いたベルだった。
因みに、ベルは最初『アクアちゃん』のことを『お水ちゃん』と呼んでおり、師匠がお水に関して知識を教えたことにより、『アクアちゃん』という名前になった。その時師匠は
『お水とか!!いやらしい且つだっせぇネーミングセンスしてるねぇクラネル君!!酪農の家畜についてる名前の方がよっぽどましだぜ!魔術といいネーミングセンスといい全く才能が壊滅的だねぇ君は!!アッハハハハハ(無言の右ストレート)グハァ!』
いつものようにからかい過ぎてベルにパンチをもらっていた。
ベルは9階層まで潜ったが、特にこれと言った危険にも遭遇せず、身体強化なしで大体のモンスターを片付けていた。
「・・・やっぱり物足りないな」
ベルは昨日のミノタウロス戦を思い出していた。
あの攻防、一度道を踏み外せば死に繋がる綱渡り。決死の覚悟で望む殺し合い。あれこそ冒険!
やはり強くなるためにはもっと命をかけなければ。
ベルは一人、モンスターの死骸を周囲に撒き散らせながらそう思った。
「あ、そいえばご飯貰ってたんだった。食べるか。」
あらかたモンスターが片付いたところで思い出したベルは可愛らしい袋を広げて弁当箱を開く。
「サンドイッチか。頂きます。」
口に運ぶとサンドイッチなのに煎餅のように固くバリバリし、中身の具はクリーム状になっていた。そして味は、しょっぱいような苦いような辛いような甘いような・・・摩訶不思議な味だった。
「・・・食べられない程じゃないけど、不味いな。」
豊穣の女主人へ行く気が早くも失せそうなベルであった。
――――――――――――――――
「エイナさん、話があります。」
「待ってベル君。そんな真剣な表情で見ないで。みんな見てるじゃない。緊張しちゃうわ。」
「す、すみませんエイナさん。気が回らなくって。」
「いいのよ。さぁベル君?一体話って何?」
「はい、実はミノタウロスと戦ってギルドで買ったナイフがくだけちゃったんですけど、補償ってあります?」
「・・・・・・・はい?」
――――――――――――――――
エイナ・チュールにとってベル・クラネルは癒しであり、疫病神でもあった。
オラリオに初めて訪れ、冒険者になりたいという人は何人も案内してきたエイナだったが、若干14歳の子供を案内するのは初めてだった。その少年は白髪に赤眼で、見るもの全てに驚いてピョンピョンと動き回り、兎を思わせる子供だった。
最初少年は「ダンジョンに潜れば冒険者なんですよね!」と言って恩恵なしに飛び込もうとしたので頭を抱えたものだった。ダンジョンがどれほど恐ろしいところなのかをみっちりと少年に説教すると、少年はしゅん、と顔を俯かせた。その姿もまたもや可愛く、いつまでも見ていたかったエイナであるが、受付として話を進める。
「ごめんねクラネル君。でも冒険者になる前から死んじゃったりしたら笑いごとじゃないから。だからほら!そんなに落ち込まないで!」
「はい・・・ごめんなさいエイナさん。」
「ごめんなさいじゃなくて、ありがとうって言ってほしいな。」
エイナの言葉に少年の目に涙が浮かんだ。話をよく聞いていない同僚や冒険者からはエイナが少年を泣かしたように見え、自然と非難の視線が浴びせられる。
「ええぇぇぇ!!ク、クラネル君そんな!!こんなことで泣いてたら冒険者になんてなれないわよ!?ていうか、私そんなにひどい事言った!?」
エイナとしては早く少年に泣き止んでほしいし、誤解を解きたいしで手を左右に動かしててんわやんわな状態だった。少年は泣きながらも嗚咽交じりにエイナに話す。
「違うんです・・・。僕、オラリオに来るまで、僕の師匠と一緒に旅してきたんですけど、その師匠ってのがこれ以上ないって位の意地の悪い変人で・・・。」
「え?え?」
突然の告白に戸惑うエイナ。ギルドの職員とその場にいた冒険者の何人かも耳を傾けていた。
「お金の管理も出来ないくせに僕が稼いだお金を取り上げるし、事あるごとに『脳みそ筋肉』ってからかってくるし、『才能無いな』って馬鹿にしてくるし・・・そういうのが2年位普通になってたんで久しぶりに人の優しさに触れられて嬉しかったんです・・・」
「そうなの・・・大変だったわね」
エイナは14歳の頃からギルドで働き始め、現在19歳になる。いじめはなかったが、度重なる時間外労働は経験してきたため、仕事や上司への不満というところで共有するところがあり、相づちをうつ。話を聞いていた何人かも少年を哀れみの目でみていた。
「それにエイナさん、怒ってくれたじゃないですか。」
「えぇ、そりゃそうよ。恩恵もなしにダンジョンに飛び込むなんて、そんな自殺行為させられないわ。」
「僕は師匠に今までそういうことさせられてきたんで。装備もなしにゴブリンの群れに突っ込まさせられたり。」
「よく生きてこられたわね。」
「常に後ろで師匠がハイポーションを薄めたのが入ったバケツ抱えているんです。僕が死にそうになるとそれをぶっかけてきてほんの少しだけ回復させてまた突っ込ませるんですよ。うまいことあと一歩で死ぬ状態を維持させられ続けるんです。それで挙句の果てに
『人の不幸で飯がうまい!特にクラネル君の不幸は極上の味だねぇ!でももう飽きたから後は討伐任せたよ』
って言ってナイフ一本渡すといなくなるんですよ。
逃げようにも何故かゴブリンが追ってくる。後で気づいたんですけどぶっかけられた薄めたハイポーションの中にゴブリンに効くフェロモン成分が入ってたんですよね。
何とか必死こいて倒すんですけど一向に数が減らないんですよ。んで先に進むと
『実はすべて私が
って師匠がマント広げて悪役のそれっぽく言ってるんですよ。
不幸なことに二人旅だったんで師匠を咎めてくれる人はおろか止めてくれる人もいませんからね。いるのは僕の死にそうな姿を僕の作ったご飯食べながら笑顔で観戦してる人だけなんですよ。」
少年の目からはハイライトが消え、壊れた人形のようにハハハと笑っていた。
エイナは勿論のこと、ギルド職員や冒険者も声を失い、少年を哀れみどころではない目で見る。
(こいつどんだけ不幸なんだよ)
(てかその師匠ってとんでもないクズやろうじゃねーか)
(かわいそう・・・!ひたすらにかわいそう!!)
(こいつ恩恵もなしにゴブリンを倒したのか・・・もしかして実力あるのか?)
「なので嬉しかったんです。危ない行為をちゃんと止めてくれる人と久しぶりに会えて。傷つくことはよくない事って言ってくれる人と出会えて本当に嬉しいんです。エイナさん、本当にありがとうございます!」
少年の壮絶な体験から導き出されたエイナへの感謝。それを受けエイナは少年の担当になろうと決意する。
この子が触れられなかった人と人との暖かみを、思いやる心を教えてあげよう。この子が、ベル・クラネルが過去に辛かった分だけ喜びを、幸せをあげよう。
そして彼がファミリアを見つけ、冒険者となってから数日後
・装備なしでダンジョンに潜り素手で3階層のコボルトを撃退。
・エイナの忠告を受け、装備をつけて5階層まで行き、ゴブリンとコボルトの群れを撃退。 ただし武器なし。
・エイナの忠告を受け、嫌々ながらもギルド指定のナイフを購入。その時の発言にエイナ、激おこプンプンまるとなる。
―――――――そして今日
「なんで7階層なんて行ってるの!?しかも何故かミノタウロスがいたから戦ったぁ!?」
「アハハハハ・・・冒険するなら今しかない!って思っちゃって。」
「ベル君。私の『冒険者は冒険するべからず』っていうありがた~い言葉はどこへやったの?」
「あぁ、そいえばそんなこともありましたね。忘れました!」
「こんの、脳みそ筋肉馬鹿ベルがあぁぁ!!!!!」
「い、痛い!痛いですエイナさん!頭を拳でグリグリしないでぇぇぇーーーー!?!?!?」
―――――――あぁ、またやってるよ。もはや名物だな。
―――――――エイナにも男が出来たと思ったけど、ありゃ違うわね。弟だわ。
「と、ところでエイナさん!ナイフに補償ってあるんですか?」
「んなもんあるかあぁぁぁ!!!命を大事に!!!ダンジョンに潜れええぇぇぇ!!!」
「ひ、ひいぃぃぃ!痛い痛い痛い!!痛いですよ!!ごめんなさいエイナさぁーーん!!!」
「待ってベル君(また厄介事じゃないでしょうね)、
そんな真剣な表情で見ないで(あなたがその顔で来る時ろくな報告受けないのよ)、
みんな見てるじゃない(「お前の監督不行届きだ」って毎回睨まれてるのよ!余計な仕事を増やすな!)、
緊張しちゃうわ(胃薬用意しなくちゃ)」
エイナはベル君の容姿もふと出る可愛さやドキッとさせる一言が大好きです(今回は書いてないけど)。
でもそれ以上にベルに苦労させられている人です。
これからもベル・クラネル被害者の会は増えていくよ♪