Fade/stay shade   作:くーろん。2

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#01-05 Activation

その部屋には濃厚な死の雰囲気が満ちており、始めから生者は存在しなかった。

 

7/2、時刻は正午を過ぎた頃。

 

「ハハ……、ハハハハハハハハハハハ……ッ!!」

 

だが生者のいないはずの朽ちたコンクリートが剥き出しの廃ビルの一画で――その高笑いはハーモニーのように打ち捨てられた空間を無機質に、グロテスクに彩った。壁、天井、床すべてを鉄筋コンクリートで囲まれた閉鎖空間。どうやら開発途中のまま放置されているマンションの一室らしい。その中央には、直に床を削り取って描かれた魔法陣。その全容を縁取る線一つ一つに、まだ乾いていない生血が余す所無く充填されている。部屋の隅には野犬の死骸が遺棄されており、血抜きに使ったと見られるサバイバルナイフも放り出されてあった。

 

「ハハハハハハ……待っててくれ、萌葱(もえぎ)……」

 

この部屋に生者はいない。これは明らかな決定事項であり、覆らない現実だ。ここには一切の生命の息吹がない。雑草すら自生していない。にもかかわらず、どこかトーンの狂った、掠れた声は無機質な空間に響き続ける。まるで、息絶える間際の獣のように。

 

「退去の陣を四つ……触媒も設置完了……ようやく、ようやくだ、バスティアン=レオミュール……!」

 

では、死者は?

 

より正確に言い表せば、ここには生者こそいないが"死体ならば"、無残な屍なら存在している。今際の際の怪物のような、死にかけのゼイゼイした声。その主は、紛れも無い動く屍――人類種の天敵たる『死徒』に他ならなかった。

 

その男は吸血種の僕になってから、実はまだ日が浅い。ゆえに祖と呼ばれる類の者達などとは程遠く、大した能力もない。腐りかけ、崩れ落ちそうな己の肉体を抱え込みながらよろよろと歩く姿は、さながらB級映画に登場するゾンビのようだった。ただその双眸のみが爛々と、地の底より這い出でた鬼火のように明滅している。腐敗し変色、変質しつつある肉体を包むのは、安物の粗末なパーカーとジーンズ。その近代的で凡俗な服装を見て、一体誰が彼をかつて栄えた陰陽師の一族の末裔であると思い至るだろうか。少なくとも、彼は自分のことを神秘に通ずる探究者の一族であるとは知らなかったし、そんなことはどうでもよいと思っているだろう。

 

だが、憎んではいた――彼の愛娘を奪うに至った、彼の一族の能力と体質を。

 

思い返せば、異常は娘の生まれた時から始まっていた。出産の段階ですでに母親の身体は衰弱し、身体中に悪性腫瘍が広がり、多くの内臓を蝕んでいる状態だった。産後間もない娘を胸に抱き、泣いて喜んだ彼女は、それから二ヶ月後に静かに息を引き取った。悲嘆に暮れる彼の下には、右も左も分からぬ幼い赤子だけが残された。

 

結論から言えば、彼は十分な忍耐と愛情を以て、娘を育てた。だが娘の方は健やかな成長を遂げはしなかった。急な発熱や脱水症状は当たり前。時には医者に見せても首を捻られ、MRIなど各種精密検査でも原因が特定できないことなどザラだった。

 

奇妙な現象は他にもあった。部屋に置かれた小さな鑑賞植物の鉢植えは、わずか一週間で部屋の床をすべて覆わんばかりに異常成長した。何度剪定してもすぐに伸びるので、結局鉢植えごと処分した。他にも、よく近所に現れる野良猫達が次々と変死した。だがどれも昨日まで生きている姿を見ているはずなのに、死体を診た近所の獣医いわく『死後一ヶ月ほど』。

 

だがまだ幼き娘は、自らの体のことも笑いながら言った。

 

「だいじょーぶだよ、お父さん。わたし、いたくないよ。へーきだよ」

 

伴侶を失った男にとっては、娘のその言葉だけが拠り所だった。その何物をも疑わぬ笑顔こそが支柱だった。

 

それを、それを、あの死神(おとこ)は――

 

「貴様の娘の体質(ソレ)は、『泰山府君祭』と呼ばれるモノの一緒、生きながら実行され続ける黄泉返りの断片的プロトコル。不完全な儀式を実行し続ける故障品(アウトオブオーダー)だ。ゆえに、取り除く」

 

ある日突然、彼の日常に現れたその男は、自らを封印指定執行者、バスティアン=レオミュールと名乗った。また、彼の娘が封印指定なるものに決定されたとも語った。当然、魔術の知識など皆無だった彼にはさっぱり理解することなどできなかった。ただ一つ、目の前の黒装束の男が、自分と娘のささやかながら幸せな生活を破壊するモノだということ以外。

 

「おかしいとは思わなかったか? 貴様の娘の周りでは、あらゆる生命のシステムが異常をきたす。あれの母親もそうだ。貴様の娘はただ生きているだけで己の魂箔を文字通り幾分か削り取り、無機・有機問わずにその欠片を不完全な生命力として分け与える。おかげでこの近辺には死ぬことすらできなかった野生生物が食屍鬼(グール)となって徘徊している。建物や道路に至っては異界の再現に近い状態だ――外界と隔絶されてもいないこの町を、アリマゴのようにするわけにはいかないんだよ」

 

黒いコートに鮮やかな炎を従えた男とその仲間達は、彼の暮らしていた家をまるで塵芥のように一瞬で燻る灰にした。彼は抗った。抜けていく血と生気をかき集め、手を伸ばした。だが、届かなかった。彼の祈りは一瞬にして否定され、守るべき幼子は目の前から姿を消し、彼自身も息絶えるはずだった。

 

その時きっと、彼は人として死んだのだろう。古くより忌むべき存在として語られる鬼に、その身を落としたのだろう。

 

「――あ、起きたね。死にかけてたから助けちゃった。まあ、もうあなたは人ではないんだけど、そのあたりのことは許してほしいかな。あの時はこれしか方法がなかったんだよ」

 

死徒。死を(いたずら)に貪る吸血鬼。そういうモノに成り果てた、と。彼の命を救ったOL姿の女性はそう語った。

 

彼の『親』は人間社会に溶け込んで暮らす変わり種のお人よしで、瀕死だった彼に自らの血を送り込んだ。死徒の血にある程度馴染んだ後の彼には、『祖』と呼ばれる上位グループに匹敵する力を持つその死徒が、なぜ自分を助けたのかいっそう不思議に思えた。下僕である彼から血を徴収することもなく、どこから仕入れたのか分からない輸血用パックで自分の存在を保ちながら、そのOL姿の吸血鬼は困ったように笑った。

 

「わたしたちの体はもう人間じゃない。正しくバケモノだって分かってる。……けど、心までバケモノになったらおしまいだもん」

 

これからどうするのか、とは彼女は聞かなかった。繋ぎ止め、成り果てたこの生命をどう使うかは、あなたの自由だと。それだけ語って女死徒は姿を消した。

 

――ならば、好きに使ってやる。

 

この命に代えて娘を、萌葱を取り戻す。たとえ元通りとはいかなくとも、あの笑顔を彼岸に置き去りにはしない。忘却など出来るはずもない。もしすでにその命がこの世界に存在していなかろうと、骨のカケラ一つ残っていなかったとしても。救われ繋がれたこの命で以て、己の大切な物を取り戻す。

 

だがそれは、人の身には余る業――奇跡の類。ならばそれを叶えるに足る規格外の力を用いる他ない。彼はそう結論付けた。

 

果たしてその手の甲には、大樹に絡み付いた宿木のようなモチーフの赤き紋様――『令呪』だった。

 

「――素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ……」

 

唱える。謡い上げる。なけなしの力を振り絞って、彼――西桐院 乎環(にしのとういん こだま)は今、遥か遠い世界の外側より奇跡の手綱を掴まんと喉が張り裂けんばかりに、叫ぶ。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者……!!」

 

暴れる大気を無理矢理押さえつけるように、膨大な魔力の波が竜巻の荒れ狂う。剥き出しのコンクリートに囲まれた空っぽの部屋が軋轢に咽び、泣き叫ぶ。死徒として変質してしまった乎環の肉体が、高圧電流を流されているかのように激しく痙攣する。猛々しい魔力の奔流が乎環の内臓を掻き乱す。

 

そして乎環は、最後の最後まで気づかなかった。己の体の中で、静かに亀裂が走る痛みに。

 

ボロリ、と。

 

「汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤のま、もり、て……ォ……?」

 

召喚の陣に向けて突き出していたはずの腕が、根こそぎもげ落ちていた。まるで、本来の主を見限ったように。

 

「ひ、ひぎゥばアアアアアアアアッ!! うでゃあああァ!?」

 

舌の回らぬ絶叫をあげた後に、ようやく自分の下顎もまた腐り落ちていることを知覚する。体中が負荷に耐えることを諦め、基底部を失った高層ビルのように崩れ落ちていっていることを、認識する。認識してしまった。

 

「ァぐやアアアアアアアアアア!?」

 

結局のところ、乎環は多分最後まで己の身に起きた現象を、正しく理解することは適わなかっただろう。彼の元々が魔術などの神秘とは縁のない一般人だったことと、その崩壊があまりにも迅速だったこと。どうしようと、彼にその運命を自力で変えろというのは酷というものだ。おそらくこれは乎環の『親』でさえ、予期し得なかった事態なのだから。

 

ただ、そのすべてを知らないまま、無知のまま事切れられたというのは、やはり幸福だったかもしれない。

 

「ヴゥ……ァ……」

 

脚が溶ける。腕が千切れる。頭が砕ける。肉が崩れる。骨が朽ちる。血が泡立つ。心臓が肝臓が膵臓が胃が腸が肺が神経が脳が、西桐院乎環を構成する肉体のすべてが、一瞬にして腐り落ちた。

 

理由は明解。中途半端な死徒としての馴染みきれていなかった肉体は、英霊を彼方より喚ぶために必要な莫大な魔力の負荷に耐えられなかったのだ。限界を超えた過負荷(オーバーロード)に乎環の脆弱な魔術回路は梗塞し、内出血のように己を破壊し崩壊した。

 

こうして召喚の陣の前には、ぐずぐずに腐敗し蕩けた肉塊が一つ、小さな山を成しているという奇怪窮まりない状況が出来上がる。

 

それに困惑することができる生者は、そして死者すらやはりここにはおらず――そこに喚ばれた超常の存在は、少しばかり首を傾げることとなった。

 

そう、乎環が醜悪に腐り落ちた後も『儀式』は続行されていた。屍肉を通じて陣を通じ、彼の嘆願だけは死してなお御座に届いたのだ。

 

斯して閃光は稲妻の如く闇を裂き、迅風は竜巻の如く邪を払う。

 

其は幻想。其は祈り。信仰の結晶にして奇跡の具現。遍く人々の賞賛と畏怖を一身に受け、人類種を永劫に守り導く道標。今、彼方より来る英霊の己が主の素性を質す声が、コンクリートに囲まれた部屋に反響する。

 

「――問いましょう」

 

白煙の昇る召喚陣から立ち現れたのは、ドレスのような裾の長い明るい青紫の衣装を纏った妙齢の女性。ひたり、と冷たい床に足を着けながら長い明るい茶色の髪を靡かせ、口を開く。まるで情事に誘うように淫らな口ぶりで。

 

「あなたがわたしを『ライダー』のクラスを拠り代にして喚び寄せたマスターかし、ら……?」

 

そこまで口上を述べた時点で、だがしかし彼女の表情に困惑の色が混じる。それも当然、目の前にある由来不明正体不明の肉塊のためだ。未だ魔力による旋風の名残を残す召喚陣から現れたその女は、紛れも無くサーヴァントである。だからこそ、"注ぎ込まれた魔力の経路(パス)が目の前の肉塊からであること"を感覚的に理解していた。

 

「……えっと、コレがわたしのマスター……だったモノ、かしら。これはさすがに予想外ね。まさか聖杯戦争が始まる前からマスターが死ぬなんて」

 

いかに英霊と言えども、これには頭を抱える。何と言ってもサーヴァントにとって、魔力供給の問題は死活問題だ。このまま立ち尽くしていては、ライダーは直にすべての貯蔵魔力を使い果たし消滅の憂き目にあうことになる。いざとなれば魂喰らいという手もあるが、それとて永続するものではなく一時的なものだ。

 

「困ったわ……とりあえず、新しいマスターを見つけるのが先決ね。そうねぇ、可愛くて素直な子が最高だけれど……贅沢は言っていられないわ」

 

そう自らを戒め、即座に魔力消費を押さえるために霊体化する騎兵(ライダー)のサーヴァント。すでに目の前に鎮座する腐敗した肉塊に対する興味は無く、ただ一つの目的のため意識を研ぎ澄ます。己の存在の危機に瀕しても変わらぬその意志の強さは、やはり世界に名を刻んだ英雄のそれだった。

 

だが、ことこのライダーに関しては、英雄という呼称は正しくはない。時として人々を震え上がらせ、必要悪として君臨することもある存在――反英雄と呼ばれる分類に、彼女は近い。その在り方は正純な英雄ではなく、悪を以て善を明らかとし、呪われる者でありながら奉られる、そういった矛盾を孕んだ存在と言えよう。

 

そのような類の英霊が、手綱も枷も無しに野に放たれる。それがどれほど危ういことか、この時点では誰も分かっていない。もっとも、この影の聖杯戦争においてはそういう類の英霊こそ呼び寄せられやすいのかもしれないのだが。

 

ともあれ、霊体化したライダーはすぐにその場を後にした。残されたのは無残に崩れた屍のみ。だが、ライダーは結局気づかなかった。最も致命的とも言える一つの事実に。

 

屍には、死肉には虫が群がる。これは覆すことのできない真実、自然の摂理だ。もちろん乎環の死体にも虫は湧く。

 

始まりは、一匹のハエだった。

 

何の変哲もない、ごく一般的な普通のハエ。それが腐敗した死体を嗅ぎ付けて、ハイエナのように獰猛に飛んできたそれの足の一本が、触れる。そのまま卵を生み付け、やがて一匹のハエはまたどこかへ飛び去っていった。

 

――だがすでに、異常は始まっている。見ればすでに飛来した数匹のハエが、離れていく時には本来ならありえない"明確な隊列を組んで"離れていく。どこからかやってきたネズミは死肉に触れた途端、爛々とその瞳を魔性の赤に輝かせ、仲間のネズミにかじりつく。やがて赤目のネズミが列を為して、元いた廃マンションから抜け出て街へ散らばる。

 

それはまるで、古くから伝わる吸血鬼の伝説のミニチュア版だった。ネズミから猫へ、ハエからクモへ。この街にひっそり広がっていた食物連鎖を、下から順に魔性が貪り喰らっていく。無差別な感染により、いびつなネットワークはさらに拡大し街を覆い尽くす。

 

もし実情を知ることのできる者がいたら、欧州に存在すると言われる『森の名を冠する祖』を連想するかもしれない。一人の死徒から生まれた異形の現象。それと同種とも言えるモノが、この枢洲の街を侵攻していく。

 

そして――まだ誰もその侵略者には気づかぬまま、影の聖杯戦争は幕を開ける。影に棲まうあらゆる生命に浸されながら。




雁夜おじさん枠だと思った? だが奴は弾けた(物理)
はい、今回はライダー陣営です。何と言うか、この聖杯戦争のマスターはキチガイしかいないですね。いえ、わざとですが。マトモなのはオルジフだけか!?
萌葱の能力は『無機有機を問わず魂のかけらを付与』というもので、死体に触ればグールになり、生者に触れれば悪性腫瘍、放置すると肥大化して宿主を捕食し始めるっていう、歩くバイオハザード。封印指定も仕方ない代物です。
それにしても、路地裏……死徒……OL……うっ、頭が。


【CLASS】ライダー
【MASTER】不在(西桐院乎環)
【真名】???
【属性】中立・悪
【ステータス】
筋力:C 耐久:D 敏捷:B 魔力:A 幸運:C 宝具:A

【スキル】
対魔力:A
騎乗:B

道具作成:B
魔力放出:C
仕切り直し:B

【宝具】
詳細不明
詳細不明

ステはそこそこ高め、宝具もライダーらしく強力な物を保有してます。個人的な真名看破難易度はCくらい。実はキャスター適性もあったり。
次回はキャスター陣営。ですが現在進行形で執筆が難航中……
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