Fade/stay shade   作:くーろん。2

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#01-03 Activation

時は少し遡り、7/1の夜。

 

聖杯顕現の激震は、その頃にはもうとっくに、はるか東欧にも響いていた。真偽すら不明の、果たして正常な願望機として機能するかどうかすら怪しいその情報に、多くの魔術師達は右往左往していた。ある者は十分な準備が不可能と判断し傍観に回り、ある者はせめて偵察だけでもと派遣を出し、ある者は意気揚々と参戦の準備を整え、ある者は漁夫の利を狙い、ある者を聖杯戦争のシステムそのものの簒奪しようと画策し――

 

そして、とある東欧の田舎町。ここにもやはり、聖杯に願いをかけようとする者が一人。

 

その輪郭はまだ小柄で、150あるかないかという少年のもの。彼が立っているのは、町外れにある洋館の廊下、ドアの前。手入れこそ行き届いているが、もはや隠せない老朽化に床板が甲高い音をたてて軋む。少年はすうッと息を吸い込んで、緊張を隠すようにゆったりとした動作で扉を叩く。

 

「父上。いらっしゃっいますか?」

 

「……入れ」

 

「失礼します」

 

ドアを開くと、何千とある本が棚に収まったまま少年を出迎えた。書斎の奥にある机には、魔術による送受信が可能な機械があった。振り子のようなその装置から吐き出される情報に目を通しながら、少年の父親――イグナーツ=ハニーズディル=ユグドミレニアが口を開いた。

 

「……最近、日本に聖杯が顕れたことは知っているな?」

 

「はい」

 

少年は可能な限り、この尊敬する父親に礼を尽くそうと背筋を伸ばし、肯定の返事をする。

 

「もともと日本の冬木という土地では、六十年に一度の周期で聖杯が顕現し、遠坂、マキリ、アインツベルンの御三家の下で聖杯戦争が行われていた。その根幹にあったのは、土地そのものに根差す『大聖杯』だ。これはアインツベルンの秘術で、いまだ外部には漏れていない」

 

そこで一旦言葉を切り、イグナーツは次の資料へと目を移しながら言う。

 

「だが事実、"聖杯は顕れた"。わずかな情報のみだが、おそらく冬木の聖杯戦争と似通ったシステムを持っていると推測されている。噂によると、どうやらアインツベルンが『器』に逃げられたらしい」

 

「器、ですか……?」

 

「そうだ。錬金術に長けるアインツベルンは、聖杯の器にホムンクルスの素体を用いる。仮初だろうと聖杯の器。細やかな呪的調整を受けた非常に高い練度のホムンクルスが『器』となり、時間をかけて昇華されていく。まあもっとも、数年前に行われた争いのあとから沈黙を続けているが」

 

そこでイグナーツは言葉を切り、立ち尽くす己の息子に目を向ける。

 

「単刀直入に言おう。お前には、今回開かれる聖杯戦争に参加してもらう」

 

こくっ、と少年が息を飲む音だけが、部屋にこだました。

 

「触媒となる聖遺物は、最適なものをこちらで用意する。現地での経費も、私がもつ。目的は一つだ、オルジフ」

 

名前を呼ばれ、少年はもう一度姿勢を正す。こめかみが痛いほど張り詰める。

 

「英霊をも降霊する聖杯の技術を盗み出し、我がハニーズディル家にもたらすこと。それ以外に、千界樹(ユグドミレニア)の忌み名を返上する術はない」

 

身体中を突き刺すような鋭い沈黙が、瀟洒な部屋に充満する。身内からの指図であろうと、本来ならば断固拒否するような話だった。もしいくらかでも聖杯戦争の知識を持つ者がいたら、口がすっぱくなるほど行くなと言い聞かせるだろうし、まともな者なら即座にそうする。

 

だから、少年の放った言葉は、最初からわかりきっていた。

 

「――父上、ありがとうございます! 僕もハニーズディル家に相応しい魔術師として、必ずや聖杯を父上に、ハニーズディル家に捧げます!」

 

なんの躊躇いもなく、オルジフは即答し幼さの残る顔をほころばせた。まるで、神から天啓を告げられた信徒のように、陶酔した喜びを溢れさせていた。息子の純粋すぎる笑顔に、正面に座るイグナーツは狼狽もせずにただ淡白な微笑みを送る。

 

「それでこそ我が家を継ぐに相応しい魔術師だ……期待しているぞ」

 

「はい! ……ところで、父上」

 

「なんだ」

 

「その……リーディエにも出発の挨拶をしておきたいのですが……」

 

ここにはいない実の妹の名を出しつつ、父親の顔を伺う。そういう点で、彼はまだまだ未熟だと言えた。

 

「ああ……彼女は秘術の修行に集中している。長い時間をかけねばならないものだ。お前のことは、わたしから言っておく。彼女もお前を応援してくれるだろう」

 

「はい! この命に換えても、ハニーズディル家に栄光を!」

 

興奮気味なままオルジフは一礼し、部屋を後にした。残された父は部屋の静寂の中、一人呟く。まるで聞き耳を立てる者のいない今だからこそ、吐き出すように。

 

「命に換えて、か……皮肉なものだな、我が子よ。ろくな魔術回路も持たぬお前は、永劫に魔術師になどなれん。根源などもっての他だ」

 

マキリのように、血を重ねるごとに魔術師としての滅びに近づいていくなどという事態はごめんだ。そう男は固く、さらには冷酷に決意していた。優秀な血を継げぬ子など、興味もない。

 

「だがわたし一人の代では、到底根源には到達できん。かと言って今のままでは魔術師の血は薄まるばかりだ」

 

根源に到達するために魔術師は代を重ね、その技術を刻印にして身体に文字通り刻み付けながら血を濃くしていく。だがすでにハニーズディル家の魔術師の血は薄まっていくばかりで、あと二、三代後には完全に魔術と縁を切ることとなるのは明白だった。それを知った先代はプライドを捨てユグドミレニアに泣き縋ったのだ。

 

「お前には極東の地にて死んでもらう。だが、ただでは死なせん。せいぜいモルモットになってから逝ってもらおう。そのための、かの剣に連なる触媒だ」

 

イグナーツには、これ以上ユグドミレニアに媚びを売る気は毛頭なかった。あくまで魔術師らしく、神秘の追及のみを是とするなら、所詮は烏合の衆であり規模も魔術協会に劣る組織になど、未練はない。たとえ、肉親の数人かを人体実験の材料として分割して裏オークションに出しても。魔導の探究は魔術師の本分なのだから。

 

「英霊の降霊をかいま見られるせっかくの機会だ。じっくりと観察させてもらおうか」

 

暗く冷たい部屋で一人、哄笑が揺らめいた。

 

数時間後、オルジフは極東の地へ向け出発することとなる――これが生きて故郷の土を踏む最後の機会になるとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

そして7月3日――枢洲(くるるす)市。すでに陽は沈み始め、街の影を色濃く這わせている。人工的に埋め立てられた土地の幾何学的な建物のフォルムが、そのまま地面に黒く淀んだ輪郭を描く。街の人々は未だ賑やかにアスファルトに笑い声を反射させ、覚めない喧騒を奏であげる。

 

そんな騒々しい街の、とある一角。埋め立て地特有の四角い土地に建設された複合型商業施設。南枢洲駅から歩いてわずか数分の土地に築き上げられた、新装のショッピングモールだった。

 

アウトレットモール南枢洲。

 

計五階建ての建物の、その屋上。一見なんの変哲もないはずのその場所には、本来ならばありえないはずの物が存在していた。人が一人すっぽり収まるであろうサイズの円と複雑な幾何学模様、そして常人には解読できない、深遠な意味を持った文字列。

 

魔法陣。それも特殊な召喚のための陣だ。

 

だが、もしここにまともな一般人がいれば、そこに描かれた精巧な魔法陣を訝しく思う前に、この場にあるもっと大きな異常に気づくだろう。夏の夕暮れの、揺らめき立ち昇るような暑さの中、華奢な体形の黒髪に碧眼の少年――オルジフ=ハニーズディル=ユグドミレニアは顔をしかめた。

 

(やっぱり、獣の血の臭いはごまかせないな……でも、悔しいけど父様に比べたら僕はまだまだ未熟な身。これくらいは供物を揃え、僕の体質に最適な夕方に実行しなきゃ、成功率はあまり高くならない……)

 

そう今は遠い故郷にいる父親を思い、オルジフは首を振る。自らの不要な想念を振り払うように。

 

(しっかりしろ、オルジフ=ハニーズディル。千界樹の汚名を返上するため、自分の為すべきところを思い出せ……!)

 

父から渡された『触媒』もすでに設置完了済み。陣の中央に置かれたそれは、朽ちた剣の赤黒い破片のようだった。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

この日この時のために頭に叩き込んでおいた呪文を、全身を駆け巡る魔術回路の励起を意識しながら紡いでいく。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

魔力を流している回路が、悲鳴をあげる。その不自然極まりない力の奔流に、痛覚神経がのたうち回る。もともと英霊という存在は他の使い魔とは違い、人の身にて扱える限度を越えた超常の存在だ。それはたとえ、この世に五人しか存在しない魔法使いとて同じ。

 

「――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

だが英霊は、サーヴァントという存在は、その召喚を個人に依る力で召喚せず、聖杯そのものが七人の英霊を召喚する形を取っているらしい。またそもそも、喚ばれる英霊らにも聖杯に用があるのだが。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者……」

 

つまりマスターとなる魔術師らは、サーヴァントを己の方向へ"導く"だけの力で召喚を果たすことができるのだ。そうして喚ばれた彼ら英霊達は、己の持てる全てを用いて覇を競う。

 

それが、聖杯戦争。

 

そこに喚ばれる英霊は、七つのクラスに振り分けられる。満たされる刻を待つ七の器。そのうちの一つは特色として、召喚の詠唱の内にアレンジを加えることにより、召喚されるクラスを決定できる。

 

オルジフの足元に置かれた数枚の羊皮紙。そこに書かれた数行に秘められた、狂気の所業。

 

それが今、紡がれる。

 

「されど汝はその眼を混沌に曇らせ侍るべし。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者――」

 

狂戦士(バーサーカー)のクラス。基礎パラメータを底上げする代わりに、座より喚ばれる彼らの理性を剥奪する、狂気の器。魔術師としてはお世辞にも出来が良いとは言い難いオルジフにとっては、これだけが一縷の望みだった。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――!!」

 

だが、オルジフは知らなかった。

 

かつて、この儀式のオリジナルたる冬木の聖杯戦争において、第五次を除くすべてのバーサーカーは、その暴力的なまでにケタ違いの魔力消費によって、全員が自滅していることを。敬愛する父親が、彼に一度も魔術師としての希望を持ったことがなく、ただ息子に対する愛すら向けていないことを。

 

そしてなにより――父親が用意した触媒を使って自らが喚んだ、そのサーヴァントの恐ろしさと危うさを。

 

「……ッ!?」

 

旋風。そして白光。そのあまりの純粋な力の奔流に、オルジフの華奢な身体は軽々と数メートルも吹き飛ばされた。慌てて上半身だけでも起こして、そこでギョッと目を見開く。

 

目の前の陣には、暗い色調の鎧に身を包んだ、痩身の影。その手にあるのは、禍々しい黒い炎に包まれた剣。荒れ狂う魔力の奔流だけで明確に分かる――目の前のそれは、明らかに人の域を超えた存在であることを。そして何よりも明白なのが、その鎧の内より沸き立つ、背骨を軋ませるような怨嗟の唸り声。元のベクトルすら失った見境のない狂気が、少年の前に厳然と存在していた。

 

「あ、あ……」

 

思わず喉から漏れた掠れた声が、目の前の存在に届いたようだった。未だ煙り立つ召喚陣の中でその影が揺らめいた。遅延された処刑を待つようにゆっくりと、フルフェイスの鎧の輪郭が蠢き、確かな一瞬を経て視線が交錯する。

 

そして、オルジフは理解した。目の前の存在が、己をマスターとしてではなく、敵でさえなく――ただの『エサ』として見ていることを。

 

「あ、ああああああああぁぁぁぁ――」

 

召喚は、成功した。

 

最終のサーヴァントが顕れたこの夜、枢洲に禁忌が解き放たれる。




今回はバーサーカー陣営。
やっぱりしれっと存在するユグドミレニア。多分大聖杯とか強奪できなかったけど、細々と他の二流三流の一族を取り込みながらやりくりしてるんじゃないかな、と。


【CLASS】バーサーカー
【MASTER】オルジフ=ハニーズディル=ユグドミレニア
【真名】???
【属性】秩序・狂
【ステータス】
筋力:B 耐久:B 敏捷:C 魔力:B 幸運:D 宝具:C+

【スキル】
狂化:B
神性:C
その他一つ、スキルを保有。詳細不明

【宝具】
詳細不明
詳細不明


うん、ステはこんな感じの表記で大丈夫でしょうか?
にしても、狂化した割にしょっぱい・・・まあ実際、そこまで強い奴ではありません。が・・・これから場を滅茶苦茶に引っ掻き回す予定の鯖です(笑)
あ、もちろんオルジフ君にバーサーカーを制御なんてできません。詰みゲー。
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