深淵の闇に侵食されていた自分の意識を、漸く取り戻す。
少し瞼を開くと、眩しい光が、薄く開けた両目に射し込み、つい目をまた瞑ってしまう。
それでも何とか、意識を喪いかける自分にむち打ち、身体を無理矢理起こした。
頬をつねって意識を覚醒させると、瞼を今度は確りと開き、辺りを見回す。
昨日、あの青年に逢った所で、意識を手放してしまった。
あの青年が、私を追っていた謎の連中と同類だったとしたら、私の命運は決まったようなものだ。
起床したここが、連中の拠点ということも大いに有り得る。
目に入ったのは、古ぼけてもいなく、ましてや、新しくもない、普通の一室の景色。
強いて言うなら、何処かの事務所、と呼称される場所に似ている。
私が寝かされていたのは、この一室でも、新品同様の綺麗さが感じられるソファ。
タオルケットのようなものを、布団代わりか、もしくは別の目的の為かは知らないが、かけられていたようだ。
有り難いことに、周囲には人影はない。
身体の怠さも取れ、魔力も充分行動に差し支えない程度には回復していた。
もう、自由に行動可能だろう。
そう考えた私は、多少融通の効かない身体を説得し、ソファから降りて、立ち上がった。
辺りには、特に目につくものはなく、かといって、何かしなくてはならない案もない。
どうしようか、と思考を張り巡らせていると、ふと、幾つかの資料のような紙が何枚も分散していた作業机と思わしき場所の真横に、大きな長方形の、黒いケースのようなものを見付けた。
私の身長より、何センチかは高い。
何故だろう、とても、そのケースが気になった。
まるで夢魔の誘惑のように衝動に突き動かされ、気が付くと、私は、謎のケースを掴み、開け手に触れていた。
そして、何の躊躇いを起こす猶予さえ与えられず、軽い洗脳状態になっていた私は、”パンドラの箱”を開いた。
中には、禍々しく光る、黒い大剣があった。
その刀身に触れると、まるで触れた掌を蝕まれるような、おぞましい感覚に囚われる。
「...誰だ主は」
さも上から目線の言い方で、ぶっきらぼうに問うてくる男の声。
じっくりと剣を見極めていた私は、急な敵襲と同等の驚異と認識する。
「...誰かいるの?」
何処からか聞こえた謎の声に、私は、やや過敏に反応する。
怠っていた警戒を鋭く尖らせ、魔力を何時でも解放できる状態に。
全力は出せなくても、人一人を黙らせることなら可能だ。
しかし、どういうわけか、周囲を見渡しても、依然かわりなく人影はない。
空耳だったのか?
だが、状況を把握するため、辺りを警戒している私に対し、”男”は、残念そうに言う。
「ここだ、主の前に居るだろうに」
やれやれ、と言いたげに溜め息混じりに言う男の声、その主が、この言葉のお陰で、理解することが出来た。
私は、目の前の”剣”を睨み付けた。
「剣が喋るなんて、変化系統の魔法?主人でもいるの?」
魔力を集中して”剣”に向けてやるが、大して脅しにもならなさそうに、嘲笑を交えて、”剣”は答える。
「まず、一つめの質問から回答してやろう。答えは、まぁ”Yes”だな。根本的には違うが」
根本的には違う?
何を言っているんだ?
考え込む私を尻目に、さっさと喋りだす”剣”。
「二つ目の質問だが、これも”Yes”だ。主人は...私の口で見るより、主がその目で確認したらどうだ?」
”その目で”?
その言葉に、不吉な予感を覚える。
何故気付かなかったのか。
魔力のレーダーを張っておけば、簡単に分かったのに。
「嬢ちゃん、みちゃあいけないもんを見ちゃったな」
魔力を集中するのも忘れ振り向くと、背後には、あの外套を着た、不敵な笑みを浮かべた青年がいた。
うーむ...喋る剣って有りそうですよね。