魔人転生 〜兵藤一誠〜 - the outer demigod - 作:カイバル峠
赤の魔人と黒猫
「逃がすかよ―――――――――『天児屋根』ッ!!」
追手の悪魔に捕まりそうになった私の前に突然現れた少年。
彼が何やら呪文らしき言葉を唱えると、彼の持つ刀から眩い光が溢れ、余りの眩しさに私は反射的に目を瞑ってしまう。
一瞬のできごとだった。
光が収まった後、辺りは元の静けさを取り戻していた。
そこには私と彼しかおらず、私を追ってきた悪魔達は死体も含めて全て消えていた。
「あの――――「動くな」?!」
一瞬、思考が停止する。
私の目の前に突き出されたモノ、それは月明かりを反射して美しい銀色に煌めく刀。
そしてそれは他でもない、彼が私に向けていたのだ。
「単刀直入に聞く。お前、はぐれ悪魔だな?」
「……」
彼の私を見る目は恐ろしい程に冷たい。
対峙するだけでも分かる。
彼は私なんて一瞬で殺せるのだと。
私は沈黙を以て答えた――――いや、答えられなかった。
「沈黙は肯定と捉えるが、いいな?」
「……」
私は辛うじて、首を縦に振る。
明確な実力差に加えて相手の意図が読めない以上、迂闊な返答はできない。
「やっぱりな。さっきの連中の身なり、あれは冥界の治安部隊の中でも精鋭揃いの憲兵隊のものだ。つまり悪魔でありながら奴らに追われるお前はそれなりに危険だと判断できる……さて、ここからが本題だが、お前、どうしてはぐれになった?」
「え?」
私は思わず間の抜けた声を出してしまった。
いよいよ彼の思惑が分からない。
「はぐれになる奴は大抵二種類に分かれる――――無理矢理下僕にされて虐げられた奴か、若しくは悪魔に魂を売った挙句力に呑まれた屑のどちらかだ……お前はどっちだ?答えろよ。……俺も返答次第じゃお前を生かしておくわけにはいかなくなるからな。」
「っ」
彼の視線の鋭さが増す。
嘘と分かれば恐らく問答無用で殺されるだろう。
私はごくりと唾を飲み込む。
そして
「……私は―――――」
私は全てを話した。
私の生い立ち、悪魔になった理由、そして今こうしてはぐれに身をやつし、追手を蹴散らして逃げてきたこと。
「……」
私が話している間、彼はただ黙って聞いていた。
そして私が話し終わると、「そうか」とだけ零した。
私も心なしか、少しだけ心が楽になったような気がした。
思えばアイツを殺してからずっと、妹に別れを告げる間もなく、ただひたすら追手から逃れることに必死だった。
どんな形であれ、こんな風に誰かに話を聞いてもらえることなんてなかったからなのかもしれない。
「……運のいい奴め」
「へ……っ?!」
彼が徐に口を開いたと思ったその時だった。
腹部に軽い衝撃を感じ、何かが私の中に進入するのを感じた。
「っ―――――」
私は言葉を失う。
彼の手から私のお腹まで、銀の刃が真っ直ぐ伸びていた。
刃が私に刺さったまま、刀身の向きが90度回り、そして引き抜かれる。
「これで、
「……え?」
私はまたしても間の抜けた声を上げてしまう。
「何を驚いた顔をしている?
そういえば、さっきから全く、血が出たような感触も痛みもない。
一瞬、ほんの少しだけ力が抜けるような気だるさがあっただけだ。
「あ…これ……」
そしてすぐ下の地面を見ると、チェスの駒のようなものが、真っ二つに割れて落ちていた。
彼は、刀を鞘に戻しながら口を開いた。
「『悪魔の駒』、お前を悪魔に縛り付けていたモノだ。これでお前は生来の在り方を取り戻した。悪魔でない以上、誰もお前を『はぐれ悪魔』として遇することはできない……つまり晴れて自由の身になったというわけだ。」
「……!」
自由……
それは悪魔に身を落とし、主であった上級悪魔を殺めた時から叶わぬはずのものだ。
それと同時に、私はある思いに駆られた。
「ッ」
私は走り出した。
こうしてはいられない。
今すぐにでもあの子を―――――白音を助けないと。
「待ちな。」
「?!」
聞き覚えのある声と同時に、誰かが私の行く手に立ち塞がる。
それは意外にも、彼だった。
「……何の用?助けてくれたことには感謝してるわ。でも私には時間がないのだけれど?」
「ああ、そうだろうな。お前の顔を見ればわかる。……妹のところへ向かうのだろう?」
彼は淡々と告げる。
分かっているのなら何故、私を引き留めるのか。
私は次第に苛立ち始める。
「そう、分かっているのなら話は早いわ。そこをどいて頂戴。」
「それは無理な相談だな。」
「ッ、どうして……ッ!」
ますます以て、彼の意図が分からない。
「どうしてか、だと?決まっている。このままのこのこ出向けばお前は確実に捕まるか、殺されるからだ。」
「……どうしてそんなことがいえるのかしら?」
「罠だからだよ。」
「罠?」
私は怪訝な顔をして問い返した。
「ああ、罠だ。先程お前は言ったな?さっきの塵共が「妹を捕えた」と言ったと。だがどうしてそんなことをわざわざお前に話したと思う?簡単な話だ。是が非でもお前を捕えるためさ。知らないかもしれないが、お前、冥界じゃ中々の有名人みたいだしな?」
「っ……これは…」
彼はどこからともなく取り出した紙を広げて見せた。
それは冥界政府が発行した手配書―――――それも私の顔と名前が載ったものだった。
「はぐれ悪魔・黒歌、ランクSS。最上級悪魔相当のはぐれなんて、洒落にならないからな。大方さっきの追手が全滅することも端から織り込み済みだったんだろうさ。だからこそ、そうなる前に敢えて妹を人質にしたと伝えたんだよ。全てはお前をおびき出すためにな。」
「?!……嘘、でしょ……」
そんな……
だったら……
「ッ!…だったらッ、なおさらじっとなんてしていられないじゃないのッ!!今こうしている間にだってあの子が何をされているか分かったもんじゃないにゃ!!」
私はつい感情的になって怒鳴ってしまった。
あの子は今や主殺しの大罪人の妹。
どう考えても良い扱いを受ける訳がない。
それどころか私に関する情報を喋らせようとして拷問を受けている可能性だってある。
そしてその原因を作ったのは他でもない、この私。
彼に怒りをぶつけるのが間違っていることくらい分かる。
全てはあの時、ひもじさに耐えかねて悪魔の誘いに乗った私の責任だ。
そう考えると、いてもたってもいられなかった。
「……やれやれ、何か勘違いをしているようだな?」
「……どういうこと?」
ところが、彼の口から出た言葉は予想外のものだった。
だが、焦る気持ちとやり場のない怒りを抑えるのに必死な私に、その意図を推し量るだけの余裕はなかった。
しかし彼は私の問いに答えることはなく、徐に左手を私の方に突き出す。
刹那、彼の左手が淡い緑色の光に包まれる。
光はやがて収まり、甲に緑色の宝玉を配した鋭利な真紅の籠手が彼の手を覆っていた。
「今のお前の限界は5回といったところか……」
「あんた、それ……ッ?!」
『Boost! Boost! Boost! Boost! Boost!』
私が何と言おうと彼の耳には全く届いていないようだった。
籠手が機械音を発し、彼の全身から立ち昇る紅いオーラが龍のような形へと纏まっていく。
「行け」
紅いオーラは真っ直ぐ、私に直撃した。
「ッ!!!!!」
なに、これ……?
体が、ものすごく熱い……!
途轍もなく荒々しい。
今にも体がバラバラになりそう。
でも、あたたかい。
今までに感じた事のない、凄まじい昂揚感。
力の高まりは尋常ではない。
「倍加した力をお前に譲渡した……せっかく助けた命をすぐに捨てられては寝覚めが悪い。」
「っ―――――」
彼のその言葉を聞いた瞬間、私は脱兎のごとく駆け出していた。
待っていて―――――白音―――――
◆◇ ◇◆
『良かったのか?相棒。』
黒歌が去った後、青年の籠手が声を発し、彼に問いかける。
機械を介したような音ではあるが、それは確かに意思を持って発せられたものだった。
「ん?何がだ?」
『あの女は相棒が赤龍帝であることを知った。こちらの世界の者にはあまり知られるべきではないのだろう?』
「ああ、そのことか。それなら問題はない。」
『ほう?それはどうしてまた?いつもなら慎重過ぎるくらいに動くじゃないか。』
「確かに、いつもならな。だが彼女には秘密を売る相手もいないし、仮にばらされても俺に辿り着ける可能性は極めて低い。」
『随分肩入れするじゃないか。まさか、情でも移ったか?』
「まさか、そんなんじゃないさ。だが……彼女とはまた会うことになる気がする。」
『……まあ、なんでもいい。相棒がそこまで言うなら俺はこれ以上口出しはしない。しかし、お前に魅入られるとは、あの娘も運がいいのか悪いのか分からんな。』
「酷いな、まったく。それなら責任の半分くらいはお前にもあるんじゃないか?なんせお前がいて初めて俺はドラゴンたりえるのだから。」
『さあ?なんのことだか。』
「ハッ」
『クククク…』
青年は笑っていた。
そして彼に宿る姿なき者もまた、彼と同じような笑みを浮かべているのだろう。
それは確かに、彼らの間にある絆を感じさせるものだった。
「さて、そろそろ頃合いだ。行くとしよう。」
青年の姿は、まるで景色に溶け込むかのように消えていく。
あとに残されたのは、静寂を取り戻した木々と、月夜に鳴く虫たちの声のみだった。
◆◇ ◇◆
夜もすっかり更けた頃。
そこだけは不自然なほどに明るかった。
燃え盛る炎が天を焦がし、赤色に染めていたのだ。
元は巨大で壮麗な建造物だったのだろう、無残にも破壊され、辺り一面に散らばる瓦礫には呪術的な意味を持った装飾の跡が見受けられる。
あちこちで上がる火の手と、立ち昇る黒煙が、この一連の破壊行為が行われて間もないことを示していた。
『ほう?これはまた派手にやったもんだな。良かったじゃないか、お前の目論見は当たったようだぞ?』
「ははは、そんな大袈裟なものではないさ。単なる俺の気まぐれだ……おっと、噂をすれば、だな?」
青年の視線の先、一際大きく擂鉢状に地面が抉れた場所があった。
そしてその中心に彼女はいた。
「よう」
「!!」
彼が声を掛けると、彼女は一度だけビクッと体を震わせた。
漆黒の髪の間から覗く猫耳、肌蹴た着物の裾から覗く、二股に分かれた尻尾。
紛れもない、元・はぐれ悪魔の黒歌だった。
「……何しに、来たのにゃ?」
彼女は振り返る事なく答えた。
しかしその声には殆ど気力が感じられない。
「……何があったのか、と聞くのは野暮のようだな。」
「……白音、いなかったにゃ……」
黒歌は力なく、蚊の鳴くような声で答えた。
彼女は更に続ける。
「私が来たときにはもう、どこか別の場所に移送されたあとだったみたい……ゴメンね、折角あんたがくれた力、無駄になっちゃった……」
「……」
二人は黙り込む。
パチパチという周囲を取り囲む炎が爆ぜる音が、耳を突く。
やがてその沈黙は破られる。
「……ねぇ、一つだけ教えて。」
「?何だ?」
黒歌はゆっくりと振り向く。
彼をまっすぐに見据える金の瞳の下、左右の頬に一筋ずつ、濡れた跡が見えた。
「あなたと行けば……白音を探すことはできるの?」
彼は思わず、息を呑んだ。
彼女の金色の瞳は強い意志で、その色に劣らぬ光を放っていた。
だがそれと同時に、全てを失った者が、最後の希望に縋るような、弱弱しいものでもあったのだ。
「……それはお前次第だ。お前が心から望み、力を尽くせばそれも叶うだろう。」
「っ」
彼は言った。
全てはお前次第だと。
黒歌は一瞬、顔を伏せる。
そして。
「……決めたわ。私はあんたと一緒に行くわ。……そういえば、まだちゃんと名乗っていなかったわね。私は黒歌、元・悪魔で現猫魈だにゃん。」
そこで初めて、黒歌は満面の笑みを見せた。
その顔はとても美しい。
そんな彼女を見た青年も、自然と頬が緩むのを感じた。
「ならば俺も名乗ろう。」
彼は仮面を外す。
すると髪と同じ茶色の瞳をした、端正な東洋風の顔立ちが露わになった。
「俺は兵藤一誠、『赤龍帝』だ。種族は元・人間、そして今は―――――『魔人』だ。」
かくして、元はぐれ悪魔の黒猫は、後に世界を震撼させる“赤の魔人”との邂逅を果たす。
何故イッセーが魔人と呼ばれているか、次の話から徐々に明らかにしていく予定です。
ただ私生活がかなりハードになっていくので次の更新がいつになるかは分かりませんが^^;
それでは!