証拠隠滅のためにかつての同僚を跡形もなく焼き払った後も、バスティアンは変わらずその教会にいた。一応この教会の周辺には結界を張ってあるが、相手は恐らくすぐにでもこの事態に気づくだろう。そう予想していた。
だから、その声がどこからともなく彼の鼓膜を震わせても、動揺など微塵もなかった。
「うにゃー、これまた初っ端からやってくれますなー」
聞こえてきたのは、幼げな少女のふざけたような声。そのさざめきは石畳の下から、ステンドグラスの向こうから、四方八方から聞こえてくる。
「もしかしたらこうなるんじゃねって先輩の予想は当たってたにゃー。あ、あたしは須方スナオっていいます。ご想像の通り、教会からのメッセンジャー役っすよ」
「……用件は?」
「この聖杯戦争からの撤退、ひいてはマスター権の放棄。できれば穏便に済ませたいんでー、この場でサーヴァントと令呪を譲ってはくれませんかねえ?」
チッ、とバスティアンはひそかに舌打ちした。最初から教会がバスティアンの裏切りを予想していた可能性もあるが、それ以上に、恐らく彼が裏切ってまっ裏切らなくても、マスター権を奪う算段だったのだろう。いかにも聖堂教会らしい手口だと心の中で吐き捨てた。
彼の心中を知ってか知らずか、幼さの残る少女の声は軽い調子のまま語る。
「いやもう、こっちも限界なんだよにゃあ……米国から来たサイボーグ神父と三咲町の隠れ人斬り司祭が毎日ニコニコ笑顔でチャンバラしてるんで、ガチで命の危機なんだっつーのぉー」
「ずいぶんと準備がいいようじゃねえか。今回の聖杯はそんなに教会の琴線に触れたのか?」
「ニャハハハハ、まさかまさかー。主の血を直に浴びた本物の杯ならまだしも、単なる願望機のまがい物だって言うし。聖堂教会としては相変わらず監督業務だけやって、あとのことには感知しないって感じかにゃー。けど……」
そこで声は一度止み、息を潜めて語る。
「この聖杯戦争に、『死徒』が紛れ混んでいるーっていう情報がありまして。諜報の人達に寄れば、かねてより追跡していた強力な死徒が最近増やした「子」らしいんだそうな。なんでも、親殺しで二十七祖に匹敵する力量を得たうえに、それを隠匿して普通の人間のように暮らしているんだそうで、住所不定なことも合わさって手を出しかねていたんです」
「……その手下の吸血鬼の情報は?」
「さあ? 三、四十代の男としか。名前は不明です」
さざめく声に耳を傾けたまま、バスティアンはそれきり沈黙した。万が一だが、聖杯戦争や罪のない一般市民まで被害が及びかねないのだ。聖堂教会としては厄介な死徒の厄介な手下を始末しておきたいのだろう。
だが、そんな思惑とは関係なく、彼の脳裏をある少女の顔が過ぎった。自身が手にかけた、封印指定とされた少女。そして、その傍にいた、ある男の最期の顔。
「……まさか、な」
「心当たりがあるようなら好都合。まだ死徒になりたてのヤツですが、悪い芽は早いうちに抜くに限るんで」
「ふん……その死徒を殺すなら、俺を見逃すと?」
「まあぶっちゃけ、そういう感じかにゃー」
ひんやりとした声が冷たく笑う。
「今回のところは傍観するっぽいけど、これ以上やらかしてくれるって言うなら、『埋葬機関』が動きますよ」
埋葬機関。
神の御業を代行する者の頂点に位置し、その業のほどは一人一人が人間の生み出す兵器を超越した主の御力、天変地異と謳われる、聖堂教会の裏側に君臨する者達。彼らならばもしかしたら、聖杯に呼ばれたサーヴァント達にも対抗できてしまうかもしれない。超常の存在が渦巻く聖杯戦争においてすら、均衡を崩しかねないほどの規格外達。
そんな交渉の
「埋葬機関、ねえ……」
くつくつ、と笑いながら。
「足りねぇな。ああ、足りねぇよ。俺のサーヴァントを殺すには」
「――ッ!?」
そこで声の主である少女は、異変に気づく。安全地帯にあるはずの彼女の本体全身に、悪寒が走る。魔術回路が命じてもいないのに、脊髄へ圧倒的な危機感を引っ切りなしに訴える。いつの間にか、正体不明の魔力のリンクが出来上がっている。身体の中へ食虫植物が侵入し根を張ろうとしているような、異物感。
これは、魔力の逆探知。
ヤバい。背骨が軋むような危険を知覚して、少女はそう判断する。これをあと十秒でも続けたら、間違いなく身体中の神経を内側からズタズタにされる。そう確信できるほどに吹き荒れる濃密な魔力量だ。だが、彼女が今まさに魔術で会話していた標的からは、魔術行使の兆候はまったく見られない。
とすれば。
「アンタのサーヴァント……ッ!?」
本来ならば白兵戦を得意とするクラスでありながら、高難度の魔術すら平然と扱うサーヴァント。こんなことを手鏡程度に軽々と扱える人物など、エルメロイ教室のとある問題児くらいしか思いつかない。
未だ姿を露にさせぬ謎の槍の
「残念ながら今回はここまでってことで。念のため言っときますけど、我々は常にあなたを見張っていますんで、そこをお忘れなくー」
その音声を最後に、周囲にあった不自然なさざめきが掻き消えた。残された静寂は、正しく教会の格調高い空気の中に紛れ、あるべき姿へと戻る。声の相手が完全にこちらとの接触を絶ったことを確認し、頭蓋の中で言葉を綴る。これもまた、マスターとサーヴァントの魔術的な繋がりがあってこその芸当ではある。
『ご苦労だった、ランサー』
明確な返事は、なかった。ただそこにいるはずの英霊から感じられたのは――ひたすらに、戦いに臨む意思のみだった。
まるで、懐かしむように、恋こい焦がれるように。
チラ見せランサー。
バスティアンは今回のマスターの中では、ほぼ最強クラスです。『あの女』の話も、一応するつもりです。
ていうかスナオちゃんの口調がやっぱり地味に難しいんですよこれが。あと、なぜか人斬り司祭もしれっと居たりする(笑)
というか、やっぱり一話あたりの文章量が少ない気がする・・・なんかすいません。